14 霊感商法
私の知っている聖堂は、まずは、愛と豊穣の意味を再考させられる、いかがわしさを漂わせたホーリー教のそれだろう。
いや、外観だけはどこよりも聖堂なのだけれど、内部は18歳未満お断りな感じの性堂なのだ。
後で聞いた話では、副業務で連れ込み宿の経営や、性具――聖具ではなく、エッチなグッズも販売しているらしい。
産めよ増やせよということかもしれないけれど、現代日本では考えられないね。
もっとも、祭神が少々イカれているので、彼女を祀っている場所としてはとても相応しいといえるかもしれない。
次に思いつくのは、遺憾ながら湯の川の物だろう。
特徴としては、とにかく大きい。
一応、宗教施設としての機能はあるけれど、物販所や飲食施設に、大温泉やカラオケなどのレジャー施設、更には「ユノ様展」などと称した、私のプライバシーを無視した展示なんかがある。
何が何だか分からない感じは、私を祀る所としてはピッタリだと、神々や悪魔にまで好評である。
とにかく、私の対応ペースよりも早く展開していくので、挽回するするのがドンドン難しくなっていく。
不覚にも、バベルの塔を壊した神の気持ちが分かってしまう。
それでも、私は人の努力を踏み躙るようなことはしたくないけれど。
それらに比べると、魔界の「女神教」だったかの物は、大きさも装飾も質素ではあるものの、大聖堂と聞いて想像できる範囲のものである。
ただ、これも中身は随分腐っているそうだけれど。
さておき、雲行きが怪しくなってきているので気は進まないけれど、アイリスに引率される形で大聖堂の中に踏み込んだ。
まず、入り口付近では大量の露店が並んでいた。
縁日とかイベントだとよかったのだけれど、その主力商品がバケツであることは異常だといわざるを得ない。
「おっ、お嬢さん! 自前のバケツを被ってくるなんて、まだ若いのに見上げた信仰心だね! だけど、この教会印の入った正規品を被ればもっとご利益があるよ! それにここだけの話、うちのにはコラーゲンが配合されてるから、お肌がツルツルになって、彼氏もできるって寸法だ!」
「はっ、ボンクラが! このお嬢さんの肌を見ろ! そんなもん必要ねえくらいの張りと艶してんじゃねえか! お嬢さん、うちのにはヒアルロン酸が入ってて、ちょっとすごいぜ? それが今ならたったの金貨98,000枚だ! だが、お嬢さんの信仰心に免じて、更にもうひとつ無料でプレゼントだ!」
「甘いな! うちのはシジミエキスが出てくるぜ! 魔王城でも空前絶後の大ヒット! 信仰心チャージで料理が出てくる魔法のバケツ! 溢れ出るエキスで炎も消せるし、ニュウサンキンで奇跡も起こせる! それが今なら何と――」
ああ、いろいろと混ざって盛られているのね……。
というか、もう火事の件が広まっているのか。
まあ、でも、調和を司る神族の所で結構時間を使ったし、魔王城の方から漏れた噂が下地にあった可能性も考えると、人心操作に長けた宗教家や利に敏い商人たちが行動に移すには充分だったのかもしれない。
どうせ、元手はバケツだし、準備する手間なんてあってないようなものだろう。
しかし、魔法で水を出すとか、条件付きではあるけれど死者を蘇生させることも可能な世界で、なぜ私の行為だけがピックアップされるのか。
一応、効果は常識の範囲に留めているつもりなのに。
「大体分かりました……」
アイリスはこれで分かるのか。
私には分からないのに。
「ほっほっほっ、大聖堂は初めてですかな?」
異様な光景に動揺して足を止めていると、聖堂の奥の方からやってきた、いかにも神官的な格好をしたお爺さんに話しかけられた。
いや、よく見てみると、お爺さんはローブを纏っているのではなく、身につけているのは褌一丁のみで、それ以外は全身にボディペイントを施しているだけだった。
どう見ても聖職者というより変質者である。
狂気すら感じる。
何だかとんでもない所に迷い込んでしまった気がする。
「ほっほっほっ、『なぜ分かったのか?』と思っておられるようだ。何、初めてこの大聖堂に来られた方は、皆貴女方のように、その荘厳さに足を止めてしまうものなのですよ。もっとも、この大聖堂は、女神ヘラのご加護と信者の皆様の信仰心にて成り立っているもの。無理もないことです」
「「……」」
いや、そうじゃない。
足を止めていたのは事実だけれど、決して建物に見惚れていたわけではない。
想定外の魔境に、足を踏み出すのを躊躇っていただけだ。
「そうですな、せっかくなので懺悔をされるのがよいでしょう。貴女がどんなに罪深くても、神は全てをお許しになられます」
唐突だなあ。
というか、どこを見て言っているの?
私の胸元に何か罪でもあるの?
そもそも、懺悔って誰に?
主神?
アナスタシアさん?
むしろ、私が謝罪を――いや、感謝される方だよ。
「……」
あ、ひとりいた。
「あの、どうも私は無自覚にいろいろとやらかしているようで、そのせいでみんなに迷惑を掛けているような、いないような……」
「無自覚!? おお、それはいけません! すぐに手術が必要です! ささ、どうぞこちらに!」
おい、さっきは「全てを許す」って言っていなかったか?
というか、そのいやらしい手つきは?
手術とは一体?
「いえ、そういうのは間に合っていますから」
アイリスがそう言って、私の手を取ろうとしていた変質者の手をペチンと叩き落とすと、私を庇うように変質者との間に割り込んだ。
頼もしいね。
「む、何だね君は? 失礼な! 私は彼女のためを想って、神の愛を授けようと――」
「己が欲望を満たすために神の名を騙っていると、そのうち本当に罰が当たりますよ?」
心なしか早口になった変質者さんの言葉を遮るように、アイリスが大きな釘を刺した。
どうでもいいけれど、アクマゾンのマケプレとやらで、悪魔との契約権に続いて、神罰の行使権も売られ始めたそうで、それはアイリスでも買おうと思えば買える金額らしい。
通信販売という形態の特徴なのか、品揃えがすごいね。
「ほ、本当に失礼な! 私を誰だと思っている!? 最年少で最高司祭にまで上り詰め、神の代弁者と謳われた――」
「そういう肩書は間に合っていますので、セールスにしてもセクハラにしても、相手を選んだ方がいいですよ?」
相手が似非聖職者だからか、アイリスの言葉に容赦がない。
「ぐっ、この――」
「司祭様、どうかなされましたか?」
アイリスの言葉の刃に貫かれて、プルプルと震え出したお爺さんの様子はさすがに目立ったのか、お爺さんと同じようなボディペイントの人たちが心配そうに駆け寄ってきた。
私としては、面倒くさいのは嫌なので逃げたいのだけれど、アイリスにそんな気配は窺えないので、彼女を置いてひとりで逃げるわけにも、意志を無視して連れて逃げるわけにもいかない。
「おお、よいところに来てくれた。この娘たちが、神の奇跡に疑念を抱いておるのだ」
「何と罰当たりな!?」
「残念なことです――が、無理もありません。神の御業を実際に目にしたことのない者に、神の偉大さを真に理解することはできません」
「では、ここはひとつ奇跡を見せてあげるというのはどうでしょう?」
「なるほど、それは名案だ。では、今すぐ準備を!」
「「「はい!」」」
ええと、その、何?
何をどう受け止めればいいのか分からないのだけれど、神の御業とやらを見たことがあるとでも言いたげな彼らは、私やアイリスの胸元や腰回りしか見ていない。
とにかく、何を理解させたいのかは分からないけれど、「絶対に逃がさない」という意志だけは伝わってきた。
「……奇跡に準備が必要なのですか? それでどんなものを見せていただけるのかとても楽しみですが――」
やはり、アイリスに退くつもりはないらしい。
「そんなことより、あそこにいるのってコレットちゃんではないですか? 何だか困っているようですが」
アイリスが視線を向けた先にいたのは、確かにコレットだった。
知り合いがこんな所にいるとは思わず、認識範囲を絞っていたせいで気がつかなかった。
朔も認識範囲内なのだから、教えてくれればよかったのに。
しかし、認識するという行為は、相手からもまた認識される可能性がある――リリーのように勘が鋭い子には、姿を消していても気づかれたりするので、存在感を消すために認識範囲を絞るのは当然のことである。
そして、現に私がコレットを認識した直後、コレットも何かに気がついたかのようにこちらに振り向いた。
細かいことはさておき、コレットは露店商の男の人と言い争っていたようだけれど、その表情を見るに、旗色が悪かったのだろう。
私たちに向けられた彼女の目には涙が浮かんでいて、それが良い感情からくるものではないことは一目瞭然。
それ以上に、精神がすごく揺れている。
つまり、助けを求めている。
コレットがこんな詐欺に引っ掛かるとは思えないけれど、困っているのは事実である。
それに、しっかりしているとはいえ、コレットはまだまだ子供。
強面のおじさんに詰め寄られると、恐怖に身が竦んでしまっても無理はない。
そこのおじさん、コレットを虐めているの?
場合によってはぶち殺すよ?
というか、保護者はどうしたの――ああ、お母さんは商店街で燃えていたか。
だったら、保護者代わりのリディアさんは?
自分が忙しいにしても、誰か人をつけるくらいはできるでしょう?
などと、この場にいない人に文句を言っても始まらない。
そして、いないなら私が助けるしかない。
「行ってみましょう」
私が思案していた時間は刹那にも満たないものだったけれど、見つけた時には既にその結論に達していたのであろうアイリスに先に促された。
もちろん、後や先など取るに足らないことなので、その提案に異存などあるはずもない。
むしろ、アイリスが意志を示す姿勢が非常に好ましい。
「待ちたまえ、君たち。どこへ行くつもりなのかい?」
「あんな子供のことなど、今は重要ではないでしょう!?」
「まさか、この期に及んで逃げようなどと!?」
欲望丸出しなのはともかく、聞き捨てならない言葉が混じっていたのだけれど?
あんなって何だ?
子供は世界の宝だよ?
「私たちにとっては、神様の奇跡よりも彼女の方が重要なんです。それとも、神様というのは五分や十分も待てないほど狭量で、奇跡にも時間制限でもあるんですか?」
アイリスも彼らの態度に――もしかすると、服装にも思うところがあるのか、口調は穏やかだけれど内容は辛辣だった。
そして、彼らの反論を待つことなく、コレットの方に駆け出した。
もちろん、私も後に続いた。
「ユノさん! と、アイリスさん!」
私たちがコレットの許に辿り着くと、コレットは安堵や困惑など、様々な感情が綯い交ぜになった表情で、私たちを迎えてくれた。
私にはコレットの内心を読み取ることはできないけれど、大空洞での約束を引き伸ばしていることで信頼を失っていないことは伝わってきた。
多分だけれど。
不謹慎かもしれないけれど、私も少し安堵した。
「こんにちは。久し振りだね、元気にしていた?」
「こんにちは、コレットちゃん」
「あ、はい。こんにちは……」
とりあえず、落ち着かせるためにと、いつものように挨拶をした。
コレットは頭の良い子なので、挨拶の重要性は理解しているはずだけれど、それが出てこないということは、それだけ平常心ではなかったという証明なのだろう。
「何だか揉めていたようですが、何かありましたか?」
そうして一拍置いたところで、アイリスが切り出した。
「あ、あの、ちょっと前から実家に帰省していたんですけど、今日、買い出しに出かけたお母さんたちが、なぜかものすごい大金で――借金までしてバケツを買ってきてたんです」
あっ……。
「お母さんに事情を聞いたら、『今日、奇跡を体験したの!』とか、『大丈夫よ! ニュウサンキンが出せるようになったら元が取れるから!』とかわけの分からないことを……。ジョージも『ヤク〇ト美味しかった! あれがいつでも飲めるならこれくらい安いもんだよ! それに、神様と交信できるんだよ!』って……。それで、きっとあのことが変なふうに広まったのかなって……。それに便乗した悪い人に騙されてるのかなって……」
コレットは私との約束を守って、この状況でも私が口止めした内容は伏せているというのに……。
「どうにかお母さんたちを説得して、バケツを取り上げて返品に来たんですけど……」
「何度も言うがな、嬢ちゃん。悪いが、返品は受けつけられねえ。聖印の刻まれたそれは、ただのバケツじゃねえ。神様のご加護ってやつが込められてるんだ。それを、ご加護だけを受け取って、ただのバケツになった物を返品と言われてもな、そりゃ道理が通らねえってもんだ」
うわあ、性質悪いなあ。
「うわあ、性質悪いなあ」
む、建前も出なかったよ。
アイリスは言葉も出なかったようだけれど。
「おいおい、言い掛かりはよしてくれよ。ご加護が込められてるのはこのとおり事実だし、それで効果が出ないってのは、そいつの信仰心が足りねえからだ。それで返品なんて神様にも失礼ってもんだろ」
露店商の人が自信満々に言っているので、危うく「そうかも?」と思いかけたけれど、どうにか踏み止まった。
私くらいになると、そんな手口には引っ掛からないのだ。
「っ……ご加護と仰いましたけど、具体的にはどんなご加護が? それに、なぜバケツなんでしょう?」
「そ、そりゃあれだ。一介の商人でしかない俺ごときには分かんねえし……。ああ、そっちの司祭さんなら分かるんじゃねえの?」
「わ、我々下々の者が、神の崇高なお考えを理解できるはずなどありません!」
「神様のご加護に疑問を持つなど不敬ですよ!」
「ご、ご加護の種類は主にニュウサンキンのご加護です!」
この人たちは、乳酸菌を何だと思っているのだろう?
まあ、魔界でウシといえばミノタウロスとかいう魔物のことらしいし、そのミノタウロスは基本的に雄しかいないらしいので、牛乳というか、乳製品全般に馴染みがないのかもしれない(※乳製品とは牛乳などを主成分とする食品を指し、乳酸菌は糖を分解して乳酸を生成する細菌の総称なので、それぞれ別のもので、ユノも勘違いしています)。
「……ええと、先ほど司祭様の仰っていた奇跡とは、その乳酸菌の加護……? とやらを見せていただけるということでしょうか?」
さすがのアイリスも、あまりに頭のおかしい会話に、いつものキレがない。
「無論です! 神の奇跡を目の当たりにして、その不遜な態度を改めるといいでしょう!」
「おい、急いで用意を!」
「「はっ!」」
あまりにも莫迦莫迦しいことになっているけれど、彼らが自信満々に何を持ってくるのかには少し興味がある。
その点はアイリスも同じ感想らしく、期せずして寸劇か手品かは分からないけれど、観られることになった。




