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34 受け身

 リディアさんたちとの情報交換で分かったこと。


 ここにいる誰もが、大空洞でアイリスやルナさんたちとは会っていない。


 というか、みんなが揃って無事なことは、アドンからの報告で、かなり前から知っていた。

 訊かないと不自然かと思って訊いてみたにすぎない。


 アドンからは、その後の報告は無いけれど、無沙汰は無事の便りともいうし、悪魔たちにも彼女たちに手を出さないように周知徹底してもらっているので、これ以上は過保護というものだろう。



 さておき、私の方はいいとして、リディアさんたちの方はというと、崩落で四天王と分断されて、コレットちゃんと傭兵さん数人が、《念話》も届かない距離で(はぐ)れてしまったそうだ。


 四天王については、崩落の原因の一端が私にもある(※崩落の主たる原因はワームにあると考えている)とはいえ、彼らは日本的な基準に照らし合わせても成人である。

 彼らの力が及ばない状況にあっても、最善を尽くすくらいの努力はするべきだし、結果は自身で受け止めるべきことなので、どうでもいい。


 というか、彼らは前回、前々回も参加していたそうで、その時の経験から力不足だと理解していてもよさそうなものである。

 それが子供っぽい万能感によるものだとしても――可能性は否定しないけれど、特に工夫するでもなく三回目ともなると、擁護のしようがない。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶというけれど、経験からも学べないのは私ではフォローできない。



 しかし、コレットちゃんをこんな危険な場所に連れてきていて、しかも逸れた――とはどういうことか。


 子供が予想もつかない行動をするとか、駄々を捏ねたりするなど当然のこと。

 全てに対処するのは不可能でも、不測の事態に備えて充分なマージンを残して、子供たちを見守るのが大人の役目ではないのか。


 それが大変なのは充分に理解している。

 大変というか、あれは最早戦争だ。


 実際にはずっと見ていられるわけではないし、当時の私は分体を出せなかったので、物理的に限界があった。

 それに、普通の人だと休息も必要になるだろう。

 ひとりでできることには限界がある。


 しかし、自分ひとりでできなければ周りの力も借りるとか、逆の立場なら、できる範囲で力を貸してあげることも重要だろう。


 綺麗事だけれど、やりようなどいくらでもある。

 何だかんだと理由を並べてしないのは、ただの怠慢だ。


 重要なのは子供たちの未来であって、必要なのは、周囲の大人たちの相互理解と、自助と互助の仕組みではないだろうか。



 それを、この人たちは、自分を過信した挙句にこの様である。

 考えが甘いとしかいいようがない。


 とはいえ、彼女たちを責めても時間の無駄でしかなく、そもそも、強制してさせるようなことでもない。

 そんな暇があるなら、さっさと行動を起こした方が建設的である。



「それでは、私はコレットちゃんを捜すことにします。物資はこのまま置いていきますので、皆さんはここを確保していていただけますか?」


「は!? ひとりで行くつもりなんですか? ――分かっているのですか? 下層に行けば行くほど悪魔との遭遇率が上がるんですよ!? ここでも6体と同時に遭遇するというイレギュラーもありましたし、それに貴族級も――」


 悪魔はどうにでもなる。

 むしろ、適当な悪魔を捕まえて、コレットちゃんを捜すのを手伝ってもらうつもりだ。


 そんなことより、彼女たちは問題視していないけれど、下層にも虫はいっぱいいるのだ。

 しかも、巨大なのがそこかしこにワサワサと。


 そのせいで、領域を展開してコレットちゃんを捜すことができていない。


 ごめんよ、コレットちゃん。


 貴女のことが心配なのは本当なのだけれど、私にもどうにもならないことはあるの。

 安全に貴女を捜すために、無理して虫を駆除しようとした結果、虫以外も死滅していたとか普通にありそうなの。


 とにかく、早く行動に移って、悪魔にもお願いしよう。



『私には魔力がありませんし、魔法による感知も無効化できますので、皆さんよりは見つかりにくいはずですから』


 彼女たちに期待しているのは、ここで大人しくしていてもらうことのみ。

 帰ってもらえるならそれが一番なのだけれど、プライドの高そうな彼女にそんなことを言うと「私もついて行きます!」とか言いかねない。


 私ひとりの方が動きやすい――というか、私ひとりでないと、上手くやる自信がない。



「まあ、確かに、隠密行動するなら少数――ぶっちゃけ、単独の方がやりやすいかもしれないが……」


「そもそも、そこに行くまで――コレットの嬢ちゃんを最後に確認したのは、この大穴の下数百メートルだぞ? 嬢ちゃん、飛べねえんだろ?」


「ロープの長さが全然足りねえ――ってか、灯りを点けるわけにもいかねえから、下の方がどうなってるのかも分かりゃしねえしなあ」


「受け身は得意ですので」


 穴の深さが何百メートルでも、道中や地面に虫がいなければどうということはない。

 接地した瞬間に受け身をすればノーダメージだ。

 気合を入れていれば、受け身をしなくても少し痛いくらいだろう。



「え、いや、さすがにそういうレベルじゃないと思うんだけど?」


「というかよ、今更だけど、何でバケツ被ってんの? 穴の底どころか、目の前すら見えないだろ」


「視界は――魔力が無いことで、肌で周囲のことを感じられるとかじゃねえの? 知らんけど。それより、悪魔に見つかっちまったときのが問題だろ。どうすんの?」


「受け身で」


 ここの悪魔を相手に、私が何かをする必要は無い。

 あの様子では、お願いすれば協力してくれるだろう。

 むしろ、望まなくても彼らの方からあれこれしてくれそう。

 そういう意味でも受け身でオッケー。



「理解できねえ。……魔力がないと、脳に異常をきたしたりすんのかな?」


「ゴーレムも魔力障壁も無しで瘴気の中を歩いてきたんだ……。脳をやられてんのかもしれねえ……」


「可哀そうに……。もし主人に捨てられでもしたらうちに来い。おじさんが面倒を見てやるよ……」


 失礼な……。

 とはいえ、いちいち反論するのも面倒だし、今も彼女がひとりで助けを求めているかもしれないと思うと、時間が惜しい。



「では」


 それだけ言い残すと、コレットちゃんへの近道となるらしい穴の方へ向かって走りながら、全力で虫除けを振り撒きつつ、その勢いのまま大穴にダイブした。




 万一にも気取られたくないので、気合は最小限に。

 虫が怖いので、認識範囲も肉体での触覚に限定――となると、身体の強度は極端に落ちる。


 それでも、受け身を取れば大丈夫。


 というか、受け身を取らなくても大丈夫。

 私が肉体的なダメージでどうにかなることはないのだ。


 とはいえ、もしその現場をコレットちゃんに見られでもしたら、また面倒なことになる。

 ホラー映画とかでありそうなシーンだし。


 それに、持っている技術を使わないのももったいない。



 朔の誘導に従って、微妙にコースを変えつつ――とはいえ、朔の探知範囲に対して落下速度が速いので、気休め程度なのだけれど、そうして落下すること十数秒。



『地面が見えた』


「了解」


 人間同士の会話であれば、会話している間に地面に激突していたのだろう。


 しかし、私と朔の間での意思伝達速度は超速い。

 世界を停止させた状態でもできることを思えば、光よりも速いのかもしれない。


 私の反射速度についても同様で、コンマ何秒か――それ以下の時間で訪れる地面との衝突にも、身体のどこかが何かに触れた瞬間に受け身を取ることなど造作もない。


 何なら、その瞬間だけ気合を入れて、受け身の威力を上げることだって可能だ。

 受け身の威力という言葉の意味はよく分からないけれど。



『あ、竜だった』


「は?」


 確かに、朔からの情報の伝達や反射行動はノータイムで行える。


 だから雷撃も目視で避けられるし、頑張れば光速のものでも見切れる。


 しかし、情報を得ることと、理解することは別なのだ。


 地面が竜――――どういうこと?


 わけの分からない情報を寄越されても困るのだけれど。


 考える時間もいっぱいあるけれど、それで答えが出るということでもないのだ。

 むしろ、考えすぎると答えから遠ざかることもある。


 領域を展開して、自分で確認すればいいだけなのだけれど、それが嫌だから朔に頼っているのであって、今更そうするのも朔を信用していないようで、気乗りがしない。




 受け身!


 とにかく、理解と判断が間に合わなかったため、直前に用意していた行動が反射的に出た。


 軽く混乱していたためか、少し気合がマシマシで。



 その結果、1匹の地竜が、私の受け身で脳天を砕かれて即死していた。


 地竜――いや土竜か? は、本当にモグラのようなずんぐりとした体格で、ゴツゴツした岩のような鱗――しかも、それが幾重にも重なっていて、じっとしていれば地面とか岩に見えなくもない。

 なので、朔が間違えたのも無理はない。


 いや、分かっていたけれど、面白そうだったか、面倒くさかったのかもしれない。



「て、てめえ! 何してくれちゃってんの!?」


「人間のくせに俺らに喧嘩売ってんのか!? チョーシ乗ってんじゃねえぞ!」


 そして、亡くなった彼の連れらしい、2匹の土竜が憤慨していた。



『彼ら、ワームパーティーしてた竜たちかも』


 不幸な事故でしたね。


「受け身で死ぬとかひ弱すぎる。あ、しまった」


 あ、本音が漏れた。

 朔が変なことを言うから!


「ぶっ殺す! 人間ごときが――俺らの虫の居所が悪い時に来たことを後悔させてやる!」


「楽に死ねると思うなよ! 嬲り殺しにしてやるぁ!」


 あれ?

 随分と竜らしくない物言いだ。


 意図せず不意打ちになってしまったのは申し訳なく思うのだけれど、ミーティアたちなら、「不意打ちを食らった方が悪い」と言いそうなところなのに。


 それ以上に、仲間意識が強いというのであれば、竜っぽくはないにしても、それはそれでいいとも思う。


 しかし、どうにも彼らの言動から感じるのは、仲間の死に対する怒りではない。

 どちらかというと、自分たちが人間に舐められていることに対する怒りというか、機嫌が悪い時にやってきた、私に対しての八つ当たりっぽいというか。


 結局は、私が彼らの仲間を殺していなくても、同じように因縁をつけてきたのではないかと感じてしまう。

 竜というよりは、人間のチンピラ的な風情である。



 というか、彼らが朔の言っていたワー……名前を出すのも嫌なパーティーをしていた竜なら、お腹いっぱいで幸せ気分なのではないだろうか?


 貧すれば鈍するというのは確かにあることで、その逆もしかり。

 それがなぜこの短時間で不機嫌になっているのか。

 パーティーの後に何かあったのだろうか?

 それとも精神的な病だろうか?

 どちらでも興味無いけれど。



「私、竜の天敵らしいけれど、それでもやる?」


 不意打ちしたのは申し訳なく思っている――いや、不意打ち自体が悪いわけではなく、意図せずにというところがよくない。

 戦いならともかく――と私がいうのはどうかと思うけれど、これは単なる事故なのだから。


 だからといって、それはそれでこれはこれ。

 彼らに嬲り殺されてあげることはできないし、無視してコレットちゃん捜しの邪魔をされても敵わない。


 やりたいなら付き合ってあげるけれど、あまり時間をかけたくないし、フェア――である必要も無いけれど、時間の節約になるかもしれないので警告だけしておく。



「はっ、莫迦が! 竜に天敵なんていねーよ!」


 今まではいなかったからといって、これからもいないとは限らないのに。


 もちろん、それは私にも当て嵌まることなのだけれど、頭から突っ込んでくる――というか、体当たり? とにかく、結果を出すのに過程を要する彼には、まだその資格はない。



「莫迦が、潰れちまえよ!」


 さきの彼との対角線上から、同じように体当たりを敢行してくる彼も同様である。

 というか、彼らに「莫迦莫迦」言われると少し不愉快になる。




 さて、竜としては小型だけれど、その額は、人間のサイズからすれば面の攻撃――というよりは、角付きの壁が迫ってくる感覚だけれど、速度が遅すぎる。

 というか、あれだ。


 彼らは事故死した竜が、どうやって死んだのかを見ていなかったのか?



 迫ってくる頭に合わせて受け身! で、吹き飛ばされてからの、反対側の頭へ受け身! 更に反対側に受け身! もうひとつ受け身!


「「ギャワーーー!」」


 彼らの額を地面に見立てて、その間を行ったり来たりしながら連続で受け身を取る。

 便宜上、「受け身ピンボール」とでも名付けるか。

 そんな必要は無いか。


 とにかく、受け身を取っているのでダメージこそ受けないものの、私の質量では彼らの突進を一度で止めることは敵わない。

 ゆえに、バウンドというか、物理法則に従って逆方向に弾き飛ばされる。


 そして、飛ばされた先にある、もう1頭の額でも受け身を取っては弾き飛ばされ――を繰り返した。


 結局、2往復で彼らの突進を止めて、押し返すことができた。



 もちろん、素直に受け止めることもできたのだけれど、それはアンカーを打つとか、領域を使う前提になってしまう。

 それに、既に1頭の脳天を叩き割っていた感触から、死なない程度の手加減をしやすかったというところが選択のポイントだ。


 それに、こういった受け身は日本にいた時から――死角から突っ込んできていたトラックに対してもよく行っていたことなので、それなりに自信もあった。



「莫迦な……! 最近の人間はどうなってんだよ……!?」


 結果は御覧のとおり。


 竜たちの額の鱗が割れて出血している。

 ダメージも大きいらしくて、生まれたばかりの子羊のように足にきているけれど、しっかり生きている。

 完璧だ。



「さっきの大悪魔召還しやがった雌ガキといい、今日は何かおかしいだろ!」


 む、「雌ガキ」とは、コレットちゃんのことを言っているのだろうか?

 これは詳しく訊かなくてはならない。



「その女の子はどうしたの?」


「あ゛? 答えるわけねーだろボケが! ギャッ!?」


 汚い言葉で抗弁した竜の鼻っ面に、鋭く踏み込んでの前受け身をお見舞いする。


 もう双掌打と変わらない気がするけれど、受け身は地面でしかできないと決められているわけでもないし、型は前受け身なので、飽くまで受け身である。



「もう一度訊くよ。その子をどうしたの?」


「……どうもしねえよ。大悪魔なんか召還しやがるから、こっちが見逃された感じだよ、クソが」


 やはり、この程度の痛みで簡単に屈するあたりも、竜というよりは人間っぽい。


 竜ならお酒で釣るのが一番なのだけれど、彼らは口も悪いしあげたくない。

 懐かれても、ワームを肴にするような、物理的にも汚い口を湯の川に置きたくないし。



「その子はどこに?」


「あ? 教えるわけねーだろボケが。勘違いしてんじゃねーぞゴルァ! ぐおっ!?」


 口答えした方に、再び前受け身。

 いい加減に学習してほしいものだ。



「……下だ! だが、もう一時間以上前の話だ! 今は分かんねえよ、クソが!」


 もう1頭の方は、悪態を吐いているものの、結構臆病なようだ。

 仮にも竜なら、ここでブレスを吐けるくらいの気概が必要なのではないだろうか。


 というか、この程度でへたれるなら、最初から噛みつかなければいいのに。



『んー、何か嘘っぽい』


 と、朔が断じた。


 まあ、確かにそんな感じはする。

 古竜のように真偽を確かめる眼を持っていないので、ただの勘なのだけれど、いかにも小物がやりそうなことではある。



『確かめる?』


 確かめる方法は確かにある。



 彼の言葉の真偽を調べたいなら、彼を喰えばいいのだ。

 真っ当とはいい難い行為だけれど。


 しかし、道理の話以上に、彼を喰うということは、彼の記憶を――ワームパーティーの記憶も覗くということである。

 それだけは断じて許容できない。



『ボクは興味あるけど』


 恐ろしいことを言わないでほしい。

 朔は時々とんでもないことを言いだすな。


「う、うおおお! 往生せいやあ!」


 不吉な予感でも覚えたか、それとも、私が動きを止めたことを好機とでも捉えたか。

 背後にいた方の土竜が、くるりと回転して、遠心力をつけた尻尾での一撃を繰り出してきた。


 最短距離を走る頭からの突進でもまともに当たらないのに、なぜそれよりも遅くて大振りな攻撃が当たると思えるのか。


 鼻っ面を殴られるのがそんなに嫌か?

 それとも、尻尾なら受け身を取られてもダメージは少ないと踏んだか?

 言葉どおりのトカゲの尻尾切り的な意味で。



 しかし、甘い。


 飛び込み前方回転受け身!



「お゛お゛ぅ!」


 迫ってくる尻尾を跳躍して躱しつつ、私も縦方向に回転して、気合を入れた受け身を彼の無防備な横っ腹にぶち込んだ。


 これも、受け身というよりは胴回し回転蹴りのような気がするけれど、そんなことを気にしている場合ではなくなった。



「お゛ぅろ゛ろ゛ろ゛!」


 竜が吐いた。

 もちろんブレスではなく、血混じりの胃の内容物を。


 視覚的にも、嗅覚的にも、聴覚的にも地獄絵図。


 前回は私を守ってくれていた鋼鉄の箱も、悪魔相手のデモンストレーションで消えている。

 創り直しても――根本的な解決にならない!


 それでも、逃げることなら――ああ、コレットちゃんのことさえなければ躊躇(ちゅうちょ)なくそうするのだけれど、それで状況が改善するかどうかは分からない。



 久し振りに、妹の口癖を思い出した。


「汚物は消毒だー!」


 正論すぎて、日本にいた時は何も思わなかったけれど、こういった非常事態でこそ、基本や定石が役に立つのだと言っていたのかもしれない。



 朔の探知範囲である100メートル以内にコレットちゃんはいない。

 洒落ではなく。


 つまり、少なくとも目視される位置にはいないということなので、能力を行使するために翼を出しても問題は無い


 使う能力は、炎みたいな見た目のくせに、肉すら焼けない炎。

 私から切り離された、世界を侵食する領域というか、指向性のある種子とでもいうか。


 ただし、万が一にもフィードバックがあれば立ち直れなさそうなので、火加減はかなり弱めに、そして、念入りに私との繋がりを断つことにする。



 能力の行使に必要な状態に戻ると、汚物を消毒するための肉も焼けない出来損ないの――今の私には希望の炎を灯す。


 私の領域と同じ、人の目からは黒っぽく見えるその炎は、竜の吐瀉(としゃ)物や竜自身、その空間や光や音、世界そのものを侵食して、この世界ではないものに変えていく。


 ただし、火加減は私が指定したように弱め。

 そのせいか、侵食速度はとてもゆっくりとしている。


 というか、これは一体どういう状態なのだろう?

 燃えているというか、いろいろなものがとても不安定になっているけれど、それに抵抗できないと消えてしまう感じだろうか?



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!」


「ゆ゛る゛じで! う゛ぞづい゛でご゛め゛ん゛な゛ざい゛! あ゛あ゛あ゛ー!」


 まだ身体の末端しか燃えていないのに、嘔吐どころか糞尿まで垂れ流し、その中でのたうち回る2頭の竜。

 声まで汚い。

 もう私の存在も意識できないくらいに苦しんでいて、さすがにすこし哀れに感じてしまう。


 しかし、弱火だからといって、彼らに消せるようなものではないらしい。

 そもそも、抵抗の仕方も分からないのか、ゆっくりな分だけ苦痛や恐怖を味わうことになっているらしい。


 そして、存在が侵食され尽くされるまで、苦痛と恐怖が続く――きっと、汚物を消毒する炎にとって、彼らの生きたいと願う意志や、苦痛という感覚に、恐怖のような感情は汚物ではないのだろう。

 ついでに、そんな感情や祈りを大事にしているせいか、気絶とか死ぬとか、そういった防衛機能が邪魔だと判断されているのだろう。

 絶対に最後まで逃がさないという、強い意志が窺える。


 つまり、「死にたい」と心の底から願っても、「駄目だ」と棚上げされている――そんな状態なのだ。

 もっとも、永続する魔法は存在しないし、私だって例外ではないので、いつかは終わると思うけれど。


 ヤバいね。



『さすがにこれはちょっとまずいんじゃない?』


 うん。

 コントロールを手放すとこうなるのか。

 ひとつ勉強になった。


 それに、もう少し火加減というか、侵食加減は調節した方がいい気がする。

 特に、生物が相手なら。

 いや、やっぱり相手次第かなあ?


 まあ、そうそう使うことはないだろうし、追々でいいか。



『今更神の怒りを落とされてもユノを害することはできないと思うけど、アイリスたちと逸れてるときに落とされるのはまずいと思うよ?』


 確かに、今撃たれるのは少し困る。


 止められないという意味ではなく、止めると作戦が台無しになるからだけれど。

 だからといって、アドンでは止められないだろうし、それはルナさんやアイリスたちも同じだろう。


 そもそも、それが抑止力として機能するのは、撃たないでいる間だけだ。



『といっても、向こうもユノの怒りを買いたくないだろうし、必勝の算段がなければ、アイリスを巻き込むことはないと思うけどね。ひとまず、後始末をしっかりやっておけばいいんじゃない?』


 朔も同じ考えらしい。


 考えてみれば当然のこと。

 結局、私に効かなければ、嫌がらせ以上にはならないのだから。



 とにかく、朔の言うとおりに、燃え尽きた跡の混沌というか特異点というか、私にも形容できない状態になった世界を更に侵食して、元の世界を再構築しておいた。


 今のところは少々(※個人的感想)魔素が濃いなどの相違点もあるけれど、時間が経てば馴染んでくるだろう。

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