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32 湯の川対大魔王 4

 雪風の攻撃によって、ダメージはともかく、残った3枚の翅のうちの2枚に甚大な損傷を負ったダミアンは、精神的にも追い詰められていた。


 残る翅は1枚のみ。

 《飛行》スキルの低下は、飛行能力だけではなく、《飛行》中のパラメータの減衰率にも大きな影響を与える。

 それは、素となるパラメータの高さだけでは誤魔化せないレベルに達していた。



 空中戦が可能というアドバンテージは失ったに等しく、分断はおろか、逃げることすら危うくなった。

 ここまで追い詰められるほど、ダミアンに大きなミスがあったわけではない。

 その場その場ではあったが、迅速に、そして慎重に選択して、行動してきた。


 結果として、それらのほぼ全てが裏目に出ただけであり、ほんの少しでも運が彼に味方をしていれば、結果は違ってきたかもしれない。


 もっとも、湯の川という町で、運が彼の味方をすることはない。

 そもそも、「軽い気持ちで湯の川に手を出した」という大きすぎる間違いを犯しているのだ。

 何にしても、彼に残された選択肢は少ない。



 動揺を隠し切れないダミアンに、魔王の方のレオンが再び襲いかかる。


 ダミアンは、動揺しながらも、咄嗟に自身の背後を薙ぎ払い、《転移》してきたそれを真っ二つに切り裂いた。


 しかし、それは魔王レオンの《転移》によって、強制的に位置を入れ替えられたエミールだった。

 平常心を失っているダミアンは、この程度のフェイントにも引っ掛かってしまう。


 そして、ダミアンが、それをエミールだと気づくより一瞬早く、彼の眼前に《転移》してきた魔王レオンが左眼を串刺しにする。


「ぎいぃいいぃい!」


 ダミアンの口から、悲鳴とも咆哮ともつかない(おぞ)ましい音が漏れた。


 ダミアンとしては、視界を少し奪われたものの、HPにはまだ余裕がある。


 また、痛みに対する耐性も、彼くらいになると当然のように獲得している。

 そのため、攻撃を受けたことよりも、何もかもが上手くいかない不満を声にして吐き出し、心を落ち着かせるための儀式のようなものだった。


 さらに、それには大魔王レベルの《威圧》も込められており、湯の川の空気の中では十全な効果は期待できないにしても、反撃の切っ掛けくらいにはなる――と、ダミアンは期待していた。



 実際に、ダミアンに向かって殺虫魔法や殺虫剤を掛けていた群衆は、大魔王の《威圧》に中てられて、一時的にではあるが、その動きを止められてしまった。



「そんなもんで、今更、ビビるかぁ!」


 しかし、朔の気配を間近で感じたことのあるリリーや、訓練と称して彼女の領域でボコボコにされた魔王たち、それを見学する機会のあったレオン少年や雪風は、その程度では怯まない。


 領域――彼女が創った世界は、文字どおり次元が――世界が違うのだ。

 この世界の存在には正確に理解することも、表現することもできないそれに比べれば、怖いとか痛いと分かるダミアンの《威圧》など、親切にすら思えてしまう。



 ダミアンの《威圧》を跳ね除け、欲張って更に追撃を仕掛けようとする魔王レオンと、旋回して再突撃しようとする雪風の上で、馬上槍のように神槍を構えたレオン少年。

 そして、それらを迎え撃つ態勢のダミアン。


「ぐっ、雑魚どもがあっ!」


「レオン、邪魔しないでっ!」


「「!?」」


 ダミアンは、《威圧》の効果が思ったほど出なかったことに不満はあったが、多少は冷静さを取り戻していた。

 当然、冷静になれば問題が解決するわけでもないが、視野は広がる。


 理解できないこともまだ多いが、それでも何度も同じ攻撃を食らうような醜態(しゅうたい)は曝さないし、隙を見逃すほど甘くもない。

 しっかりと迎撃態勢を取って、優先順位はやはり神槍で、魔王レオンの迎撃は片手間で――と、仕切り直そうとしたところでまた邪魔が入った。



 リリーにとっては、レオン少年に前線でうろちょろされるのは、現段階では邪魔以外の何物でもなかった。



 リリーが想定しているのは、超長期戦である。

 真正面からの削り合いでは勝てないと分かっているからこそ、《殺生石》による弱体化を狙っている。


 少しでも早く、真正面からの撃ち合いでも勝てるレベルにまで能力を下げるために、《殺生石》を維持できるギリギリで攻めている最中なのだ。


 そこへ、神槍を持っていても戦力外――その能力を解放すらできないレオン少年が飛び込んで、彼や雪風が《殺生石》の毒に侵されたり、そうならないように効果を弱めたりするのは本末転倒である。


 だからといって、彼らを見殺しにするという選択肢も選べない。



 ダミアンが、魔王レオンの追撃を、自身の前腕で軽く弾く。

 ダミアンにとっては「軽く」でも、パラメータに大きすぎる差がある魔王レオンは、大きく体勢を崩してしまった。


 続けて彼は、反対側から突撃してくるレオン少年に意識を向ける。

 狙うは神槍の奪取。

 残った少年はどうでもいいが、グリフォンには何らかの対処をした方がいい。

 可能ならば、魔王レオンを捕まえて、グリフォンの攻撃に対する盾にする――が、不可能であれば根性で耐えるしかない。


 しかし、リリーに一喝されたレオン少年と、彼を乗せた雪風が、ダミアンと交錯する寸前に、ダミアンも驚くほど鋭く方向転換した。

 そして、神槍を掴まんとした彼の手が空を切る。

 その僅かなズレで、魔王レオンも掴み損ねてしまい、逆に大きな隙を晒してしまうことになったが、なぜか魔王レオンの方も追撃せずに飛び退いていた。



「ちっ」


(((舌打ち!?)))


 舌打ちをしたのはリリーである。


 リリーは、現状では魔王のレオンも戦力には数えていない。


 戦力外ということではないが、ダミアンの充分な弱体化が済むまで、時間稼ぎや囮になっていてほしかったというのが彼女の本心である。

 攻めるなとはいわないが、まだ反撃を受けるようなリスクを冒す意味が薄い。


 リリーは、今もユノが見守ってくれている――むしろ、ギリギリのところで護られていることを知っている。

 恐らく、最悪の事態になりそうなら、ユノに止められるだろう。


 《殺生石》の制御に全力を費やしているため、いつものようにユノの存在をはっきりと感じることはできないが、間違いなく近くにいるのだ。


 そもそも、ここまで魔力切れを起こさずに《殺生石》を維持できていることも、間違いなくユノのおかげである。


 これでこっそり見守っているつもりなのかと思うと(ユノさんらしいな)と微笑ましく思うが、W(ダブル)レオンの無能振りを見ると、口には出さなかったが、舌打ちだけは止められなかった。



 特に、追撃チャンスでビビって退いた、魔王レオンに対しての失望は大きかった。

 さきの不意打ちが効果的だっただけに余計に。


 ダミアンの目を刺したところまではよかった。

 しかし、その後のチャンスでもないのに攻めようとして、本当のチャンスで退くのは、それを帳消しにする――むしろ、リリーの集中力を乱すくらいの駄目っぷりである。



「攻めるならちゃんと攻めて!」


 リリーは、若干の苛立ちを露にしながら注文を出した。


(((どっちだよ!?)))


 しかし、彼女以外の全員がそう思った。


 リリーにとっては当然のことで、また、名指しすることで、ユノの前で恥をかかせないようにとの配慮であった。


 しかし、Wレオンには、それがどちらに対してのものなのか判断できなかった。


 当然、それはふたり共に該当することだが、リリーもユノに似て言葉が足りなかったりチョイスが悪いこともあって、その意図が伝わりにくい。


 Wレオンにしてみれば、自分の方が役に立つ、自分が手柄を挙げるのだと信じて疑っていないし、リリーやそのスキルを恐れているのも一緒なので、無理もないことである。


 そして、それは言葉までもが理解不能――と、またもやダミアンを悩ませることになった。



 リリーの舌打ちにビビったのは、Wレオンだけではなかった。


「ふっ、私がこの程度でやられると思ったか!」


 ダミアンの足元から、若干上ずった声が上がった。


 つい先ほど、ダミアンによって両断されて死亡したはずのエミールだった。


 全裸ながらも、地味に良い仕事を続けている――むしろ、MVPといっても過言ではないトシヤの魔法によって復活したエミールは、この世界にギネスがあれば、間違いなく一日の死亡回数で認定される。

 当然、エミールにしてみれば、喜べるようなことではない。


 そして、リリーの《殺生石》の巻き添えによる倦怠(けんたい)感や、魔王レオンによる扱いの酷さなどもあって、しばらくの間、死んだ振りをしているつもりだった。


 しかし、それを見透かしたかのようなリリーの態度に、どちらにしても殺されかねないと判断して、とりあえず声だけでも上げてみたのだ。



 トシヤの《蘇生》魔法の厄介な点は、《蘇生》成功率が非常に高いことと、小さな肉片からでも全体を再生するため、木端微塵にされればされるほど新鮮な死体を量産して、どれが生き返るか分からないことにある。


 一般的な《蘇生》であれば、散らばった肉片や灰などをできる限り集めて、再生魔法の《復元》と回復魔法の《蘇生》を同時に掛ける。

 元より、魂を扱う《蘇生》の成功率が低いところに、《復元》でどこまで元どおりにできるかという要素も加わると、術の行使よりも、破片集めなどの下準備の方に時間がかかる。


 そして、《復元》にしても、普通は割れたり千切れたものを繋げるだけとか、潰れたものを元に戻すくらいが精々で、不足分を術者の魔力で補うなど、神の御業といっても過言ではないものである。


 トシヤがやっているのは、膨大な魔力にものをいわせた奇跡の大安売りなのだ。


 そうして、戦場には(おびただ)しい生ゴミ――エミールとトシヤの綺麗なデコイが積み上がっていて、死んだ振りをされれば、どれが生体なのかの判別が難しいことも、ダミアンを混乱させていた。



 当然、トシヤにも普通の《蘇生》魔法は使えるし、その方が消費魔力も抑えられる。

 しかし、彼の反応速度では、高速で推移する戦況や、飛び散った肉片を視認するのは難しいため、足りない能力を得意分野――とにかく最上位の魔法チートで補っていたのだ。


 なお、それに要する膨大な魔力は、エリクサーRを直腸摂取するという方法で補っているので、今しばらくは問題は無い。

 むしろ、度重なる直腸摂取で吸収率も上昇していて、それをアンテナ代わりに魔素の吸収率も上がっているくらいだ。

 彼にしてみれば、有尾種族に進化したくらいの感覚である。


 当然、湯の川には尻尾のある種族も多く存在しているが、彼のそれを尻尾やそれに類するものと認める者はいない。

 そして、ユノにしても、子供たちの情操教育に悪影響を与えるという点で大問題である。

 ゆえに、ここにもモザイク処理が施されていた。



 しかし、ダミアンは「構うだけ無駄だ」と、せっかく勇気を振り絞ったエミールを無視することに決めた。


「ヘイ、ダミアン! 不死身の私を恐れているのかい? ははっ、それでも大魔王なのかい?」


 エミールが不死身なのは、彼の能力ではなくトシヤの魔法である。

 それはダミアンにも理解できていたのだが、分をわきまえないエミールの態度に、無視すると決めたはずだったが苛立ちを覚えた――が、どうにか堪えてトシヤの方に向き直った。



 今となってはもう打てる手は少ないが、遠く離れた地に投棄するなど、トシヤが戦線復帰できないような状況に持ち込めれば、まだ望みはあった。


 そのためには、リリーやWレオンに背を向けることになり、大きな代償を支払うことになるだろうが、既に無傷で切り抜けられるような状況ではない。

 チャンスは一度きり。


 警戒されてトシヤにまで死んだ振りでもされると、この作戦も破綻する。



 ダミアンは、Wレオンが躊躇(ちゅうちょ)している今がチャンスだと思った。

 トシヤにも考える暇も与えない――チャンスはこの瞬間しかない、とダミアンはトシヤへと向かって一直線に突進した。


(よし、今度こそ――)


 全く反応できていないトシヤの様子に、ダミアンが今度こそ上手くいく――そう思った矢先のこと。



 密かにトシヤの死体の山に潜んでいた悪魔族の青年、【ディアブロ】と【レヴェントン】、彼らと同族で、紅一点の【イオタ】の3名が飛び出した。

 そして、彼らの存在に気づいていなかったダミアンに、魔界ではポピュラーな魔法――「魔装」とよばれる魔力で形成した外骨格を纏って、強烈な攻撃を加えた。



 彼らは、魔界で貧困や争乱で苦しんでいる同胞を救うため、そのヒントを得るために人間界に進出してきた、悪魔族の精鋭である。

 その中でも、穏健派という、人族との共生や住み分けを是とする派閥に属しているが、活動が上手くいっているとはいい難い状況だった。

 そうして、安住の地を探し求めて彷徨っていたところを、湯の川外縁部を哨戒(しょうかい)中の自警団と遭遇した。


 当然、湯の川の豊かさは、彼らの興味を惹くものだった。

 そこで、彼らは、魔界の人たちを救いたいという名目で、湯の川の豊かさの秘密を知りたい――と、命懸けでユノに直談判して、すんなり許可を貰っていた。

 そうして湯の川に住み着いたのだが、ユノにも、魔界でのアイリスの生活を円満にするためのアドバイザーになってもらおうという目的があったため、釣り合いはともかくWIN-WINの関係であった。



 彼らは、穏健派という少数派でありながら、魔界での人間界進出選抜に勝ち抜いた強者たちである。

 その能力は一端の魔王級で、不意打ちでもあったとはいえ、大魔王ダミアンにとっても無視できない痛手を与えるに至った。



「魔界でのあんたの活躍――いや、伝説はよく耳にした。そんな伝説と矛を交えることができるとは光栄だ」


 不意打ちをしておいて、「矛を交える」という表現はいかがなものかと多くの者が思ったが、ディアブロたちは穏健派とはいえ悪魔族である。


 手段より結果を優先する。

 勝つためなら、変態の死体の中に埋もれて機を窺うくらいは我慢できる。


 そうして、穏健派的「勝てばよかろう」精神を遺憾なく発揮していた。



「魔界にあった頃の貴殿は高潔な人物だったと聞く。状況が状況であれば、ゆっくり言葉を交わしたかったものだが」


「今の貴方は、ただ暴れるだけの獣と同じ。何の輝きも感じないわ。もっとも、いかに素晴らしい伝説も、本物の神話の前には色褪せてしまうのだけれど」


 レヴェントンとイオタもそれぞれに好き勝手に喋っていたが、対するダミアンはそれどころではない。



 彼らの奇襲によるダメージも無視できなかったが、それ以上に、その隙を突かれて、《殺生石》で大幅に下げられたパラメータが問題だった。


(ヤベえ、身体に力が入らねえ……!? もう俺のアドバンテージが何もねえ……クソッ、クソッ! こんなところで――)


 数値上では既に互角。

 圧倒的な差があった時でも有利に進められなかったことを考えると、勝算などと無いに等しい。


 最早、一か八かであっても、賭けに出る必要があった。

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