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33 最悪の結末

 ダミアンは、現在のどうにもならない身体を捨てて、ただ1匹だけ残っていた眷属の身体を乗っ取ることにした。


 ただし、眷属の身体も毒に侵されていたり、それ以外の罠が仕掛けられていたりした場合は――特に後者は、その場でダミアンの負けが確定する。

 しかし、毒に侵されている程度であれば、翅さえ動けば逃げられる可能性が出てくる。


 新たに現れた悪魔族たちの中で、有翼なのはディアブロひとりだけ。

 空を飛んで追ってこれそうなのは、彼とグリフォンの雛の姿をした何かだけ。

 万全ではなくても、逃げきれる可能性はゼロではない。



 逃げきって、新たな眷属を作って乗り換えて――しばらくの間、弱体化することは避けられないが、後のことは生き残ってから考えるしかない。


 一応、本体の死亡時に、自動で眷属の身体を奪うこともできる。

 むしろ、そちらの方が本来の能力の使い方であり、斃したと思わせることで油断を誘える可能性もある。


 しかし、終始獲物を狩る者の目をしている妖狐が、目に見えている眷属を見逃すと考えるのは虫がよすぎる。



「「「覚悟!」」」


 肉体ほどではないが、《思考加速》の速度も落ちたダミアンには、充分に考える時間はない。


 悪魔族の三人とW(ダブル)レオン、そして、好機と見たエミールまでもが彼に襲いかかった。

 エミールに関しては脅威でも何でもないが、彼を苛立たせ、思考力を奪うことで貢献している。


 当然、その間もダミアンの弱体化は進み続けている。



「「「殺ったどー!」」」


 そして、悪魔族の三人とレオンから勝ち(どき)が上がった。

 レオン少年とエミールは、攻撃が間に合わずに肩を落としていたが、リリーはまだ警戒を解いていない。



 しかし、ダミアンが殺されたのが先か、身体を捨てたのかが先なのかは分からないが、ダミアンの魂と精神は、眷属の身体に移動していた。


(よし、軽い毒状態だが、この程度なら問題ねえ。パラメータも思ってた以上に高え。これなら成長しきるまでに時間はかからねえ……!)


 ダミアンは眷属の状態の良さに、これまで味わったことのない感動を覚えながらも、すぐに行動を再開できるよう、自身の意志で強制的に成長を始めた。




 拳大だった眷属が、一瞬で元のサイズの――それ以上の大きさへと変化する。


 当然、ほぼ同時に、その場にいた全員がそれに気づいた。


 とはいえ、悪魔族の三人も含めて、ダミアンにそういう能力があることは知っている。

 そして、そうなった際の対策も、当然用意されていた。



 そもそも、ダミアンを発見次第、用済みとなった眷属を処分――という案は、「ジョセフィーヌが可哀そう!」というトシヤの嘆願で保留されていた。


 しかし、ダミアンを排除した後や、眷属の状態に変化があった際には、速やかに処分することが決まっていた。

 結局、後か先かの違いでしかないが、ここが湯の川である以上は致し方ない。

 少しでも長く生きられるだけでも、格別の配慮といえる。



 そんな取り決めのとおり、眷属の身体が、リリーの放った白っぽい炎に包まれる。

 最近、リリーが新たに習得した固有スキルで、《狐火》の進化系、若しくは《浄炎》の劣化版とでもいう《浄焔》である。


 その肉体だけでなく、魂をも焼き尽くす浄化の炎が、巨大化した眷属――ダミアンの身体を包み込む。


 復活直後で力を失っている彼は、そのままなす術なく燃え尽きる――はずだった。



 ダミアンを包んでいた炎が、唐突に消失した。

 同時に、リリーが意識を失って、妖狐から幼女へ戻ると、そのまま地面へ崩れ落ちた。


 その結果、ダミアンは大きなダメージを負ったものの復活を果たす。

 とはいえ、ダミアンが土壇場で踏み止まったわけでも、リリーがしくじったわけでもない。



 ダミアンが眷属を使って復活することを知らなかったユノが、突然巨大化したハエに驚いて、こっそり行っていたリリーへの魔素の供給が止まってしまったことが原因である。


 《殺生石》も《浄焔》も、魔王の身であっても使いこなせるようなものではない。

 いかにリリーが十尾に進化していても――十尾にまで進化していたからこそ、命ではなくブレーカーが落ちた程度で済んでいるのである。



「「リリー!?」」


「「「リリー殿!?」」」


「クエーッ!?」


「リリーちゃん!?」 


 Wレオンと悪魔族の三人、雪風とトシヤが、リリーの身を案じてその名を呼ぶが、応えは返ってこない。


 ユノも実体化はしていないので声には出せないが、リリーを案じ、そして取り乱していた。



 ユノは、自分のせいでリリーが倒れたと思い、珍しく本当に反省していた――とはいえ、ユノの支援がなければここまで戦えていないのだが、「それはそれ、これはこれ」である。

 あわよくば、この戦いをリリーたちの成功体験にしようと画策していたのだが、支援のような繊細なことは彼女には難しかった。



 それでも、幸いなことに、リリーは魔力が枯渇して気を失っているだけで、健康状態や魂には異常は無かった。

 それならまだリカバリーは可能だと、せめて成功体験だけでも――と、ユノは思った。



「くくく、惜しかったな! だが、俺のか――ぎゃああああぁあ!?」


 ダミアンは賭けに勝った。


 新たな身体の確保に成功した。

 しかも、復活した場所は、トシヤのすぐ側である。

 先ほどの白い炎で、翅がほんの少し焦げていたが、4枚とも無事だった。


 悪魔族の三人にも、この位置と距離では邪魔されることはない。


 そう判断したダミアンは、特に言う必要の無い煽り文句を言おうとして、最後まで口に出す前に再び炎上した。



 ダミアンを包んでいるのは、先ほどのものと似た白っぽい炎だ。


 しかし、先ほどのものとは明らかに違う点がいくつかあった。


 分かりやすいところでは、炎の発する輝きがまるで違っていた。


 リリーの《浄焔》の、目も眩むような光よりも更に輝いている。

 しかし、物理的な眩しさよりも、表現しづらい感動や畏れを覚えるその感覚は、湯の川の民にはとても心当たりがあった。


(((ユノ様だ……)))


 そしてもうひとつ、その炎は熱を伴っていなかった。


 熱い冷たいという感覚が無い――その概念が欠落していた。


 当然、ダミアンの身体には、熱による損傷はない。

 それなのに、彼の輪郭が、存在そのものが、ボロボロと崩れていく。


 神でさえもがトラウマになる個の喪失に、ダミアンは恥も外聞もなく、声にならない悲鳴を上げて赦しを請うた。


 ユノに言わせれば、「肉も焼けない炎なんて、炎とは認められない」という出来損ないの炎だが、それを知る者が見れば《極光》の亜種か、《浄炎》の強化版だと分かるだろう。



 ユノ的にはかなり加減したつもりの炎だが、この世界にとっては重大な侵犯行為である。

 ただ、世界にそれを止められるだけの能力が無い。


 このような、大魔王が生まれてきたことを後悔して、生きてきた証をも焼き尽くす炎を、彼女はリリーの《浄焔》と混同させることができると思っていた。


 確かに、何も知らない者が、これを《浄焔》だといわれれば信じたかもしれない。

 しかし、ユノを知っている湯の川の民は騙せない。




 《極光》のような炎――後に「極炎」と名付けられるそれに焼かれ、存在を失いつつあったダミアンにひとつの奇跡が起きた。


 ダミアンがダミアンとしての形を失っていくことで、彼に押し込められていた、身体の本来の持ち主の魂や人格が、相対的に浮上してきたのだ。



「トシヤ……」


 極炎に包まれたそれが、トシヤの名を呼んだ。


「ジョセフィーヌ!? ジョセフィーヌなのか!?」


 何の抵抗もできずに――悲鳴さえ上げられずに崩れていくダミアンを見て、トシヤがなぜそれをジョセフィーヌだと判断したのかは、彼以外には分からない。


 それでも、確かに彼の感じたとおり、表層に出ているのは、ジョセフィーヌと名付けられた眷属の人格だった。



 この時のダミアンは、生命としての本質を脅かされるような、表現のしようがない苦痛や絶望のようなもので感情や感覚がパンクしていて、眷属に身体を奪い返されそうになっていることにも構う余裕が無かった。


 ユノとしては、《浄焔》と誤認させるための小規模で不完全な攻撃だったのだが、それがかえってダミアンの負担を引き伸ばす結果になっていた。

 ダミアンは、むしろ、この苦痛や絶望から逃れられるなら、喜んで身体を明け渡しただろう。



 ジョセフィーヌにも、何が起きているのかは理解できていない。

 極炎による影響は、全てがダミアンに向いていて、今のところは彼女には何も及んでいない。


 ひとつの身体にふたつの魂と精神が存在していたが、崩壊しているのはダミアンだけ。

 ダミアンが崩壊した後に残るのは、ジョセフィーヌの魂と精神だけ。

 当然、肉体が無くなれば、それ無しでは存在を確立できない彼女も消えてしまう。


 それを知ってか知らずか、彼女は、今のうちにやるべきことをやらなければと考えた。



「トシヤ、よく聞いて。あたいがこいつを押さえてる間に、あたいごとこいつを殺すんだ!」 


「何を言っているんだ!?」


 ジョセフィーヌは勘違いしていた。

 彼女がダミアンを押さえ込んでいるわけではない。

 彼女は、彼に何ら影響を及ぼしていない。


 それでも、彼と一緒に消えていくだけのはずだった彼女が身体の支配を奪い返したのは、彼女の想いが彼の呪縛に勝ったからである。

 そこに極炎は全く関与していない。

 本当に奇跡が起きていたのだ。


 しかし、それだけであればハッピーエンドも見えてきそうなものだが、彼女には予感があった。



「聞いて、トシヤ。この状態は長くは続かない。こいつはそんなに甘くない――またあたいの身体を奪う――そうなったら、あの嬢ちゃんが倒れた今、あんたらに勝ち目は――!」

「何を言ってるんだ!?」


 トシヤも、この炎がリリーのものではなく、ユノによるものだと理解している。

 そして、「ダミアン終わったな」と思っていたところだった。


 もう終わっているダミアンを、ジョセフィーヌごと殺すことに何の意味があるのか。


 彼も、股間を痛めて育てたジョセフィーヌと言葉を交わす機会があったことは嬉しかったが、こんな笑えないコントをしたかったわけではない。



「いいや、自分の身体ことさ。分かるんだよ……。あいつの力もね……」


 ジョセフィーヌは何も分かっていなかった。

 彼女がダミアンの支配から脱却できたのは、さきの理由によるものだ。

 最終的には彼女も死ぬという意味では正解だが、ダミアンの力は過大評価どころの話ではない。


 それでも、その想いだけは本物だった。



「長くはもたないよ! あたいがあたいでいられる間に……! 早くっ!」


「いや……」


 ただ、彼女の想像とは違うものの、この状態が長くは続かないことも事実である。



 ユノは、ジョセフィーヌの容姿は苦手だが、その想いだけは認めていた。

 容姿さえ問題無ければ、何らかの救済をしたかもしれない。

 そもそも、苦手なものに干渉するために、領域としての性質は持たせながらも、自身から切り離して――つまり、制御を放棄したものがこの極炎である。

 本来の極炎は、彼女の領域と同じ色――人間には黒っぽく見える、認識が及ばないものなのだ。


 この極炎を、改めて領域で侵食することは可能だが、それはそれでダミアンやジョセフィーヌもただでは済まないし、もう彼女にもどうすることもできない。

 というより、するつもりがない。


 ジョセフィーヌの想いは、ユノの虫嫌いを克服させるほどのものではなかった。

 人の心が分からないのは、伊達ではなかった。



「トシヤ……。あたいは実の親にも利用されるだけの存在だったんだ。あんたは、そんなあたいに情けをかけてくれただけじゃなく、その身を犠牲にしてまであたいを育ててくれた。眷属はあたいの他にもいっぱいいたけど、こんなにも誰かに優しくされたのはきっとあたいだけ。あんたがどんなつもりだったのかとか、そういうのはいいの。重要なのは、あたいがあんたから一生分の幸せを貰ったってこと」


 トシヤには、ハエの表情など分からない――はずなのに、彼には、ジョセフィーヌが精一杯の笑顔を浮かべているように見えた。

 そして、その想いが真剣であるからこそ、どう対応していいのか分からなかった。


「あんたを困らせたいわけじゃないんだ……。ただ、あたいに優しくしてくれたあんたにだけは、死んでほしくないんだ。だからお願いだよ、再びこいつに身体を奪われる前に、あたいごと殺すんだ!」


 ジョセフィーヌの言葉が偽りではないだけに、それを聞いていた者たちは居た堪れない気持ちになっていた。

 今の彼女は、掛け値なしにトシヤの身だけを案じている。


 そして、その気持ちが本物だからこそ、彼女の心意気を無駄にしないように収めることは、男として一皮剥けていないトシヤには荷が重すぎた。



「くっ、もうもたない……! ――早く!」


 オロオロするだけで一向に行動を起こさないトシヤに焦れたジョセフィーヌは、それがトシヤの優しさから来ていると勘違いして、少し嬉しく感じながらも、彼を急かすために少し盛った。


 もたないも何も、既にダミアンは虫の息である。

 そして、ここから復活させることが可能なのは、ユノだけである。


 そこにこの芝居は、トシヤを更に混乱させ、ユノすらも「何か間違ったのかな?」と困惑させた。



(どうすんだよこれ……)


(何でこんな笑えないコント見せられなきゃならねーんだ? お前行って止め刺してこいよ)


(やだよ。ほっといても死ぬだろうし、今出てったら、空気読めない奴みたいじゃん。それ以前に、あの炎に触れたら、俺も死ぬんじゃねえの?)


(手柄は欲しかったけれど、ユノ様が出てきた時点で評価は終わりでしょう。余計なことして評価を下げられるより、ここは大人しく見守るのが正解ではないかしら)


(トシヤがババ引いてくれたおかげで助かったな)


((だな!))


 魔王レオンと悪魔族の三人は、ゆっくりとトシヤとジョセフィーヌから距離を取りながら、目で助けを求めるトシヤと目線を合わせないようにして、無関係を装おうとしていた。


 いかに肩書や種族名に“魔”が入る彼らといえど、ふたりの純愛的なやり取りを邪魔するほど無粋ではないし、真実を突きつけるほど残酷ではない。



「えいっ!」


「きゃあああ!?」


 そんな微妙な雰囲気を、レオン少年がその手に持つ神槍で、ジョセフィーヌの身体ごと貫いた。


 彼は、男女の機微が理解できるほど、精神が成熟していなかった。

 何より、子供ゆえの残酷さを並々と残しており、それをこの最高の舞台で遺憾なく発揮したのだ。


 これには、彼以外の全員が意表を突かれた。


 ユノすらも意表を突かれて、その必要も無いのに「極炎を消さなければ」と、やむを得なかったとはいえ、領域でダミアンに触れてしまったことに悶絶する羽目になった。



「ジョセフィーヌぅぅぅ!?」


 若干遅れて、トシヤがジョセフィーヌの名を力の限りに叫んだ。


(あのガキ、やりやがった!)


(ガキは本当に怖いもの知らずだな!)


(だが、グッジョブだ!)


(この空気の読めなさ、あの子には魔王の素質があるわね)


 様々な想いが交錯する中、極炎とは違って、神槍によって普通に致命傷を受けたジョセフィーヌは、最後の力を振り絞っていた。


「悲しまないでトシヤ……。これでよかったの。あたいはあんたに出会えて幸せだった……。ああ、でも、もう少しだけあんたの顔を眺めていたかった……。暗い……これが死……」


「ジョセフィーヌうううううううう!」


 トシヤはもうどうしていいのか分からず、とにかく叫んだ。

 レオン少年と雪風は、そのあまりの声量にびっくりして身を竦ませた。

 魔王レオンと悪魔族の三人は、見ていられずに目を逸らした。




 こうしてトシヤの慟哭(どうこく)だけが響く中、大魔王ダミアンは、彼の腕の中でその生涯を終えた。


 大仕事をやり遂げた勇者たちと、何だか分からないがとにかくめでたいと宴会を始めた町の住人たちを余所に、トシヤは喪失感に暮れていた。

 しかし、どこから嗅ぎつけたのか、ユーフェミアにいわれのない追及を受けて、それどころではなくなってしまった。

 そうして、湯の川は日常へと戻っていく。


◇◇◇


 大魔王の一角が落ちた。


 それは、湯の川の民が宣伝するまでもなく、すぐに世界中に知れ渡る大事件である――はずだった。



 しかし、それが話題になるどころか、不浄の大魔王のことを知る者がほとんどいなかった。

 覚えていたとしても、それはとても曖昧なものであり、世界に恐怖を振りまいていた大魔王とは思えないような薄いものだった。


 ダミアンが死んでも、彼がこの世に残した痕跡は多いのだが、それと彼が上手く結びつかない。


 ゆえに、それは事件と認識されることすらなく、世界は平常運転を続けていた。



 極炎は、彼の肉体や魂や精神だけでなく、彼と世界との繋がりすらも燃やし尽くしていた。



 こうして、魔界と人間界でその名を轟かせ、敬われ、恐れられた大魔王は、誰の記憶に残ることもなくこの世から消滅した。

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