表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
297/725

12 付け焼刃

――ユノ視点――

 逃げられた。

 なぜだ?


 そういえば、何か壊したような――?


 いや、逃げる直前にグレモリーがどうとか言っていたように思うし、訓練場に彼女たちがいたのだろうか? 



 ――と、あれかな?

 副学長先生だったか、面接の時にいたおじさんと一緒にいるふたり組がそうなのだろうか。


 確かに、片方はグレモリー家でも見た、特徴的な赤い色の髪をしているし、顔つきも姉のリリスさんに似ていなくもない。



 もしかすると、彼らは、私が彼女たちと共謀していたとでも思ったのだろうか?

 いや、私が彼女たちと合流したとしても、まだ数的には彼ら有利のままだし?

 副学長先生の方が問題だった可能性も?



 いや、それよりも、今は――どうするべきなのだろう?


 逃げたマク何とかさんを追いかけて、誤解を解いて――改めて痛い目を見させる?


 そうまでして暴力を振るいたい乱暴者かと思われないだろうか?

 というか、戦意を失って逃げる相手を追いかけて暴行するのは、流儀云々の話ではなく、ただの外道ではないだろうか?


 それが戦争とか信念を懸けての勝負とかならともかく、学園内の喧嘩程度では外聞が悪いような気がする。


 それに、初対面となるグレモリー家の人を放置して、彼らを追いかけるのも良くない気がする。



 結局、マク何とかさんのことは後回しにして、ルナさんらしき人たちに挨拶しておくことにした。


 本当は、アイリスもいるときの方がいいのだろう。

 それでも、「呼んでくるから待っていて」とも言えない。


 何より、個人的に彼女に興味が湧いた。



 彼女がその身に宿しているのは、魔力というより魔素に近い。

 とはいえ、アイリスやアルも、若干ではあるけれど魔素持ちだ。

 さらに、直近ではリディアさんも持っていたので、そういう人は彼女が初めてというわけではない。


 それでも、彼女はちょっと桁が違う。


 量だけでいえば天使――不完全な生命というか、それに匹敵するくらいはあるだろうか。


 もっとも、質の方はさほどではないので、量に比例した力は出せないだろう。

 それでも、魔素を持っている人というのは、アイリスやアルをはじめとして、見ていて楽しい人が多いので、期待が持てる。


 もしかすると、それが勇者とか英雄の素質なのかもしれない。

 本人にとって良いか悪いかは別にして。




 そうと決まれば行動あるのみ。


 いくら「口を開けば残念」と言われる私でも、挨拶するだけで問題を起こしたりはしない。


 むしろ、実家の近所のお年寄りたちには、「ユーリちゃんはきちんと挨拶できる良い子だねえ」だと評判だったのだ。



 挨拶をするには距離があるので、ゆっくりと歩いて詰めていく。

 その最中、副学長先生と彼女たちの会話が耳に届いた。

 その会話内容から、どうやら彼女がルナさんで間違いないらしいことが分かった。

 これで人違いの可能性もなくなった。


 ついでに、ルナさんの方も私の素性を知らされている。

 これで何の障害もなくなった!


 そう思ったのも束の間のこと。


 何だか分からないけれど、ルナさんの様子がおかしいことに気がついた。



 顔が紅潮していて呼吸も早い。

 発汗もあるようで、もしかすると風邪なのかも?

 私は風邪をひいたことがないので確信はないのだけれど――

「お嬢様に近づくなあ!」


 なぜか従者の人――ジュディスさんだったか? に、巨大な剣で斬りかかられた。


 もちろん、危なげなく躱したけれど、躱せないレベルの人だと死んでいたかもしれない。

 何がどうなっているのかは分からないけれど、少なくとも挨拶にしては過激すぎる。



「お大事に」


 ちょっと待って――と言おうと思ったのに、口から出たのは少し前まで考えていたことの続きだった。

 これだから、分体であれこれするのはこんがらがってよくないのだ。



「貴様、お嬢様に何をしたあ!?」


 そして、誤解された。


 更に困ったことに、ルナさんは過呼吸を引き起こしたのか、その場に膝をついてしまった。

 もちろん、私は何もしていない。



「ルナ君、随分と具合が悪そうだが大丈夫かね? そういえば、彼女は強力な邪眼持ちだとか――直接見なくても中てられたのかもしれん。落ち着いて、ゆっくりと息を吐くんだ」


 おい、副学長先生。

 余計なことを言うんじゃない。



「違う。私のせいじゃない」


「お嬢様が弱いせいだとでも言うつもりか!」


 なぜそういう結論に至ったのかは分からないけれど、従者さんの人の目つきが一層ヤバくなって、私に対する攻撃も――そっちは私からすれば大差なかった。


 巨大な両手剣を片手でブンブンと振り回す様は、見た目には豪快だけれど、当たらなければ意味が無い。


 スキルとか魔法でもそれは同じで、むしろ、予備動作が大きい分、予想しやすく避けやすい。


 この程度なら、体術だけでも倒す気になればいつでも倒せるだろうし、傷付けずに制圧することも可能だろう。

 とはいえ、そうしてもいいのかどうかが分からないのが問題だ。


 正誤に大して意味が無いとは思っているけれど、それは「信念に基づいての結果であれば」という意味であって、信念のないところやうっかりでの間違いは無いに越したことはないのだ。



「くっ!? 全く鍛えていなさそうな身体のくせにすばしっこい……!」


 それは大きなお世話だ。

 いくら鍛えても、筋肉がつかない体質なのだ。


 女性の身体になってからはそう気にはしていなかったけれど、だからといって鍛錬しないのは、リリーやほかの子供たちの教育上にもよくない。

 なので、いろいろとやってはいるのに、全く筋肉がつく気配がないのだ。


 もちろん、今の私が本気でそう望めば改竄することもできるはずなのだけれど、それでは努力という過程ではなく、結果のみを求めているように見えてしまうかもしれない。


 それでは駄目なのだ。


 結果は重要だけれど、結果が出なくてもめげないことも大切なのだ。

 結果オーライも、近視眼的にはいいのだけれど、先のことを考えると、失敗から得られるものの方が価値があることもある。


 ……何の話だったか。



 さておき、どう対応していいのかが決まらないと、そんなくだらないことを考えて現実逃避するくらいしかやることがない。


 もちろん、領域を使うまでもなく地力が違いすぎるので、油断していようがどうしようが、彼女の攻撃が当たることはない。


 稽古という(てい)で、少し遊んであげるか――いや、そういう上から目線の行動は、この年頃の少年少女には不快感を与えて、より反発されることになる気がする。


 ああ、だとしたらいっそのこと、わざと負けて終止符を打つのもいいかもしれない。

 いや、魔界の流儀には反するので、実質的には痛み分けになるようにするか。

 うん、そうしよう。




 そうなると、重要なのは負け方だ。


 手を抜きすぎて、「莫迦にされた」と感じるようなものは論外である。


 飽くまで自然に、追い打ちをかけようとしない程度に負けるのがベストである。



 しかし、今の彼女の単発の斬撃の繰り返しや、スキルの継ぎ接ぎでは、今更当たる方が不自然だ。

 数手――いや、十数手先にでもそうなるように誘導するしかないか。


 大剣には馴染みのないこともあって、私にとってもそこそこ難度が高いけれど、結局は相手の行動をコントロールする間合い操作技術の応用だ。

 やってやれないことはないはず!



 理想は、吹き飛ばし系の攻撃に当たって、私は吹き飛ばされるけれど、受け身を取ってダメージ無し。

 主人を守るという前提がある以上、間合いが遠くなれば無理に迫ってこないだろう。

 後は話術でどうにか――朔が頼りかな。



 大剣での吹き飛ばし系の攻撃といえば、彼女の攻撃手段の中では、大剣の腹による薙ぎ払いか、突きを防御する形になるだろうか。

 スキル関係は分からないので無視するしかない。


 後は、いかに無理のない状況を作り出せるかだ。




 さて、彼女にはそんな意識は無いのかもしれないけれど、仕切り直し後の初手は、大上段からの振り下ろし――からの切り返し。

 癖なのか?



 既に何度か見せられている連携を、これまでの刃圏から外へ逃れる方法ではなく、刀線――というか、彼女の「斬る」という意識の及ぶ範囲を外して中に潜り込みつつ、前に出ていた足を外側に足払いする。


 結果、切り返しの途中で体勢不十分となったことで、スキルがファンブルを起こす。

 当然、大きな隙を晒す――その寸前に、彼女の崩れた膝・腰・上体を、彼女には分からないように素早く支えて待機状態に戻す。



 スキルの発動後、発動者の状態がスキルの行使に不十分なものになると、システム的に「致命的失敗(ファンブル)」の判定になる。

 ファンブルを起こす要件はほかにもいろいろとあるそうだけれど、そうなってしまうと、通常のスキル使用後の隙以上に大きな隙を曝すことになってしまう。


 しかし、スキルの発動後に、意図的に状態を不安定にして、スキルを中断する技術がある。

 そうすることで、フェイントとしてほかのスキルなどに変化したり、スキル使用後の隙を消したり、スキルの途中で緊急回避できたりするようになるらしい。


 ただし、この「スキルキャンセル」は結構な高等技術で、失敗には通常のファンブル以上のリスクがある。



 私の近辺でこれができるのは、こういった小技が得意なアルと、彼に触発されて、私との模擬戦で使うために、彼に頭を下げて教えを請うたミーティアくらいだ。

 特にミーティアの動機が分かりやすいけれど、格上と戦う時の一発狙いや、格下と戦う時の手加減なんかには適している――といってもいいのだろうか?


 そもそも、これに限ったことではないけれど、連撃も連携もフェイントも、スキルに頼らずにできるようになった方がいいと思う。

 というか、結局は間合いを制した方が勝つのだ。

 チェスとか将棋のように、手番が定められているわけでも、駒の種類が限定されているわけでもない。

 なのに、わざわざ自身の可能性を制限して、特に制限の無い私に挑んでくる。


 まあ、習得に要する労力が少なくて済むとか、知らない相手や同じことしかできない相手には有効とか、脅威が多いこの世界特有の事情なんかもあるのだと思うけれど、ずっとそれに甘んじているのはもったいないよ?



 とにかく、私の手で従者さんの状態を一瞬不安定にして、スキルを中断させた。

 そこから更に立て直して――私の手で強制的に「スキルキャンセル」を再現してみた。


 そうして、彼女は攻撃を継続できる体勢で、私はあまりよくない体勢。

 もちろん、わざとだけれど、彼女の刃圏の中にいる。


 少しわざとらしい感じはするけれど、絶好のチャンスだよ!

 十数手先とは何だったのか?

 面倒くさいからもういい。


 そのまま剣の腹で横薙ぎにすれば当たってあげるよ!



 だというのに、彼女はわざわざ刃を寝かせてから横薙ぎに移行した。


 なぜだ。

 どうしても私を斬りたいのか?


 刃を寝かせる動作は一瞬のこと。

 それでも、私が体勢を整えられる程度の隙には違いがない。

 彼女が力みすぎているのも問題かもしれない。



 防御して吹き飛ばされようかとも悩んだけれど、さすがにこれは白々しいか?


 仕方がないので、横薙ぎを屈んで回避しつつ、彼女の軸足を踏みつけて、頭上を通りすぎた剣を後押しして加速させる。

 さらに、彼女の姿勢を適宜制御しながら、そのまま綺麗に一回転させる。


 彼女が回転する際、なぜかローリングストーンズという言葉が頭を過ったけれど、今はそれを気にする場面ではない。



 彼女が元の位置に戻ってくる頃には、当初は私の腰くらいの高さにあった大剣も、重力に引かれて良い感じに下段攻撃になっている。


 それを屈んだ姿勢のまま、小さく跳んで躱す。


 そろそろ状況も認識できている頃だろうし、今が最後の大チャンスだよ!

 上方向に飛ばされるのは本意ではないけれど、貴女の大好きな縦の切り返しでいいの!

 お願い、振って!



「く〜〜っ!」


 一回転だけとはいえ高速だったので、思いのほか平衡感覚を失っていたのだろうか。


「はあっ!」


 私に照準を定めるまで少し手間取っていたので、こちらの体勢も整ってしまった。

 しかも、そんな私に対する追撃が、よりにもよって空いていた手にもう1本の大剣を出現させての振り下ろしである。

 何が「はあっ!」だよ。

 腕が悪いのは仕方がないけれど、頭とか察しが悪いのは矯正できないよ。



 うーん。

 利き手ではないからか、刀線刃筋は滅茶苦茶で――もっとも、元々重量で圧し潰す使い方をするであろう大剣にはあまり関係が無いというか、鈍器としても充分に機能する。

 それなら最初から鈍器を使えばいいのに。

 棒は良い物だよ?

 そもそも、戦闘とは間合いの制し合いであって、棒術はその訓練に最適なんだよ!?


 とにかく、練度の低さで別物にも見えるけれど、型の類似性から、キリクさんの剣技の模倣かと思われる。


 彼の剣技はなかなかにユニークだった。

 スキルぶっ放しから卒業できれば面白くなりそう。



 さておき、彼女のこれは、まだ彼女の可能性とはよべない――彼女の技術では私を捉えられないので、キリクさんの技術に縋ろうとでもしたのだろうか。

 それが挑戦であればまだしも、どうにも逃避っぽいし、何より、こんな付け焼刃が通用すると勘違いしてしまうと、今後の彼女のためにもならない。

 なので、これは絶対に当たってあげるわけにはいかない。


 彼らと無事に接触なり合流なりできたことが分かったのは朗報だけれど、それはそれ、これはこれである。



 屈めていた身体を伸ばすと同時に、下方にあった剣を踏んで固定する。

 それから、素早く刃筋が立っていない剣の腹を叩いて、更にそれを振っている腕を軽く蹴って、腋を締めさせる。

 これで刀線刃筋は修正できた。


 それでも、腰が入っていないので不完全だけれど、多少は攻撃らしくはなったと思う。

 うん、同じやるなら、最低限これくらいはできないと。



 そして、その上で躱す。


 もう何をやっているのか自分でも分からない。


 とにかく、足下の剣の上を伝って入り身――からの、彼女の腕を取って、振り下ろしを強制中断させる。


 スキル攻撃ではなさそうなので、ファンブルは発生していないと思うけれど、念のために彼女の体勢を整えて、追撃可能な状態にさせる。


 ああ、もう、面倒くさい。


 それでも、これで彼女が足下にある剣を振り上げても、真横にある剣を横薙ぎにしても中る状況ができた。

 さあ、どんとこい!


 来ないなら、もう面倒くさいので、顎でも打ち抜いて終わらせるよ?



「うわあああああ!」


 悲鳴のような掛け声と共に、上空へ跳ね上げられた。

 剣も一緒に。

 どういうこと?



「お、おおお嬢様、この場は退きましょう!」


 そして、上空に跳ね上げられている私を差し置いて、いまだに蹲っていたルナさんの手を引いて、退却を始めた。


 え、どういうこと!?



 着地を待つ間にも、見る見るうちに遠ざかっていくふたり。


 このまま逃げられてしまうのは、マク何とかさんに逃げられたことよりまずいのではないだろうか? 

 とはいえ、追いかけるにしても、翼を出して飛ぶこともできないし、魔法が使えないという設定になっている以上、人目のあるところで世界の改竄や瞬間移動をするわけにもいかない。



 どうする――――はっ! そういえば、以前にアルが、「マッハ5くらいで空気を蹴ったら、空中を歩けるらしいぜ」とか言っていた。

 お酒の席でのことなので、信憑性には疑問があるけれど、もし本当なら、着地を待たずに追いかけられるかもしれない。


 ところで、マッハ5ってどれくらい?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ