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39 ラスボス

――ユノ視点――

 暴力などで、嫌がる女性を無理矢理支配して酷いことをするというのは、いつの時代、どこの国でも聞く話だ。

 何なら、男性だってそういう被害に遭っているので、強者が弱者を食い物にする構図なのだろう。


 私としては、愛とかがある方がいいと思うのだけれど、生物の本能的なものでもあるのだろうか?



 さらに、私が喰らってきた下種な記憶の中には、油断して電撃を食らったり薬を盛られて自由を奪われた人が、口には出せないような酷い目に遭うというものがあった。


 私としては、性欲や支配欲程度でそこまでするのは理解し難いのだけれど、異常者の間では割と定番らしい。


 また、その際に「どんなに鍛えても、どんなにイキがっても、女は男には勝てないんだよ!」的なことを言って、優越感のようなものに浸るのも定番なのだとか。

 私が喰った下衆が男性ばかりなのでそんなイメージだけれど、もしかすると、男女逆転バージョンもあるのかもしれない。


 どちらにしても、それらは超上級者向けのものなのだろう。


 上級者であるトシヤも、「俺はイチャラブが好きっす」と言っていたし、素人の私にはなおさら理解できない嗜好である。




 さて、四天王の片方が、気配を消して、暗闇に紛れて、更に背後に回っているけれど、私に物理的な死角は存在しない。

 虫とかがいなければ。


 名前も知らない彼は、虫と同レベルで不愉快だけれど、虫ではないので姿は丸見え。

 何かを仕掛けようとしているのも丸分かりである。



 魔力で強化された爪でのわざとらしい大振りを、私もわざと大きく避けてみる。

 詳細までは分からないけれど、本命はこの後だよね?

 精神の動きと魔力の流れで丸分かりだよ。


 それで、電撃だったわけだけれど、光ったのは一瞬だけ。


 どちらにしても、私には電撃は効かない。

 水が高い所から低い所に流れるように、電気も電圧の高い所から低い所に流れるそうだ。


 そして、水は電気を通すけれど、純水となると電気を通さない絶縁体となる。

 私は水ではないけれど、超純粋――混じりっけ無しという意味では、結構自信がある。


 つまり、私の身体は電気を通さないのだ。


『論理が飛躍したね』


 そんなことない。

 というか、思考を読まないでほしい。



 とにかく、それ以前に、意志の力も宿っていない魔法擬きが私に届くことは滅多にない。


 いや、世界を壊せるくらいの欲望とかが込められていればワンチャンあるかな?

 まあ、それもコソコソ動いているようでは無理だけれど。



 刹那の閃光に紛れて、目の前の上級暴漢の首を手刀で刎ねる。


 それから少ししてから、彼の首から下だけがバックステップをして、そのまま仰向けに転倒する。

 それとほぼ同時に、首も地面に落ちた。

 その表情を見るに、現状を理解できていないらしい。


 さておき、身体の扱いが雑すぎる。

 もう少し動きに軸というか芯があれば、もう少しの間は首と胴は繋がっていたはずなのに。


 分離してなお斬られたことに気づいていないくらいなのだから、くっ付くまで回復魔法を掛け続ければ、生き延びられたかもしれないのに。

 彼はこれ以上成長することがないので、もうどうでもいいことなのだけれど。


 とりあえず、せめて自分が死んだことに気づかせてあげようと、彼の首を胴体の方へと足で転がしてあげる。



「う、動くな! こいつがどうなっても――」


 四天王の最後のひとりが、恥ずかしげもなくコレットちゃんを人質に取ろうとしていた。


 たかが十メートル弱の距離。

 どう考えても私の間合いの中で、私の動きを観ることもできない程度の技量で、私から意識を外すとは。

 それ自体が誘いや罠ならともかく、悪手にもほどがある。


 彼の台詞が終わる前に、彼の両腕をパーツ単位で切り分けて彼女を回収する。


 今更だとは思うけれど、コレットちゃんの目を手で覆って目隠ししながら、事態が呑み込めていない彼に止めの手刀を振るう。


 ちょっとバラバラにしすぎたけれど、コレットちゃんに被害を出さないようにしようと思うと、ある程度は仕方がない。

 とはいえ、持って帰ることも考えて行動すればよかったかも……。




 そこまではよかった。


 コレットちゃんの安全を脅かすものはなくなったのだから。


 しかし、彼女自身はそうは思っていないのか、生まれたての小鹿の方が百倍マシなくらいガタガタ震えていた。



 恐らく――というか、間違いなく私にビビっている。

 ほかに誰もいないし。



 嫌われるのもショックだけれど、怖がられるのもなかなかくるものがある。


 というか、コレットちゃんが、彼らにどれだけ暴力を振るわれたかは分からないけれど、まだ何もしていない――するつもりはないけれど、そんな私にここまで怯えるというのは、四天王以上にヤバい人だと思われているのか?


 今日一番のダメージである。




 いや、あのふたりに酷い目に遭わされたことが尾を引いているだけで、まだ挽回は可能だと信じて行動しよう。



 さて、どう攻めよう。

 こういうことを朔に任せるのは怖いし……、これは四天王やリディアさんなんかより、よほど難敵だ。



「あ、あの、ゴーレム、直します、から、こ、殺さないで、ください。い、今まで、の、ことも、謝り、ます、から、殺さ、ないで」


 悩んでいるうちに先手を取られた。


 目に涙をいっぱいに溜めて、それでも泣かないように必死に堪えて懇願してくる姿は、私の心を深く抉るものだった。


 誰だ、こんなことを言わせている奴は!

 私か!


 あああ、違うの!

 聞いて!



「殺さないよ。だから、安心して」


 ……もう少し気の利いたことを言えないものか。

 沈黙よりはマシだと思うけれど。


 というか、目線を合わせるためにしゃがんだだけでも反応がヤバい。



「ほ、本当、に? う、う……」


 信じたいけれど信じられない、そういう感じだろうか。

 さらに、状況から察するに、四天王たちのことだって信じた――信じようとしたはずなのに、私の信用は彼ら以下だということか?

 解せぬ。



 とにかく、何かもうひと押し、信じられる根拠が必要なのだろう。



 とりあえず、何と声をかけるべきか。


 私がそんなことするように見える? ――さっきの今で、よくそんなことが言えるな。


 殺すつもりならもうやっているよ――と言うと、脅しにしか聞こえないだろう。


 殺しても私に得がない――私が損得で人を殺すように思われてしまう! いや、そういうこともあるけれど。


 実は、リディアさんに貴女を助けるように頼まれた――ある意味では嘘ではないけれど、とても嘘っぽい!

 嘘だと思われた時点で、信用を完全に失う。

 納得させられるだけの話を作る自信がない!



「本当だよ。とりあえず、何か着ようか。初夏だといっても、こんな地下深くだと寒いしね」


 とりあえず、言葉よりも物理を掛けることにした。


 とにかく、焦って結果を求めてはいけない。


 最悪は結果で示すしかないのだけれど、私としては後々面倒なことになるのは避けたい。

 コレットちゃんにも、私が敵ではないことくらいは理解してほしい。



 それに、もしかすると、寒くて震えているだけなのかもしれないという淡い期待もあったりするので、彼女にそっと毛布を掛けてあげた。


 もちろん、魔界では毛布は超高級品である。

 彼女もそのくらいは知っているだろう。

 値段が高ければいいということもでないけれど、誠意とか、そういうものを汲み取ってくれればと思う。



「本当、に、殺さない?」


「本当だよ」


「本当の本当に?」


「本当の本当」

「本当の本当の本当に?」


「本当の本当の本当」

「本当の本当の本当の本と――」

 本当の本当の本当の本当。

「いつまで続くのかな?」


「ひいっ!?」

 ああ、しまった。



「ええと――冗談だよ? 怒ったりしていないよ?」


「許、して! ごめん、なさい! 助、けて! お母、さーん! うわあああーん!」


 ヤバい、パニックを起こして号泣を始めた。

 ううむ、かくなる上は仕方がない。



「ほらほら、怖くないよ。 私の目を見て? そんなことするように見える?」


 バケツを脱いで素顔を曝すと、優しく問いかけた。


「…………」


 ギャン泣きといってもいいほどのものが、ピタリと止まった。

 すごいな、私の顔。


 しかし、チャンスだ。


「ほら、怒っていない。怖くないでしょう?」


「…………」


「お顔を拭こうか。可愛いお顔が台無しだし」


「…………」


 普通の――といっても、魔界では高級品のハンカチを取り出して、彼女の顔の涙や鼻水を拭っていく。


 拒否はされていないものの、されるがままで無反応。

 というか、瞬きすらしていない。

 それどころか、呼吸もしていないし、精神も動いていない。

 刺激が強すぎたか?



「……本当に、怒ってない?」


 あ、回復した。


「本当だよ」


「……本当の本当に?」


 おっと、この流れはまずい。


「本当。だから、おいで?」


 両手を広げて、身体全体を使って彼女を受け容れる態度を示す。

 私の身体は全身が凶器だけれど、癒しでもあるのだ。


 コレットちゃんの心中では、かなりの葛藤があるのは見て取れる。

 それでも、身体はゆっくりと私の方へ近づいてくる。


 いくら頭が良いといっても、まだまだ子供。

 それが、魂も精神も肉体も傷付いた状態で、こんなところにひとりきりというのは、死と同レベルで耐え難いものだったのだろう。

 甘えられるなら、甘えたいに決まっている。



 ギリギリまで近づいてきて、それでもなお葛藤しているコレットちゃんを優しく抱きしめ、「よく頑張ったね」と褒めてあげた。

 それで気が緩んだのだろうか、彼女は再び泣き始めてしまったけれど、先ほどのような切迫した感じではなく、いろいろな感情が溢れているだけのように思う。



 それも僅かな時間のこと。


 体力的にも精神的にも限界だった彼女は、私の胸の中で眠りに落ちてしまった。

 その表情はとても穏やかなもので、それがただ私に接触しているからなのか、本当に信用してもらえたのか――後者であればいいなと思いながら、無邪気な寝顔を眺めていた。


◇◇◇


 コレットちゃんが目を覚ましたのは、それから一時間ほどが経った頃だった。


 何も無い状態であれば、回復までもっと多くの時間を要しただろう。

 しかし、私という癒し系女子に触れていることで、自然治癒力が飛躍的に向上したのだろう。


 こういった能力をバラすのは微妙にまずいような気もするけれど、この辺りはほかよりも若干魔素が濃いので誤魔化せるか?

 まあ、極限状態の子供が言うこと――で押し切れそうではある。



「おはよう」


「……おは、よう?」


 目が覚めたばかりで、状況が把握できていないコレットちゃんに優しく挨拶してみた。

 混乱して振出しに戻られては、さすがに敵わない。


「疲れているならもう少し眠っていてもいいよ? その間は私が守ってあげるから」


 回復したといっても体力だけで、さすがに精神や魂はそこまで回復していない。

 危険域を脱したというだけでも充分ではあるけれど。



「いえ……あ、バケツ……」


 コレットちゃんは、私がバケツを被り直していたのが不満なのか、バケツの縁に手を掛けて脱がせようとしてくる。


「顔を出していると、いろいろとトラブルが起きたり、ほかにもいろいろあるから、隠していないと駄目なの」


 そう言って、やんわりと彼女の手を止める。


 なお、前者は本当だけれど、後者は適当に言った。

 いろいろの中身については特に考えていないので、ツッコまれると困る。



「あの……」


「どうしたの?」


 何か言いたげにモジモジとしているコレットちゃんに、話しやすいように優しく促す。


 恐らく、彼女的には私の胸の中にまでは収まったけれど、まだほかに頼れる大人がいない――というのが大きな要因なのだろう。

 信頼を得られるかの正念場はこれかららしい。



「本当に、怒ってない?」


「もちろん」


「でも、私、今まで貴女に酷いことばかり……」


 よし、無限ループではない。

 これで何とかなるかもしれない。


「いいの。半分くらいは間違いとも言いきれなかったしね。それに、コレットちゃんは、頭が良くてもまだ子供なの。子供は子供のうちに、いろいろ経験しておけばいいの。子供のうちに、少しくらい失敗したり間違ったりしておいた方が、将来いろいろなところで役に立つはずだから」


 うむ。

 こんな感じのことは、湯の川の子供たちにも何度か言って聞かせたりしていたので、何とかそれっぽいことは言えているように思う。


「でも、お姉様――リディア様が、『将来、魔界を導く立場になる貴女が間違えてはいけません。私たちは、統治者として相応しい生き方をしなければいけないのです』って……」


 それはまた随分な意識の高さで……。

 自分ができていることは、他の人もできるなんて思わない方がいいよ?

 本当に万能でない限りは逆もあるんだよ?

 それとも、能力で足切りされる世界でも作りたいの?


 そもそも、リディアさんや学長先生は、「魔界のため」とよく口にしているけれど、「魔界に住む人」のことは見えているのだろうか?

 木を見て森を見ずとはいうけれど、森ばかりを見て個々の木が見えていないのではないだろうか。

 政治とはそういうものだといわれると、それまでだけれど。



 そんなことより、問題は、自分より頭の良い子に、何をどうアドバイスするかだ。


「コレットちゃんは素直で良い子なんだね。リディアさんみたいになりたくて、リディアさんの隣に並びたくて、コレットちゃんなりに頑張っていたんだよね?」


「…………」


 コレットちゃんは、しばらくの沈黙の後、僅かながらに首肯した。

 私の予想は間違いではなかったらしい。



「でも、頑張りすぎちゃったのかな。例えば、コレットちゃんが何か間違ったことをしたとして、リディアさんから注意されるのは受け止められると思うけれど、私がリディアさんのまねをして同じことを言ったとしても、同じようには受け止められないでしょう?」


 言動の内容は同じでも、それを行った人によって印象が違うのは当然のこと。

 そう考えると、詐欺師ってすごいね。

 違う方向に才能を使えばいいのに。


「だったら、私はどうするのが正解なのか。リディアさんのまねをしなくても同じ結果になっていたと思うし、『私が』という事実で拒絶されたと思う。そこの彼らも同じで、きっとどんな方法だったとしても、『コレットちゃんが』――いや、『彼らよりも弱い人』という一点で、こういう流れになっていたと思う」


 強きを助け、弱きを挫く彼らは、正しく悪魔族だった。

 コレットちゃんでなくても、こうなっていた可能性は高い――いや、同じ四天王にもそうだったし、そこは間違いない。


「だったら貴女はどうするべきだったのか――は、誰にも分からない。強いていうなら、ここまでの積み重ねがまずかった――いや、それを正してくれるとか、護ってくれる大人がいなかった方が問題かな?」


 いや、違うかな?

 コレットちゃんのこれまでの言動が帰結しているのは事実だけれど、ここでは彼らの在り方自体によるところが大きい。


「うーんと、それでも正解か、それに近かったのは、こうなるまでに大人を頼ることかな?」


 いや、それはそうだけれど、今回のケースは頼ってどうにかなるものか?

 そもそも、頼る人がいないじゃないか。


「彼らがそんな人だったのは貴女の責任ではないのだから、貴女が危険を冒して注意する必要は無かったの。いや、そういう姿勢は素晴らしいのだけれど、それは貴女が大人になってから――自分の身を守れるようになってからでもいいの。今のところはリディアさんにでも任せておけばよかったと思う」


 むう、主題から少し逸れた気がする。


「それで今回の件が避けられたかというと微妙だけれど――彼らは四天王仲間の――名前を知らない女の人を乱暴して殺していた、真正のクズだったからね。それを指摘した私にも同じことをしようとして、貴女にもするつもりだった。とはいえ、手を出す相手を間違えて返り討ちに遭ったのだけれど」


 まずい、グダる予感。


 コレットちゃんが真剣に聞いているから、私も何か話さないといけない気になってしまうので頑張っているけれど、どうにも話がまとまらない。


 しかし、四天王の人たちのクズさは伝えられたと思うので、そこはグッジョブだ。


「貴女はちょっと正義感が強くて真面目だっただけ。彼らの性根の悪さや、この結末に、貴女が責任を感じる要素はひとつもないでしょう? まあ、そんな駄目な大人もいるから、誰でもってわけにはいかないけれど、貴女は助けを求めることを覚えるべきかな?」


 結局、何が言いたいのか途中で分からなくなった。

 着地点も微妙だし。


 ……ニュアンスだけでも伝わっていればいいな。



「でも、私、怖くて……。今まで酷いこともいっぱい言ったし、それに、ユノさんが襲われてる間は助かるのかもって……。その上、人質に取られて迷惑まで……。助けてもらえるなんて思ってなくて……」


「うん。コレットちゃんが気に病むことはひとつも無いよ。私は大人だから、貴女の今までの私への態度も、貴女なりに頑張っているだけだって分かっているの。だから怒ることもないの。露出が多いのは事実だしね。それに、学園ではリディアさんが後見しているようだったし、彼女の方針もあるのかなと」


 ふおお、頑張れ私!

 ここが正念場だ!


 しかし、嘘や適当は駄目だ。

 子供は何も考えていないように見えても、案外そういうものに敏感だ。

 ただ、好意がそれを上回れば信じてくれるだけで、今の私にそんなものはないのだ。


「けれど、四天王の人たちは駄目。大人――というか、人として駄目。彼らの結末は、彼ら自身と、彼らがこうなるまで放置してきた大人たちの責任で、コレットちゃんはその被害者なの。リディアさんについても、四天王の人たちのことも含めてこのざまだから言わせてもらうと、少し――かなり残念だな、と思う。彼女なら、もう少しどうにかできたんじゃないかなって」


 おっと、あまりリディアさんに駄目出しするのはまずいかな。

 コレットちゃんの表情が曇ってきた。

 誰だって、好きなものを悪くいわれるのは気分悪いしね。


 とにかく、言葉は拙くても仕方がないので、誠意を伝えるのだ!



「それでも、ひとつの失敗だけで全てを判断するつもりはないから、必要以上に口や手は出さないけれど、リディアさんの方針や立場がどうであれ、コレットちゃんが助けを必要としているなら、私はいつでも助けに行くよ。きっと、私が出るまでもなく、リディアさんがそうすると思うのだけれど。とにかく、貴女はもっと大人を頼っていいの。リディアさんやコレットちゃんは天才なのだと思うけれど、ふたりとも決して万能ではないのだから」


 うん、結局まとめきれずにグダった感はあるけれど、私にこれ以上を求められても困る。

 私、これでも超頑張ったよ?



「……いいの?」


「もちろん。ああ、でも、さっきも言ったけれど、悪い大人も沢山いるから、頼る相手は選んでね。知らない人にホイホイついて行ったりしたら駄目だよ?」


「……うん!」


 何だか矛盾してしまったけれど、誠意は伝わったのか、多少元気が戻ってきたようなので良しとしておこう。




 それからしばらくは、お説教でも事故のことでもなく、故郷や家族のこと、闘大に入学した経緯などを中心に、いろいろなことを話していた――というより、聞かされていた。


 そんなことをしている状況なのかは微妙なところだけれど、そうしていることで彼女の精神状態が目に見えて回復しているのであれば、無駄な時間でもないか。


 それに、学園での彼女からは想像もできないような明るく屈託のない性格が、多少テンションが上がっているとしても、彼女本来の姿であることは想像に難くない。

 そして、彼女がそれほど抱え込んでいたことを察してしまった以上、吐き出させてあげるのも大人の役目だろう。



「――でも、壊れて動かないはずなのに、私を守ってくれたの。魂も心もないはずなのに、理屈ではそんなことないって分かってるけど、そう思うの。おかしいよね?」


 現在進行形でコレットが話しているのは、壊れてしまったゴーレムのこと。

 なお、「ちゃん」は要らないと、彼女の方から距離を詰めてきてくれたので、そうさせてもらっている。



 さておき、悪バイトの攻撃でコアを砕かれてしまったゴーレムが、その状態でもなお彼女を護ったのだそうだ。

 偶然だとは思うけれど、結果的にコレットは無事なのだし、そうではないとまでは言いきれない。



「おかしくないよ。魂なんて、何にでも宿るものだよ。木にも、花にも、石にも、ゴーレムにも――人とは違う形で、人には認識しづらいけれど、ゴーレムにもゴーレムなりの魂があるの」


「本当に?」


 人には認識できていないだけで、大体のものに魂がある――というか、宿るのは本当だ。

 それより、これはこの子の口癖なのか?



「どうかな。でも、そう考えた方が素敵でしょう? コアは砕かれたけれど、魂だけでもコレットを護ろうとしてくれたの」


「――うん!」


 素直になった子供は扱いやすい。

 その分甘えてくるので、大変にもなるのだけれど。


 というか、リディアさんは一体何を考えてあんな言動をさせていたのだろう?



「直してあげたいなあ……」


「直せるの? コレットはすごいね」


 いや、本当に。

 私にできるのはチョップするくらい。

 そして、私のチョップはよく斬れる。



「うーん、大体は直せると思うけど、コアだけは……」


「コアか……。じゃあ、これは使える?」


 壊れたレッカーくんを取り出して見せてみた。

 この遠足が終わってから、クリスの所にでも持ち込んで修理してもらおうかと思っていたのだけれど、コレットの役に立つなら是非もない。

 コアには損傷はないので大丈夫だと思うのだけれど、互換性があるのかなどは私が見ても分からないので、彼女に確認してもらうしかない。



「あっ、すごい! 最新型の、しかも限定機のコア! でも、いいの?」


「いいよ。この子も、コレットの役に立つなら喜ぶから」


「ありがと! じゃあ――うぅ……」


 コレットが「じゃあ」の後に何を言おうとしたのかは分からない。


 ただ、コレットのお腹から、盛大に空腹を報せる悲鳴が上がって、お腹を押さえて恥ずかしそうに俯いてしまった。


 これは先に食事かな。



「食べる?」


 そう言って、手頃なサイズに切り分けられていた四天王を指差してみたけれど、猛烈な勢いで首を左右に振られた。


「さすがに、あんなんでも知り合いを食べるのはちょっと……」


 山賊は食べるのに四天王は駄目なのか。

 悪魔族の習性は難しいな。


 とはいえ、私もそんなものを喰う趣味はないので、それ以上は勧めない。

 さりとて、他に食べられそうなものは見当たらない。



 仕方ない。

 湯の川から――いや、何か創るか。

 こっそりコレットの状態の改善もしておきたいしね。


 なお、彼女は、その手に持った一束の雑草を複雑な表情で見ているけれど、それは彼女の実家の周りに生えていた、毒が無いので食べられなくはないけれど、青臭くて苦いと評判の物体である。



「あの、これ、半分こ……」


 油断していたら、半分差し出してきた。

 良い子だな!

 でも、そういう気遣いは要らないの!



「私はいいから、コレットが食べちゃっていいよ」


「え、でも、やっぱり半分こ。これ、お母さんの味なの」


 断りづらいな!

 というか、お母さんの味、エグみキツイな!




「うーん……、これも内緒にしてね? といっても、コレットの身に危険があるとかなら話してもいいけれどね」


 これを食べずに済むなら悩むまでもない。


 コレットから受け取った雑草を、これでもかと水洗いして、よく水を切ってから脱ぎたてのバケツへ投入する。


 蓋をして、しばらくリズミカルに振ってからの、壺振りの要領で引っ繰り返す。

 そっとバケツを持ち上げると、出たきたのは長半ならぬチャー半――もとい、チャーハンである。

 さすが、私。

 何でもありだな。



「! ……え!? はっ!? えっ!?」


 コレットの視線が、私とチャーハンの間を高速で行き来する。


 そして、その手に持った残り半分の雑草もおずおずと差し出してきた。


 ふふふ、これだけでは足りないというのか。

 食いしん坊さんめ!


 しかし、子供に期待されたなら応えなければならない。



 同様の手順を繰り返し、バケツの下から出てきたのは、お子様大好き、大人も大好き半――いや、ハンバーグ。


 やだ、この壺振り、半しか出ない。


 さておき、お肉とソースが焼ける、食欲をそそる匂いが辺りに充満する。

 相変わらず食べ合わせはどうかと思うけれど、きっと美味しいので文句は出ないと思う。



「えっ! ええっ!? 何でっ!? ちょっ!? ふわあ!?」


 コレットは混乱していた。

 気持ちは分かる。

 しかし、食べればそんなことはどうでもよくなる。



「召し上がれ」


「えっ! いいの?」


「もちろん。温かいうちに」


 まあ、冷めないのだけれどね。

 私の料理は、エントロピーなんかには負けたりしない。



「…………っ! こっ、これは!? ほどよい塩加減に、飽きを感じさせないスパイスの香り。その中には穀物の甘さもしっかり感じられて、子供でも食べやすい! そして、噛めば噛むほど複雑な旨味が溢れ出して、口内を蹂躙するっ! こっちのお肉の方も、柔らかくて、ジューシーで、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出してくる! 例えるなら、肉汁のゲートオブバ――」

「感想はいいから食べなさい」


「あっはい」


 それが美味しいことは知っている。


 言葉にされなくても、その表情と食べっぷりを見ていれば分かる。

 勝利したことも。


 もちろん、コレットに勝負していた認識はないと思うのだけれど、子育てとはある種の戦争なのだ。


 とはいえ、この戦争は一度で片が付くような生易しいものではない。

 終わることのないその戦争では、一時の勝利に酔いしれている暇などないのだ。


 勝つべきときには何を犠牲にしても勝たなければならず、負けるべきときには負けて、その勝ち方負け方にも塩梅がある。


 今回は――というか、コレットには大人を頼ることや、ガス抜きの重要性を意識させることはできたかなと思う。

 これも、加減を間違うと、依存体質になったり怠け癖をつける要因になる。

 焦らず、徐々にそう仕向けることが肝要なのだ。

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