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40 認識の違い

――アザゼル視点――

 これはチャンスなのかもしれない。


 奴らとは違う根源を持つ存在――神を手に入れるための。

 何としても手に入れなければならない。



 だが、正面から戦っても、現状では勝ち目は無い。


 まずは、交渉だ。

 とはいえ、自分でいうのもどうかと思うが、私に交渉術は期待できない。

 私は研究者であって、交渉人ではないのだ。


 莫迦な魔王どもを誑かすくらいはできるが、相手はどんな(ことわり)で動いているのか分からない神だ。



 その心配は、すぐに現実のものになった。


 私の提案は、条件を聞かれることすらもなく一蹴された。

 取り付く島もないというのは、こういうことだろうか。


 その理由も、断じて受け入れられないものだった。

 私に未来が、可能性が無いから――などと、何を莫迦なことを言うのか。



 何らかの誤解があるのか、何かが彼女の逆鱗に触れていたのか――だが、これまでの敵のように、敵対した者は絶対に許さないというような感じでもなく、その真意がまるで掴めない。


 それも気になるが、今は何より、時間の猶予と会話の余地を作らなければならない。

 仕掛けるにしても、この状況はまずい。



 このような使い方をするとは考えてもいなかったが、恥も外聞もなく、エスリンの命を盾にしようとして――彼女の正体の一端を垣間見た。


 現象だけを見れば、禁呪の《時間停止》と変わらない。

 当然、それがどういった仕組みの魔法なのかはほぼ解明しているし、対抗する手段も持ち合わせている。


 根源の力――デュナミスによって仮想世界を作り、術者のイメージをそこに反映する。

 必要に応じて、望む結果に繋がる作業を行い、現実世界を上書きする魔法だ。

 現実世界においては、その過程を省略する魔法といい換えてもいい。


 仮想世界適応者が複数いる場合は、基本的に強いデュナミスを持つ方が勝者となる。

 だが、強固なイメージ力がそれを覆すこともあり、そこにエネルゲイアに繋がる鍵があると考えていた。



 だが、この神の行ったそれは、全く次元の違うものだった。

 《時間停止》に対する耐性を持っている私が、仮想世界の認識すらできなかった。

 それ以前に、《時間停止》の前後に起きるはずの、世界の揺らぎすらも観測できなかった。


 これがエネルゲイア――いや、エンテレケイアに至った者の力なのか。

 口惜しいが、力の階梯が違いすぎて、今の私には何の参考にもならん。


 それに比べれば、仲間――救助対象を自らの手であっさりと殺したことなど、大した問題では無い。

 そして、その後に私に向けられた言葉――先にいる者と比べて、認識不足なのは悔しいが認めざるを得ない。


 だが、個を失ったとは――何のことを言っているのか分からず、それを否定しようと、自身を構成する過去へと思いを巡らせようとして、心の奥底が凍りつくような寒気を覚えた。



 ゴブリンの身体に乗り移ってからの記憶はしっかりしている。


 それ以前の、人間だったころの記憶もある。

 ――だが、そこで思い出される私は、性別や容姿すら、思い出ごとに変わる。

 大事なはずの人や、両親も大勢いて、どの思い出が本当なのか――唯一の共通点は、彼や彼女たちが所属していた研究機関のチーム名だった。


 神話にあった、人間の文化向上に貢献したといわれる堕天使の名。

 なぜそれを今になって思い出すのか――いや、忘れていたのか。

 私は一体何なのか――。


 駄目だ、これ以上あれの言葉に耳を貸すのは危険だ。




 巨大兵器「神殺し(仮)」を起動するために、外部入力用の簡易制御装置を取り出す。

 当然、「神殺し」も自律兵器だが、現在のフレームワークでは、目の前のそれらを敵として認識できるかどうか、できたとしても時間がかかるおそれがある。


 敵前でこんなことを始める間抜けさに嫌気がさすが、最早言葉を交わすのも危険すぎる。


 とにかく、一刻も早くこの神を手に入れる。


 その力を手に入れて――――手に入れてどうする?

 どうするつもりだった?


 分からない――いや、後のことは、手に入れてから考えればいい。


◇◇◇


――ユノ視点――

 アザゼルさんの様子が変わった。


 まだ多少の理性が残っているのはすごいことだけれど、彼を支えていた土台のようなものがなくなって――いや、なかったことを知って、いよいよ本格的に後がなくなった。


 彼はもう、自分が何をしているのかも理解していないかもしれない。



 積もりに積もった想い――というか、怨念を私にぶつけさせて晴らしてもらおうと思っていたのだけれど、それはしっかり理性が残っていることが前提のこと。

 今の彼――彼らというべきか?

 どっちでもいいか。


 彼はもうアンデッドのようで、当初の予想とは違う形になってしまった。

 彼にとって、私は刺激が強すぎたのかもしれない。



 とにかく、瘴気まで出すようになると、想いを発散させて区切りをつけるだけでは、正常化は難しい。

 手間になるけれど、全てを発散させて無害化するしかないだろうか。



 さておき、いつの間にか、私の手にもコントローラーが握らされていた。

 ゲーム――というか、機械全般が苦手な私に、何をコントロールさせようというのか。


『これでメガユノ――いや、究極悪魔合体事故ロボ・ギガユノを操縦して対抗するんだ!』


「え、悪魔って何? 事故っているの? というか、前に声で動かせるって言っていなかった?」


『もちろん。これは2コンだからマイク付いてるし、声でも動かせるよ』


 もう何を言っているのか全く分からないのだけれど、いつものことといえばいつものこと。

 つまり、乗り込まなくてもいいということだろうか?


『向こうも乗り込まないみたいだしね。残念だけど、乗るのは次の機会かな』


 そんな機会はないといいな。

 というか、私が相手をしなくてはならないのはロボットではなくて、アザゼルさんなのだけれど、これも一応発散のうちになるのだろうか?



 さておき、いつまでも嫌々と駄々を捏ねていても仕方がない。


 やらずに済むのなら最高なのだけれど、事が事だけに、代わりができる人材がいない。

 いたとしても、巨大ロボと巨大な邪神人形が対峙している場に首を突っ込む物好きはいないだろう。


 それに、同じやるなら手際良く済ませてしまった方が、何かと都合が良い。


(そういうユノの切り替えの早いところ、好きだよ!)


 ありがとう。

 私も朔の頭の回転が速いところは好きだよ。


 とはいえ、舞台を整えれば何でもやると思われているようで、少々面白くない。

 しかし、巨大ロボット的な作法を知らなかった私にも落ち度はある。


 アザゼルさんもこれに何かを懸けているのなら、今回は付き合うしかない。

 タブレットも使いこなせるようになった、私の進化を見せてあげよう。



「それで、どうやって動かすの?」


『えーっとね、まず真ん中の、シイタケの切り込みみたいなマークの付いたボタンを押して――そうそう。やればできるじゃないか! そしたら、ギガユノが起動するまでしばらく待って」


 朔に言われるままにボタンを押すと、ギガユノの目が光って、猫耳から蒸気のような煙が噴き出した。

 怖い。



「行け!」


 私が操作方法の確認をしていたところに、アザゼルさんが残っていたロボットたちに指示を飛ばした。


 一斉に動き出すロボットたち。

 とはいえ、小さい方は、私を取り囲んでいるだけで、何をするわけでもない。


 ――いや、バッカスさんたちを殺した何かをしているのかもしれない。

 分からないけれど。



 大きい方のロボットも、ギガユノの顔面に、腰の入っていない左右の拳を、言葉どおり叩きつけている。

 しかし、結構な質量の衝突にもかかわらず、ギガユノは微動だにしていない。


 というか、殴られるたびににこやかに微笑んでいた。

 不気味すぎる。


 というか、私にそっくりな顔でやられると、なぜか私の方が恥ずかしくなってくる。



 それより、この先制攻撃は無作法ではないのだろうか?


『起動にはもう少しかかるみたい。合体する様子もないみたいだし、小さい方は片付けちゃっていいかな』


 合体とか、本当に何を言っているのかよく分からないけれど、とにかくお許しが出たので、小さい方は片付けることにする。


 というか、放っておいても勝手に火を噴いて倒れていくのだけれど、やり逃げされたようで――言葉は良くないけれど、そんな感じで少し悔しい。



 しかし、無害なロボットに領域を出すのも大人げないし、木偶(でく)人形相手に格闘戦をやっても面白くもなんともない――いや、待てよ?


 確か、ロボットの攻撃は、エスリンさんの「死を与える邪眼」とやらが基になっているという話だった。

 正体さえ分かれば、カウンターを取れるのではないだろうか?


 銃撃や雷撃とは違って、目視できない「視線」からのカウンター。

 正確には、視線に乗せて撃ち込んでくる何かからのカウンターだけれど、その難度を想うと、少しやる気が出てきた。



 しかし、何が飛んできているのかさっぱり分からない。


「朔の領域のせいで、私にまで届いてないって可能性は?」


『多分それはないよ。普通の魔法も阻害しないような薄さで展開してるしね。でも、魔力の流れすら感じなかったから、恐らく概念的な攻撃で――発動と同時に中る、速度的には光速に近い攻撃なのかも』


 それならそれで、対象をしっかりと選択できそうな気もするけれど――「視線」に乗せる形でしか世界に干渉できない、不完全なものなのかもしれない。


 それにしても、光速か。


 私もさすがに光速のものを、見てから避けることは不可能か?

 見えた時点で当たっているということだろうし。


 雷撃が避けられるのは、雷撃が発する光が光速なだけで、雷撃自体は秒速百五十キロメートルとか二百キロメートルだとか、とにかく光よりは格段に遅いために、光を見てから避けるだけの余地があるのだ。

 それでも、難度はかなりのもの。

 見えたと同時に当たっている光よりは断然やりやすいけれど。


 もちろん、ロボットの反応速度は光速ではないので、的を外すために動き回れば避けられる気がするけれど、カウンターというお題は達成できない。



 そうなると、あらかじめ射線というか視線を把握しておいて、起こりを察して飛び込むのが正攻法だろうか。

 うーん、当たっても効かないから、飛び込んで殴るのも微妙か?

 やはり、邪眼の力をそのまま弾き返して、自滅させるような形がいいかな。


 それも、領域を展開して、その中でなら可能――というか、領域の中では普通に光も止められるので、それでの攻略は違う気がする。


 やはり、私はあえて視覚や聴覚といった五感のみ――この場合で味覚って役に立つのかな?

 とにかく、この身ひとつで挑戦したい!




 バケツを外して臨戦態勢を取ると、五感をフル動員して、ロボットを観る。


 気配とか雰囲気には鈍感な私だけれど、視力や聴力は人間離れしている――耳が4つあるとか、翼があるとか、真っ当な人間ではないので当然なのだけれど。


 正直なところ、魂とか精神の見分けくらいならつく。

 どこまで見えているかは、比較対象となる人がいないから分からない。


 訓練されていない人なら、事前に攻撃しようとしている部位に魔力が集中したりするので分かりやすい。

 もうひとつ、こちらは個人差が大きくてあまり当てにはできないけれど、精神の動きでも分かったりする。


 しかし、そこから放出される魔力となると、とても分かりづらい。


 例えるなら、目視でお米の銘柄を当てるような――塩かな? 違うかな?

 とにかく、本人から切り離されて、世界に紛れてしまった魔力の差など、微妙すぎて言われなければ気づかないし、下手をすると、言われても分からない。

 まあ、ここではそれは大して役に立たないのだけれど。



 なので、やはり「起こり」を見極めるしかないのだけれど、ロボットが相手だと――ロボットのことがよく分からないので、そこがネックになる。


 近接戦のように、よく分からない癖もないし、私にも発動が分からないくらいに、能力の使い方は洗練されている。

 というか、痛みでも受けていれば発動したのだと分かるのだけれど、何もしていないのにロボットの魔力が減っていく感じなので、「多分、発動した」という感じでしかない。

 それでも、発動前に目に魔力が集中するような間抜けさがないところは、これがアザゼルさんたちの努力の証だと誇ってもいいところだと思う。



 他人の魔力の流れを読むのは――「流れ」とかいっている時点でおかしいのだけれど、それは今はさておき、結構集中しないと分からない。

 漠然と見ていたら、誤差にしか見えないものだからね。


 それが、ロボットだと、集中してもさっぱり分からない。

 核というか炉というか、心臓部に該当するところは強い魔力を帯びているけれど、それ以外は身体の末端までほぼ均一。

 とても素晴らしい。

 それだけに、これ以上の可能性がないのが残念だ。


 とにかく、魔力の揺らぎなどから見切るのはほぼ不可能。

 さらに、ロボットなので、動きの癖などから見抜くことも難しい――というか、「見る」という行為に、癖もへったくれもないだろう。



 しかし、ここでひとつ気づいてしまった。


 全てのロボットが、真っ直ぐ私の方を向いている。

 もしかすると、横目では発動できないのかと、試しに一歩動いてみると、全てのロボットの顔の向きが見事に追従してきた。


 さらに、実験的にロボットの視線の先と思われる空間に魔石を撒いてみる――と、邪眼に当たったらしい魔石から、見事に魔力が切り離されて霧散した。



 なるほど、大体分かった。


 後は実践あるのみ。


 発射のタイミングは、ひとまずロボットの駆動音で予測することにする。


 そして、恐らく「ここだ」と思う所に、薄く領域を纏わせた手を、タイミング良く差し入れて、キャッチを試みた――ものの、どうやら失敗。


 タイミングと位置は悪くなかったものの、キャッチし損ねて弾いてしまったらしい。

 そして、その反動というか、「視線上に対象があるという」制約に引っ張られてか、因果が逆転して、1機のロボットの顔が明後日の方へ向いた。


 これに関しては、分かっているのかいないのか微妙なところ。

 魔法の本質を理解しているようでしていない――いいところまではいっているけれど、そもそものコンセプトがズレているとでもいうのだろうか。


 一度放った「魔法」を、最後まで「魔法」であり続けさせる――させようというところまではいい。

 ただ、「魔法」が、その媒質とでもいうべき「視線」に引っ張られすぎているのか、何だかよく分からないけれど、これも認識の違いなのだろうか。

 こういうことは、認識が何より大事なのだよ?


 例を挙げると、「制御を放棄したので、私とは関係無いから感覚は伝わってこない」とか、「魂とか煙だって掴めるのだから、視線だって掴めるはず」とか。

 今回の場合だと、「言葉でキャッチボールできるなら、アイコンタクトでもできるはず」と、そんな感じで。



 光速で飛んでくる攻撃にカウンターを入れるだけなら、何とかできる気がする。


 しかし、ここで私がしようとしているのは、私でも認識できない概念攻撃に対してカウンターを入れること。

 何かが間違っている気もするけれど、正誤に大きな意味はなく、やると決めたからやるだけだ。


 とはいえ、難度はかなりのもの。

 ロボットの攻撃が、概念として弱すぎることも、それを助長しているように思う。


 さきのように、少し干渉しただけで弾け飛ぶような脆弱な概念を、壊さないようにカウンターを入れるという、繊細さまで要求されるのだ。

 例えるなら、光速で飛んでくる豆腐とか綿菓子のようなイメージで、掴んで投げ返すのは非常に難しいといわざるを得ない。



 結局、「死」とは何か、「個」とは何かなど、能力に関わるものを上辺でしか理解していないのだろう。

 その程度の認識では、私に干渉することは不可能なのだ。

 もっとも、私はその不可能を可能にしようとしているのだけれど。


 とにかく、その目で見た相手が死ぬという概念なら、写真でも映像でもいいはずなのだ。

 それを、わざわざ本人の目の前に出てくるとか、意味不明すぎる。

 見る以外の認識でも発動するとしても、「○○したら」などと、条件がつくことがおかしいのだ。


 私の世界の改竄のように、変なところに影響が出ないようにという配慮――にしても、ちょっと意味が分からない。

 概念というなら、そんなの全部すっ飛ばして「死」という結果だけを出せばいいだけでは?


 まあ、それはそれで意味が分からないけれど。


 やはり、「死」を何だと思っているのかという話になる。

 恐らく、「死を与える」などという、何の役に立つのか分からない――勘違いが、いろいろとややこしくしているのだろう。



 全ての人は、根源――やはり、この表現はいいね。


 意味的にも何となく合っている気がするし、特に、短いのがいい。

 アザゼルさんたちの最大の功績かもしれない。


 彼らの言葉を借りれば、可能性――デュナミス? まあ、種子が発展して、エ、ネル? 何だったか、とにかくその根源になる。

 その根源はエン? ケフィア? を目指して、可能性を模索する?


 何だか分からなくなってきたけれど、みんなはその可能性を模索するための、違った可能性を持って生まれた個なのだと思う。


 とにかく、みんなその根源とやらと繋がっている以上、自他の違いは可能性だけだ。


 つまり、誰かを殺すというのは、違う可能性を持った自分を殺すようなことであって、それも根源的には可能性の模索でしかない。


 そして、この邪眼は、「殺せる存在を殺す」と、根源的に何の意味があるのか分からない駄作である。



 もし、この能力が進化を遂げて、私を殺せるようになったとしよう。

 みんなとは少し違う個であり根源でもある私は、私の死を通じて何かを得るだけだと思う。

 うん、よく分からない。


 貴方がしたいのはそういうことなの?

 わけが分からないよ。



 などと、なんちゃって概念に文句を言っても仕方がない。


 朔が言ったように、楽しめるかどうかは私次第なのだ。


 というか、ロボットにできて私にできないはずがない。

 ロボットの概念が勘違いの産物なら、私も認識を変えればいい。


◇◇◇


――第三者視点――

「さすがにここまでは邪眼は届かないようだな」


 バッカスたちは、本格的な戦闘が始まる前に、ユノの邪魔にならないようにと、それでも事の顛末(てんまつ)を見届けられる、ギリギリの位置まで後退していた。


 そして、安全地帯からでは不足してしまう視覚情報を補足するためにログを表示すると、怒涛の勢いで流れ始めた戦闘ログを見て独り言を漏らした。



「あれほどの力だ。射程に難があるのは当然の話だろう。――だが、ユノはあれは何をやっている? 新手の踊りか?」


 バッカスと同じように安全圏まで退避していたパイパーは、バッカスの独り言を、彼に話しかけたものだと勘違いして返事をした。


 バッカスは、決してパイパーを嫌っているわけではない。

 ただ、彼のわけの分からない病気に付き合う趣味はなく、そして、こんな非常時に相手をする余裕が無いだけだ。



「どうやら、《ディフレクト》、若しくは《パリィ》しているようだ」


 しかし、ログに表示される信じ難い情報に、助けを求めるように口を開く。


「は? 邪眼の力を? できるものなのか? いや、さすが俺と同じ禁忌の力を持つ者よ! しかし、さすがに集中砲火はまずいのか? ――いや、それならば第一波の方が酷かったはず――。まさか、余裕そうに見えていたが限界が近いのか!?」


 ログのスキルを取得していないパイパーには、アザゼルの兵器とユノとの間で何が行われているかを知る手段は無かった。

 ログの閲覧や、《鑑定》によるステータス情報の開示などは、基本的に使用者本人にしか見えないのだから当然である。


 パイパーには、突然バケツを脱ぎ捨てたユノが、彼の目でも追えない速度で腕を動かしている――

それが対神兵器の視線を弾き往なしているなど、想像もつかなかった。


 そもそも、そんなことができるのか――と、疑問に思ったが、現実に目の前で行われていることを否定しても、何も始まらない。

 それを理解して切り替えられる程度には、彼も場数を踏んでいた。


 それよりも重要なのは、なぜそんなことをしているのか、する必要があるのかである。



 ユノと九頭竜との戦いを見ていたバッカスは、ユノにはまだ余力があると確信していた。


 それでも、パイパーの言うように、実は限界だったという考えも捨てきれない。

 皆が気づいていないだけで、九頭竜との戦いで、若しくはさきの邪眼の影響で、力を使い果たしていた可能性もある。


 そうでなければ、防御行動など取らないはずだ。


 しかし、完全に迎撃が成功しているのは、実は余裕があるのではとも思えるし、まさか、世界の危機ともいえる状況に、本気を出していないなどとは考えられない。

 無論、遊んでいるなど想像もできない。



 可能性としては、ユノが言っていた「全てを出し尽くして全力で私に抗いなさい」という言葉に繋がること――そう信じるしかない。

 そこにどんな意味があるのかも、魂を認識できないバッカスには理解できない。

 理解するためにも、顛末を見届けなければならなかった。


 それがどんなに莫迦げたことに見えていても。




 パイパーは、彼の想像の限界を超えた異能の世界に、ただただ戸惑うだけだった。


 あの場には、彼が入り込む余地は無い。


 設定と現実の境界が曖昧な彼でも、本当にヤバい奴の見分けくらいはつく。


 あの場に飛び込むのは、ユノをも敵に回すということである。

 友好関係にあったはずのエスリンを、躊躇(ちゅうちょ)せずにその手にかけた彼女のこと。

 そして、設定ではなく、本当にヤバい力を持つ彼女に、そんな命懸け――自殺志願の冗談を仕掛けるのは莫迦だけである。



 それでも――だからこそ、彼の病気は疼いていた。


 幸か不幸か、古竜として生まれた彼は、苦戦するような状況でも、設定で遊べるだけの余裕があった。

 これまでは。


 しかし、そこにあるのは、正真正銘の死地である。

 遊んでいるようにしか見えなくても、飛び込めば間違いなく死ぬ。

 むしろ、一度死んだ後である。


 しかし、「案外何とかなるのでは?」と思わせる緩さも――確実に罠だが、確かにあった。

 パイパーの正気度が試されていた。




 そんな彼らの見守る中、ユノが更なる奇行に走り始めた。


 それまで手で弾いていた邪眼の力を――それも大概どうかと思われていたが、更に身体に近い位置――というより、その豊満な胸で受け始めた。


 それはもう命中しているようにしか見えないのだが、ログの表示では“胸トラップ”と、彼らが今までに見たことも聞いたこともない技術で弾いている。

 しかも、弾いた力を“ボレー”なる技術で蹴り返して、兵器を破壊している。


 そうかと思えば、身体の前で組んだ手で“レシーブ”で受け、どこからともなく現れたもうひとりのユノが“トス”を上げ、更に増加したユノが“アタック”を打つ。


 そして、それらが行われるたびに兵器が壊れていく。


 兵器自身の放った、死を与える邪眼の力によって。



 戦況は、最早バッカスたちの理解できる領域にない。

 いまだに笑顔で殴られ続けているギガユノが、何のために出現したのか。

 全部、ユノひとり――ユノの大軍で圧し潰せるのではないかと思っても無理はない。



 何となく緩そうな雰囲気に、うっかり足を前に出したパイパーの眼前に、何の前触れもなく出現した触手が、威嚇するかのように立ち塞がった。


 それがユノの警告であることは誰の目にも明らかで、そこから先が、見た目がどうであれ死地であることを、いやでも思い出させる。

 というより、「それが出せるなら、それで戦えばいいのでは?」と、誰もが思った。


 しかし、ユノには戦っているつもりなど毛頭無い。

 ともすれば、本来の目的を見失っている節もあるが、それは彼女に残された僅かな人間性を失わないようにしようとする、彼女なりの努力である。


 その結果、常人には理解できない行動となっていることなど、本人も含めて、理解している者は少ない。

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