05 魔界の流儀
私とアイリスがハンター協会の扉を潜ると、中にいた大勢の視線が、一斉に私たちに注がれる。
そして、私たちが新顔だと分かると、値踏みするように――というか、実際しているのだろう、遠慮のない視線が絡みつく。
見られることには慣れている――というか、ステージの上では万単位の人に見られているので今更である。
しかし、視線の種類が違うというか、こうまで遠慮なくガン見されるのは、気持ちのいいものではない。
アイリスも、巫女のお仕事で人前に立つこともあるし、平気そう――いや、露出の多い服装のせいか、若干恥ずかしそうだ。
そうやって隙を見せてしまうと付け込まれてしまうのだけれど、今ここで注意しても、すぐに直せるわけでもない。
私の方で対処――近いうちに、この視線に対する防御方法や反撃方法も考えた方がいいかもしれない。
さておき、ハンター協会では、冒険者組合での新人を篩にかける有情のものとは大きく違って、そこに込められた悪意は、比べ物にならないくらいに強い。
それがアイリスに向けられていると思うと、非常に面白くない。
とはいえ、本当にアイリスのことを想うなら、彼女自身が乗り越えるべき問題である。
だからといって、いきなり突き放すのは違うので、ゆっくり確実にやっていけばいいことである。
さておき、相変わらず私には気配的なことはよく分からないので、どれくらい害があるかはアイリスの様子で判断するしかない。
それでいくと、表面上はビビっている様子は見られない。
若干背が丸くなっているのは、露出の高い服で外を歩くのが恥ずかしいからか。
まあ、それはいつか慣れる。
私はもう慣れた。
元々裸族の気があったからか?
それはさておき、一度慣れると、湯の川に帰ってからが大変だと思う。
そして、精神状態の方も、若干揺らいでいるのはやはり恥ずかしさからか。
ということで、アイリスもいろいろと逞しくなっているのか、悪意に限っては平気なように見える。
そもそも、戦力的には、湯の川の方がよほど魔境だしね。
それでも、こんな魑魅魍魎の檻とでもいうような場所でも平然としているのは、大した度胸だ。
というか、むしろ私の方がビビっているまである。
なぜなら、悪魔族は外見が多様性に富んでいて、人型から虫型から不定形まで存在しているのだよ?
特に虫系のもの――そこにいる直立したGっぽい悪魔族なんて、恐怖の化身すぎてもう無理だ。
どんな進化を辿れば――いや、ゴミ溜めのような環境では正当な進化なのか?
ヤバいな悪魔族。
正直、魔界自体に駄目出し――皆殺しでもいいならどうにでもなると、少し舐めていたところがあったけれど、意識を改める必要があるようだ。
警戒しながらもそんなことを考えている間に、そう広くはない協会内の受付へと到着していた。
その間に変わったことといえば、彼らの視線が、値踏みから獲物を見る目に変わったことだろうか。
複眼での視線がどんなものかは直視ができないので分からないけれど、彼らは存在自体が敵なので、滅ぼしても構わないはずだ。
ということで、早急に彼らだけを滅ぼせる方法も開発しなくてはいけない。
課題が山積みである。
「登録をお願いしたいのですが」
「登録料、金貨なら10枚。なけりゃ、猪でもゴブリンでも、何か適当に金貨10枚分狩って持っておいで。ああ、後ろのお付きの人もってんなら、当然倍必要だよ」
アイリスの問いかけに対して、ヤツメウナギを彷彿とさせる、受付のクリーチャー嬢がぶっきらぼうに答えた。
それにしても、金貨10枚とはお高い。
それに、初対面の人に対して態度が悪い。
接客業を舐めているどころか、人間関係を舐めているのか。
悪魔族の流儀にのっとって、理解させてやろうかと思ったけれど、表面が粘液で滑っているので止めておいた。
悪魔族の防御力、高い。
さておき、魔界でも貨幣経済は普及しているものの、人間の世界の基準で考えると、貨幣の価値はとても低い。
基本的に、貨幣は食べられないからね。
それくらいは事前に聞いていたけれど、そもそも、私たちは魔界の通貨なんて一切持っていない。
グレモリー家にも、闘大の受験料や学費どころか、ハンター協会に登録するお金を立て替える余裕も無かったので、高い安い以前の問題だ。
なので、登録条件の確認のためにハンター協会を訪れたのだけれど、金貨10枚という目安以外何も分からない。
肝心の獲物の買取り価格が、全て「時価」なのだ。
買い叩く気満々である。
ふざけているのだろうか。
しかし、確かにこれでは、リチャードさんたちに訊いても分からなかったのも納得だけれど。
もちろん、私――というか、朔の能力を使えば、偽造くらいは造作もない。
この世界では、金貨であれば、金の純度とか含有量とか、ほかにもいろいろと判別法があるので、すぐに真贋がバレる。
そもそも、《固有空間》や魔法の道具袋に入れると、別のアイテムと判断されるらしいし。
それは魔界でも同じだろう。
それでも、純度や含有量が同以上一なら、贋金でも取引上は特に問題にはならない――貨幣ではなく、金での取引となる。
それはそれとして、偽造の罪は問われるそうだけれど。
とにかく、魔法が掛かっていない物なら、私たちなら創造し放題なのだ。
もちろん、帝国での活動と同じく、その地域の経済を壊したいわけではないので控えるけれど。
私的な線引きというほどのことではないけれど、砦やそこにいる人を壊しても、治そうと思えば治せる。
しかし、経済を壊してしまった場合、どうすれば直せるのかよく分からない。
世界を改竄して、壊す前に創り直すことはできるけれど、労力の無駄遣いでしかないし、そもそも、そういう能力の使い方はしたくない。
「分かりました。では、ゴブリン以上の何かを狩って――」
「よお、嬢ちゃん。狩りに行くなら俺様が手伝ってやってもいいぜ?」
アイリスが言い終わる前に、協会内にいた、ひと際体格が良くて、いやらしい笑みを浮かべた男の人が、仲間らしき4人を引き連れて近づいてきた。
他人を見た目で判断するのはどうかと思うし、目線がアイリスや私の胸元に集中しているからといっても――まあ、本能的なものだろうけれど、それを責めるつもりはない。
しかし、その手の中に隠している、怪しさ抜群の白い粉は無視できない。
「嬢ちゃんにその気があるなら――あだだだだっ!?」
「結構です」
彼が何を言おうとしていたのかは分からなかったけれど、アイリスの肩に手を回そうとしていたところに割り込んで、折れる寸前まで捻り上げた。
その手から零れ落ちる白い粉も何かは分からないけれど、アイリスに害が及ばないよう、念のために回収しておく。
その程度のことにこの仕打ちは、少々乱暴すぎる気もするけれど、魔界のやり方にのっとれば、先手必勝――とりあえず、言葉より拳で語るのが正解らしい。
舐められると話もできないというのだから、少々きつめに対応するしかないのだ。
それに、アルが言うには、
「相手を対等な人ではなく家畜だと思え。躾けるときは、徹底的に上下関係を叩き込め。手心を加えると付け上がる。やりすぎたと思うくらいがちょうどいい」
などなど、いろいろと過激なことを吹き込まれている。
その時は大袈裟だと思っていたけれど、先ほどの状況だけを見ると否定しづらい。
「てっ、手前!? マキシの兄貴に何やってんだ!?」
「兄貴を怒らせる前に手を離さねえと、大変なことになんぞ!?」
「ちょっとそそる身体してるからって、調子に乗るんじゃねーぞ!?」
「明日の娼館乗ったゾ、テメー!」
喚いているのは、金魚の糞のようについてきた4人だけだけれど、その後方では、彼ら以外にも十数人が立ち上がって、臨戦態勢を取っている。
残りの人たちは、事の成り行きを見守る姿勢のようだ。
もっとも、それも私たちを助けるためではなく、損害を出さずにおこぼれにあずかれるかとでも考えているのだろう。
世知辛いものである。
「は、離しやがれ! くそっ、何て莫迦力だ!? ――て、手前ら、ヤッちまえ! え――――かひゅっ」
マキシとかいう人が暴れ出しそうになったので、腕は極めたまま足を一歩引いて、彼を引き込んでバランスを崩してから、大きく空いた金的を軽く蹴り上げる。
すると、独特の蹴り応えと同時に、彼から脂汗とか涙とか鼻水とか、いろいろなものが噴出した。
なお、金的の痛みは「鼻の穴から西瓜を出す」とも称される、陣痛の痛みと同等――瞬間的にはそれ以上ともされるレベルだそうだ。
というか、人によっては痛みを感じるのではなく、絶望に襲われるとか、神に祈りを捧げるほどのものらしい。
ヤバいね。
私自身は経験したことがないし、することもなくなってしまったので、真偽は不明なのだけれど、事実として大の大人や悪魔族であっても、このように一撃で行動不能である。
もちろん、潰してまではいないのだけれど、ひとまず彼は戦闘の継続は不可能だろう。
「てっ、手前!? ――んごっ」
「よくも兄貴のアニキを! ――ぎっ」
「その格好でそっちのプレイはねえだろ! 俺はいちゃラっぽぅ!?」
「玉は治るかもしれねえけどな、心に負ったった――ひゅっ」
腰が引けつつも吠え続けていた4人との間合いを詰めると、最初の人と同様に、少し崩してから金的を蹴り上げて回る。
さすがに最後の人には警戒されたのか、両手でしっかりとガードされていたけれど、上がお留守だったので、顎を打ち抜いて脳を揺らしてから、ダウンしたところを踏みつけておいた。
ふふふ、分かっていても避けられない――そういう形に持っていくことが技術なのだよ。
「ひ、酷え。友好的に話しかけようとしただけのマキシさんたちにあそこまで……」
「あんな身体して誘っておいて、この仕打ちは鬼――いや、正に悪魔だな」
「この支部の四天王のひとり、マキシさんがマジ赤子の手を捻るようにやられるとか、翼無しでこの力、この悪魔マジヤベえな」
「そんな悪魔を引き連れているあの女は、もっとヤベえってことか?」
「あのバケツに何か秘密があるんじゃねえのか?」
「そうかもしれねえ――いや、そうとしか考えられねえ。普通に考えりゃ、好き好んでバケツ被る奴なんていねえしな」
直近の彼らを倒したところで、立ち上がって臨戦態勢に入っていた人たちは、何食わぬ顔で着席していた。
そして、こちらを見ないように、ほかの人たちとヒソヒソ話をしていた。
聞こえないように話しているつもりなのだろうけれど、全部聞こえている。
というか、ついに悪魔呼ばわりされる日が来たか。
邪神、女神、アイドル――いろいろと言われているけれど、どれもろくなものではないので、昇格なのか降格なのかは分からない。
さておき、騒ぎを起こしているのに咎められることもなく、それどころか雰囲気が随分軟化したような気がする。
「ユノ、少しやりすぎでは?」
アイリスはそう言うものの、誰からのお咎めもなく、それ以上絡まれることもないようであれば、アルやグレゴリー家の人たちから聞いていた、魔界の流儀は確かなものだったのだろう。
そして、さきの私の対応も、正解の範囲内にあったと考えるべきだろう。
今のところは。
『アイリスに怪しげな薬を使おうとしてたから、まあ、これくらいで済んだなら幸運だよ』
「そうだったんですか……? ありがとうございます」
そういえばそうだった。
被害が出ていないから忘れていた――もう少し強めに蹴っておけばよかったか?
今からでも追撃するか?
――あ!
良いことを思いついた。
いまだに蹲ってヒューヒュー言っている彼らを摘まみ上げると、受付のカウンターに乗せた。
「納品」
ゴブリン以上なら何でもいいと言っていたので、これでも構わないはずだ。
私は天才かもしれない。
「えっ? はぁ……えっ!? えっ?」
どうした受付さん、何を固まっているのかな?
貴女は貴女の勤めを果たせばいいだけだよ。
「ヤベえな、奴にはマキシさんがゴブリンに見えてんのか?」
「バケツ被ってるしな。区別がつかんのかもしれん」
「あんな悲しそうなマキシさんたちの顔、初めて見たぜ……」
「マキシさんたち、このまま解体されちまうのか? 良い奴ではなかったけど、さすがにこれは……」
「だったら俺たちで買い戻すか? いくらだろ?」
ヒソヒソ話でも――まあ、ろくな内容ではなかったけれど、彼らが既に私の戦利品と見られていることは間違いない。
それよりも、登録には金貨でもよかったことを思い出した。
カウンター上の彼らの所持品やポケットの中を弄り、貨幣を集めていく――のだけれど、やはり貨幣の価値が低いというか人気がないのか、全部を集めても金貨6枚分程度しかなかった。
「公開追い剥ぎとかヤベえな」
「俺たちの話が聞こえてたのかな? それで自分で自分を買い戻せないように――」
「悪魔とか生易しすぎだったな。最早邪神だぜ」
「どこ見てるのか分かんねえのが怖すぎるぜ……」
「ああ、動けばヤられる気がする……。ヤられる前に投降するべきか――でも、投降したら納品されるかもしれねえ……!」
「ユノ、さすがにやりすぎでは……?」
周りの雑音などどうでもいいのだけれど、アイリスまでもがドン引きしていた。
しかし、これがきっと魔界の流儀なのだ。
甘さを見せれば、次に納品されるのは私たちかもしれないのだ!
しかし、受付さんがもたついている間に、入口の方から結構な集団が押しかけてくるのを朔が察知した。
「おうおう、どうした? どいつもこいつも辛気臭え面しやがって」
「ああっ、バーンさんだ! 四天王のひとり、力のバーンさんが来てくれたぞ!」
「これで俺たちも生きて帰れる!」
「いやっほう!」
「あらあら、いつにも増して騒がしいわね? 何か良いことでもあったのかしら?」
「ステラさんだ! 四天王の紅一点、魔のステラさんもいらっしゃったぞ!」
「四天王のうちのふたりまで! これで勝つる!」
「てめーら、短い天下だったな!」
「おいおい、これは一体何の騒ぎなんだ?」
「おおおっ! 四天王最強の黒い剣士、キリクさんまで! 四天王が一堂に会するなんていつ振りだ!?」
「ひとり納品されてるけどな! まあ、しょせん智のマキシなど四天王最弱!」
「そんな奴を倒したからといって、調子に乗らない方がいいぞ!」
入り口から続々と入ってきたのは、四天王とやらとそのお仲間さんたちらしい。
確かに、ただものではない感じ。
特に、いい歳して四天王とか名乗っているのは、ちょっとヤバい人たちなのかなと思ってしまう。
それ以上に、虎の威を借りる狐の方がどうかと思うので、気にしないことにした。
それと、さっきの人は智というか、薬だったのだけれど?
自分で調合したとかそういうこと?
さておき、力のバーンとよばれていた人は、額に1本の立派な角が生えた、筋肉質で半裸の男性だ。
筋肉の魔神バッカスさんを彷彿とさせる出で立ちだけれど、彼ほどの厚みはなく――というか比較するのも失礼なレベルで、何というか、まあ、今更感が強い。
魔のステラさんとやらは、頭髪と下半身が蛇の女性だ。
腰のあたりに小さな翼が生えているので、バーンさんと同様、それなりに高位にあるのだろう。
こちらも、湯の川にいるアースラやグロリアといった異形の魔王や、その眷属たちを見た後ではインパクトが弱い。
最後に剣のキリクさん。
彼には角も翼もなかったけれど、大半が半裸、中には全裸の人もいる魔界において、全身黒装束に全身を包んでいる――まともなのに、まともではないように見える。
とにかく、服装と相応の力を持っているのだろう。
なお、彼ひとりだけ取り巻きがいない。
いわゆるボッチである。
そんな彼らが、突然元気を取り戻したギャラリーの皆さんから、事情――恐らく、尾ひれのついた話を聞かされている。
しばらくして、それが一段落したのか、バーンさんとやらが、ひとりでのっしのっしとこちらへ歩いてきた。
「ふうん? お前さんがマキシをやったのか? とてもそうは見えないんだが――」
バーンさんは、私に話しかけているというよりも、独り言を呟いている感じで、私をジロジロと観察する。
バッカスさんとは違って、紳士ではないようだ。
その後、唐突に右手を差し出してくる。
握手を求めているようにも見えるのだけれど、悪魔族の流儀や彼の表情的に、友好的な意味ではないことは明らかだ。
だからといって、逃げることはできないので、求められるまま右手を差し出してみる。
「かかったなアホが!」
「バーンさん、そのまま可愛いお手手を握り潰してやってくださいよお!」
「今更泣いて謝っても遅いぜ!」
私と彼が握手をすると、途端にギャラリーが賑やかになった。
しかし、ものすごい形相で、顔を真っ赤にして力んでいる彼や、期待しているギャラリーさんたちには悪いけれど、痛みには滅法強い私が、この程度の痛みで屈することはない。
どちらかというと、彼の手汗でヌルヌルしてきている方が嫌だ。
本来であれば握力勝負をするところなのだろうけれど、手のサイズが違いすぎて、握るというより摘まむとか抓るとか抉る程度にしかならない。
「こぉっ!?」
なので、彼もまた引き込んで崩して、無防備になった金的を強かに蹴り上げておいた。
急所は防御しないと駄目だよ?
などと、言葉に出さない忠告はさておき、彼もカウンターの上に乗せて品を済ませてから、残りのふたりへ向き直る。
「バーンさんまで瞬殺!? そして納品! 何者なんだあの悪魔!?」
「まるでバケツに目があるような動きもヤベえ!」
「ちょっとでも隙間があれば急所を射抜く正確性とスピードもヤベえ!」
「いや、流れるような動きで即納品する手際ってか、感性の方がヤベえ! あれ、絶対俺たちを獲物としか見てねえぞ!」
「何て危険な悪魔を連れてるの……! キリク、ここで殺るわよ!」
「――仕方ないな!」
大半の悪魔族は仲間意識が薄いと聞いていたのだけれど、彼らは少数派に属するのか、どうやら協力してやるつもりらしい。
まあ、いい歳して――キリクとよばれていた人は、アイリスと変わらない歳に見えるけれど、四天王だ何だと言って喜んでいるのは、気が合う証拠なのかもしれない。
さておき、長剣二刀流のキリクさんは、私も初めて見る型だと思う。
構えからは速度重視に見えるけれど、それで長剣2本というチョイスはよく分からない。
その長剣も、防御に使うには頼りない感じだし、攻撃重視で手数で押し切るタイプだろうか。
格上相手には厳しい気がするけれど、私を相手にどこまでやれるのかは興味がある。
しかし、ステラさんの担当は魔――魔法に長けているのだろう。
そちらにはさして興味はないので、彼と遊ぶには邪魔になる。
そうすると、彼女を先に片付けるしかないのだけれど、蛇は見たり話したりくらいなら何とか頑張れるようになったけれど、触るとなると話は別である。
可能な限り避けたい。
なので、ここでは銃を使わせてもらう。
もちろん、町中での魔法の行使が禁止されているとはいえ、身の危険が迫れば普通に使ってくるだろう。
そうすると、拳銃の銃弾なんて簡単に防がれてしまうけれど、魔法行使の隙は大きいし、防御行動でその場に釘付けにできるなら、キリクさんの剣技を見る時間くらいは稼げるはずだ。
魔法を使わなかった場合は――悪魔族の身体能力だと、射線を外されて避けられる可能性もあるけれど、私と朔ならどんな動きでも捉えられるだろう。
ガーターリングから拳銃を抜いて、その流れのままステラさんに向かって発砲する。
小型の拳銃で威力は低いけれど、ここでは弾丸――瘴気に汚染された魔石が込められた弾頭が中ればいいだけなので、殺傷能力は必要無い。
もっとも、「瘴気に汚染された物」が、私や朔にはコピーできなかったので、弾数には制限がある。
というか、領域に取り込む際も、かなり工夫しないと浄化してしまうので、大量に用意するのも面倒くさい。
それでも、そうそう外すこともないだろうし、気にしないでいいと思う。
また、拳銃でできるかは自信がなかったのだけれど、相手に認識されにくい動きは多少は有効だったようで、反応の遅れたステラさんの回避なり魔法なりは間に合わない。
これで目的達成。
「はあっ!」
そう思っていたのだけれど、キリクさんに射線上に飛び込まれて、あろうことか弾丸を斬り落とされた。
私のその技術は、位置関係が違えば通じにくくなる手品みたいなものだけれど、それでも、音速に近い銃弾を斬るなんて、なかなか普通ではない。
続けて何発か撃ってみたものの、今度は良い位置にいたこともあってか、余裕をもって迎撃された。
「出たー! キリクさんの《剣幕》!」
「キリクさんは、銃口の向きや相手の微妙な動きから、射線と発射タイミングを察知することができるのだ!」
「防御に専念すれば、マシンガンだって防ぎきるって噂だ! そんなハンドガン程度じゃ当たらねーぞ!」
「だが、キリクさんも男。あのリコイルで揺れる胸は危険だ! もっと左右に大きく動くんだ!」
外野の皆さん、説明どうもありがとう。
つまり、彼がやっていることも、曲芸以上のものではないらしい。
しかし、射線上に剣を置いておくだけならともかく、起こりのない私の動きを見切るのは難しいはずなのに、軽くとはいえ斬っているのは賞賛に値すると思う。
「くっ、そんな余裕は無いって! モーションが分かりにくすぎて、ほとんど勘――防げてるのは奇跡だ! いつまでももたないぞ!」
勘でもこれだけ中っているのなら、それは一か八かのヤマ勘ではなく、経験則から最適解を瞬時に導き出しているのだろう。
彼を賞賛する一方で、銃は不慣れとはいえ、読まれているというのは面白くはない。
それに、こんな愉快な技術を、命懸けで身につけた彼の努力には敬意を示したい。
そもそも、結果だけを求めるなら、盾などの、面で受けられる道具を使うべきだ。
剣なら攻撃にも使える?
盾でも攻撃できるよ!
それを分かっていないのか、分かっているのにあえてなのか、何となくとかできそうだからと、ろくでもない理由で突き進む――そんな人は好感が持てる。
きっと、新しい世界を切り拓く人というのは、そういう人種なのだろう。
もちろん、他人に迷惑を掛けない範囲でだけれど。
「分かった、援護するわ!」
しかし、一方のステラさんが取り出したのは銃だった。
がっかりだ。
いや、私も使っているし、お手軽なのは分かるけれども、それでもがっかりだ。
魔はどこにいった?
プライドはないのか?
とはいえ、私なら銃撃に対してクロスカウンターを合わせることも――カウンターとして成立するのかは別として、可能だろう。
相手がヘビとかでなければ。
キリクさんに対抗してというより、彼の芸を実戦レベルに上げるヒントとして見せてあげたいところなのだけれど、技術的にではなく心理的に無理がある。
心の中で詫びながら、ステラさんの銃に対抗するために、もう一丁の拳銃を抜こうとした時、思わぬ方向から銃声と弾丸が飛んできた。
朔に情報を遮断してもらっているので確証はないけれど、位置関係から察するにまず間違いない。
ステラさんが、想定外の角度から、尻尾を使って銃を撃ったのだろう。
なかなか器用じゃないか。
莫迦にして悪かった。
とにかく、彼女の撃ったその弾丸は、狙ったのかそうでないかは分からないけれど、現在キリクさんに向けている銃に向かって飛んできている。
躱すのは簡単だ。
しかし、僅かな時間とはいえ、キリクさんへの銃撃が雑になるか止まってしまう。
その隙にキリクさんが前進して、ステラさんが援護を続ける――という作戦だろうか。
即席だろうに、なかなか良いコンビネーションだ。
「なっ!? ――がっ!?」
「キリク!?」
「「「キリクさん!?」」」
「――銃!? まさか、キリクさんが銃でっ!?」
しかし、悲しいかな。
彼らも、魔法無しではこれが精一杯なのか、私を追い詰めるにはもう少し工夫が欲しかった。
ステラさんに狙われた拳銃は、壊れたからといって痛手になるものでもない。
ステラさんの尻尾の方も、反動制御にも手間取っているようなので、邪魔になる範囲での追撃はない。
そう判断して、その銃は最後に一発撃ってから放棄した。
もちろん、その銃弾もキリクさんに斬り落とされた。
しかし、その間を利用して、ガーターリングからもう一丁の拳銃を抜いて、撃つ――ではなく、そのままキリクさんに投げつけた。
キリクさんは、私が「撃つ」と思って身構えていたのだろう。
そこに、まさかの銃本体が、ブレ無く無回転で飛んでくる。
キリクさんの視点では、徐々に銃が大きくなるように見えただろうか。
そして、その「まさか」で一瞬反応が遅れた。
子供騙しだけれど、引っ掛かった方が未熟なのだ。
というか、私が少し本気を出すだけで、銃弾より投擲の方が速くなる。
もちろん、それではキリクさんが爆散して大惨事になるだろう。
それを、殺すことが目的ではないので、目的が達成できる最低限の威力に留めておいただけだ。
とにかく、反応が遅れたキリクさんは、更に対処に少し迷った。
その結果、銃はキリクさんの目の上辺りにガツンと音を立てて当たった。
隙だらけになったそこへ、ステラさんの射線から身を躱しつつ、素早く間合いを詰める。
キリクさんが、私を間合いに入れまいとしてか、若干崩れた体勢から繰り出してきた横薙ぎを、踏み込む速度を上げて、剣の根本の部分を受ける。
刃物とはいえ、根本はそんなに鋭くないし、押し当てられただけでは斬れない。
そこから密着寸前まで押し込んで斬撃を止める――というか、斬撃として成立させない。
ここまで接近すると、キリクさんの空いている方の手も、有効な攻撃を出すことは難しいし、ステラさんもキリクさんが邪魔で上手く狙えないだろう。
その勢いのまま、彼の鼻っ面に頭突きを入れ――ようとして、寸前で踏み止まる。
危ないところだった。
そんなことをすると、バケツが壊れてしまう。
それでも、頭突きをされると思ったのか、少しばかり怯んでくれたので、金的に膝蹴りを入れる。
――と、そこで彼の剣技を観たいと思っていたことを思い出して、(しまった)と思ったものの、済んでしまったことは仕方がない。
「キ、キリクさんまで!?」
「ひ、酷え……! 何であんなに執拗に玉を狙うんだ!?」
「ああっ、キリクさんも納品された!」
「おい、ステラさんが自分から納品台に上がったぞ!」
「玉がないから、タマを取られるかもしれねえって考えたのか……!? 情けない気もするが、こればかりは責められねえ!」
「そんな、この支部はこれからどうなってしまうんだ!?」
よし、四天王の納品完了!
役とかボーナスが付くだろうか。
とにかく、人間の世界基準ではかなりの無茶をしたはずなのだけれど、思っていた以上に非難の声は上がらず、お巡りさんとか衛兵がやってくる様子もない。
魔界ではこれくらいは日常茶飯事なのだろうか?
一連の流れにドン引きしているアイリスには、魔界での暮らしはつらそうだけれど、その分、私が頑張るしかない。
なお、呆然としていた受付クリーチャーさんに、「納品、足りない? ところで、貴方の種族って何?」と、優しく訊いていたところ、ギャラリーの人たちや、解説者さんたちが所持金を出し合ってくれて、どうにか目標額の金貨20枚分を手に入れることができた。
もちろん、強要はしていないので、カツアゲではない。
きっと観戦料とか、おひねり的なものだ。
そんなこんなで魔界の流儀も身についたし、ハンター登録も無事終了した。
よし、次は編入試験だ。




