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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第一章 邪神さん、異世界に立つ
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26 帰ろう

誤字脱字等修正。

「ユーリ様と私は結婚する、ということで」

 呆けている俺に対して、アイリスさんは同じ台詞を繰り返す。


 俺の耳はとても良いので、聞こえてはいる。

 意味が分からないだけで。


 もしかして、頭が悪いのか?



「いやいやいや。いやいやいやいやいやいやいやいや。何がどうなればそうなるんですか!?」

 とにかく、よく分からないので否定しなければ。


「そんなにいやいや言われてしまいますと、とてもショックです。……そんなに私がお嫌いですか?」


「いやいやいやいや、そんなことは決してありません――というか、突然そんなことを言われてもわけが分かりません」


 告白されたことは初めてではない。

 主に男性からだけれど。


 女性からされたこともあったけれど、なぜか後から泣きながら撤回されることが多かった。

 罰ゲームか何かだったのだろうか。


 しかし、いきなり結婚を申込まれた――いや、決定事項として告げられたことは初めてだ。


 アイリスさん個人には確かに好感を覚えるけれど、それが恋愛感情なのかは経験が無いので分からない。



「嫌われてはいないようで安心しました」


 どれだけ考えても、俺の「家に帰りたい」から、アイリスさんの「結婚」には繋がらない。



「そうですね。ユーリ様が知りたいのは、召喚術に関する情報だと思いますが、それは王国の――王国以外でも機密事項ですので、いかに勇者様や竜を退けた英雄であっても、普通はお教えするわけにはまいりません」


 アイリスさんの推測は正解だし、理屈も分かる。


「ですが、私と結婚して王族の一員となってしまえば、開示の許可も下りるかもしれません」


「いやいやいや。アイリス様は今は神託の巫女様なのでは? 結婚などできないのでは?」


 クリスさんも神のモノに手を出すなと言っていたし、神の実在する世界で巫女さんや尼さんに手を出すのはまずいのではないだろうか?

 それ以前に、王女に手を出してもアウトでは?


「そこは還俗でもすることにでもしましょうか。後任の巫女たちも皆優秀ですし、問題は無いと思いますよ」


「いやいや、仮に還俗したとしても、私のような身分の不確かな者と王族が結婚するなど、あり得ないでしょう?」


「『竜を倒す』。これが私と結婚するために必要な、ロメリア王が出した条件です。現に多くの冒険者や平民も竜の討伐に出向いたと聞いております」


 一部の有力者に向けて言ったのかと思えば、まさかの国全体だと!?

 王様、正気か?


 公平といえば聞こえは良いけれど、内容は難度マシマシの竹取物語。

 俺が帰りたいのは地球であって、月ではないのに。


 とにかく、普通に考えれば諦めさせるための方便だと思うのだけれど、この世界の価値観では、命懸けでも挑む価値があるのか?



「確かに、戦士に魔法使いにただ人といろいろと来おったが……、どいつもこいつも徒党を組んでおったぞ? どう分配するつもりじゃったのかの? それに、最近の人間は女同士でも結婚するようになったのか?」


「俺、男」

 思いがけないミーティアの発言に、なぜか片言になってしまった。


「そうじゃったのか!? ならば何も問題無いではないか。儂に勝ったのじゃ。大人しく貰っておけばよかろう?」


「いや――アイリス様も、こんな女みたいなのが相手でいいんですか?」


「私、男性が少し苦手ですので、ちょうどいいです!」

 自爆覚悟で突っ込むも見事に玉砕。

 むしろ、アイリスさんの狭いストライクゾーンのど真ん中だったらしい。


「それと、私の国では18歳未満の女性に手を出すのは厳禁なのです」


「私たちの国ではそんな決まりはありません。基本的に15歳で成人と認められますし、王侯貴族ですと、私よりも若くして嫁ぐ方の方が多いのですから」

 頼みの綱の年齢制限も通じない。


 いくら俺の外見が若返っていても、妹たちと同じくらいの年齢の女性に手を出すのは――いや、それも言い訳か。


 こんな優柔不断な態度は俺の本意ではない。

 アイリスさんが嫌いというわけではないし、だからといって「オーケー」と軽い返事をするものでもない。


 目的のために割り切るというのもひとつの考え方だけれど、覚悟していたリスクとは違いすぎて、どう判断していいのかさっぱり分からない。



「では、とりあえず婚約ということにしておきましょうか。ユーリ様の目的のためにも」


 それならまだ――と思う時点で思う壺なのかもしれない。

 返報性の原理だったか、そういうのを応用した話術があったような。


 しかし、今は少しでも考える時間が欲しい。


「そんなに難しく考えないでください。ユーリ様を困らせるつもりはありませんから」

 迷惑とまではいわないけれど、もう充分に困っています。

 というか、アイリスさんの本当の目的は何なのだろう?



『ボクは、ユーリの行動の自由を確保できるならいいと思うよ』


「それは当然です。ユーリ様を国家や権力の駒にされるのは、私としても不本意です」


 朔がそう判断するなら、ある程度の合理性はあるのだろうか?

 そうだとすると、俺の根拠の無い感情論で反対するのもおかしいか。



「では、ひとまずはそういうことで……」

 家に帰りたいと告白したら、婚約者ができました。

 家に帰るはずが、家庭に入りそうです。


 どうしてこうなった――何だか手玉に取られている気がしないでもない。


「はい、よろしくお願いしますね」


 渋々ながらも肯定すると、花が咲いたような笑顔を向けられた。

 この状況下でこの笑顔、本当に本気なのか?


◇◇◇


 村に戻ると、アイリスさんの口から正式に調査の終了が告げられて、明朝の撤収に向けて準備が始まった。


 結局、アイリスさんは本当の目的を果たせたのだろうか?



 今後は俺との婚約のことは当分の間は秘密にして、ひとまずは彼女を町まで護衛を継続するという名目で行動を共にする。

 婚約という部分を除けば、俺の望んでいた形でもある。


 とにかく、村を発つ前にやるべきことを済ませよう。




 最初に狐人族の村長さんの家を訪れて、俺がリリーを引き取ると一方的に告げた。


 これは問題無く認められた。


 対価くらいは要求されるかと思ったのだけれど、むしろ彼らにとっても都合が良かったのだろう。

 いや、俺が村を救ったことに対する対価のつもりだったのかも?


 まあ、どっちでもいいや――いや、対価に少女を要求するようなロリコンだと思われては堪らないので、急いで否定しに戻った。



 村長さんは、一仕事終えたと思って油断していたようで、俺の再訪に驚いてギックリ腰になってしまった。

 申し訳ない。



 亜人さんたちの今後も聞いてみると、狐人族はこのまま村に残り、兎さんと犬さんはできれば俺についてきたいらしいけれど、もちろんそんなことは不可能なのでお断りさせていただいた。


 彼らもそれは充分に理解していたようで、断腸の思いで帝国領の東にある魔族領の方に移るつもりらしい。


 彼らが生まれ故郷でもあるこの森に残らないのは、この森での彼らの村は既に失われているからだ。

 今更戻って再建するより、帝国の魔の手から逃れるついでに、新天地で一から始めた方が早く新生活を確立できるだろうという考えらしい。


 それに、故郷に戻ると、アンデッドになった仲間の処理もしないといけないらしいし。


 故郷に未練もあったと思うけれど、未来を見ている姿勢には好感を覚える。

 大したことはできないけれど、心の中で応援くらいはしてあげよう。


 しかし、彼らは体調には問題は無さそうだけれど、女子供が多いために、長旅はかなりの困難が予想される。

 さらに、魔族領に行くには帝国領を通過するか、秘境というか魔境というかの大渓谷を越えることになるため、大人数での移動はまず不可能だ。


 それでも気丈に振舞っている彼らは、虚勢を張っているというより、俺に迷惑を掛けないようにと振舞っているのだろう。

 それに気づいてしまうと、さすがに見て見ぬ振りはできなかった。

 アイリスさんやリリーが見ている前だったしね。



 もちろん、彼らのためではない。


 飽くまで俺の心の平穏のために、彼らを彼らの望む所まで送ることにした。

 人の足では数十日かかる距離でも、俺が彼らを収納して走れば――地理が分からないのではっきりしたことは言えないけれど、まあ数日もあれば着くだろう。


 そういう方向性で彼らと相談していると、なぜかミーティアが頻りにアピールしてくる。


「お酒なら仕事が終わってから出すから、邪魔しないで」

 邪魔なので適当にあしらっておいた。


「お主、儂の扱いが雑すぎんか? 儂を何だと思っておるのじゃ……。まあ、よい。お主に良いことを教えてやろうと思っておったのじゃがのう」


 どうやら竜とはマイペースな生物らしい。

 俺の話は完全に無視して、俺の背後から覆い被さるように密着してきて、耳元に口を寄せてくる。


「昨夜のごたごたで誰も気にしておらんようじゃがの。普通は《固有空間》には生物は入れられんのじゃぞ?」

 マジで?


 というか、それが本当なら、かなりやらかしていることに――。

 てっきり、容量が少ないから生物を入れられないのだと思っていたけれど、そもそも入らないものだったのか?


「それに、これほどの人数――砦もこの能力で攻略したのじゃろう? これほどの容量を収納できる《固有空間》というのはさすがに聞いたことがないわ」


 何だかいろいろとバレているようだ。

 というか、思いのほか口調が真剣だ。


「この能力、あまり人前で使わぬ方がよいぞ。少なくとも、生物の出し入れするところを見られぬようにせよ」

 もう手遅れではないでしょうか?


「昨夜、この力で儂を攻撃しておったのじゃろう? 儂を生け捕りにして乱暴でもするつもりじゃったのか? 全く、恐ろしい奴じゃ。儂じゃからよかったようなものの、こんな能力が皆に知られれば、お主を巡って戦が起きるやもしれん」


 大袈裟な――と思いたいところなのだけれど、この能力を悪用すれば、暗殺、誘拐、窃盗など、やりたい放題だと思っていたこともあって反論できない。


 権力者の知るところになれば、囲い込もうとするか排除しようとするかの二択なのも容易に想像がつく。


 まあ、簡単に縛られたり殺されたりするつもりはないけれど、そういう干渉を受けること自体が面倒臭いし、目的の邪魔になる。

 大失態だ。


「己の迂闊さが理解できたか? まあ、此度の件は錬金術師の道具を借りたとでも(うそぶ)いておけばよかろう。儂との戦いの印象が強すぎて、そこまで意識が回っておらんようじゃからの」


 おお、誇りがどうとかいう割には悪知恵が働くな!

 よし、それでいこう。


「それでじゃ。今後このような失態を犯さぬよう、何かあれば――何か仕出かす前に儂に相談するがよい。人の世の柵はあの小娘が何とかするじゃろうが、お主の力に最も近い、お主の力を最も理解できるのは儂じゃということを忘れるな」


 どうやら、ミーティアに助けられたようだ。

 というか、滅茶苦茶親切なのだけれど……。


 もしかすると、河原で殴り合ったら親友になれるとかそういうことなのだろうか?

 てっきり都市伝説だと思っていた。

 確かに、本気でぶつかり合える相手がいるというのは憧れだったのだけれど……。


「ありがとう。今度から気をつけるようにするよ」


 邪魔だなんて思って悪かった。

 今晩は頑張って美味しいお酒を出すよ。


「よい。じゃが、もう少ししっかりせんと、あの王女に良いように踊らされる――いや、それもまた一興か」

 怖いことを言わないでほしいなあ……。


◇◇◇


 亜人さんたちの移住の件は、話の流れでミーティアが手伝ってくれることになった。


 もちろん、亜人さんたちをミーティアに乗せてということではなく、俺がこっそり収納してミーティアに乗るという形になる。


 これに際して、クリスさんにも口裏を合わせてもらえるよう手を打っておいたので、不都合な詳細は呪いと企業秘密で押し通せる。

 通らなければ物理も追加しようか。



 ミーティアに乗ってから二時間ほど。

 これ以上飛ぶと、他の古竜の縄張りに入るといった辺りで地上に降りる。


 地図とは違って地表には国境線などは見えないけれど、どこの勢力にも属していない地域で、周りに狩場の競合しそうな村や町は見当たらない。

 そういう所は得てして生活するには不向きな可能性があるのだけれど、当事者に実際確認してもらうしかないだろう。



 森の中の少し開けた場所に亜人さんたちを取り出して、この場所で生活できるかの確認を取る。

 もちろん、俺に気を遣わないようにとしっかり念を押した。


「分かりました!」

 とても良い返事だったけれど、平伏していたので説得力はなかった。


 むしろ、決死の覚悟が伝わってきた気がする。

 とにかく、どんな形であれ、彼らの意思決定があったと思うことにした。



 最初だけほんの少し手助けして、後は当事者に頑張ってもらおう。


 ということで、サクッと朔と同化して、半径五百メートルくらいの範囲を綺麗な更地に変える。

 同時に、取り込んでいた砦の資材を使って、簡単な外壁と宿舎を設置する。


 朔にも手伝ってもらったので、更地にするのも設置も一瞬で済んだ。

 残った資材が山積みになっているけれど、全部使わなければいけないということでもないので気にしないことにする。


 とにかく、まるで《転移》でもしたのかと思うほどの早変わりだった。



 ただ、ほとんどの物は地面の上に置いただけのものなので、ミーティアのような大型の魔物は防げないと思う。

 それでも、狐人族の村の外壁よりは多少マシだと思うし、設備や備品に限っては確実に充実している。


 ――あ、トイレの設置を忘れた。

 まあ、それくらいは自分たちでさせるか……。


 それから、砦から奪ってきた食料と武器防具、馬や馬車に金銭までも賠償金代わりに渡して、おまけに俺のご飯とお酒も進呈しておいたので、当面の間は生きていけると思う。



「やりすぎじゃ」


 涙まで流して平伏する亜人さんたちを見て、ミーティアに駄目出しされた。


 駄目だと言われても、これ以上はもちろん、以下のこともできないのだから仕方がない。


 とにかく、俺にできることは全てやった。

 後は彼らの頑張り次第だ。


◇◇◇


 村に戻ると、真っ直ぐにリリーの元に向かった。


 リリーは、俺たちが亜人さんたちを運んでいる間に荷造りを済ませてしまったらしく、自宅の前で所在なさげにしていた。


 そのせいか、かなりの距離から目敏く俺の姿を見つけると、結構な勢いで駆け寄ってきた。


 その勢いのまま突っ込んできたので、「ただいま」を言いながら、怪我をしないように優しく受け止める。


 まるで子犬のような愛らしさだけれど、それも他に頼れる人がいないことの反動でもあると思うと笑えない。


 ただ、飛びついてきた勢いとは裏腹に、その後は何かを要求するようなこともなく、控えめについて回るだけ。

 恐らく、勢いのよく飛びついてきた活発な彼女が、本来の姿なのだろう。


 妹たちは甘やかしすぎて少し我儘になってしまったけれど、この子は素直に甘えさせることから始めなくてはいけないようだ。


◇◇◇


 アイリスさんの信頼を勝ち取るという所定の目的は果たせたと思う。


 しかし、少々予想もしていない方向へ向かっていることも確かだ。


 竜と友達になって、孤児を引き取り、面倒な身分の婚約者ができた。


 前のふたつは深刻に考えることでもないけれど――いや、友人は大事だし、子育てには責任を負わなければならないけれど、最後の問題だけはいろいろと段階を飛ばしすぎていて、いまだにどう受け止めればいいのか分からない。


 俺だけの問題なら後回しにするのだけれど、相手がいることなのでそうもいかない。



『アイリスのことも、家族のことも考えすぎちゃ駄目』

 朔が言うことも理解できる。

 とはいえ、全く考えないというのは無理だし、そもそも、俺が考えなしに動くと酷いことになるのだけれど、朔なりに俺の心配をしてくれていることは伝わった。


 邪神(仮)なのにいい奴だ――というか、俺は心配をする側ではなく、心配される側なのだと言われた気がした。


 もっとも、家に帰るだけでこんな大冒険をしているようでは、否定のしようがない。


 とにかく、焦っても仕方ないし、ミーティアとの戦い以降、根拠は無いものの何とかなる気がしてならない。


 少なくとも、周りに心配を掛けるのは本意ではない。

 家に帰るのは中長期的な目標くらいに思って、まずは無事を伝えられるように頑張ろうか。



 お兄ちゃんは今、異世界に来ていますが、いつも以上に元気です。

 しっかりしているふたりには、お兄ちゃんがいなくても、インターネットとか通信販売があれば大丈夫だと思います。

 できれば、しっかりと学校に通ってくれることを願います。

 ふたりが高校を卒業するまでには必ず帰ります。



 届くことのないメールを、ミーティアとの戦い以上に苦戦しながらもどうにか打って、これを新たな誓いとして、ひとつの区切りとする。

 とにかく、やれるだけのことはやったのだ。


 ひとまずは、クリスさんたちの待つ館に胸を張って帰ろう。

 お読みいただきありがとうございます。

 ここで一章という名のチュートリアルが終わりました。

 ここまでタイトルにあるような迷走はほぼなく、どちらかというと状況に流されているだけですが、迷走に至るための布石は無自覚に撒かれています。

 まだしばらくはスローな展開が続きますが、変わらずお付き合いいただければ嬉しく思います。

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