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30 湯の川対大魔王 2

 一方その頃、ユノの居城である大吟城でも動きがあった。


「我が背に乗るがよい。ローゼンベルグまで行くのなら、我が翼で送り届けてやろう」


 竜型に戻った黒竜が、ローゼンベルグへ瞬間移動で行こうかと考えていたユノに、大きなお世話を焼いていた。



「ユノ、ちょっといいか?」


「おはようございます、ユノ様!」


「クエー」


 そんなところに、《転移》で現れたのがレオンとレオン、そしてユノのペットの雪風である。


 ひとりは元は日本人で、とある国に召喚された勇者だったが、裏切られた挙句に魔王に堕ちたレオン。

 もうひとりは、ロメリア王国辺境伯アルフォンス・B・グレイの息子のレオン。




 援軍を連れてくるように頼まれたレオンが真っ先に思い浮かべたのは、父であるアルフォンスだった。

 湯の川にはアルフォンスより強い者などいくらでもいるが、それでも彼にとっての父は、どんなときでも頼りになる英雄であり、そして甘えやすい存在だった。


 特に、後者は非常に重要である。

 湯の川には強者が掃いて捨てるほどいるが、その多くは、10歳の子供が話しかけるにはハードルが高い。

 無論、「ユノ様のお役に立てる」などと(そそのか)せば誰でも動かせるだろうが、暴走しないように手綱を握るのは更にハードルが高い。


 その点、アルフォンスなら湯の川でも大きな影響力があるし、親子という関係から頼み事もしやすい。

 しかし、アルフォンスは、西方諸国連合やキュラス神聖国の侵攻に対処するため、領地や王都を行き来しているはずである。

 湯の川も大変なことになっているが、頼れる状況にない。



 レオンが次点で思い浮かべたのが、最近その父と仲良くしていて、レオンも一度挨拶をする機会があった、奇しくも自身と同名の魔王レオンである。


 そのレオンも、友であるアルフォンスのためか、若しくは自身の手柄のためか、戦争に行くつもりだった。

 しかし、大吟城内大浴場の改修工事責任者としての立場がそれを許さなかった。


 レオンとしては歯痒い思いだったものの、それは彼の想像以上に重要度の高い役職で、貢献ポイントが大量に獲得できることから、白竜と別行動になることも含めて諦めた。



 レオン少年から救援要請を受けた魔王レオンは、正直なところ、ダミアンと戦うのは遠慮したいところだった。


 一対一は当然として、レオンが10人いても、戦って勝てるかは怪しい相手だ。

 ユニークスキルで一発狙える可能性はあるが、地力が違いすぎて、一矢報いるのが精々だろう。

 それで殺されては割に合わない。


 スキルの後隙を消してくれる、シロのような味方がいればいいのだが、多数の弱者はダミアンにとって格好の獲物である。


 そもそも、戦いにおいて彼が望むのは「俺TUEEEEE」して、「さすがレオン」とちやほやされることであり、強敵と命懸けで戦いたいわけではないのだ。



 しかし、「ユノ様を曇らせないため」と言われては、断るわけにもいかない。


 それに、今の彼の重要度であれば、ユノの注目度も高いはずである。

 ついでに、リスクが高い分、貢献ポイントも稼げるはず。

 そう考えると、俄然(がぜん)やる気が出てきた。

 そうして彼は参戦を決めた。



 レオン少年が思いついたのは、もうひとり――というか、一頭。

 ユノのペットである、「雪風」という名のグリフォンの雛だった。


 雪風はまだ雛とはいえ、その戦闘力の高さは、レオンも遊び相手として何度か経験していたので、よく知っていた。

 また、言葉は通じないながらも、ユノの騎士を目指す同志として、どこか通じるところがあった。


 それを証明するかのように、彼らは目と目を合わせただけで頷き合い、困惑していたアンネリースを置き去りにして、ユノの前に参じたのだ。


 魔王レオンは、その様子を見て(映画のワンシーンのようだ)と感じたが、彼の感想には大した意味は無い。


 とはいえ、雪風は前述のとおりユノのペットである。

 たとえ一個の存在として、その意思が尊重されるとしても、筋を通すためにはユノの承諾が必要になる。



 そんな経緯で、彼らはユノの前に集まっていた。

 黒竜の姿などまるで目に入っていない――竜型の黒竜は、彼らの視界の大半を占めていたが、特に意識することもない路傍(ろぼう)の石ころのようなものである。



 ただし、不浄の大魔王ダミアンは違う。


 あれは路傍に転がっている犬のウ〇コ同然である。

 美観的にも衛生的にも、湯の川に相応しくない汚物である。

 ユノを曇らせないためにも、可及的速やかに処分しなければならない。


 とはいえ、そのウ〇コは手強い。

 勝負の行方は分からない――むしろ、敗色の方が濃い強敵であることは間違いないが、彼らには勝負や生死よりも、ユノを曇らせないことこそが重要だった。


 当初は乗り気ではなかった魔王レオンも、ユノの顔を見ると一層のやる気と下心が湧いてきた。



 想いの中身はともかく、そんな決意に満ちた目をされては、ユノにそれを咎めることなどできない。

 当然、彼らがいかに隠していたとしても、ダミアンのことは既にユノも知るところである。

 また、彼らがそこに赴こうとしていることも理解していた。


 しかし、そんなところへ子供を行かせるのは、彼女としてはあまり認めたくないもので、引率がトシヤや魔王レオンだけということにも不安が残る。



 そもそも、誰にも気づかれないように細心の注意を払って、いろいろな意味で不本意ながらも干渉しているところである。

 学園に辿り着かれたのは失態だったが、それ以降は自動販売機に指示を出してダミアンの行動範囲を制限したりして、リリーたちの意思を踏み躙らない程度にこっそり支援している。


 なので、今更な感はあったのだが、それでも子供を戦地に送る――それを容認するのは陰鬱(いんうつ)な気分になる。


 いずれ訪れるであろう困難に立ち向かうために、必要な訓練である――などであれば、まだ納得はできたのだろう。

 しかし、それに大魔王は少々どころではなくやりすぎである。

 子供たちの将来に、どんな試練が待っているのかという話である。



 ユノは刹那(せつな)にも満たない時間、それでも無限に等しい並列思考で、子供たちに危ないことをさせたくない気持ちと、やる気になっている人を気持ちよく送り出してあげたい気持ちとの狭間で葛藤(かっとう)していた。

 しかし、いつまで考えても答えが出る気配がないので、ひとつの区切りをつけることにした。



 ユノは、唐突に取り出した一本の槍を、レオン少年に手渡した。


 それは、ヤマトで遭遇した勇者の持っていた物である。

 その後、九頭竜と対峙して退治した際に、落ちていたのを発見して回収していたのだ。


 ユノには、この神槍の力がどれほどのものなのかは分からない。

 それでも、当時のアルフォンスたちが、あれだけ警戒していたところを見るに、お守り程度の力はあることは間違いない。


 なお、一般的には、神器はどれも「お守り」などという生易しい物ではない。

 そもそも、神器には明確ではないものの意思があり、自らの所有者を選ぶ。

 そして、自らに相応しくない者が使用しようとすると、その者に破滅を(もたら)す。


 もっとも、この神槍はユノに逆らう勇気が無かったので、無条件でレオンを所有者と認めたが。



 ユノは、子供たちがダメージを負うくらいのことは、断腸の思いで許容している。

 しかし、後遺症が残ったり、ましてや死ぬようなことはないようにこっそり干渉するつもりなので、別に神槍である必要も無かった。



 しかし、渡された方にしてみれば、期待の大きさの証明である。


「こ、これを僕に!? あ、ありがとうございます! これに相応しい立派な騎士になります!」


 そして、ユノにしてみれば、こうして子供が目を輝かせて、やる気に満ち溢れている姿を見られるなら、神槍の一本や二本など安いものであった。


 もっとも、「これに相応しい」というのが、どういうレベルなのかは分かっていない。

 そして、「レオンくんは、騎士ではなく、アルの後を継いで領主を目指すべきでは?」などと思いつつも、にっこり微笑んで頭を撫でるに留めた。



 そして、雪風には激励代わりに、ハグからモフり倒す。

 それをW(ダブル)レオンが心底羨ましそうに眺めていたが、ユノはそれに気づかない。


 その結果、元より溢れんばかりだった雪風のやる気が、ユノ成分と共に更に充填され、ちょっとした刺激で暴発してしまいそうなほど(たぎ)ることになった。



 ユノは、もうひとりのレオンにも何かしてあげるべきかと考えた。


 彼は、大浴場改修において重要人物である。

 それは間違いないのだが、ある程度下地ができてしまえば、アルフォンスでも後を引き継ぐことは可能だろう。

 戦闘より銭湯を大事にしてほしかったが、そんな冗談を口にできる雰囲気ではなかった。


 それに、ユノの感覚では、個人の意思は尊重すべきものであり、年長者には敬意を払うものである。

 そうすると、前者は当然として、彼女の何倍も生きているレオンの判断に、感想を述べるだとか手を出すなど、烏滸がましいにもほどがある。

 結局、自己責任で頑張れということになる。


 しかし、その結論に反して、身体は流れ作業的に若干動いた後である。

 それを修正するために、若干不自然な挙動になってしまっていたのだが、それが彼に(子供のいる前では躊躇(ちゅうちょ)するような何かをするつもりだったのか!?)と勘違いさせる結果になってしまったことは不可抗力である。


◇◇◇


 戦場では、飛び去っていく黒竜の姿に、全員の意識が向けられた。


 ダミアンとて、そんな虫のいい展開を、本当に期待していたわけではない。


 しかし、タイミングよく――本当は遅かったが、彼に向かって飛んでくるパイパーを目にして、その評価を見直す気になっていたことは事実である。


 そして、そのまま飛び去られたのを目にして、上げてから落とされた反動で、黒竜の評価は地に落ちた。


「何でだよ!?」


 そして、彼は彼が大魔王であるがゆえに、ツッコミを入れざるを得なかった。

 結果、チャンスをひとつ潰してしまった。



「ぐっ!?」


 ダミアンの意識がトシヤたちから逸れた隙に、背後に《転移》してきた魔王レオンに剣戟(けんげき)を浴びせられた。


 ダメージ的にはそう大したものではない。

 しかし、油断の代償として、彼の4枚ある翅のうちの1枚を斬り落とされた。


 その結果、飛行スキルの低下という大きなペナルティを負うことになった。

 当然、戦闘能力も低下するし、部位欠損に該当するために、即時の治療にはエリクサーを使うくらいしかない。


 部位欠損を苦にしない、トシヤのような能力を持つ存在は人間でなくても珍しく、トシヤの回復魔法は、その一点においては、チートというレベルを遥かに超えているのである。



「らしくないな! 隙だらけだぜ!」


 ダミアンに手傷を負わせたのは、魔王レオンの能力というより、彼の手にある魔剣【コキュートス】の力によるところが大きい。


 コキュートスは、白竜の牙より削り出され、ふたりの愛で研いだ――何をいっているのか分からないそれは、ふたりの愛以外の全てを切り裂く――本当に何をいっているのか分からないが、事実として恐ろしいほどの切れ味を誇る曲刀である。


 その能力のおかげで、使い手がレオン程度であっても、大魔王ダミアンにダメージを与えることができるのだ。



「クソ雑魚が――調子に乗るんじゃねぇ! っ!?」


 怒りに任せてレオンを薙ぎ払おうとしたダミアンだが、一拍遅れでやってきた何かに危機感を覚え、慌ててその場を飛び退った。



 ほんの一瞬前までダミアンがいた場所に、神気混じりの雷撃が炸裂した。


 直撃を食らえば、いかに魔法抵抗力の高いダミアンでも、無傷ではいられなかっただろう。

 むしろ、ダメージ以上に、電撃のショックで動きを止められることが問題である。


 ダミアンがほぼ全ての状態異常を無効化できる耐性を持っていて、「感電」も一種の状態異常とはいえ、システム的に「感電状態にならない」ことと、「電気が流れない」ことは違う。

 電気が流れている一瞬は、多少なりとも行動や思考を制限されるのだ。


 そして、その威力については、逃げ遅れて巻き添えを食った魔王レオン――コキュートスが雷撃を防いでくれたおかげで直撃は免れたが、その余波だけで激しい火傷を負っていた彼を見れば明らかである。

 もっとも、火傷やダメージについては、トシヤの魔法で即座に回復されていたものの、焦げてチリチリになっていた頭髪までは治らない



 ダミアンがそれを回避できたのは、ただの幸運である。

 いくら光よりは遅いとはいえ、秒速二百キロメートルほどの速度で飛んでくる雷撃を、視認してから回避するなど、システムのサポートがあっても普通は不可能である。

 それでも実際に当たり外れが出るのは、術者の認識速度などの能力によるものでしかない。



 その雷撃を放った者は空中にいた。


 グリフォンの雛に跨った少年だ。

 ダミアンは、その少年に見覚えがあった。

 しかし、その手には見覚えのない――見過ごすことのできない槍が握られていた。


「外した!?」


「神槍だと!? 一体何なんだ、この町はよぉ!?」


 想定外の出来事ばかりで動揺するダミアンは、悪態を吐きながらも、冷静に優先順位を再設定する。



 ダミアンにとって、最も警戒すべきなのが神槍の使い手である。


 ダミアンは、ここにきてようやくこの町が子供たちの教育に力を入れている理由を理解した。

 あの学園は、神器の真の力を解放するための贄を育てているのだと。

 無論、誤解である。


 しかし、たとえ使用者が子供であっても、神槍の真の力を解放されれば、ダミアンにそれを防ぐ、若しくは耐えることができるかどうかは未知数である。

 最悪の場合は、使われた時点で勝敗が決することもあり得る。

 神器はその威力もさるものながら、「分からん殺し」であることが多いのだ。


 さらに、異常な蘇生能力を持った勇者トシヤがいる。

 神器の能力解放の代償で少年が命を落としても、蘇生が可能なのだとすれば、これほど恐ろしい特攻兵器はない。


 むしろ、勇者というより魔王――いや、悪鬼羅刹(あっきらせつ)の所業である。

 魔王に堕ちていないことが不思議なほどに。


 つまり、ダミアンがレオン少年を殺しても、トシヤがいる限り《蘇生》が可能である。


 もしかすると、ダミアンがレオン少年を殺して安堵した隙に、《蘇生》された少年がダミアンを討つ――という非人道的な作戦なのかと、ダミアンはそう受け取った。

 それどころか、少年が切り札であるべき神槍を、秘匿するどころかこれ見よがしに持っているのは、他の誰か――能力的には、十尾の少女も神器を隠し持っている可能性を示唆(しさ)している。


(チッ! こいつら、虫も殺さねえような顔をしてやがるくせに、何てヤベえことを考えてやがる……! だが、俺を舐めるなよ――殺しても駄目なら、神器と分断――奪っちまえばいい。神器はてめえの所有者を選ぶというが、狂信者のガキに使えて俺に使えねえってことはねえだろうし、最悪は使えなくさせるだけでも充分だ)



 ダミアンはそんなことを考え、第一目標をレオン少年に、第二目標をトシヤに設定して、殺すためではなく、無力化するための攻撃体勢を整える。


 具体的には、レオン少年から神槍を奪い、速やかにトシヤを攫う。

 その際に、可能であればトシヤを苗床にする。


 その間、リリーにも警戒が必要だし、余裕があれば群衆も苗床にしておきたいが、まずは目先のことを確実にこなすことだけを考えることにした。



 いつものダミアンなら、問題無く達成可能な条件である。

 しかし、今日に限っては、彼に不利な、そして理解不能な条件が揃っていて、全てが裏目に出ていた。


 情報収集すら満足にできなかった為体(ていたらく)では、中長期的な目標設定は無謀としかいえない。

 欲張った挙句に目先のことをしくじれば、今度こそここで終わるかもしれない――ダミアンは、そのくらいの危機感を持って、事態に当たる覚悟を決めていた。

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