表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
347/735

12 ヤク〇トレディ

「お姉ちゃンゴッ――」


 自身の怪我を気にする様子もなく、お母さんの救助を訴えかけてくるジョージくんの口に、湯の川っ子に大人気のヤク〇トを瓶ごと突っ込んだ。


 もちろん、ただのヤ〇ルト――もとい、本家のヤ〇ルトではなく、私の《子供騙し―ヤ〇ルト―》で創った物である。


 本家の物に勝るとも劣らない素晴らしい美味しさと栄養素に加えて、たっぷりと含まれた魔素には、切り傷や火傷などの外傷も瞬時に回復させる効能もある優れ物だ。

 さらに、容器も超自然由来の産物なので、食べても問題無いどころか、デトックス効果が期待できる。


 おかげで、重傷といっても過言ではなかったジョージくんの怪我も、あっという間に完治した。

 それに伴って垂れ流されていたアドレナリンも収まったのか、若干落ち着きを取り戻したように見える。




 私がまずやるべきは、ジョージくんの手当てと落ち着かせることだった。


 こういう言い方はあれだけれど、ジョージくんのお母さんは身元不明レベルで焼き上がっているので、手遅れというか、焦ってもどうにもならない。


 もちろん、私はこの状態からでも蘇生が可能だから落ち着いていられるだけで、それを知らない彼に自棄になられたりでもすると、私でもリカバリーできない状況になる可能性もあるのだ。



「おい、見たか? あのガキの怪我、一瞬で治ったぞ」


「ハイポーション――いや、フルポーションか!? ガキの怪我を治すだけにそんな高級品を……!?」


「いや、よく見ろ! 怪我だけじゃなく、焼けた毛まで元に戻ってる! もしや、あれは伝説のエリクサーなのでは!?」


 あれ?

 外野の反応が思いのほか騒がしい。



「お、お姉ちゃん、これは? 僕、こんなお薬のお金持ってないよ……?」


「ヤク〇トだよ。試供品だから、今回は無料でいいよ」


 本当はタダより高い物は無いのだと教えるべきなのだけれど、今回は緊急時ということで目を瞑る。

 物事には優先順位というものがあって、個人的都合は全てに優先するのだ。

 それが通るかどうかは本人の能力次第だけれど。



「えっ!? でも、こんな甘味と酸味とのバランスが絶妙で、濃厚でコクがある、しかも怪我まで治っちゃうようなお薬がタダなんて――」


「これは医薬品じゃなくて、特定保健用食品なの。間違えちゃ駄目だよ」


 微妙に食レポのような感想が入っていたのはともかく、危険な勘違いは早めに訂正しておく。



「それに、美味しいだけじゃなくて、生きた乳酸菌が腸にまで届くからお腹にも優しいの」


 ついでに重要なことも補足しておく。



「そうなんだ! だからすごく身体の調子が良いような気がするのかな? それにしても、怪我まで治るなんて、ニュウサンンキンってすごいね!」


 怪我が治ったのは魔素の効果なのだけれど、私が健康に育ったのはヤク〇トのおかげといっても過言ではないし、つまり、その私から出る魔素もヤク〇トのおかげといえなくもない。

 それに、乳酸菌がすごいのは周知の事実である。

 どうすごいかは知らないけれど。



「おい、聞いたか? ヤク〇トとか聞こえたんだが――」


「聞いたことのない名だ。だが、『特定保健用食品』とも言ってたし、飲み物とか薬じゃなくて食べ物のカテゴリーなんじゃ?」


「あれほどの怪我を一瞬で治すだけではなく、焼けた髪まで再生し、しかもお腹に優しい――それは最早『神の愛』とでもいうべき物では!?」


 やはり外野が騒がしいままだけれど、今は彼らの相手をしている状況ではないし、行動を次の段階に移すことにする。




「今からお母さんを助けに行ってくるから、ジョージくんはここで大人しく待っていてね」


 これから実際に救助活動に入るのだけれど、焦りは禁物である。


 当然のことながら、監視もいっぱいいるので、能力を盛大に使って「はい、お仕舞い」とはいかない。

 ここで翼がポロリしてしまうような能力を使っては、今まで隠してきた意味が無くなってしまうし、本来の目的の達成に支障をきたす可能性もある。


 よって、充分な隠蔽工作や、様々な要素に対する配慮を行った上で、彼のお母さんを救助する必要がある。

 私は配慮ができる女になったのだ。




 まずは軽く準備運動から。



 ちなみに、運動前の静的ストレッチには、特に怪我を予防する効果は無いとか、むしろ、その後の運動のパフォーマンスを低下させるという話を聞いたことがある。


 しかし、アスリートなどであれば、パフォーマンスの低下は致命的な問題だと思うけれど、素人の健康目的のもので、身体以上に心の準備――むしろ、周囲の人に対するパフォーマンスだと思えば、一概に悪いものでもないように思う。



 どうでもいいけれど、トシヤから、湯の川の町でストレッチ――というか、整体院を始めたいという相談を受けた。


 人を癒す仕事をしたいと常々考えていた彼が、病院の利用率が低いことに懸念を覚えて、もっと気軽に訪れられる場所にしたいというのが理由らしい。

 普段の彼のイメージと、思いのほか真っ当な相談とのギャップに、思いがけず感動してしまった。


 病気の早期発見・早期治療が有効なのは、この世界でも同じこと。

 湯の川では、豊潤な魔素のおかげで病気になる人はほとんどいない――いや、心の病気になる人はかなりいるし、そもそも、そういった意識付けは重要なことだと思う。

 そんなことに思い至らなかった私の不明を恥じるべきだろう。


 もちろん、全力で応援するとゴーサインを出した。


「ありがとうございます!」


 そう元気よく返事をした彼の顔は、美醜とは別の格好よさがあった。

 いいよね、やる気に満ちた人の顔って。


「あ、もちろん、ローション作りも続けますよ! というか、ローションとかオイルを使ったマッサージとかは定番ですしね!」


 その後の言葉は、素直に応援していいのか分からなくなるものだった。


 ……いかがわしいお店しか思い浮かばない。

 私の心が汚れているからだろうか?


 まあ、子供に手を出したりしないのであれば大目に見るけれど。




 さておき、これから行うのは救助活動というか火災現場への突入であって、準備運動の是非がどうのという問題ではない。

 すぐにウォーミングアップどころかヒートアップ――というか、ローストされるのだ。


 それなのに、なぜこんなことをやっているかといえば、私のまねをして突入する人が出ないようにという配慮である。


 私なら、そこが灼熱でも極寒でも真空だろうと平気なのだけれど、私が平然と突入したのを見て、自分も大丈夫だと勘違いして後に続く人が出られても困るのだ。



 準備運動が終わると、顔が見えない程度に少しだけバケツを持ち上げて、そこから大量の水を出して全身に浴びた。

 テレビなんかでよくある、火事場に飛び込む前に水を被る的なあれだ。

 私の身体は超水を弾くから、あまり意味は無いけれど。

 もう垂れ流しにしておくか。


 というか、せっかく準備運動でウォーミングアップした身体を冷水でクールダウンするなど、もはや何がしたいのか分からないけれど、そういうツッコミができる人は冷静な証拠である。



 そして、最後にもうひと押し。

 いまだに冷静ではない人も、冷静にならざるを得ない演出をする。


「神よ、私に加護を!」


 神頼みである。

 野次馬さんの大半は、既に冷静さを通り越して、可哀そうな娘を見るような眼差しになっている。


 当のジョージくんも、ものすごく胡散臭い人を見る目になっている。

 必要なことをやっているはずなのだけれど、心が痛い。



 しかし、私の神頼みはひと味違う。

 いまだに濛々(もうもう)と上がる白煙が、上空で「OK」の形になっていた。

 もちろん、現地語である。


 この地を管理する調和の神々の計らいだろうか。

 彼らがしなければ自作自演も辞さないつもりだったのだけれど、手間が省けた。


 後で彼らの居場所を訪ねて、お礼を言っておこう。


 ……あれ? 手間が増えているような?



 まあ、それは今はいい。

 とりあえず、加護が掛かっている演出のために淡く光ってみる。


「お姉ちゃん!?」


「おお……!? 煙の操作とか、身体が光るとか、発想は微妙にしょぼいけど、この神々しさはマジで神の奇跡なのか……!?」


「ああ、確かに教会の派手な奇跡――ってか、演出に比べればしょぼいけどよ。――だけど、見ろよ、あの胸。あれこそ奇跡だろ」


 何だか罰当たりな人もいるようだけれど、大半の人は、半信半疑の様子ながら私の術中にある。



 これで突入の準備が整った。


 後は、突入の際に、垂れ流している水が派手な水蒸気にでもなれば、現場が高温であることと、私が神の力で守られているおかげで無事なのだという証明となる。

 完璧なプランである。



「ふと思ったんだが、神の奇跡ってんなら、雨でも降らして鎮火させりゃいいんじゃねえの?」


「言われてみればそうだな。バケツから水出っ放しだしな。加護ってか嫌がらせだろ」


「神様って案外阿呆なのかな」


 む、その手があったか――いや、何でもかんでも神頼みというのはよくない。


 人事を尽くして天命を待つ。

 天は自ら助くる者を助く、である。




 気を取り直していざ突入。


 とはいえ、入り口らしい入り口はどこにも見当たらない。


 だからといって、1階の壁をぶち抜いたり、積み上がった瓦礫を撤去して、全体が崩落でもされると、ジョージくんたちが被害を受ける可能性もある。

 ウェルダンどころか備長炭レベルで焼き上がっている被害者たちも、砕けてしまうかもしれないし。


 そこで、2階の屋根をぶち抜いて突入することにした。

 ジョージ君のお母さんは1階にあるので少し遠くなるけれど、大した手間ではないし、構わないだろう。



 さて、2階くらいの高さなら、魔法やスキル無しで跳び上がっても不審に思われることもないはずだ。

 しかし、年頃の女性が大股で歩いたり跳んだりは、それこそアスリートだとか信念でもなければ控えるべきだと思う。

 なので、適当な足場を伝って、下品にならないように駆け上がった。



 そうして、あっという間に屋根の上にに到着した。


 一般家庭のように煙突でもあれば、そこから突入もできたのかもしれない。

 しかし、火の使用を想定していない商館だからか、そういったものは存在していない。

 というか、窓すらない。

 ある意味、潔い。



 もっとも、そんなことは屋根に上がる前から認識していたことなので、(はり)の通っていない所を、崩落させないように慎重に蹴り抜いて入り口にした。

 すると、内部に溜まっていた高温の煙が、勢いよく噴出し始めた。


「おい、まさか――」


「嬢ちゃん、危ないぞ! すぐ離れるんだ!」


「止めろ! それはマジでヤバい!」


 なるほど。

 内部がかなりの高温であることなど、特に証明する必要も無かったらしい。


 まあ、外壁がかなりの高温で、ここに来るまでに足元に落ちた水が盛大に蒸発しているしね。

 さらに、これほど濃密な煙の中では視覚なんて役に立たないだろうし、当然か。



 とにかく、もう少し慎重に、要救助者を連れ出すのに充分な大きさに穴を広げる。


 二メートルほどの穴が開いたところで、心配そうに見守っているジョージくんに、「行ってくるよ」とばかりにひらひらと手を振っていると、突然穴が爆発した。



「お姉ちゃーん!?」


「ああっ!? ほら、言わんこっちゃない!」


「密閉空間の火災で、バックドラフトに警戒するのは当然だろうに!」


「いや、見ろ! 無事どころか、空中で錐揉みしながら巻き上げられた噴石を狙撃してやがる! どんな身体能力してんだ!?」



 ふおお、びっくりした!


 もちろん、受け身はとったので、驚いた以上のダメージはないけれど、突然のことだったので風圧でバケツが脱げかけた。

 というか、よく壊れなかったものだ。

 湯の川の職人の執念、すごいね。



 とはいえ、神の名も出している以上、あまり無様を曝すのは問題がある。

 それに、爆発の勢いで舞い上がった瓦礫で怪我をする人が出ても困るので、朔的にスタイリッシュな感じで撃ち落とした。


 私としては、こんな無駄だらけの動きのどこがどうスタイリッシュなのかは分からないけれど、結果として瓦礫は全て処理したし、野次馬さんたちにもウケているので良しとしておこう。



「おいおいおい、あの嬢ちゃん、そのままダイレクトに館の中に入って――いや、落ちてったぞ!?」


「自分で爆発起こしたり火の勢いを強くしたり、苦行か何かなのか!?」


「いくら耐性――いや、加護があるっつっても、限度ってもんがあるだろ!? 酸欠までは防げねえし、魔法で空気を発生させても燃えちまう。それ以前に、あんな高温の煙を吸ったら、一瞬で肺が焼きついちまうぞ!?」


 野次馬さんの喧騒がひと際大きくなったけれど、後に続こうとする人が出ないのは、彼らのおかげかもしれない。



 そして、彼らの想像のとおり、館の中は石壁自体が熱を蓄えた石窯のような状態で、遠赤外線とかいっぱい出ていそうな感じである。

 さらに、私が空けた穴から新鮮な空気が入り込んだせいで、直火でもがんがん炙られている。

 少なくとも、普通の人には耐えられないであろう空間である。


 もちろん、雨にも風にも太陽にも負けない私にとっては、念のためにバケツが壊れないように脱いでおく程度の障害にしかならないけれど。



 さておき、館内にある遺体の数は、犯人の物を合わせて18体。


 一度の火災での犠牲者としては多いとみるか、大規模な商会での火災にしては少ないとみるかは専門家に任せよう。


 ジョージくんのお母さんの遺体は、一階の中央付近。

 外見上は他の遺体と区別ができないほどに炭化していて、本来は歯の治療痕とかを調べて身元照会をするのだと思うけれど、私は魂の残滓(ざんし)というか、根源的なもので判別が可能だ。




 しかし、問題がいくつか発生していた。

 というか、最初からあって、今気づいた。



 まず最初に、ジョージくんのお母さんだけを蘇生させればいいのかどうかがひとつ。

 本当に今更だけれど。


 彼のお母さんだけが奇跡的に生存していたという言い訳が通じればいい。


 しかし、魔法の中には生体反応を検知するというものもあるそうだし、悪魔族の中にはそういった能力をデフォルトで持っている種族もいるかもしれない。


 つまり、既に生存者がいないことが確認されていたり、突然蘇生したことがバレたりする可能性がある。

 だとすると、非常に微妙な賭けである。



 蘇生するにしても、神の名を騙って依怙贔屓(えこひいき)のようなまねもどうなのか――いや、私としては、神だからこそ依怙贔屓するべきだと思うのだけれど、ここの神は、博愛とか無償の愛とかそういうイメージが主流である以上、それを壊すようなまねはできない。



 もうひとつは、ただ蘇生させればいいと思っていたのだけれど、ここで蘇生させてもまたすぐに死ぬことだ。


 魔法が使えない設定の私には、蘇生させてから生きたまま連れ出す手段――みんなに納得させられるだけの話を作ることは難しい。

 それは「人が生存できない状況で人を生存させること」で、それこそ奇跡でも起こさなければ不可能なことだ。


 最悪、蘇生は副学長先生にしたような、我が家の秘伝でも構わない。


 しかし、そのために、遠赤外線で中までじっくり焼き上がった遺体を外に運び出して、ジョージくんに身元確認をさせるというような悪魔の所業は私にはできない。

 さて、どうしたものか。


◇◇◇


――第三者視点――

 そのバケツを被ったスタイル抜群の少女は、何の前触れもなく現場現れたかと思うと、神の加護とやらを纏って、躊躇(ちゅうちょ)なく自らが大きくした火の海に飛び込んだ。


 その少女のバケツを被る感性も、何を食えばそんなスタイルになるのかも、意味不明な言動も、そこに居合わせた誰もが何ひとつとして共感できるところはなかった。


 ただ、人知を超えた何かが起こっていることだけは本能的に理解できた。



 少女が炎の牢獄に飛び込んでから数秒。


 炎が上げる咆哮だけが人々の耳に響く中、「もしかして……?」と思い始める人がちらほらと現れ始めた頃、館の中から「神よ、火を消して!」と、鈴を転がすような声が響いた。


「え、今更かよ!?」


「順番がおかしいだろ!?」


「というか、頭がおかしいだろ!?」


 これには人々もツッコミを入れざるを得なかったが、すぐにそんな余裕は無くなった。



 再び上空に浮かぶ「喜んで!」という形をした煙は、もう偶然では片付けられないものであり、その直後、空から大量の冷水が滝のように――大瀑布となって流れ落ちてきた。


 その勢いはすさまじく、一瞬で火災を終息させただけに留まらず、瓦礫や結構な数の野次馬も同時に押し流していた。

 それなのに、怪我人が一切出ていないところをみると、これが神の奇跡であることは疑いようもない。

 規模的に微妙だが。



 人々はずぶ濡れになりながらも、次なる奇跡を心待ちにする。


 すると、歌声が聞こえてきた。


 火災現場に飛び込んで歌うなど狂気の沙汰だが、その神に捧げるような――むしろ、神そのものを体現したかのような歌声に、人々の魂は一瞬にして掌握された。


 そして、ほぼ全員が、一瞬たりとも聞き逃すまいと、目を閉じて、息を殺して、全神経を耳に集中させた。


 そのせいか、館の隙間から漏れ出る7色の光も大して気にならない。

 さらに、空には薄明光線――天使の梯子と呼ばれる現象が発生していることや、館内に数体の神や天使が降臨していたことにも気がつかなかった。



 ほどなくして歌声は止み、それに伴って怪奇現象もピタリと止まり、辺りは静寂に包まれた。

 それでも、アンコールがあるかもしれないと期待する彼らは、変わらず耳に全神経を集中させたままだった。


 その様子は、元が救助活動であったことなどすっかり忘れているようだった。



 しかし、彼らの耳に届いたのは、その期待に反して、もう死んだものと諦めていた者たちの声という名の雑音だった。


 驚きがないわけではない。

 喜びがないわけでもない。


 しかし、素直に喜ぶこともできない、


 そんな微妙な心境で、しばらく立ち尽くししていた彼らだが、「助けてくれ! 外に出られない!」と救助を求める声が聞こえたことで、ようやく救助活動が始まった。



 それからしばらくして、犯人を除く全員の生存――生還が確認された。



 生還者たちの言によると、火災発生直後――自分が炎や煙に包まれ、表現し難い苦痛に襲われたところまでは記憶にある。


 しかし、次に気づいた時は、最後の記憶が嘘のように傷ひとつなく、それでいて全裸の自身と周囲の惨状があるだけ。

 救助に来てくれた人々の証言から、彼らが奇跡によって蘇ったことを、事実として受け止めるほかないといった状況だった。



 残念ながら、全てを知っているであろう少女は忽然(こつぜん)と姿を消していた。

 ただ面倒事に巻き込まれる前に姿を消しただけなのか、それとも奇跡の代償として神の下へ召されたのかは定かではなかった。


 そこで何があったのかは彼らの推測、若しくは想像に委ねられた。



「お母さん!」


「ジョージ!」


 事実として、感動的な再会を果たしている親子をはじめとして、当事者も野次馬も、表現しづらい不思議な感動を覚えていた。

 不幸になったのは、いまだに生と死の狭間を彷徨わされている犯人くらいのもの。


 商会の主や従業員たちですらも、金銭では買えない貴重な経験をしたことに非常に感動していた。

 同時に、商会としてもこの奇跡に負けないような復活をしなければならないと決意していた。


 この四か月後、ヘブン安堵会は、微聖地化したこの場所に、24時間営業形態の新店舗をオープンする。

 なお、その店舗名は奇跡の少女の尻尾の色に肖って「ヘブンレイブン」と名付けられ、以降、より多くの人々に愛される店になった。




「お母さん、身体は大丈夫?」


「身体の方は何ともないの。むしろ、身体の奥から、心まで温かくなるような優しさに包まれているような気がするわ」


「僕、それ知ってる! ニュウサンキンの力だよ!」


 なお、この騒動は、とある親子の会話から、後に「ニュウサンキンの奇跡」とよばれるようになる。

 ニュウサンキンが何かは、誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ