03 好調
魔王城への移送のために、馬車――ゴーレムが牽いているからゴーレム車? とにかく、ワゴンに乗りこめと促されたのだけれど、中には同行するらしい学長先生がみっちり詰まっていた。
最近の学長先生は、筋トレに励んでいたのか、以前よりもひと回りくらいバンプアップしている。
それ自体は健康的……? かどうかはさておき、私には関係無いのでどうでもいい。
ただ、コンテナハウスくらいの比較的大きめなワゴンなのに、4分の3くらいが占拠されていて、スペース以上に圧迫感がすごい。
というか、どうやって乗り込んだの?
そして、私にこれに乗れと?
この15日間、いろいろと酷い扱いを受けたけれど、これはちょっと群を抜いて酷い。
いや、拒否して拗れると本末転倒なので、心を無にして乗るけれど、懲罰房よりよっぽど懲罰だよ。
さて、一体どこで間違ったのだろう。
致命的な状況ではないとはいえ、なかなか面倒くさいことになってきた。
もっとも、今は原因を突き止めて反省するより、これからどうするのが最善なのかを考えた方が建設的だし、私好みだ。
魔王城に移送される理由は単純なものだ。
デーモンコア発見という大ニュースに比べて、私の報告が適当すぎて釣り合わなかった。
なので、話せない事情があるのかとか深読みされたり、デーモンコアの波動で頭がやられてしまったのかと本当に失礼な心配をされたり、何かを企んでいるのではないかと陰謀論まで飛び出してきた。
このままでは、尋問している人――特に学長先生にも、共謀などの疑いの目が向けられる。
だったら、もう本人の口から、体制派のお偉いさんたちに説明させようということになったのだとか。
それなら、もっと早くに体制派の人に出向いてもらって、立ち会ってもらえばよかったのでは?
この人たちは正気なのだろうか?
瘴気に中てられてしまったのだろうか? 正気だけに。
魔王城の人たちも、瘴気で汚染されていれば、勝機が生まれるのではないだろうか? 瘴気だけに!
あれ、何だか今日は調子が良いかも?
これなら話術で挽回できるかも。
◇◇◇
魔王城に到着して、護送車から私が降ろされた直後のこと。
「デーモンコアを発見した功労者がなぜ拘束されているのか!? あまつさえ、バケツなど被らせているとは!?」
引渡し担当者さんに、同行していた学長先生が問い詰められていた。
まあ、下着姿で手枷足枷を付けられて、更にバケツを被っている私は、どう見ても罪人である。
もちろん、私は無罪だし、疑われているのも私ではなく、学園とか尋問担当者なのだ。
その学長先生は、ワゴンの天井を突き破って頭を出しているし、どう見てもヤバい人だ。
その上で、きちんと話が通っていないとか、認識に齟齬があると、そうなるのも当然だろう。
「諸般の事情です」
それに対して、学長先生の顔色とか歯切れが悪い。
肉体的にはキレッキレだけれど、ワゴンを突き破るほどのものだと、かえって怪しさを倍増させている。
というか、とても反抗的に見える。
結果、悪いことをしていると自白しているような感じだけれど、私を巻き込まないでほしい。
「……ルシオ・バルバトス殿。貴方にはデーモンコア発見の件につき、虚偽の報告を繰り返していた嫌疑がかけられています。そして、ここで拘束された彼女の姿を見て、その嫌疑は一層深まりました。大魔王様への謁見の前にじっくりとお話を伺いたい。――ご同行願います」
学長先生の潔白の証明は手遅れだった。
そうして、案の定というか、抗弁する機会も与えられずに連行されてしまった。
「もう大丈夫、我々は味方です。安心してください。すぐに食事や着替えを用意させます」
衛兵さんが、私に向けてそう語りかけながら、手足に付けられていた枷を外して、バケツも外してしまった。
どうやら、彼らは私の扱いを不当なものだと感じたらしい。
いや、普通に考えれば不当なのだけれど。
「これは――何と神々しい――!」
「この女神のような可憐な少女に、こんな仕打ちをするなど、ルシオ・バルバトス――何という外道だ!」
「奴の艶々した顔色の理由は、この少女に、あんなことやこんなことをしていたせいか!? 羨ま許せん! 破廉恥罪の現行犯だ!」
そして、何の取り調べもないまま学長先生の有罪が確定してしまった。
その後、別室でお茶とお菓子――魔界では初となる普通の焼き菓子が出されて、必要以上にみんなにちやほやされた。
なお、お菓子の味は普通だったけれど、魔界にもそういう物があるのだという事実に感動した。
また、大魔王さんへの謁見用のドレスが用意されることになった。
魔界にもドレスコードはあるらしい。
しかし、魔界の既製品では、特に胸周りのサイズが合わないので、そのサイズ直しが終わるまでしばらく待機ということになった。
さすがに下着姿で大魔王さんの前に出るわけにもいかないのは理解できるし、用意してもらえるのも有り難いのだけれど、慣れない場所で特にすることもなく、待たされるだけというのは居心地が悪い。
もちろん、ドレスくらいなら自前でどうにでもできるのだけれど、そんなことを言えるはずもない。
それに、ここでのドレスコードを知らないので、相手が用意してくれるというなら従っておけば間違いはない。
破廉恥罪なんてものがあるくらいだし、変な物は出てこないよね?
しばらくして運ばれてきたのは、純白のロングドレス――というか、どう見てもウェディングドレスだった。
ある意味ではとても変――というか、場違いな物が出てきた。
とはいえ、これを持ってきた人たちには、これが結婚式で新婦の着る衣装だという認識はないらしい。
持ってきたメイドさんが言うには、「古代の遺跡で発見された、現代の技術では作れないアーティファクト」などと、何だか理解に苦しむ認識である。
つまり、彼らにとってこれはただの豪華なドレスにすぎないらしい。
もちろん、事情を知らなくても「着てみたい」と思う人も多かったようで、実際に着ようとした人は大勢いたそうだ。
ただ、残念なことに、悪魔族の体形的に、特に胸周りのサイズが合わない。
魔界の食糧事情というか、栄養が足りていないせいか、悪魔族の女性は、胸のサイズが慎ましい人が多い。
ブラジャーのサイズでいうと、大半の人がAカップ以下、Bカップで一割ほど、それ以上は見たことがない。
そして、このドレスのサイズはEカップだった。
ドレスには魔法が掛かっているそうなので、ある程度のサイズは調整されるらしいのだけれど、魔法も万能ではないのだ。
しかし、それでも着ることを諦めきれなかった何十人ものご婦人たちが挑戦して、ポッカリ空いた胸の隙間(※物理)や零れ落ちたパッドに涙して、ついには呪いが掛かったという曰く付きの品らしい。
更に理解が及ばなくなった。
理解できたのは、今から私がこれを着る――もちろん、すぐに朔が再現したものに差し替えられるはずだけれど、どうにもここでも迷走を始めているように思えてならない。
事実は小説よりも奇なりが終わらない。
どこでどう軌道修正すればいいのか分からないので、手の打ちようがないのだけれど。
無駄な抵抗は諦めて、ウェディングドレスという、女子の一世一代の勝負服を身に纏う。
セットになっていたウェディングベールはどうしたものかと迷ったけれど、今更被るわけにもいかないバケツの代わりに、「無いよりはマシだろう」と装着してみた。
バケツほどの安定感や安心感はないものの、存外悪くはないし、私は何を着ても大体可愛い。
さすが私。
後でアイリスたちにも見せてあげよう。
とにかく、これで戦闘準備完了だ。
なお、オリジナルのドレスは、少しバスト周りがきつくてウエスト周りが緩かったけれど、実際に着ているのは朔の再現した物なので、サイズはピッタリである。
さらに、問題のひとつだった、私以外には触れないという点も、主神のところで貰ってきたシステムの概要書のおかげで、接触した人の魔力に反応して形を変える――というような感じで、ある程度は解消できている。
もっとも、それを制御する朔の負担が大きいそうだけれど。
いつもありがとう。
それに、私としても、その処理のせいか開放感が薄れてしまったような気がするので、善し悪しではあるのだけれど。
とはいえ、そこは必要に応じて使い分ければいいことだし、私が道具を使うことについても『改善中』とのことなので、期待したい。
「まあっ! とてもお似合いでございます!」
「さすが、伝説のデーモンコアを持ち帰った英雄だ。幾多の女たちを泣かせてきたあれを、いとも容易く着こなすとは……」
「それにしても美しい……。貴女がご自身のことを女神様の遣い――いや、女神様本人だと言っても信じてしまいそうだ……」
周り人たちの社交辞令を、「ありがとうございます」と華麗に流して、お化粧などは必要無いので、早速ラスボスの待つ謁見の間へと移動を開始した。
◇◇◇
魔界の魔王城と聞いて連想するのは、妹にやらされていたゲームに出てくるような、無駄に広大で、無意味に尖っていたり悪趣味な装飾が施されていたりする、とにかく、「人間に威圧感とか恐怖感を与えることに心血を注ぎこみました」的な物だ。
しかし、この魔王城は、敷地こそ広大――といっても湯の川の十分の一にも満たないけれど、建物も石と鉄でできた飾り気など全くないシンプルな造りの物だった。
恐らく、技術者や芸術家の育ちにくい環境が影響しているのだろう。
それ以上に、そんなところに心血を注ぐくらいなら、食料問題の解決を優先したいという切実な懐事情もあるだろうし。
というか、そんなだから、父さんは魔王に堕ちてまで、みんなを救おうとしたのだろう。
そして、魔界の人たちもそんな父さんをリスペクトして、絵画や彫刻で父さんの姿を残しているのだろう。
圧倒的な強さを持ったリーダーが必要なものの、団結できるという事実が、悪魔族の未来の希望なのかもしれない。
さておき、父さんの行動の是非はともかくとして、今の魔界の状況を見て、父さんはどう思っているのだろう?
特に、父さんのスキル《暴体美隆》で、誰だか分からないくらいにマッチョになっている絵画や彫刻を見て。
また、それらを神聖視している人たちを見て。
私も、湯の川では私の偶像を崇められている。
それも、本人の目を憚ることなく。
それどころか、その偶像――ちょっとエッチな写真集やフィギュアなどが、アクマゾンを通じて公然と取引されるようになった。
町の人たちは、それを誇らしく思っているらしい。
わけが分からない。
こういうのも遺伝するのだろうか?
なお、父さんから教えてもらったスキル、魔装《暴体美隆》を私なりに試してみたところ、身長――というか、年齢による外見の変化だろうか、それと、髪の長さなどが変えられるようになった。
もっとも、年齢による変化は10~20歳くらいの幅で、あまり融通が利かない。
私以外のものにはなれないというべきか。
それでも、幼い私は可愛いし、成人した私も美人だし、思いのほかみんなからは好評だった。
なお、アイリスやアルは腰くらいまである長髪が好みらしい。
リリーは特に拘りがない――というか、何でも全肯定で、ミーティアたちはお酒が美味しければ何でもいいらしい。
ただし、性別は変えられなかったので、妹たちの言い訳には使えない。
そして、筋肉は一切つかなかった。
なぜだ。
ちなみに、悪魔たちの戦闘形態もこのスキルの発展形だそうで、その名を「魔装《猛守闘・魔主究羅》」というそうだ。
さておき、このスキル習得の副産物として、髪の色を銀にしたり、頭上の輪っかを極力目立たなくすることにも成功した。
ただし、輪っかの方は、翼を見えなくするのと同じくらい――それ以上に力を制限される。
要するに、この世界に来たばかりの私の状態を再現できるようになった。
ちょっと領域を出しただけでも解除されてしまうくらいに繊細だけれど、今みたいに素顔を出していても輪っかを目撃されることがないのは、非常に気が楽だ。
そして、現在は銀髪猫耳あり、翼と輪っか無し状態である。
辺境でやっている活動は本来の髪色でやっているので、念のために、変装とか攪乱のつもりである。
なお、尻尾も髪に合わせて変色しているのだけれど、そのあたりの矛盾は「バケツを被っていると副作用で黒くなる」とか何とか言って誤魔化すつもりだ。
◇◇◇
着替えが済むと、なぜか大勢の兵士さんに護衛されて、謁見の間へと到着した。
重厚な扉の向こう側には、湯の川の大会議場くらいの広間に、三十名ほどの人が左右に分かれて並んでいた。
恐らく、一番奥の玉座に偉そうに座っているのが大魔王さんで、他の人はお偉いさんとかそんな感じの人たちだろう。
スケールは違うものの、湯の川でもよくある光景だ。
もっとも、余所様のことは分からないけれど、湯の川では居合わせている神や魔王には、賑やかし以上の意味は無い。
むしろ、私からして、いる意味が無い。
私にあれこれ報告されても、「ご苦労様」とか「よろしく」程度のことしか言わないのだから、もう廃止してもいいのではないだろうか?
それもこれも、あんなに大きな家を用意していたアルが悪い。
これが常識的なサイズの個人住宅なら、物理的に不可能だったのに。
いや、他人のせいにするのは良くないな。
高い授業料だと思って――いや、高すぎる気がするけれど、まだ挽回はできるはずだ。
とにかく、本来の意味での「適当」というのは重要なことで、そういう意味では、このお城は素晴らしい物ではないかと思う。
さておき、この人数を、多いと見るか少ないと見るのかは分からない。
魔界は狭くても、貴族の数はここにいる倍以上はあるはずで、それくらいなら充分に収容できるスペースがある。
単純に都合がつかなかっただけなのか、それともデーモンコアの件は、彼らにはさほど重要なものではなかったのか。
そのあたりの判断はここではできないけれど、私にとっては、全方位に噛みつくような人は少ない方が有り難い。
そういう意味では、権力者――大魔王さんと良い関係を結んだ方がいい。
彼が盾になってくれれば、そういったノイズも聞こえなくなるだろう。
さて、お偉いさんたちは、他の面々の動向を警戒、牽制し合いながら、謁見の間に姿を現した私を値踏みしようと視線を向けて、そして固まった。
毎度のことながら大袈裟だとは思うものの、すぐに私をエスコートしてくれていた衛兵さんたちが私を庇うような陣形を組んで、お偉いさんたちの視線を遮ってくれた。
それが彼らの職務の範疇にないことは、大名行列のようになっていた私のエスコート勢からも明らかで、もう彼らがどちらの陣営なのか分からない。
とはいえ、さすがに大魔王さんの視線だけは遮ってはいけないと判断する程度の理性は残っていたようで、彼とはばっちり目が合っている。
大魔王さんと思わしき人物は、思いのほか若かった。
外見上では二十代後半くらいの、体格がよくて、立派な角と翼と尻尾がある黒髪黒目の男性だ。
もっとも、悪魔族は人間の倍以上に長寿な上に、全盛期を保っていられる期間も長いそうなので、外見で年齢を推測するのは難しいけれど。
さておき、大魔王さんは、外見では王様という感じには見えない。
というか、裸の――いや、半裸の王様だ。
むしろ、ある程度組織としての体裁を整えている、山賊の頭領とでもいった方が近いだろうか。
そんなことより、この大魔王さんは、恐らく異世界からの転移者か転生者だ。
角や翼が生えているので後者だと思うけれど、移植などの可能性もあるので断定はできない。
今までは、記憶の中にある父さんや私自身という例外のため、召喚勇者や転生者と、この世界の人々の魂の差異は個性の範疇かと思っていた。
しかし、父さんや亜門さんたちがこちらの世界出身で、私が完全な例外だと判明したことで、属する根源の差が少しばかり判別できるようになった。
とはいえ、派生元の根源が同じで、根源同士も影響し合うので、決定的な差というほどでもない。
それでも、そこに属する人や世界、紡いできた歴史で、根源にも特色というか個性が出るのだろう。
例えば、ソウマくんや帝国の勇者さんは、あちら側。
魔王のレオンやトシヤは、かなりこちらに馴染んでいるけれど、あちら側。
アイリスやアルは、あちら寄りだけれどこちら側。
あちら側の色が濃いものの、転生すると属性としてはこちら側になるのだろう。
目の前の大魔王さんもそんな感じで、魔界では特に珍しいレベルで魂の毛色が違う。
だからといって話が通じるとも限らないのだけれど、情報量の差で優位にいるだけでも心にゆとりができる。
特に、今日の私は絶好調なのだ。
何だか分からないけれど、行ける気がする!




