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31 竜が来たりて

 ユノを探して下層に向かっていたルナたちだが、大空洞探索には必須ともいえる、各種便利機能を搭載したゴーレムが無かった。



 大空洞のような迷宮を安全に探索するためには、マッピング――特に、座標の認識が重要になってくる。

 迷宮自体が形を変えるため、地図情報が役に立たなくなることはあるが、座標までもが変わるわけではない。

 そのおかげで、進むにせよ、戻るにせよ、ある程度の目安となる。

 また、《帰還》や《転移》などの魔法を使用する際の参考にもなる。



 中でも最高級品であるレッカーくんには、余計な機能やパーツも付いていたが、座標認識は当然として、探索した部分の形状を自動で記録するオートマッピング機能や、それを立体的に表示する機能、更にはマッサージ機能や高い料理スキルに甘い汁を出す機能まで備えていた。


 そんなレッカーくんの多才さに大喜びして、それを入手してきたユノを改めて賞賛していたのも過去の話。

 喜びが大きかった分だけ、失った時のダメージが大きくなるのが道理である。



 脳筋のエカテリーナやジュディスには、レッカーくんの代わりとなるような能力は無い。


 ルナは、平面ならともかく、立体構造の地図を作成することは無理だった。


 アイリスに至っては、空間認識能力はさておき、描画能力が壊滅的なため、見た者の記憶すら混乱させるような物が出来上がる。

 さらに、それを誤魔化すために描いた、可愛らしい(※そう描こうとした)イラストは、今ではちょっとした魔除けとして役立っていた。



 マッピングができない状態で頼りになるのは、通ってきた通路に刻んだ目印と、記憶力のみ。

 ただ、進行方向については、「師匠の匂いがするっす」と言うエカテリーナの鼻に頼っている。


 信頼できるかどうかは微妙なところだが、何の当てもなく進むよりはということで彼女のナビに従っていた。




 その結果、遭遇したのは大量のワームを抱えた3匹の上位土竜だった。


 この上位竜は、確かにほんの数時間前までユノの近くにいた竜たちではある。


 しかし、そんなことを知る由もないルナたちは、エカテリーナがワームの匂いに釣られたのだと思ってしまった。

 とはいえ、当然そんなことを気にしている場合ではない。



「何でこんなところに人間がいんの?」


「さあ? あ、俺らのご飯奪いに来たとかじゃね?」


「んじゃ、死刑ね!」


「「「ウェーイ!」」」


 彼女たちは、問答無用で襲いかかってきた土竜たちの対処をしなければならなかった。




 魔界ができてしばらくすると、空と地上は瘴気で汚染され、瘴気に弱い竜たちの棲める世界ではなくなった。

 だからといって、竜たちもただ滅びを受け入れたわけではなく、生き延びるために最大限の努力をした。



 そのひとつの成功例が、大空洞にいる竜たちである。


 もっとも、当時この地にやって来た竜たちによる、熾烈な縄張り争いで発生した瘴気によって、大空洞を彼ら自身を閉じ込める檻に変えてしまったのだが。



 それから長い年月を経て、彼らは環境に合わせて進化を果たしていた。


 大空洞は、神の欠片があることで魔素に恵まれた地ではあるが、それも無限ではないし、悪魔という敵も存在する。


 燃費を良くするためにも身体は小型化し、それと引き換えに、どんなに圧力や衝撃があっても潰されないように鱗の構造を変化させ、更に哺乳類の体毛(※一部例外有)のように密度を上げて、最硬の身体を手に入れた。


 また、一日のほとんどを地中の狭い通路で過ごすため、滅多に使わなくなった翼は当然のように小型化した。

 完全に無くなってしまわないのは、竜としての最後の意地である。


 ほかにも、無駄に長かった首が短くなったり、穴を掘るために前肢が発達したりなどの目に見える進化の跡もある。


 しかし、彼らの最大の進化は、群れを形成できるだけの社会性を手に入れたことである。



 本来であれば、竜が繁殖以外で共生することはほとんどない。


 しかし、ここではこの3匹だけが特別というわけではなく、ほとんどの竜が、2〜4匹程度の群れで行動している。



 大空洞では、竜と悪魔は明確に敵対している。


 神の欠片を護っている悪魔に対し、本能的にそれを求める竜との関係を考えると当然のことだが、同レベル帯での個体同士では竜の方が優位であるものの、数の暴力を無視できるほどではない。


 そして、「貴族級」、又は「名前付き」ともいわれる高位の悪魔の力は古竜にも匹敵するため、上位竜の彼らでは相手にならない。


 生き残るためにはプライドを捨てる――生存戦略としては正しかったが、幻想種の筆頭ともいえる竜がそれでいいのかという矛盾も存在していた。




 ともあれ、強者との戦いを好むはずの竜が、徒党を組んで弱者を甚振る理由はそこにあった。


「こいつら、人間のくせになかなかやるなー」


「いやー、やり手なのはピンクの髪の雌だけっしょ。ヤベー結界が超ヤバくて、俺らでも無理ゲーレベルとかマジウケるんすけど!」


「それな。んーでも、他の奴らは雑魚だし、良い玩具ってか食後の運動にちょうどよくね?」


「「それな」」


 飽くまで余裕の態度を崩さない土竜たちに対し、ルナたちは、アイリスによる支援魔法でどうにか戦えているといった状況である。



 彼女たちの中で、最も攻撃力に秀でたエカテリーナの攻撃でも、通常攻撃では土竜の鱗には僅かな傷すらつけられない。

 だからといって、隙の大きなスキルを撃てるような余裕は無い。

 何より、無理をしてスキルを使ったところで、事態が好転する保証が無い。


 膨大な魔力を有しながらも魔法が使えず、身体能力はエカテリーナの下位互換でしかないルナは完全に足手纏いで、ジュディスは彼女やアイリスを護ることで精一杯だった。



「ううーっ、硬いっす! 目玉まで硬いとか反則っす!」


「諦めずに攻撃を続けてください! 貴女の手が止まれば、ジュディスさんが支えきれなくなります!」


 ジュディスが敵の攻撃を惹きつけ、エカテリーナが攻撃するというのが本来あるべき姿だが、アイリスのサポートと、エカテリーナが撹乱(かくらん)することで、ようやくジュディスが機能する状態である。


 アイリスとしては、全員に支援をしなければいけないせいで非常に負担が大きい。

 しかし、状況を打開するには相応のリスクが必要で、そのせいで誰かが倒れたりすると本末転倒である。

 したがって、歪ではあるが、現状のバランスを維持して、土竜たちの失策を待つのがベターとなる。


 ベストではないのは彼女には奥の手があるせいだが、ベストにもワーストにもなる可能性があるので、軽い気持ちで実行はできない。



「分かった……っす!」


 エカテリーナの大して効かない攻撃でも、油断すれば――という意識を植えつけられるだけでも意味はあったし、意識させることができなくなれば、そこで終了の合図だった。



「ジュディス、私の身は私が守ります。貴女はアイリスさんの護衛を!」


「お言葉ですが――」


「アイリスさんが倒れれば、その瞬間に全滅です! それくらい分かってるでしょう!?」


「――承知いたしました」


 ルナの指摘のとおり、現在のパーティーの要はアイリスだった。



 土竜たちも、「攻撃の手を緩めて、アイリスに攻撃支援をさせるとまずい」と考えている程度には警戒していた。


 本来であれば、厄介なヒーラーを真っ先に潰すところだが、彼らの最大の攻撃であるブレスですら防ぐ彼女の結界が厄介すぎた。

 そこに手間取っている間にパーティーの強化をされてしまうと、さすがに彼らも今のような余裕を見せていられなくなる。

 それゆえに、ターゲットを分散して、彼女のタスクを増やすように立ち回っているのだ。



「アイリスさん、魔力はまだ大丈夫ですか!?」


「ええ、まだまだ平気です――が、局面を打開できそうには……」


「あそこの横穴までゆっくり戦線を下げて、そこで一気に離脱を――」


「おっ、あいつら逃げるつもりらしいぜ」


「俺らににも聞こえてるって! もしかして莫迦なの?」


「ぎゃはははっ! 背中見せたらブレス撃ち込んじゃうよお?」


 途方もない無力感の中で、ルナはそれでも懸命に、みんなが生き残れる道を模索しようとしていた。



 しかし、経験の浅い彼女が、「こんな時に自分ひとりだけが役立たず」という事実を抱えて割り切れるはずもない。

 気持ちだけが先行して、言われなくても分かっているような指示を出したり、《念話》で話すべきところを口に出してしまったりと、精彩を欠いていた。



 もっとも、責任を感じていたのはルナだけではない。


 役立たずという意味では、アイリス以外の全員がそれに該当していたし、アイリスにしても、ユノや朔からの誕生日プレゼントの恩恵に頼るところが大きい。


 それ以上に、こんな事態に陥る前に、もっと強く止めておけばよかったと後悔していたし、ジュディスも同様のことを考えていた。


 そして、エカテリーナでさえ、「師匠の匂いとご飯の匂いを間違えた?」と反省していた。



 ただ、そういったことは生き延びてから反省すべきことである。

 今はこの難局を乗り越えることだけに集中しなければ、アイリスの支援も無駄になる。


 それも、竜が本気になった時点で――生き埋め覚悟の自爆特攻でもされると、いとも容易く崩れてしまうものである。




 その戦闘を見守りながら、葛藤している魔物がいた。


 魔物というより、死を運ぶ亜神とも称されるそれは、上位の竜とも互角以上に渡り合える最高位のアンデッド――デスである。



 そのアドンという名のデスが、主から受けた命令は単純なもの。


『ルナさんとアイリスを護って。できる限りこっそりと、姿を現すときは他人の振りをして』


 たったこれだけのことなのだが、その解釈に重大な問題を抱えていた。



 まず、大空洞という地において、制限のないデスの強さは、悪魔や竜を押し退けて最上位に位置する。


 デスには聖属性以外の魔法がほとんど通じず、物理攻撃は完全に無効化し、その手に持つ彼らの象徴ともいえる大鎌で魂を刈り取る。


 闇属性に偏っていることが多い悪魔や、土属性に偏っている土竜ではデスにダメージを与える手段がほぼ存在せず、大鎌での即死攻撃は、生物である以上は抗うことができない。


 さらに、本来であれば日中は弱体化するのだが、日の光が届かない所ではその制約を受けない。

 首尾よく斃せたとしても、この濃い魔素の中では数時間もあれば完全復活する――ユノからの魔素供給を受けているアドンであれば、瞬時に復活するような不死性を有している。

 また、アンデッド特有の、スタミナという制限が存在しないため、消耗戦では勝ち目がない。



 しかし、それらの能力は、護衛任務では役には立たないものである。


 聖属性以外の魔法や物理攻撃は透過するので、壁にはなれない。

 大鎌の能力は脅威だが、武器を扱うスキルが低いため、格の近い存在であれば避けることはそう難しいことではない。


 この鎌で魂を刈り取られる多くの場合は、デスの放つ死のオーラで状態異常を受けていたり、避け損なえば死ぬというプレッシャーに潰されていることが原因である。


 短距離《転移》を用いた奇襲は厄介ではあるが、やはり護衛任務では役には立たない能力である。


 崩落当時、ユノにすぐに出せる使い魔がアドンしかいなかったとはいえ、これは完全にミスキャストであった。



 そして、任務遂行のハードルを更に上げているのが、「こっそり」という、たった4文字の存在である。


 アドンが現在そうしているように、不可視の状態で行動できる能力を持った存在は、それほど珍しいものではない。


 しかし、その状態でできるのは移動くらいが精々であり、そこから魔法やスキルを重ねて使おうとすると解除されてしまう。


 透明化の魔法が光学的な効果しかないものの、それに限っては死角が無い、極めて高度で繊細な魔法であるため、他の魔法やスキルを使おうとするとその魔力に阻害されてしまうのだ。



 つまり、何らかの介入をしようとした時点で姿を曝すことになるのだが、デスが出現して「こっそり」も何もあったものではない。


 一般的な感覚では「死」そのものともいえるデスが、ユノにとっては会話ができる立派な骨という認識の差が、この矛盾した命令に表れている。

 しかし、常日頃から有能アピールしていたアドンにも、一定の責任があるのは間違いない。



 だからこそ、アドンはどうすべきかを悩んでいた。


 ユノからの命令を額面どおりに実行するのは不可能であり、せめて「結果としてそうなった」感じにしなければならない。


(不意打ちから1頭だけでも斃して、後は流れで――。だが、他人の振りをしようとしまいと、アイリス殿以外には味方だとは思ってもらえない自信がある!)


 当然、そう思われたからといって命令を遂行することに何ら支障は出ないが、プライドの高いアドンにとって、出たとこ勝負というのはスマートではない。

 それに、それがアイリスからユノへ報告されれば、厳しい評価になる可能性もある。

 できれば他の手段を採りたかった。


(斃すことよりも、逃げる時間を稼ぐ方が良いのではないか? 1頭でも殺してしまえば、その後の弔い合戦は避けられぬ。そうなると、我と竜どもの戦いに巻き込んでしまう……。どちらも逃げてくれればいいが……)


 アドンは、攻撃による危険の排除ではなく、自身の姿を見せることで争いを続けられなくできるのではないかと考えたが、そうならなかった場合は一対三で、適正ゼロの防衛戦になる。



「うおおーっ! 根性! っす!」


「効かねえなあ。ほらほら、もっと頑張って楽しませてくれないと殺しちゃうぜ?」


「ぐっ……! お嬢様、右から来てます!」


「分かってます! ――きゃあっ!?」


「「ウェーイ!」」


 エカテリーナの攻撃が土竜の鱗に弾かれ、鼻で嗤われる。

 それでも、足を止めてしまってはお仕舞いなので、土竜に捕捉されない速度を維持して攪乱を続ける。


 ジュディスは、アイリスを狙った土竜の体当たりを防ぐべく、両者の間に割り込んで、巨大な両手剣を盾代わりにどうにか踏み止まる。


 ルナは土竜の突進や前肢での攻撃を受けるたびに、面白いように弾き飛ばされていた。

 ユノに仕込まれた受け身技術や立ち回りでどうにか即死は免れていたが、ひとつでも間違えば、いつそうなってもおかしくない状況である。


 外傷こそアイリスの魔法ですぐに塞がるものの、受けたダメージの記憶までもが癒されるわけではなく、スタミナも徐々に減少している。



 戦闘というには、あまりに一方的すぎるものが続いていた。


 こんな状況でも彼女たちの心が折れていないのは、ユノの訓練がこれ以上に酷かったからであり、アイリスも、これとは比較にならないものを何度も目にしているからである。

 違うのは殺意の有無だが、殺意が無ければいいのかというと、そうでもない。

 むしろ、殺意や敵意も無く、あれだけのことをやる存在の方が怖い。


 彼女たちは、「訓練」というものに対する認識を改めていた。

 むしろ、彼女たちがそれまで「訓練」だと思っていたものは何だったのか。

 しかも、それがまだ序の口だというのだから、それに比べれば余裕がある。


 とはいえ、それはこの状況を覆す材料にはなり得ないが。


 その材料を持つアイリスは、決断を迫られていた。

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