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07 お金がないのは首がないのと同じ

 昔話では、桃太郎は、きびだんごでイヌとサルとキジを仲間にしたという。


 ただし、イヌやネコには人間の食べ物を与えてはいけないという現代の常識は、この頃にはなかったので、そこを責めるべきではない。

 遡及効(そきゅうこう)は混乱の素だ。


 そもそも、現代の常識と照らし合わせれば、餌で釣って鬼と戦わせるなど、言い訳できないレベルで動物虐待である。

 どちらが鬼か分かったものではない。


 とにかく、時代が変われば常識も変わるのだ。



 そして、ここ魔界では、肉団子で四天王が仲間になった。


 肉団子の原料については訊いてはいけない。

 世の中には知らなくていいことがたくさんあるのだ。

 場所が変わると常識も変わるのだ。




 さておき、特に考えもなく私たちを追いかけてきた彼らだけれど、私たちについてくることになったのは、肉団子の件だけではなかった。


 彼らが新人の頃に、少なからずグレモリー家の世話になっていたことと、私たちが魔界村に行く理由を知ったこと。

 そして、新鮮なお肉で上がったテンションのままに話も盛り上がって、「「「恩返しだ!」」」と、変な方向で話がまとまったからだ。



 なお、その直前に聞こえてきた彼らのヒソヒソ話が、一番の本音だと思う。


「ふたりについてきゃ、山賊(にく)食べ放題なんじゃね?」


「ちょっと意地汚い気もするが、今の俺らは無一文だからな……」


「喧嘩売ったのも負けたのも俺たちだから、仕方ないんだけどな」


「ふたりとも食べないって言うんだからいいのよ。食べ物は大事にしなきゃ。それに、あの手並み見たでしょ? ストレスを感じさせる暇もなく一撃だったんでしょうね。とっても美味しかったわ」


「だな。普通は抵抗されて、もっとグチャグチャになるもんだ」


「下手すりゃワタぶちまけて台無しになるしな」


「首の切断面が俺の剣より綺麗だったな」


「少なくとも、もう敵に回すのは避けなきゃ……。次は納品じゃ済まないわ」


 などと、何やら物騒なものだった。

 やはり、食糧事情の比重が大きかったのかもしれない。



 ただ、仲間になったといっても、ずっと行動を共にするということではないし、闘大まで一緒に受験するということでもない。

 彼らは彼らで魔界村に拠点を移して、そこで可能な範囲でルナさん周辺の警戒を行ったり、お互いに情報を共有しようというだけのものだ。


 もちろん、私たちも彼らを全面的に信用したわけではない。

 そもそも、私たちはグレモリー家が後見人であることを全く隠していない――隠しようもないのだけれど、いうなれば、非常に分かりやすい囮である。



 グレモリー家やほかの組織との関係上、直接手出ししづらいルナさんとは違って、私たちに手を出しても、証拠さえ残さなければどうとでもなる。


 私としては、アイリスに危険なことをしてもらいたくはなかったのだけれど、アイリス自身がその危険性を認識した上で選択したのであれば、信じて見守るしかない。



 それに、その理屈でいくと、現在最も危険な立場にあるのが、ルナさんの幼馴染で友人というか、従者というか、それらを超越した得体のしれない存在であるジュディス・アラクダさんだ。


 彼女は、グレモリー家が傾いた現在でも、かの家に仕えている家の娘さんである。

 彼女のルナさんへの想いは、忠誠などという言葉では表せないものだそうで――身体や生命にまで危険が及ぶことも承知の上で、「お嬢様のためでしたら、私の命など惜しくはありません!」などと供述していたという。

 湯の川の狂信者たちと気が合いそうで、何だか私の方が落ち着かない。



 もちろん、本人が了承していることなら、私たちがとやかくいうことではないけれど、問題は彼女の能力と性格にある。


 リチャードさんやアルの見立てでは、身体だけは異常なほど丈夫だけれど、不器用で要領も悪く、更に短絡的な性格で、ルナさんが絡むと暴走しがち――と、最悪に近いお墨付きをいただいていた。


 彼女が大人しく死ぬだけならいいのだけれど、状況を引っ掻き回して複雑にされては敵わない。



 そこで、状況をコントロールしやすいようにと、敵の目を私たちに向けさせようとアピールするつもりなのだ。


 キリクさんたちが味方なのか敵なのかはまだ分からないけれど、味方でも損はなく、敵なら――むしろ、敵であってくれた方が、情報操作もしやすい。

 それに、繋がりを辿っていけば、敵の全容を知ることができるかもしれない。


 とにかく、見えない敵を待ち受けるより、積極的に釣り上げるスタイルでいくのだけれど、その手始めが彼ら四天王である。


 悪魔族の大半は人間界征服論者で、その中でも、可及的速やかに人間界――魔界でいうところの外界に攻め込むべきだと主張する急進派が過半数を占めている。

 そして、そのためには多少の犠牲は致し方ないとする過激派勢力も、少なくとも穏健派以上には存在する。

 つまり、4人いれば、ひとりくらいくらいは過激派が混じっている可能性があるのだ。



 もっとも、それを暴くのは今ではない。


 彼らには、私たちを魔界村まで乗せていってもらわなければならないのだ。


 この辺りに竜でもいれば、手懐けて乗せてもらうのだけれど、瘴気を苦手とする竜族は魔界にはほとんどいないらしいし、連れて来ても役に立たない。

 湯の川にいる古竜たちの話では、魔界のどこかには黄竜がいるらしいけれど、グレモリー家で聞いた限りでは、この何百年かは姿を見せていないらしい。

 偉そうにしている割には虚弱な種族である。


 とにかく、無いものを嘆いても仕方がないので、あるものでどうにかするしかない。



 もちろん、「もの」とはいっても彼らは生きた人なので、たとえ敵なのだとしても、相応の礼をもって接しなくてはならない。

 相手は自分とは違う個であると同時に、違う可能性を持った自分自身でもあるのだ。

 愛そうが殺そうがは構わないのだけれど、リスペクトを忘れてはいけない。


 まあ、私はみんなとの繋がりは非常に遠いというか、繋がり方が違うというか――樹に例えると、アイリスやアルは末端の花とか葉っぱで、幹や枝を通じて繋がっている。

 私は、別の樹――大地? 惑星? よく分からないけれど、とにかく、どんなに遠くても繋がっている、繋がっていようとすることは大事だと思う。




 さておき、魔界村に着くまでの2日の間に、それぞれの身の上話などを、特に興味は無かったけれど、信頼関係を築くという建前の下、いろいろと話を聞いた。

 そのはずなのだ。


 しかし、不思議なことに、彼らの話は断片的にしか記憶に残っていない。


 そして、いつの間にか悪魔村に到着していた。



 いつものように、失礼にならない程度に話を聞いている振りをしていたのは確かだけれど、それでも、ある程度の内容は記憶に残るものだ。



 しかし、どんな話をしたのかほとんど覚えていない。


 代わりに、話以外のことが強く記憶に刻まれてしまっていた。



 記憶に刻まれているのは、バッタとか、ガとか、カエルとか、ヘビとか、動くものを見つけては「「「ご飯だ―!」」」と競うように飛びかかって、貪っていた彼らの様子。

 しかも、野犬やゴブリン、そして山賊のような可食部の多い獲物を見つけた時の、彼らの喜びようときたら……。



「昆虫って、見た目は悪いけど栄養価が高いんだ。それに、山賊は魔物だから食べてもいいんだ」


 笑顔でそんなことを言う、返り血やら返り体液やらに染まった彼らの姿が忘れられない。

 魔界は恐ろしいところだ。


◇◇◇


 魔界村に入ってからは、キリクさんたちとは別行動になった。


 こちらは、移動の疲れと、ろくに食事を摂れていないせいで憔悴(しょうすい)しているアイリスを一刻も早く休ませたいのに対して、彼らは4人揃ってほとんどお金を持っていないので、町に入る理由が薄い。


 道中で狩った獲物のうち、食べられる分は彼らの取り分で、換金素材などは私たちの取り分としていたのだけれど、その甲斐あってか、受験料とプラスアルファくらいは稼げたと思う。

 アイリスの空腹と引き換えに。


 といっても、私と接触して魔素を補給していたので、死ぬことはない。

 それでも、お腹は減るらしい。

 私は空腹も満腹も感じたことがないので分からないけれど、やはり「食」は重要なことなのだ。



 さておき、本来は魔界村に着くまでにもっと稼ぐつもりでいたのだけれど、交通費が引かれたと思えば仕方がないことかもしれない。

 少し――かなり割高でも、証人にもなると思えば……。


 とにかく、足りない分は、彼らと別れてから稼ぐしかない。


 なので、一文無しの彼らは宿を取ることもできず、ついでに外でご飯を食べてくる――サバイバル的な意味らしいので、送ってくれたお礼だけ言って逃げるように――というか、逃げた。

 私たちもお金に余裕があるわけではないし、「ご一緒に」などという流れになっても困るし。




 魔界村での最初の仕事は、この周辺で最も安い宿を探すことだった。

 日本も含めて、初めての経験だ。

 お金が無くても生きていけるけれど、お金があれば解決できることも多いのだと痛感した。


 ハンター協会にでも行って、獲物を釣れば解決するかもしれないけれど、入試前にあまり問題を起こすのもよくない。

 もちろん、問題にならない可能性もあるけれど、返り討ちにして納品した人が、闘大のお偉いさんだったりすると、さすがにまずいだろう。



 なので、町の人に訊いて回りつつ、足で探す。

 ネットで予約できる日本は便利だったのだと、今更ながらに思い知らされる。


 まあ、私にはネットで検索自体が難度が高すぎるので、縁のない話なのだけれど。



 さておき、希望条件は、とにかく安いこと。

 そして、食事が無ければ更に良し。

 アイリスが飢えているけれど、それは人の目がなければどうにかなること。

 虫の臭いでも嗅ぎ分ける人がいる状態では難しかったけれど、さすがに客商売で客のプライバシーにまで踏み込んでくることはないだろう。


 ということで、木賃宿みたいな物があればと探してみたものの、需要がないのか、そういったものはなかなか見つからない。


 恐らく、寒さや風雨を凌ぐことより、食事の方が優先されるのだろう。

 前者にはそれぞれ耐性があるけれど、後者には無いらしいし。



 それと、アイリスには、露出の多い服装で大勢の人の前に出るのは、やはり抵抗が大きいようだ。

 恥ずかしがっているところを揶揄(からか)われたりして、上手く話ができなかったのも、宿探しが難航した原因のひとつだろう。


 こういうのは堂々としていれば、見られるのは仕方がないにしても、付け込まれることは少なくなるのだ。


 とはいえ、道行く悪魔族の人が虫っぽかったり、虫を食べていたりして、私的にも抵抗が大きかったけれど、それは朔に情報を遮断してもらって、どうにか平静を保っている。



 とにかく、今日は魔界村の雰囲気を直に感じたことを成果にして、こっそり湯の川に帰ってもいいと思う。

 無理はよくない。

 決して、魔界にいたくないとかそういうことではない。


 そもそも、闘大に合格すれば寮にも入れるそうなので、それまでの数日間を凌げればいいだけなのだ。

 数日野宿をしていたことにしてもバレないって。



 しかし、なぜかアイリスがそれを良しとしない。


「万一のことを考えると、できるだけ魔界で過ごした方がいいと思います。直接の目的はルナさんの護衛になりますけど、実際に魔界で悪魔族の暮らしを体験することは、ルナさんの護衛にも、それが終わって湯の川に帰ってからも役に立つような気がします」


 グレモリー家を出発する前に、彼女はそう言っていた。


 それは、相互理解の難しさに直面した今でも変わっていないようだった。



 そうなると、私の我儘で、アイリスの決意を踏みにじるようなことはしたくない。

 とはいえ、決意や覚悟があれば万事が上手くいくほど世界は甘くない。

 つまり、今日は野宿もやむなしか。

 雨風はどうでもいいけれど、虫とか出ないといいなあ……。




「お姉ちゃんたち泊るところないの? だったらうち来る?」


 困り果てていた私たちに声をかけてきたのは、年の頃は7、8歳だろうか。

 リリーより少し幼い感じで、むしろ「湯の川(うち)来る?」と訊きたくなるような、汚れてはいたけれど可愛らしい男の子だった。


 道を尋ねただけでお金や身体を要求してくるような、血も涙もない守銭奴や下衆の相手ばかりで疲れ果てていた私の心に潤いが戻ってくる。


 もちろん、度を超えた守銭奴や下衆の皆さんにはお灸を据えて、ついでに身包みも剥いでおいたけれど、収入的にも気分的にも労力に釣り合うものではなかった。


 そんなところに現れた天使――いや、天使は例えとしては不適切だ。そもそも、悪魔族だけれど、ピュアな存在に、運命を感じた。


 それと、悪魔族でも子供は可愛い――つまり、大人になって「あんなの」になるのは環境が悪いせいで、ちょっとだけ魔界を良くしようかという気になってくる。



「えっとね、うちは1日銀貨1枚で、夜ご飯つき! あ、でも、お母さんが手を怪我しちゃってるから、ご飯どうしよう……?」


 この子の話のとおりなら、魔界村での相場の10分の1以下だ。

 食事抜きでも充分に安い。

 むしろ、食事抜きの方が有り難い。


 というか、子供なりに家のことを手伝おうとしている姿がとても健気で、最早この子のおうち以外に選択肢は無い。


 アイリスは、あまりに旨い話に困惑――と警戒しているようだけれど、こんな屈託のない子を欲望で汚すような大人がいるなら、その性根を叩き直さなくてはならない。

 ゆえに、どちらにしてもついていくしかないのだ。



「まったく、ユノの可愛いもの好きには敵いませんね」


 仕方ないなあ、とでも言いたげなアイリスだけれど、


「うちに来てくれるの? やったあ! お姉ちゃんたち、こっちこっち!」


 と、急かすように手を引いてくる男の子に、彼女の頬も緩んでいる。

 やはり、みんな可愛いものには弱いのだ。


◇◇◇


「ただいまー! お母さん、お母さん! お客さん連れてきたよ!」


 子供の体力ではつらいのではないかと思う距離を歩いて、最早魔界村内ではなくその近隣の集落とでもいうような場所に、その男の子――【ジョージ】くんの家があった。


 ジョージくんの格好――擦り切れたショートパンツ一丁に、上半身は裸という身形から、立派な宿ではないと想像はしていたけれど、どう見ても普通の民家――良くいえば民宿である。



「ジョージ! こんな遅くまで心配したじゃない! もっと早く帰ってきなさいって、いつも――って、ええっ!? お客さん!? えーっと、ええっ!?」


 現在の時刻は八時半くらい。

 子供の速度に合わせて歩いていたので、ジョージくんと出会った時は既に夕方近かったのが、良い子はそろそろ寝る時間である。

 お母さんが心配するのも仕方がない。


「ええっ!? お客さんって、あんたこんな立派な服着た――貴族様? えええっ!?」


 しかし、彼女はジョージくんを叱るより先に、私たちの姿を見て大混乱していた。



「突然押しかけて申し訳ありません。私たちは貴族ではありませんので、まずは落ち着いていただけますか?」


 そんな彼女へアイリスが優しく話しかけると、こくこくと大きく頷きながら土下座された。

 分かっているのかいないのか微妙なところだけど、静かにはなった。

 アイリスの巫女スキルは、魔界でも有効らしい。


 とはいえ、いくら小さな集落でも、夜中に大声を出しては近所迷惑だろうし、実際に近所の人たちが何事かと様子を見にきている。

 当然、状況が良くなったとはいい難いので、アイリスは慌てて話を続ける。



「お顔を上げてください。私たちは闘大編入試験を受けるために魔界村までやってきたのですが、困ったことに、途中で荷物のほとんどを谷底に落としてしまいまして……。途方に暮れていたところを、ご子息に声をかけていただいたのです。ご子息の紹介には大変感謝しております」


「闘大!? なのにこんな辺鄙なところまで!? 申し訳ございません! うちの子が本当に――申し訳ございません!」


 逆効果だった。



「闘大ちゅうたらコレットちゃんが行っとるとこかいの?」


「あれまあ、コレットちゃんは元気にしとったかい?」


「あの子はこの集落の希望なんじゃ」


 さらに、ご近所のご老人たちまで加わって、手がつけられなくなった。

 見たところ、お年寄りが多いので耳が遠い――断片的な単語に反応しているのだろうけれど、全体的な流れを把握せずに何かを話している。

 これに収拾をつけるのは大変そうだ。



 それからややあって、「お母さん、お腹減った」というジョージくんの言葉で騒ぎは一旦収まった。

 悪意のないお年寄りに対抗できるのは、同じく悪意のない子供だけなのかもしれない。


 どうでもいいけれど、その騒ぎの中でジョージくんにはコレットという名の姉がいること、その姉が闘大生であること、彼女が家を出たことで空いた部屋を、賃貸にして収入を得ようと計画をしていたことが分かった。


 つまり、まだ宿として機能する状況ではなかったのだけれど、そのあたりが分からないジョージくんが先走ったということらしい。



「ああ、ごめんなさい――。それでジョージ、お使いは?」


「パンの耳も、ゴブリンの耳も、高くて買えなかった……。ぼくはいつもの草でもいいよ?」


 パンの耳? ゴブリン!? 草!?


「ごめんなさい……。お母さんが怪我さえしてなければ……」


「ううん! お父さんが死んじゃってから、お母さんがぼくたちのために頑張ってくれてるのは知ってるから! ぼく、草採ってくるね!」


 明るく振舞っているジョージくんに対して、女将さんが済まなさそうに項垂れていた。



 なお、女将さんの夫――ジョージくんの父親は既に他界していて、僅かな蓄えも底をついた。

 食うに困った女将さんは、慣れない狩りに出かけて、その際に利き腕を骨折したらしい。


 そんなことを私たちに聞かせてどうしようというのか。

 宿を探していただけのはずが、なぜか複雑な家庭事情に遭遇してしまったようだ。



 しかし、ジョージくんが健気すぎて、そんな子が草しか食べられないとか、不憫すぎて泣けてくる。

 その事実の前には、ジョージくんの言葉が説明っぽいことも気にならない。



「これ、ジョージ。草ばっかりじゃなくて、肉もしっかり食わんと大きくなれんぞ?」


 肉が買えない獲れないから草を食べるしかないのだろうに、このご老人は何を言っているのだろうか。


「ちょっと待っとれ。婆さんや、家にバッタとコオロギが残っとったじゃろ? あれ持ってきてやれ」


 ちょっと待つのは貴方の方です!


「分かりました。ジョージ、ちょっとだけ待っててね」


 お婆さん、本当にちょっと待って!


「でも、それじゃお爺ちゃんたちのご飯が……」


 よし、ジョージくんは良い子だ。

 その調子でこのふたりを止めるんだ。


「はっはっはっ、気にするな。年を取ると、そんなに食わんでも大丈夫になるんじゃよ」


「私たちだけじゃ食べきれませんからねえ。ジョージにいっぱい食べてもらって、立派に育ってくれる方が、私たちも嬉しいのよ」


 嘘だ。

 いや、歳をとると、若い時ほど食べられなくなるのは事実らしいけれど、どう見てもふたりとも栄養失調気味だよ。

 そうまでして子供を大切にする姿勢は好ましいし、魔界にもこんな人情味に溢れた場所があるのも好ましいし、ジョージくんを飢えさせるのは私も望まないけれど――。



「いつもすみません……。本当に何とお礼を言っていいのやら……」


「いいんじゃ。困ったときはお互い様じゃし、子供は宝じゃ。それに、コレットも儂らのために医者になると闘大に行ってくれておるのじゃろう?」


「そうですねえ。ああ、そうだわ。貴女たちもいかがかしら?」


 ああっ、ついに恐れていた展開が!



「いえっ、私たちのことはお構いなく!」


 私と同じように、この展開を危惧していたであろうアイリスが、食い気味に拒絶した。

 しかし、非常に悪いタイミングで、彼女のお腹が可愛らしい音を立てた。


 アイリスは、恥ずかしさよりも、一生の不覚といった感じで顔を青くしている。


「はっはっはっ、若いもんが遠慮しなさんな。婆さん、たんと持ってきてくれ」


 大ピンチである。



「そういや、うちにも昨日獲りすぎた芋虫が残っとったわい。持ってきてやるから待っとれ」


「ウチにも――」


「お、それならうちにも俺の卵があるぞ」


「お嬢ちゃんなら、おじさんのを食べてもいいんだよ?」


 孫にお菓子を与える老人のような図がそこにあった。


 もちろん、彼らにあるのは善意だけで、相手がどう思っているのかは考慮されていない。

 いや、一部にはアイリスに下心を抱いているおじさんもいるようだけれど。



「えっ、本当にいいの? 御馳走だー!」


 そして当事者のひとりがとても喜んでいることが、私たちの状況をより悪くする――いや、私たちというよりアイリスだけだけれど。


 私?

 お腹なんて減っていないからお構いなく。

 マジで。



「え、いや、本当にお構いなくっ! わ、私の従者のユノはとても料理が上手で、その、彼女が作ったもの以外は食べられないんですっ!」


 アイリスがこんなに慌てるのも珍しい――のはさておき、なぜここで私に振るの!?


「へー、お姉ちゃん料理上手なんだ? お母さんとどっちが上手かな?」


 ジョージくんがキラキラした目で見上げてくるけれど、私には料理を創ることはできても作ることはできないのだ。

 期待には応えられないよ?



「じゃあ、バッタを持ってきてやるから、その嬢ちゃんに料理させればええ」


「よし、ミミズも――」


 ふおおっ、巻き込まれた!


「ちょっと待ってください!」


 いや、マジで。


 何だか私も一緒に追い詰められているのだけれど――と、抗議のつもりでアイリスの方を窺うと、こくりとひとつ頷かれた。

 心中のつもりか、若しくは丸投げか。



 何だか分からないけれど、やるしかない。


「彼の持っている草だけで充分ですので――」


 ある意味、料理も戦いと同じ――やらなければやられるのなら、やられる前にやるだけである。




「まず、何だか分からない野草を水洗いして、汚れを落とします」


 みんなの見ている前で、とりあえずジョージくんから受け取った野草を洗う。


 なお、この洗浄用の水も、彼の家の貯水槽から汲んだもので、衛生的にどうかが分からないので、洗えたのかどうかは微妙ではある。

 少なくとも、泥は落ちたけれど。



「よく水を切って、食べやすいサイズに手で千切って、バケツの中に投入します」


 被っているバケツとは別のバケツを取り出して、そこに草を投入する。


 なぜバケツなのか?

 私の持っている道具の中で、最も耐久性に優れているのがバケツだから。

 それと、中が見えないから。


「そして適量の水と塩を入れて、蓋をしてよく振ります。ここで可能な限り高速で振るのがポイントです」


 私は一体何をやっているのだろう。


 実態としては、料理というより手品だろうか。

 種も仕掛けもないけれど。



「はい、完成! ――野草の八宝菜風です」


「「「!?」」」


 できあがったのは、言葉どおりの、バケツに並々と入った八宝菜。


 もちろん、最初に入れた草はこっそり廃棄している。

 中身は私の手製でこそないものの、湯の川直送なので、味や栄養は保証されている。


 アイリスを含め、みんな唖然としている。



「お、お姉ちゃんすごい……! お母さん、これすっごく良い匂いする! 美味しそう!」


「あ、あの、『八宝菜風』とは一体? というか、ものすごく量が増えてませんか!?」


「あ、飽くまで『風』ですので! このバケツは、彼女とセットで初めて効果を発揮する魔法のバケツなんです!」


 女将さんのツッコミに、アイリスが慌ててフォローしてくれた。



「今時の若い人の料理って、こんな感じなんですかねえ? 私らのとは随分違いますねえ」


「便利な世の中になったのう……」


「嬢ちゃん、悪いがもう1回やってもらえんかの? 儂ら年寄りには何が何やら」


 もっと激しいツッコミがあるかと思ったけれど、お年寄りたちにはどうやら最先端の料理の仕方に見えたらしい。


 騙しているようで心苦しい気もするけれど、もしここに電子レンジとかフリーズドライを持ってくれば、同じ反応をするかもしれない――と考えると、こんなものなのかもしれない。


 もちろん、こういった手品は、種がバレないうちに切り上げるのが正解である。

 しかし、更に期待を込めた目で雑草を手渡してくるジョージくんを前にすると、引くに引けなかった。



 どうしたものかとアイリスの方を窺うと、思うところはあるけれど――といった表情で頷かれた。

 問題があるのは分かっているけれど、虫は食べたくない――そんなところだろう。




「では――」


 みんなの期待の籠った視線を一身に受けて、ジョージくんから新たな雑草を受け取る。


「一、まず草を水で綺麗に洗います。二、よく水を切って――今度は千切らずにバケツに投入して、秘伝のたれを入れて蓋をします」


「はい! バッタとかは入れないの? 草だけでこんな美味しそうなのができるんだったら、もっと美味しくなると思う!」


「バッタを入れると爆発するので駄目です。ミミズはもっと駄目です。世界が滅びます」


 ジョージくんの無邪気で残酷な質問を華麗にスルーする。


 美味しいものに美味しいものをプラスすれば、相乗効果で何倍にも美味しくなるのは事実だけれど、バッタやミミズは決して美味しいものではない。

 食べたことはないけれど、断言できる。

 見た目や臭いも、料理の品質を左右する重要な要素なのだ。



「三、よく振ります」


 私の一挙手一投足を見逃すまいとする人たちの前で、今度はシェイカーを振るバーテンダーのように演出してみる。

 もちろん意味など無いけれど、振れらるバケツに合わせて頭が上下するジョージくんが可愛いので、つい力が入ってしまう。



「四、音がしなくなるまで振ったら完成です。――はい、野草の焼き肉風、完成です」


「「「!?」」」


 完成したのは、バケツ一杯の焼肉である。

 もちろん、肉だけでは栄養バランスが偏るので、野菜もたっぷりである。

 ただし、最初に入れた野草の姿はどこにもない。



「『三』から『四』の間に一体何が!? というか、『風』ってどう見てもお肉ですよね、これ!? しかも特上の!」


「『風』です! 味も食感もお肉そのものですけど、飽くまで『風』です! 料理は愛情ですので、彼女の私に対する愛が、奇跡を起こすんです!」


 女将さんのツッコミに、またもやアイリスが意味不明な言い訳を炸裂させた。


『いや、料理は技術だよ。まあ、美味しいものを食べさせたいって、努力するのは愛情かもしれないけど』


「……」


 私が言ったわけではないのに、そんな恨みがましい目で見るのは止めてほしい。



「最近の料理は進んどるのう。まるで魔法みたいじゃ」


「そのバケツを使えば、私たちでもこんな料理ができるんですかねえ?」


「どこに売っとるんじゃろうな?」


 お年寄りたちは、絶妙に人の話を聞いていないか、忘れているらしい。



「はい」


 そんなことより、私の創造物ではないにしても、せっかくの料理なのだから、冷める前に食べてほしい。


 みんなが雑談していた間に用意しておいたご飯とサラダを、先ほどの料理と一緒にプレートに盛って――八宝菜と焼き肉の組み合わせはどうなのかと思いつつ、アイリスに手渡した。



「えっ、ぼくも食べていいの?」


 もちろん、ジョージくんにも。


 本当はよくはないと思う。

 しかし、可哀そうなほどに、口の中に涎を溢れさせているジョージくんを見て、「バッタでも食べていなさい」なんて言えない。

 それは悪魔の所業である。



「よければ皆さんも――ただ、ここでのことは他言無用に願います」


「ほう、儂らもええんか!」


「もちろん、お墓まで持っていきますよう!」


「これが本当の冥途の土産じゃのう!」


 そして、集落全体を巻き込んだ宴会に発展した。



「おっ、美味しい! お母さんの料理より美味しい! こんな美味しいの初めて食べた! お姉ちゃんありがとう!」


「料理? 洗って拭いて振っただけ……。包丁も火も使ってない……。料理って一体? でも、本当に美味しい……っていうか、これどう見ても、食感も味も本物の、しかも、きっと上質なお肉……」


「何度も言いますけど『風』です。野草が肉になるなんて、常識的に考えてあるわけがないじゃないですか」


「難しいことは分からんが、本当に美味いのう……」


「貴女、まだ若いのに料理上手ねえ……。うちの子がもう少し若かったら、嫁に来てもらいたいくらいだわあ」


「うるせえ、ババア! 俺は面食いなんだっていつも言ってるだろうが!」


「お前、五十にもなってまだそんなことを……」


「冥途の土産のつもりじゃったが、身体の底から活力が漲ってくるようじゃ……!」


 ある意味見慣れた光景である。

 さすがに後のことを考えると無責任な気もするけれど、最悪は記憶を奪うか……。



「おい、これバッタトッピングしてもイケるぞ!」


「ミミズの上に八宝菜をかけて餡かけ風にしてもイケるぜ!」


「肉! 野菜! 虫! バランスも完璧だな!」


 全然見慣れない光景もあるけれど、そちらは極力見ないようにする。

 やはり、記憶を奪うのは危険かもしれない。



 あれ?

 私たちは何をしに来たのだったか?

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