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28 遭難です

 大空洞は、非常に巨大な天然の迷宮である。


 攻略難度が高いことと、内部構造が頻繁に変化することもあって、別のパーティーがニアミスすることは滅多にない。



 今回の闘大行事で、攻略に参加したパーティーはふたつだけ。


 その十倍近い数のパーティーが予定だけは立てていたが、様々な理由で攻略開始直前や直後にリタイアしている。



 当然、平時であれば、一般のハンターパーティーが探索していたりもする。


 しかし、大空洞に挑める実力があって、この時期に限っては、学園に雇われて学生の護衛やキャンプの保守管理をしている方が実入りが良い。

 報酬に興味が無くても、学生の遊びに巻き込まれるのは御免だと引き上げる。


 そのため、特段の理由がなければ、攻略しているパーティーは少ない。




 そんな理由から、現在大空洞内にいるのは、リディアとルナのパーティーのみである。


 崩落に巻き込まれた被害者が少ないという点では幸運だったが、地上のキャンプからではリディアやルナへの《念話》も通じず、帰還者からの被害状況の確認もできない。

 そういった事情が、救助活動の初動を難しいものにしていた。




 リディア隊とルナ隊は、出発点も違えば、攻略開始時期や実力も違う。

 そのため、ニアミスする確率など、「ゼロではない」くらいのものだった。


 しかし、今回の遠征では、一方のパーティーが誰も思いもしないショートカットを使ったことにより、思いがけず接近してしまった。


 とはいえ、崩落から近い所に両パーティーがいたというだけで、お互いの存在を認識できるような状況ではない。




 少人数で構成されていて、更にアイリスという防御結界の名手がいたルナ隊は、崩落そのものや落下の衝撃と、分断も避けられた。



 一方のリディア隊は、リディアと、リディアの私兵――傭兵団【黄金の御座】の精鋭だけで16名。

 さらに、四天王とコレットを合わせれば21名、ほかにも作業用ゴーレムが5体もいる大所帯だった。



 これは、大空洞という、通路の狭い迷宮を攻略するには多すぎる人数である。

 それはリディアも理解していた。

 その上での編成である。


 もっとも、彼女自身と黄金の御座のメンバーだけで編成したかったというのが本音である。



 しかし、四天王の参加を拒否して、目の届かないところで問題を起こされると非常にまずい。

 彼らの能力や実家の影響力を考えると、少なくとも副学長くらいでなければ止められない。

 しかし、その彼は、グレモリーの方にかかりきりである。

 その理由も納得できるものなので、四天王の世話まで押しつけるわけにはいかない。


 そして、今の祖父は頼れるような状態ではない。



 コレットについては、できればベースキャンプに、最悪でも最終キャンプに置いてくるつもりだった。

 しかし、こちらも本人が「行く」と言って譲らなかった。


 結局、四天王のお守りをするために増員した黄金の御座のメンバーが、彼女の護衛を優先するということで話がまとまってしまった。



 本人たちの意気込みを余所に、リディアは表には出してはいないものの苛立っていた。

 四天王は飽くまでおまけであり、コレットには社会勉強という側面もあるが、大空洞でする必要は無く、いずれも実態はお荷物である。


 リディアは、これ以上の問答は無駄だと割切り、彼らに配慮して攻略の手を緩めることはしないと、不測の事態に陥った場合は全てが自己責任だと念を押すことで、心の均衡を保った。




 リディアは大きなハンデを背負いながらも、本気で下層到達を目指していた。


 それでも、広くはない通路を、四天王という異物とコレットという非戦闘員を抱えて進んでいたのだ。

 隊列が間延びしていたという指摘は、少々酷というものだろう。


 結果として、僅かな位置の違いと実力の違いが、それぞれの運命を分けることになった。




 崩落発生時、先頭を歩いていたのは黄金の御座の斥候だった。

 続いて壁役としての能力の高いメンバーとリディアが並び、その後に傭兵の主力が控える。

 役に立たない四天王とコレットは中団に、最後尾を斥候と盾役の交代要員が務めていた。



 崩落に巻き込まれた際には、先頭集団のうち、リディアと黄金の御座のメンバー十一名は被害を免れた。


 しかし、落盤により退路を断たれ、中団以降を歩いていたメンバーと分断されてしまった。



 崩落が一段落するまで、余計なことはせずに、それぞれ自身の身を護ることに集中していた。


 ただ、各々の護身の度合いはバラバラで、ある程度広く強く結界を展開していたリディアや、黄金の御座の周辺は分断を免れた。

 そして、自身の身だけを守ろうとした四天王が見事に分断された。



<みんな、返事を――状況を報告して!>


 ひとまず崩落も落ち着いたようではあったが、余波がないとも限らないため、状況は予断を許さない。


 リディアの位置からでは、四天王と分断された以上のことは分からない。

 状況の確認は必須だが、更なる崩落を起こさないためにも、大きな声は出すべきではない。


 そこで、彼女はグループ専用《念話》でメンバーに話しかけた。



<【ピーター】が落盤の下敷きになってダメージ大。ポーションで回復したが――残量が心許ない。それと、ゴーレムが一体潰された>


 返事はすぐに来た。

 ただ、最悪ではないものの、喜べるような内容ではない。


 崩落に巻き込まれた際、四天王内筋肉担当のピーターが、その巨体ゆえに、真っ先に大きな落盤を受け止めることになった。

 そして、彼の意思とは無関係の尊い自己犠牲と引き換えに、ほかの面々の被害は少なく済んでいた。


 ただし、ポーションの消費やゴーレムの損傷など、代償は安くなかった。



<ピーター以外は軽傷ですが――>

<後ろにいたコレットと、傭兵団の人たちが崩落に巻き込まれたようで、姿が見えない。《念話》も届かない。――かなりの深さまで落ちたようだ>


 続く報告は最悪に近いものだった。



 四天王の背後には、底の見えない大きな縦穴がぽっかりと口を開けていた。


 コレットたちがその穴に呑まれたのは、《念話》に返事がないことからほぼ確実である。


 そして、この時点で隊は三つ以上に分断されていることになる。



<何てこと……!>


 想像以上の被害に、リディアは珍しく感情を露わにする。

 しかし、それも束の間のこと、すぐにいつもの落ち着き払った彼女に戻った。


 少なくとも表面上は。




<貴方たちだけで――自力で地上に戻れそうですか?>


 不測の事態が起きてしまった以上、探索の続行は不可能である。


 そう判断したリディアは、撤退を決断した。



<ゴーレムは――ぺしゃんこだ。使い物になりそうにないな……。進路も退路も塞がれて――。この岩を退かすことができれば合流くらいは――>


 撤退時の切り札となるのは、ゴーレムの座標認識機能を利用した《帰還》魔法である。


 《帰還》魔法は、使用者の能力に関係無く、事前に登録された地点へ移動する《転移》魔法の一種である。

 そう表現すると、《転移》魔法より優れているようにも思えるが、実際のところは、時空魔法の適性が必要なところを、全て魔法道具や術式などで補うコストパフォーマンスの悪い魔法である。


 それでも、大空洞のような迷宮に挑む際には必須といっても過言ではない。

 当然、ゴーレムが故障してしまえば使えないが。



 リディアは、そういうことも想定の上で、予備機を持ち込んでいた。

 しかし、既に1体は全損、3体は崩落に巻き込まれ地下へ消え、手元にあるゴーレムは1体だけ。

 そして、最大定員10名の《帰還》魔法では、ここにいる全員で帰還することは不可能だった。



 当然、リディアは高位の時空魔法の使い手であり、彼女の《転移》魔法による帰還も選択肢のひとつである。

 しかし、瘴気濃度の高い場所での転移は、ファンブルする可能性も高くなる。


 それでも、彼女くらいの能力で、コンディションが万全であれば、数人くらいなら強引に転移することもできるだろうが、現状は不得意分野の結界でかなりの魔力を消耗した直後である。


 魔力の回復を待つのもひとつの手段だが、それはもっと安全なところを確保してからの話になる。


 四天王の話では、断たれた退路のすぐ先に大穴が開いているのだ。

 そこもいつ崩れるかも分からない。




 《転移》を使わずに地上に戻るためには、自力で出口を見つけるか、崩落に巻き込まれたゴーレムを見つける必要がある。

 しかし、そのどちらにも、ゴーレムの座標認識機能を利用したマッピングが必須になる。



 それ以外にも、どこか安全なところにまで移動して、救助を待つというのもひとつの手段だろう。


 当然、こうした事態はキャンプからでも観測されていて、学園もすぐに救出部隊の編制などの対応をとっているはずである。


 しかし、上層での崩落の影響がどの程度かも分からず、彼女たちが通ってきたルートも使えない。

 助けが来るにしても、どれだけ待つことになるか――常識的に考えれば、間に合わない可能性の方が高い。


 それに、来たのが救助ではなく、竜や悪魔だった場合は、特に逃げ場の無い四天王は絶体絶命である。

 リディアのような規格外であれば別だが、優秀な学生レベルでは相手にできるものではないのだ。


 彼らがどうにかして合流したいと焦っていても、何の不思議もない。



<そいつは止めとけ。更なる崩落を誘発するかもしれん>


 しかし、四天王の希望は、黄金の御座のメンバーによって即座に却下された。



 黄金の御座には、命を懸けてまで彼らを救助する義務など無い。

 それでも、傭兵団の看板を背負ってきているという面子がある。


 護衛対象ではなくても、同行しているメンバーから犠牲者を出すことも、極力避けたいとは考えている。 


 それでも、大岩を撤去しての合流は、更なる被害を招くおそれがある。

 合理的判断で、それを認めるわけにはいかなかった。



<コレットの嬢ちゃんたちが落ちた縦穴はどうだ? 跳び越えるか、登るか、降りるかできそうにないか?>


<暗すぎて見通せない……。少なくとも、向こう岸は見えない>


<上は――登れなくはなさそうだけど、近くに入れそうな横穴は見えない……。もし竜にでも襲われたら一巻の終わりだわ>


<下は――足場になりそうな場所がいくつかある。だが、崩れないという保証がないな――>


<そのままそこにいて、竜や悪魔は凌げそうか? 身を隠す場所はあるか?>


<……無理、ですね>


 四天王のいるスペースは五メートル四方くらいの広さがあったため、そこにいるだけであれば問題は無かった。

 当然、それ以上の崩落がなければだが。


 しかし、身を隠せるようなものは何も無く、彼らの姿は穴の方からは丸見えだった。

 そして、この場所では、戦闘を行うには狭すぎる。



 彼らには、こんな狭隘(きょうあい)地での戦闘を可能にする近接戦闘術はない。

 魔法で弾幕を張って、近寄らせないようにすることくらいならできるだろうが、そもそもの脅威である悪魔や竜といったレジスト能力が高い相手には、その戦術は通用しない。



 彼らにも、小さいながらも翼や飛行能力があるが、竜は縄張りに敏感なため、それが引き金となって呼び寄せる可能性もある。


 だからといって、崖を上り下りするために両手両足を使ってしまえば、身を護ることもできない。


 もっとも、たとえ身を護れる状況にあったとしても、竜や悪魔に狙われて生き残るのは難しいのだが。



<――こういう状況です。選択は貴方たちに任せます>


 誰がどのような選択をしたとしても、リスクは必ず発生する。


 リディアは、最初から四天王をこの攻略の戦力には計上していなかったが、それでも死んでほしいとまでは思っていない。

 むしろ、下手に死なれると面倒になる。

 自身を犠牲にしてまで助けようとは思わないが、可能であれば生き延びてほしいと考えている。



<降りるんなら、うちの団員を捜せ。ちょっとやそっとじゃ死なねえ奴らだから、きっとどこかで合流できるはずだ>


<私たちは、このまま下に向かって、コレットたちの捜索向かいます。この道がどこに続いているのか分かりませんが……。必ず、生きてまた会いましょう>


 リディアたちにしても、現況を打破できる可能性があるのは彼女たちだけである。

 少しでもマシな結果にするために、このままここに留まり続けることはできなかった。


 コレットは、魔界の将来のために必要な人材である。

 四天王も、一応は優秀で、彼らの実家はそれなりに影響力もあるため、可能であれば失う事態は避けたい。



 当然、全てを救うには相応の危険が伴う。

 特に、道中で見かけた悪魔――気づかれては困るので《鑑定》もできなかったが、そうするまでもなく、強大な力を持っていることは伝わってきた。


 それでも、リディアには決して届かない存在には思えなかった。


 黄金の御座の団員たちと協力して当たれば、楽に――とまではいかないだろうが、完封もできるのではないかと考えていた。

 精鋭を4名も欠いていることは手痛いが、不幸中の幸いというべきか、作業用のゴーレムが1体手元にある。

 マッピングも、最悪の場合の《帰還》も可能である。



 黄金の御座のメンバーで、最も強いのは団長で、次席は副団長だった。

 特に、団長の強さはリディアも一目置くほどで、可能であれば、そのふたりを大空洞攻略メンバーに指名したかった。


 もし彼らを連れて来ていれば、確かに大空洞攻略は楽にはなっていただろう。


 断られた時は頭にきたものだが、理由を聞けば納得できる部分もあったので、無理はいえなかった。



 団長や副団長が攻略に参加すると、残してきた黄金の御座の統率ができる者が不在となる。

 どちらか片方が残ればとも思えるが、団長のカリスマと、副団長の実務能力が揃って初めて統率できるといわれては、やはり無理は通せない。


 あの時に無理を通していれば、こういった事態が起きた際に、堅実な救助活動が望めなくなっていたかもしれない。

 そう考えると、彼らが拒否したこともあながち間違いではなかった。



 むしろ、彼らが残っているからこそ、リディアも大胆な行動が採れる。


 そうして、彼らも最善を尽くしてくれていると信じて、進めるところまで進むつもりだった。



 黄金の御座の立場上、最優先事項は雇用主の意向であり、その身の安全である。

 現状は間違いなく非常事態であるものの、ゴーレムの《帰還》魔法があるため、緊急性があるとまではいえない。

 ゆえに、今しばらくはリディアの意向に従うだけだ。


 もっとも、ゴーレム1体での《帰還》魔法では、ここにいる全員を帰還させることはできない。

 その場合は、話し合うまでもなく、リディアだけを帰還させるつもりだった。


 リディアが時空魔法の名手であることなど、彼らには関係無い。


 黄金の御座の団員は家族同然であり、彼らに家族を見捨てて逃げるという選択肢は無いのだ。


 仲間は絶対に見捨てない――それが彼らの団の掟だった。

 救えなかったという結果はあっても、救おうとしなかったことはない。



 総じて個人主義の者が多い魔界において、彼らの存在は異質ともいえるだろう。


 当然、それで個人の能力が上がるようなことはなく、仲間から託された友情パワーで強敵に勝てるような、都合の良い展開も存在しない。

 しかし、己ひとりの力のみを信じて戦っている者と、仲間を信じて最後まで諦めない者とでは、ギリギリのところで少なくない差が生まれる。


 極論すると、効率的な数の暴力なのだが、個人として優れているだけの者や烏合の衆より、訓練されてひとつとなった集団の方が厄介なのはいうまでもない。



 彼らはそうやって絆を力に変えて、これまでも様々な困難を乗り越えてきた。


 そうして、まだ若い団長が一から立ち上げた若い傭兵団でありながらも、短期間で魔界でも有数のそれへと成長できたのだ。


 今回も、崩落に巻き込まれた4人は生きていると、彼らも合流を目指して行動していると信じて、ギリギリまで活動するつもりだった。


◇◇◇


 彼らの想像どおり、崩落に巻き込まれた黄金の御座の団員たちは、全員が生存していた。


 とはいえ、4百メートルほど落下した彼らは、全員が満身創痍だった。

 耐久力の高い壁役と、身のこなしの軽い斥候だったことが幸いしたところもあるが、やはり運が良かったというほかない。


 それでも、ある程度は手持ちのポーションで回復できたものの、それらはほぼ使い果たし、とても万全とはいい難い状態である。



 そして、治療と並行して行っていた状況確認の結果、彼ら四人と《念話》の通じる位置にいるのは、ほんの十数分前まで彼らが保護していたコレットだけ。


 彼らも、コレットは護衛対象だと認識していたので、可能な限り庇っていた。

 しかし、着地の衝撃で手が離れてしまい、彼らより更に下層に落ちてしまった。


 不可抗力ではあるが、途中までは庇えていただけに不覚でもある。



 それでも、彼らが庇っていたおかげで、コレットは一命は取り止めていた。


 しかし、傭兵たちからの《念話》には応答がない。

 死んでいるか範囲外なら繋がらないので、彼らは彼女が意識を失っていると判断するも、それ以上のことは分からない。

 そして、彼女以外のメンバーとは《念話》が繋がらない。



 《念話》とは、消費魔力や射程距離の制限が比較的小さいスキルである。


 しかし、秘匿性を上げるなどの効果を付与すると、当然消費魔力は増大するし、条件が増えるほどに射程も短くなる。

 また、《念話》使用者間の環境にも影響され、魔界のような瘴気に汚染された環境下では、効果を十全に発揮できない。

 逆に、魔素濃度の高い場所では、効果は十全以上に増幅される。


 そして、彼らが現在いる場所は、体感できる程度に魔素が濃い。


 《念話》の対象も同じ環境であれば、悪魔に察知されないように隠蔽処理を施しても、四百メートルくらいは届くはずで、落下直前の環境でも三百メートル近くは届くだろう。


 その条件で考察すると、少なくとも、この範囲内にはコレット以外のメンバーは存在しないか、若しくは死んでいることになる。

 彼らが全員生存していて、ほかの者たちも一緒に落下していてひとりも生存していないとは考えにくいので、恐らく、崩落に呑まれたのは彼らだけ。

 落下の際に、水平方向にも流された可能性もあるが、そんなことを考え出してはキリがない。



 ゴーレムのマッピング機能のひとつ、「座標認識機能」によると、彼らの現在地は、帰還点となる大空洞頂上キャンプから一千二百メートル下方。

 崩落前の位置からだと、およそ四百メートルほど落下している。


 いくらレベルによる補正や、スキルによる軽減があったとしても、それだけの距離を落下して全員が生存しているのはかなりの幸運である。

 特に、コレットは彼らが護っていなければ即死していただろう。



 また、落下した先が、魔素の濃い場所であったことも幸運だった。


 しかし、魔素の濃さは、体力や魔力の回復速度など、彼らに様々な恩恵を与えるが、それは魔物にとっても同じか、それ以上のものを与えることになる。


 そして、ここは大空洞下層――前人未踏の地であり、危険な悪魔が徘徊するという場所である。


 下層に行くほど悪魔との遭遇率が上がるという説を信じるなら、危険極まりない状況だといえる。


 それでも、現在彼らが生存していることは間違いなく幸運であり、その幸運を無駄にしないためにも決断をしなければならなかった。




 彼らの許にあるゴーレムは3体。


 そのうち、完動品は1体だけ。

 残る2体は、自走できないくらいに破損していてるものの、座標認識機能や《帰還》魔法は使用できるようだった。



 まず、状況が分からないうちに、彼らだけ《帰還》魔法で脱出するという選択肢は無い。

 黄金の御座の掟である。


 それ以前に、ゴーレムの《帰還》魔法が、この距離でも有効なのかどうかという問題もある。



 本気で大空洞を探索するに当たって、ゴーレムは高性能の物を揃えている。

 当然、《帰還》魔法の性能も最高レベルだが、それでもカタログ上で保証されているのは、10名1,000メートル以内である。



 もうひとつ、雇用主のお気に入りのコレットをどうするのか。

 四天王などと名乗ってイキっているクソガキは最悪は切り捨ててもよかったが、彼女は助けられるなら助けるべきである。



 彼らが向かうべきはどこなのか、若しくはここに留まるべきなのか。


 判断にはそれほど時間は要さなかった。



 パーティーメンバーの総数が21名に対して、ゴーレムが5体。

 そのうちの3体が手元にある――つまり、コレットを除く15名で残り2体。


 彼ら以外の全員がひとまとまりにいて、ゴーレムが2体とも無事であれば何の問題も無い。

 しかし、そんな希望的観測を前提にして行動すると、取り返しのつかない事態になるおそれもある。



 そこで、彼らは完動品のゴーレムに指示を出すことにした。


 その内容は、コレットの保護と、その付近の捜索。

 一定範囲内に遭難者がいなければ、コレットのみを連れて《帰還》魔法を使え――というもの。


 コレットひとりにゴーレム1体はもったいないような気もするが、彼らが更に下層に降りるリスクと、コレット以外のメンバーの捜索の必要性などを天秤にかけての判断である。



 そうして彼らは2体のゴーレムを抱えて上を目指した。


 崩落前にいた地点まで四百メートルほど。

 他のメンバーが崩落に巻き込まれていなければ百メートル、魔素環境が変わることも考えて、二百メートルも登れば《念話》が通じるはずである。


 当然、直線距離での話であり、そんなに簡単に上れる距離ではない。

 上層でも、1日で百メートル少々しか下りられなかったのだ。

 悪魔を警戒しながら、座標認識機能を確認して、崩落にも警戒しながら慎重に進んで――どれだけかかるのか、見当もつかない。


 それでもに、無事だった者が下層に向かって捜索に出ていれば、もっと早くに《念話》が繋がる可能性もある。

 ほかの者が彼らより下層に落ちている可能性も考えられるが、確認のしようがない以上、どちらにしても賭けになってしまう。


 それを見越してコレットの方に一体回しているのだが、現在の彼らに、分散したり下層の探索ができるほどの余裕は無い。



 当然、登るといっても、崩落でできた崖を登るのは危険すぎる。

 したがって、どこに繋がっているかは分からない横穴に入ることになる。


 頼れるのは、大空洞での数日で養った勘と、傭兵として厳しい戦いを生き抜いてきた嗅覚だけだった。


◇◇◇


 傭兵たちの判断がもう少し遅ければ、コレットは命を落としていただろう。


 コレットは、彼らに庇われていた時には既に意識を失っていた。


 彼女の体力は、崩落の遥か前から限界を越えていて、意地だけでついてきていたのだ。

 それでも、敬愛するお姉様(リディア)のため、必死で役に立とうと頑張っていたが、実際に崩落に巻き込まれた恐怖は、彼女の意地を断ち切るのに充分なものだった。



 傭兵の手を離れてしまった後は、当然、結界で身を守ることも、受け身や防御行動を取ることもできず、ただ重力に引かれるままに落下するだけだ。


 落下したのは五十メートルにも満たず、それまでの落下距離からすれば微々たるものだ。

 しかし、いくらシステムの加護があったとしても、少女の体力で生き延びたのは奇跡である。



 ただし、その状態は「かろうじて死んではいない」というだけ。


 全身を強く打っていて、手足はあらぬ方向を向き、内臓の損傷も激しい。

 ゴーレムの到着が後少しでも遅れていれば、彼女の命運は尽きていただろう。



 とはいえ、ゴーレムが所持していた数少ないポーションでできたのは、多少の延命が関の山だった。


 この状態では、《帰還》魔法の負荷が彼女に止めを刺すことにもなりかねない。


 ゴーレムの《帰還》魔法実行プロトコルは、対象がこのような状態である場合、管理者の承認がなければ実行できないようになっている。


 つまり、コレットが助かるには、運良くほかの誰かに救助されるか、彼女が意識を取り戻し、自身が持っているポーションを使って、《帰還》魔法に耐えられるだけの体力を取り戻すかしかない。


 コレットには、後僅かばかりの幸運が必要だった。




 それから半日ほどが過ぎた頃、コレットは、身体を蝕む激痛で意識を取り戻した。


 天秤はどちらに傾いてもおかしくない状態だったが、彼女の落ちた先の魔素の濃さが、体力と魔力の回復をほんの少し手助けした。

 そうして、どうにか命を繋ぎとめることができた。


 とはいえ、覚醒したとはいっても、彼女の状態は芳しくない。

 しかし、激しい痛みに邪魔をされて、思考がまとまらない。

 自身の状況を正しく認識することができず、「回復しなければ」という簡単な結論に至るのにも時間がかかる。


 そして、どうにか状況を認識しても、「ポーションを取り出して使う」というだけのことにも、頭と身体がついてこない。

 そうして焦ってしまうと、関係の無い物を取り出したりして、余計に手間取ってしまう。


 それでも、一旦取り出せれば、ゴーレムの助けも借りてポーションを使用することができた。



 そうして、どうにか危険な状態を脱することができたのだが、骨は繋がったものの、完治したとはいい難く、内臓のダメージもまだ残っている。

 動けるどころか、呼吸をするたびに痛みに襲われるような状態である。


 それでも、どうにか《帰還》魔法の負荷にも耐えられるであろう状態になるまで、彼女は耐え続けた。




 回復するのに時間をかけすぎたからか、それとも、これまでの幸運の反動か。


 コレットが、「私ひとりのために、《帰還》魔法を発動してもいいのかな?」と逡巡(しゅんじゅん)していた時、不運にも、近くを徘徊(はいかい)していた悪魔が近くを通りかかった。


 七メートル近い巨体に、硬質な青みがかった黒い肌。

 竜にも負けないような立派な角に巨大な翼。

 太く逞しい四肢に尻尾。


 見間違えようがないくらいに悪魔である。

 何より、その身に宿している魔力が桁違いすぎて、コレットは、《威圧》されているわけでもないのに息が詰まってしまった。



 不幸中の幸いといえるのかは微妙なところだが、彼女が悪魔に気づいた時、悪魔は生命力の弱っているコレットと、スリープモードのゴーレムにはまだ気づいていなかった。


 それでも、《帰還》魔法を発動しようとすれば気づかれるのは確実で、《帰還》魔法の完成が先か、悪魔に殺されるのが先かは賭けに――悪魔の能力次第では、賭けにすらならない可能性もある。



 息を殺して、じっとしていればやり過ごせたかもしれない。

 しかし、ただでさえ身体の痛みと孤独で心が弱っていた彼女に、悪魔が通過するのを耐えきる余裕は無かった。

 むしろ、悲鳴を上げなかっただけでも頑張った方だろう。


 悲鳴こそ上げなかったものの、恐怖と絶望で緩んだそこから、体力を回復するために過剰に摂取したポーションの水分が溢れ出す。

 止めようと思っても止まるものではなく、むしろ、気づかれるかもしれないという恐怖で、更に勢いが増す。


 コレットの心は恐怖に塗り潰され、歯の根が合わず、嗚咽(おえつ)も漏れそうになる。



<助けて!>


 恐怖に耐えかねたコレットは、《念話》を使って全力で助けを求めた。



 しかし、彼女の願いとは裏腹に、それに真っ先に反応したのは悪魔だった。


 血の匂いも、アンモニアの匂いも、小動物が立てる程度の音も、どれも悪魔の興味を惹くものではなかった。

 しかし、僅かではあっても、魔力の動き――魔法の発動だけはそうではなかった。



 それでも、この時点ではまだ興味を持っただけ。


 しかし、その直後に、彼女の救難信号を受信したゴーレムが再起動して、彼女を抱えて近くの縦穴へ飛び込もうとした。


 戦う力のないゴーレムにとって、コレットを救う手段は逃げるほかない。

 ゴーレムが、悪魔のサイズでは通れない、小さな縦穴に逃げ込もうとした判断も、間違いではないだろう。


 ただ、ゴーレムの速度が、悪魔にとっては遅すぎた。



 悪魔は、(コア)を砕けるギリギリの、全く無駄のない魔力の矢でゴーレムを貫いた。


 その行使があまりにも速く鮮やかだったため、コレットも、ゴーレム自身も、攻撃を受けたことに気づかない。


 だからなのかは分からないが、本来ならその瞬間に動きを止めるはずのゴーレムが、コレットを抱えたまま更に二歩三歩と歩き、縦穴に身を躍らせた。


 完全に意表を突かれた悪魔は、追撃しようとするも、手遅れだと判断して、魔法の行使を中断した。


 それから、コレットたちが飛び込んだ穴を眺めながらしばらく考え込んだ後、ゆっくりとその場を後にした。

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