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28 開戦

 リリーたちが何をするにしても、まずはダミアンの所在を突き止めなければ始まらない。


 しかし、リリーの桁違いの感知能力も、遠く離れた小さな害虫を探し出せるほど万能ではない。


 そして、この人数では、町中を隈なく探し回ることなどできるはずもない。

 ほかに協力者を募っても、相手が大魔王では被害者を増やすだけになりかねず、下手に手分けすることもできない。



 そこで彼らが採った作戦は、ダミアンの眷属を1匹《蘇生》して、それを尾行すれば、本体の許に帰るのではないか――というものだった。


 不確定要素の多い作戦ではあるが、今の彼らに代替案など無いし、(ひざ)を突き合わせて考えるような時間も無かった。




 比較的状態の良い眷属の死骸に、トシヤが《蘇生》魔法を掛ける。


 残念ながら――というべきか、羽化にまで至っていた個体は、エリゴスのオーバーキルによってことごとくが滅ぼされていて、影も形も存在しなかった。

 そこで、比較的状態の良い幼虫を《蘇生》させることになった。


 当然、幼虫――(ウジ)がダミアンの許に這って戻るのを、のんびり見守ることが計画だったわけではない。


 羽化させるには、誰かの肉と魔力を与える必要があった。


 しかし、その生贄に、まだ幼いリリーやレオンを選んだとなれば、ユノの不興を買うことは必至である。


 そうなると、残るはエミールかトシヤの2択になる。


 しかし、容姿以外に取り柄の無いエミールは、先ほどまで味わっていた苦痛を思い出して、ガタガタ震えながら情けない顔でトシヤの方を見詰めているだけで、役に立ちそうな雰囲気はなかった。


 対するトシヤも、腐ってもいない部分を、蛆に食われるなど嫌で嫌で仕方がなかった。

 それでも――だからこそ、彼のユニークスキル《挑戦者》が、(うず)いて(うず)いて仕方がなかった。


「い、いくしかねえ!」


 トシヤは、これまでの様々な挑戦で、こういったことには「勢い」とか「思いきり」が大事だということを学んでいる。

 それで後悔することも少なくないが、それはスキルの反作用であり、学習できることではない。



 トシヤは、《蘇生》した幼虫を優しく摘まみ上げると、躊躇(ちゅうちょ)なくパンツの中に放り込んだ。

 そして、「こんなの初めてええええぇ!」と、奇声を上げた。


 食わせるだけなら腕でも足でもよかったのだが、そのグロテスクになるであろう光景を子供たちに見せるのは気が引けるという建前の下、彼は自身の欲望に素直に従っていた。


 不自然に(うごめ)く股間、悲鳴とも嬌声ともつかない叫びをあげて、のたうつトシヤ。

 彼の配慮もむなしく、とてもグロテスクな光景だった。



「よりによってそこお!? ひいぃぃぃ!」


「す、すげえ……! これが勇者か……!」


「……」


 その異様な光景に、成年男性と男児は股間を押さえて前屈みになり、幼女はゴミを見るような冷ややかな目で、ダミアンの眷属が変態から完全変態するのを待った。




 やがて、パンパンに膨れ上がったトシヤの股間から、彼の絶叫と共に拳大のハエが姿を現す。


 内臓を食い荒らされたトシヤは、普通なら即死してもおかしくない見るも無残な姿だったが、すぐに回復が始まり、恍惚な表情を浮かべていた。

 それもある意味では見るも無残なものだった。


 そして、羽化したばかりの眷属は、自身を凝視している者たちの視線に気づいて、警戒感を露わにした。


「どれだけ食われているんだ……」


「何だか股間がヒュンヒュンします……」


「とりあえず毒にしておきますね……」


 股間を押さえて震えあがっている男性たちを余所に、リリーはこの眷属が暴れ出さない程度に毒に侵しておこうと、《殺生石》を発動させようとした。



「ま、待ってくれ! こ、この子はそんなに悪い子じゃないんだ! 食われてた俺には分かるんだ! 俺が保証するから!」


 それをトシヤが必死に庇った。


「何を腹を痛めて産んだみたいな感じになっているんだ?」


「新手の状態異常ですかね?」


「汚物と害虫で相性が良いのかもしれません」


「いや、俺のことは今はどうでもいいだろ!? 見てくれよ、この子を! ほかのと違って、大人しくしてるだろ? ちゃんと話せば分かってくれる、良い子なんだって!」


 なおも必死に眷属を庇うトシヤに、皆の不信の目が向けられる。


 しかし、確かにトシヤの言うとおり、その大きめの眷属からは、敵意などは感じられなかった。


 普通であれば、トシヤが眷属に逆に支配されたとでも考えた方が妥当なのだろうが、それはそれで、トシヤがもっと普通に振舞わなければ台無しである。



 結局、トシヤのステータスの《鑑定》結果が正常――彼が神でも治せない深い業を背負っていることを確認した一行は、それ以上触れることなく、各々がやるべきことに専念することにした。



 まずはダミアン本体を見つけ、戦力が調うまで可能な限り時間を稼ぐ。


 時間稼ぎといっても、必ずしも戦う必要は無い。

 攻勢に出るのは、援軍が来てからでいいのだ。


 それでも、策を巡らせる時間も人手もないため、どうしても無理をする必要がある場面も出てくる。


 作戦のカギとなるのは、リリーの《殺生石》と、トシヤの規格外回復魔法。

 そのふたつをどう活かすかが重要になる。




「さあ行こう、【ジョセフィーヌ】! 栄光と自由を勝ち取るために! 大魔王がなんぼのもんじゃ! 目にモノ見せたらぁ!」」


「「「……」」」


 そして、やる気に満ち溢れたトシヤが号令をかけた。

 それ自体はおかしなことではない。


 しかし、「ジョセフィーヌって誰?」という疑問が、トシヤ以外の者の思考を占領して、号令に応える機会を逸した。

 結果、気まずい雰囲気の沈黙が訪れた。


 しかし、それも束の間のこと。

 眷属の羽音が、トシヤの号令に応えるようにひと際高く鳴り響く。

 さらに、トシヤの周りを規則的な軌道で飛んだり、トシヤの肩に乗って、トシヤの動きに合わせて動いたりする。

 何らかの意思表示――場を盛り上げようとしていることは明白だった。



「「「ええ……?」」」


 トシヤは、いつの間にか眷属に名前まで付けていて、意思疎通までこなしていた。


 もう相手にしないでおこうと決めたばかりの彼らも、これには驚きを隠せない。



「ほら、みんな何ボケっとしてるんだい? 置いてくよ?」


 意気揚々と動き始めた、ひとりと一匹――特に、股間を食われて謎のやる気を出すトシヤに不安を感じながらも、一行も行動を開始した。


◇◇◇


 神殿の裏手、橋の手前にある広場。

 その外周にある、街路樹の一本の陰。


 橋を渡ると決めたダミアンは、どうにかそこまで到達していた。

 しかし、そこから先は遮蔽(しゃへい)物もほとんどなく、保険の眷属も一向に合流してこないために、足止めを食らっていた。



 そこに1匹だけとはいえ、眷属が姿を現した。


 しかし、その眷属はある一定距離から近づいてこようともせず、どうにも様子がおかしい。


 警戒が厳しい場所ならそれも理解できた。

 しかし、神殿周辺の警備は薄く、躊躇(ためら)う理由が分からない。


 理由を探ろうにも、神殿という特殊な場所であるためか、眷属とのリンクもできない。



 それ以前にサイズからしておかしかった。


 エミールたちに仕込んだ卵は、隠密行動をさせるための小型のものか、攪乱のための中型になるものである。

 そして、合流予定だったのは小型のものだが、その眷属はどう見ても10センチメートルはくだらない。

 一応は小型に分類されるサイズだが、隠密行動をするには大きすぎる。

 よほど良質な餌でもあったのかもしれないが、それはそれで、この1匹しか戻ってこないことの説明がつかない。


 とはいえ、この町の濃すぎる魔素のせいで育ちすぎたとか、そのせいで目立ってしまって、ほかの眷属はここに来るまでに駆除された――と考えれば一応の説明はつく。


 そうだとすると、あのサイズで、よくここまでバレずに来たものである。



(この町の異常に濃い魔素のせいで、俺の感覚までおかしくなってんのか? まずいな……。イレギュラーばっかじゃねえか)


 ここまでイレギュラーが続くと、さすがに「一時撤退」という言葉が、ダミアンの頭を過る。

 いくら魔王であっても、ここまで不測の事態ばかりでは、それ自体を成果――魔王の呪いを上回る異常事態として、一時撤退という判断もできる。


 ダミアンも、そうしようと思えばできたはずだ。


 しかし、魔素の濃さは町に入る前から、そして、その中に入ればどうなるかなど、ある程度は予想はできていたことである。

 さらに、彼が大魔王であるがゆえに、せめてもうひとつ――できれば大魔王として相応しい成果が欲しいと、葛藤するに留まった。




 ダミアンが葛藤している時間は、リリーたちにとっては好都合だった。


 ジョセフィーヌを囮として、その近くに、彼女と意思疎通ができているらしいトシヤを配置する。


 リリーは、得意の幻術を使って、死角から風景に溶け込んでダミアンへ接近していた。

 そして、気づかれないように、弱めに展開した《殺生石》で、毒とデバフの蓄積を狙う。


 ダミアンには高度な《認識阻害》の魔法が何重にも掛けられていたが、そこにいると分かっていれば、リリーの感覚なら決して分からないほどのものではない。



 しかし、ユノのように領域を手足や耳目のように自由に扱えないリリーでは、どうしてもダミアンに視線が通る位置からでなければ仕掛けられない。

 そのため、《殺生石》の範囲や効果を調整しながら、幻術も行使するという無理を要求されることになった。


 ユノほど情報処理能力が高くなく、朔のような優秀な観測手兼補助もいない彼女が、それをやり遂げていること自体が奇跡であった。


 当然、そんな状態で、想定外の事態に対応することは不可能である。

 そして、万一気づかれたときは隙だらけ――エリゴスを召喚する余裕があるかすら不明である。


 そのため、作戦上、特に役目の無いエミールが、せめて肉の壁となるべくリリーの近くに控えさせられている。




 ダミアンも、平時であれば《殺生石》の及ぼす症状や違和感に気がついただろう。

 しかし、全てが異常なこの町では、更に焦りも相まって、生命を脅かす《殺生石》ですら、その中のひとつとして埋没してしまっていた。



 《殺生石》の毒は、じわりじわりと、確実に彼の魂を蝕んでいく。

 ダミアンは、体力やパラメータは減り続けているのに、湯の川の魔素による体力回復効果のおかげで、癒されていると錯覚させられている。


 彼が、毒などの状態異常が無効だったことも、油断の一因だった。

 しかし、ただの状態異常耐性とエクストラスキルでは、後者の方が優位にある。

 そして、リリーの《殺生石》は、本来であればユニークスキルなのだが、ユノに鍛えられたことでエクストラスキル級に至っている。


 もっとも、状態異常やデバフ系のエクストラスキルを所有している物好きは稀で、今回のように相手に気づかれていない状況で仕掛けられることは非常に稀で、そもそも、成功させるにはダミアンとエミールくらいのレベル差が必要になる。

 油断するなという方が無理な話である。




 一見すると膠着(こうちゃく)状態で、リリーたちにとっては都合の良い展開にも思えたが、破綻は思わぬところから訪れた。



 ダミアンの眷属――ダミアンが最初から連れていた、ジョセフィーヌではない方のそれが、《殺生石》の毒で絶命した。


 眷属には、ダミアンと同じく《認識阻害》が掛かっていて、更にダミアンの存在に隠れていたため、結果として、誰もがその存在に気がついていなかった。


 眷属の死によって、眷属に掛けられていた《認識阻害》が途切れたことで、リリーたちは初めて眷属の存在に気づき、ダミアンも敵の存在に気づいた。



 ダミアンは、身体を最小サイズにしていて、更に何重にも《認識阻害》の魔法も掛けていた。

 油断していたつもりは毛頭ない。


 むしろ、湯の川の特異性を抜きにしても、大魔王相手に気づかれずに攻撃を仕掛けていた、リリーたちを褒めるべきことである。



 リリーたちも油断していたつもりはない。


 むしろ、見えないダミアンを意識しすぎて、それ以外を見落としてしまった形である。


 視界に入っていても、意識しなければ認識できない――ユノが自身の体術などを実例に何度も説明していたことだが、視界内の全てに意識を向けることなど、人間の脳の処理能力を超えているのだ。


 とはいえ、かくいうユノ自身も朔に頼っている、若しくは甘えているところが大きく、油断や慢心具合では誰にも負けないのだが、それが致命的なものにならない彼女とは違い、リリーたちはかなり危険な状況にあった。




 攻撃を受けていることを察したダミアンの行動は早かった。


 ダミアンは、まず最初に、索敵とその能力の解明を試みた。



 前者は、少し注意深く辺りを探ってみることで、すぐに解決した。

 ダミアンほどのレベルと基礎能力になると、ただの複眼でも恐るべき武器になるのだ。



 ダミアンから三十メートルほど離れた所に、周囲の景色に溶け込むような幻術を纏い、上手く気配を隠していたが、亜人の少女とエミールがいた。


 姿を隠していた幻術にせよ、眷属の命を奪った正体不明の能力にせよ、エミールにそのような能力があれば、泡沫魔王などとはよばれていない。

 ふたりをすぐに見つけられたのも、エミールの気配の消し方が、亜人の少女に比べて雑だったからで、それは疑いようがない。


 そうすると、少女の方が、そのどちらか、若しくは両方の能力を持っていることになる。

 驚くべきことである。


 少女自体が囮ということも考えられるが、囮として使うのであれば、もっとそれらしい者を使うべきである。

 それに、そこにいる必要があると考えれば、その少女は、少なくとも正体不明の攻撃を仕掛けている張本人であると考えられる。


 ダミアンの長年の魔王としての経験は、容姿からは想像できない論理的な思考で、悪くはない結論に至った。

 しかし、どちらかといえば、後者に仕掛けられていた攻撃の詳細の方が重要であった。



 次に、ダミアンは自身のステータスを確認した。


 それは自ら偽装することはあっても、他者から干渉されることはあり得ない、判断材料の中でも上位にあるものだ。

 しかし、目の前の空間に浮かび上がるように表示されるために、視界を塞がれる――少なからず意識をそこに割くため、戦闘中などでは命取りになる可能性もある。


 しかし、ダミアンはその危険を冒してでも、眷属を殺した、若しくはダミアンにも仕掛けられていた攻撃の正体を見極める方が重要だと判断していた。



 果たして、そこに表示されていたのは「毒」というステータス異常と、一割ほど減少したパラメータ群である。


(状態異常無効持ちの俺が毒、だと!? しかも、デバフ付き!? 何の冗談だ! ステータスに干渉されたか――いや、それこそあり得ねえ)


 ダミアンは、状態異常に対して、極めて高い耐性を持っていた。

 中でも毒に関しては、黒竜パイパーとも普通に付き合えていたことからも分かるように、完全な耐性を持っていたはずだった。


 しかし、リリーの《殺生石》はエクストラスキル級に進化していたため、僅かながらに耐性を貫通することが可能だった。

 さらに、とある理由により、魂をも侵すものになっているため、必要な耐性が異なってもいた。



 しかし、そんなことなど分からないダミアンは、基本的に格下にしか通じないはずの状態異常やデバフにかかっていたことに、酷くプライドが傷付けられた。

 そこで、ステータスに干渉されたことを疑った――が、それができるなら状態異常やデバフを掛けることも可能だと判断し、プライドよりも現実を受け入れることを選んだ。


 現実に眷属が殺されていなければ、もう少しばかりの葛藤もあったのかもしれなかった。

 ただ、長く生きた魔王だけあって、勝負所を間違えるようなことはなかった。



(くそっ、ログでも詳細が分からん。ユニーク――いや、エクストラスキルか? ここには勇者でもいんのか? ちっ、まずいな。出し惜しみしてる場合じゃねえ!)


 ログとは、システムの影響下にある世界の記録を閲覧できるスキルだが、スキルレベルの上昇によって開示される情報のレベルが上がる。

 時として、本人が気づかなかったことも知ることもできるチートスキルだが、スキル習得やレベル上げが非常に難しい。

 さらに、《鑑定》と同じく、スキルレベルによって開示される情報が変わるため、レベルが最大でなければ見落としが発生するリスクがある。


 それでも、相手の手の内を暴ける可能性があるだけでも、強力なユニークスキルやエクストラスキルを持つ者と相対する際には大きな武器となる。



 ダミアンくらいの存在になると、彼に挑んでくるような者は、そのほとんどが特殊なスキルを所持している。

 それらはレベル差や能力差があっても、型に嵌れば非常に厄介なものとなるのは、今現在、彼が身をもって体験していることである。


 それを払拭するために少なくないリスクを冒したが、彼のスキルレベルでは解決には至らなかった。



 この場を切り抜けなければ後がないと感じたダミアンは、覚悟を決める。

 姿を偽ることも隠すことも止めて、敵地の真っただ中で、本来の禍々しい姿を露わにした。

 同時に、《威圧》と瘴気を放つ――が、後者の方は、瞬く間に浄化されて、誰にも気づかれなかった。


 それでも、《威圧》で怯んだリリーとエミールの幻術が解け、無防備な姿を曝してしまう。


 そして、ダミアンは迷うことなく、隙だらけのリリーの方へと突進していく。

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