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44 新たな生活

 母さんと母さんの仲間たち、そして、父さんと父さんの配下の人たちは、日本で生きていくことになった。



 母さんの仲間は人族が大半で、一部にエルフなどの人に近い姿の亜人がいたけれど、現代日本での生活にさほど問題はなかった。



 一方で、父さんの配下の人には、角や翼の生えている人も多い。


 とはいえ、彼らにとって、人族に化けることなど容易いことである。


 問題は、さきの魔力回復の件。

 悪魔族の人たちが、いつまでも人族に化け続けることはできないという点にあった。



 そこでみんなは、社会との接点が少なくて済む、地方に本拠を構えることにした。


 日本で暮らすために必要な身分や戸籍などは、洗脳や偽造によって入手した。

 システムの管轄外なので、その効力には不安があったそうだけれど、魔力に耐性のない地球人にはそれでも充分だったようだ。


 とはいえ、持ち込んだ魔石には限りがあるので、いつまでも魔法に頼りっ放しというわけにもいかない。



 生活資金は、持ち込んだ宝石などを小分けにして売れば数年はもつはずだったけれど、大きなお金の流れは足がつきやすいのはどの世界でも同じこと。

 その後のことを考えて、健康飲料――希釈したポーションの製造販売を始めることにした。



 母さんを代表として、人族の仲間が表に出て、父さんや悪魔族の人は裏方へ回る。


 そうすれば悪魔族の人たちは、人型に化ける機会を減らして魔力を温存できる。



 ちなみに、こちらの世界ではポーションとは医療用の物なのだけれど、日本ではその効能を科学的に証明できない健康飲料扱いである。


 しかし、効果は気のせいでは済まないレベルで高くて、特に、魔力に耐性のない地球人相手には充分に効果がある。


 いずれ魔力や魔石のストックが尽きてポーションが作れなくなったとしても、魔力以外の成分は変わらない。

 そして、健康飲料という名目であれば、効果がなくても、法的なペナルティは発生しない。


 上手い商売を考えたものだ。



 とまあ、そんなことはどうでもいいのだけれど、そんな生活を始めて一年もしないうちに母さんが妊娠した。


 子は(かすがい)という言葉があるように、それまでは衝突しがちだった母さんの仲間たちと父さんの配下たちも、それを機に次第に打ち解けるようになっていった。

 むしろ、それまでとは違う形で張り合うようになったらしい。


 そうして生まれたのが私――ではなく、真由だった。



 私は?


 もしかして、拾ってきた子なの? などと不安に思っていると、告げられたのはさらに予想できないことだった。



「お前は、雪菜が真由を産んだ直後にポロっと出てきたんだ。言葉では説明し難いが……、玉のような子というより、本当に黒い球体だった。私たちも、悪魔族と人族の間での出産というものは初めてのことで、分からないことだらけだったのだが……。困惑した私たちや、病院の先生がふとお前から目を離した隙に、人の姿になっていたんだ。見間違えにしては生々しすぎたが……。とにかく、先生たちに洗脳を掛けて双子ということにした。それで、先に生まれた子に『真由』、後から生まれた子に『ユノ』と名付けて、思いがけない形ではあったが、家族が増えたことを喜んだのだよ」


 しっかり話を聴いているはずなのに、今ひとつ内容が理解できない。


 雪菜は母さんのこと。

 真由は妹。

 なのに、私は真由の後に生まれたの?


 どういうこと?



「ちなみに、ユノの名は私が付けたんだ。私の育ての親であり、師でもあった人の別名だ。あの方のように、強く美しく育ってほしいとの願いを込めてな。ただ、出産の興奮から覚めてくると、重大なことに気づいてしまってな……。お前に与えた産着などが気がつくと消えている。どうやらお前が興味を持った物を呑み込んでいる――とでも表現するしかない状況だったが、消える物、消えない物の法則性は分からなかった。それに、そんなことよりも遥かに重大なことがあったからな」


 全体的に分からない流れで、所々でどこかで聞いたような話が混じる。

 結果、よく分からない。



「お前が膨大な量の魔力――いや、魔素を垂れ流していてな……。魔力回復手段のなかった私たちにとっては幸運といえなくもなかったが、これがあの世界の人の知るところになれば――。事の重大さは、あの世界に移り住んで日の浅い私たちにも容易に想像できた」


 種子ならそうだろうなという話が、父さんの話が冗談ではないことを裏付けていく。

 そして、私は混乱する。



「そこで、私たちは残った魔力の全てを注ぎ込んで、お前の力が外に漏れないように封印を施した。《名僧知識》がその手段を示してくれなければ、お手上げだっただろうが……。とりあえずは、完全ではないものの、魔素の垂れ流し状態は改善した」


 《名僧知識》もそうだけれど、種子を封印できる父さんの魔力もすごいね。



「ただ、その副作用なのかどうかは分からないが、お前の髪が黒から白――というか銀色になったり、男の子になったりもしたのだが――放置することの問題の大きさに比べれば、些細なことだと割り切った。とはいえ、魔力を使い果たした直後の私たちでは、名前の方まではどうにかすることができなくてな。お前のネームタグに付けられた『ユノ』という名に、棒線を2本足して『ユーリ』とすることで妥協した。元の名前を残しつつ、悪い名ではない。我ながらナイスアイデア、《名僧知識》様様だ」


 うーん、理解にもリアクションにも困る。

 《名僧知識》も、それでいいの?



「それからの真由とお前はすくすく育った。というか、お前の方はすくすく育ちすぎた。真由がようやく歩けるようになった頃、既にお前は五歳児くらいになっていた。私たちの想いが届いたのかもしれないが、確かめる術もないし、この頃にはお前の特異性にもかなり慣れてきていた。それから、真由が2歳になった時分には、お前は小学校に通っていたな。あの頃は、お前のおかげで魔力回復には目処が立っていたが、毎日のように洗脳魔法を使わされていたなあ。ある程度大きくなると成長スピードは落ち着いたが、過疎スレスレの村だったとはいえ、事あるごとにご近所さんや役所の人、学校関係者全員に洗脳をかけて回るのは大変だったぞ……」


 もう、どう受け止めればいいのか分からない。

 それでも、無情にも話は続いていく。



「それで、私たちは思ったわけだ。やはりこの世界にお前を置いておくわけにはいかない。どうにかして、私たち家族が安住できる世界を探し出して、移り住むしかないとな。もっとも、剣と魔法の世界であっても、お前が異質なことは変わりはない。そうやっていろいろと調べている際にレティシアを見つけて保護して、そこからの繋がりを追って彼らと出会った。そこで、彼らと協力関係を結んだということなのだが、ここまではいいか?」


『ボクの方からいくつかいいかな?』


 よくはないけれど、私は上手く考えがまとまらないので、朔に任せる。


「もちろん」


『君がアナスタシア――女神ヘラに育てられた初代魔王ノクティスで、君と初代勇者雪菜は、この世界から、ユノの生まれ故郷の日本へ世界を渡った。その後にふたりの間に生まれたのがユノで、本当は真由の妹になる――という認識で合ってる?』


「おおむねそのとおりだよ。ユノが姉なのか妹なのかは解釈次第になるが、私たちがユノを観測をしたという意味では、6月1日――真由の誕生日である5月30日の翌日になる。ユノの誕生日が公的に4月1日となっているのは、ユノの特異性を、ほかの話題で少しでも誤魔化すためにね……」


『そんなことより、この世界から異世界へ移るには、障害というか結界のようなものがあると思うんだけど、雪菜のユニークスキルはそれを無効化できるようなものなの?』


 そんなことって何?

 いや、確かに重要な要素だけれど。


「いや、当時はそのようなものはなかったらしい。私たちが彼らと接触してからその危険性に話が及び、すぐに対処することになった」


『まあ、当然か。ところで、魔界の歴史書とかにある君の姿が、今の姿と随分かけ離れてるんだけど』


「ははは、それは恐らく、スキルの『身体強化:魔装《暴体美隆》』を纏っている私だと思う。やはり悪魔族を相手にこの見た目では舐められるのでね、当時はずっとその状態でいたものだよ。それに、当時は段階を踏んで何回も変身するのが流行りでね。私の変身も5段階あって、なかなかのものだったんだよ? しかし、人族の雪菜は価値観が違うらしくて不評でね。そうか、ユノは父さんの雄姿を見たことがなかったのだね。――久し振りだが、上手くできるだろうか……むぅん!」


 父さんが気合を入れると、その身体が一気に膨張して衣服が弾け飛んだ。

 そして、筋肉の魔神バッカスさんのような、筋骨隆々とした知らないおじさんがそこにいた。



「ははは、久し振りだがまだまだ捨てたものでもないな。ユノ、どうだ? 父さん、格好いいだろう?」


 知らないおじさんから父さんの声がする。

 でも、魂は父さんのものだし、やはり父さん――認めたくない。


『背中に鬼神が宿ってるね!』


「ありがとう!」


「……誰?」


「おおっと、雪菜と同じ反応を! いや、雪菜の時は魔装から本体だったから逆なんだが、同じ目をしていたよ! やはり親子だなあ。と、まだユノには難しいかもしれないが、これは自らの肉体を最高に強化するスキルなんだよ。ユノならシステムに頼らずともできるようになると思うので、覚えておくといい」


 さすがに筋肉だるまになるのは嫌なのだけれど、多少筋肉をつけた方がいいのではという意見なら同意だ。


 子供たちに健康的な生活を送ってもらうために、心身を鍛える重要性を説く必要がある。

 それに、この身体では説得力がないのだ。


 というか、今はそんな話をしている場合ではないのではなかろうか。



『今の魔界に、君の子孫だって一族がいる件について、何か言い分は?』


「ええっ!? そんな、まさか!? 神に誓って私は雪菜一筋だよ!」


 そういえば、ルナさんたちグレモリー家はそういう設定だったか。

 というか、誓いの対象として神は安っぽいなあ。



『出会う前の話とかじゃないの? 君の行った町のひとつから、君の子だと思われる大きな魔力を持った子が生まれたって話で、今その一族が、魔界の結界を解く鍵だと思われて迷惑してるんだけど』


「あー、そういうことならアモンじゃないかなあ。あいつ、行く先々で女の子を口説いてたから。ほら、ユノだってアモンのことは知ってるだろう?」


 なるほど、確かにあの人ならあり得ない話ではないかな……。

 というか、やっぱりあの人も悪魔族なんだ。



「あれ? ひょっとして信じてない? 父さんがお前に嘘を吐いたことあったかい?」


「すぐに帰るって言ったくせに」


「ぐふっ! それは悪かったが――見てのとおり、ここの仕事はブラックを通り越していてな……。時間の流れもそっちと違うものだから……。父さんたちだって、お前たちが成長するところをこの目で見たかったんだよ?」


「あ、ごめんなさい。責めるつもりはないの。また会うことができて嬉しいのだけれど、何を話せばいいのか分からなくて……」


「ユノ……。私も会えて嬉しい。だが、もう少しだけ待っていてほしい。もう少しでまた家族みんなで暮らせるようになる」


 主神に会いに月にまで来て、父さんに会うなんて思いもしなかった。

 母さんも生きていて、家族四人で暮らすために頑張ってくれていた。



 しかし、そうか。


 父さんと母さんの素性、会社のみんなや亜門さんのところの人たちの素性。

 そして、私の素性。


 やはり、私は人間ではなかったらしい。


 まあ、そうかなとは思っていたし、分類上の人間であることにはさほど意味は無いので、ショックはなかったけれど。


 それでも私を家族だと言ってくれるのだ。


 それだけで充分だし、そうやって私はみんなに守られていたのだろう。

 昔も、今も。

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