37 お礼に、歌いましょう
――ユノ視点――
悪魔の主任さんに連れ回されること数十分。
同時に私の分体も活動しているし、数十の悪魔のアルバイトさんたち――略して悪バイトも、コレットちゃん捜索に協力してくれている。
なので、サボっているとか、楽をしているというようなことはなく、最善を尽くしているといってもいい。
しかし、そちらの成果は、四天王のうちのふたりの遺体が見つかっただけ。
特に親しいわけでもない彼らの死を聞いても、特に思うことはない。
というか、亡くなった四天王のうち、紅一点の方には性的に暴行された形跡があったとなると、悼む気持ちすら湧いてこない。
それよりも、被害者が成熟した女性であったことを考えると、コレットちゃんが被害に遭う可能性は――ないとは言い切れない?
なので、残りのふたりについては、現場の判断で排除も視野に入れてもらうことにした。
こういう安易な救済はあまり好きではないのだけれど、状況が状況だし、コレットちゃんのような子供が巻き添えになるのは避けたい。
そうこうしていると、宝物庫の準備が整ったというので案内してもらった。
そこは生活感に溢れているというか、ゆったりとしたスペースのリビングダイニングキッチンに、シャワードレッサーやバストイレも完備――どう見ても、ファミリータイプのマンションとかホテルのスイートルームである。
そんな所に連れ込まれた私は、無駄に横幅の広い悪魔に応対されていた。
いや、されているはずだ。
目の前にいる管理者は――むしろ、髪とかボサボサだし、よれよれのスウェット着ているし、引き籠りといった方が合っているような――いや、自宅を管理しているという意味なら合っているのか?
え、それでお給料出るの?
悪魔の社会ってどうなっているの?
とにかく、この人は、さっきから俯いてモジモジしたまま、ひと言も発していない。
正確には、「ほ、本物?」と蚊の鳴くような声で、質問なのか独り言なのか分からない言葉を呟いていたけれど、主語がないことを思うと、やはり独り言なのだろう。
それでも、思い当たる節もなくはない。
アクマゾンのセーレさんの話では、悪魔の間で、私の名前だけが広まっているそうだ。
悪魔が人間界に干渉できる機会が限られているため、神族のように私の監視ができるわけでもなく、情報を共有することも難しいのが原因らしい。
それはさておき、中途半端に噂になっているせいで、私の偽物が出回っているとかどうとか。
もしかすると、彼はその偽物にでも遭遇して、酷い目にでも遭ったのかもしれない?
それなら警戒されるのも頷ける。
よくよく考えれば、私の変装をしようとするなら、バケツを被れば八割方完了しているのだ。
バケツに偽造防止用の工夫とか細工を施すべきだろうか。
とにかく、彼は時折こちらを盗み見るようにチラリチラリと視線を向けてくるけれど、目が合うとすぐに逸らしてモジモジし始める。
正直、キモい。
怯えているのか、照れ隠しなのか、何にしても態度がとにかくキモい。
虫みたいに忌避するほどではないけれど、人の良さが感じられないのはつらい。
事を荒立てるつもりはないので彼の出方を窺っているのだけれど、いつまでもこのままというわけにもいかない。
「おい、この家は客に茶も出さんのか? まあ、こんなイカ臭い部屋にあるお茶を出されても困るんだが――ということで、ユノ様、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
私にお茶を出してくれたのは、ここまで私を案内してくれた現場主任のラードンさんだ。
最初はなぜここまでついてきたのか訝しくも思ったけれど、彼がいなければ今頃どうなっていたことやら。
「おい、でかいのは図体だけか? 全く、肝っ玉の小さい男だな。そんなだから年齢イコール彼女いない歴なんだよ」
ただ、口が悪いのはどうかと思うのだけれど、それでも目の前のウジウジしている彼よりはマシだろうか。
とはいえ、喧嘩腰の態度で悪印象を与えられても、私に得はないので控えてもらいたいところ。
だからといって、部下でも何でもない人に命令するわけにもいかない。
お願いすれば聞いてもらえるような気もするけれど、それをどう解釈されるかに不安が残る。
察してほしい。
そう思って、彼に向けて微笑んでみたけれど、おしぼりを手渡された。
伝わらなかったよ。
「あの、趣旨は理解していただけました?」
もちろん、私の能力なら、それがどこにあるのかなど彼に訊く必要など無い。
そもそも、既に状態も確認できているのだけれど、彼を無視して事を進めるのは最後の手段だ。
というか、欠片の状態は把握しているのだけれど、これが結界を維持するのに充分なものなのかの判断ができないのだ。
およその感覚では、オルデアの勇者さんが持っていた石よりはマシだけれど、九頭竜から採れた石ほどではないといったところ。
ただ、それは多くの魔石がそうであるような、球体や多面体ではなくて、サイズの違うふたつの半球を合わせた形状というところに不自然さと不安を感じる。
もっとも、自分を分割とかいう、謎の発想をする人のしでかしたこと。
私に理解できなくても無理はない。
とにかく、少なくとも、私の感覚では宝物といえるような物ではない。
目の前でモジモジしっ放しの彼が、さきの数十分でクローゼットなどに詰め込んだのであろう、ちょっとエッチなお宝の数々とそう大差ないくらいだ。
というか、そういう物と一緒に雑に保管されているので、そうだと知らなければゴミだと思ったかもしれない。
とにかく、そういう状況なので、欠片をここに持ってきてもらうということは、彼が秘密にしておきたい嗜好のあれこれを、私たちに詳らかにするということでもある。
そうすると、彼の尊厳を酷く傷つけるかもしれない。
そこまでしてアナスタシアさんの依頼を果たす必要があるのか、もう一度本人に確認してから再訪してもいい。
肝心のアナスタシアさんが今どこにいるのか分からないし、興味も無いけれど、別段焦ることでもないし。
「おい、てめえ! いい加減にしろよ!? ユノ様が困っていらっしゃるじゃねーか!」
一向に動かない事態にラードンさんがキレた。
ええと、貴方にも少し困っています。
「どうせ、とりあえず部屋の中を片付けてみたものの、肝心のヘラ様の欠片も一緒に放り込んで見当たらなくなったとかそんなとこだろ」
「う……」
図星を指されて、分かりやすく動揺している。
というか、やっと口を開いてくれたけれど、管理者がこんなことでいいの?
大問題じゃないの?
「つ、ついさっきまでは机の上にあったんです……。でも、掃除するのに邪魔だったから……」
おい、邪魔とか言っちゃったよ。
いいの?
大事な物なんじゃないの?
「ちっ、本当にろくでもない奴だな! ついてきて正解だったぜ。お前のせいで悪魔全体がこうだと思われちゃ堪らねえからな!」
とりあえず、貴方もそのあたりで止めて?
そんなことは言われなくても、本人も分かっていると思うし――というか、私のいないところでやって?
「論理的に考えりゃ、掃除するのに机の上からどけたってことは、どうせ近くの手ごろな所に――」
「あっ、止め――!」
いつの間にか、しれっと私の隣に座っていたラードンさんが、すっと立ち上がると、そのまま一直線にクローゼットへ向かった。
そして、管理者のアルゴスさんの制止を振り切り、勢いよくその扉を全開にした。
どさーっという音と共に溢れてきた、大量のちょっとあれな品々。
そして、それに埋もれるラードンさん。
「ああああーーー! あああああーーー!」
秘密にしていた性的嗜好が衆目に曝されて、両手で顔を覆いながら慟哭するアルゴスさん。
好きなら好きで、堂々としていればいいのに。
恥ずかしがると、余計に恥ずかしいものに見えるよ?
一方のラードンさんの額には、半裸の女の子の人形が持っている槍が刺さっていた。
その人形のにこやかな表情とは対照的に、彼の目からは感情の色が消えている。
ぶちギレる一歩手前といった感じだ。
こんな所で――というか、こんなことで殴り合いの喧嘩でもされては困る。
「「大丈夫ですか?」」
こういう場合、普通の人なら、どちらのフォローを先にするべきなのか悩むのかもしれない。
しかし、私には分体という特技がある。
ラードンさんの額から槍を抜いて手当しつつ、アルゴスさんの方にはどう声をかけるか悩んだものの、背中に手を当てて、ラードンさんと同じ言葉をかけた。
「ユノ様、こんな莫迦にまで優しくする必要は――いや、甘やかしてはなりません! というか、何で迷宮監視用のモニターまで仕舞ってるんだ……。仕事しろよ、仕事を!」
「ちょ、ま――」
ラードンさんは、先ほどまで自身が埋まっていたあれな品物の山の中から、大きなモニターを見つけて引っ張り出した。
そして、またもやアルゴスさんの制止を振り切って、手慣れた様子で配線を繋いでスイッチをオンにした。
すごい。
こんなに手際よく配線を繋げるなんて、ラードンさんは電気技師でもあったのか。
そして、モニターから流れる、汗だくの男女が全裸で絡み合う映像と嬌声。
「……何を見てたんだよ。仕事しろよ、マジで。ていうか、冒頭から十分も経ってないところから再生されたけど、そういうことか? いくらなんでも早すぎるんじゃねえの?」
冷静に分析するラードンさん。
容赦の無い追い打ちのかけ方が、彼が悪魔であることを再認識させる。
「うおおん! うおおおおん!」
アルゴスさんが慟哭しているけれど、自業自得としかいいようがない。
しかし、魂や精神にまでダメージを負うようなことなのか?
かつての私のような例外もいるものの、男性は多かれ少なかれそんなものなのだということは理解している。
だからといって胸を張られても困るのだけれど、それはそうと、そろそろ再生を止めてもらえないだろうか。
◇◇◇
それからもいろいろとあったものの、私の前には、牛丼チェーン店にある丼サイズの、鈍い銀色をした半球オン小さな半球が置かれている。
「ちっ、クソが……!」
「ひっく……、ひっく……」
結局、探し出してくれたのはラードンさんだ。
そのラードンさんは、捜索中に触れてはいけない物に触れてしまったらしく、今は舌打ちしながら、擦り切れんばかりに手を洗っている。
そして、アルゴスさんは御覧のとおり、いまだにメソメソしている。
つまり、結果としては達成されているように見えるけれど、望んでいた状況には程遠い。
気を取り直しても、彼らに声をかけられる状況ではなさそうなので、とりあえずそれを観察する振りをする。
それは、アナスタシアさんの半身というか姉妹というか――それ自体に意志のようなものはないので、例えとしては不適切だろうか。
とはいえ、彼女と同じ感じの魔力を放出していることから、間違いはないのだろう。
悪魔たちはこれを「ヘラ様の欠片」と呼んでいた。
ちなみに、ヘラ様というのは、分裂前のアナスタシアさんのことというか、神々の女王とかいうご大層な地位にいた神のことで、神族だけではなく悪魔たちの王――女王? でもあったのだとか。
それはさておき、この何ともいえない形の物が欠片だといわれても、やはり違和感しかない。
球体でいいじゃないか。
なぜこんなに中途半端な形になる必要があるの?
そもそも、アナスタシアさんって、そんなに丸いイメージないよね。
それとも、欠片はまだ集めている途中だそうだし、元どおりひとつになれば丸くなるのだろうか?
どう頑張っても完全に戻らないなら、代替品を用意して、これを貰って帰るのもいいだろうか?
しかし、持って帰るといっても、表面の銀色の膜は、無駄な魔力の拡散を抑える特殊な魔法の掛かった触媒だそうだ。
もちろん、私が触れれば解除されてしまうだろう。
壊れるのがその触媒の被膜だけならいいのだけれど、中身まで壊れてしまっては笑えない。
というか、悪魔族はこれを「デーモンコア」と呼ぶらしく、その不吉な名前は、なぜか「うっかり」を予感させてならない。
つまり、私が触っていい物ではない。
『ええと、君たちから見て、これはどういう状態? あと何年くらいもちそう?』
朔が空気を読まずに質問した。
それも、ここまでくると清々しい。
「そうですね。結界の維持だけなら一千年ほどといったところかと思いますが、結界の瘴気汚染――というか、結界付近の瘴気汚染の状況が深刻で、このままの状況では、五百年ほどで限界を迎えるかと思います」
『限界を迎えるとどうなるの?』
「恐らくですが、瘴気に侵された――高濃度の瘴気そのものとなった結界が収縮を始め、内部に存在する全ての生物や環境に致命的なダメージを与えるのではないかと推測されています。人間界への影響もあるでしょうが、その規模は予測できません」
莫迦騒ぎも収まって、本題に移れたのはいいのだけれど、話の内容が深刻すぎて、これはこれでつらい。
『何か対抗策とか解決策のようなものは?』
「残念ながらありません。正確には、瘴気の発生ペースを現在の二割程度まで抑えて、それを数百年維持できれば、持ち直す可能性はありますが、現実的には難しいですね。既に辺境では瘴気を生み出す負のスパイラルに陥っています。もう三百年ほど早ければ間引きという手段も使えたのですが、今の状況ではもう手遅れです。今では下手に行うと、それが止めになる可能性が高いですね」
世の無常というか、無情を味わって、悟りを開いた賢者――いや、世捨て人のようになったアルゴスさんは、朔の質問に淡々と答えていた。
魔界の未来云々より、彼の方が――負のスパイラルに突入した彼が、洒落にならないことをやりかねないことの方が心配だ。
「あの、大丈夫?」
「ははは、何がですかな? 私はこのとおり、何ともありませんぞ?」
「ユノ様、こいつはもう手遅れです。仕事用の大モニターを改造してAV鑑賞など、悪魔として終わっています。こいつにはもう構いませんよう――御身が穢れてしまいますので」
「うあああー! うあああああーー!?」
ああ、やはり大丈夫ではないみたい。
仕方がない。
「あの、これで元気になるかは分からないのだけれど、よければ一曲歌いましょうか?」
ラードンさんとの会話の中で、彼は私の噂を知っていたことが分かっている。
その噂がどういったものなのかまでは確認しなかったけれど、アイドルをやっていることを知っていてもおかしくない。
知らなければ、突然こんなことを言い出した私は、ただの莫迦に見えるだろう。
一か八かの賭けである。
「「是非!」」
その心配は杞憂だったようだけれど、ガッツポーズされるほど期待されても困る。
というか、息ぴったりだよね。
本当は仲が良いのかな?
「ふははっ、お前が良い仕事したのなんて初めてだろ!」
「ふひっ、クズでよかったよ!」
仲良し……?
いや、ハイタッチとかしているし、これが悪魔なりの友情なのかもしれない。
『その代わりといっては何だけど、これ貰ってもいいかな? もちろん、代わりになるものは用意するから』
朔がまた空気を読まない要求をした。
「「どうぞどうぞ!」」
いいの?
いや、まあ、話が早くて助かるのだけれど。




