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29 ギリギリの攻防

 ユノが納められている棺が落下したのは、頂上から下方へ一千メートル地点。


 崩落でできた穴自体はもっと深くまで空いている。

 その元凶であるユノは、最深部に落ちていても不思議ではなかった。


 しかし、レッカーくんが最後の最後まで砲煙弾雨を撒き散らしていた反動で、棺が切り離された。

 そして、砲撃の衝撃波に後押しされた形で、運よく中心部から逃れていた。


 その後、46センチメートル3連装砲群は地下深くで大爆発して、砲塔と大空洞は原形を留めないレベルで大破した。



 さらに、レッカーくんもスクラップと化していた。

 落下の衝撃でというより、ほぼほぼ砲撃の衝撃波で。

 自己保存より、ワーム破壊命令を優先した結果である。



 当然、朔の能力があれば、形だけは再現できる。

 しかし、システム依存の魔法回路については、再現してもシステムに接続できなければ役に立たない。


 朔にも不可能なことがいろいろと存在するが、そのひとつがシステムの利用である。


 一応、潜在能力だけはシステムを遥かに超えるユノと接続してしまえば、動きはするかもしれない。

 ただし、レッカーくんの邪神くん化は待ったなしである。



『だからスペアを買っておいた方がいいって言ったのに。今からでも買いに行く?』


「無駄遣いは駄目でしょ。辺境調査も大所帯になってきたし、獲物が獲れなかったり、足りなかったりしたら、その補填に使わないといけないし。それと、レッカーくんに代わりはいない。彼は、世界にひとつだけのレッカーくんなんだよ」


『レッカーくん2号とかでも何でもいいけど、金貨なんていくらでも増やせるじゃない。銃弾とか消耗品は複製してるんだし、お金も複製しちゃえばいいじゃないか』


「さすがにそれは越えちゃ駄目なラインじゃないかな? アナスタシアさんが壊していいって言ったのは、魔界そのものであって、魔界の経済じゃないと思うよ?」


『うーん、経済は世界に内包されてると思うけど……。ユノは変なところで真面目だなあ。まあ、ユノがいいなら別にいいんだけど』


 大空洞において、ゴーレムの故障はパーティーにとって致命的な問題となるのだが、彼女たちには普通に会話を交わすくらいには余裕があった。



「それより、どう?」


『どうもこうも。さっきと大して変わってないよ』


「むう……」


 ただ、ユノの棺の落ちた場所は、彼女にとって最悪の場所だった。



 そこはワームの繁殖場とでもいうべき群棲地の真っ只中であり、そういったものが苦手なユノには、朔との世間話以外にできることがなかった。



 人間とは異なる認識能力を持つ彼女は、密閉された鋼鉄の棺の中にいても、外の様子を知ることくらいは造作もない。

 それがいかに堅牢堅固な物であろうと、システムによる妨害があろうと、あらゆるものを侵食する彼女の前では障害になり得ないのだ。



 しかし、ユノの認識能力の優秀さは、時に彼女自身を傷付けることもある。


 五感を用いた認識でも人間より遥かに優秀なため、悪臭や騒音などで人一倍ダメージを受ける。

 もっとも、ダメージを受けるといっても、彼女の感情的なもの以外に影響は無い。


 そして、彼女の本質ともいえる、領域での認識となると、視覚や聴覚、嗅覚的なものだけではなく、触覚や味覚、魂や精神の状態など、余計なものまで認識してしまう。



 そのため、目を瞑り、耳を塞いで、息を止め――その行為自体には特に意味は無いが、棺の外の情報を完全に遮断して、どうにか心の平穏を保っていた。


 耳を塞ぎ、息を止めているのに、朔と会話ができているのは矛盾のようにも思えるが、因果律すら無視する彼女にとって、この程度は矛盾でも何でもない。



 本来の彼女の能力であれば、大空洞からの脱出も、アイリスたちとの合流も難しいことではない。

 しかし、外が彼女にとっての地獄という事実は、彼女の偏在性は当然として、遍在性にも大きな影響を与えている。

 そのため、アイリスたちの所に分体を出すこともできないでいる。



 さらに、ユノを悩ませている問題が、「来たときよりも美しく」の精神である。

 特に環境保護に興味があるわけではなく、両親の教えだから守っているだけだが、彼女にとっては大事なことである。

 可能な限り、持って帰れる物は持って帰りたい。


 危機感を覚えるポイントが他人とは違う彼女は、どこかズレていた。



 現状、レッカーくんと兵器の一部はどうにか回収済みだが、棺を回収しようとすると、一瞬とはいえワームに接触してしまうかもしれない。

 今は密閉された棺の中に籠っているので平気だが、そこから出れば何の保証もない。


 不可視の状態でも、勘の良い人間には気づかれることもあるのだ。

 追い詰められてもいないのに、危険な賭けに出る必要は無い。



『だったらアドンを呼び戻せば?』


「さすがにアイリスやルナさんの身の安全とは替えられないでしょう」


 彼女がこういうときに頼りにする使い魔は、崩落が始まった瞬間に、アイリスたちのサポートに回している。


 これは最初から考えていたことで、何らかの理由でユノが役に立たない状況になったときは、彼女たちの保護を使い魔に肩代わりさせるつもりだったのだ。



 しかし、使い魔といっても、ユノのそれはデス――生者の魂を刈り取る亜神である。

 能力的には非常に高いが、生命あるものにとっては恐怖の象徴で、「助けに来た」より、「お迎えが来た」と感じる者の方が多いだろう。


 そもそも、そんな存在が突然目の前に出現すれば、大パニック間違いなしである。


 しかし、それも他人とは死生観が違う彼女には共感しづらいところである。


 それでも、一応は配慮して、アイリスたちには気づかれないようにこっそりと、万一のときには他人の振りをして、偶然を装って障害を排除しろと命じていている。



 本来であれば、子守りにせよ、ワーム退治にせよ、デスに任せるような仕事ではない。


 しかし、当のアドンが、ユノから仕事を命じられたことに、この上ない喜びを感じて、やる気に溢れていた。



 つい先日まで就いていた、不死の大魔王ヴィクターの陣営への潜入任務は、これ以上ないくらいに適材適所だった。


 しかし、任務内容は面白くもなんともないというか、スケルトンに擬態しての情報収集である。

 死を体現する亜神が、まさかの死にぞこないのものまねをさせられる。

 命じたのがユノでなければ、あまりの屈辱で憤死していたレベルである。


 さらに、その任務のせいで、敬愛する主人の初ライブを見逃したことも痛恨の極みだった。


 それに比べれば、敵対者が現れれば魂を刈り取ることもできる、遥かに上等な任務である。

 何より、ユノから命令されることこそが、今の彼の生き甲斐である。

 喜び勇んで任務に就いている。



「みんなは私を助けに来るつもりみたいだし、こんな時に不謹慎かもしれないけれど、みんなの成長を願うなら、たまにはこういうのもいいんじゃないかな?」


『アドンからの報告だと、ここには悪魔とか地竜や亜竜種もいるらしいけど、ちょっと荷が重いんじゃない?』


「勝てない敵を往なしたり逃げたりするのも、良い経験になるでしょ」


『まあ、確かに過保護なだけだと成長は望めないけど――いや、リリーとか滅茶苦茶過保護なのに強くなりすぎてない?』


「リリーはきっと百年にひとりの天賦の才とか、そういうのがあったんだよ。それに、リリーの生い立ちを考えたり、屈託のない笑顔とか、モフモフな尻尾とか見ちゃうと、ついつい甘やかしちゃうんだよね……」


『ちょっと依存気味だと思うけどね』


「……アイリスは依存していないから大丈夫。いや、執着……執念? を感じるけれど、とにかく、ここまで来れるかは分からないけれど、期待して待っていよう」


 ユノの最大の趣味は、頑張っている人を見守ったり、時には応援したりすることだ。

 そのためなら多少の問題は呑み込む。

 本来なら来たくもなかった大空洞に来たのも、それがあるからだ。

 神の欠片の確認は、期限が定められていなかったこともあって、理由にはなっていない。


 もっとも、今回期待しているアイリスたちの健闘は、自身の目で確認することはできないのだが。


◇◇◇


 遭難から24時間が経過した。


 ルナ隊は、これまでに2度下位の地竜と遭遇したものの、そのどちらも撃退に成功していた。

 ルナやエカテリーナは撃破には至らなかったことを悔やんでいたが、地の利が敵にあったことを考えれば、充分な結果である。


 当然、それらは決して楽な戦闘だったわけではない。

 しかし、ここでもアイリスの回復魔法のおかげで、ポーションや食料の消費も抑えられていた。


 持ち前の運動神経の悪さで、探索では足を引っ張り気味な彼女だが、それを差し引いてもMVPといってもいい活躍である。


 ただ、そのせいで、彼女にとってはあまりよくない状況に陥りかけていた。



 想定以上に物資が節約できている状況から、「探索期限を延長できるのでは」という意見が出てきていた。


 もっとも、食料に関しては、節約できているのはルナとジュディスの分だけである。

 エカテリーナには、節約という概念は存在しない。

 そして、アイリスの物は想定以上に消費されている。

 ある意味、アイリスの魔力で彼女たちの体力を肩代わりしているのだから、当然の結果である。



 しかし、それだけでは済まないのが、悪魔族と人族の価値観の差である。


 ユノのお手製のバランス栄養食でもギリギリの状況なのに、期限を延長すれば、アイリスは間違いなく、ルナたちと同じ食事を口にしなければいけなくなる。



「少し上手くいっているからといって、欲を出すのは死亡フラグです!」


 そうして、アイリスがひとり反対している状況である。



 アイリス以外のメンバーも、彼女がなぜこれほどまでに頑ななのかは薄々気づいている。


 しかし、追い込まれれば食べるしかなく、食べてみれば、それなりにイケる。

 当然、時折ユノが作る物とは比べ物にはならないが、味も匂いもしない土くれよりはマシだと考えての善意だった。


 むしろ、一度食べさせてしまえば価値観の共有もできるし、面倒な配慮も必要無くなる――絶好のチャンスだと捉えていた。



 当然、そんな理屈は、真の湯の川ご飯――そして、ユノの手料理を知っているアイリスに認められるはずもないが、それを明かすわけにはいかない。


 結局、アイリスは、「食わず嫌い」というレッテルを背負って、ギリギリの攻防を続けなくてはならなかった。


◇◇◇


 リディア隊は、幸運にも悪魔などの強敵と遭遇することもなく、順調に下へ下へと降りていた。


 ただし、ここに来るまでに分岐のひとつすらなく、身を隠すような場所も満足にない行程では、かえって慎重にならざるを得ず、彼女たちの精神力を消耗させていた。


 また、このまま分岐のないまま行き止まりだったりすると、それ以上の捜索は不可能となる。


 その場合は万策尽きたということで、帰還するしかない。


 とはいえ、それにもいくつかの選択肢がある。



 まず、黄金の御座のメンバーが考えているように、リディアだけを帰還させる方法。


 優れた《転移》魔法の使い手である彼女が戻れば、彼女自身が救助隊を率いて再び現場に戻ってこられる可能性が高い。

 ただし、それで救助されるのは、今現在彼女と行動を共にしている者たちと、おまけで四天王くらい。

 コレットやほかの傭兵たちについては何も解決していない。


 それに、《帰還》魔法の魔力の波動を悪魔に感知されればどうなるかは、言葉にするまでもないことである。

 そして、逃げ場が無く、最大戦力である彼女が離脱した状況で、傭兵たちが生き残れる保証はどこにもない。



 ゴーレムの《帰還》と、リディアの《転移》で、彼女たちだけ帰還する方法も、やはりコレットたちの問題は解決しない。

 さらに、リディアが《転移》で魔力を消費するため、帰還した彼女がすぐに救助隊に加わることもできない。



 そもそも、現実的な判断をするなら、リディアたちの考えがどうあれ、学園としては、「リディアの生還をもって救助活動を終了する」という判断になるだろう。


 したがって、コレットたちの生還を望むなら、彼女たちの状況を確認してから方策を立てるのが、ひとまずの最善となる。



 しかし、敵がいないという事実が、この先が行き止まりなのではないかという予感を後押しする。


 リディアたちは、その予感を払拭するために、「悪魔と遭遇してもいい」などと、冗談交じりに話すようになっていたが、それが最悪の形で現実になるとは、この時は考えてもいなかった。


◇◇◇


 リディアたちと分断されてしまった四天王たちは、どうするのが最善なのかの判断がつかず、また、意見もまとまらないまま24時間――彼らの体感では、その何倍もの時間、その場に留まり続けていた。



 当初は、「リディアについていって、楽々実績ゲット」くらいの感覚でいた。


 事実、2年前の前回も、5年前の前々回もそうして実績を稼いでいた。


 そんな彼らに、大空洞を4人だけで、しかも深層を探索できる実力も度胸も無い。


 序列上位といっても、しょせんは学生レベル。

 単独でも大空洞に挑めるような規格外とは、まるで格が違うのだ。



 方策の決まらない彼らは、リディアたちが戻ってきてくれることを期待して、ひとまず見張りを立て、食事や睡眠は交代で摂るようにした。



 しかし、ストレスで食事は喉を通らず、睡眠も思うように摂れずにいた。


 元より、日の光などほとんど届かず、明かりは岩肌の所々に露出している、魔力を帯びた鉱石が淡く光っている程度の暗闇の中。

 すぐ傍にいるはずの仲間の姿もぼんやりとしか見えない環境では、眠るために目を閉じても、見える景色はさほど変わらない。


 半面、視覚以外の感覚は非常に鋭敏になっていて、大空洞内を風が吹き抜ける音が魔物の咆哮に聞こえたり、実際に竜らしき生物の咆哮が聞こえたり、何かが歩いているか這いずっている振動を感じたりと、刺激は意外なほど多い。

 そんな環境で眠れるほど、彼らの精神力は強くはなかった。


 そして、永遠にも感じられる暗闇が恐怖を増幅する。

 だからといって灯りをともせば、魔物の標的になるだけ。


 このような状況下で人間の精神がどれくらい保つのかには諸説あるが、崩落発生から丸一日ほど経った頃、ひとりの精神が限界を迎えてしまった。




 ちょうど見張りという名目で、見通せない闇を見続けていた彼は、恐怖から逃れようと、役割を放棄して眠る努力をしていた。

 もう善悪や後のことなど気にする余裕は無い。

 いっそ、暗闇の中に身を投じてしまえば楽になれるかもと何度も考えたが、実行する勇気は無い。

 そうして、どう頑張っても眠れずに、積もり積もった恐怖が正気度を削っていく。



 やがて、ふとした弾みで何かが振り切れた彼は、彼以上の恐怖に苛まれていた四天王の紅一点に襲いかかった。

 ただ、恐怖から逃れるために、欲望のままに。


 当然、彼女も抵抗しようとするが、初動が遅れたことと、そもそもの実力差で劣勢に立たされる。



 そこに、その喧噪が魔物を呼ぶのでは――と、パニックに陥った残りのふたりが止めに入る。

 ただし、悪魔族の習性に従って、襲いかかったのは弱っている方にである。


 そうして、正気を失った者たちによる、狂気の宴が幕を開けた。



 その後、一時的な充足感と疲労から、糸が切れるように次々と眠りに落ちた彼らだが、目を覚ますと、若干落ち着きを取り戻した頭で、現実に向き合うことになる。


 もっとも、落ち着いたのは頭だけ。

 壊れてしまった心では、自分たちの罪の跡を見ても、現実味に乏しいものにしか感じられない。

 当然、この後に何をすればいいのかも分からなかった。



 ハンター協会では、人間界の冒険者組合のように、殺人などの罪がギルドカードに自動的に記録されるような仕組みは無い。


 当然、魔界でも殺人や強姦は犯罪だが、罪を問われるのは、現行犯か充分な証拠が揃っている場合に限られる。


 したがって、今回の場合も、証拠を隠滅して口裏を合わせれば逃げ切れていただろう。

 しかし、論理的な思考能力を喪失していた彼らには、そんな判断もできない。



 それでも、それを隠蔽しなければならないものだと感じたのだろうか。

 ひとりが、暴力と欲望で汚れきった彼女の(むくろ)を持ち上げると、そのまま崖下へと投げ捨てた。

 残るふたりもそれを止めず、落ちていく彼女を見送った。



 ただ運が悪かったのか、それとも彼女の呪いが災いを呼んだのか。


 投げ捨てられた彼女の躯は、崩落で脆くなっていた斜面の上に落ちて、小さな崩落を起こした。

 そして、想像以上に大きな音を立てた。



 それに、近くにいた悪魔が反応した。


 その悪魔が何気なく大穴を覗き込むと、崖下を落ちていく何かと、それを覗き込む三人の姿を見つけた。



 彼らがその視線に気づいたのはただの偶然だった。


 その後は、理性も論理的思考も必要無い。


 逃げなければ死ぬ。

 死にたくない――本能の命じるままに彼らは大穴へと身を躍らせ、崖といった方が近いであろう斜面を、転がるように駆け下りていく。


 レベルによる補正があっても対応できない悪路を、足元さえ覚束(おぼつか)ない視界の中で、スキルや魔法も無しに駆け下りるなど、自殺行為でしかない。

 それでも、躊躇(ちゅうちょ)すれば待っているのは確実な死である。



 理性が少しでも残っていれば、こんな危険なことはできなかったかもしれない。



 現に、ピーターが足を踏み外して滑落を始めた。


 一度転がり始めると、システムのサポートがあっても、体勢を立て直すのは難しい。

 そして、その途中にあった岩で頭を強く打って、一瞬意識が飛ぶ。

 その瞬間、システムのサポートは弱くなり、後はただただ転がっていくだけ。

 それも五百メートルほど落ちたところで止まったが、息の根も止まっていた。

 ある程度の原形を留めているだけでも元の能力の高さが窺えるが、それは何の慰めにもならない。



 それでも、残るふたりが、四百メートルもの距離を、無傷でとまではいかないものの駆け抜けた。

 さらに、その先にあった、悪魔が通れないサイズの縦穴に飛び込めたのは奇跡としかいいようがない。


 もっとも、当の悪魔はその様子を眺めていただけで、一歩たりとも動いていなかったが。



 悪魔にとって、魔法やスキルを使わず走っていただけの彼らは、大きいだけのネズミのようなものだった。


◇◇◇


 ゴーレムに抱えられたまま縦穴を転がり落ちていたコレットは、その落下の恐怖と衝撃で、またも意識を失っていた。



 落下距離自体は、最初の落下に比べれば遥かに短かった。

 それでも、落下前の彼女の体力で耐えられるものでもなかったはずだった。



 つい先ほどまで彼女を護ろうとしていたゴーレムは、悪魔にコアを破壊されていて、もう動くことはない。


 それでも、彼女を抱えたまま機能停止していたため、ゴーレムの身体が上手い具合にクッションの役目を果たしていた。

 そうして、彼女は落下の衝撃から護られ、その命を繋ぎ止めることができていた。


 その結果、コレットのダメージは嵩んだものの、最初の崩落の時のような、生命を脅かすレベルの外傷はない。

 この濃い魔素の中であれば、時間をかければ回復する程度で済んでいた。




 しばらくして、意識を取り戻したコレットが状況を認識して、まだ生きていることに喜びを覚えた。


 しかし、それも束の間のこと。

 すぐに動かなくなったゴーレムに気づいて絶望に襲われた。



 彼女にとって、このゴーレムは命の恩人だった。


 当然、それが人の命令を聞くように造られていることは理解している。

 魂や心など無いはずのゴーレムが、コアを破壊されて機能を停止した後に、彼女を守ることはできないとも理解している。


 それを理解した上で――限界に達していた精神状態もあいまって、理屈を超えた奇跡のように感じていた。



 身を挺して彼女を護ったゴーレムが動かなくなり、彼女の知識やスキルでも直せない状態になっていることに、彼女は酷くショックを受けた。



 ただでさえ、大の大人が複数人でいても耐えられない環境の中、傷付き弱った少女がひとりきりである。


 少女に耐えられるようなものではないが、頼れる、若しくは八つ当たりできるような相手もいないため、壊れたゴーレムに縋るようにしがみつくことしかできない。


 しかし、熱を失って冷たくなったゴーレムでは気休めにもならない。

 コレットは、過度のストレスで、嘔吐したり、過呼吸に陥ったりと、理性的な思考や行動ができる状態ではなくなっていた。



 しかし、さきに壊れてしまった彼らと違い、コレットには、自棄になるだけの力もなく、その状態を維持し続ける体力もなかった。


 しばらくすると、彼女の意識はブレーカーが落ちるかのように途切れ、結果として、ギリギリのところで精神は守られることになった。

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