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25 遠足

――ユノ視点――

 闘大の教育理念は、「魔界の内外において、様々な分野で活躍できる人材を育成すること」だそうだ。


 しかし、育成だけが目的で、実際にどういう分野へ進むのかなど、進路には基本的に干渉はしないし、そのための指導や斡旋はほとんど行われない。

 まあ、政権というか、最大派閥がコロコロ変わるし、勢力の浮沈も激しいので、特定勢力に肩入れするのはいろいろとリスクが高いらしい。


 代わりに、イベントなどでは、各分野のお偉いさんが視察に来たりもするので、能力の高い人はそこで彼らの目に留まるらしい。


 なお、箔付けのためだけに通っている人には、そもそも関係の無い話である。




 外界進出選抜に必要な実績が、闘大に通うだけでは得られないのは、その理念――人材を育成するために、実戦での訓練においてもかなりの配慮があるので、成果の一部、若しくは大半が学園のものと解釈されるからだそうだ。



 本来なら、闘大に在籍している事実だけでも実績といえるはずである。


 しかし、どうしても外界に出たい人たちに、お金で買える実績のような扱いをされた時期があったそうだ。


 もちろん、当時からそれだけで選抜を通過できるわけではなかった。

 それでも、広くそう認識されてしまい、そういう人が多く集まるようになると、設立当初の理念とはかけ離れた施設になるおそれがある。

 そんな経緯もあって、実績にはならないと公言して、現在の状況に落ち着いているのだとか。



 もっとも、箔付けのための入学は、選抜のための実績となるならないにかかわらず、現在でも盛況だ。

 それでも、選抜やそれ以外の何かを訴えるような莫迦は少なくなったらしい。


 権力よりも直接的な暴力の方が優先される魔界では、寝言を言うのも命懸けなのだ。



 そもそも、外界進出選抜に参加するために必要な「実績」には、厳格な基準は存在しない。

 このあたりのアバウトさが魔界っぽい。


 とはいえ、目に見えて分かりやすいところでは、能力の高さや実戦での戦果で、目に見えないところでは、知識や知性、期待感を抱かせるような個性など、大魔王を頂点とする、時の体制派のお偉い方々にアピールできるかどうかである。




 基本的に、選抜を目指す人の多くは、ハンター協会に所属している。


 もちろん、選抜とは関係無く、生活のために所属している人も多いけれど、そういう人たちとは意識というか温度感が違うため、両者が組むと高確率で喧嘩になるらしい。

 なので、よほどのことがなければ、絡まないよう住み分けしているのだとか。


 それで、その意識の高い人たちは、日々戦いの中に身を置くことでの成長とか、大物狩りで一発当ててやろうと考える人が多い。

 ……前者はともかく、後者の意識とは一体?


 とにかく、目論見どおりにいけばいいのだけれど、大半の人はその他大勢として埋没してしまうか、分不相応な夢を見た代償として物理的に埋没したりする。



 しかし、闘大に通って実力をつけてからであれば上手くいくのかというと、そうでもない。

 当然だけれど、闘大で学んだから超越者になれるというわけでもなく、多少死亡率が下がる程度だったりする。

 現実は残酷である。


 むしろ、大半は学んでいく中で夢から覚めて、正しく現実を認識する。

 そうして、選抜を諦める人が多いそうだ。

 一周回って現実が優しくなった。

 それか、闘大の教育理念の勝利か。




 少し話を戻すと、闘大の目的は優秀な人材の育成である。


 優秀な人材を作るためにはどうすればいいかというと、やはり高いレベルで競争だとか、切磋琢磨させるのがいいという結論に達したのだろう。


 基本的に、闘大に通っていれば、自然とそうなる下地はできている。



 ただし、それだけでは生命の危険を覚えるような状況はほとんど訪れない。

 そのため、特にハンター協会に所属していない人は、緊張感が欠落してしまうこともある。

 酷い場合は、現場では役立たずな人材になってしまうこともあるので、定期的にそういったものを払拭するためのイベントが開催される。


 湯の川の学園でいう、「テロリスト襲撃イベント」と同じようなコンセプトだろう。



 闘大では――魔界での新年度は1月1日からで、闘大の入学もそれに合わせて一月中旬となっている。

 そして、入学当初からの諸々――特に新入生を交えた格付けが一段落して、夏季休暇を目前としたこの時期に、そういったイベントが実施される。




 今回行われるのは、「大空洞」とよばれる、魔界村から北に百五十キロメートルほど行った所にある、二千メートル級の山というか台地。

 その頂上にある、その名のとおりの巨大な穴の調査である。


 穴の直径は一キロメートルほど。

 穴の深さや詳細は、その中に浮かぶ浮遊島群や、所々にある瘴気溜まりのために見通しが利かないこともあって不明である。

 分かっている範囲では、一部の浮遊島は魔素が濃く、魔界での数少ない竜の生息地になっていることと、穴の下の方には悪魔が出現する。



 一応、更なる調査のために、高レベルの《飛行》スキルを持っている人たちでパーティーを組んで、挑戦したこともあるらしい。


 しかし、瘴気の濃い所では《飛行》能力を著しく欠くか失うことになって、瘴気の無い所は竜の縄張りだったりで、どちらも後は言わずもがな。


 そんな感じで、飛行での調査は、それ以来行われていない。



 しかし、穴の内側には、無数の足場や、蟻の巣のような天然の迷宮が存在していて、下へ下へと降りられる構造になっている。

 そして、それを使えば、竜を避けて下へと降りられる可能性がある。


 現在の最高到達点は、穴の上端から下方へ八百メートルほどまでで、まだまだ下がありそうだという話だ。




 この遠足イベントは、原則、学生は全員参加である。


 ただし、強制されているのは麓、若しくは頂上のキャンプまでの行程だけ。

 大空洞調査は命の危険もある――というか、歴戦のハンターでも命を落とすこともある危険地域のため、志願制である。


 参加者の大半は、キャンプで調査隊へのバックアップを行うことが目標となる。

 そういう現場での実地訓練をさせるのが目的なのだろう。


 もちろん、命の危険があるので、この行事での調査の成果は、実績にカウントされる。

 とはいえ、ほかの場所ならまだしも、大空洞ではリスクが大きすぎる。


 なので、大空洞が目的地の回はハズレ扱いになる。

 挑戦者がゼロの回も一度や二度ではないし、挑戦しても浅い階層でお茶を濁すだけのことが多いそうだ。


 まあ、現場の緊張感を経験するのが目的であれば、それくらいの難度が必要なのかもしれないけれど。




 今回、調査に志願したのは、リディアさんや、四天王とかいうその取り巻き。

 なお、リディアさんは自前の傭兵団から精鋭を引き連れての参加と、すごい気合の入りようである。



 なお、あの事件の後に、リディアさんから一度軽く謝罪された。

 しかし、その後は避けられている感じで接点がない。


 コレットちゃんに嫌われたままはつらいので、上手く執り成してほしいのだけれど、無理矢理接近しても余計に避けられるだけなので、そのまま現在へと至っている。



 そして、我らがルナさんも挑戦する気でいる。


 もちろん、分不相応な挑戦だということは本人も理解の上で、今回は現場の雰囲気を体験するだけで、無理をする気はないとのこと。

 なので、止める理由が無い。



 ルナさんと一緒に挑戦するのは、従者のジュディスさん、アイリスと私、ペット枠のエカテリーナさんと、頼れる新メンバーの【レッカーくん】。


 リディアさんの例もあるように、外部の人を参加させることも認められているのだけれど、キリクさんたちは都合が合わずに断られた。

 というか、外部参加者の費用などは全て自己負担のため、蓄えのないルナさんと彼らが今回のイベントに参加するのは、最初から無理だったのだ。


 若いうちからの計画的な資産形成、とても大事。


 私もきちんとやってきたからこそ、半年以上家を空けても資金的な不安を感じずに済んでいるのだ。


 もっとも、無いものを嘆いても時間の無駄でしかないわけで、結局はその時々にある手札でやりくりしていくしかないのだけれど。



 なお、本気で頑張ろうとしているルナさんには悪いけれど、私は彼女の手札に含まれていない。


 もちろん、目標に向かって真っ直ぐなルナさんを応援してあげたい気持ちはある。

 しかし、私が下手に手を出すと、その気持ちを踏み躙ることにもなりかねない。



 それ以前に、寄生虫オプションつきの魔物だったり、最初から不快害虫だったりすると、その相手をするのは厳しすぎる。


 特に、大空洞には私の苦手な虫系も多いという話だし、私は役に立たないと思ってもらいたい。


 辺境での活動のように能力を使うこともできないし、私を守ってくれる子供たちもいないのだ。

 応援はしてあげたいけれど、できれば参加したくなかったというのが本音である。



 もちろん、アイリスの従者という立場の私が、日々のちょっとした狩りならともかく、長期間の遠足に帯同しないわけにはいかない。


 しかし、ついていっても基本的に役立たず。


 ウネウネヌメヌメブヨブヨカサカサしていなくて、グロくもない魔物ならどうにもできるけれど、魔界にいる魔物は大体どれかが該当する。


 少しくらいの切断面とか、そこから吹き出す血や臓物くらいなら我慢しよう。

 昆虫のカサカサ動く手足や、不気味に(うごめ)く腹部も、どうしても必要な状況なら我慢する。

 ダメージを受けた虫が暴れるのも乗り越えよう。

 いや、さすがにそれは無理かも。


 しかし、実際には彼女たちも、私に守られるだけの弱い存在ではない。

 むしろ、アイリスなんかは、「足りないところを補い合うのが夫婦ですよね!」と、私を守ってくれる存在でもあるのだ。

 いつの間に夫婦になったのか、どっちが夫でどっちが妻なのかはさておき。



 そんな経緯もあるので、キャンプ地までの道中、私は一切戦闘に参加しない。

 それどころか、鋼鉄製の密閉された箱に閉じ籠っていて、自分の足で歩いていない。

 言葉どおりの箱入り娘である。


 我ながら無茶苦茶だと思うけれど、クレームはつけられていないので、問題は無いのだと思う。



 そして、この鋼鉄の箱を牽いているのが、この遠足の直前に購入した作業用ゴーレムのレッカーくんだ。


 ちなみに、彼の名は、英語で「引っ張る」という意味の「wrecker」ではなく、「lecker」であり、歴とした人名である。

 なお、ドイツ語だと「美味しい」という意味になるそうだ。



 さておき、レッカーくん――作業用ゴーレムは、瘴気に汚染された地域で、人間の代わりに作業をさせる目的で造られた物である。

 なので、戦闘能力は低いけれど、丈夫でランニングコストも安い。


 ただ、「コア」という、ゴーレムの心臓に該当するパーツは少々お高い。

 逆に、瘴気に汚染されることが前提のボディは都度都度で交換することが前提なため、比較的安価で手に入る。



「おい、見ろよ。グレモリーの奴ら、ヒューマノイド型のゴーレムを持ってるぜ」


「おいおい、最新型の台数限定ハイエンドモデルじゃねーか。マジか、あれ滅茶苦茶高いだろ」


「グレモリーって賠償金で死にそうだったんじゃなかったのか? あれか? やっぱりおっぱいか?」


「ていうかさ、ヒューマノイド型ってことは、そういう用途にも使ってんのかな……? やべ、想像したら俺の中のケモノが目を覚ましちまったぜ……!」


 とはいえ、周囲からそんな声も聞こえてくるように、一式揃えるとそこそこいいお値段になってしまった。


 私がハイテク技術とかに弱いため、とにかく扱いが簡単で丈夫な物――という注文で、出された物をオプションなども込みで言われるままに買ってしまった。

 店員さんからすれば、良いカモだったのだろう。


 それでも、最近の私は、辺境での盗賊団や、悪徳商人からの略奪などで、懐が温かい。

 なので、この程度の支出は問題無い。


 それと、グレモリー家の借金と、私おっぱいは何の関係も無い。



 なお、前屈みになっている彼の言葉にあった「そういう用途」とは、人型ゴーレムには、いわゆる「大人の玩具」的な機能が搭載されているタイプがある。

 もちろん、レッカーくんにもついていると思う。

 グレードを下げて、ほかの機能までオミットされては本末転倒だし、あっても使わなければ無いと同じなのだ。


 ただし、店員さんから、その利用方法とかオプション装備などの説明を、店頭で――衆人環視の中でされるというセクハラを受けたけれど。


 もっとも、日頃から、アイリスとか、アルとか、クリスとか、いろいろな人から様々なセクハラを受けているので、今更その程度で動じることはない。

 というか、トシヤという生粋の変態を見た後では、何もかもが可愛いものである。


 ちなみに、彼は衆人環視の方が興奮するらしく、不可抗力を装って、全裸になったり、肉塊になったり、いろいろする。


 彼にもきっと、無垢な子供時代というようなものがあったはずなのに、それがああなってしまう――人間の可能性のすごさを再確認させられた。

 この可能性を別の方向に向ければ、すごい人物に――いや、今でもある意味すごい人だけれど、彼がよき理解者を得られるかが心配である。

 むしろ、よき理解者がいた方が心配だ。



「でも、助かりました。本気で大空洞の調査をするつもりなら、どうしても必要なものですしね」


 ルナさんは良い子である。


 表向きはアイリスの従者である私が、「レッカーくんを用意したから仕事はしない」と言っても、「ふざけるな」となるはずだ。

 それを、いろいろと思うところはあるはずなのに、現状を最大限好意的に解釈して、目標に向かって邁進しているのだ。



「これはいよいよ結果を残さなくてはいけなくなりましたね! ――ですが、ユノ殿はなぜそんなひつ……箱に入っているのですか?」


 ジュディスさんは、ルナさんの従者――護衛という立場上、ルナさんのように好意的に解釈できないことは理解できる。

 あの時、私に飛びかかってきたのもそういうことなのだろう。


 しかし、世の中には、見えていても触れない方がいいこともあるのだ。

 それが分からない――分かっていても実践できないのは、若さゆえの未熟さか。



「ユノは狭いところにいると落ち着くらしいので……。まあ、私たちが危なくなったら助けてくれると思いますので……」


「師匠、棺桶の中にいても外の様子が分かるなんてさすがっす! 私もやってみたいっす!」


 アイリスには、苦しい言い訳をさせてしまって申し訳ないと思っている。


 エカテリーナさんは、これを新しい遊びか修行だと思っているようだ。

 今日も素晴らしい駄犬っぷりを見せている。



「ゴーレムの持ち込みはよくあることですけど、参加者扱いした奴は初めてですね」


「攻略が始まってすらないのに、棺に入っているのも初めてだけどな……」


「というか、あの棺、空気穴のひとつも見当たらないんですけど、大丈夫なんですかね? 本当に中で死んでいたりしませんよね? さすがにこんなことで査定に響くなんてことは勘弁してほしいんですけど……」


「というより、棺の側で、虫除けか魔物避け……、何かは分からんが香を焚いているせいか、遺影でも置けば葬式にしか見えんが……。まあ、恐らく、中に何かしらの仕掛けがあるのだろう……」


「うむ、彼女はいろいろとおかしな存在だが、さすがにこんなエキセントリックな自殺をするとは考えられない」


 引率の講師陣の言葉は聞き流した。



 なお、この箱には空気穴は存在していない。

 そこから虫に侵入されでもすると大惨事だから。

 呼吸を卒業している私は、空気が無くてもいくらでも我慢できるけれど、虫の侵入は許されない。


 恐らく、レッカーくんが引き摺っているこの箱の下では、無数の虫たちが踏み潰されているだろう。

 それに、彼女たちも度重なる戦闘で、魔物の返り血や虫の返り体液で汚れていることだろう。


 しかし、箱の中に閉じ籠って情報を遮断している限りは、それを認識することはない。


 できれば応援くらいはしてあげたいという想いはあるものの、私にだってできないことは存在する。


 朔に外の様子を言葉で伝えてもらい、その都度必要とされるものを取り出して渡す。

 それが今の私の精一杯だ。

 この箱の中だけが、私の安息の地なのだ。


 できれば、最後までこの聖地から出ることなく、遠足を終えたいと思う。

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