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00 ルナ・グレモリー

 その少女は、その界隈では有名な家に生まれた。


 そこで、何不自由なく――とまではいかないが、かなり恵まれた生活を送っていた。

 飽くまで魔界の水準においてではあるが。


 そして、この世界での成人年齢である、15歳の誕生日を少し前に迎えて、彼女はとある目的を叶えるため、一刻も早い自立を目指していた。



 彼女が魔界を出ようと決意したのは、彼女の姉の影響である。


 その彼女の姉が魔界を出る決意をしたのは、魔界の現状に心を痛め、何とか改善できないものかと手掛かりを求めてのこと。

 私利私欲で外界を目指す者も多い中、彼女には、その意志と行動が、とても高潔なものに感じられた。


 とはいえ、外界に進出するには、運の要素も大きく絡む上に、一度に進出できる人数には限りがある。

 当然、希望者は誰でもというわけにはいかず、高い実力を持つ者が優先的に選出される。



 しかし、彼女の姉は、偶然知り合ったアルフォンス・B・グレイという人族の男性の協力も得て、自力で外界へと進出してしまった。


 無論、それが禁じられていたわけではない――というより想定もされていなかったことなのだが、彼女の家の事情もあり、その後はいろいろと皺寄せを食らうことになった。




 彼女の家は、「穏健派」といわれる、悪魔族と人間との共存を目指す派閥である。


 そのため、悪魔族に変装していたアルフォンスの正体が発覚した後でも、彼に対する彼女の姉たちの態度は、おおむね友好的だった。



 しかし、当時の子供だった彼女にとって、全てにおいて優秀な姉は、自慢と憧れの存在である。

 そんな姉と、必要以上に親しくしているアルフォンスは、穏健派という派閥など関係無く、目障りな存在だった。


 しかし、彼は脆弱であるはずの人族でありながら、同年代の悪魔族の中でも上位に位置する彼女の姉を大きく上回る能力を持っていた。


 それどころか、最後には、大魔王の手からも姉を護り通した。


 そこまでいくと、彼を認めないわけにはいかなかった。


 たとえ、その大魔王――体制派から賠償金の支払いを迫られて、彼女の家が借金塗れになったとしても、姉の命には代えられない。

 逃げるように外界に進出した姉と、もう二度と会えなくても、生きていてくれさえすればいい。



 しかし、そんな彼女の思いとは裏腹に、姉は折に触れて、アルフォンスの《転移》魔法で一緒に帰ってくる。


 最初から、外界に進出した後の、残された家族のことまで考えていてくれた彼には――無論、誤解だが、感謝しかなかった。



 彼のおかげで、彼女たちの家族は望めば、いつでも――というわけにはいかないが、外界に出ることができる。

 しかし、誰ひとりとして、そうしようとする者はいなかった。


「今までは思いつきもしなかったアイデアをアルフォンス君が出してくれているし、そのいくつかが実を結び始めている。まずはここで、できるだけのことをやらないとね」


「それに、私たちが外界に出て――それが誰かに知られてしまうと、残った穏健派の人たちへの風当たりが強くなってしまうわ。そしてそれは、悪魔族と人族との共存を、より難しくしてしまうことにもなりかねないのよ」


「人間界でも、悪魔族と人族が共存できるように、その下準備をしているところよ。今すぐにとはいかないけど、絶対になし遂げてみせるわ」


「私たちはこちらで、姉さんは外界から。お互いに頑張りましょう!」


 彼女の家族は、いまだに借金だらけではあったが、かつては魔界でも有数の名家――大悪魔の名を冠する「グレモリー」であり、その影響力は現在でもそれなりにあった。


 また、彼女たちの種族が、【サキュバス】という、異性――時には同性の精気を吸って、自身の魔力に変換する能力を持った、魔界では珍しく、情に深く社交性に長けたものであったことも、魔界を捨てられない要素としてあった。




 姉の外界進出から4年。


 彼女は、彼女なりに自分にできることを考えた末、姉と同じく魔界から出ることを決意した。


 ただし、アルフォンスの力を借りずに、自力で。


 客観的に見れば、その可能性は皆無に近い。



 彼女は、高い魔力を持つ者が多いグレモリー家でも歴代最高クラスの潜在能力を持ちながらも、力を上手く使うことができずにいた。


 家族は、そんな彼女を、「いつかは芽が出る」と、暖かく励まし続けた。

 また、魔法など使えなくてもできることがあるのだと、仕事を任せたりもしていた。



 彼女は、そんな家族と生活に感謝することはあれども、不満を抱いたことはない。


 しかし、家での仕事は当然――効率は別として、彼女でなくてもできることである。


 そして、新しいアイデアを、姉のリリスや人族であるアルフォンスが頻繁に持ちこむ現状が、まだ精神的に未熟な彼女を、「私も外界に出れば、私にしかできないことが見つかるかも?」「そうすれば、もっとみんなの役にも立てる!」などと勘違いさせていた。




 外界進出のために彼女が選んだ手段は、魔界の最高学府への進学だった。

 そこで実力を身につけ、実績も積んで――現実的な手段として、地道な努力で、外界への切符を勝ち取ろうとしたのだ。



 彼女がその決意を家族に伝えた時には、珍しく全員から猛反対を受けた。


 反対の表向きの理由は、金銭的な問題だった。

 受験料をはじめとして――それだけならまだしも、合格すれば、学費に加えて、毎月の家賃や生活費の仕送りが必要になる。


 もっとも、それだけなら、食費を切り詰めて――その分を、外で精気でも漁れば捻出できなくはない。


 ただ、もしも、借金が増えるような事件でも起きれば、今度こそ破産である。

 そうなると、家族全員で身体を売ることになる――魔界においてそれは性的な意味ではなく、食用である。

 翼や尻尾など無くても生きていけるとはいえ、本来は金に換えるようなものではない。



 しかし、家にお金がないことを知っていた彼女は、お小遣いや家の仕事の手伝いなどで、コツコツと受験料や学費、そして当面の生活費をも準備していた。


 さらに、成人すれば、「ハンター協会」――人間界における冒険者のようなものにも登録も可能になる。


 それで、仕送りが必要ない程度には稼ぐ目算がある――と、少女らしからぬプレゼンテーションを連日熱心にされては、反対していた家族たちも、ついには根負けした。


 ひとまず、状況が悪化するまでという条件付きだが、彼女の思うとおりにやらせてあげようと、家族の力でサポートしていくことが決定した。


 当然、家族の中にはアルフォンスも含まれているので、彼の力や資金を求めることが前提である。




 しかし、アルフォンスがいかに勇者顔負けの力と、賢者にも劣らぬ智謀を持っていて、更に商才にも長けたお人好しでも、突然そんなことを報告されても困ってしまう。


 問題は金銭面だけではない。

 むしろ、それ以外のところが大問題なのだ。



 4年経っているとはいえ、時効など存在しない魔界では、彼はいまだに大魔王に剣を向けた大罪人である。

 迂闊に姿を見せれば、彼だけではなくグレゴリー家にも累が及ぶおそれがあった。


 変装するとしても、どれだけ上手く化けても、分かる人には分かってしまう。


 どうにかしてあげたいのは山々だったが、現実的なプランが思いつかない。



 むしろ、彼にとって最善策は、彼女の意志を無視して魔界から連れ出してしまうことだ。


 しかし、仮にも名家の、常に過激派に狙われているような家の子女が急に消えたりすれば、やはり残された家族に累が及ぶ。


 関係者全員を転移させるには、魔力が足りない――魔界と人間界の壁を越えるには膨大な魔力が必要となるのだが、満月か新月の夜の数時間の間に何度も往復することなど、いくら彼が英雄でもできはしない。



 ただ、アルフォンスにはまだ選択肢があった。

 自力では達成できない問題に直面しても、選択肢が残っているのが英雄たるゆえんである。


 とはいえ、その選択肢にもいろいろと問題もあるし、断られる可能性も高い。

 それでも、交渉の余地はあるはずで、そのためのプランも考えていた。


 想定外の展開で役に立たなかったが。


◇◇◇


「はあ、困ったなぁ……」


 講義も終わり、彼女とその従者以外誰もいなくなった教室が、夕焼けで茜色に染まる中、彼女――グレモリー家の末娘【ルナ】は、大きな溜息を吐いた。


 外界に出ることを決意して、その前段階である、魔界の最高学府【闘大】受験にも合格して、入学したまではよかった。



 彼女の姉も、かつてはこの学園に通っていて、そこでいろいろあったとは聞いていた。


 しかし、その「いろいろ」の内容を詳しく聞く機会もなかったため、家族が警戒していた妨害工作は、私物を隠されるとか、不幸の手紙が送られてくるとか、そんなちょっとした嫌がらせ程度のことだろうと勝手に思い込んでいた。


 彼女は、家族の暖かい愛に包まれて、大切に育てられていたのだ。



 しかし、実際には、一歩間違えば重大な事故にもなりかねない偶然が続いたり、本気の脅迫状が届けられたりと、誰からとも分からない過激な干渉は、温室栽培された彼女の想像を大きく超えたものだった。


 しかも、それらはまだ序の口にすぎなかったのだ。



 そして、そんな彼女に対して力を貸す――どころか、親しくしようとする者すらほとんどいない。


 入学から数日、そんな状況に対して足掻いてはいるものの、一向に改善の兆しも見えない毎日が続いていては、心は折れないにしても、溜息のひとつも出る。



 姉のリリスの時は、その能力の高さもさるものながら、「アルフォンスとの出会い」という幸運があった。

 彼が手練手管に長けていたことと、類稀なる料理スキルで、多くの悪魔族たちの胃袋を――心を掴んで、味方とまではいかないまでも、ある程度友好的な関係を築けていたことも大きい。


 彼女も、魔法以外では姉に引けを取るものではないとしても、そもそも、話を聞いてもらう切っ掛けでもなければ、それを活かすことはできない。


 そして、その頼りになる義兄からは、「伝手を当たってみる」と言われたきり連絡が無い。


 とはいえ、独りでもやり遂げるつもりで始めたことで、まだ諦める気など毛頭無い彼女ではあるが、こんな状況では、改めて姉と義兄の偉大さを再認識させられただけだった。



「確かに状況は厳しいですが、まだ始まったばかりです! 今は皆、根も葉もない噂に振り回されていますが、お嬢様の為人(ひととなり)を知れば、きっと分かってくれるはずです!」


 そんな状況でルナを励ましているのは、代々にわたって彼女の家を支えてきた一族、【アラクダ】家の娘の【ジュディス】だ。


 彼女は、大魔王への賠償で家が傾いた今でも忠誠を貫いてくれている、数少ない理解者であった。


 むしろ、アラクダ家は、グレゴリー家に子供ができたと知れば、側仕えとするために自分たちも子を作ろうとし、ルナが闘大へ入学すると分かれば、迷うことなく裏口を使ってまで娘を送り込んだ。

 彼らは、グレモリーの狂信者の域にあった。



 これといった根拠もなくルナを妄信しているジュディスが、根も葉もない噂でルナを忌避している者たちをどうこう言うのは滑稽(こっけい)ではあったが、ルナはジュディスの存在に、本当に独りではないことに精神的に救われていた。


 ただし、ルナに近づこうとする不埒(ふらち)者を寄せつけまいと殺気立つジュディスの存在が、状況を更に難しいものにしていることもまた事実であった。

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