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幕間 ローゼンベルグの人々

――第三者視点――

 彼らはそれまで、「ローゼンベルグこそが最も素晴らしい町で、世界の中心である」と、そして、「この町を代々治めるローゼンベルグ家の当主こそが、最も優れた指導者なのだ」と信じていた。


 エスリンがアザゼルに敗れた後でも、グエンドリンの主導による湯の川への疎開計画が上手く進まなかったのも、そういった意識があったからである。



 グエンドリンが、ユノの人柄や、湯の川がどんなに素晴らしい場所なのかを説いても、「エスリンより優れた指導者が、ローゼンベルグより優れた都市が存在するはずがない」と決めつけている人には届かない。


 むしろ、グエンドリンがユノや湯の川のあるがままを話せば話すほど、「物語だってもっと控え目だ」、「嘘を吐くなら、もっと説得力がある嘘を吐け」、「ソース出してみろよ。出せないなら俺の勝ちだからな!」と、更に人々の心は離れていった。



 それどころか、何らかの罠か陰謀を疑い、グエンドリンを裏切り者と(ののし)る者まで現れた。

 バッカスの介入がなければ、内乱が発生していた可能性すらあった。




 そして、ついにその日が訪れた。

 斥候から、「アザゼルの軍に動きが見えた」との報告が入り、それからしばらくして降伏勧告があった。


 町では、この期に及んでも、町の死守を主張するグループと、即時避難することを主張するグループが対立し、さらに、グエンドリンたちの責任を追及しようとするグループまで現れて、そのまま時間切れを迎えそうな雰囲気だった。



 そんなところに、黒竜に乗った少女が現れた。


 黒竜といえば、有名な――――の相棒である。

 有名なはずなのに、誰の相棒だったのかが、誰もが思い出せなかった。


 アザゼル軍の侵略を目前にして、町の人たちの多くが憔悴していた。

 そこに、黒竜という予想外の闖入者に、パニックに陥っていることは間違いなかった。


 しかし、彼らはそれ以上の、得体の知れない不安に心を蝕まれていた。


 そうなってしまうと、ただでさえまとまらない話がまとまるはずもなく、ただ時間だけが無駄に流れていく。




 刻限がすぐそこまで迫り、ローゼンベルグの町にも夜の帳が下りようとしていたその時、ローゼンベルグの町は、そこにいた人々共々、夜より暗い闇に呑み込まれた。

 とはいえ、ごく少数の者を除いて、ほぼそっくりそのまま呑み込まれたため、住人たちの目に映る景色にさしたる変化はない。


 しかし、決定的に違うことがひとつあった。


 システムの恩恵が消えた。


 生まれたばかりの子供や、レベルも低く、スキルや魔法に依存していない者たちには大きな変化はない。

 しかし、そうでない者たちにとっては、その変化は如実に表れる。

 しかし、純粋で濃密な魔素で満たされているそこでは、失った恩恵以上の、これまでに経験したことのない、心地よさと――恐ろしさに満ちた何かがあった。



 ローゼンベルグの人々は、ユノの領域に町ごと呑み込まれていた。


 ユノの領域は、彼女の思うままにできる世界――むしろ、こちらの方が彼女の本質に近いものである。

 そこでは、システムの干渉を遮断するなど造作もなく、逆に取捨選択して受け入れることも可能である。


 呑み込んだのが敵対者で、精一杯の抵抗をしてほしい場合にはシステムの干渉も受け容れたのだろう。


 しかし、今回のケースにおいては一応庇護すべき者たちである。

 説明も説得も面倒なので、システムを遮断することで、文句は受けつけないと示していたのだ。

 もっとも、管理を朔に任せているので、あまり意味の無い措置だが。



「残念だけど時間切れだ。事が終われば出してあげるから、しばらくそこで大人しくしておいて」


 そんな彼らの前に、身形の良い黒髪金眼の少女――と見紛うほどの、可愛らしい少年が現れて、そう告げた。


「いや、別に騒いでもらっても構わないんだけどね。騒いでもどうにもならないし」


 そして、すぐに前言を撤回した。

 随分と上からの物言いだったが、それに反発できる者はいない。



 それが子供の形をしていても、放っている気配が異質すぎた。

 その前では、自分が自分であることを保つことで精いっぱい――自分という殻が溶け、自他の境界が曖昧になるような感じは、生物として耐え難い苦痛であり、抵抗などそれ以前の話だった。

 そこが濃密な魔素で満ち溢れた世界でなければ、保てなかっただろう。


 もっとも、その異質な存在からしてみれば、これでも可能な限り気配を抑えての結果である。

 ユノの領域下で活性化しているそれは、現実世界とは比べ物にならないほどに力に満ちているのだ。

 多少のお漏らしは、同時に受けている恩恵も含めて許容範囲とするほかない。



 そもそも、ユノの領域とは、一般的な《神域》――神族がスキルとして使う排他的なものではなく、本来は「純粋な世界」である。

 ただ、そこで自己を維持できる存在はほぼいないため、ある程度は調整されているものの、それでもまだ充分に純粋な世界である。

 ゆえに、大半の存在は、「自身が世界に相応しくない不純物である」と、無意識に認識してしまう。

 それに忌避感や恐怖を覚えるだけならいいのだが、酷い場合は、自身を肯定できずに崩壊してしまうこともある。


 それを防ぎ、世界に繋ぎ止めているのが、皮肉にも朔の発している恐怖である。

 それが、彼らに認識できる確かなものとして、彼らを彼らでいさせているのだ。

 彼らのSAN値は減少と引き換えに。



「ああ、外の様子が気になるなら見せてあげようか。その方が、後の話もしやすいだろうしね」


 なお、ユノや朔にも正気度の認識はできないため、彼らの危うい状況は理解できていない。


「後はそうだね、ユノは実はこんな顔してるんだけどね」


 朔は良かれと思って現実世界で起きている出来事や、ユノの素顔を彼らに見せた。

 それがSAN値を修復不可能な状態にするとも知らず。



 しかし、人間とは「慣れる」生物である。


 もっとも、この場合は、「慣れた」のか「壊れた」のかの判断は難しい。

 少なくとも、朔に最初に質問をした男は、冷静に錯乱していた。


「では、私たちはユノ様の中で護られていると、そういうことなのですか?」


「まあ、そんな感じ」


 本当は、「邪魔だから隔離した」という表現が適切なのだが、朔は後々のことを考えて、そう答えた。


「そして、事が終われば解放していただける、と」


「それは保証する」


 ここでも朔は、「保証できないことも多いけどね」とまでは言わない。


「それはつまり、私たちはユノ様によって産み直される――ユノ様はママってことでよろしいか!」


「えっ?」


 朔の予想外の答えが返ってきた。


 朔は、思考力を限界まで稼働させたが、何が「つまり」なのかは分からなかった。

 仕方がないので、「人間の可能性ってすごいなあ」という結論に落ち着けた。




 このやり取りが、ひとつの契機となった。



 ユノがママなら、ここはユノの胎内といっても間違いではない。


 そう認識すると、あら不思議。

 恐怖すら覚えるほどの純粋な世界が、彼らを護る母の愛に満ちた完全な世界へと早変わりした。


 そうして、何かから解放されたかのような隣人の姿を見て――魔素に満ちた世界で、魂の繋がりが強化された者たちの間で、変なパスが繋がる。


 誰かが感じた安らぎや幸福が全体に広がり、共鳴を起こし、言葉どおりの多幸感に包まれる。

 もう何も怖くなかった。




「わ、私からもひとついいですか!?」


「はい、どうぞ」


 朔は、予想外の展開に不意を突かれた感があったが、この後のことを考えると、ある程度の質疑応答は必要である。


 ユノを玩具にする代わりに、彼女の不得意分野をサポートする――それが、朔が自らに課した役割なのだ。

 彼らを何の説明もなしに解放すれば、どのような混乱が起きるかは推測もできない。

 力尽くの解決でいいのなら話は別だが、挑戦しての失敗ならともかく、無策でのトラブルはユノの信用を失うおそれがある。

 それに、それではユノのサポート役としての存在意義にもかかわる。

 ゆえに、ある程度はコントロール可能な状態にしておかなければならない。


 ただし、基本的に責任は取らない。

 先ほどの「あれな結論」も、朔自身に害があることではない。

 そして、ユノが、挑戦しての失敗を責めたりしないことを知っている。



「ユノ様にはエスリン様の邪眼が効いていなかったように見えたのですが――その、お身体の方は本当に大丈夫なんでしょうか?」


「大丈夫だよ。恐らく、君たちとは生死の認識というか、概念が違うから。――君たちが死を『終わり』って考えてるのは、君たちの観点からはそう見えるってだけで、ボクの観点では、死は君たちの総体――根源としての階梯を上げるための、重要なプロセスなんだ。ユノからはもっと違って見えるのかもね。つまり、本質をまるで理解してない薄っぺらい能力は、ボクたちには通用しない――というか、意味が無いんだ」


 朔は「つまり」というのはこう使うのだ――とばかりに、その階梯に達していない存在にはどう足掻いても理解できないことを説明した。


「なるほど。つまり、母は強しってことですね!」


「えっ!?」


 朔は困惑した。



「じゃあ、俺もひとついいっすか!」


「……はい、どうぞ」


 朔は、もう話すだけ無駄なのでは――という予感が消えなかったが、ある意味それはいつものことである。

 だからといって、ここで止めるわけにはいかなかった。



「さっきのお話だと、エスリン様が死んだのは、存在の階梯とやらを上げるためってことっすよね?」


「うん」


 思いのほか理解していたのかと、朔の機嫌が少し良くなった。


「つまり、生き返った――ユノ様に産み直していただいたエスリン様は、存在の階梯が上がってるってことっすね!」


「えっ、違……」


 そういう短絡的な話ではないのだが、それをどう説明すればいいのかは、どうすれば理解してくれるのかも、朔には分からない。

 根源についての理解が足りないこともあるが、彼らのイカれ具合の方がもっと理解できなかったのだ。



「だったら、俺も1回殺してもらってから産み直してもらっていいっすか?」


「えぇっ!?」


 SAN値が崩壊している者には、理屈は意味をなさない。

 そのことに朔が気づくのは、まだまだ先の話である。



 そして、エスリンを蘇生した甲斐もなく、大量の狂信者が発生してユノが困惑するのだが、朔が責められることはなかった。

 19時にもう1話投稿します。

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