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26 主従関係

 学生数だけで軽く一万を超える闘大で、原則的に全員参加となると、特に訓練など受けていない彼らが、その数で集団行動などできるはずもない。


 もちろん、学生だけで行動させるわけではなく、講師陣が引率につく。

 しかし、学生数の百分の一にも満たない人数では統率なんてできるはずもない。


 というか、講師たちも、そんな技能を期待されても困るだろう。


 闘大が多少特殊な環境だとしても、ただ知識を伝えるだけでは完了しない教職とは、私たちが思うより遥かに大変な職業なのだろう。


 それに、一見すると楽そうに思える王とか貴族だって、一般の人は理解できないかしようとしないだけで、いろいろとしなければいけないことも多いのだとか。



 つまり、何が言いたいのかというと、箱の中で何もしていないように思われているだろう私も、湯の川とかヤマトとかアナスタシアさんの所とか、ここではないどこかできちんとお仕事をしているのだ。

 楽をするために開発した能力だったはずなのに……。



 さておき、統率しきれないなら、統率できる人数に分けようと考えるのは当然のこと。


 家柄や派閥など、様々な要素が考慮された上で振り分けられた、1グループ120〜150人くらいの学生を10人前後の講師や学園スタッフで引率する。

 そこに、保険的な意味合いの雇われハンターパーティーが加わって、みんなを護衛する。



 私たちの所属するグループは、便宜上「S組」と名付けられていて、更に「ルナ隊」と分類される。

 つまり、私たちは、「S組のルナ隊」という扱いになる。

 これは、その単位ごとに、他の(グループ)小隊(パーティー)と競い合って、遠足終了時に評価するためのものだ。




 なお、優勝の最有力候補であるリディアさんはG組だそうだ。

 名前の付け方は適当なようだけれど、目的地までのルート設定、日程その他諸々がかなり優遇されているらしい。


 とはいえ、彼女の実力や期待度を考えると、不公平とはいい切れない。

 彼女がこれまで積み重ねてきたものが評価されているだけだと考えると、むしろ、正当な評価だろう。



 また、当面の目的地となるキャンプ地も、ひとつの場所で収容できる人員の数には限りがある。


 これも、攻略に有利なキャンプに、リディアさんのグループが割り当てられている。



 そこまでの移動も考慮すると、S組ルナ隊はかなり不利になるけれど、現状の能力や実績の差では致し方ない。


 その差を埋めるために頑張ろうにも、グループ全体の能力的な問題もある。


 ルナさんたちの都合で、他の人に無理をさせるわけにもいかない。

 というか、一時期よりはマシらしいけれど、ルナさんの味方は少ないので、無理はできない。



 私たちのキャンプ地は、学園から最も遠いけれど、比較的安全なルートが確立されている場所にある。

 絶対にルナさんに実績は積ませないという、確固たる意志を感じる采配である。



 さらに、さきに説明があった、グループやパーティー単位での成果を競うという出来レースまで用意されているあたり、ルナさんへの嫌がらせには余念がない。

 学生同士を競わせるのは珍しいことではないとはいえ、今回の大空洞の調査のような、危険が大きな所でやるのは今回が初めてらしい。


 ルナさんが挑戦すると知って、成果を出せないと駄目出しして、功を焦って怪我をしたり、失態を曝しても駄目出しするつもりなのだろう。


 学長先生が不在なので、副学長先生が決めたそうなのだけれど、彼らしい陰湿さである。

 というか、あの人の周辺は本当に湿度が高い。

 それと、生臭い。




 さておき、リディアさんたちの属しているグループ――というか、リディアさんと傭兵さんたちが、やたらとやる気に満ち溢れていたのだろうか。

 彼女たちの進路上にいた魔物たちが本能的に危険を察知して、「スタンピード」といわれる魔物や動物の大移動が発生した。


 一応、スタンピードとしては小規模なものらしく、更にその全てを相手にする必要は無いとはいえ、S組は安全なルートを進むことが前提の総合力が低いグループである。

 適切な実力や数の相手であれば実績アップのチャンスだけれど、連戦に次ぐ連戦は荷が重い。


 それ以上に、まともな休息が取れないことがきついらしい。

 呼吸を卒業していればよかったのにね。


 とにかく、護衛のハンターさんたちの力も借りて、半ば逃げ込むようにキャンプに到着した時には、大半の学生は疲労困憊で点呼も取れないような状況だ。

 歴戦のハンターさんたちですら疲労の色を隠せない有様なので、無理もないのかもしれないけれど。




 そんな中でも充分に余力を残していたのが、ルナさん率いる私たちのパーティーだ。


 私は箱詰めの状態で運搬されていただけなので当然だけれど、アイリスの回復魔法が、負傷だけではなく、若干とはいえ体力まで回復させていたところが大きかったようだ。

 さすがに、空腹などの生命維持に必要な欲求までは満たせないそうだけれど、その場しのぎとはいえ、継戦能力を維持できるとできないでは大きな差が出るようだ。



 もちろん、ルナさんたちも頑張った。

 毎日の弛まぬ努力と、私との訓練で身につけた「死なない立ち回り」で、地味だけれど無難に戦っていたらしい。

 朔から聞いていただけなので、それ以上のことは分からない。

 全員が無事という結果が全てである。



 そして、もうひとりのMVPが、レッカーくんである。


 私の運搬役として必要不可欠な彼が、流れ弾などで破損してしまっては取り返しがつかなくなる。

 しかし、私が護ってあげることはできない。

 ならば、彼に自衛してもらうしかない。

 当然の結論である。


 といっても、彼は作業用なので、剣や槍を振り回すには向いていない。

 そこで、彼でも使えそうな物ということで、私の入った箱の上に、トライポッド付きミニガンと、迫撃砲などを設置して、彼に運用させることにしたのだ。



 これらは、鹵獲(ろかく)したオルデアの戦車とか飛行機とか戦艦に搭載されていた装備のうち、サイズが手頃で重量的に軽い物である。


 それでも、レッカーくんには牽けない重量になってしまった。


 仕方がないので、これに湯の川の職人たちが開発した自走式台車の試作品と組み合わせてみたところ、なぜか《騎乗》スキルと《命中率上昇》スキルを高いレベルで所有していた彼が、一気にエース級に覚醒した。



 そうして、レッカー君は私入りの箱に乗って、縦横無尽に戦場を駆け回った。

 情報を遮断している私には分からないけれど、ジャンジャンバリバリ撃って、銃口の先にいる魔物たちをミンチに変えていたのだろう。



「いいぞ、レッカー君! その調子だ! 虫は優先的に、塵も残さないくらいに破壊するんだ!」


 怖くて確認はできなかったけれど、朔の説明では奮闘しているようだったので、私も応援で頑張った。

 できれば、世界中の虫を根絶してほしいと願いながら。



 さておき、さすがは最新型ということだろうか。

 私も無事にキャンプ地に配送された。

 良い買い物をした。


◇◇◇


 それがやりすぎだったと気づいた時にはもう手遅れだった。


 それらの兵器に苦戦した覚えがなかったことと、レッカーくんの性能を見誤っていたことが原因だと思うけれど、今更そんな分析をしてももう遅い。

 せめて、味方への誤射がなかったことを喜ぼう。



 開き直ってしまえば、性能は高い方がいい。


 それと、朔の再現能力のおかげで、魔法以外の物は複製ができる。

 燃料や弾薬の切れない現代兵器って素敵だよね。



 みんないろいろと言いたいことでもあるような顔をしていたらしいけれど、箱の中にいる私には関係無い。

 それに、レッカーくんの活躍がなければ、もっと苦戦していたことは間違いないのだ。



 とにかく、誰ひとり欠けることなくキャンプ地に辿り着けたのは幸いだった。


 それが、キャンプ地到着の予定が大幅に遅れて、ルナさんのパーティーのサポート用に用意されていた物資も消費し尽していたとしても、命に勝るものではない。

 むしろ、これでルナさんが挑戦を中止するなら、騒動の原因を作ったリディアさんを賞賛したいところである。



 なお、私たち以外のグループも、私たちと同じような状況か、中には続行不可能と判断されて引き返したグループもあるそうだ。

 もちろん、リディアさんのいるグループを除いて。

 なので、他グループに、余剰物資があれば融通してもらうよう交渉することもできない。



 こんな状況では、熟練のハンターのパーティーでも撤退を考える――というか、実際に提言されている状況である。

 どう考えても、学生のパーティーが大空洞に挑むのは現実的ではない。


 それでも、ルナさんには諦める気はないらしい。

 したがって、S組は、ルナさんの挑戦が終わるまでの間、キャンプを維持できる最低限の人数を残して、残りの人たちは撤退することになった。



 残ることに決まってしまった人たちの不興を買ってしまったと思うけれど、ルナさんに気にした様子はない。

 私としては、ここで意地を張るより、彼らを味方につけた方がいい気がするのだけれど。

 朔もそう言っているし。


 今のルナさんの頑なさは、私好みの、自分の意志を貫く強さとは少し違う気がする。

 とはいえ、成長には間違うことも重要だろうし、過程が間違っていたからといって、結果もそうなるとは限らない。


 少なくとも、ここからリディアさんを上回る成果でも挙げることができれば、このグループの人たちのルナさんを見る目も変わるだろう。

 確たる信念に基づかない主義主張など、実利には勝てないものである。


 とはいえ、ろくに支援も受けられない状況で、実力的に劣っている上に当初の予定以上に先行しているリディアさんを、思いきり出遅れたルナさんが出し抜くのは、幸運以上の何かが必要だ。



 もちろん、ここでの私は傍観者――というか、納棺されているので、手助けはできない。

 どうにもならないような状況になってしまえば話は別だけれど、自分たちでできる範囲で頑張ってほしい。


◇◇◇


 予定より大幅に遅れていたこともあって、残っていた僅かな物資を受け取ると、すぐに山頂にある迷宮の入り口を目指すことになった。


 なお、山頂からの入り口以外にも、山肌に空いている穴から迷宮に進入できることもあるそうだ。

 もっとも、その大半はワームという巨大なミミズ――砂漠で見たアレの魔界版の移動跡らしい。



 なお、ルナさんたちくらいのレベルなら、ワームそのものは大した脅威ではない。


 しかし、運悪く狭い坑道内で遭遇してしまった場合は、かなりの不利を強いられることになるそうだ。

 狭い坑道内では、ワームの巨体による攻撃を躱せるスペースがないし、こちらからの攻撃も、大火力の攻撃は崩落を引き起こす可能性があるのだ。


 もちろん、山頂の入り口から侵入しても、いずれはワームの空けた穴――ワームホールに嵌ることもある。

 一応、迷宮内部の湿度などの関係で、注意深く観察していれば、ワームの分泌物や臭いで分かるそうだけれど。

 分かりたくない。


 むしろ、ワームの肉は美味しいらしいので、場合によっては突撃するらしい。

 絶対に分かり合えない。




 さておき、これも予想できたことではあった。


 先行しているリディアさんたちが、大空洞内で大暴れしている――かどうかは分からないけれど、やる気というか、殺気をまき散らしている。

 そうすると、本能的に危険を察知した魔物は、彼女から逃れようと大移動を開始する。



 つまり、何が言いたいかというと、頂上付近に空いた小穴の多くから、ワームが顔を出してコンニチハしているらしいのだ。


 もちろん、「らしい」というのは、朔からの言葉による報告で――それだけでも恐怖なので、現物を認識できないのだ。

 少なくとも、朔から聞いたアイリスやルナさんたちの慌て具合や、レッカーくんがジャンジャンバリバリ撃っている様子で、何かが起きているのは確実だった。



 朔を通じて、外の様子や会話を中継してもらう。


 できれば全てを閉ざしてこの箱の中に閉じ籠っていたいけれど、万が一にもアイリスたちが負傷したり、この箱がワームに呑まれたりするととても困る。

 見なくても、できる範囲で警戒はしておくべきだ。

 最悪の場合は、魔界を滅ぼそうか。



「何でワームがこんなに!? というか、何でこんなピンポイントに私たちの所に!?」


 砂漠にいたサンドワームと同じなら、音に釣られているのだと思います。

 もう少し補足するなら、きっとレッカーくんの銃声です。


 いや、でも、それくらいはルナさんも知っているだろうし、ほかに何か原因が?



「地上のはどうにかなりますが、地下を掘り進んでくるのと、翼の生えた空飛ぶ亜種が厄介です!」


 え、どういうこと?

 ミミズが空を飛ぶの?

 魔界、ヤバいね。



「地下のも音と臭いで分かるっす! あ、やっぱり銃声と火薬の臭いとで分かりにくいっす! それより、空飛ばれるのは厄介っす!」


 そういえば、イヌはミミズの匂い――干乾びたものが特に好きだと聞いたことがある。

 やはり駄犬か。



「きゃあああっ!? ワームの破片が! レッカー、空の敵を撃つのは構いませんが、落ちてくる位置を考えなさい!」


 レッカーくんの名前は、「くん」まで含めるのが正式名称だよ。


 それよりも、何が起きているの!?

 直接認識していないせいで、何が起きているのかさっぱり分からない。

 想像だけの方がかえって怖いかもしれない――しかし、見るのも怖い。



「そうっす! お肉を砂塗れにしたり、痛めるだけの攻撃は止めるっす! 食べられなくなるっす!」


 食べるつもりなの!?

 炒めるの?

 戦闘中に?



「そんなことを言っている場合ですか!? さすがにこの数は多すぎる――食べきれません! 《固有空間》にも余裕はないですし、倒すことを優先しないと!」


 さすがリーダー。

 そのまま駄犬のリードを握っていてほしい。



「お嬢様! お言葉ですが、これだけの量の肉――いえ、ワームが収穫できれば、食料の補充――いえ、それどころか、大空洞挑戦前の景気づけ、ワームパーティーも夢ではないのですよ!?」


 えええ、従者の手綱もしっかり握っていてください!

 何なのワームパーティーって?

 ホームパーティーみたいに言わないで!



「(ごくり)ワームパーティー……! ワームのフルコース……。まるでワームの宝箱やあ……!」


 リーダーが誑かされた!

 これはピンチだ。

 魔界を滅ぼすか――いや、アイリスならどうにかできるかも?



「助けてください、ユノ!」


「助けて、アイリス!」


 心が通じたのか微妙なところ……!

 しかし、これはやるしかないか!


◇◇◇


――第三者視点――

 ルナたちの所属するS組の士気は、最初から低かった。


 正確にいうなら、出発まではとても高かったのだが、始まった瞬間に――ユノが棺に収まった直後にだだ下がりした。



 ユノの素性と危険性を考えると、表立って仲良くしたり、手を出したりは危険だが、見ているだけならいつまででも見続けられた。

 比喩ではなく、彼女を見ながらご飯を食べると、なぜか美味しく感じるのだ。


 そんな彼女との遠足を、心から楽しみにしていた者たちは大勢いた。



 あわよくば、ポロリとか、それを上回るラッキースケベイベントが起きるかもしれないと、期待していた者も多い。


 戦闘があれば揺れるだろう。

 乱戦になれば、事故を装って――。



 それが、言葉どおりの全面鉄壁ガードである。

 この瞬間に、彼らのこの遠足における楽しみの大半が失われたといっても過言ではなかった。



 そこにきて、予想外の魔物のスタンピードに巻き込まれた。


 もっとも、スタンピードといっても、魔物はリディアを中心に放射線状に逃げているので、S組と遭遇したのはその一部でしかない。

 さらに、魔物たちの中には、リディアの振り撒く圧倒的な死の気配(やる気)を浴びて恐慌状態に陥っていた個体も多い。

 待ち受ける彼らの実力と士気は低かったものの、全員が生還できたのにはそういった事情もあった。



 気がつけば、少し目を離した隙に自走砲へと進化していた棺桶が、牽引係だった最新型ゴーレムをオペレーターとして戦域を駆け回っていた。


 そこには、大型兵器やその弾薬の運搬における諸問題や、遭遇戦における運用方法などの問題を克服した、兵器の可能性を示す姿があった。


 しかし、彼らが望んでいたのは、ユノが美しく舞う姿であり、トリガーハッピー状態のゴーレムではなかった。




 ともあれ、レッカーくんが、土煙と硝煙と血煙と爆炎をばら撒いたことで、味方の損害は最小限に抑えられた。


 本来なら無事を喜ぶべきところだが、この状況でユノが出てくるかもしれないと秘かに期待していた者たちは、酷く落胆していた。

 これで出てこないなら、この遠足中に出てくることはないのかもしれないと。



 そして、レッカーくんが粉々にした魔物も、落胆の理由のひとつかもしれない。


 虫の入っていない肉片であれば食べられた。

 しかし、未確認の物を食べるわけにもいかない。

 迂闊にもそんなことをしてしまうと、念のために「超」がつくほど不味い虫下しを飲まなければいけないのだ。


 そして、バラバラになった肉片を、ひとつひとつチェックしていくような余裕は無い。

 つまり、何のために戦ったのか分からなくなっていたのだ。

 一応、多少の実績にはなるだろうが、性欲と食欲のふたつを奪われた代価とするには低すぎた。



 なお、S組にも、ルナのように、外界進出選抜を目標としている者は少なからず存在していた。


 彼らも、実績が得られるなら欲しい。

 そうではない者たちにとっても、実績はあって困るものではない。


 だからといって、学生を中心としたグループで大空洞攻略など、リスクが高すぎて正気の沙汰ではない。

 そんなに簡単に攻略できるものであれば、プロのハンターが既に攻略しているはずなのだ。


 なので、挑戦者の大半は思い出作りであったり、将来的な攻略を見据えての、キャンプ周辺での実地調査で済ませる行事である。


 本気で挑むのは、リディアのように規格外の実力を持っている者か、ルナのような勇気と無謀を履き違えた者だけだ。



 しかし、ルナの場合は、選抜に挑戦できる期限が設けられているため、多少の無理は押し通さなければならないのだが、ほかの学生たちには関係の無いことである。


 彼らは、学園の行事だからと付き合わされているが、本来であれば、リターンに見合わないリスクを抱えてまで、キャンプや補給線を維持する義理など無い。



 当然、最低限の引率の講師とプロのハンター、そしてじゃんけんで負けた学生を残し、残りの人員は即座に撤退することになった。


 残った人員はキャンプを確保するのに必要最低限の人数だが、撤退するメンバーとの危険度はそう変わらない。


 むしろ、帰りはリディアのいるG組と合流してのことになるはずなので、帰還時の危険は低く、ただ拘束時間が長いというだけのことである。



 そうして、このグループの唯一の調査隊であるルナ隊は、珍しく引率に参加していた副学長エイナールの再三の中止勧告を振り切って、アタックを開始した。


◇◇◇


 ルナ隊がキャンプ地から出発して1時間。


 ルナやアイリスたちは、レッカーくんの駆る自走砲に拡張された荷台に搭乗――もとい、しがみついていた。


 そして、若者たちを乗せた走る棺桶は、まるでパイクスピークのモンスターマシンのように、豪快に斜面を疾走していた。


 当然、舗装はおろか、車両が走行することなど想定されていない道なき道では、レッカー君のスキルがどれほど高かったとしても、快適とは程遠い乗り心地になる。

 むしろ、レッカーくんの所持している《騎乗》スキルは一般的な意味ではないため、必要以上に跳ねていた。



 魔界の水準でも高レベルのアイリスやエカテリーナでも、口を開けば舌を噛みそうな状況では、制止も非難もできない。

 そのふたりよりレベルは低いが、防御スキルや耐性が高いジュディスも、レベルも低くスキルも無いルナを支えるだけで精一杯だった。


 なお、ルナは目を開けたまま意識を失っていたので、ジュディスの支えがなければ即座に振り落とされる状況にあった。


 とはいえ、そんな状況も長くは続かない。




 登頂しきったわけではなかったが、そうなるのも後僅かという所で、リディアに追われて地表付近まで退避していたワームの群れが、彼女たちの立てる振動を捉えて姿を現した。


 それに逸早く反応したのがレッカーくんである。



 彼は、彼の所有者であるユノから、「虫は優先的に、塵も残さないくらいに破壊するんだ!」と最優先の指令を受けていた。


 レッカーくんは、ワームの粉砕を優先するために、ワームに捕捉されないギリギリまでスピードを落とし、その分浮いたリソースを武器の運用に回す。



 ワームの分厚い表皮は、それだけでも硬度と弾力を兼ね備えた、高い防御力を誇る。

 さらに、通常のミミズなどと同様に、静水力学的骨格も備えているため、最大限に圧のかかった体節は分厚い鉄にも等しく、生半可な――並の達人程度では、全身全霊の一撃でも通さない。


 しかし、レッカーくんの、特殊な用途を想定して装備された、これまた一般的な意味ではない射撃スキルは、吸い込まれるように標的の顔面に着弾する。


 当然、ワームの口前葉は、ワームの体節の中でも硬い部分である。

 さらに、正面から見ると半球に近いその形状では、銃撃のような点の攻撃は弾かれやすい。


 ――そのはずなのだが、彼の特殊な射撃スキルの効果で、高確率で弱点である口内へと命中する。

 いかにワームが硬い外皮を持っていても、内部から破壊されてはひとたまりもない。



 もっとも、レッカーくんの受けた指令は、「塵も残さないレベルの粉砕」であり、そのための兵器も支給されている以上、頭を潰しただけでは達成したとは認められない。


 彼は、更なる追撃を加えながら、戦闘の振動や新鮮な肉の匂いに釣られて出てきたワームも次々と粉砕していく。




 前後左右上下に激しくかかっていたGから解放されたルナが、雷鳴かと錯覚するような激しい銃声と、ワームの焼ける香ばしい匂いで目を覚ました。


「何でワームがこんなに!? というか、何でこんなピンポイントに私たちの所に!?」


 当然、これまでの経緯を認識していないルナには、なぜこんなことになっているのか分からない。



「地上のはどうにかなりますが、地下を掘り進んでくるのと、翼の生えた空飛ぶ亜種が厄介です!」


 ワームの群れより、レッカーくんの操縦する棺桶の方が危険だと判断したジュディスは、棺桶の速度が落ちた隙に、ルナを抱えて棺桶から飛び降りていた。

 アイリスとエカテリーナも彼女に続いて飛び降りているため、もうレッカーくんを止められる者はいない。



 ワームの大半は、今も移動と射撃を続けているレッカーくんや、彼が斃した肉塊に向かっている。

 しかし、ワームにも勘や要領の良いのも悪いのもいて、少なくない数が彼女たちにも襲いかかってくる。



 なお、空を飛んでいるワームにそっくりな魔物は、瘴気によって地上を追われたワイバーンのような亜竜種が、環境に合わせて進化したものである。


 短時間かつ低空であればまだ空も飛べるし、ワームとは違って目も見える。

 つまり、食べられないレッカーくんや鉄の塊よりは、アイリスやルナたちを狙う。



「地下のも音と臭いで分かるっす! あ、やっぱり銃声と火薬の臭いとで分かりにくいっす! それより、空飛ばれるのは厄介っす!」


 見た目的には判別のつきにくい各ワームだが、戦ってみればその差は歴然だった。

 首尾よく亜竜の方を斃せれば、内骨格が存在することが確認できるため、別種の魔物だと気づくはず――というのは、ある程度生物学などが普及している前提のものである。


 大好きな人も多いであろうタラバガニが、実はヤドカリの仲間だと知らなかった現代人がそうであるように、「へえ、そうなんだ」と流されて、記憶に残ることもなく終わりである。



 彼らにとって重要なのは、どこで獲れるか、食べ頃はいつか、より美味しく食べるにはどうすればいいのかであって、「美味しいワームには骨がある」程度の認識で充分なのだ。




 エカテリーナにとってのワームとは、故郷の味といっても過言ではないくらいに慣れ親しんだものである。


 当然、その攻略法も調理法も熟知している。


 しかし、馴染みのない大きな音や匂いのせいで、いつもの調子が出せていない。

 そうでなくても、有効な遠距離攻撃手段に乏しい彼女たちでは、飛行型ワームの相手はつらい。



「きゃあああっ!? ワームの破片が! レッカー、空の敵を撃つのは構いませんが、落ちてくる位置を考えなさい!」


 とはいえ、飛行型ワームにも、その巨体を使っての物理攻撃しか攻撃手段がない。

 そして、その瞬間には、両者に平等にチャンスとリスクが発生する――はずなのだが、レッカーくんの投擲した爆発物により、その瞬間はなかなかやってこない。



 レベルアップにより右肩上がりに強くなる生物とは違い、基本的に一定の性能しか発揮できない兵器の火力では、魔界という過酷な地で生き残るために、防御力と生存能力に全振りした飛行型ワームの外殻を突き破ることはできない。


 それでも、その爆発力は、飛行型ワームの突進を止めて追い返し、口内に命中すれば充分な殺傷能力を持つ。

 そうやって爆破されたワームの破片は、アイリスたちの上にも降りかかる。

 アイリスが珍しくブチ切れていた。



「そうっす! お肉を砂塗れにしたり、痛めるだけの攻撃は止めるっす! 食べられなくなるっす!」


 エカテリーナもブチ切れていた。


 レッカーくんに向ける非難の種類は人それぞれ。


 アイリスは、ユノよりはマシなものの、虫などの人間が生理的嫌悪感を抱きやすいものが苦手だった。


 しかし、彼女以外のメンバーにとって、ワームは御馳走である。

 それを食べられない状態に粉砕するなど、到底許せるものではなかった。



「そんなことを言っている場合ですか!? さすがにこの数は多すぎる――食べきれません! 《固有空間》にも余裕はないですし、倒すことを優先しないと!」


 アイリスにとっては嬉しい誤算だったのが、パーティーのリーダーであるルナが惚けていたことだ。

 まだ脳が覚醒しきっていない彼女は、食欲より生存本能に従った。



「お嬢様! お言葉ですが、これだけの量の肉――いえ、ワームが収穫できれば、食料の補充――いえ、それどころか、大空洞挑戦前の景気づけ、ワームパーティーも夢ではないのですよ!?」


「(ごくり)ワームパーティー……! ワームのフルコース……。まるでワームの宝箱やあ……!」


 美しい主従愛とでもいうべきか。

 従者は主の間違った判断を迷うことなく(いさ)め、主は素直に従者の諫言(かんげん)に耳を傾け、己の間違いを認める。

 ルナとしては道理に従っただけで、決して滅多にない暴食の機会を前に、食欲に屈したわけではない。



「助けてください、ユノ!」


「助けて、アイリス!」


 もう一方の仮初の主従は、お互いに助けを求めていた。



 ルナとアイリスが出会ってから一か月以上。


 お互いのことも多少は理解し始めていて、お互いの価値観的に、相手がかなりの偏食家であることも分かっている。


 結果、一方は何の匂いもしない土塊(つちくれ)を食べる変人と、もう一方は焼却処分すべき生ごみを食らう狂人だとまで思っている。


 というような事情で、ワームパーティーは、一方には夢のような、もう一方には悪夢でしかない。



 更に間が悪いことに、表面上は社交的なアイリスは、自分の好みではないからと、楽しいパーティーに水を差せるような性格ではない。

 そして、パーティーが盛り上がって彼女がピンチになれば、天岩戸に引き籠った女神も出てこざるを得なくなる。




 窮鼠猫を噛むという諺があるように、どんな相手でも、追い込みすぎると手痛い反撃を受けることがある。


 ワームパーティというパワーワードにこれ以上なく追い込まれたユノは、ワームを跡形もなく消し飛ばさなければならないと、新たな兵器を引き出した。


 46センチメートル3連装砲。

 オルデア軍の巨大戦艦に搭載されていた主砲である。


 ガン〇ャノンより巨大なそれが、合計8基24門出現した。

 最早、棺桶の姿などどこにも見えない。


 当たり所がよければミニガンでもダメージを与えられるワームを、真正面から、至近弾でも粉砕できる過剰な火力である。

 それでも、最終調整が済んでいない極炎や、太陽複製をされるよりは遙かにマシだと考えた朔は黙認した。


 当然、それらは威嚇のために出されたわけではないので、出現と同時に一斉に火を噴いた。


 この時の轟音は、遠く離れたキャンプ地でも観測されたという。



 朔の補正により、半径100メートル圏内にいたワームには必中。

 圏外のものでも、的の大きさと速度的に命中させるのは容易であり、至近距離にいた個体は、その衝撃波だけで木端微塵になった。


 撃ち漏らしに止めを刺すべく、46センチメートル3連装砲に隠れてこっそり出現していた、15.5センチメートル3連装砲が火を噴くことはなかった。



 自然界では有り得ない、超重量物の突然の出現。

 主砲発射の衝撃。


 ワームの移動により脆くなった地盤上でそんなことを行えば、地面が崩壊するのも当然の話である。



 そうして、ユノの棺桶を中心にぽっかり空いた巨大な穴に、全てが呑み込まれた。



 後に、大空洞下層へのショートカットとして重宝されることになる大穴だが、この崩落に巻き込まれたルナたちは大空洞中層に、中心にいたユノは下層へと放り出された。


 結果としてリディアを追い抜くことができたのだが、これを幸運といっていいのかは誰にも分からない。

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