45 新たな家族
父さんたちの過去と、私たちの前から姿を消した理由は理解した。
だからといって、十年近くも帰ってこなかったのはどうかと思うけれど。
それでも、ここでの仕事が忙しすぎたとか、そもそも、ここと現実世界との時間の流れが違っていたとか、一刻も早く私たちを異世界に移住させるには仕方がなかったという理由は理解できる。
特に、後者の方は、周囲の人が全く老けない両親を見てどう思うかとか、私の秘密がバレてしまったときのことを考えると、かなりのリスクがある。
まあ、いろいろと思うところはあるけれど、無事でいてくれたのは素直に嬉しい。
前者の方についても、その内容について、今度は父さんの口から説明を受けた。
家族の安住の地を探していた父さんたちは、レティシアを保護した際にその存在を確認していた、私たちが「主神」とよぶ、この世界の管理者たちと会うことができた。
彼らは管理者というだけあって、初代魔王と勇者であるふたりのことも知っていたけれど、そのふたりが日本に還っていたことは知らなかったようで、当時は結構な騒ぎになったそうだ。
そして、先ほども語られたように、お互いの事情を話し合って協力関係を結ぶことになった。
父さんたちが真っ先に行ったのは、私や妹たちの保護だ。
当時、既に勇者召喚の理論はほぼ確立していて、私たち家族は、「この世界に適性のある」という条件に、普通の日本人以上に当て嵌まる。
もしも私たちが召喚されたりすると、「家族四人で」という条件は満たせなくなる。
それに、運が悪ければ敵同士、ほかにも召喚される時代が違えば――など、様々な問題が予想されたからだ。
それで、準備が整うまでは召喚されることのないように、プロテクトを施すことにしたそうだ。
私以外に。
もちろん、私にもそうしようとしたらしいのだけれど、なぜかというか案の定というか、私には掛けられなかったらしい。
当時の私は、既に何度もトラックや重機の襲撃を受けていた。
そして、その大半は、異世界で行われた勇者召喚儀式の影響らしい。
私は、それを生身で撃退していたのだ。
そう聞くと、なかなかヤバい奴である。
ちなみに、このトラックは魔法で創造された現象で、事故によって不幸になる運転手は乗っていないらしい。
それ以前に、普通の人には見えないそうなので、問題は無いそうだ。
……轢かれる方にとっては大問題なのだけれど?
それに、轢かれた時の衝撃は、普通のトラックに勝るとも劣らないもので、それは有人トラックにも轢かれた経験のある私が保証するものである。
なお、それらの有人トラックや重機の事故原因は、余所見――というか、私に見惚れて操作を誤ったとか、その筋の人たちによる示威行為である。
さておき、私がそれらをことごとく撃退していたため、「まあ、いいか」と思って放置していたところ、いつの間にか私がこっちの世界に飛ばされていて焦ったそうだ。
私がこっちの世界に召喚された理由は、父さんが施した封印の効果が切れた――というか、ある一定まで弱まったタイミングと召喚が重なったか、朔――封印されていた私の半身ともいえる存在が表に出てきた影響か。
はっきり言ってしまうと、私には常識が通用しないため、推測のしようがないというのが正確なところらしい。
話を少し戻すと、妹たちの保護の次に手を打ったのは、魔力のある世界から、無い世界への転移の防止だ。
竜とか魔王が地球に転移したりすると大変だからね。
下手をすると、大災厄からニーアするらしい。
何のことだろう?
それと同時に、私たち家族が移り住む場所の確保と調整も行った。
ほかのところに影響が出ないようにしなければならないとか、何をするにも様々な条件がつけられているので、言葉でいうほど簡単なことではなかったようだ。
それに、彼らの目的のための協力も同時に行いながらなので、ブラックとかそういうレベルの労働環境ではなかったらしい。
ふたりが魔王と勇者でなければ、早々に過労死していただろう――今でも過労死しそうだとか。
身体は大事にしてほしい。
とにかく、この世界にも、そして主神たちにもいろいろと問題があって、自由に動ける協力者というのは非常に有り難かったらしい。
私という特殊な種子の回収を諦めるくらいには。
そうして、現状で必要不可欠な問題を片付けていたら、家に帰る機会が作れないまま約十年――父さんたちの感覚では、一年少々経ってしまったということらしい。
なお、これらの中で最も難航したのが――というか、判断に困ったのが、私をどう扱うかである。
回収は諦めたけれど、放置は当然として、自由にもできない。
首輪をつけるにも、どうやってつければいいか分からない。
現実的なところでは、両親や妹たちを枷にするくらい。
私がこっちの世界に来てから、その議論は過熱した。
何しろ、彼らからしてみれば危険な存在――彼らの大切な世界を壊しかねない、意志を持った種子なのだ。
当然だろう。
ただ、時間の流れが違うことが裏目に出て、彼らが私の異世界転移に気づいたのは、ミーティアと戦っていた時。
そして、「どうするんだよ」と意見がまとまらない間にアルスに移動して、アルや王国などとの繋がりも作ってしまった。
大国の大都市では強引に保護することもできず、こっそり接触するにも、ミーティアやアルの目が邪魔になる。
そうこうしている間に、偶然遭遇した天使と戦闘になった。
上手く保護できれば――という想いは、下っ端天使の対応が悪くてご破算になった。
そして、私の本性の一端を見た彼らが、「これはこの世界にあっては駄目なやつだ」と、父さんたちの制止を振り切って攻撃したら、反撃されて酷い目に遭ったらしい。
最近はもう「本物には勝てん」「触らぬ神に祟りなし」と、匙を投げているそうだ。
ここから、説明が父さんから再び窓枠の中の人へと交代した。
「私たちは、この世界では『主神』と呼ばれているが、君の想像どおり、種子――本来はデュナミスと呼ばれていたものに選ばれて、かろうじて自我を保つことができただけの人間だよ」
主神たちの代表とでもいうのだろうか、中心人物は「ヤガミ」と名乗った、元人間だ。
種子に呑まれて存在が変質していたためか、個としての性質も変質していて、そのシルエットや声からは年齢や性別などは分からなかった。
さておき、そんな気はしていた。
ひとつ訂正するなら、種子から見れば、人間の個体差などあってないようなものだと思うので、「選ばれた」のではなく、ただの偶然ではないかと思う。
もちろん、彼の意識が覚醒するまでに多くの犠牲を払っているように見えるので、それを「選ばれた」と思うところは理解できるし、実際に指摘したりもしない。
「私たちは、君たちの故郷とは違う日本で――。そうだね、君たちの世界よりもう少し文明が進歩していて、温暖化による海面上昇や資源の枯渇、それと食糧難が現実の危機として迫っていて、それらを理由とした紛争やテロが頻発していた世界の人間でね。先進国はまだヤバい感じの人口減少くらいで済んでいたけど、後進国の多くはもう国としての体をなさない酷い状態でね」
ヤバいね。
ファンタジーでも理解できないのに、SFになってきたよ。
「そんな世界に、ある日突然、正体不明の高エネルギー体が出現したんだ。後に『デュナミス』と命名されることになったそれは、世界中の人々――の一部に、時には動物にまで特殊な力を与えた。身体から炎や電撃を出したり、空を飛んだり――君の想像のとおり、魔法の原型だね」
そんな昔話を聞かされる意味はあるのかな――とは思うものの、父さんの手前でもあるし、一応耳は傾けておく。
「ある科学者が、現代科学では観測不可能な高次元のエネルギーが、人間の魂のようなものと反応して、未知の力を得るのではないか――と、科学者らしからぬ説を発表したんだけど、今考えれば、あながち間違いでもなかったようだ。魔素――当時は発見者がいなくて名称はなかったんだけど、それを人間が取り込み、魔力に変化すると観測できるようになる。これはすぐに証明されて、新たなエネルギー源とするための研究も始まった。人類の未来のために、総力を挙げてね。君が相手をしてくれたアザゼルも、そういったグループのひとつだった。もちろん、それは表向きの話で、裏では大国や大企業なんかが独占を狙っていたんだ。といっても、それは物理的な干渉をした物を何でも呑み込んでしまうし、お手上げ状態だったみたいだけどね」
そういうのは要らないので、要点を……。
「当時の私はただのエンジニアで、そんな研究とは何の縁もなかったんだけど、なぜかそんな私にも白羽の矢が立ってね」
昔話はなお続く。
できれば、私の集中力が続いている間に終わらせてもらいたい。
「私は先天性の重い病を持って生まれたせいで、身体が弱くてね、満足に外で遊ぶこともできなかった。それで、物心つく頃から仮想現実にどっぷりと浸かっていたんだよ。大人になってからもそれを仕事に選ぶくらいでね。そんな私にとって、デュナミスは私の大好きなファンタジー世界の産物のようで――残念ながら、私には特殊な能力は発現しなかったんだけど、それに触れる機会が訪れたことは運命のように思えたんだ。彼らからすれば、余命幾ばくもない私は、体のいいモルモットだったのかもしれないけど、そんなことは私には関係無かった。仮想世界にダイブしている状態の私をデュナミスに接触させるという莫迦な計画書に、一も二もなくサインして――結果は案の定、失敗だったんだろうね。とはいえ、こうして意識を取り戻しているわけなんだけど――それは私が実験台にされてから十数年が経ってからだった。でも、戻ったのは意識だけ。肉体が無いから動くこともできなくて、ただ世界を見ているだけしかできなかった。だけど、その十数年の間に世界の情勢は一変していてね。大きな能力を得た人たちの中から、選民思想に目覚める人が出てきたりしてね。そういう人たちが集結して、デュナミスの所有権を主張する性質の悪いテロリストが誕生していていたりね。デュナミス周辺は、深い瘴気に覆われるほどの戦場になっていた。その余波で、世界のエネルギー問題や食料事情も後退。人類にはいよいよ後がなくなっていた」
もう……駄目……。
『ユノが限界だから端折ってもらっていい?』
「あ、ああ……すまない。とにかく、その時私は人類を救いたいと心の底から想ってね。それが切っ掛けで、デュナミスの力を操れることに気づいて――もちろん、君のように莫迦げた力ではないので時間はかかったんだけど、中にいた同じような願いの人を集めて協力してもらって、それでこの世界を創ることができたんだ。もちろん、世界を一から創ったのでは環境が整う前に人類が絶滅しかねないから、太陽系の環境をベースに、世界五分前仮説とファンタジー設定で味付けしてね。助けた人たちに、これがデュナミスの力によるものだってバレるとまずいかと思って、別のところから拝借した概念で、『種子』とよぶようにして――まあ、その研究をしていた人たちには思いっ切りバレて、戦争を吹っかけられたりして焦ったね。私たちと違って、あっちは本職のエキスパート集団だからね。素人の付け焼刃なんてどこでボロが出るか分かったもんじゃない」
『細かいことを抜きにすると、この世界は君たちが人類救済のために創った箱庭で、君たちがその管理をしているってことだよね』
おお、分かりやすい。
「……そうだ」
『ボクたちに何をさせたいの?』
「話が早くて助かる――が、いいのかい? 私たちは、決して正しいことだけをやっているわけではないし、これまでに何度も大きな間違いを犯してきた。それを聞きもせずに――」
『いいのいいの。君たちの立場や目的は理解した。積極的に干渉するつもりはないけど、ギブアンドテイクとかWIN-WINの条件なら協力してもいい』
「それは助かる。ありがとう」
『ボクたちの条件は言わなくても分かると思うけど、一応言っとく?』
「いや、大丈夫だと思うが――何かあればその都度にでも。私たちからの頼みというのは、デュナミス――種子の力は万能に近いが、実現されるものは想像力に左右されることはよく知っていると思う。言い方を変えれば、精密なイメージができていないところは完成度の揺らぎが大きい。この世界にはまだまだその揺らぎが多く残っていて――時には私たちでも対処が難しいことがあったりするんだ。創ったはいいが、持て余してしまった竜神や、後回しにしていたら大問題になっていた魔界とか、もっと根本的な世界の構造とかだね。そういったものの対処をお願いしたいというのがひとつ」
『それはまあ、湯の川にも被害が出そうなら言われなくてもやるけど。まだあるの?』
「ずばり、世界を創る手伝いをしてもらいたい。現状の種子の数と能力だと、新たな世界を創る余力が無い。創ったとしても、管理する余力も無い。私たちの世界に残っている、救済すべき人たちはまだまだいるんだけど、適度に分散させないと、アザゼルのような例になる可能性もあって……」
『うーん、ギブアンドテイクの範囲なら……。それはちょっと保留にしようか』
「では、君たちのことを調べさせてほしい。といっても、私たちはアザゼルのような専門家ではないので、ヒアリングや簡単な実験になるだけだとは思う。君たちが通常の種子とは違うことは誰の目にも分かる。ノクティスから君たちのことを聞いた時の衝撃は今でも忘れない。人の身で種子の力を宿す存在! いや、人の形をした種子か? それが勝手にこちらの世界に来たと聞かされた時は驚いたけど――本当にその力を使っていることには更に驚かされたよ! ああ、あの時は悪かった――あれはどう見ても暴走状態で、対処しなければ世界が滅びかねないと思ったのでね。私たちも、種子の力が使えるといってもこの様――実体は無いし、元の姿もおぼろげにしか再現できない。《極光》砲も、八つの種子を直列配置してようやく撃ってるものなんだよ? それを単身で跳ね返す――あそこまでの力を使えるなんて誰に想像できる!?」
!?
『あー、ちょっと落ち着こうか』
「……ああ、すまない。少し興奮してしまったようだ」
『興奮できるくらいに人間性が残ってるのは良いことだと思うけどね。油断してたユノがびっくりしてるから』
「すまない……。というか、聞いていなかったのか……」
「ははは、ユノは相変わらずだなあ」
何の話をしていたのだろう?
父さんに頭を撫でられているのが気持ち良くて、記憶が飛んでいたらしい。
「えー、こほん。平たく言うと、君たちがどうしてそんなふうでいられるのかに興味がある。ただ力が欲しいわけではないんだけど、力があればできることも増える。君たちのように自由に動き回れるならノクティスや雪菜も解放してやれる。君たちが、私たちを警戒しているのは分かっているが――」
「いいよ」
「できれば人類のために――って、いいのかい?」
「うん」
何の話かよく分からないけれど、父さんと母さんを返してくれるなら是非もない。
もっとも、お題目は「人類のため」ではなく「自分たちのため」であってほしかったけれど。
安易に主語や目的を大きくすると、ろくなことにならないのだから。
「力をつけた私たちが、君とまた敵対するとは思わないのかい?」
「そうしたいなら、すればいいと思うけれど」
なぜそういう発想になるのかよく分からない。
私を支配下に置くとか、排除しないと安心できないという、人間的な感情かな?
それは、私を排除できる階梯に達した存在の悩むことではないと思うし、そうでなくても、自分たちで考えた末に至った結論なら、喜んで受け止めてあげたい。
理由も分からず攻撃されるのが嫌なだけ。
「私の目的は、家族四人での平穏な暮らしを取り戻すこと。それが叶うなら、大抵のことには協力する」
「ああ、ユノ。実はそのことなんだが……」
ここでなぜか父さんが口を挟んできた。
……まさか、隠し子が!?
「実はな、お前たちには他にも弟妹が――おっと、誤解するな。正真正銘、父さんと母さんの子供だ。その物騒な炎は引っ込めるんだ」
「ああ、君たちの誕生の再現とか検証のために、ノクティスと雪菜には励んでもらっていたんだ。君の新たな弟妹はその結晶だから安心していい」
励むとか、両親の生々しい話は聞きたくなかったのだけれど……。
そうか、弟妹が増えていたのか。
実感はないけれど、喜ばしいことなのだろう。
「そら、これが写真だ。可愛いだろう?」
「かっ、可愛ゆ!?」
あまりに衝撃的な映像に、思わず噛んでしまった。
写真に写っていたのは、母さんに抱かれている一歳くらいの双子だった。
「銀髪の方が男の子で【凛】、黒髪の方が女の子で【姫乃】だ。どちらも大きな魔力を持っているが、普通の子だよ」
「とまあ、ノクティスと雪菜以外にも、何組かの魔王や勇者をかけ合わせてみたりもしたんだけど、結果はこんな感じでね」
「かけ合わせとか言わないで。それで、この子たちは今どこに?」
「ああ、母さんが連れて旅――というか仕事をしている」
残念……。
「残念」
『こんな小さい子を連れて旅なんて大変じゃない? よければ湯の川で預かるよ?』
「それがいい!」
「あ、ああ……。母さんに伝えておくよ」
よし!
何だかいろいろ頑張れそうな気がしてきた!
妹たちだけではなく、父さんと母さんと新しい家族と一緒に暮らせる――そのためなら、今なら何でもできそうだ。




