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幕間 ルナ・グレモリーの葛藤

――第三者視点――

 ルナ・グレモリーは落ち込んでいた。



 彼女が魔法やスキルを上手く使えないのは相変わらず。

 一方で、ユノの指導で体術だけは格段に進歩していた。



 ユノの指導は1回2時間程度。


 基本的には、ユノを相手に一対一、若しくは一対多での自由組手を行うだけである。


 時間的には短いが、内容は充実――凝縮されていて、1戦の平均時間は2分ほど。

 それでも、全力を振り絞って、どうにか半殺しにされるまでの時間を延ばすくらいしかできない。


 そして、その後の回復タイムと、感想戦で5分ほど。

 休憩時間の方が長いではないかと思うかもしれないが、十分に一度くらいのペースで死にかけることを2時間も続けるのは、正気の沙汰ではない。


 本来、訓練とレベル上げは別で考えるものだが、ユノとの訓練ではレベルも上がることが、その異常性を証明している。



 その上でユノが言うには、「もう少し精神を鍛えてからでないと、本格的な訓練はできないかな」である。


 ルナたちにとっては既に地獄の特訓なのだが、「本格的な訓練」がどんなものかを想像すると、恐怖で頭がおかしくなりそうになる。

 確かに、精神的に鍛えてからでなければ不可能だった。



 それでも、そのおかげで、《体術》などの近接戦闘系スキルは、軒並みカンスト、若しくは限界突破した。

 スキル外技能もいろいろと叩き込まれた。


 ついでに、《不屈》や《根性》といったスキルや、《苦痛》などに対する耐性も獲得していたり、それだけの訓練を耐え抜いたことは少なからず自信になっていた。




 大空洞遠征でも、それは大いに役に立った。



 ルナのレベルやパラメータは、本来であれば中層で、悪魔や竜を相手に通用するようなものではない。

 それを、土竜という厄介な相手と戦いながらも生き残れたのは、その経験があったからだ。



 急所を護るのは当然として、攻撃を受ける際には芯を外してダメージや衝撃を軽減する。

 受け流す際に相手の体勢も崩す。

 避ける際には、相手からは攻撃しづらく、自分からは攻撃しやすい位置を取るように心がける。

 それらが可能な状態を、常にキープする。


 ひとつひとつは基本でしかないことを、条件反射的に動けるまでに刷り込まれた。



 土竜の攻撃が、以前の彼女たちと同様で、単発スキルのぶっ放しか、継ぎ接ぎでしかなかったことも幸いした。


 ユノとの訓練の後だと、相手の行動パターンや思考までもが非常に読みやすい。

 手の内が分かれば、展開も読める。

 そうすると、立ち回りに余裕が生まれる――土竜戦では能力差を埋めることで相殺されたが、本来の能力差であれば、何度死んだか分からない。



 当然、ジュディスやエカテリーナも、ルナと同様の立ち回りを覚えていた。

 さらに、ユノにはあまり褒められないが、要所で魔法やスキルを使うことで、ルナよりも効率的に戦えていた。


 ユノが褒めないように、それが有効かどうかは微妙なところだが、少なくともルナにはそう見えていた。




 魔法やスキルが上手く使えないルナにとって、「だったら、技術で戦えばいいじゃない」というユノのスタイルは、ある意味では正解である。

 むしろ、それができるならルナ以外にとっても正解である。


 確かに、ユノほど強ければ、魔法やスキルに頼る必要も無いだろう。



 しかし、その考えは、ルナとしては――むしろ、世界的にも異端である。

 正道は、魔法やスキルを使えるように訓練することであり、ルナとしても、やはり魔法を使えるようになりたい。


 ずっとそれを目標にしてやって来たのだ。

 諦めろという方が酷だろう。



 それに、上手く言葉にはできないが、ルナには何かが違うような気がしてならなかった。


 実演されている以上、誰にでもできるという理屈は間違ってはいないはずなのだが、根本的なところで大きな勘違いがあるように感じてしまう。


 しかし、彼女のコンプレックスや、ジュディスやエカテリーナと比べて伸び悩んでいることが原因で、そう感じているだけなのかもしれない。



 ユノのように、間合いを完全に掌握できる域に達すれば分かるようになるのか、それともただの勘違いなのか。


 まだまだ技術も精神も未熟なルナだったが、それでも戦闘能力は格段に上がっている。

 魔法やスキルが上手く使えないというハンデを抱えながらも、同レベル帯のライバルたちより、頭ひとつ抜けた水準にまで鍛え上げられているのも事実である。



 大空洞遠征では魔物のスタンピードに巻き込まれ、態勢を整える間もなく戦闘に突入させられたものの、常在戦場の心構えを叩き込まれていた彼女たちが動揺することはなかった。

 心構えだけでなく、撃破数においても、プロのハンターも顔負けの一線級の殊勲を挙げることができたのも、そのおかげである。



 そうして自信をつけていた中での大崩落――からの、土竜との遭遇。


 一般的な認識では、遭遇して生還しただけでも殊勲なのだが、さきのスタンピードで多少なりとも自信をつけていたことが仇となった。



 芽生えかけていた自信は見事に打ち砕かれた。

 ユノの指導がなければ物理的に打ち砕かれていたのだが、それプラスアルファの無いルナでは、攻撃も防御も(まま)ならなかった。


 もっとも、的を散らした上で死なないことが最大の貢献だったのだが、自らが言い出した大空洞攻略で足を引っ張り、皆の命を危険に曝したことに、ルナは必要以上に責任を感じていた。



 客観的に見れば、頼みの綱であるユノが不在で、アイリスだけではどうにもならなかったことを考えると、ルナひとりの責任ではない。

 しかし、責任感の強い彼女は、そう割り切ることができなかった。



 そんな彼女の精神に追い打ちをかけたのが、アイリスの行った貴族級大悪魔召喚である。



 正直なところ、ルナは、アイリスのことをそこまで高く評価していなかった。


 回復魔法や支援魔法は目を見張るものがあったが、戦闘能力自体は下の下。

 不器用な彼女が戦場にいることを、邪魔だと思うこともあった。


 それが、そこに存在するだけで戦局を一変させてしまうような貴族級大悪魔を召喚したのだ。


 ルナは、そんなアイリスに、羨望と、嫉妬と、感謝と、後悔を覚え、同時に目の前が真っ暗になるほどの無力感に襲われた。




 力が上手く扱えないがために力を求めてきたルナにとって、それはあまりにも眩しく、恐ろしいものに映った。


 同時に、アルフォンスがよく口にしていた、「力には、それに応じた代償が必要だ」という言葉が彼女の頭の中で反芻(はんすう)した。


 貴族級大悪魔を単身で召喚するなど、リディアですら――人の身ではまず不可能である。

 つまり、召喚に不足した魔力分は、アイリスが何らかの代償を支払ったはずなのだ。


 そして、呼び出した悪魔に土竜を攻撃するよう命じなかったのは、それ以上の代償を支払わないためではないかと、ルナはそう考えてしまった。



 窮地を脱し、いつもと変わらない笑顔を浮かべるアイリスが何を犠牲にしたのかを考えると、ルナは彼女にどう声をかければいいのか分からなかった。




 そうして、ルナは以前にもまして、「強くなりたい」と思うようになった。



 ルナたちは、ユノの短期間の指導で確かに強くなった。

 レベルの上昇だけでは得られない能力の使い方といえば聞こえはいいが、土竜戦で決め手となったのは、指導を受けていないアイリスの魔法である。


 そして、同じ指導を受けているジュディスやエカテリーナも、彼女とは状況が違う。

 スキルや魔法を使うことで、戦術に幅ができるのだから。



 根が真面目なルナは、今よりも更に高みに上るために、「このままでいいのか」と自問を続けていた。


 そこで、「やはり魔法が使えれば」と考えるのも自然なこと。


 そんなときに相談すべきユノは檻の中で、面会もできない。



 当然、訓練の質も下がり、その分体力的には余裕ができるが、精神的な不安は増すばかり。


 そして、不安定になった精神状態で、時間と体力を持て余すと余計なことを考えてしまう。



 このまま体術ばかり鍛えていて強くなれるのか。


 ユノという実例はあるものの、それは彼女が完全魔法無効化能力を持っているから成立しているのではないかとも考えてしまう。


 そもそも、貴族級大悪魔を召喚するアイリスと、貴族級大悪魔と親しげにするユノは何者なのか。

 アルフォンスの紹介ということで無条件に信用していたが、よくよく考えてみれば、アルフォンスに確認を取ったわけでも、実家から説明があったわけでもない。


 このまま信用していていいのか。



 元より謎の多い主従である。


 いくらアルフォンスでも、何をどうすればこんな人脈に辿り着くのか。


 いつの間にか親衛隊など組織しているし、分断されたことにも何の不安も感じていない様子で、まだ手札を隠しているのは間違いない。

 というか、隠していた素顔までもが手札の一枚とは思いもしていなかった。



 それも、スキルではない天然の魅了である。


 サキュバス族であるルナが、不覚にも目を奪われた。

 サキュバス族は、異性に対するパッシブ型《魅了》スキルを持っていて、また、魅了系状態異常に対する抵抗力も高い。


 それが、言い訳も強がりもできないレベルで理解させられた。

 言外にスキルに頼る《魅了》を嗤われたような気がして、今でも小さな棘となって心に刺さったままだ。



 そして、デーモンコアという遺物を発見したにもかかわらず、それを簡単に手放したことも無視できない。

 それも、敵の手にである。

 一体どういうつもりなのか訊いたみたいが、面会は禁止されている。


 そして、信用していいのか――という考えに戻り、更に余計なことを考えていく。


 ルナは進むべき道を見失っていた。

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