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20 サークル見学錐揉み変

――ユノ視点――

 結構な時間が経ったはずなのだけれど、アイリスとルナさんたちの話はまだ終わらない。


 なので、私ももう少し時間を潰そうかとしていたところ、胸当てを直したエカテリーナさんがまだ案内してくれるというので、ほかのサークルの見学に向かうことになった。


 躾けたつもりが、すっかり懐かれてしまった。

 寮にまでついてこられないように、これ以上の餌は与えないようにしないといけない。



 なお、目と喉を潰していた棒術サークルの人たちはしっかりと治療しているし、「今日は良いものが見れました!」と、非常に感謝されたので、問題は無いはずだ。


◇◇◇


 棒術サークルの次に見学に行ったのは、忍術サークルだ。


「棒術ほどじゃないっすけど、忍術も不人気っす! 私も見たことないんですけど!」


 彼女はひと言多いせいで敵を作るタイプのようだ。

 元気いっぱいなところや邪気が無いところは幼い子供のようで好ましいけれど、さすがに何でも許される歳ではない。

 あまり棒術を舐めていると、その角引っこ抜くよ?



 さておき、日本で育った私には、微妙に心を(くすぐ)られるサークルなのだけれど、これも不人気とは、私と悪魔族の人とは感性が合わないのかもしれない。


 とはいえ、エカテリーナさんは違うようで、「どんなジツやるっすかね? 気になるっすね!」と、目をキラキラさせて期待していた。

 彼女は悪魔族というより、ただの子供――いや、駄犬の割合が高いのだろうか。


 見ている分には飽きないけれど、相手をするのは疲れそうだ。

 これが莫迦な子ほど可愛いという感覚なのだろうか。



 そんなこんなでお邪魔した忍術サークルは、私たちが訪ねた時には、縫物をしていたり、小道具を作っていたりと、まるで手芸サークルだった。

 どうやら、忍術に使う小道具を制作していたらしい。


 もっとも、学園からの予算もなく、学生の稼ぎでは満足に道具を揃えることができないとなると、自作するしかないのは当然のことだ。


 それに、自分で作れば愛着も湧くものだ。


 私も、自動販売機とか世界樹とか十六夜とか、少しばかりやりすぎたかなと思うところはあるけれど、何だかんだと愛着のようなものが湧いてしまったので、今更どうにかしようとは思わない。

 それに、アイリスの誕生日プレゼントにしようと頑張っている織物も、少し気持ちが入りすぎて、うっかり魂が宿ってしまったりするのでよく分かる。


 しかし、そんな愛着の籠った道具を、自慢げに説明してくれるサークルの人たちの様子は、やはり手芸サークルである。

 百歩譲っても、手品サークルか。



 そんな感想が、表情や態度に出ていたりはしていなかったと思う。


「ならば、実際にジツをお見せしましょう!」


 彼らはそう言うと、唐突に服を脱ぎ始めた。


 え、ナニを見せるつもりなの?



「きゃああーーーっ!?」


 駄犬、うるさい。

 イヌなら「〇ん〇ん」くらいで取り乱してはいけない。



「よく誤解されるのですが、決して好きで脱いでいるわけではありません。ジツは繊細なものなので、衣服は妨げにしかならないのです」


 私だって、プライベートな空間では全裸でいることもある。

 それに、普段だって他人からは着ているように見えるだけで、実際には全裸みたいなものだし、気持ちは分からなくもない。


 でも、TPOはわきまえよう?

 隠さないと大変なことになるんだよ?



「それに、重量とか規制とか、いろいろなものから解放されて、ACもどんどん下がるんですよ!」


 それは解放されたら駄目なやつだよ。


 というか、ACって何?

 アーマード?


 Cは何?

 チ――いや、何でもない。


 というか、アルファベットを使った略語じゃなくて、何かの専門用語だろう。



「それに、パンツは脱いでも、覆面を付けてるから恥ずかしくないんです。いわゆる、『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』の心得です」


 何を言っているのか分からない。

 覆面じゃなくて、パンツを被っている人もいるし。

 ……それも一種の覆面か?



「本当は捕まってしまうので、いつもはパンツまでは脱がないんですけどね、今日だけは特別です! むしろ捕まえて!」


 そんな特別は要らない。

 後でお望みどおりに通報しておこうと思う。



 なお、彼らが「ジツ」だと披露してくれたものは、一般的な魔法と区別がつかなかった。

 一応、小道具を使っていたので、どこかに差があるとは思うのだけれど……。


 それよりも、ユラユラブラブラと猫じゃらしのように揺れるナニかには、視線誘導効果があることが分かった。


 エカテリーナさんのように、極力見ないように意識しているのもまた居着きのようなものだし、これはあながち莫迦にできたものでもないのかもしれない。



 それはそれとして、通報はしておいた。


 すぐに警備員さんがやってきた。

 どうか忍術で乗り切ってほしい。


◇◇◇


 私たちが忍術サークルを離れても、まだアイリスの話は終わっていない。


 というか、アイリスが話しているのは、湯の川で絶賛発売中の長編小説で、ストック分も含めると、全体の2割も消化していない。

 キリの良いところまでにしても、まだまだ時間がかかりそうだ。



 ということなので、今しばらく時間を潰すために、もうひとつくらいサークルを見に行こうという話になった。

 駄犬も大喜びである。



 なお、さきの失敗を無駄にしないためにも、今回は程々に人気のあるサークルをチョイスしてもらう。


 棒術擬きには納得がいかないものの、不人気サークルには不人気なだけの理由があるのだと理解した。



 なお、一番人気のサークルは魔装術という、ミーティアやソフィアも使っていた、硬質化した爪を伸ばすなど、自身の身体そのものを武器と看做して戦う武術だった。



 全身凶器である私に言わせれば、爪や牙に拘るなど、まだまだ甘いといわざるを得ない。

 それでも、武器の有無に左右されない戦闘能力確保というコンセプトは理解できる。


 しかし、それならやはり、普通に体術を学べばいいのではないだろうか。


 なぜ爪を固くして伸ばすなどという方向に心血を注ぐのか。

 硬さ鋭さだけが攻撃力ではないし、たかが数十センチメートルの間合いを伸ばすために、それに囚われるなど、愚の骨頂というほかない。


 気合を込めれば、素手でも鋼くらいは簡単に斬れるし貫ける。


 むしろ、私のように全身凶器となれば、おっぱいやお尻だって充分な凶器になる。

 下ネタ的な意味ではなく。



 湯の川では、そういう基本的なところを疎かにしているから隙だらけなのだと、何度も爪を剥がしてボコボコにしたからか、今ではミーティアやアーサーもほとんど使っていない。

 そして、そんなふたりを見ていた泡沫魔王たちも使わなくなった。


 真剣に学んでいる子たちには失礼だけれど、魔界以外でも充分に体験した、しかも、言葉どおりの児戯を見せられても退屈なだけで、時間潰しには不適当だった。


◇◇◇


 次は、武器を扱うサークルに的を絞る。

 魔法はよく分からないし、料理系のサークルは怖いし。


 それで、エカテリーナさんがいくつかお勧めしてくれたものから、槍術サークルを見に行くことにした。


 ほかにも剣術サークルなどもお勧めされたけれど、そこでは長柄武器全般を扱うと聞いたことが決め手となった。

 そこになら、まともな棒術――は無理にしても、見どころくらいはあるかもしれない。



 結論からいうと、そんなものは無かった。


 なぜこの人たちは、馬にも乗らずに、馬上槍を持って走り回っているのか。

 悪魔といえば三叉槍ではないのか?

 いや、彼らは悪魔族だった。



 とはいえ、片手に馬上槍、もう片方の手に壁盾を持って馬に乗るのはかなりの練度が必要だろう。

 むしろ、魔界では馬は超高級品、どちらかというと食用である。


 いや、私だって馬に乗らずに担ぐこともあるし、先入観で決めつけるのはよくないけれど、またしてもピョンピョン跳ぶのはなぜなのか。


 しかも、それがある意味では若者らしい、やんちゃな子たちのおふざけなら「仕方がない」で流せるのだけれど、明らかに彼らとはグループの違う、真面目そうな子や普通の子たちもピョンピョン跳ねているので、誤解の余地もない。



「ジャンプっていえば槍っしょ! ちな、棒はノリね! そこんとこヨロシク?」


 似非イケメンの青年が、額に汗を滲ませつつも、爽やかな感じでジャンプとアピールを繰り返す。

 何を言っているのか分からないけれど、微妙にチャラさがイラっとくる。



「棒のジャンプはマウント、槍のジャンプは努力・友情・勝利! つまり、俺らズッ友だぜ! 的な?」


「何だよ、いきなりそんなこっ恥ずかしいこと言うんじゃねえよ。照れるじゃねえか……」


「そうだぜ、せっかくこんなに可愛い娘が見にきてくれてるのに、不覚にもお前にときめきそうになったじゃねーか!」


 槍術のデモンストレーション見に来たはずが、なぜ面白くもない寸劇を見せられているの? 



「おい、しっかりしろよ? いくら俺がイケメンで性格も良い男だからって、惚れたり掘ったりしないでくれよ?」


「ああ、大丈夫だ。俺は正気に戻った。やっぱり突き合うのは女の子とが良いわ」


 こっち見ないで。

 それと、何だか微妙にニュアンスが違わない?



「「「ウェーイ!」」」


 ふおお、ウザい!

 帝国領にいた日本人たちにも似たような子がいたけれど、これもある種の収斂(しゅうれん)進化とでもいうのだろうか?


「何言ってるのかよく分かんないっすけど、あんなに高くまで跳べるのはさすがっすね!」


 何を言っているのか分からないのは、エカテリーナさんも同じだ。


 なぜ跳ぶの?

 いや、跳ぶこと自体が必ずしも悪いわけではないけれど、そんな重装備でなぜ跳ぶという発想に至ったのか、そこが不思議で仕方がない。


 手が届かないほど高い位置に的があるなら、届くところにまで引き摺り下ろせばいいだけ。

 それができないなら、投擲でも射撃でもすればいいはず。


 それでも、好意的に考えれば、悪魔族の習性とか宗教的なことかもしれないし、もう指摘はしないでおこうと思う。

 決して面倒くさいとか、かかわり合いたくないからではなく、住み分けが大事だからである。




 槍術サークル所属のチャラ男さん勢による、デモンストレーションと寸劇で、精神的苦痛を代償に、小一時間ほど時間を潰すことに成功した。

 しかし、アイリスの話は、湯の川では未刊の新たな章に移行していた。


 既に今日の講義は全て終了していて、学舎にいる生徒や講師も徐々に減りつつある中、どこまで話すつもりなのだろうと――というか、今日中に終わるのかどうかを心配してしまう。


 さすがに止めに行くべきだろうか?

 しかし、アイリスがヒートアップしていることもあるけれど、ルナさんたちとのことがフォローができているとはいい難い現状で、私が押し掛けるのは時期尚早ではないだろうか?


 よく分からないし、帰るか?



 案内役だったエカテリーナさんも、槍術サークルの人たちに食事に誘われて、ホイホイとついて行ってしまったし。


 もちろん、私も槍術サークルの人たちやエカテリーナさんに誘われたのだけれど、パリピ的なテンションの彼らと一緒にいると気分的に疲れるので――そもそも、魔界の料理など見るのも御免なので辞退した。


 ゴブリン(野菜)オーク(お肉)でBBQ――これほどまでに危険な単語の羅列があるだろうか?


 美味しいものと美味しいものを合わせて超美味しいものにできるのは、私のようなプロだけなんだよ?



 とにかく、エカテリーナさんは、私が来ないことをとても残念そうにしていたものの、何度も振り返りながらも、十メートルも進むと「おっ肉♪ おっ肉♪」と、口遊みながらスキップで去っていった。


 餌の誘惑には勝てなかったらしい。

 しょせんは駄犬か……。




 さておき、分体を消して撤収もできない出先で、目的を見失ってしまった。


 アイリスの側にいるのも、今は不可視化した分体で充分だ。

 むしろ、彼女はなぜかルナさんたちの部屋に招かれることになったようなので、万一のことを考えると、この状態の方が都合が良い。


 つまり、ここにいる私には、本当に何の役割も無い。


 強いていえば、「ここにいますよ」というアリバイ作りか。

 もちろん、余所で悪さをしているわけではないけれど、本当にそれくらいしか思いつかない。




 ここでずっと考えていても仕方がないので、ひとまず寮に戻ってから考えようかと歩き出す。



 しかし、学舎から出た辺りで、またもやリディアさんを発見してしまった。


 この人は待ち伏せが趣味なのだろうか。


 待ちくたびれたのか、少々だらけていたようだけれど。



 そのせいか、まだ私に気づいていない。


 だったらスルーするのが賢明かと思っていると、先ほど講義室で私のことを「破廉恥」呼ばわりした少女に見つかってしまい、リディアさんに報告されてしまった。



 もちろん、見つかったからといって、喧嘩を売ったり逃げたりする必要も無い。


「ごきげんよう」


「待ちなさい!」


 挨拶だけして通り過ぎようとしたのだけれど、呼び止められてしまった。



「……私に何か?」


 そうなると、さすがに足を止めざるを得ない。



「各所から、貴方の姿が破廉恥――目の毒だと苦情が入っています。早急に改善なさい」


 各所というのは、歯を剥き出しにして威嚇しているその子のことだろうか?


「そう言われましても、私の服は、私の一存ではどうにもなりませんので」


 表向きの理由は、私がアイリスの従者だから。

 実際には、私の服の選択権は朔にあるから。



「無論、貴女の主人にも正式に申入れますし、そもそも、貴女の主人だって同罪です!」


『罪というのはどういうことでしょう? この学園には、私以上に露出をされている方も多くおられます。それに、総合的に見れば、アイリスの服の布面積の広さはトップクラスだと見受けられましたが』


 言うに事欠いて「罪」とはどういうことなのかとは思ったものの、相手によっては喧嘩を売っていると取られかねない朔の言葉もどうかと思う。


 そもそも、リディアさんも、そんなことは承知の上で言っているはずである。

 こういうのは、分かった振り、反省している振りをして、のらりくらりとやり過ごし、相手が根負けするのを待つのが一番なのだ。



「もちろん、それは理解しています。ですが、貴女たちはには、他の人からどう見られているかの自覚が足りないから、こうして言っているのです!」


『そうは言われましても、私の故郷には「襤褸(ぼろ)を着てても心は錦」という言葉がありまして、その言葉を胸に、大事なのは外見ではなく、心の在り様なのだと胸を張って生きているだけなのですが。そもそも、見られる方ではなく、見る方の心の問題ではないでしょうか?』


 おい、それ以上刺激するな!

 彼女、“胸”という単語を聞くたびに、青筋が浮いているよ!


 私が自分で対応するから、朔はもう黙っていて。



「よ、嫁入り前の娘が、恥ずかしげもなくそんなあちこち突き出して、は、恥を知りなさい!」


「見られて恥ずかしい身体はしていませんので――」


 申し訳ございません。主と相談の上、善処いたしますので――。


 あ、しまった。

 間違えた。



「ばっ、莫迦にして!」


 うわあ、顔を真っ赤にして、腰の剣に手をかけちゃったよ。

 これは有名な「カッとしてやった。今は反省している」というパターンかもしれない。



『……』


 悪かったよ。

 止めを刺したのは認める。

 でも、下地を作ったのは朔だから。

 共犯ね。



 リディアさんは、怒りに任せて剣を振り抜こうとしている。

 というか、剣が超光り輝いているので、何かのスキルだと思うのだけれど、周囲にいた四天王やら少女やらはまだ反応できていないので、止めてもらえそうにない。


 もちろん、私が声をかけるにしても、私の声が彼女に届いて、それが理解されるより先に剣が私に届くだろう。


 もっとも、特に相手の力量に合わせる必要も無いし、避けるのは簡単だ。


 だからといって、避けたりすれば、もっとムキになるのは目に見えている。


 なので、あえて当たって大袈裟に吹き飛ぶことにして、この場をやり過ごそうと思う。



 高速で迫ってくる剣先を、反応できていないさまを装って、じっくり待つ。


 そして、剣から発生している光の棘のようなものが私の肌に触れた瞬間、「うわ〜〜」と断末魔をあげながら大きく後方に跳ぶ。

 朔が『大根……』と呟いたのは聞かなかったことにした。


 どのみち、リディアさんには見えても聞こえてもいないだろう。


 そして、後方にあった、何だかよく分からないマッチョの銅像に激突して、盛大に粉砕しながら方向転換する。

 そして、何度も地面でバウンドしつつ、更に捻りも加えて錐揉みしながら戦域の離脱を試みる。


 いくら悪魔族でも、立場のある人間が、衆人環視の中でこれを追撃することはできないだろう。

 というか、リディアさんの顔が青くなっている。

 やりすぎたと焦っているのだろう。


 私にもよくあることなので、よく分かる。

 表情に出すほど未熟ではないけけれど。



 もう少しで戦域――学舎の前庭から離脱できるというところで、状況の認識が追いついたのであろう少女が、離脱していく私に向かって「ぺっ!」と唾を吐いた。


 もちろん、届くはずもないけれど、子供好きの私には、リディアさんの攻撃より遥かに痛かった。



 とはいえ、追い打ちはそれだけで、戦域からの離脱は無事に成功した。


 ただ、心の傷が酷いので、湯の川にいる誰かを甘やかして癒されようと思う。

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