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23 課外活動

――ユノ視点――

 闘大に通い始めて一か月ほどが経った。


 初日のあれこれは、いろいろなところに飛び火して、結構な騒ぎになってしまった。

 ただ、身動きが取りにくくなったのは私たちだけではないので、実質セーフ。


 もちろん、アイリスからもお叱りを受けたので、しばらくは大人しくしているつもりである。

 というか、大筋では私も被害者なので、気をつけようもないと思うのだけれど。



 それでも、初日以降は特に大きな騒動もなく――テロ関連の事情聴取に、憲兵さんや騎士団的な人が何度か訪ねてきたけれど、容疑者として疑われている様子もなく、それ以外でも平穏といってもいい日が続いている。




 そんな感じなので、事情聴取などがなければ、午前中はアイリスに付き添って講義を受けたり、ただ散歩をしたりして時間を潰す。

 午後からは、ルナさんたちと狩りに行くアイリスを見送ってから、料理や織物をするか、エカテリーナさんを散歩に連れて行ったりなど、基本的に怠惰な毎日を送っている。



 といっても、怠惰に見えるのは、ここにいる私だけである。


 まず、遊んでいるように見えても、不可視の状態でアイリスに帯同している。

 もちろん、普通に帯同してもいいのだけれど、私が戦っても、ルナさんたちの実績や訓練にもならない。

 そして、戦わないなら、ついていく必要が無い。


 そもそも、魔界村の周辺での狩りの対象は、食料となるゴブリンや昆虫、稀に獣(※人型含む)と、私の精神衛生上非常によろしくない。

 ついていっても役に立たないどころか、無駄に弱点を曝すだけなので、お留守番ということにしているのだ。



 特に、魔界村に来る時は幸運にも遭遇しなかったのだけれど、魔界にはゴブリンや獣を宿主とする、特殊な寄生虫――のようなものが存在するのだ。


 それは、カマキリのお腹から出てくるハリガネムシを、更に禍々しくした触手状のもので、宿主を斃すと体中の穴や傷口から吹き出して、新たな宿主を得ようと襲いかかってくるのだ。

 恐怖以外の何物でもない。



 アイリスは、「ユノの触――領域の方がもっと怖いと思いますよ?」とは言うものの、それは「生命に対する脅威度」と「生理的嫌悪感」の違いであって、比べるものではない(※個人の感想です)。


 それと、領域と触手は混同しないでほしい。

 そう見えないように、花弁状に展開しているのだから。


 もしかすると、動かすのがまずいのだろうか?

 結果だけを出すこともできるところを、努力次第で回避可能な過程をつけてあげている、ある種の優しさなのに。



 さておき、この寄生虫の素性や習性についてはよく分かっていない。


 いや、十中八九瘴気のせい――というか、瘴気そのものが核というか憑代を得て変質したものだと思うけれど、なぜ寄生虫っぽくなるのかは理解できそうにない。


 見た目については、先述した太いハリガネムシとか、某有名アニメーション映画に出てくる祟り神のような感じで、とにかく気持ち悪い。

 それに寄生されると、狂暴化したり、更に症状が深刻になると、宿主を異形化させることもあるようだ。


 当然、寄生虫本体やそれが寄生していた肉を食べると、生来各種耐性の高い悪魔族であっても体調を崩したり、寄生されて前宿主と同じ末路を辿ることもある。


 なので、それらはもったいなくても、焼却処分するのが通例となっているそうだ。



 なお、トイレの下などで養殖されているゴブリンには発生しないことが確認されている。

 多少なりとも食料事情の安定化に寄与したという面では、アルの功績は大きい。


 アルが大魔王に危害を加えながらも、彼を匿っていたグレゴリー家の処分が損害賠償のみで済んでいるのは、こうした功績もあるからなのだとか。



 とにかく、管理飼育下にない魔物などを狩るハンター業において、寄生虫問題は避けては通れない。


 故意に寄生虫を町に持ち込むのは重罪だとかの細かい規則はさておき、外見上には違和感の無いゴブリンや盗賊でも寄生虫を宿している可能性がある。

 それを考えると、人目のあるところで能力を使えない縛りのある私には何もできない。



 だからといって、アイリスをひとりにするわけにもいかない。

 信頼して任せるのが筋かなとは思うけれど、彼女は戦闘は――戦闘以外も不得意だし、そこは補ってあげないと、私が恩恵を受けるばかりになってしまうしね。


 とはいえ、寄生虫だけなら、アイリスでもどうにでもなる――というか、アイリスの聖属性魔法は、瘴気に対して若干の浄化――いや、上書きだろうか?

 まあ、魔法の本質は領域の喰らい合いという意味では、それを体現しているアイリスの魔法の階梯は、みんなより少し高いのかもしれない。


 とにかく、相性的に有利なので、ルナさんの実力に合わせているうちは、後れを取ることはないと思う。



 ただし、妨害勢力が干渉してきたときなどは私の出番になる。


 不可視状態でそういった位置にいると、時折不審な人が釣れる。


 もっとも、実害がありそうなら排除するけれど、危険性が低そうならアイリスに合図を送って警戒してもらうだけだ。

 場合によっては、背後関係を調べるために追跡したりもするけれど、今のところ、そんなに成果は出ていない。




 狩りに行かない日は、ルナさんやジュディスさん、それとエカテリーナさんの近接戦闘の訓練を見てあげたり、実際に実戦形式の稽古をつけてあげたりしている。


 また、時々「クリティカル研究会」と名を改めた棒術サークルの人たちに、ルナさんたちの新スキルの実験台になってもらったりして、人脈の面からも協力している。



 なお、訓練の際にはアイリスもいるのだけれど、彼女は理不尽さを感じるレベルで身体を動かすセンスがない。


「力任せに叩きつけることくらいならできます」


 という彼女の一撃は、超がつくほどへっぴり腰で、力任せというよりもレベル任せとかシステム任せといった方が正しい。

 出会った当初からそんな感じはあったけれど、身体を動かしていれば慣れてくるだろうと思っていた私が甘かった。

 レベルが上がれば上がっただけ、不器用さが加速するとは……。


 パラメータに関しては、一部を除いてはレベルなりにあるそうなのだけれど、システムのサポート対象ではない「スキップ」ができないなど、言い訳しようもない現実がある。

 そんな事情もあって、身体を動かすことや、物作りなどでの彼女の「できます」は、決して当てにしてはいけない。


 なお、彼女のスキップは、見る人の心に不安を与え、「混乱」の状態異常を引き起こす効果があった。

 本人の名誉のためにも、二度としないように忠告しておくべきか悩んだけれど、見なかったことにする大人の対応をした。




 エカテリーナさんは、誰からも何も言われることもなく受け入れられている。


 聞くところによると、以前の彼女は、人懐っこいけれど他人の話を聞かず、対話には肉体言語を好んだことから、「狂犬」と渾名されていたそうだ。


 それが、私と一緒にいるようになってからは、私の言うことだけは聞く駄犬となったため、その更生に期待されているらしい。

 押しつけられても困る。


 アイリスには少し面白くないようだけれど、それでも竜や魔王を拾ってこなかっただけマシだと諦められているようだった。



 そんな感じで、闘大というか、魔界村周辺は平和そのもの。

 ルナさんは、外界進出のためのスタートラインに立てそうで、アイリスは彼女を目の届くところに置くことに成功している。




 何度か、ルナさんの外界進出を良しとしないグループからの、脅迫というには可愛らしい嫌がらせもあった。

 といっても、直接的なものは、私が排除してしまうので問題にはならない。


 性質(たち)が悪かったのは、異臭のする卵とか肉とかを送られてくることだった。

 それも、悪臭が問題ではなく、食べられるかどうかでルナさんたちが悩むのだ。

 どれだけ食い意地が汚いのか……。

 ヤバいね、悪魔族。



 それも、副学長先生からの提案で、彼の研究室に4、5日に一度くらいのペースで訪れるようにしたところ、随分と頻度が下がった。 


 ルナさんが、彼の研究――魔界の将来に貢献していると過激派グループに思わせることで、逆効果となるような干渉を抑止しているのだとか。


 それも、ルナさんの外界進出が具体性を帯びてきた時点で効果は無くなるとのだけれど、彼の研究が実を結べば、ルナさんだけではなく、グレモリー家が自由になる未来もあり得るとのことだ。



 なお、アイリスは、それを「マッチポンプでは?」という疑いを捨てていないし、私も額面どおりだとは思っていない。

 というか、実際に副学長先生の手の者らしき追跡者もいたりもしたし。


 そういった勢力を、彼を通じて一網打尽にできればいいなと期待して、今のところは警戒しておくに止めている。


◇◇◇


 しかし、平和なのは魔界村を中心とした中央部だけで、辺境に行くほど治安は悪くなる。


 そして、アナスタシアさんの張った結界の境界付近は、なかなかに厳しい環境である。



 その魔界の外縁部とでもいうような場所には、結界に掛けられている魔法の効果で、人や動物はほとんど近づかない。

 聞くところによると、認識に干渉する魔法が働いていて、「此岸と彼岸の境界で、越えれば死ぬ世界の果て」だと錯覚させられているそうだ。

 一応、無理に越えようとすると結界に焼かれて死ぬそうなので、あながち間違いではないけれど。



 しかし、世界の果てとはいえ、様々な理由で中央にいられなかった人たちが、追い出されるように、誘われるようにそこに集まる。

 そして、そこで生き残るために必死に戦う。



 その結果、結界に近づくほどに世界が瘴気に汚染されて、とても毒々しい汚物に成り果てている割合が増える。

 そこから身体に悪そうな諸々を発生させているので、今ではそうそう近づけない感じになっている。


 私は呼吸を卒業しているし、太陽の直火でも日焼けしない程度に丈夫なので、問題は無いけれど。



 ただ、満月や新月の夜には結界が不安定になるため、外界進出のチャンスということで、主に選抜を勝ち抜いた人が無理して訪れるそうだ。

 しかし、どこに綻びが出るか、そもそも出ないことも珍しくないとかで、骨折り損になることも多いらしい。


 厳しい選抜を勝ち抜いた末に、濃密な瘴気の漂う中で空振りだったりしたときの落胆は、私には想像もできない。

 もしかすると、それも瘴気の発生源のひとつかもしれない。




 結界の忌避効果のようなものは私には効かないようなので、注意深く先に進むと、確かにそれらしき境界があった。


 それは、アイリスが使う結界より、ディアナさんの所の異界を構築していたものに近い感じだけれど、やはり「ある」と知らなければ、うっかり壊してしまいそうな弱々しいものだった。

 もっとも、それぞれの規模や効果などを比べると、充分に高性能なのかもしれないけれど。



 さて、アナスタシアさんからの要請に、結界の状態などを調べることが含まれていたので、魔界に来てすぐに確認に訪れていた。


 しかし、正直なところ、私に結界の状態なんて分かるはずがない。

 なので、そこは朔に頼るほかない。


『ボクもシステムの魔法はよく分からないし、頼られても困るんだけど』


 ……とのことで、報告だけすることにした。



 私に分かるのは、まずは結界の周辺の大半が、高濃度の瘴気で汚染されていること。


 瘴気は魔素とは違って、私でなくても目視できるようで、通常は赤とか紫とか黒とか色のついた霧のように見えるものだ。

 しかし、そこは、粘度の高い塗料をぶちまけたかのような、どぎつい色彩に包まれていた。

 さらに、汚染された毒々しい大地や木々には、苦悶する人の顔のようなものが現れているまである。

 ヤバいね、ちょっとしたホラーだよ。


 一応、写真でも撮っておこうかと思ったけれど、この世界のカメラは魔法道具である。

 もちろん、瘴気のせいで動作不良を起こして、心霊写真のようなものがいっぱい撮れた。


 これも何かの証明になるか……?


 とにかく、これが異常事態であることは私でなくても分かるだろうし、私でなければ即死していてもおかしくない環境である。



 さすがにここまで高濃度の瘴気が発生しているとは思っていなかった。

 というか、ここまで蓄積するものかと、人間の可能性に驚かされた。

 褒めているわけではないけれど。



 とはいえ、私なら侵食して浄化することも簡単なのだけれど、世界にとって良いものではないとしても、これも一応は人間などが一生懸命生きた証でもある。

 私の都合で台無しにしてしまうのはいかがなものかとも思ってしまう。

 むしろ、結果がこうなっただけだというだけで、努力の結果なのだから、私くらいは認めてあげるべきなのでは?


 いや、上手くやれば、解きほぐして、浄化ではなく解消みたいな感じにできそうな気もするけれど、さすがにそれは面倒くさい。

 何千年か放置しておけば、システムが無くても霧散するだろうし、とりあえず見守るか?

 その頃には魔界が無くなっていると思うけれど。



 とりあえず、対処まで指示されているわけではないし、そもそも、場当たり的な対処は根本的解決にはならない。

 それどころか、逆効果になる可能性もある。

 やはり、保留が正解か。


◇◇◇


 アナスタシアさんには連絡がつかなかったので、彼女のところの執事さんに、普通の人間や動物が長時間活動できる環境ではないことと、結界にも悪影響を与えているであろうことは報告しておいた。



 次の指示は、その執事さんから出された。


 アナスタシアさんは、いくつかのパターンの状況を想定して、その対処法も考えていたらしい。



 なぜ一度に話しておかないのか。


『一度に話すと長くなって、ユノが話を聞かなくなるからじゃない?』


 なるほど。



 とにかく、そういうことなので、現状でのアナスタシアさんの判断は、次のとおりとなる。


「緊急性を要するというほどではないけど、結界の劣化が懸念されるわね。可能なら、結界の動力源となっている神の欠片――神の秘石のようなものを探し出して、魔力――ないしは魔素を補充してくれないかしら。ユノちゃんならできるわよね? 世界樹が創れるんだもの。更に可能なら、結界維持のために必要と思われる措置をとってほしいな」


 お願いという体を取っているけれど、その実は命令である。


 面倒くさいので額面どおりに受け取ろうかとも考えたけれど、恐らく誰の得にもならない。

 それより、アナスタシアさんの物まねをする執事さんに意表を突かれて、反論する機会を逸してしまった。

 狙ってやったのだとすると侮れない……。


 というか、この世界にとって私は余所者というか、異世界そのものだと思うのだけれど、そんなのに維持管理を任せていいのだろうか?

 下請け的なイメージで考えているとか――いやいや、下請けに魔界を滅ぼす権限を与えちゃ駄目でしょう。


 もしかして、できないと思われているとか?

 可能か不可能かでいえば可能だし、魔界どころかこの世界ごとなかったことにもできると思う。


 常識的に考えて、煽って私の反応を確かめていただけだと思っていたのだけれど、実際に魔界の状況を確認してみると、それもやむなしという感じなので判断に困る。


 とりあえず、積極的に滅ぼさなくても自滅すると思うし、それからでも対処できるので、とりあえずは見守る方向で、アナスタシアさんからの依頼も適度にこなそうと思う。


◇◇◇


 ということで、アナスタシアさんから依頼された具体的な措置のひとつが、瘴気が生物や世界に与えている影響の調査及び対処である。

 もっとも、調査といわれても、私に分かることなどほとんどないので、対処がメインとなる。



 外縁部を散歩をしながら、瘴気に汚染されすぎて「死」ですら害になるような人や魔物を始末する。


 できれば解消、そうでなくても浄化くらいはした方がいいような気もするけれど、その対象は大体キモいから無理。

 理想と現実は違うのだ。


 とりあえず、死んだことにも気づかないようにすれば、余計な瘴気は発生しないので、それで良しとしておこう。


 もちろん、最近出せるようになった炎っぽい領域を使えば、あれやこれやもまとめて綺麗さっぱり焼却というか消滅させることもできると思う。

 しかし、そこまで手を出すのは、ルナさんや魔界を良くしようと頑張っている人に対する冒涜になりそうなので控えている。

 本当だよ?



 とにかく、環境に適応しようと努力するのはいいことだと思うけれど、それにも限度というものがある。


 例えるなら、病気に罹りにくくなるために化物になるとでもいうか、どうしてそっちに舵を切ったのかと問い詰めたくなる感じだ。


 もちろん、そういう思い切りが良い方向に働くこともある。

 それは認めるけれど、このどぎつい瘴気に適応しようとするのは正気とは思えない。

 瘴気だけに。

 なんちゃって。


◇◇◇


 外縁部から少し離れて、どうにかこうにか生物が真っ当に生きていける地域では、少ない資源を巡って争いが絶えない修羅の国である。


 もっとも、治安や環境が良い中央から追い出されて、後にはもう瘴気の海しかない限界の状況では、道理や道徳など気にしていられる余裕は無いのかもしれない。

 なので、そう遠くない未来、ここも外縁部と同じようになるのだろう。


 それも因果応報――といいたいところだけれど、ここには状況に逆らう力がないだけの――本来なら力のある者に庇護されていてしかるべき、無垢な可能性も存在する。


 知らないことはどうしようもないけれど、知ってしまうと知らん振りもできない。


 なので、そういった子供たちを保護して、理不尽なものから守りながら、私の辺境での仕事を手伝わせている。



 もちろん、手伝わせるといっても、危険なことをさせるつもりはない。


 というか、何も手伝わせるつもりはなかったのだけれど、何もさせていないと逆に不安を感じるようなので、やむなくそういう体をとっているだけだ。



 手伝ってもらっているのは、主に散策中に遭遇した寄生虫の駆除である。


 とにかく、瘴気の濃い地域では、遭遇率が非常に高くて困る。


 汚染度が高くて異形化しているのも多いおかげで、判別には苦労はしない。

 しかし、子供たちの反応を見る限りでは、そういった宿主の危険度は結構高いらしい。


 私なら、石を投げるだけでも斃せてしまう程度のものだけれど、戦う術を知らない子供たちにとっては、どんなものでも難敵なのだ。



 さておき、寄生虫自体の危険度は高くない――というか、直接触れたりしなければほぼ無害だと思う。


 基本的に、寄生虫が出現するのは、宿主が死亡した後だ。


 対処法は、宿主の死体から逃げ出そうとするように這い出てくるので、そこを死体もろともに浄化する。


 稀に死体に潜んだままの寄生虫もいるけれど、これはふたつのタイプに分類される。

 死体に潜んだまま、新たな宿主となりそうな生物に食べられるのを待つタイプと、死体を乗っ取って操るゾンビタイプ。


 前者は気をつけるしかないのだけれど、後者は宿主の性能次第ではあるけれど、脅威度はそこそこ――これも生前の宿主同様、少なくとも、子供に相手をさせるものではない。


 それも、石でも投げて器を壊してしまえば無力化できるので、後は寄生虫を処理するだけなのだけれど。



 もっとも、私的にはその寄生虫が気持ち悪いのと、干渉するのが嫌なので、そこを担ってくれる子供たちの存在はとても有り難い。

 私は気持ち悪い作業から解放されて、子供たちは仕事によって報酬を得られる。

 つまり、WIN-WINの関係である。



 基本的に、無暗に瘴気を撒き散らさないように、寄生虫以外は私が殺すようにしている。

 

 しかし、悪魔族の習性なのか、子供でも非常に好戦的である。


 戦う術を知らないのに好戦的とか、魔界を知らない人が聞けば矛盾しているように思うかもしれない。

 私も、最初は驚いたし。

 いわゆる、「魔界の闇」とでもいうような――あれ? 魔界に救いってあったかな?



 とにかく、そんな子供たちが、「自分だけで勝てる」と判断して挑んだ相手が、予想よりかなり強くて大ピンチとか普通にあって焦る。


 きちんと監督しておけよという話なのだけれど、あまり押さえつけてばかりでも駄目だし、言うことも聞いてくれないしで、なかなか難しい。



 さておき、根拠も無く「自分なら勝てる」と思うのは、悪魔族なら子供でなくてもよくあることらしい。


 もっとも、それは知識をつけるとか見る目を養うことで、長期的に解決していくしかないことなのだけれど、一番の問題は、子供たちの――というか、魔界の価値観にある。



 彼らは、元いた環境が悪すぎるため、大人――というか、他人を信用していない。


 現状、協調性は皆無に等しく、仲間はおろか、私の指示にも従わないことがある。


 また、私に保護される以前は、無能の烙印を押されると、言葉どおりの意味で食い物にされることもあったそうで、無理をしてでも背伸びをしようとする。


 それでも、有力者――この場合は、私のお気に入りになれれば勝ちだと思っている節もあって、そのために、ライバルとなるほかの子たちの足を引っ張ろうとする。

 どうやら、私のお気に入りの座の数が有限で、それが能力で選別されると思っているようだ。


 こんな子たちと信頼関係を築くのは容易ではないけれど、コツコツやっていくしかない。



 とにかく、やんちゃな子が暴走しないように、若しくは暴走しても大事には至らないように、訓練や教育を施したり、大人しめの子には、小さな子の世話や炊事洗濯など、別の仕事を与えたりしている。


 これからじっくりと、仕事に貴賤(きせん)はないとか、目に見える能力や成果だけが重要ではないのだと教えていかなければならない。




 さておき、訓練の結果、それなりにやれそうになった子には、アクマゾンで購入したコスプレ装備に、クリス謹製の賢者の石を組み込んだ物を貸与して、寄生虫の退治に協力してもらうことにしたのが少し前のこと。


 賢者の石はさすがに過保護かと思うけれど、他に汚染対策になりそうで、適当な物がなかったため仕方がない。



 なお、私の魔界辺境での衣装は、バニースーツである。


 ついに来た、賢者の叡智。

 というか、ついに着たというべきか。


 一応、魔界基準では布面積自体は多め。

 それは何かの慰めになっているのだろうか?


 それより、ウサギのフワフワな尻尾から自前の尻尾が出ていたり、自前のネコミミがあってもバニーといっていいのだろうか?

 もっとも、頭にはウサギ型の着ぐるみの頭部を被せているけれど、それはそれでなかなかにヤベー奴である。

 



 もちろん、酔狂でこんな格好をしているわけではない。


 いや、バニースーツに関しては朔のゴリ押しである。

 それでも、本来は私の素性がバレないようにという配慮である。


 魔界村の私と共通点があるのはまずいということで衣装を変えて、素顔を曝すのは当然として、バケツも被らない方がいいだろうということで、バニーに合わせた着ぐるみを被った。

 そうして、何かヤバいのが出来上がった。



 それでも、子供たちの格好との親和性もある。

 私的にはあまりそうは思えないのだけれど、朔は、『日朝と深夜の違いはあるけど、どっちも魔法少女だよ。それに、魔法少女にはマスコットがつきもの!』と言う。

 子供たちもそう感じているような、いないような……。

 いや、やっぱり戸惑っているだけかも。


 まあ、初めて着るまともな服に、戸惑いながらも喜んでいる子たちに水を差すようなまねはできない。

 そもそも、私には衣装の裁量権が無いので、朔が飽きるまではこのままやっていくしかないけれど。



 衣装を統一したついでに、連帯感を養う訓練になるかもしれないと、子供たちを5人以上で一組として運用することにした。

 もちろん、私の監督下でだけれど。

 分体がいっぱい必要で、なかなか大変である。




 さておき、魔界の中心部と外縁部との違いのひとつに治安の悪さを挙げたけれど、これがとにかくなかなかのものである。


 とりあえず、強くなければ、農業などの生産業や、商業などは行えない。

 弱ければ盗まれたり奪われたりするだけなので、返り討ちにして畑の肥やしにしたり、売り物にするくらいの実力がなければ成り立たないのだ。


 むしろ、安定して返り討ちにできる強さがあれば、鴨が葱を背負ってやってくるようなもので、強者にとっては存外悪い所ではなかったりもするらしい。


 しかし、弱い人はどうするのかというと、強者の下で奴隷のように働かされて使い潰されるか、生命を代価に一か八かの勝負に賭けて、盗みや殺しを働くしかない。


 もちろん、弱者の中にも更に序列があって、それらを強要されるのは幼い子供で、性質が悪いと、子供たちは囮――捨て駒にされることすらある。

 私が短絡的な人間なら、魔界を滅ぼしているところだよ?




 私が保護しているのは、そういった子供たちが多い。


 生まれてからずっとそういう環境下で育ったからか、最初のうちはなかなか信用されず、懐かれもせず、相当に苦労させられた。

 いや、今でも完全に信頼されているわけではないし、新しい子の保護も継続しているので、苦労しっ放しだけれど。


 それでも、根気よくやっていた甲斐もあってか、少しは改善してきたというか、懐いてくれる子もいる。

 ただ、そういうのは得てして戦闘能力の低い子たちで、能力で私に気に入られようとする子に虐められたりと、別の問題が発生したりする。



 それでも、帝国領で保護したエルフの子供たちよりは、マシといえばマシなのだろうか。


 ただ、意識がはっきりしている分、私のご飯を与えたり、顔を見せたりすると、洗脳のようになってしまうかもしれない――と朔が言うので、それに頼れない。

 いや、最初から頼るつもりはなかったけれど、改めて釘を刺されると、微妙にやりづらい。



 とにかく、子供たちに訓練を課したり、戦場に立たせたりするのは、役に立っている間はご飯が食べられる――と彼らが安心するからという理由もあったりする。



 しかし、何より残念なのは、簡単な訓練を終えて、武器防具を貸与した途端に、力を得たと勘違いして脱走を企てたり、私やほかの子たちにその力を向ける子がいることだ。

 ある意味、魔界という地域をよく表している行動だけれど、どうやらそれと矛盾する私の言動にも問題があるらしい。



 彼らの感覚では、「子供扱い」とは、「搾取される」ことらしい。

 なので、私のやっていることに、「裏があるのでは?」と勘繰るのが普通の反応だとか。


 また、与えられることに慣れていない子が、感情的というかパニックになって、思いもしない行動をとったりもする。


 もちろん、反抗期以前の子供が少々おいたをしたからといっても、目くじらを立てるほどのことではない。


 ちなみに、「目くじら」というのは目尻のことであって、鯨とは関係無いらしい。


 この件とは特に関係の無い蘊蓄(うんちく)はさておき、一部の子供たちが反抗的な態度を取るのは、私が尊敬するに値しないと思われていることも原因のひとつだ。



 魔界の環境保護活動は、子供たちにとって、善行という認識は無い。

 それどころか、偽善ですらない無意味なものらしい。


 彼らにとっては、力こそ正義――周囲にいた大人たちを見て、本気でそう思い込んでいる。


 だから、大人が悪い――などと、思春期の子供のような主張をするつもりはない。


 その大人たちも、子供時代に手本となるべき大人がいなかったのだろうし、大人になっても学べる機会が無い――と、一概に責めることもできないのだ。



 問題は、その連鎖をどこで止めるかである。


 しかし、辺境の価値観に凝り固まってしまって、最早常識となってしまっている大人たちとは、まともに対話ができない。


 何を言っても、「言いたいことがあるなら、俺を斃してから言え」となってしまうのだ。

 死体に何を言えと?

 莫迦なのかな?


 まあ、話を聞くつもりが一切ないということだと思うので、途中で命乞いを始めても、そのまま斃してしまうのだけれど。



 しかし、子供たちにはまだ更生の余地と機会がある。


 幼くして魔界の流儀に染まるのは、彼らの根が悪いからではなく、ただ適応力が高いだけだともいえる。


 それに、子供が――子供に限らず、人間が間違うのは当然のこと。


 大人がそれを正してやればいいだけで――最終的に正誤や善悪はどうでもいいのだけれど、それを認識した上で、自らの意志で自らの進むべき道を見つけて歩めるようにしてあげるのが、大人の役割なのだと思う。



 とはいえ、私のようなコスプレした小娘……怪人を、手本となるべき大人といってもいいのかには議論の余地がある。

 それは認めよう。



 だから――というか、当然というか、ただそれで終わらせているわけではない。



 子供たちの関心を惹くためと、同時に人間界の一般的な価値観を刷り込もうと考えて、紙芝居をしてみた。



 その紙芝居の内容というのが、私と契約して魔法少女になった少年少女が、ラブリーなんちゃらに変身して、悪い大人を成敗するという勧善懲悪ものである。


 監修・作画は朔で、声優は私。


 子供向けなため、大雑把な分かりやすさと勢いを優先していて、ツッコミどころは満載なのだけれど、朔による作画――略して朔画は、時にキュートで、時には迫力満点。

 それに私の演技が加わって、もう紙芝居というより神芝居。


 その結果、子供たちの間で、悪い大人や怪物をぶっ殺す魔法少女ブームが訪れてしまった。

 子育てって難しいね。



 それでも、幼い頃にありがちな、一過性のものだとは思う。

 ……男の子たちも同じように感化されて、魔法少女のコスプレをしているので、本当に一過性のものであってほしいと思う。


 今はまだ「可愛い」で済むのだけれど、大人になってからもやっているようでは――あれ? 私の立場は……?



 なお、男の子たちにはヒーロー戦隊ものを見せてあげればよかったのでは――と気づいたのは、もうしばらく経ってからのこと。


 魔界中で、「魔法少女」という組織の名が認知され始めてからである。

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