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06 魔界の闇

 グレゴリー家から魔界村まで、およそ三百キロメートル。

 さすがに歩いていくのは遠い。

 もちろん、アイリスにとってはの話であって、私ならちょっと走れば着く距離だけれど。

 私は、他人の立場に立ってものが考えられる女なのだ。



 さておき、馬車――というか、馬が貴重な魔界での主な交通機関は、列車や自動車になる。

 しかし、保線もろくにできていない列車は事故も多いらしく、ダイヤどおりに運行することなど皆無らしい。

 なので、少々値は張ったけれど、自動車を用意した。



 この出費で、ハンター協会(※ハンター業ではない)で稼いだお金はほぼゼロになった。


 そもそも、乗り物なんかに頼らなくても、私の能力で移動すればいいとは思うのだけれど、私たちの後見人がグレモリー家で、そこから魔界村までどうやって来たかなどを調べられたりすると、少なからず不自然な点が出てくる。

 そこから、更に素性だとかを調べられたりすると、思わぬところで(つまず)く可能性が出てくるかもしれない。


 それなら、グレモリー家を後見人にしなければ――という案は、闘大受験ができなくなってしまうので採用できない。


 この最高学府は、素性不詳の人が受験できるほど甘くない。


 一般庶民がいないわけではないけれど、例外なく後見人が存在するのだとか。

 なので、面倒くさくても、いろいろと体裁を整える必要があるのだ。


◇◇◇


 町から一歩外に出る――といっても、魔界での町を覆う壁は、人間の世界のそれとは比べ物にならないくらい簡素なものだ。

 それも、外敵を阻むためというより、単なる魔法の使用可否の境界である。


 当然、そこを越えたからといって、目に見える世界に大きな変化があるわけではない。


 ただし、町から離れるにつれて瘴気は濃くなっていくし、道路などの整備不良の割合も増していく。



 なお、魔界の自動車は、湯の川あるようなドワーフ製の立派なものではない。

 最も安い物を買ったからかもしれないけれど、箱に車輪と動力が付いただけの代物である。


 なので、パワーステアリングはおろか、サスペンションのような快適パーツもついていない。


 そんな車で、前世でも免許など取得していないアイリスが、ラリーでも走らないような過酷な道を走る。



 三十分後。

 崖下に落ちた車を見詰める私とアイリスがいた。



 グレゴリー家に人を出す余裕は無いし、運転手を雇うお金も無かったけれど、アイリスは湯の川にある車で多少運転経験があったし、安全運転で行けば、時間はかかるとしても、いつかは到着する――と、甘く考えていた。



 というか、操作性の悪さと悪路に加えて、地雷まで埋まっているとは思いもしなかった。


 アイリスは済まなさそうに頻りに謝っているけれど、むしろよく三十分も頑張ったものだと思う。

 むしろ、地雷で大破した車に乗っていたアイリスが無傷なことに、妙な感慨を覚えてしまう。



 なお、車を失ってからすぐに地雷を敷設していたらしい山賊に襲われたけれど、返り討ちにして崖下に捨てている。


 来た時よりも美しく?

 そもそもの魔界が美しくないから無理だよ。

 綺麗さっぱり消し去っていいなら簡単なのだけれど。



「うう……。せっかくの婚前旅行が……」


 この程度のアクシデントで謝られ続けても困るのだけれど、それ以上に困る言葉がアイシスの口から洩れた。


 これは婚前旅行だったの?


 そもそも、結婚の約束はまだ有効なのだろうか?

 というか、この世界は同性婚も許容しているの?



 まあ、アイリスがしたいならそれはそれでいいのだけれど、私には「結婚」というものがよく分からない。


 病めるときも健やかなるときもといわれても、私はいつでも健やかである。

 死がふたりを分かつまでとか、「死」を何だと思っているのかという話になる。


 本質を理解していない人には分からないかもしれないけれど、死は終わりではないのだよ?


 仮に、肉体の死を愛の終わりだとするなら、その人は相手の肉体を愛していたのかということになってしまうのではないだろうか。


 結婚とはそういうものなのだといわれてしまえばそれまでだけれど、私としてはアイリスには幸せな人生を送ってもらいたい。


 なので、できればアルたちのように、私は別枠と考えてもらって――普通の幸せも求めた上でのことにしてほしいとも思う。



 とにかく、さきの彼女の言葉に、どう答えていいのかよく分からない。


 しかし、こちらに近づいてくる複数のエンジン音のおかげで、答える機会は失われた。


◇◇◇


 それからしばらくして、私たちの前に現れたのは、単車に乗った4人の男女だった。


「やあ、お困りのようだね」


 そして、到着早々に彼らが口にしたのは、誰が見ても分かることである。

 ついでにいうと、貴方たちも困ったことのひとつです。



「生きていたのですか?」


 全員がフルフェイスのヘルメットを被っていたので、表情は分からないけれど、それが誰なのかは一目瞭然だ。

 しかし、彼らは先日納品されたはず――。


「ははは、さすがに人身売買や共食いはタブーだからね」


 なるほど。

 いくら悪魔族でもその程度の良識は持っていたのか。



「それで――キコリさん、でしたか? どうしてこちらへ?」


 先日の報復――というような雰囲気ではないけれど、四天王とか呼ばれていた人たちが揃って私たちを追ってきたとなると、それなりの理由があるはずだ。


「――キリクだ。敬称も要らないよ」


「それは俺から説明するぜ。今朝方、おふたりが車を買って町を出たって話を聞いたから、急いで追いかけることにしたんだ。結局は間に合わなかったみたいだが」


「なぜ私たちを追いかけるのですか?」


 アイリスが、警戒感を露にしてマキシさんに問いかけた。


「ああ、いや、誤解しないでくれ――いや、ください。もうあんたら――いや、おふたりに仕返しするつもりなんて毛頭ありませんよ」


「そうっすよ。マジでやるつもりなら、もっと頭数揃えてきますって!」


「そんなことで勝てる相手なら、そもそも負けてないわ。ユノさんの全く鍛えていなさそうな身体を見てみなさい。どう見ても魔法か特殊能力特化よ。そんな人に体術だけで負けたのよ?」


「そもそも、最初に絡んだのはマキシだっていうし、誤解して襲いかかった上に、負けて――いや、とにかく、話も聞かずに敵視したりしてすまなかった。ほら、お前も謝れよ」


「すんませんでした! おふたりが――というか、姐さんがかなりその――エロかったんで、ちょっと魔が差しました!」


「全くこいつは……。とにかく、俺たちには君たちと敵対する意思は無いんだ。言い訳にしか聞こえないと思うけど、こいつも普段はこんなに短慮な奴じゃないし、俺たちも何だかあの時はおかしかった――ような気がする」


「いやー、自分でも何か分からないんですけど、あの時は姐さんたちと、その――どうしても良いことしたくて堪らなくなって――。ちょっと普通じゃなかったです」


「俺もそうっすね。後で考えたら、何であんなことしたんだろうって」


「ええ、今にして思えば正気じゃなかった――まるで夢の中にいるような感じでした」


「今もその時ほどじゃないけど、緊張――? よく分からない感情みたいなものがあるよ」


 彼らの言うとおり、今は敵対する意思は無いようだけれど、彼らの普段がどうとか言われても、私たちに分かるはずがない。

 それなのに、アイリスは納得している様子。

 なぜだ。


 それよりも、やはりこの格好はエロいのか……。


 露出度的には、私以上の人も一杯いたのだけれど――というか、姐さんって誰? 私のこと?

 ハンターって、芸人みたいな上下関係が存在するの?

 いや、それにしても、私たちの方が後輩だけれど?



「貴方みたいな大きな弟をもった覚えはありませんし、私のことは呼び捨てで結構ですよ」


 一応、魔界での私はアイリスの従者ということになっているので、都合の悪いところは訂正しておく。


「敵対意思が無いことは分かりました。ですが、それならなぜ追いかけてきたのですか?」


「実を言うと、それもよく分からないんだ」


「いや、おふたりに車を売った野郎なんですが、盗賊にも情報を売ってまして、その警告に――って理由はあるんですけどね」


「姐さんたちなら大丈夫って分かってたんすけど――あ、情報売った野郎にはきちっと焼き入れときましたんで!」


「おふたりが盗賊程度にヤられるはずがないのは分かっていたんすけど、なぜか、このまま行かせてしまうのはまずい気がしたっす」


 なるほど。

 どういうこと?

 私の話は聞いていないことは分かったけれど。



「つまり、私たちを心配して来てくれた、ということでいいのでしょうか。確かに今、とても困っていますが……」


 アイリスが、崖下に落ちて大破している車を見ながら溜息を吐いた。

 もちろん、引き上げることも、魔法的なものでなければ直すことも簡単だし、アイリスもそれは理解しているはずだ。


 しかし、その後もまたこれに乗って移動するのは厳しいといわざるを得ない。

 そうするくらいなら、目撃証言を作りつつ、中継地点ごとに瞬間移動する。

 それか、私が車を牽くか。


 しかし、それで軽減できるのはアイリスの労力だけ。

 ほかのリスク――どんなものがあるのかはよく分からないけれど、アイリスや朔がそう言い出さないのはそれなりの理由があるのだろうし、そのリスクとリターンが見合っていないのだろう。

 きっと。



「うーん、確かにこれはもったいない」


 キリクさんが、アイリスの視線の先を覗き込んで苦笑いした。


 ごめんなさい。

 貴方たちから巻き上げたお金は、いろいろあってこうなりました。


「この高さだと引き上げは難しいか。せっかく新鮮なのになあ……」


 うん?


「1、2、3……12体か。一撃で首を刎ねたみたいで状態も良いのに……。ああ、腹減ってきたっす」


 うん!?


「途中で木に引っかかってるやつなら取れそうじゃない? ちょうど逆さまになってて、血抜きもできてそうな感じだし」


「血は血で美味いんだけど、そうだな。――でも、あれはユノさ――たちの獲物だ。まあ、強くても詰めが甘いのは、やっぱりルーキーって感じがするな」


「ええっと、何の話を――」


「もしかして、あれを食べるつもりなんですか?」


 アイリスが直球で訊いちゃったよ!


「うん? 食べないのか?」


「こんな新鮮な肉が食べられる機会なんて、そうそうないですよ? 俺らくらいに有名人になると、襲ってきてくれないですし」


「ですが、先ほど共食いはしないと――」


「形は似てるけど、あれは魔物っすから!」


「盗賊という名のね!」


 ヤバい。

 悪魔族マジヤバい。


「薄々そうかなとは思ってたんだけど、ふたりはかなりの良家の出なのかな?」


「そりゃそうだろ。高貴な気品と立派な胸がこんだけ出てるんだからよ」


「良いもの食って、蝶よ花よと育てられたんだろ」


「毎日ゴブリン――いえ、伝説の『牛肉』を食べて育ったのかもしれないわ! だからおっぱいがあんなに! あんなに!」


 確かに、ステラさんの胸は私たちと比べれば慎ましいものだけれど、胸云々の前に、言動に慎みを持つべきではないだろうか。

 手つきがヤバいよ?


 そもそも、摂取して胸が大きくなるのは、牛乳ではなかっただろうか?

 それも、気休め程度だったと思うけれど。


「牛肉かあ……。死ぬまでに一度は食べてみたいよな。どんな味がするのかなあ……」


 魔界の食糧事情――理解していたつもりだったけれど、まだまだ舐めていたらしい。

 魔界はここまで追い詰められていたのか。



「えー、私たちは宗教上の理由で人型は食べられませんので、よければ皆さんでどうぞ……」


「ええっ!? いいんですか!?」


「久し振りの肉っす!」


「最近は虫ばかりでしたので、とても嬉しいです!」


「君たちは本当にいいのかい? 最初は抵抗あるかもしれないけどさ、食ってみると結構イケるぜ?」


 いや、抵抗しかない。

 私も、天使とかは散々喰っているので今更な気もするけれど、あれは不要な情報を遮断しているからまだ平気なのであって、味わうのは断固拒否したい。


 そもそも、私には生命維持のための食事は必要無いし、楽しむためのものなら自給自足できるのだ。


 アイリスには試練となるだろうけれど、アイリスでも食べられる物を探すか――どうやら牛はいるらしいし、とにかく、この場は何とか乗り切ってほしい。



 なお、彼らの言う牛肉が、【ミノタウロス】という魔物の肉だったことは後になって知った。


 ごめんよ、アイリス。

 魔界での私は、思った以上に役立たずかもしれない。

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