38 目には目を
――ユノ視点――
ちょっとした悪戯のつもりだったけれど、それに対する反応は人それぞれで、思っていたより面白かった。
とはいえ、あまりしつこくしても嫌われるだけなので、程々にしておかなくてはならない。
彼らの身体から領域を分離させると、そのまま壊れて動かなくなったロボットを連れて、何処かへと歩き――這いずり去らせる。
もちろん、自律行動をさせているわけではなく、「これで終わり」という演出だ。
ただ、我ながらとてもシュールな絵面になった。
「ま、待て! どこへ行くのだ!?」
「そうか、達者でな」
「…………」
領域を引き留めようとするパイパーさん。
快く送り出すバッカスさん。
見ようともしないグエンドリンさん。
ここでも反応は様々だった。
それから間もなく、お代わりが上空から降ってきた。
しかも大盛りで。
身構えるバッカスさんと、もう一度領域を出そうと、右手を掲げて何か叫んでいるパイパーさん。
グエンドリンさんは戦力外のようなので、とりあえず護る方向で――今度のロボットは遠距離からの狙撃もしてこないし、近接戦闘用に調整されたものなのだろうか?
そうだと嬉しいな――などと考えていると、パイパーさんが倒れた。
続いて、バッカスさんも倒れた――というか、死んだ?
何が起こっているのか分からないけれど――グエンドリンさんが、驚愕の表情で私を見た。
違うよ?
私のせいじゃないよ?
多分。
もしかして、あの悪戯が?
え、マジで?
どうしよう!?
えっと、何だか分からないけれど――そうだ!
とりあえず、私も死んだ振りをしよう。
◇◇◇
――アザゼル視点――
「効いた――斃した、のか……?」
動くものがいなくなったモニターを見て、アザゼルが呟いた。
バッカスとパイパー、そして、根源の力を使うユノという名の神からは、生命反応は検出されない。
送り込んだ新型対神兵器の数は80機。
ロケットに積めるだけ詰め込んで撃ち出したため、アザゼルの側に残されることになった新型の数では、守備に不安が残る。
それでも、ユノをこの場で仕留めておかなければならないと決断したのだ。
最近聞いた噂のとおりなのだとすると――にわかには信じられないが、九頭竜以上に危険な存在である。
結果として、後先を考えない「死を与える邪眼」の行使で、どうにか斃すことができた。
しかし、投入した半数近い機体が、限度を超えた力の行使で回路が焼き切れていてスクラップ寸前で、残った機体の多くもオーバーヒート状態である。
修理や整備を行わなければ、再稼働させることはできそうにない。
それだけのコストを強いられたとはいえ、斃せたという事実に、アザゼルは胸を撫で下ろした。
ここで斃しきれずに逃げられでもすると、もう後はない――当初の九頭竜対策兵器も改修されて残ってはいたが、この邪眼の能力にはまだ大きな欠点が存在する。
そのため、対策されてしまえば勝ち目はなくなる。
つまり、この奇襲こそが分水嶺だったのだ。
欲をいえば、生け捕りにしていろいろと調査をしたかったところだが、それは斃した後だからいえる贅沢である。
それに、死体からでも、何かは掴めるかもしれない。
せめて、少しでも多くの情報を得るために、一刻も早く回収しなければならない。
戦力的には敵ではないが、エスリンの副官グエンドリンが生き残っているのだ。
彼女に死体を持ち去られる前に、回収しなければ――と、アザゼルは急いで進軍を開始した。
九頭竜すら上回る神を斃した――それは九頭竜も斃せるということであるが、失った力が大きいのも事実である。
補給に整備に研究に――時間を無駄にできる余裕は一切無い。
そして、アザゼルは呆然としているエスリンや、最早意識も定かではないローゼンベルグの捕虜たちを引き連れ、ローゼンベルグを目指した。
夜蛾が誘蛾灯に惹かれるように、アンデッドが魔力――根源に惹かれるように。
◇◇◇
――ユノ視点――
「ちょっとお!? 何で死んだ振りなんかするんですか!? こんな時にまで何を考えて――っていうか、私をひとりにしないでくださいよお! ユノ様ぁ!」
うーん、私の身体は心臓も動いていないし、呼吸も止まっているのに、なぜバレるのか。
エスパーか、エスパーだからか。
「……少し日本人的な右向け右体質が」
『そんなものないくせに』
うん、言ってみただけ。
仕方がない、起きる――いや、生き返るか。
「私がやったんじゃないの」
とりあえず、濡れ衣を着せられないうちに否定しておく。
「分かってますよ! そんなことを言うために死んだ振りしてたんですか!? ――これはエスリン様の邪眼の力だと思います。実際に見たことはありませんが、伝え聞いているのは『どんなものにも死を与える邪眼』で――いえ、それより、ご自身の力かどうかも分からないんですか? それより、どうしましょう? バッカス様が……」
何だ、私のせいじゃないのなら、慌てる必要は無かった。
というか、どんなものでも殺す力?
それで、なぜ私が死んでいないと思ったのだろう?
「……なぜ死んでいないのがバレたのかとかって思ってます? あんな下手な演技でバレないと思ってる方が不思議です」
エスパーだ。
この世界、エスパーだらけで怖い。
さておき、バッカスさん――と、パイパーさんには触れもしないあたり、何というか憐れみを感じてしまうけれど、どうするもこうするも、死んだ人は死んだもので仕方がない。
もちろん、蘇生くらいは簡単。
しかし、相手はエスパーだ。
そのあたりまで読まれているとすれば――白を切るのは悪手だろうか。
「今回は特別」
ということにしておけば、何でもかんでも蘇生させると思われなくて済むだろう。
「……!?」
「ぶはっ!?」
「え!? 言い伝えでは、邪眼で死を与えられたものは、《蘇生》が絶対に不可能なはず――いえ、常識や伝説など全く問題にしないとは、さすがユノ様です!」
そういうことは先に言ってほしかった……。
「そうか、吾輩たちは殺されていたのか」
『自分が死んだことを、ちゃんと認識してるんだ?』
蘇生させたふたりは、自身の死について、思いのほかあっさりと認めていた。
「うむ。まあ、ログを読めばな。蘇生も、術者の正体も術も不明となると、お前さんしかおらんのだろう、とかな。――それよりも、エスリンの力がアザゼルに奪われていたか」
ログって何だ?
いや、どうせろくでもないものだろうし、気にしないことにしよう。ログだけに。
とにかく、深く掘り下げずに、余計な説明をせずに済んだと喜ぶべきだろう。
「エスリンの邪眼が、これほどまでに危険なものだったとは――それ以上に、それを奪い自らの力とするアザゼル……。奴が――禁忌とはこれほどのものなのか!」
「おふたりが即死するレベルの攻撃に、全く気づかないユノ様、素敵です!」
褒められているの?
貶されているの?
というか、完全に無視されたパイパーさんが寂しそうにこっちを見ている。
幸い、バケツを被っているので視線が合うこともない。
知らんぷりしよう。
「さすがは我が盟友だな。――今回は油断はしたが、エスリンの邪眼は危険だが対処法はある」
これも不屈の精神といってもいいのだろうか。
この諦めない姿勢は、ダミアンさんと通じるものがある。
「うむ。何にでも死を与えるという異能は凶悪だが、その『何でも』というのが逆に弱点となる。石ころでも何でも、ある程度の存在を射線上に挟んでやればいいのだ。対象を精密に指定できず、対象によって加減ができない――魔力の消費量を変えられないのはログを見れば一目瞭然。対象を指定するタイプだと厄介だったかもしれんが、それだと消費が激増するか、効力が減少する。後者であればレジストも可能になるだろう」
「ですが、死者がそのログを確認することはできませんし、そもそも、そこまで高レベルなログを取得できる方はほとんどいないかと。今回、ユノ様がバッカス様を蘇生させなければ、対処法を知っているのはエスリン様だけだったと思います」
「貴様の言うとおりだ。だが、俺たちには盟友が――俺と同じ――いや、俺よりちょっとだけヤバい禁忌の使い手であるユノがいた!」
「ちなみにそのユノだがな、ログの上では邪眼を受けて死んでいることになっておる。それも、何百回とな。その後に死んだ振りをしている――もうわけが分からんが、現にこうして健在だ。実際にこの目で見てもわけが分からん。万物に死を与える程度では足りんのか、それとも吾輩らの理解の及ばぬ理があるのか。――アザゼルも哀れな男だ」
難しそうな話が続いて、なぜか最後にディスられる。
オチ担当みたいにしないでほしい。
今回は、バッカスさんが紳士だからか、オブラートに包んでくれたみたいだけれど、それでも釈然としない。
それよりも、「死を与える」とは何だろう?
肉体的な死なのか、魂や精神の死なのか、それとも私がダミアンさんにしたような存在の崩壊なのか。
前者の「死」はそれぞれ回復というか復活は可能だし、珍しいケースでは転生なんてものもある。
ある意味、一時的な状態異常といえなくもない。
さきのバッカスさんとパイパーさんの陥っていた状態は、肉体と魂の繋がりを切られて、その魂も繋がっている大きなものとの繋がりを切られていた。
繋がりを失って孤立した魂は、存在を維持できずに次第に拡散して消えてしまう――という、念入りに殺された状態だったけれど、復活できないなんてことはない。
システム提供の《蘇生》魔法は、繋がりが残っている場合にのみ可能なものらしいので、そんな誤解が生まれたのかもしれない。
しかし、切れたなら繋げばいいだけだし、魂が消えてしまっていたとしても、繋がっている大きなものの中とか、対象のことを知る人たちの魂の中にもその魂は残っているのだから、そこから引っ張り出せばいいだけなのだ。
とはいえ、魂あたりの認識がそれなりにできていないと無理だけれど。
それはさておき、私が死んだ――というのは意味が分からない。
システムからはそう見えたということ?
確かに、私の形をした肉体を殺す――心停止とか脳死とかはできなくもないけれど、それは平常運転である。
それでは私の本質には何の影響も与えないし――そもそも、肉体が死ねば、いくら私でもさすがに気がつくと思う。
(ユノには肉体と魂と精神の繋がりがない――それらをひとつにまとめたものが「ユノ」で――それだと表現が不十分か。ボクもユノの奥底に潜る過程で、魂のこととかいろいろと理解は進んだけど、それでもユノを解明するには程遠いみたい。以前、ボクがユノの身体を動かせなかったのも、多分認識が足りてないから。ユノは、ユノの肉体とユノの魂とユノの精神がひとつになって、初めてユノになるんだと思うけど、魔素を操れるボクでもまともに動かせないっていうのが、何か足りてない証拠なのかな?)
朔がまた難しいことを考えている。
そして、私に訊かれても、答えられるはずがない。
私に言わせれば、肉体と魂と精神の合一程度のことが、できない方がおかしいのだ。
しかし、私以外にできている人をいまだに見たことがないので、そろそろ私の方がおかしいのかと感じていたところだ。
(推測でしかないけど、アザゼル――エスリンの邪眼は魂の繋がりを断つもので、繋がり自体が存在しないユノには効果がなかった。そもそも、ユノに干渉するには出力不足って面もあったと思うけど、出力があっても効かなかったんじゃないかな? それで、システム的には――邪眼が発動して、その先にユノっていう識別しづらい存在があった――肉体と魂と精神を別個のものとして認識しているシステムが、改めてユノを判定しようとしてバグった――言葉にすると本質とずれるけど、大体そんな感じじゃないかな)
なるほど、分からない。
システムのことは特に。
(理解する必要は無いよ。理解されちゃうとボクの立場がなくなるし、面白くなくなるから。というか、無理だろうしね)
酷いことを言われている気もするけれど、まあいい。
そんな場合でもなさそうだし。
「なぜ生きている!? しかも全員が!?」
アザゼルさんが来た。
今にも泣き出しそうな顔になっている。
いや、ゴブリンの表情は見分けがつかないけれど、魂や精神でも泣いているから、きっとそうなのだろう。
というか、ゴブリンの泣き顔はなかなかきついね。
本人にそんなつもりはないと思うけれど、「下卑た」という表現がぴったりの表情である。
大事なもの――表情筋とかが欠落しているのかな。
「あれはアザゼルか。来てしまったのだな……」
来たといっても、まだ地平線の先に、その影が見えた程度だけれど、遠近感のおかしくなるような大きなものが混じっているので、私でなくても分かりやすい。
湯の川の世界樹も、「思っていたより遠かった」とか、「こんなに大きいとは想像できなかった」というのはよく聞く話だ。
それでも、絶対に見失わない目印として大人気だし、「あの樹のように、立派に生きよう!」とか「いつかあの樹に還るんだ!」などと言い出す人もいる。
ヤバいね、狂信者。
というか、立ち止まっていないで、早く来てほしいのだけれど。
そうしないと、私の仕事が終わらない。
正確には、終わらせるのはいつでもできるけれど、バッカスさんにも分かりやすいように、彼の目の前で――となると、みんな揃っている所に来てもらうのが一番なのだ。
もちろん、得意の事後報告という手も考えたけれど、事の成り行き次第では、説明と証明が難しい。
「莫迦な――あれだけの力を持ちながら、その女に見抜けた程度の死んだ振りに騙されたのか? ――いや、そんなはずはないか。となると、まだ勝算があると――まだ都合良く切り札が通用すると、秘められた力が発現するなど甘いことを考えているのか!?」
パイパーさんがそれを言うのか。
もっとも、個人に秘められた力などというどうでもいいものとは違って、大元に繋がる力は誰にでも引き出せる可能性だけはあるので、あながち間違いでもない。
とはいえ、みんなの今の認識では、まだまだ先の話だろう。
「何だか酷いことを言われた気が!? あんな不自然な、『うわー、やられたー』なんて棒読みで死ぬ人なんていませんよ!? それよりも、アザゼルの向こう側、遠近感が狂ったのかってくらい大きな機械がいますけど……。怖がるべきなんですかね?」
酷いことを言われてるのは私の方だよ?
バケツを被っていたし、無言で倒れても何をやっているのか分からないかと思ってのことだったけれど、演技過剰だったのだろうか?
「恐らく、アザゼルの切り札のひとつなのだろうが、自信が大きければ大きいだけ悲劇に――部外者からすれば喜劇になるのだろうな……」
その、私が加害者であるような物言いはどうなのか。
結果的にそうなっていることまでは否定しないけれど、大体は相手の自爆だよ?
『ユノ、あれはこれまでのようにはいかない』
「そうなの?」
朔の言う「あれ」とは、恐らく山のように大きなロボットのことだと思うのだけれど、サイズ以外の何が違うのかが分からない。
ほんの少し、体術だけでぶん投げてみたいという欲求もあるけれど、それは遊びの範疇でしかない。
私が本気を出すと、量とか質とか数とかはあまり意味がないのだ。
重要なのは、個性と、その可能性の先にあるものなのだけれど、それは今はおいておいて――朔はあれが何なのか知っているのだろうか?
『巨大ロボには、巨大ロボか怪獣で対抗しなきゃいけなんだよ!』
朔は一体何を言っているのだろう。
『相手が変身するなら、終わるまで待つ! 巨大兵器を出してきたら、こっちも巨大化するか合体ロボを出す! それが礼儀!』
本当に何を言っているのか分からない。
しかし、礼儀と言われては――変身したり巨大化する人が身の回りにいなかった――ミーティアとかはそれに該当するのか?
いや、竜の常識は一般的とはいい難いし、とにかく、知らなかったのは仕方がないけれど、知ってしまった以上は無視できない。
しかし、手持ちにロボとか怪獣はない。
「……何か不穏なことを考えていないか、盟友よ?」
パイパーさんもエスパーか。語呂が良いな。
というか、なぜにみんなそんなに察しがいいのか。
『再生怪獣とか怪人とかは弱いのが定番だから駄目だよ』
私を含めて、この世界には絶対とか無限なんて存在しないのだから、エコとかリサイクルは良い考えだと思うのだけれど。
もちろん、無駄遣いはもってのほか。
というか、朔にとってパイパーさんは、リサイクルにも値しないのか。
「だったら私が巨大化するの? 頑張ればできると思うけど――」
『ユノが巨大化するのは公序良俗的に駄目だね』
どういう意味!?
――まあ、私もできれば巨大化はしたくないので、深くはツッコまない。
しかし、そうなると――。
「こっちを見んでくれ……。吾輩、確かにかつてはマッスルモンスターと呼ばれておったが……」
「待て、盟友よ。確かに俺たちの中には強大な魔の力が宿っているが――心までもがそれに支配されては、真の怪物になり果ててしまうのだぞ?」
「外見だけなら大丈夫ですよ! 貴方はそのために来たんじゃないんですか?」
「おい、待て貴様」
『パイパーは素材としては魅力がないなあ』
「……まあ、何かの弾みで、俺の封印が解けても困るしな……」
あ、パイパーさんが泣きそうになっている。
不屈かと思いきや、打たれ弱いところもある――まあ、朔の言い方が容赦なかったしね。
もう少しだけ優しくしてあげようかな?
「だが、それではどうするというのだ? ――いや、そうだな。お前さんの主義的には、問題は当事者の手で解決するべきだな。やむを得んか――吾輩の肉体、思う存分改造するがいい!」
『それはそれで面白そうだけど、また今度で。ボクたちもこれだけ首を突っ込んでおいて、今さら部外者面は通用しないだろうし――。まあ、未完成だけど出せる物もあるから』
肉体改造というと、アスリートなんかが暇さえあればやっていることのように聞こえるけれど、朔がバッカスさんにやろうとしているのは、きっと倫理的にアウトなものだ。
それでもいいの?
それよりも、朔が言う未完成の物には私も心当たりがあるけれど、さすがにあれは場違いな気がする。
『出でよ、メガユノ!』
やっぱりね。
演出のつもりか、地面からゆっくりせり出してくる、私の姿を模したロボット――というか、移動式ライブ会場。
これは、いつもの流れで歌わせるつもりなのか。
いや、確かに今回は効果的かもしれない。
大人しく聴いてくれるなら、だけれど。
「始まったな。これが今回のデウス・エクス・マキナか」
「これは一体……? 何が始まるというのだ……!?」
「もしや、これは大きなユノ様のご尊顔!? ありがたや、ありがたや……」
マキナって誰?
ライブが始まるんだよ!
まだ頭の先しか出てないのにグエンドリンさんにはよく分かった――いや、まあ、輪っかと猫耳が出ていれば分かるか。
というか、本人の目の前で偶像を拝まないで。
――あれ?
このメガユノ、前に見たときより大きい気が――いや、確実に大きくなっている。
もしかして、育った?
(ドワーフの職人たちが、ちゃんと完成させたいって言うから、一旦彼らに返してたんだけど、追加機能とかいろいろとつけてるうちに自然とね)
なるほど、一度始めたことは最後まで完遂したいという気持ちは分からなくはない。
それに、大きさはともかく、着色されているせいか、不気味さはずいぶん減ったように思う――のだけれど、眉が不自然に動くのは相変わらずか……。
「これは、巨大な模型――いや、人形か? ゴーレムのような自律兵器ではないようだが……」
「よくできている――が、さすがに実物と比べると粗が目立つな」
「で、ですが、技術的にはすごいですよ!? むしろ、よくぞ人の手でここまで――ユノ様への愛がひしひしと伝わってくるようです!」
それは否定しない。
しかし、私のことを、「愛」とか囁いておけば、何でも有耶無耶にできるチョロい女だと思わないでほしい。
「……ふむ、随分と尖った愛なのだな」
「……貫通力高そうだな」
「ものすごく回転してますね……」
途中まではすごく良かった。
なぜ眉を動かすのか――というか、表情がコロコロ変わるのも、愛嬌といえなくもない。
しかし、なぜ肘から先がドリルになっているのかな?
『だから未完成だって言ったじゃないか。マニピュレータの調整が難しくて手間取ってるらしいんだけど、完成するまで何もないのも寂しいから、とりあえず付けたみたい。それと、これはドリルじゃなくて、エアータービンっていうんだって。歯医者とかで使ってる道具らしいよ』
歯医者なんて行ったことがないから知らなかったけれど、彼らはこんな恐ろしい道具を使っているの?
どう見ても凶器――いや、狂気だよ?
「生々しくなってきたな……」
「ビショビショじゃねえか……。これは駄目だろ……」
「SAN値が削られるって、こんな感じなんですね……」
ドリル――エアータービンとやらに気を取られているうちに、メガユノの下半身が姿を現し始めた。
以前、キャタピラが用意してあると聞いていたので、てっきりそっち方面かと思っていたのだけれど、実際に付いていたのは、巨大なタコの足だった。
ひと言でいうとキモい、若しくはヤバい。
正気を疑う。
上半身――というか、無駄に表情豊かな顔の出来の良さと、下半身の新鮮な気持ち悪さががっつり喧嘩して、荒ぶるエアータービンで攪拌されて、混沌が生まれたとかそんな感じ。
以前、セーレさんに見せてもらった邪神像より、遥かにアウトだ。
メガユノというか、ギガ――超獣ギガという言葉が脳裏に浮かぶ。
『マニピュレータが間に合ってないのに、足が完成してるはずもなく。――といっても、間に合わせで用意してたキャタピラも、サイズが違いすぎて使えなくなってたんだ。そんな時に、幸運にもクラーケンが獲れたらしくてね。台座代わりに試しに付けてみたらぴったりだったんだって。まあ、足なんて飾りだしね。あ、実はクラーケンはもう1頭獲れててね、そっちは一度には食べきれないからって生け簀の中に入れてたら、懐いちゃって、飼うことになったみたい。名前は「クラー健」だって』
話の前半部分は理解できなくもない。
後半は何を言っているのかさっぱりだ。
まあ、タコの知性はとても高いらしいし、訓練次第では躾けも――いや、そういう問題ではないのか?
ええと、何だったか、クラー健?
後で確認に行くべきなのかな?
でも、タコのヌメヌメ感もあまり得意じゃないんだよね……。
「……試しに付けるようなものではなかろう? 悪いが、何を言っているのかさっぱり理解できん」
「湯の川、想像以上にヤベーな」
「うふふ、この胸のトキメキは、もしかして恋? あは、あはははは」
とにかく、この邪神像の出現と同時に、バッカスさんとパイパーさんは物理的にもドン引きしていた。
そして、逃げ遅れたグエンドリンさんが、触手に捕らえられて、振り回されていた。
『ほら、ユノ。舞台は整ったよ』
「はい?」
何の?
歌うにしても、先に対話をした方がいいと思うのだけれど。
『ユノにしか動かせないようになってるんだから、ユノが操縦して、悪のアザゼルロボを倒すんだ!』
戦うの?
いや、ライブ用にしては巨大になりすぎているとは思っていたけれど。
「乗りたくない。というか、どう見てもこっちの方が邪悪」
『人は見た目で判断するべきじゃない! ユノがいつも言ってることじゃないか!』
「見た目がどうとかってレベルじゃなくて、生命を冒涜していない?」
『してない! 有効活用! グエンドリンも喜んでる!』
「あはははっ! あははははははっ」
正気を失っている……。
「彼女はもう手遅れ。可哀そうだけれど……」
「助けてやらんのか?」
「無理」
助けたいなら、好きなだけ助けるといい。
さすがにバッカスさんなら、ミイラ取りがミイラになるようなことはないだろうし。
「なぜだ? 貴様の力ならば造作もないことだろう?」
残念ながら、私はそんなに万能ではないのだ。
『ユノはニョロニョロヌメヌメブヨブヨしたものが苦手なんだよ。でも、乗り込んじゃえば見えなくなるよ!』
人の弱点を気軽に暴露しないでほしい。
とはいえ、避けて生きることもできるものなので、実害はそれほどないと思うし、そこを突いてくるような下衆な相手なら、遠慮なく存在を浄化できる。
もちろん、ダミアンさんを焼いたような半端なものではない。
本当の侵食で、生まれてきたことを後悔させてあげよう。
『ユノ、手からヤバいのが漏れてる。そんなの投げたら、グエンドリンも消えちゃうよ』
「黒い炎――まさか、闇の炎か!? かっけえ……!」
「黒――というか、ユノの髪や翼のような色だな。とどのつまり、この世に存在しない炎というわけだ」
「闇ですらないだと!? 超越した炎――何それかっけえ……! 超炎! いや、極炎だな!」
おっと、いやな想像をしたせいで、うっかり暴発させてしまうところだった。
というか、やはりお肉も焼けないような炎を「炎」というのは抵抗がある。
さておき、後ろではパイパーさんが興奮していて、アザゼルさんもかなり近いところにまでやってきている。
この邪神人形を見ても逃げ出さないとか、覚悟が決まっているなー。
というか、やはり彼にはそうするしかないのだろう。




