40 呪い
食事が済んでからしばらく、上機嫌なコレットは、料理魔法の素晴らしさを語りながら、てきぱきとゴーレムの修理を行っていた。
その様子を見ているだけでも癒される。
コレットが無事でよかったと、心の底からそう思う。
それがなければ、四天王のふたりの遺体を、お持ち帰りできるように梱包するなどやっていられなかっただろう。
私としては、このふたりの遺体の後始末は、悪魔に任せようかと思っていた。
悪魔には面倒を掛けるけれど、片方は二分割なのでまだいいとして、もう一方は少しやりすぎたせいでいろいろこぼれているし、できれば触りたくなかった。
恐らく、コレットも捨てていくか持って帰るかで悩んでいたはずだ。
心情的には捨てていきたいところだけれど、私の独断で捨てていったりすると、彼女がその責任を背負い込みかねない。
四天王はどうでもいいけれど、彼女に余計なものを背負わせるわけにはいかない。
それに、学長先生やリディアさんに対して信頼が高いのはコレットの方なので、両者の供述が食い違えば、間違いなく彼女の方が信用されるのだ。
なので、彼女の不利益をになるような選択はできない。
必要なら、心情的なところをフォローするのが正解なのだろう。
そのためには汚れ仕事(※物理的)もやむを得ない。
死んでいても面倒な人たちである。
ただ、コレットにとっては最大の関心事である料理魔法については、口止めさせてもらうほかない。
「属人的な能力と、特別なバケツとの組み合わせによる特殊な魔法なの。この能力の詳細を知られてしまうと、今までどおりの生活ができなくなるの」
そんな感じで口止めをお願いした。
「……ユニーク持ちなんてすごいです!」
頭の良い彼女のこと、不審に思うところもあったと思うけれど、そこは好感度の高さで呑み込んでくれた。
ついでに、「バケツを被っているのもその一環なの」だと嘯いて、「こんなすごい魔法はもっと広めるべき」と主張する彼女に、渋々納得してもらった。
というか、こんな情報を洩らせば、彼女の身にも危険が及ぶ可能性がある。
魔界的理論でいけば、料理魔法を喰らった彼女が食されるおそれもある。
辺境はマジでそんな感じ。
「こいつ、美味そうなもん食ってたから、きっと美味い」
保護していた子がそんなことを言っていた。
魔界ってヤバいんだよ。
絶対に飢えさせてはいけない。
さておき、料理魔法についてはどうにか納得してもらったものの、問題はその後だった。
《帰還》魔法とやらが使用可能な状態までゴーレムの修理が済んで、ふたりで抱き合って喜んだ後のこと。
四天王の遺体を持ち帰ってもらうことに関しては、思いのほかあっさり納得してくれた。
報告だとか、いろいろと背負わせてしまうけれど、コレットの都合の良いようにしてもらえればと思う。
しかし、私には魔法が効かないという設定上、《帰還》魔法で一緒に帰ることはできないと伝えたところ、想像以上に号泣されて、一緒じゃないと嫌だと駄々を捏ねられた。
そこまで懐いてくれていたのは嬉しい反面、これを説得するのが非常に難しかった。
その結果――絶対に帰るというのは当然として、ついでにリディアさんたちも捜してから帰るとか、コレットが困っていれば助けに行くとか、魔界村に帰ったらご飯を食べにおいでとか、少々過剰な約束をさせられてしまった。
後になって思えば、ご飯だけでよかったのかもしれない。
何度も繰り返すけれど、懐かれるのは嬉しい。
しかし、リディアさんに近すぎる彼女が私に懐きすぎてしまうと、私が面倒なことになるだけではなく、彼女の立場も危ういことになる可能性がある。
私の手の出しにくいところにいる、私に対するカードとして使われる可能性だってあるのだ。
私の杞憂かもしれないし、彼女自身の価値を考えればカード以上の扱いはされないとは思うけれど、ものの価値が分からない人なんてどこにでもいるものだ。
それでも、泣く子には勝てないのだから仕方がない。
とにかく、私たちには手を出しにくい要素というか、設定を追加した方がいいかもしれない。
◇◇◇
それでも、今生の別れかのように泣きじゃくるコレットをどうにか笑顔で見送って、いろいろと制限が解けてひと息吐けた。
子供は好きだけれど、相手をするのにかなりのエネルギーが必要になる。
ただ、この達成感のようなものは、なかなか心地いい。
それと、コレットが脱出する少し前に、リディアさん一行や、彼女たちと合流したアイリスとルナさんたちも脱出したと、アドンから報告があった。
つまり、ここでの私の仕事はもうすぐ終わり。
もちろん、帰るまでが遠足なので、まだ気は抜けないけれど。
さて、アイリスがいるから大丈夫だとは思うけれど、万一にも捜索部隊が出られても面倒なので、それまでには戻らなければならない。
とはいえ、歩いて帰るのは、ワームや虫と遭遇しそうなので論外。
瞬間移動で、遥か上空にポンと出て、自由落下するか――やはり目立つだろうか?
というか、連続性を無視すると、予期せぬ何かがあった時に困るので論外か。
それに、落ちた先に何かいても困るし。
外縁部の横穴から出たことにして――も、その最下層に続く穴がどこかなどという話になっても面倒だし、悪魔たちにも面倒を掛けるかもしれない。
竜か何か捕まえて上まで運んでもらうか?
これが比較的言い訳しやすいだろうか。
それより、何かを忘れているような気がするのだけれど、それが何だったのか思い出せない。
大したことではなかったのか、それともただの気のせいなのか。
何かやっていれば思い出すかもしれない――ああ、そうだ。お世話になった悪魔たちに、きちんと挨拶してから帰ろう。
◇◇◇
――第三者視点――
迷宮入り口に近い、《帰還》地点として設定されていた最終キャンプでは、ひと足先に帰還していたリディアが、学園側の制止を無視して捜索隊の編成を急いでいた。
リディアは、ユノに頼まれたとおり、彼女と出会った広間を律義に確保していた。
しかし、それからすぐに合流したルナ隊――彼女の主人であるアイリスから、撤退を促された。
「ユノなら大丈夫ですから、書き置きでも残して一旦撤退しましょう。食料や消耗品の類はありますけど、装備の予備も、メンテナンス用品も置いて行っていないようですし、本当にもう、うっかりしてるんですから」
アイリスの言ったように、ユノは医薬品や食料は置いていったが、彼女が指摘した物は見当たらなかった。
特に補給の必要が無いユノにとっては、それらが必要だという意識すら無いので、仕方がないことであるが、それが必要な者にとっては「仕方がない」では済まされない。
当然、リディアも気づいてはいたが、コレットの捜索に必要だとか、何らかの理由があってそうしているのだと考えていたので指摘しなかった。
「このままここを確保するにも、捜索のための増援を呼ぶにも、地上で補給と再編成をして《転移》魔法で戻ってくれば、最低限のロスで――トータルで見るとプラスになると思いますが」
何としてでも戻りたいアイリスも、必死に理屈を考える。
そして、それはリディアも考えていたことだ。
リディア自身にはまだ余裕があるが、黄金の御座の傭兵たちや、ルナにはあまり余裕が無い。
どう考えても一旦戻るのが最善なのだが、今ひとつ踏み切れなかったところを、アイリスが後押しした形になった。
ユノがそう感じたように、リディアは、理想の魔界を実現するため、僅かな失敗も許されないと思い込んでいた。
彼女自身は善良といっても差し支えのない人物だが、そのせいで視野が狭くなってしまっていることは否めない。
リディアにとって、ユノが取るに足らない存在であれば、もう少しばかり事は単純だっただろう。
しかし、ユノが単独で大空洞深層からコレットを救出するようなことがあれば、その能力を認めざるを得なくなる。
コレットの生存自体は喜ぶべきことだが、ユノが彼女を超える能力を持っていて、理想の魔界実現の邪魔になったときのことを考えると、手放しでは喜べない。
彼女自身は自覚していないが、彼女は無意識化でユノの死を願っていて、最悪の場合は、彼女自身がユノを抹殺しようとする可能性もあった。
それでも、アイリスの言に従って《帰還》を決断した。
アイリスの説得が充分に合理的だったからで、同時に《巫女》スキルがいい感じに作用したからである。
悪魔族の特徴である魔力の強さは、決して良いことばかりではない。
瘴気の発生のしやすさについてもそのひとつだが、ルシオ・バルバトスやリディア・バルバトスのように、悪魔族にしては善良すぎる者たちが、一族をあげて、長い年月を「魔界のため」などと活動していれば、強い自己暗示――あるいは呪いにかかることもある。
それは決して比喩ではなく、ある種の瘴気障害として、現実に彼女の一族の魂や精神を汚染して、同時に能力を強化していた。
とはいえ、その呪いは「魔界のため」というあやふやな一念に帰結するため、「魔界のため」となる状況で判断が過激になる程度のことで、日常生活に支障をきたすような類いのものではないことは救いだった。
ゆえに、コレットが単独で帰還したと聞いた時は、リディアも素直に喜んだ。
四天王が揃って死亡していたことは残念だったが、コレットの口から語られた彼らが死に至った経緯は、実際に死体の検分をしてみなければならないものの、「死んでくれてよかったのかも?」と、呪いのことなどなくてもそう思うものであった。
それよりも、少なくともふたりを殺しているユノのことになると、コレットの口が重くなることに、リディアは苛ついていた。
彼女は、捜索隊の編成を黄金の御座に丸投げしてまで、コレットの尋問に専念していた。
コレットは、敬愛するお姉様が相手であっても、彼女との約束を忠実に守っていた。
彼女は、ユノの不利益にならない範囲で、話してもいい、話す必要があることは包み隠さず話していた。
ひとまずの報告としては、それでも充分なもののはずだった。
しかし、リディアが知りたかったのは、コレットが隠していることである。
事件のことなど、コレットの供述だけで充分。
むしろ、最初からどうでもいいことであり、ユノの――魔界にとって害になる可能性のある者の秘密を知ることの方が重要だった。
コレットには、加減はされているとはいえ、暴力的な言動でそれを聞きだそうとするリディアの姿が信じられなかった。
しかし、リディアにとっては、その程度のことは魔界のためには必要な範囲のことで、これでコレットの信頼を失うとかそういうことは全く考えていない――考えられない状態であった。
もしこれでコレットの信頼を失ったとしても、力による支配に切り替えるだけ。
それに対して、罪悪感を覚えるようなことはない。
それが彼女やルシオが掛かっている呪いである。
コレットは、恐怖を感じるよりも、ただただ悲しかった。
今のリディアの姿は、ユノから聞かされた頼るべき大人の姿とは、彼女の好きだったお姉様ともかけ離れているものだった。
恐らく、こういう状況であれば、秘密をバラしてもユノは怒らない――そういう予感はあった。
しかし、秘密といっても、「ものすごい美人だった」とか、「バケツから出てきた料理が信じられないくらい美味しかった」とか、「お母さんみたいに優しかった」などと証言をしても、リディアを納得させられるとは思えなかった。
彼女自身、実際に体験したはずなのに、夢でも見ていたかのような感覚なのだ。
だから、ユノも「言っても構わない」と言った――わけではなく、彼女にとってはそれほど特別なことではなかっただけである。
そして、彼女が天然なのだということは、コレットにも分かっていた。
ただ、この場ではどうしていいのかが分からず、心の中で助けを求めるしかなかった。
そんな折、外から激しい喧騒が聞こえてきた。
断片的に聞こえてくる、「敵襲」「武器を取れ」「撤退」といった穏やかではない言葉に、リディアもコレットの尋問を中断せざるを得ず、騒ぎの中心に向かって駆けだした。
「り、リディアさん!? あ、あっちに、悪魔が! かなりヤバそうな奴で、しかも人質も取ってるとか!」
武装したリディアの姿を見た学生が、迷宮入り口の方を指差しながら、早口にそう叫んだ。
(こんな所に悪魔が!? しかも人質? 行ってみるしかないですね)
すれ違う学生たちの言葉は要領を得ないものだったが、無視できる内容ではない。
ひとまず、リディアは彼らの指差した方へと駆けだし、遅れて出てきたコレットも、言葉にならない予感を胸に後に続いた。




