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24 サプライズ

 5月25日はアイリスの誕生日である。


 当然だけれど、この日を境にアイリスは17歳となるので、ステータス上は私より年上となる。


 なお、私はいまだにロスタイム中らしく、16歳のままだ。


 置いていかれる気がして少々寂しくはあるものの、成長するのは個としても、種としても、もっと大きなもの的にも本懐なはずなので、素直にお祝いしたいと思う。


◇◇◇


 私たちが学園に行っている間に分体で部屋を飾りつけて、バースデイケーキを用意した。

 もちろん、魂はギリギリ宿っていない。


 なお、ルナさんたちにはこのことを伝えていない。


 私の料理を食べさせることが悪影響となるのは、エカテリーナさんや学長先生で証明済みである。



 エカテリーナさんには、「それは夢だ、そんな都合の良い物があるはずがない」と再三言い聞かせて、代わりにヤマトで手に入れた普通の料理を食べさせ続けた。

 そうして、多少なりとも記憶を上書きして、どうにか誤魔化すことができたと思う。


 しかし、今でも時折私を見て涎を垂らしていたりする。


 駄犬としてはあるべき姿だけれど、年頃の女の子としてはどうなのか。



 そして、学長先生も、体調を崩している――というか、療養中の彼をこっそり覗きに行ったところ、身体ではなく心を壊していたのには、さすがに言葉が出なかった。


 いい歳をした大人が、「ママ、ママ」と幼児退行している姿を見るのはかなりキツい。


 いくら何でも効きすぎだとは思うのだけれど、嗜好とは人それぞれなものだし、上手くツボに入ったのかもしれない。



 とにかく、エカテリーナさんとは違って、彼に対して証拠隠滅は難しい。


 記憶を喰らって消すにしても、彼が心を壊しているところを、既に多くの人が見ている。

 つまり、その全員の記憶を消さなければ意味が無い。

 そして、もしひとりでも漏らせば、確実に私が疑われる。

 どう考えてもリスクが高すぎる。

 これくらいのことに世界の改竄をするのも大袈裟だし、彼については打つ手無しとするほかない。



 もっとも、精神を病んでいる人の言葉の信憑性なんて、普通に考えれば無い。

 最悪、私の料理が原因だとバレたときでも、ヤマトの料理で誤魔化すことができるはず――少なくとも、魔界の物と比べれば遥かに上等かつ現実的だ。

 後は、朔の話術に期待しよう。


 それでも、魔界を混乱させたいわけではないので、バレないように立ち回った方がいいだろう。




 さておき、ルナさんたちを呼ばなかったのは、私の料理だけが理由ではない。


 グレードは下がるけれど、料理やケーキは、ヤマトの物を使ってもいいのだ。

 アイリスだって、食べたことのないヤマトの料理は喜んでくれると思うし、みんなでお祝いした方が盛り上がるはずだ。


 私には理解が難しいけれど、女子的には「共感」というものが重要なのだそうだ。

 教官ならできるし、叫喚ならさせられるのだけれど。



 さておき、それでは何が問題なのかというと、「価値観の違い」という身も蓋もないものだ。


 彼女たちが、アイリスへのプレゼントとして何を持ってくるか、差し入れという名の料理がどんなものかを考えると……。


 一生記憶に残る誕生日になる。

 もちろん、悪い意味で。


 気持ちだけで充分と釘を刺しても、駄犬のエカテリーナさんは別として、ルナさんとジュディスさんは要らない気を利かせてしまうだろう。

 きっと、「サプライズ!」とか言って。

 違う意味でビックリするわ。



 彼女たちには、私とアイリスが、虫とかが苦手なことは伝えている。


 しかし、その数日後にされた仕打ちで、彼女たちとは分かり合えないことを悟っている。


「見た目は確かに気持ち悪いですけど、それさえ気にしなきゃ本当に美味しいんだから! ほら、これなんか全然原型残ってないし、美味しいだけじゃなくて栄養価も豊富なんですよ!」


 彼女たちが持ってきた団子状の何かは、原型が無いとか言っておきながら、その団子から芋虫の顔らしきものがコンニチハしていた。

 価値観の違いは決定的だった。



 彼女たちが、善意でやってくれていることは間違いない。

 善意であれば許されると思うなよ?



 私の方は善意でも何でもないけれど、私や湯の川の料理を、アイリス以外の前では出さないようにしている。


 それでも、私が料理魔法を使うという設定上、友好関係にある彼女たちを誤魔化し続けることはできない。

 なので、たまに王国やヤマトの料理を振舞うことがある。


 もちろん、高級料理だとか良い素材を使っているようなことはなく、庶民が日常的に食べるような物だ。


 ……これを仕入れるためだけに、わざわざ瞬間移動するのは間違っているような気がするけれど。



 それでも、魔界の水準ではご馳走といえる物なのだ。


 鈍器かと思うくらい硬いパンでも、小麦の風味がどうとか言いながら美味しそうに食べる。

 コメントだけはグルメだけれど、合間合間に虫もバリボリ食べているので、全体的にはグロめ。

 というか、香りを付ければ石でも食べそうだ。


 また、ただの塩水のようなスープでも、野草とか虫をトッピングしてご満悦。

 出汁は薄くても、太い肢が入っているので食べ応えが罰グンだ。



 そんな感じで、私たちの感覚では最低限以下の食事でも、彼女たちは大喜び。

 そこに、エカテリーナさんが時折洗脳から脱却して、「あの時の料理はもっと美味しかったっす! また食べたいっす!」などと言って、みんなの期待を煽る。


 駄犬のくせに記憶力が良い――いや、この場合は執念か。


 下手に誤魔化すと逆効果になりそうだし、ご飯目当てに居座られても面倒なので、料理魔法には私のコンディションが影響するとか、本当は量を出すには充電期間が必要とか、みんなに振舞った後の私とアイリスの食事が質素になるとか、適当なことを言って誤魔化している。


 もっとも、後者のサンプルとして、以前開発したバランス栄養食から味と香りを抜いた物を出してみたところ、「こんな味気ない食事は可哀そうです!」と、今度は差し入れされる側になるという、余計なお節介を招くことになってしまった。


 もちろん、実際には普通の食事を摂っているので、気持ちだけいただいておく。


 嘘を吐き続けるというのは、存外難しいものだ。


◇◇◇


 アイリスが帰ってくると、サプライズ開始だ。


「ハッピバースデートゥーユー♪」


 ふたりっきりの誕生日会を、定番のバースデーソングで祝福する。


 このバースデーソングは、私のいた世界ではギネスにも載っている有名な歌で、そういった影響力の強いものについては、世界が違っていても共通していることが多い。

 そして、過去の勇者が持ち込んだのだろう。



 なお、なぜか湯の川でも、主役不在の誕生日ミニライブが開催されている。


 何かが間違っている気がするけれど、アイリスが町の人に好かれていることが分かったので良しとしよう。


 もちろん、それが私に気持ちよく歌わせるための口実とか嘘なのかもしれないけれど、それは騙されてもいいものだ。



 なお、町の人たちから届けられたアイリスへのプレゼントは、一旦巫女たちに預けられていて、お花や食べ物などの日持ちしない物は私へと回されて、その中から厳選された物が飾りつけに使われていたり、テーブルの上に乗っていたりする。


 それ以外の物は、量的にここに持ち込むのは無理なので、湯の川に帰ってから渡すことになっている。



「フンフフンフーンディアアイリスー♪」


 私が本気で歌ったり、一定以上を歌ったりすると、精霊とか著作権協会の人を呼び寄せたりするおそれがあるので、歌詞を(ぼか)したり省略したりして効果を抑える必要がある。


 もっとも、英語の歌詞やメロディーの著作権は切れているはずなので、日本語訳のものを歌わなければ大丈夫なはずだ。

 精霊の方はもうどうしようもない。


 まあ、どちらも魔界にはあまりいないようなので、この程度で湧いてくることはないと思うけれど。



 なお、私の努力が実を結んだのかは分からないけれど、飾りつけていたお花が、当初より目に見えて大輪の花になっていたりするくらいで済んだ。

 町の人たちが作った料理も、より美味しくなっているはずだ。



「ありがとうございます。覚えていてくれたんですね」


「もちろん。でも、ここだと大したことはでき――」


 いくら忘れっぽい私でも、大事なことくらいは忘れない。


 とはいえ、誕生日そのものを意識しすぎていたからか、その周辺のことが疎かになっていたかもしれない。

 アイリスを祝うにしても、魔界では大したことはできない――と思っていたけれど、よくよく考えれば、できるところに連れて行けばよかったのではないだろうか?

 別に、寮の部屋でしなければいけないということではないのだ。


 いや、今からでも遅くはないのか?

 飾りとか料理なら世界を改竄すればすぐにでもできる――参加者はどうするか――適当に拉致してくる?



「いえ、その気持ちだけでとても嬉しいですよ」


 気を遣わせてしまったようだ。


(いや、嫌な予感でもしたんだと思うよ。それに、アイリス的にはふたりきりの方が嬉しいんじゃないかな?)


(そうなの? でも、魔界に来てからアイリスとふたりきりになる機会は増えていると思うし、こういうことはみんなでお祝いするものなんじゃないの?)


(ボクにはよく分からないけど、女心とかいうやつじゃない?)


(女心って……。私も今は女だけれど、それとこれとがどう関係しているのか分からないよ?)


(ユノは女心以前に、人の心が分からないんじゃない?)


 ぐう……!

 酷いことを言われた気がするけれど、あながち間違ってはいないので言い返せない。


(とにかく、アイリスの表情を見る限りでは喜んでるみたいだし、これでいいんじゃないの?)


 ふむ。

 まあ、確かに。



「誕生日、おめでとう。これからもよろしくね」


 とにかく、こういうことは気持ちが重要なのだ。

 とは思うものの、月並みな言葉しか出てこないのも少し歯痒い。

 もう少し気の利いたことを言えるようになりたいものだ。



「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いしますね」


 まあ、そういうのは来年以降の課題としよう。


◇◇◇


「これを町の人たちが作ったんですか? ドワーフとか一部の人たちを除いて、料理なんて最初はみんな『焼くか煮るか生!』というくらい原始的なものでしたのに……。いえ、彼らからしてみれば、味つけも臭み取りもしていたので、立派な料理だったんでしょうけど、異世界や王宮の料理を知っているとどうしても……。それが、日本の一般家庭のレベルを超えていませんか? 進歩のペースが尋常じゃないですね……。それに比べて私ときたら……!」


 テーブルに並べられた料理が湯の川の人たちの作だと分かると、アイリスは酷くショックを受けていた。

 彼女の絶望的な料理――だけではないけれど、自身の不器用さと町の人たちの技術向上の差に思うところがあるらしい。



『アイリスの不器用さはシステム的なものなんでしょ? それに、湯の川の住人たちは、みんな好きなことに集中できる環境があるからね。ユノの面倒をみなきゃいけないアイリスとは、使える時間が違うよ』


 朔が言うように、アイリスの不器用さはシステムのマイナス補正によるところが大きいと思う。

 でなければ、あんな怪作は生まれない。


 むしろ、個性と考えれば、あれはあれでありなのではないかと思うようになってきた。


「適材適所だね。まあ、『好きこそ物の上手なれ』って言葉もあるけれど、アイリスって、料理とかあまり好きじゃないよね?」


 本人のやりたいこと、やるべきこと、できることが一致しているのが幸せだけれど、アイリスにとって、料理はそのどれにも該当しないように思う。


「ええ、ですが、女子としては料理のひとつくらいは……」


「うーん。今の時代、というか少し前? ――っていっても日本でのことだけれど、料理のできる男がモテるとか、そんな時代もあったし、気にする必要は無いと思うけれど」


「そういえば、ユノは最初は男性でしたよね。日本にいた時から料理はしていたんですか?」


「ううん。お湯を沸かしたりするくらいはやっていたけれど、電子レンジとか、小難しい電化製品は上手く使えなかったから。それに、妹たちにも余計なことはするなって言われていたし、自分ひとりだと、外食で済ませることが多かったかな」


「電子レンジが小難しい……!? ボタン押すだけじゃないですか……」


「ボタン、いっぱい、難しい」


 ボタンを押しても反応してくれない時があるし、動いたと思ったら爆発したこともあったからね。

 時短レシピというより、自爆レシピだったよ。

 さすがに慎重にもなる。


「なぜ片言に……。でも、こっちに来て料理に目覚めたんですから、ひょっとするとユノには才能があったのかもしれませんね」


『あれを料理――調理っていうと、調理師が怒りそうだけどね』


「料理は愛情っていうし。まあ、でも、調理師さんが怒りそうなのも分かる」


「そう、愛ですよ、愛! 確かに料理とかは好きではありませんけど、私だって、ユノの誕生日とかに何か作ってあげたいじゃないですか!」


 誕生日に限らず、アイリスにはいつも非常に助けられていると思うのだけれど、アイリスだって当然そんなことは分かっているだろうし、それとはまた違う話なのだろう。

 それが何なのかは理解できないけれど。



「うーん、じゃあ、来年の誕生日はアイリスの愛を楽しみにしておくね」


「はい、楽しみにしていてください!」


 アイリスのこういった前向きなところは実に良い。

 私としては、これだけでも充分なのだけれど、やる気に水を差すようなことを言うのも野暮だろう。



「ああ、そうだ。これ、誕生日プレゼント。アイリス的にいうと私の愛の形かな? 何だか照れるね」


 渡すタイミングはここしかない――と、手織りのハンカチをアイリスに手渡した。

 そもそも、愛が何なのかよく分かっていないのだけれど、私なりの愛ということにしてもいいだろう。


 なお、このハンカチを作るために始めた織物や編物は思いのほか楽しくて、今でも趣味として続けている。

 確か、ソフィアの誕生日が8月で、リリーは9月だったな。

 秋物の服でも作ろうか。

 あ、湯の川には秋はなかった。



「ありがとうございます! 黒い――というか、ユノの髪と同じ色のハンカチですか。大事に使いますね」


「うん、手織りだから。ちょっと気合が入りすぎて、そんな色になっちゃったけれど」


 織物編物の腕は上達した。


 朔に言わせれば、『世界の改竄で創れるものを、わざわざ過程を経ている時点で上達とはいわないよ』とのことだけれど、物事には結果ではなく、過程が重要なことだってあるのではないだろうか。


 さておき、少々気合を入れすぎたためか、色がアイリスの言うようなものになってしまったのが少し残念だ。

 悪い色ではないとは思うけれど、年頃の女の子が持つようなものではないと思う。


「しかし、織物ですか……。着々と女子力をつけていきますね……」


『ボクが指導してるのもあるけど、素材が良いからね。――と、これはボクから。ユノのハンカチみたいに特殊な効果はないけど、お守り代わりにでも』


 朔がアイリスへのプレゼントとして用意していたのは、ロケットペンダントだ。

 分析や再現が得意な朔らしく、意匠や装飾は湯の川の職人たちとも遜色がない。

 正直、クオリティの面では私のハンカチより数段上だろう。

 もちろん、こういうことは気持ちが重要なので、どちらが良いかということではないけれど。



「ありがとうございます。……せっかくですので、着けてもらっていいですか?」


 アイリスに請われるまま、彼女の首にペンダントをかけようとした瞬間、ガシャンという大きな音と共に、エカテリーナさんが窓を破って飛び込んできた。


「ああっ! 良い匂いがすると思ったら! ふたりだけでずるいっす!」


 ……またか。


 今日は余計なことができないようにと、訓練を厳しめにしていた上に課題まで与えていたのだけれど……。

 殊訓練においては、彼女たちが私の指示を違えるとは思えないし、彼女たちの潜在能力を過小評価していたのかもしれない。


 というか、彼女の嗅覚とか、窓を破って入ってくる神経はどうなっているのか。



「エカテリーナ、突然走り出してどうしたんで……! あ、アイリスさんとユノさん、こんばんは……」


 エカテリーナさんを追って、ルナさんまでやってきた。

 もちろん、窓から。



「お嬢様、エカテリーナは……、っ!? あ、どうも、先ほどぶりです……」


 そうなると、当然ジュディスさんもついてくる。



「師匠、今日のご馳走はいつもより気合入ってるっすね! 食べてもいいっすか!?」


「エカテリーナを追っていたとはいえ、窓から入ってしまって申し訳ありません……。それはともかく、本当に今日のお料理はすごいですね……!」


「窓は後で修理しておきますのでお許しを……。しかし、本当に……! 料理から《威圧》を受けている気すらします」


 今日は彼女たちを食事に招いていないのに、食べる気満々だ。


 もっとも、決定権は今日の主役のアイリスにあるので、彼女の意思次第。

 アイリスが望むなら、排除するのも(やぶさ)かではないのだけれど、



「ユノ、人数分のお皿を用意してください」


 アイリスは、私の目配せ(※エカテリーナさんが飛び込んだ瞬間にバケツを被っていた)を察して、苦笑交じりにそう答えた。


 まあ、アイリスならこう答えるだろうと予想していたし、湯の川で預かった料理も充分にあるので問題は無い。



「やった! っす!」


 エカテリーナさんの感情を素直に表現できるところと、受け身が上手くなったところだけは評価しよう。


「すみません。突然押しかけた上に、催促までしたみたいで……」


 みたいも何も催促だよね。

 というか、口ではそう言いながらも、意識は料理に向いているよね?


「いえ、きっとアイリス殿とユノ殿のこと、これだけのご馳走を、最大限美味しく食べられるようにと、あんな鬼のようなトレーニングを……!」


「なるほど。……あのトレーニングは思い出しただけでも寒気がしますけど、後にこんなご褒美が待っているのなら、また頑張れそうな気がします……!」


「毎日でも頑張れるっす!」


 ほう。

 それなら次からはもっとレベルを上げていこうか。



 とはいえ、ふたりきりの誕生日パーティーで、プレゼントを渡して、食事をして、その後はどうすればいいのかが分からなかったので、ある意味では助けられたともいえる。


 もちろん、それはそれ、これはこれなので、明日からの訓練では容赦しない。

 それでも、今この瞬間だけは、楽しく過ごしてもらおう。


 アイリスの誕生日であることは、最後まで伏せたままで。


◇◇◇


――アイリス視点――

 いつもより激しい訓練の後で、課題まで出されて虫の息になっているルナさんたちを残して、寮の自室(愛の巣)に戻りました。


 すると、色取り取りのお花で鮮やかに飾りつけられた部屋の中で、静かに佇む歌姫バージョンのユノの姿が目に飛び込んできました。


 眼福です。



 今日は私の誕生日で、ユノと朔がそのことに一切触れないのも変でしたので、サプライズもあるかなとは予想していました。


 しかし、心の準備をしていても、これはすごいインパクトです。


 この人の手では作り出すことが不可能な荘厳な光景を見れば、どんなに筋金入りの無神論者でも考えを改め、女神の前に頭を垂れるでしょう。



 しかし、その中心にいるユノの口から流れるのは、誰もが一度は聞いたことがあるバースデーソングです。

 これも天上のものといっても過言ではない素敵な歌声なのですが、ギャップがすごくて少し戸惑ってしまいます。


 しかも、ユノ自身の誕生日の時の雑談で、「知ってるか? ハッピーバースデートゥーユーの歌の歌詞には著作権があるらしいぞ」とグレイが言っていたのを気にしているのか、一部鼻歌になっていたり省略されていたりしています。

 そんなことを気にしている神様を見たのは初めてです。



 この視覚と聴覚、そして内容の差が正気度の侵食を助長するのです。


 ちなみに、「正気度」とは、言葉のとおりにその人が正気かどうかを表すものです。

 パラメータには表示されませんが、確かに存在しています。



 正気度は、その人の許容量を超えた恐怖などの感情や、理解できない何かを目の当たりにしたときに減少します。

 その最大値や減少ペースには個人差があって、これに関してはレベルの上昇による恩恵や補正をほとんど受けないそうです。



 人は、正気を失う原因となるものに遭遇すると、ほとんどの場合は本能的にそれを回避しようとします。

 それが「恐怖」であれば、「逃げる」とかですね。


 もっとも、正気度が減少している最中は、理性を保つとか、論理的思考を展開する余裕が無いことも多いので、選択を誤ったり、効率的ではないことも多いですが。

 さきの「恐怖」の例ですと、「立ち向かう」などと考えてしまうことでしょうか。

 正気度を減少させるほどの恐怖に立ち向かうのは、普通に考えれば自殺と変わりません。


 そして、正気度が一定以下になると、錯乱して意識や記憶への障害が出たり、重度になると廃人になることもあるそうです。



 私の場合は、《巫女》スキルで女神様との初めての接触をする際、先任の巫女から「女神様のお力を借りたりすると、正気度が減少するよ」と注意を受けたことで知りました。

 その時は何のことか分かりませんでしたが、実際に使ってみると、嫌でも理解させられました。



 まず、神様の感覚やその情報量は、人間に処理しきれるものではないのです。


 そして、ユノの場合、それをナチュラルに振り撒いています。

 しかも、相手に気づかせずに。


 それでも、ユノの場合は、大半の人は多幸感を感じるだけですので、大きな害はありません。


 しかし、立場や思想などからそれを認められずに、抵抗したりしようとすると、大体はルークやリディアさんのようにろくな目に遭いません――と、リディアさんはまだまだこれからでしょうか。


 あの人が魔界のために行動しているのは分かりますので、破滅はしないでほしいものです。




 私は正気度侵食に対する耐性と、どんなユノでも愉しめる心の準備と愛がありますので、そこまでの被害はありません。


 時折、無性にユノを味わい尽くしたくなりますが、私の肉体的な限界と、道具を使うにしても、ユノと道具との相性問題があって、どう頑張っても最後までイケません。

 いえ、私ばかりが、その、ゴニョゴニョですので、若干消化不良なくらいです。


 どうすればユノと結ばれることができるのか。

 ユノを傷つけるには、最低でも聖剣や魔剣クラスの攻撃力が必要になると、朔がこっそり教えてくれましたが、そういう意味で傷つけたいわけではないので、そんな物騒な物は持ち出せません。



 試しに、私自身に聖属性付与してみたこともありますが、ユノに触れた途端、当然のように無効化されました。


 八方塞がりな私に、『魔法を自分の外に纏うんじゃなくて、自分の中を魔法で満たすんだって』と、またも朔からアドバイスをいただきましたが、意味がよく分かりません。


 残念ですが、アドバイスがもらえるだけ恵まれていると考えて、努力するしかありません。



 朔から頂いたペンダント――賢者の石が埋め込まれている物にヒントがあるのかもしれません。


 もちろん、ユノの方から求めてくれるようなら是非もないですが、人間性のほとんどを喪失しているユノにそんな期待はできません。


 そもそも、彼女は日本にいた時から人間ではなかったはずですし、そんな人間性に期待すること自体が間違いです。


 はっきり言ってしまうと、ユノのそれは、「人間性」というより「人間の振り」です。


 歪ながらもどうにか形になっているのは、御両親や妹さんたちの教育の賜物でしょう。

 そのおかげで感情は確かにありますし、欲望――は薄いですが、好奇心は旺盛ですので、そこにワンチャンある感じです。


 現時点では一番リードしているのは私だと思いますが、うかうかしていては、馬の骨とか女狐にかっ(さら)われるかもしれません。



 残念ながら、私にとって特別なこの日も、空気を読めない闖入者(ちんにゅうしゃ)のせいで、本当に欲しいものは手に入りそうにありません。


 それでも、焦っても仕方がないことです。


 それに、この愉快な友人たちと過ごす楽しい時間も、前世やユノに出会うまでの私には望んでも得られなかったものです。

 ですので、こういう時間も大切にしていきたいと思うのも本当です。

 これも、ある意味ではユノから頂いたプレゼントといえるのかもしれません。



 ちなみに、ユノから頂いたハンカチですが、《鑑定》してみると、


 名称  邪神の領域

 種類  対神兵器ハンカチ

 耐久度 耐久度の変わらない、ただひとつのハンカチ

 効果  吸水性(抜群) 消毒(毒を以て毒を制す) 除菌(666%)

     体力回復(健康第一) 魔力回復(家内安全) 奇術(1、2、3)

 詳細  邪神が創り出した、この世界には属さない領域。危険度SSS+。

     迂闊に触れると呑み込まれるおそれがあります。

     決して手を触れないようにして、直ちに管理者に連絡してください。



 さすがです。

 すごいことは分かりますが、意味は分かりません。


 スキルレベルを表示するはずのカッコ内には、本来であれば数字が入るはずなのですが、ユノのステータス同様おかしなことになっています。

 唯一数字が入っている除菌にしても、666%の除菌とは一体……?

 奇術とは「1、2、3」で物を増やしたり消したりできるのでしょうか?

 種も仕掛けも無さそうで、何が起きるか分かりませんので、怖くて試せませんが。

 そして、出ましたね、管理者……。

 既にガッツリ触れているのですが……私だけは特別ということでしょうか?

 やはり、愛ですね!



 また、朔からいただいたペンダントも、


 名称  サターンV

 種類  多段式ロケット

 耐久度 666/666

 効果  魔力増幅(特大) 状態異常耐性(大) 精神異常耐性(大)

     侵食耐性(中) 耐久度自動回復(小)

 詳細  対邪神用装備。賢者の石(特級)内蔵。



 ユノのものよりは遥かに常識寄りですが、ユノと同様に、意味の分からないところも残っています。

 効果的には文句のつけようもないのですが、文句の付けようがなさすぎるというか、伝説とか神話に登場するような代物ですので、せめて偽装でも施さないと常用はできそうにありません。


 それでも、朔からもプレゼントを頂けるとは思ってもいませんでした。


 それに、効果や詳細を見る限りでは、ユノ攻略のヒント――私が本当に欲しいものをチョイスしてくれた感もあります。


 さすがです。



 もしかすると、ユノよりも空気が読めたり、人の心が分かっているのかもしれません。


 もちろん、ユノの、空気が読めていないのに読めていると思い込んでいる様子や、人の心が分からずに困惑している姿も可愛いのですけどね。

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