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30 悪魔が来たりて 1

 それぞれがギリギリのところで戦っていた頃、ユノの周辺でもひとつの変化が起こっていた。


「……どう?」


『だから、どうもこうもないよ。土竜が来て、ワームを食い荒らして――食い散らかしてる。ユノが見たら卒倒するような光景が広がってるよ』


「……」


『言葉を話してるってことは上位竜なのかな。食べ方は下品だけどね』


「……どんな話をしているの?」


『「ワームパーティーだ! ひゃっほう!」って感じで中身が無いの。竜にもパリピっているのかな?』



 彼女たちが話しているとおり、崩落によって露出したワームの群生地――実際には、悪魔によるワーム養殖地のひとつを発見した3頭の土竜が、言葉のとおり飛び込んできて、片っ端から食い散らかし始めていた。


 朔の言葉によると、食い千切られてビチビチと跳ねるワームと、そこから撒き散らされる体液と得もいわれぬ臭い。

 それに反応して狂乱するほかのワーム――と、ユノにとっては死にたくなるような地獄絵図が広がっていた。



『そういえば、日本語だと「土の竜」って書いてモグラっていうんだったかな。確かに、ほかの竜と比べて首は極端に短いし、後肢と比べて前肢がかなり発達してるし、目や翼も退化してるし、ミミズ――っていうかワーム食べてるし。こういうのを収斂(しゅうれん)進化っていうのかな?』


「いや、そんなことはどうでもいいから」


 朔の言うように、土竜とモグラとの間には共通点が多かった。


 しかし、ユノにとって、そんなことは重要ではない。


 竜にとっての唯一の天敵といわれ、つい先日にも、ヤマトの地で竜神すら全く寄せつけずに斃した彼女でも、ワームパーティーを開くような存在とは接点を持ちたくなかった。



『まあ、無限に食べ続けられるわけでもないだろうし、ワームを綺麗に片付けてくれてるとでも思って、我慢するしかないね』


「むう……」


 ユノも、ユノなりに、ギリギリのところで戦っていた。


◇◇◇


「…………どう?」


『お腹はいっぱいになったみたい。食べきれなかったワームを箱詰めにしてるよ』


 狂気のワームパーティーが始まってから五時間ほどが経過して、何度目になるかも分からないユノの問いかけだったが、朔の返事にようやく変化が表れた。


 朔にしてみれば、五時間も箱に閉じこもっていたユノの方が驚きである。

 誰も見ていないのだから、ここの分体を消して、ほかの場所に出現させればよかっただけなのだ。



「お、おお! 偉いぞ土竜!」


『竜なのにモグラなパリピでドギーバッグ持参。随分と独特な生態だね』


「何……それ? まあ、食べ物を粗末に……、食べ……物……? とにかく、綺麗にしてくれるなら何でもいいよ! 頑張れ、土竜!」


 ユノは相変わらず朔以外との繋がりを遮断しているため、外の様子は朔の言葉から想像するしかない。


 しかし、朔が独特と評するようなものを、ユノの想像力では思い浮かべることは難しい。


 彼女に理解できたのは、食べ残したワームを魔法の鞄(ドギーバッグ)に詰めている様子だけだ。



「あっ! 容器が足りなくなって、この箱に目をつけられるってことは……!?」


『それは大丈夫だと思うよ。この箱はワームを詰めるには小さすぎるし、そもそも、瓦礫(がれき)のひとつにしか見えないと思う。あー、でも、ユノが思ってるほどには現場は綺麗にはなってないし、ならないんじゃないかなあ……』


 普段はユノを玩具にすることも多い朔だが、ユノが本気で嫌がることはしないし、ユノもそこは信頼している。


 つまり、こういった場合に朔が話すことは事実であり、ユノを想ってのことである。

 今回の場合においては、ユノをぬか喜びさせないためである。



 土竜が食べきれなかったワームを魔法の鞄に詰めていたのは事実だが、そもそも、竜の主食――本来の食性は魔力や魔素であり、捕食はそれを補うものとか趣味でしかない。


 当然、生命維持に問題がなければ根こそぎ食い尽くすようなことはしないし、小さい個体はリリースする。


 それに、自分の巣でもないのに、飛び散った体液まで綺麗に片付けるような性格の竜はいない。


 つまり、どう足掻いてもユノの望む状態にはならないと判断した朔が、ユノにあらかじめ心の準備をさせてあげようという親切心からの発言である。



「ええ……、それは困る……」


 そんなことを言われても朔も困るのだが、代わりに朔が綺麗にするという手段も「(私と朔は)繋がっているから嫌」と拒否されている。


 無理にやろうとして、「そんなことをするくらいなら」と、最近それなりに形になってきた「肉は焼けないけれど、いろいろとさっぱりとする炎」で全てを焼き払われても、もっと困ってしまう。


 あれは、乱用すると、また主神に怒られる――下手をすると、主神もさっぱり焼き払いかねない代物である。

 当然、そこまでいくと魔界も滅びる。


 この世界で上手くやっていくためには、使わないに越したことはないのだ。



「だったら、水を出して洗い流すとかできない?」


『うーん、何でもかんでも水をかければ綺麗になるわけじゃないし、なったとしても、かなりの量の水が必要になると思うけど……』


 ユノや朔であれば、水くらいならいくらでも用意できるし、環境に対する影響も小さい。

 粉末のマグネシウムでもあれば別だろうが、それでもユノがやらかすよりは被害は小さいだろう。


 ユノにしてはまともなアイデアではあるものの、朔には、「ユノが考えた」という一点だけで、予想外の何かが起きる予感がしてならなかった。

 例えば、崩落を助長して、思いもよらない被害を出すとか、良質な水を求めて別種の虫や魔物が寄ってくるなどだ。

 もっと面白おかしいハプニングなら大歓迎なのだが、こうやって引き籠られても面白くない。



 とはいえ、このまま引き籠っていても、やはりろくなことにならない予感しかない。

 それならさっさと済ませてしまおうと考えるのも、合理的といえるだろう。




 しかし、彼女たちが行動するよりも、状況が動いた方が早かった。


 土竜たちの姿が消えると、すぐに人間大もある巨大なネズミが姿を見せた。

 迷宮内の生態系の最下層に位置する生物の最大の武器が、この迅速さである。


 また、ネズミたちと時を同じくして、いずれも巨大化したゴキブリやナメクジなどがどこからともなく現れる。

 さらに、それらを餌にするスライムや巨大なムカデやゲジゲジにクモなども、続々と集まってきた。



 最早、多少の水でどうこうできる段階ではない。


 彼女たちの行動が遅かったというより、大空洞で生態系の最底辺にいるそれらが、ここで生き抜くために手に入れた武器が勝っていただけである。


 とにかく、ユノたちはこのまま食物連鎖を見守るか、それらを追い払わなければ身動きが取れない状況に陥った。



 一応、高圧の放水で攻撃することも可能である。


 しかし、ネズミはまだいいとして、ムカデの体液に含まれるフェロモンは仲間を呼び寄せる(※根拠無し)とか、ナメクジは水を吸って巨大化するとか、やはりユノにとっては認められない要素が多く含まれている。



 そこで彼女が取った行動は、朔の気配を僅かに解放するというもの。


 これは覿面(てきめん)に効いた。

 むしろ、効きすぎた。


 気の弱いネズミはショック死して、昆虫たちはパニックを起こしたかのように暴れ回り、ナメクジやスライムはなぜか干乾びた。


 朔も気配を隠すのは上手くなっていたが、訓練もしていないのに、微妙な加減をして放出するのは難しい。


 感覚派で天才肌のユノは「大体このくらい」と直感で正解付近を当てるが、理論派の朔は「この辺りから始めて10%ずつ増減させて様子を見よう」と、数値化して合理化を図る傾向にある。


 もっとも、今回の失敗は初期値の設定が高かったことも事実だが、朔に実体がないことや、恐怖というものが理解できていないことに起因している。


 人間などの生物にとっては「痛み」や「死」など、「死」を認識できないスライムのような生物であっても本能的な、ユノですら虫などに――次元の違うものも混じっているが、朔には明確なそれが無いのだ。


 人間が考える「死」という概念が通用しないところは確かにあったが、ユノのような上位存在を相手にすれば、消滅させられたり、崩壊させられたりもするにもかかわらずだ。


 現在の力関係を考えれば、朔がユノに抗うことなど無意味なレベルであり、朔がユノに干渉できているのは、ユノに許可されているからにすぎない。


 しかし、朔はそんなことは充分認識している上で、そういった危険のあるユノの精神世界の深層へのチャレンジをいまだに楽しんでいる。

 朔にとって重要なのは、好奇心を満たすこととユノで遊ぶことであり、それ以外のことには、自身の存在も含めて執着が無かった。



「どう? 上手くいった?」


『どうもこうも、最悪に近いかも。ネズミとスライムとナメクジは排除できたけど、ほかは前より荒ぶってる』


「…………」


 ユノは、朔の報告に落胆はしたものの、これを朔の失敗だとは考えない。

 ユノが、自身にできないことを朔に頼んだだけで、朔も、朔のできる範囲のことをしただけである。


 結果として深刻な事態を招いたが、それはさほど重要ではない。



『あー、何だか悪魔にも気づかれたみたい。「岩のような質感の青黒い肌に、竜のような角や翼と尻尾」――セーレが言ってた悪魔の特徴にピッタリなのが、こっちに向かってる。やっぱり気配を察知されたのかな』


「それはどうでもいいかな。むしろ、ビジネスマン風の悪魔よりは分かりやすくていい」


 普通の人にとっては恐怖の対象である悪魔は、ユノにとっては対話ができる知性があるというだけで、人と変わらない。



 また、特殊な人脈のある彼女は、上位の悪魔は、神や天使とアプローチが違うだけで、同じく世界を護っている存在であることを知っている。


 悪魔は、表向きは世界の敵として振舞っている。


 特に、下級の悪魔は、神族の使役する天使に該当している。

 それらは人類の団結や進化を目的として、積極的に人類を襲う、少し特殊な魔物でしかない。


 そのため、ユノが排除したとしても、さほど問題にはならない。

 もっとも、何百万と殺戮されると困るのだが。



 それをユノに教えた大悪魔は、「上位の悪魔は違うのデース!」とも言っていた。

 無論、自身の強さや有能さをアピールするつもりでの発言だったが、ユノにはあまり伝わっていない。




 なお、神族や悪魔には、一部その設定から外れて、割と好き勝手に生きている「野良」とでもいうような者もいる。


 堕天使の大魔王アルマロスもそのひとりである。


 先史文明末期の大戦で、堕天して天界に戻れなくなった神族たちは、人間界に隠れ住んだ。

 彼はその末裔で、いつまで経っても彼らを救済しない主神を恨んで魔王に堕ちたが、ここでは関係の無い話である。



 大空洞にいる悪魔たちは、最奥に眠る「神の欠片」を護るために存在している。

 物が物だけに、悪魔的にも公務のような扱いで、配置されているのは明確な意思を持った悪魔と、それを管理する上位の悪魔である。


 もっとも、「悪魔がこの世界に干渉するためには、契約などが必要」という原則を破ることはできなかったため、その原則を最大限曲解して、更に様々な制限を設けた上で、労働契約として解決している。


 余談だが、セーレもアクマゾンという私企業との契約で、その業務に必要な範囲で世界に干渉している。

 ただし、アクマゾンは悪魔の企業であり(※言い方)、その原則がいかに緩いものかを証明している。




 朔の気配に惹かれて続々と集まってきた悪魔たちは、Gが飛び交いムカデがのたうち回る広間に足を踏み入れ、墓標にも見える棺を一瞥(いちべつ)する。

 そして、誰に何を命じられたわけでもなく、自発的に暴れ回る虫たちを排除し始め、ヌルヌルベタベタになった地面や壁を綺麗に掃除をしていく。



 悪魔的お片付け術の効果はすさまじかった。

 (むし)れるものならケツの毛でも毟る執拗さで、僅かな汚れも見逃さない。


 あっという間に害虫類は駆逐され、地面や壁は綺麗に均された上で磨き上げられて、ユノが納棺されている棺はそれ以上にピカピカに磨き上げられた。



 それだけならよかったのだが、手の空いた悪魔から、棺の前に並んでは、恭しく跪いていく。


 そして、いつの間にか棺の周りを6体の悪魔に取り囲まれて、低い声で唸るような祈りを捧げられている異様な状況が完成していた。



 あれやこれやを排除して、窮地を救ってくれた悪魔たちにお礼でもしようかと思っていたユノだったが、さすがにこの状況で棺から出るのは躊躇(ためら)われる。



 悪魔の目的は分からないが、明確な意思があることは、ユノでなくても見れば分かる。

 棺の中に人がいるのがバレていてこうなっているのか、他の要因でこうなっているのかは分からなかったが、どちらにしても、中にいることがバレると気まずい。


 とはいえ、お礼も言わずに消えることは、「挨拶は大事」だと常日頃から言っている彼女自身を裏切ることになる。


 これも彼女の両親の教えによるものだ。

 彼女の人間性の大半は、両親の教育の賜物であり、愛情の勝利である。




 そんな状況を更にややこしくするのが、広間に通じる通路から姿を現したリディア一行である。


 リディアたちが辿り着いたのは、崩落によってできた大穴に接続している大きな広間だった。

 行き止まりではなかったのは幸運だが、6体もの悪魔がいるのは確実に不運である。


 一方、広間に繋がる別の通路には、崩落によって(はぐ)れていた黄金の御座の4人の姿があった。

 これにはリディアたちの表情も安堵で緩んだが、パーティーが悪魔によって分断されている状況は笑っていられない。


 そして、広場の中央付近には、モノリスのようなひときわ異彩を放つ物が存在していて、複数の悪魔がそれ等間隔で取り囲んで、怪しげな儀式を行っている。

 これにはリディアたちも真顔になる。


 

 そして、ユノはますます棺から出られる状況ではなくなっていた。

 こんな状況で棺から出ていけば、どんな誤解を受けるか分かったものではない。


 それでも、先ほどまでとは違って、外部に干渉できる状況である。

 彼女にとっては状況が好転したといえるが、彼女以外にとってもそうであるとは限らない。


◇◇◇


 しばらくは順調に下層へ――頂上から下方へ一千二百メートル付近まで下りていたリディア一行だったが、そんな彼女たちを嘲笑うかのように、ある地点から上層へと向かい続け、一千メートル付近まで戻ってきていた。

 大空洞において、この短時間で、これだけの高度を移動するなど、奇跡にも等しい。



 それもそのはずで、最奥に神の欠片が存在するこの大空洞では、普通に通路を歩いていただけでは最深部には到達できない造りになっている。


 最下層に行くためには、《転移》魔法を暴走させてのランダム転移か、竜に襲われる可能性のある《飛行》魔法か、運を天に任せて数百メートルを飛び降りるかでしか辿り着けない。



 もっとも、それで辿り着けるのは神の欠片がある場所ではなく、悪魔の待ち受ける試練の場でしかない。


 そして、神の欠片に辿り着くためには、そこにいる番人たちを斃すしかない。


 なお、斃したからといって、欠片のある異界への道が開かれるわけでもなく、自力で移動しなければならない。

 事実上不可能な悪魔的試練である。




 しかし、この構造のおかげで、崩落に巻き込まれて地下深くまで落ちていた黄金の御座の四人も、それ以上危険な地下へ向かわずに済んでいた。



 そうして、四人の進んできた通路が、崩落でできた大穴に突き当たり、途切れてしまった。


 とはいえ、穴の下方二十数メートル先には、いくつかの横穴と接続している踊り場のような広場――神殿のような場所がある。

 そして、その横穴のひとつに、リディアや黄金の御座のメンバーの姿が見えている。



 もう少し近づくことができれば、ゴーレムの《帰還》魔法の対象として指定できるようになる距離。


 彼らにとって、二十数メートル程度の距離を飛び越えるくらいは、レベル相応の身体能力だけで充分であり、逆に、リディアたちの方からもできるだろう。


 ただし、その広場の中央には、6体もの悪魔が、妙に光沢感のある墓標のようなものを取り囲んで、怪しげな儀式を行っている。

 それに気づかれずにというのは、どんな魔法やスキルを使っても不可能である。




 本来であれば戦うべきではないが、今回は事情が事情である。


 リディアひとりでも、1体――上手く不意を突ければ、2、3体は斃せるかもしれない。


 しかし、それは大空洞という攻撃手段が制限される場所ではなく、仲間を呼ばれないことを前提とした場合の評価である。

 仲間を呼ばれる前に斃しきれなければ、乱戦になるのは必至。

 乱戦で有利になるのは、無制限に増援を呼べて、同士討ちを気にしない悪魔の方だ。



 リディアにも黄金の御座のメンバーという味方がいるが、ここで必要なのは数の力ではない。


 悪魔に気づかれる前に、若しくは猛攻を掻い潜って間合いを詰め、威力を一点に収束させて悪魔の防御を貫通するだけの一撃を叩き込む技術である。

 あるいは不意打ちできる状況を利用しての、悪魔族のレジスト能力を貫通して無力化できる魔法か。



 前者は、そういったスキルは数多く存在し、使える者もそれなりにいる。

 リディアにも、威力だけを考慮すれば条件を満たすスキルを所持している。

 残念ながら、傭兵たちでは、一撃、若しくは短時間で悪魔を無力化するのは難しいだろう。


 もっとも、リディアでも、その前提条件となる「間合いを詰める」ことに関しては、確実性は無い。

 それは、駆け引きも含めて、結局は場数がものをいうのだ。

 一応、身体能力強化や未来予測などのスキルが存在するが、それは相手も同様である。


 そして、どうにか間合いを詰めて、何体かを斃したとしても、その後が続かないようでは、ここでは有効的とはいい難い。


 リディアの強さは、規格外の魔力と基礎能力によるところが大きい。

 能力の高さに任せた高威力の攻撃も可能だが、本領はバランスのいい能力を活かした持久戦である。

 悪魔のような敵との相性は、「悪い」といわざるを得ない。



 一方で、魔法等の遠距離攻撃を使う場合は、「間合いを詰める」という不確定要素は無くなる。

 しかし、近接攻撃に比べて威力が落ちるのは避けられない。

 さらに、詠唱や溜めが必要になる高威力な魔法は、準備段階で魔力を察知されて対応されてしまうおそれもある。


 どちらにしても一長一短で、確たる正解は無い。



 しかし、リスクがあるからといって、戦いを避けることもできない。


 《念話》等の魔力を用いた通信は、念話自体は秘匿できても、使用時の術者の魔力で気づかれる可能性があるため使用できない。


 気づかれない程度の控え目なハンドサインでは、お互いの人数とゴーレムの数くらいしか分からない。



 この場にコレットがいるか、コレットが既に脱出済みであれば、全員生還の目が出てくる。


 リディアたちの所持しているゴーレムを四天王に回して、対岸のメンバーと合流。

 それから、どうにかして悪魔を退けるか、若しくは合流してから《帰還》魔法を起動して、発動までの時間を凌ぎきるだけだ。

 当然、そんなに簡単なことではないが、成功する可能性は低くはない。


 しかし、コレットや四天王の状況は、どう頑張ってもハンドサインでは伝えきれない。

 一応、生きてはいるが、状況は厳しい――というようなことは伝わるが、正確なところは合流して情報を交換するほかない。



 それに、あれほど不気味な儀式をしている悪魔たちを、放置していいのかという問題もある。


 あの悪魔たちが何をやっているか、リディアたちにはまるで見当がつかない。


 悪魔が護っているという噂の秘宝なのかとも考えたが、それにしては質素というか、無防備にすぎる。


 何かを崇めているような感じにも見えるが、悪魔が崇めるようなものなどろくなものであるはずがない。

 その線で考えると、少し前に感じたこの世のものとは思えない(おぞ)ましい気配と、その関連も気になるところ。


 万一、悪魔たちが邪神復活の儀式か何かを行っていて、先ほどの気配が復活の予兆であるとすれば大問題である。

 あの気配の主は間違いなく世界の敵であり、絶対に復活させるわけにはいかないものだ。



 そう考えたリディアは奇襲を決意した。



 悪魔の位置関係からすると、完全な奇襲にはならないだろう。


 それでも、最初の攻防で、上手く2体――できれば3体減らせれば、残りは黄金の御座のメンバーの手も借りて、仲間を呼ばれる前に対処することも可能かもしれない。



 リディアは穴の向こう側にいる黄金の御座のメンバーにも、奇襲をかけることや、簡単な段取りをハンドサインで伝える。


 どこまで伝わったかは確認のしようがないが、伝わったものと仮定して、全員の準備と覚悟ができるまでしばらく待った。



 そして、全員の準備ができたことを確認すると、今度は突入のタイミングを合わせるためのカウントダウンを始め、突入のタイミングに合わせてフラッシュバンを投げ込んだ。



 フラッシュバンとは、別名をスタングレネードともいう、強力な閃光と爆発音で敵を行動不能にする道具である。


 当然、物理的な兵器なので、その閃光と爆発音には魔法ほどの効果は望めない。


 もっとも、魔法抵抗力や状態異常耐性の高い悪魔には、魔法での状態異常は期待できない。

 そして、一瞬気を逸らせればいいだけであれば、感知されにくい機械式のもので充分である。



 フラッシュバンが緩やかな放物線を描き、悪魔たちの中央――悪魔たちが崇めている何かの直上に、ピンポイントに投げ入れられた。

 悪魔たちがそれに気づき、視線を上げた直後にそれが炸裂し、彼女たちの突入の合図となった。




 フラッシュバンは、リディアたちが想像していた以上の、激しい閃光と轟音を発した。


 それは、充分に備えていたはずの彼女たちの防御をも突破して、視界と聴覚に大ダメージを与えた。



 閃光に目が眩み、聴覚どころか平衡感覚も失った黄金の御座のメンバーは、奇襲が失敗だと判断して、足を止めて、反撃に備えて結界を張った。


 もっとも、目も耳も利かない状態で悪魔からの反撃を受ければ、そんなものは時間稼ぎにもならないだろう。


 それは彼らも承知の上だが、それでも、それが生き残る確率が最も高い行動だと信じて、今できることに全力を注いでいた。



 リディアの受けたダメージは、黄金の御座のメンバーほどではなかった。

 それでも、聴覚は役に立たず、視界はぼやけて、悪魔の姿はおろか、自身の手さえはっきり見えない状態である。


 しかし、この機を逃せば手痛い反撃を受けるのは間違いない。

 これだけの閃光と爆音であれば、悪魔も被害を受けているとは思うが、耐性と回復力の差を考えると、回復を待つのは悪手である。

 最悪の場合は、何もできずに全滅もあり得る。



 リディアは、少しでも被害を減らせるよう、単体特大威力のスキルを、広範囲の拘束系魔法に切り替える。

 悪魔たちを討伐することや、その目的の調査はひとまず諦め、この場からの全員での離脱を最優先に設定したのだ。



 リディアが選択した魔法は、時空魔法の応用で、亜空間を生成して対象を拘束するもの。

 魔王城に保管されている神器「山河社稷図(さんがしゃしょくず)」の能力を、彼女なりに再現した、禁呪に匹敵するものだ。


 まだ完成には程遠く、攻撃力は皆無だが、知ってか知らずか領域系の能力であり、神器というひとつ上の階梯にあるものを参考にしているため、レジスト能力の貫通力が非常に高く、悪魔であっても有効である。



 とはいえ、「神」を冠する武具や術技は、本来は神族や悪魔が使用する前提の物である。

 山河社稷図も、使い手がいないままに魔王城に保管されていて、最も所有者に相応しい能力を持っているリディアでも、神器に拒否されていない程度でしかない。

 彼女がそれを使いこなせるだけの実力を身につければ、間違いなく次代の、歴代最強の大魔王となる。


 もっとも、現状では神器の使用だけでなく、領域展開ですら能力不足であり、何かしらの大きな代償を支払うことにはなるだろう。

 それでも、命に代えられるものではないので、使うしかない。




 魔法の発動の瞬間、リディアのぼやけた視界に映ったのは、悪魔たちの中央に忽然(こつぜん)と出現した巨大な翼を持った何かの姿。

 そして、距離感すら狂わせるような、リディアでさえ戦慄を覚える強大な魔力の流れだった。


 直後、頭の中に流れる意味不明なシステムメッセージ。

 魔法がファンブルしたことは直感的に理解できたが、管理者がどうとかは理解できない。


 しかし、それらについて考えるより先に、ファンブルによる反動か、リディアの意識は電池が切れたかのように闇に落ちた。

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