13 千里を走る
――ユノ視点――
蘇生――特に、魂や精神が完全に根源に還っているのを無理矢理引き戻すのは、どんな形であれ、結果に至った可能性に対する冒涜だと思う。
それに、死が平等に訪れるものでなければ、生の価値もまた薄くなる。
その個次第ではあるけれど、存在の階梯を上げるという命題からは遠ざかる。
道理以外にも、神や悪魔のような人外――人間より上位だと自称する存在が、人間を弄ぶようなまねをするのはいかがなものかと思う。
妹にやらされていたゲームの話になるけれど、迷惑以外の何物でもない使命を押しつけられて、何度死んでもそのたびに強制的に蘇生させられて、時には所持金や所持品まで奪われて、再挑戦を強要される。
何と理不尽なことか。
ちなみに、そういう状況になった時は、妹にこっ酷く怒られた。
ほんの少しミスしただけなのに、何日も根に持つのだ。
それを回避しようとアイテムを使っても、それが貴重な物だったらしくて怒られる。
何と理不尽なことか……。
主人公がやらなければ人類が滅ぶ?
力を尽くしても及ばないなら、それもひとつの結末だろう。
人間が、人間の世界のことを、人間自身の手でなした結果に何の不満がある?
人外の都合で、「これが人間のため」などと言って、人間に苦難を押しつけるなど、お門違いも甚だしい。
人間より上位の存在だというなら、そこに至るまでの課程も、それで迎えるであろう結果も、まとめて受け止めるくらいの度量はあってしかるべきだ。
それに、根源に近い存在なら、結末から得られるものを大事にするべきだ。
とはいえ、この世界の神や悪魔は、この世界を人間基準で管理するための存在でしかなく、多くを期待できるようなものではない。
というより、彼らは世界の裏事情を少しばかり知っているだけのひとつの種族でしかなく、例えるなら中間管理職といったところだ。
それに、主神という、社長というか経営陣とも会ってきたけれど、彼らもまた種子を所有しているだけの元人間なので、人間の世界に干渉することにさして問題は無いと思う。
あえていうなら、「神」を前面に出さないように注意するくらいか。
そういうのは因果として巡ってくるからね。
問題となるのは、今のところ私だけ。
人間ではないことが確定してしまった以上、「人間とは生物学上の定義ではなく、その在り方だ」などという言い訳をしても、人間がそれを言うのと人外が言うのでは重みが違ってくる。
例えるなら、加害者が「罪を憎んで人を憎まず」というようなものか。
違うかな?
とはいえ、何をどう言い訳したところで、これまでも散々やっていることである。
それに、一度やると決めたことを覆すつもりもない。
かつては「邪神」などという不名誉な称号を付けられていたことに不満を覚えていたけれど、これでは否定できたものではないね。
さて、自身の至らなさを再認識したところで、胸を張って悪いことをしよう。
それでも、影響は最低限に止めたいところ。
ジョージくんのお母さんにはエリクサーRを使って、他の人は1曲歌ってみて、生き返るかどうかは運に任せよう。
そうして歌い始めると、すぐに調和を司る神々が降臨してきて驚かされた。
誰かに見られたりしたらどうするのかと苦情でも入れようかと思ったのだけれど、どうやら、私の歌が館の外の野次馬さんたちにまで影響を与えないように、結界を張りに来たらしい。
逆に、「気にせず続けてください」とカンペを出された。
彼らの表情を見るに、半分は本当で半分は口実だろう。
というか、タイミング良く現れすぎなので、介入する機会を窺っていたのかもしれない。
それでも、確かに外の人のことは全く考慮していなかったので、言われたとおりに気にせず続けることにした。
その結果、水の滴る火事場跡で、七色の光を放ちながら再生するジョージくんのお母さんを照明代わりに、神々と壁を隔てた野次馬さんを観客に歌う奇妙なステージになった。
とりあえず、余計な草花や世界樹が芽吹くことなく終わったので、成功といってもいいだろう。
なお、犯人以外はみんな生き返って、犯人は苦しむ時間が延びたようだ。
さて、悪いことをした後は、大別すると、逃走するか、開き直って流れに身を任せるかのどちらかだろう。
ほかにも、更に罪を重ねるという選択肢もあるものの、私は余所様の世界を壊して喜ぶ系の邪神ではないので逃げの一択。
しかし、私にそれを選択する機会は訪れなかった。
なぜなら、降臨していた神々に、「一席設けておりますので」と、私の意志を確認することなく拉致されたからだ。
確かに挨拶に行った方がいいかなとは思っていたし、行くこと自体に問題は無いのだけれど、この他人の都合は全く考えず、話も聞かない感じは、神族の習性なのだろうか。
なお、一席設けていると言っておきながら――確かに歓待はされたけれど、すぐ横にステージまで用意してあった用意の周到さには、ある種の狂気すら感じた。
とにかく、思いもしないところで時間を取られたけれど、結果的には挨拶もできたし、現時点での情報交換もできた。
私が封じた魔界への出入りは、神族専用の裏ルートのようなものを確立して対応したとか、デーモンコアの発見と悪魔族への譲渡も、世界樹の設置との相殺で不問にされたとか。
ほかにも、アクマゾンでの私の公式グッズの取り扱いが始まっていて、これを買ったとかあれを予約したとか。
なお、ルイスさんに渡ったはずのデーモンコアは、彼らが私に現を抜かしている間に盗難被害に遭っているそうで、非常に反応に困る。
とはいえ、調和を司る神々としては、すぐに介入しなければならないほどの状況ではないらしい。
もちろん、私にとっても特に脅威になるようなものでもない。
一応の注意喚起ということらしいので、聞かなかったことにした。
◇◇◇
どうにか闘大の寮まで戻ってきて、あらかじめ事情を説明していたアイリスと合流する。
そして、休む間もなくふたりで一緒に外出する。
最近引き籠り気味だったアイリスを、外に連れ出す良い機会――というか、怪しげな気配を放ち始めたハンディマッサージャーから少し離れるべきだと思う。
アイリスが一生懸命やっていることを邪魔したくはないけれど、これは明らかに何かがおかしい――というか、ヤバい。
心身共に健康なので、無理に止めさせるようなことはまだしないけれど、気分転換でもすれば何かが改善するかもしれない。
しかし、魔界に娯楽が少ないのは、工夫でどうにかできるものではない。
唯一の保険であったショッピングも、あんな騒ぎの後で商店街をうろつくのは危険だ。
「ユノと一緒にお出かけできるならどこでも構いませんよ」
アイリスがそう言ってくれることだけが救いではあるものの、あまり甘えてばかりというわけにもいかない。
ショッピングが駄目なら観光はどうだろう?
というか、もうそれくらいしかない。
しかし、魔王城は機能性が最優先でそれほど面白みはないし、今戻るわけにもいかない。
闘大に通っていなければ候補になったけれど、そんな仮定に意味は無い。
そこで思いついたのが大聖堂である。
魔王城のような実務を優先する施設とは違って、信者や寄付を獲得するために、とにかく威容を示そうと必死な守銭奴の巣窟だそうで、見応えだけはそれなりにあると、イングリッドさんたちから聞いている。
神殿の荘厳さと、似非神職の低俗さの差が笑いのポイントらしい。
宗教施設だということで忌避していたけれど、見るだけならきっと大丈夫。
それに、巫女であるアイリス的に、刺激を受ける何かがあるかもしれない。
「聞いた話では大聖堂が結構すごいらしいから、散歩がてら見に行ってみようか」
「はい。――でも、いいんですか? ユノはそういった所はあまり好きではないでしょう?」
こういう気配りができるところは、いつものアイリスだ。
「大丈夫。そこに実際に神がいるわけでも、いたとしても喧嘩をしに行くわけでもないし。それに、私を祀っているわけでもないだろうし」
「そうですね。ユノがいいなら、私も悪魔族の大聖堂というものに興味がありますし」
そう言って嬉しそうに微笑むアイリスは、いつもの――久々に見る彼女だ。
様子がおかしいと心配するほどでもなかったのかもしれない。
◇◇◇
久々のふたりでの外出は、やはり良い気分転換になったのだろう。
しばらくは穏やかな感じで、他愛もない会話をしながら大聖堂の方へ歩いていた。
しかし、大きさだけはかなりのものであるそれが見え始めた頃から、雲行きが怪しくなってきた。
ちらほらと見かける、バケツを被って往来を彷徨う人たち。
最近よく目にしていた光景が、こんな所にまで広まっていた。
もちろん、前どころか何も見えていないのだろう。
あちこちで何かに衝突していたり、転んだりしている。
それが大聖堂に近づくにつれて増えてきて、私とアイリスの会話は減っていく。
なお、似たような格好の人が多くいれば、私が埋没するかといえばそうでもない。
むしろ、普通に活動できている分、注目を集めているかもしれない。
「見ろよ、あの娘。バケツを見事に使いこなしてやがる。何て信仰心だ……!」
「見ろって言われても見えねえよ! くっ、俺の信仰心が足りないからか――っていうか、お前らも被れよ! 信仰心を示せよ!」
「そうしたいのは山々なんだけどよ、もうプレ値付いちゃってるしな……。転売屋、死ね!」
何をどこからツッコむべきか――いや、「信仰心」とか危険な単語があったので、慎重にスルーするべきか。
というか、この状況は一体?
依然としてアイリスはにこにこ微笑んでいるものの、心なしかその笑顔の意味が変わってきたように思う。
「噂のとおり、随分と大きな聖堂ですね」
「ソウデスネ……」
「ホーリー教の少し過剰な装飾にも思うところはありましたが、飾り気が少なすぎるのも――というか、魔界の建築や装飾レベルだとこんなものなのでしょうか」
「ソウデスネ……」
「ところで、なぜ皆さんバケツなんて被っているんでしょうね?」
「ワカリマセン……」
「別に責めているわけじゃありませんよ? ユノが無自覚に何かをしていたなんてよくあることですし、もしかすると、ユノは無関係という可能性も――考えづらいですが、一応情報収集はしておきましょうか」
「ソウデスネ……」
普通に考えれば、自然発生的にバケツが信仰の対象になるとか、ファッションアイテムになることはないと思う。
私が原因なのはほぼ間違いないところだけれど、何が原因なのかの特定は心当たりが無い。
せめて、それが不可抗力であることを祈るしかない。




