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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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09 延長

 闘大の夏季休暇は長い。

 六月下旬から始まって十月末までと、学生時代に聞けば跳び上がって喜びそうな長期休暇である。


 もっとも、この夏季休暇期間も学園自体は開放されていて、講義が無いというだけで、遊び惚けている学生は少ない。



 そもそも、この期間は、狩猟が主な食料調達手段である魔界では、冬場になると収穫が減ってしまうため、獲れるうちに獲って冬場に備えようという意味合いも含まれている。


 近年は、アルが考案・普及させたゴブリン養殖によって、年間を通して食料の供給は安定してきたものの、その恩恵はいまだに辺境や貧困層にまでは行き届いていない。


 養殖を始める初期費用は高くはないものの、維持管理には多少の費用や手間がかかる。

 今食べる物にも困っている人たちには、気軽に始められることではないのだとか。



 闘大に通う学生の多くは貴族の子弟か裕福な家の出で、家格によって差はあるものの、食うに困るほど困窮している家はない。

 というか、そんな経済事情の家が、結構な額の授業料を払ってまで通わせることは滅多にない。

 もっとも、いつの時代でもルナさんのような例外はいるので、この長期休暇の風習がなくなることはないだろう。




 そのルナさんだけれど、まだ冬までに余裕はあるとはいえ、冬支度そっちのけで訓練に明け暮れている。



 正直なところ、彼女のやっている訓練が合っているのかどうかは、この世界では一般的な魔法が使えない私には分からない。


 それでも、自身の内側に意識を向けるのはいいことだと思う。


 魔力にしても、自身の領域というか、世界というか――突き詰めるとどれも同じものなのだけれど、それらは個の中にあるものである。

 魔法を使うためのエネルギーをそこから引き出すのだから、それを認識していなければ使えない、若しくは効率が悪いのは道理だろう。


 さらに突き詰めて、根源との繋がりを正確に認識できれば、そこから力を引き出すことも可能だろう。


 他人の能力を奪うとか、アザゼルさんのように魂を奪ってエネルギーにするとか、そもそもの考え方がおかしいのだ。

 他人というのは、根源を通して繋がっている、自身とは異なる可能性を持った自身でしかない。

 そんな個人という末端から魂を奪わなくても、その源泉となる根源と繋がっているのだから、そこから得ればいい。


 いや、私も他人の知識や記憶を喰ったりもするけれど、属している根源が違うのと、階梯の低い根源に干渉すると何が起きるか分からないので、影響を限定しようとすると、そうするくらいしかないのだ。

 それを理解する前に喰っていた分は、幸運だった――いや、きっと本能的なところで理解していたのだと思う。



 とにかく、人間がそういったことを認識して、根源に自由に干渉できるような階梯になるのは、まだまだ先のことだと思う。

 しかし、アザゼルさんのような勘違いをしていては、ずっと辿り着けない可能性もある。

 むしろ、その前に人間が滅びるかもね。


 それもひとつの結末で、根源としての立場では、それも受け止めるべきなのだろう。

 しかし、「根源だから」とか、「神だから」何かをしなければならないという考え方は好きではない。

 だからといって干渉するのも冒涜だし、まあ、そのときになったらまた考えよう。




 さておき、システムが個人の魔力を代価に現象を発現させる――というのが、この世界で一般的な魔法の仕組みである。


 ここで留意しておきたいのが、例外はあるものの、基本的に魔法を使っているのは個人ではなく、システムだということ。


 本人だったり、魔法やスキルのレベルが上がると、それらの効果も上昇するけれど、それ以外にも、システムとの親和性というか、魔力の質でも効果が変わる。


 魔力の質のあたりは何となく理解もできるけれど、親和性とかふわっとしたことをいわれても困る。

 システムのことは、まだ分からないことばかりだ。



 世界の改竄――侵食が魔法の本質ではないかとか、魔法とは自身の内側においてこそ魔法足りえるのではとか、私的な考察はこの際置いておいて、システムが提供する魔法がそういうものだという前提で話を進める。



 ルナさんの魔法が、安定して発動しない――暴走しやすいのは、彼女の魔力の質に問題がある。


 彼女は、魔素を魔力に変換して貯蔵するというプロセスに問題があるらしく、魔力らしい魔力を貯められない。

 いや、容量的には人一倍あるそうだけれど、彼女のそれは、魔素をふんだんに含んだ上質な魔力、若しくは魔力が混じった劣悪な魔素というものである。


 魔素を魔素のまま保持できるのは割と希少な能力だけれど、それは一旦置いておく。



 魔素とは魔力の源となるもので、万能の力を持っていると考えられているのだけれど、主神たちでもそれをそのまま活用することはおろか、満足に観測することもできないらしい。


 それを、人間や魔物などが利用できるまでに加工――というか、可能性を削ぎ落したものが魔力である。



 そして、魔力の型は、例えるなら食品の成分表示のように測定される。


 総魔力量がいくつで、その配分がどうなっているかという感じで。


 配分の中で最も高いもの、若しくは一定値を超えているものが得意属性といわれる資質である。



 主神たちの統計では、この世界の成人時点で、三割強の人が適正と呼べるほどの適性を持たない。

 そして、五割弱の人が単一属性、残りが二属性以上に適性があるらしい。


 当然、適性の数が増えるほどに割合は減少して、アルのようにほとんどの属性に高い適性を持つ人は0.001%にも満たないそうだ。


 千人にひとりと聞くと結構多いようにも思えるけれど、そういった人たちは晩成傾向にあるそうで、能力を活かしきれずにとか、能力に溺れて早世することを含めると、実際に遭遇するのはもっと低い確率なのだろう。



 なお、主神たちは、「万能属性」という、ほかの魔力の型に比べて遥かに強力だけれど、万能でも何でもない魔力を扱う。

 この世界には、こういう詐欺っぽい言い回しが多すぎる気がする。



 とはいえ、これらはシステム的分類であって、私の所感は少々異なる。


 適性という意味では、おおむね同感。


 しかし、属性という意味でなら、例えばアイリスは聖属性とか光属性ではなく「アイリス属性」で、アルは万能属性ではなく「アル属性」とでもいうのだろうか。

 光とか闇とか目に見えるものではなくて――上手くいえないけれど、魔力はその人の個性や可能性そのもので、個々人で違うものなのだ。


 アイリスの可能性が光とか聖とか、意味が分からないよね?

 どちらかというと、策士とか暴走といった方が、まだアイリスらしいと思う。




 さておき、ルナさんの型は、システム上の分類では、単一属性で「闇」の魔力持ちだそうだ。


 闇って何だ――という、哲学的というか概念的な疑問はあるけれど、ここでは関係無いのでスルーする。



 闇の魔力を使って、闇の魔法を発動するのは、適性があれば何の問題もなく行えることだ。


 しかし、ルナさんの魔力には、少なくない魔素が混じっている。

 そのせいで、適応する魔力以外の利用を想定していないシステムの魔法提供モジュールが誤作動――何を言っているのかよく分からないけれど、多くの場合は暴走を起こす。


 具体的には、不純物を余剰魔力として「魔法風」に変換するはずが、ここでは大量の魔素の処理は想定されていない。

 観測できない魔素を仕分けるのが難しいとか、優先順位的に手が回らないといった理由があるのは分かるので、「ちょっとくらいの魔素なら問題は無いんだ」なんて言い訳はしなくてもいいのに。


 とにかく、そのせいで処理が正常に作動しないとか、追いつかずに暴発する感じだろうか。


 それを嫌って、少ない魔力で発動しようとすると、検知できる魔力が少なすぎて不発に終わる――というのが彼女の現在の症状らしい。



 それで、現在行っている訓練が、自身の内側に意識を向けて、闇の魔力だけを認識する――とでもいうようなものらしい。


 一応、それができれば魔法の行使にも希望が出てくるそうだけれど、例えるなら、五感の全く働かない状態で塩と砂糖を選別するようなものなのだとか。

 例えが全然分からない。


 なお、これらは全て主神たちから聞いた話なので確証はない。



 とはいえ、ルナさんが教えを受けている人が、かつては彼女と似た症状だったというし、ファンタジー世界ならではとでもいう可能性もあるのかもしれない。

 とにかく、彼女のことはこのまま見守るだけの方針で。



 幸い、大空洞で最低限の実績を挙げたことで、彼女の両親が課したハードルを越えたため、今しばらくの猶予もできたのだ。

 焦る必要は無い。




 そのおかげで、私とアイリスの滞在期間も未定になってしまったのだけれど、意外とアイリスは魔界での生活に順応している。

 食事以外はだけれど。



「魔界でもできることはたくさんありますし、魔界でしかできないこともありますし。それに、ここでならユノとふたりきりでいられる機会も多いですし、もうしばらくいてもいいかなと思いますよ」


 魔界でもできることはともかく、魔界でしかできないこととは一体?

 ここ最近、頻繁にアクマゾンで買い物をしていることだろうか?


 アイリスも年頃の女性だし、他人に知られたくない物のひとつやふたつ――どころではなさそうだけれど、欲しくなることもあるのかもしれない。


 もちろん、プライバシーにかかわることなので、中身を確認したりはしていない。

 見られてもいい物なら見せてくれるだろうし、そうでない物を、偶然でも見てしまうと後が面倒なのは妹たちで経験済みだ。


 とはいえ、秘密の買い物でも湯の川でもやりようはあるだろうし、帰ればいずれは明らかになることである。


 一部、リリーや子供たちの情操教育に悪い物が混じっていたとしても、トシヤのような歩く不適切もいる以上、隠すことよりフォローや教育の仕方が重要だと思う。


 ということで、これが理由になるとは考えにくい。



 そうなると、毎日欠かさずハンディマッサージャーに祈りを捧げていることだろうか?


 いつもは温和なアイリスが、その時だけは鬼気迫るというか、尻尾の付け根を(くすぐ)られているような気がするプレッシャーはなかなかのものである。


 ごく微かなものとはいえ、私が感じる威圧となると、ただ事ではない。


 というか、学園内では、「理不尽な理由で従者を盗られたアイリスが怒り狂って、夜な夜な呪いの儀式をしている」などという噂が立っていることを思うと、そんなレベルのことではないのかもしれない。



 そして、最近はそのハンディマッサージャーが、ヤバ気なオーラを纏うようになった。

 明らかに気のせいだと流せるレベルではないし、こればかりはリリーに見せるべきではないものだと断言できる。


 それに、《神託》スキル持ちの巫女であるアイリスがそんなことをしていては、シャロンたちにも悪影響を与えかねない。

 ある意味では、湯の川では影響力がある分、トシヤより不適切だといえる。



 ストレスが溜まっているのかと思って、長期休暇中でもあるし、一度湯の川に戻って息抜きでもしてみればと提案もしてみた。

 しかし、アイリスはしばらく考えた後、さきと同じような答えを返すだけだった。


 とにかく、アイリスが自らの意志でそう決めたのであれば、それを尊重するしかないのだけれど……。




 予定が狂ったといえば、辺境で保護している子供たちのこともそうだろう。



 元々過酷な環境で暮らしていたことや、悪い大人たちの理不尽な扱いに慣れていたこともあって、世話には手がかからない。

 その分というか、悪い大人たちから刷り込まれた習慣や価値観を払拭するのはなかなか骨が折れる。


 だからなのか、ルイスさんとかその周辺の人はみんな意外と甘えん坊なのに、彼らは頑なに甘えようとはしない。


 弱い動物ほど弱っている姿を見せないとか、弱さを見せられる余裕が無いとか、そんな感じなのかもしれない。



 それでも、強者には従う習性のおかげで、話は聞いてもらえる。

 ただ、辺境での私は、バニーなのかキャットなのかも分からない、信頼される大人の姿ではないため、それ止まりだ。


 悪党狩りが善いことだというつもりはないけれど、善悪の認識が乏しいところも問題だろうか。


 神芝居で、ある程度の目的意識と連帯感は植えつけられたけれど、善悪とは別の問題っぽいし、やはり湯の川にいる三人の悪魔族にアドバイスを貰いつつ、根気よくやっていくほかない。



 さておき、そこでの予定外というのは、問題が長期化したことで、子供たちを養っていくための資金計画に陰りが出てきたことだ。


 辺境での活動の資金源は、彼らのような子供を食い物にしてきた、若しくは現在進行形でしている大人たちを強襲して供出してもらったものが主になる。


 しかし――というか、当然というか、私たちの噂が広まるにつれて、現金や実物資産を隠す組織が増えてきた。


 それどころか、子供たちの待遇が改善されたところも出てきた。


 前者は、物理的な隠蔽であれば探せば済むことなのだけれど、第三者の《固有空間》に隠してあったり、手形化されたようなものになるとお手上げになる。


 当然、やり得になるような前例を作ると、みんながまねをするようになるので、その疑いがあるという理不尽な理由だけで身体で支払ってもらっている。


 もちろん、食料的な意味ではないので、それで子供たちの腹が膨れることはない。



 そして、後者に至っては良いことである。

 そこにまで襲撃をかけるのは、さすがに外道すぎる。


 過去に罪を犯していたからといって、改心した人まで狩っていては、魔界の大半の人を狩らなければいけなくなる。

 もちろん、過去の罪は清算するべきという主張も理解できるけれど、犯した罪以上の貢献をすることで罰に代えてもいいのではないかと思う。


 未来志向って、素敵だと思う。



 そうして、思っていたのと違う形で、魔界辺境の環境が改善し始めた。

 大規模な粛清とか間引きを行うと発生するはずだった瘴気も、私の手によるものなら発生しないというのも大きかったのだろう。



 とにかく、この活動は短期間のつもりだったので、とにかく大きくあくどい組織から狙ったことが裏目に出た。


 巨大な組織が軒並み被害を受けたことで、そこに押さえつけられていた中小の組織が暴走――どころか、警戒して活動を控えるようになった。

 さらに、零細では足を洗うところが続出した。


 ビビりすぎじゃないかと思うけれど、片っ端から狩っていたのがまずかったのか、それとも負けると食い物(※物理)にされるのが怖いのか。

 まあ、私も、ご飯を見る目で彼らを見る子供たちはちょっと怖い。

 あれは食べ物じゃないんだよ?



 そんなこんなで、魔界全体ではとても良い傾向なのだけれど、子供たちの数は増え続けているのに、資金の調達ペースは右肩下がり。


 近いうちに、子供たちの何割かを湯の川に送る――いや、どこかで人間界での生活の馴致訓練が必要だろうか。

 とにかく、破綻するまでには、活動方針や運営方法を決めなくてはならない。

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