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幕間 選抜通過組

 ディアブロとレヴェントンとイオタの3人は、同時期に外界進出選抜を勝ち抜き、そして同時に外界進出を果たした、いわば「同期」ともいえる関係だった。


 また、それぞれの所属する組織は違えど、穏健派という共通点があったことと、外界進出を目前にしてテンションが上がっていたこともあって、すぐに意気投合した。




 そんな三人が、外界進出を果たした直後に遭遇したのが、大魔王アナスタシアの勢力による、「人間界へ進出した悪魔族の捕獲作戦」に従事する部隊である。



 魔界にいる悪魔族が、結界を越えて人間界へ進出する地点はほぼランダムで、空間の歪みなどの予兆はあるものの、それに遭遇する確率は低い。

 それでも、タイミングは分かっているのだから、魔界に並々ならぬ関心があるアナスタシアがそれに備えるのは当然のことだ。



 そして、三人の場合は、出現地点がアナスタシアの領域に近かったこともあって、進出からしばらくして、その眷属による追跡が始まった。



 選抜を勝ち抜けるだけの猛者である三人でも、アナスタシアの眷属は強敵で、更に地の利も敵にあって、数的不利も無視できない。


 それに対抗するために自然と協力するようになった三人だが、やはり戦って勝つのは難しいと判断して、追跡から逃れるように南へ向かった。




 そうして辿り着いたのが、帝国領北東の町である。


 現地の魔王の領域に近い町ということもあって、警戒は厳重ではあったものの、三人の能力で少人数であれば潜入するくらいは造作もない。

 それに、町の中に入ってしまえば、人里に近づくにつれて追跡の手を緩めていた追手では強硬手段に出られないだろうという予測もあった。


 もしそうなったとしても、悪いのは追手やその飼い主であり、自分たちではない。

 魔界では穏健派といわれる三人だが、人族とは価値観が違うため、「穏健」の意味も異なっていた。




 町に潜入した三人は、種族を魔族と偽り、冒険者としての活動を開始した。


 穏健派としての大義も重要だが、先立つものが無ければ生活もできない。



 それに、冒険者という肩書は、日々の糧を得る以外にも役に立つ。


 世界は広く、情報伝達技術も発達しているとはいい難いが、冒険者間のネットワークはなかなか莫迦にできるものではない。

 駆け出しや中堅くらいの冒険者が多い町だったが、何も知らないに等しい三人には膨大な情報量で、おおよその世界像を把握するには充分なものだった。




 三人にとって、人間界での生活は、毎日が驚きの連続だった。



 特に、食事の質が全く違う。


 人族は、基本的に虫や山賊を食べない。

 それに、よく分からない寄生虫もいない。


 雑草ではない野菜が、それを食べて育つ野生の獣が超美味しい。


 町で料理した物を食べると、感動のあまり涙が出てきた。


 人族を殺して奪った食糧で悪魔族が料理しても、こうはならないだろう。

 穏健派の主張は――初代大魔王様は、やはり正しかったのだ。



 それからの三人は、情報収集そっちのけで、美味しい物を食うために頑張って稼ぎまくった。




 穏健派として共通している目的は、人族との融和にある。


 そういう意味では、この前線に近い町では、戦闘力の供与とその報酬の受領という関係を構築できる可能性がある。



 ただし、それは三人のように正体を偽っていて、なおかつ少数だから可能なことである。


 人族が人族以外にどういう感情を持っているかは、亜人奴隷の扱いを見れば一目瞭然だった。

 むしろ、人族間でも争いが絶えないことを考えると、人族社会に悪魔族の受け入れられる余地は無いように思えた。


 だからといって独立自治などしようとすれば、敵と認定されて争うことになる――ほかの魔王にも目をつけられるだろう。

 そうなると、新興泡沫勢力など、あっという間に滅ぼされて終わりである。



 それならいっそ、どこかの魔王勢力にでも(くみ)した方がマシかもしれないが、冒険者間の評判を聞く限りでは不死の大魔王は論外で、獣王のような脳筋に仕えると大変なのは想像に難くない。


 ゴブリンの大魔王の話は聞こえてこないが、ゴブリン(やさい)に頭を下げるのはさすがにプライドが許さない。


 不浄の大魔王は、魔界でも有名だった大魔王と同一人物ではないかという推測もたてられたが、そのあり方が違いすぎる。

 彼に何があったのかは分からないが、眷属を餌としてしか見ていないような大魔王に仕えるのはあり得ない。


 暴虐の大魔王についても同様で、癇癪(かんしゃく)で国を滅ぼすような大魔王とはかかわり合いたくない。


 邪眼の魔王ならあるいはというところだが、眷属が排他的にすぎるのが問題である。



「やはり、先にこっちに来た連中の話を聞くのが最優先か」


「そうだな。俺たちが考えてることくらいはとっくに考えてるだろうしな」


「けれども、過激派連中と接触しちゃうと後が大変よ? 奴らにとっては、私たちも敵みたいなものだし」


 当面の問題は、三人だけではできることに限界があることだった。


 そのためには、先に人間界へ進出している同胞との接触を行う必要があったが、それも簡単ではない。

 通常の情報収集では悪魔族の居場所などが掴めるはずがなく、掴めたとしても、人族にはそれが穏健派か過激派なのかの区別はつかない――どちらも「悪魔族」でひとくくりにされるだろう。

 それで上手く穏健派と接触できればいいが、過激派だった場合は敵となる可能性もある。



「とはいえ、帝国に与するのは論外だな。この町に同胞がいない事実が、皆同じ結論に至ったことの証明だろう」


「同感だ。とりあえず、いろいろな国や町を巡って、地道に探すしかないか」


「だったら、次はロメリア王国に行ってみましょうか。キュラス神聖国には、私たちを受け入れられるような土壌はなさそうだしね」


「そうと決まれば早速行くか。食料だけ買い込んでからな!」


「ああ。こっちの食事は保存食でも美味いから、食いすぎには注意しないといけないがな」


「ロメリア王国では、どんな美味しいものが食べられるのかしら。楽しみだわ」


 その辺境の町でも、魔界と比べれば天国のような環境だった。


 悪魔族の時間の進みが人族とは違うため、骨を(うず)めるというわけにはいかないが、しばらくここに腰を落ち着けるという選択肢もあった。


 それでも、三人は旅立つ決意をした。

 悪魔族の安寧の地を探すために、まだ見ぬ美味しい物に出会うために。




 そうして、方針が決まった三人は、ロメリア王国を目指して真っ直ぐ南進した。


 決して楽な旅ではなかったが、瘴気塗れの魔界に比べれば、食料確保が楽で、味の方にも期待ができるっというだけでも楽しく感じられるものだった。


 当然、それは三人に選抜を勝ち抜くだけの実力があってのことである。




 三人は、道中にある町や村を経由しながら、徐々に東に逸れながら南下を続け、魔の森とよばれる危険地帯を突っ切ってロメリア王国へ侵入を果たす。


 ただ、そこはロメリア王国でも辺境に当たる地域だった。


 人里でもあれば情報収集をしようと考えていたが、目につく人工物は要塞のような砦ばかり。


 目に見える違いは、城壁の高さや兵器の配置数程度だが、本当の最前線にあるという環境のせいか、一般的な町や村とは雰囲気が違う。


 さすがの三人もそこに近づこうとは思えず、更に東へ逸れながら南進を続けた。




 そうして、巨大な山脈に突き当たった。


 ゴクドー帝国からロメリア王国への正規ルート――魔の森を西に迂回して、大砂漠を南下する――を選択せず、最短ルートとなる魔の森縦断を選択していた三人は、王国も縦断していた。


 地理的な知識もなければ価値観も違う彼らは、「魔の森」の「森」という概念が理解できていなかったのだ。



 木がいっぱいある所が森だといわれても、魔界と比べると、どこもかしこも木がいっぱいである。

 それこそ、街路樹を見て、「町の中に木があるだと!?」と驚くレベルなのだ。


 ゆえに、「魔の森」かどうかの判断は、危険か否かだけで行われていた。


 しかし、魔の森のもうひとつの特徴である危険度も、人間を基準としたものである。

 魔界の荒波に揉まれてきた三人にはさほどのものではない。


 さらに、銀竜や赤竜が暴れた影響で、小動物やそれを餌にする大型動物や魔物が、避難していたこともあったのだろう。

 そうして、いつも以上に危険度が下がっていたのだ。


 その結果、そこが魔の森だと気づかずに通過してしまい、更に王国領まで縦断していたのだ。




「これが魔の森か。確かに、なかなか厳しそうだな」


 六千メートル級の山脈を見上げながら、その言葉とは対照的に、ディアブロが不敵に口角を上げる。


 しかし、これは魔の森ではなく、そのはるか南にある、正式な名称が存在しない山脈である。



「さすがにこれは迂回しなければならんというのも頷ける」


 ただ、これだけの険しい山で、飛竜種まで飛んでいるとなると、彼らであっても危険な場所である。

 その、「危険」という一点だけで、彼らはここを「魔の森」だと勘違いしていた。


 誰がどう見ても「森」ではなく「山」なのだが、三人にとっては「木」が生えていれば「森」といっても過言ではなかったのだ。



「でも、私たちなら越えられるわ。というより、これを迂回する方が面倒そうよね」


 イオタの言うように、山脈の端は見えないが、頂上は見えている。

 翼もある悪魔族的感覚では、登った方が楽そうに感じていたのだ。




 当然、登山はそんなに簡単なことではない。


 システムの補正があっても、食料が無ければ飢えて死ぬし、酸素が無くても窒息する。

 翼があって、空を飛べたところで、普通に登る以上に体力や魔力を使うのだ。


 そうして、装備も技術も無く登り始めた三人は、頂上付近で遭難した。



 遭難要因は、食料の枯渇――森林限界を越えたあたりから食料になるような動物が満足に獲れなくなり、逆に竜に追い回されて、更には引き際を見誤って、進退窮まってしまった状況である。


 要するに、山を舐めていたのが原因である。


 むしろ、頂上付近まで登れたことが奇跡であるが、それは何の慰めにもならない。



 彼らに残された手段は救助を待つことだけ。

 もっとも、このような過酷な場所に救助が来る可能性は皆無に等しいが、選抜で蹴落としてきた者たちのためにも、こんな所で死ぬわけにもいかない。


 最後の力を振り絞って、駄目元で狼煙を上げていた。


◇◇◇


「……ん」


 パチパチと薪が爆ぜる音で、レヴェントンが目を覚ました。



 疲労と空腹はまだ残っているが、冷え切っていたはずの身体がじんわりと温かい。

 不思議に思って自身を確認すると、なぜかお湯の張られた桶に浸かっていた。

 桶が人工物であることを考えると、「浸けられている」と表現した方が適切だろう。



 状況が理解できず、辺りを見回してみると、同様に浸けられていたディアブロとイオタを発見した。

 しかし、なぜこんなことになっているかは理解できない。


 疲労と空腹で意識を失う寸前の記憶はある。


 そして、目が覚めたということは、救助されたか、若しくはここが死後の世界であるということである。

 しかし、後者――伝説の地獄の責め苦だとすると生温い。

 むしろ、この心地よさは極楽である。


 その気持ちよさに、「ふう」と思わず息が漏れる。



「ああ、起きたか。向こうで食事の用意ができてる。いくつか質問に答えてくれるなら食わせてやるが、どうする?」


 そんなレヴェントンに気づいて声をかけたのは、彼の知らない有翼人の男だった。



 レヴェントンは、この状況に一瞬緊張感を露にするも、すぐに警戒を解いた。


 この男に敵意があるなら、既に殺されていてもおかしくない。

 そうでなくても拘束されていたはずである。


 何らかの意図があるにしても、今敵対することにメリットは無い。



「俺で答えられることなら」


 何より、男が指差した方から漂ってくる美味そうな匂いに即落ちしていた。



 そして、それから間もなくして目を覚ましたディアブロとイオタも同じ道を辿る。


◇◇◇


 そこは、最初にレヴェントンに声をかけた有翼人の男や、彼の仲間であろう数人の有翼人や亜人が構築した簡易な野営地だった。


 周囲の環境から察するに、まだ三人が遭難した山のどこかではあるが、眼下に広がるのは広大な森林地帯である。

 見える景色の違いから、峠を越えているのは間違いない。


 そして、やはりこれが魔の森で間違いなかったのだと三人は納得した。



 それよりも、登山中――遭難するまでは嫌というほど目にした竜が、少なくとも目に見える範囲にはその姿を確認できない。


 そのうちの何頭かは、縄張りに侵入した三人を追い払うためか、若しくは餌にするためにか攻撃を仕掛けてきていたのが、頂上を境に環境が変わりでもするのか、ただの1頭も見当たらない。



 こんなに豊かそうな環境でそんなことがあるのかと不思議にも思ったが、今の三人には、そんなことよりも美味しそうな匂いを漂わせている料理の方が重要だった。




 三人をそこに運んできた有翼人たちは、『湯の川』なる神都の住人で、そこで哨戒の役目を任されている者たちだという。



 三人は、「神都などとは随分大仰な言い方をする」とも思ったが、それを口や態度に出すことはなかった。

 少なくとも、高度的にはともかく、飛竜が多くいた彼らの遭難地点にまで救助に来れるというのは、飛行スキルのレベル差を考慮しても、ただの有翼人では考えられない実力を持っているということである。


 無論、飢えや疲労がなければ、三人も竜や彼らに後れをとることはないだろうが、ここで強がっても大した意味は無い。


 既に天上のものともしか思えない料理に理解させられ、散々お代わりした後である。

 食べ尽くしてしまったために会話に応じているが、更にお代わりをくれるというなら、足を舐めることにも躊躇(ちゅうちょ)は無い。


 それに、彼らほどの実力者が複数いながら、それがただの哨戒要員でしかないという、湯の川なる町の潜在能力の高さは計り知れない。

 物理的にではないが、既に悪魔族的流儀でガツンとやられた後である。




「なるほど。悪魔族ってのはヤベー奴しかいないと思ってたが、あんたらみたいなのもいるんだな」


 有翼人の男のイメージする悪魔族とは、暴虐の大魔王アナスタシアである。


 彼女は、実際には穏健派を応援する立場の神格持ちだが、泡沫魔王勢力に属していた彼らの、彼女に対する印象はそんなものである。



「ああ、悪魔族の生きる道を探すべく、同じ穏健派の仲間を探すか、ロメリア王国の内情でも見て回ろうと思っていたんだが……」


「といっても、過激派連中と遭遇してしまうと面倒にしかならないし、我々の《偽装》レベルでは、大きな町の《鑑定》は欺けない可能性があってな……」


「とりあえず、ゴクドー帝国はきな臭かったから、魔の森を縦断して、王国に入ってから方針を決めようってことになったのだけれど……」


 三人の話に、湯の川の民たちが顔を見合わせ、首を傾げる。



「魔の森って、かなり前に通り過ぎてるぞ? 眼下に広がってるのは『死の森』だ。で、その『死』の先にある楽園が、我らが故郷『湯の川』だ」


 有翼人のひとりが、三人の勘違いを正すと同時に、現況について説明する。



「王国は、山を越えて北西側――っていっても、かなり行かなきゃ町とかは無いと思うけど」


「この森を西に抜けても、ロメリア王国所属のグレイ辺境伯領だったな。人族との融和を図りたいなら、彼の下を訪れるといいかもしれん」


「ああ、彼なら適任だろう。無論、先に多くの種族の融和をなし遂げられた、我らがユノ様が一番であることは間違いいがな!」


「すまない。その話をもう少し詳しく教えてもらえないだろうか?」


 湯の川の民の話に、ディアブロが食いついた。


 町や主らしき人の話になると目の色が変わる彼らに不穏な気配を感じ模したが、三人には無視できない内容が含まれていたのだ。



「ん? グレイ殿の話なら、素晴らしいアイデアマンで、亜人や魔物にも偏見がない立派な人物ってくらいだが」


「湯の川の、特にユノ様の話となると長くなるぜ?」


「だが、我々が語るよりも適任がいらっしゃったようだ」


 そう語る彼らの目線の先には、巨大な火竜が飛んでいた。



「ま、まさか! あれは伝説の古竜!?」


 レヴェントンが驚愕の声を上げ、ディアブロやイオタも警戒態勢をとるが、湯の川の民たちはそれに向かってにこやかに手を振っていた。



「あれは赤竜様じゃない。図体はでかいが、ただの火竜――湯の川の一員だ」


「乗っておられるのは、巫女様――第四席の【マレニア】様だな」


「あの方も湯の川の一員だが、積み上げてきた功績が違う。貴殿らなら問題は無いと思うが、粗相が無いように頼む」


「ユノ様は寛容で寛大だが、我々はそうではないからな」


 そんな三人に湯の川の民が声をかけるが、迫りくる竜を見て「分かりました」となるはずもない。

 それどころか、まともに話が耳に入っていない。



 もっとも、湯の川での豊富な魔素と間食で肥大化した火竜カリンのサイズは古竜にも匹敵していたため、そのプレッシャーは相当なものだった。


 こんなに立派デブな竜を見たことがない三人には緊急事態であり、これがただのダイエットのための散歩であるなど、理解できなくても無理はない。



 カリンが太った理由は、間食のしすぎである。


 ユノや自動販売機の創った料理では、絶対に太ることはない。

 しかし、それ以外の物を必要以上に摂取すれば太るのは道理である。


 特に、竜種の食糧を通常の食糧だけで賄うのは困難なため、自動販売機の出す酒類によって魔素を摂取している。


 当然、食べすぎなければ問題は無いし、食べた分は運動で消費すればいいだけのことである。


 しかし、産卵後の体力の回復のためと食事を運んでくる湯の川の民に甘やかされたカリンは、湯の川では通常の食事の質も高いこともあって、酒の肴として摘まんでいたら、ついつい食べすぎてしまってご覧の有様である。


 そして、それを許容しなかった巫女たちに促され、ダイエットに励むことになった。


 ディアブロたちがすぐに救助されたのも、カリンの散歩コースの近くに狼煙が上がっていて、彼女のダイエットに付き合っているマレニアの護衛として、哨戒部隊が随行していたからである。




 ほどなくして、特大サイズの火竜と、神秘的ともいえる雰囲気を湛えた巫女が、彼らのいたキャンプに降りたった。


 火竜の威容もさることながら、巫女の発する存在感が神都の存在を証明しているようで、ディアブロたちも思わず(ひざまず)いてそれを迎えていた。



 それから、有翼人たちが巫女に事の次第を報告している間も、三人は大魔王に謁見した時以上に緊張して頭を垂れたままだった。


 強さでいえば、ここにいる全員を相手にしても、大魔王ルイスが圧勝するだろう。


 しかし、巫女から感じるのは強さだけではなく、本当に不可侵なものを感じさせる雰囲気と、凛とした姿の中に感じさせる確かな温かさ――愛があった。

 それが美味しい食事で満たされた胃と心と、食後で血の巡りが悪くなった頭にスーッと効いて、三人は雰囲気に流されていた。


 そして、何だかよく分らない感動に包まれながら、巫女が始めた説話の一語一句を聞き漏らすまいと耳を傾ける。


◇◇◇


 そんな時間も、いつかは終わる。


「知り得たか? 湯の川の成り立ちと、ユノ様の素晴らしさを」


「「「はっ!」」」


 巫女の言葉に、ディアブロたちだけでなく、湯の川の民も声を揃えて答えていた。



 始まりの5人の巫女のひとりマレニアは、5人の中で最年長ということもあり、ともすればユノに甘えてしまうだけになりそうな者たちを戒めるために、常に厳しく振舞っている。


 始まりの5人の巫女たちは、そんな感じでユノに選ばれた理由を深読みして、そうあるように振舞っていた。



 第四席である彼女の役割は「勤勉」。


 もしも、第六席で「節制」を役割とする巫女でもいれば違ったのだろうが、第六以降は空席である。


 ゆえに、カリンのダイエットを管理するのがマレニアになるのも仕方がないことである。



 さておき、「ユノの巫女」という湯の川では最上級の役職と、それぞれ違った個性を演出しているマレニアたちは、湯の川では非常に人気がある。

 当然、「全てはユノ様のおかげ」だと信じている彼女たちがそれを鼻にかけるようなことはなく、その謙虚さがまた人気と尊敬に繋がる。

 その結果、自分たちの役割は間違っていないのだと悟る。



 そうして湯の川という環境で磨かれてきたものは、湯の川以外でも――湯の川以外だからこそ、強く人の心に突き刺さる。

 初対面で、何らバイアスのかからないはずのディアブロたちを魅了してしまうほどに。


 彼女たちがユノの巫女なのだと最も理解できるところである。


◇◇◇


 マレニアたちは、ディアブロたちに当面の食糧や物資、そして情報を提供すると、彼らを残してその場を後にした。


 三人も、本音では湯の川に興味はあったが、「私の一存で湯の川に人を招き入れることはできないのだ」と釘を刺されては無理は言えなかった。



「それで、どうする? 予定どおり同胞を探すか、それとも独自に悪魔族の生きる道を探すか」


「同胞を探すなら、湯の川にはいないそうだから、王国だな。山を下って西へ行けばすぐだそうだが」


「私は湯の川へ行ってみたいわ。多種族が共存しているというし、それなら悪魔族の居場所もできるのではないかしら?」


「実を言うと、俺もそうしたいと思っていた。ただ、道のりは楽ではないが……」


 ディアブロは、湯の川があるという方角に目を向けるが、見えるのは広大すぎる森林だけだった。

 世界の端にある世界の中心、死を越えた先にある楽園という表現も、あながち冗談にも思えない。



「だが、またあの美味い飯と、美しい巫女さんに会えるって考えれば、乗り越えられそうな気がするぜ」


 それでも、彼らの眼下に広がっているのは希望だけ。

 今は目には見えなくても、実在することは証明されているのだ。



「莫迦ね。でも、あの巫女様、素敵だったわね……。もし私もあんなふうになれたら、世界中の悪魔族に生き方を示せるのかしら?」


「それはいい考えだな。神の都でそういう地位に就ければ――多くの悪魔族に希望を与えられるかもしれない」


「正体を隠す必要も無く、悪魔族として誇りを持って生きられるってわけか。それはいいな!」


「そうと決まれば、すぐに行きましょう!」


 三人の頭の中に、湯の川で出世した彼らの姿が浮かぶ。



 悪魔族と人族の融和が、彼ら穏健派の目指すところである。


 その融和の範囲が、人族以外に、魔物にまで広がったからといって、悪いことなど何も無い。

 むしろ、そんな世界が存在するなら、多種多様な種族が存在する悪魔族にとっては素晴らしいことである。


 そんなところで高い地位に就くことができれば、穏健派の同志の希望になれるかもしれないし、過激派の思想にも一石を投じられるかもしれない。



 それに、彼らに振舞ってもらった料理の美味さは、筆舌に尽くし難いものだった。

 しかも、町に戻ればそれ以上に美味い物も存在しているというのだ。


 これはもう、行くしかない。



 そうして意気揚々と出発した三人が、またしても遭難寸前のところを湯の川警備隊に救助されるのは、もう少し後の話である。

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