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25 湯の川探索

 不浄の大魔王ダミアンは追い詰められていた。


(くそっ、何でこんなことになった……。まさか、この俺がこんな――)



 満身創痍とまではいかないが、自慢の(はね)も失った。

 百戦錬磨のダミアンが、戦局を打開する術を見つけられない。


 レベルは間違いなく勝っている。

 むしろ、どれもこれも鎧袖一触(がいしゅういっしょく)にできるはずの雑魚ばかりだった。


 数の差という不利はあったが、対多数の戦闘は彼が得意としていたところで、言い訳になるものではない。


 このままでは、下手に能力差がある分、いつ終わるとも知れぬ生殺しの苦痛と屈辱を味わうことになってしまう。

 同格の存在との死闘の末、若しくは強者に圧倒的な力で(ほふ)られるならともかく――そんな者がいるかどうかはさておき、「嵌め」のような形で、格下相手に抵抗もままならずに殺されるのは納得できない。




 ダミアンには大魔王という肩書があるが、配下や臣民を持たない孤高の王である。

 しかし、それは王としてではなく、個としての自身で思う様生きるために、あえて捨てたものである。


 そうして、その捨てたものの重さに恥じないように生きる――と、枷を課されることにもなったが、彼は後悔していない。

 それ自体は。

 今この瞬間も。



 油断や慢心は確かにあった。

 湯の川に来てから、予想外のことばかりが起きたこともまた事実だ。

 そもそも、事前の情報収集からしてできていなかったのだが、それはこれがその機会でもあった。

 それでも、ほかにやりようがあったこともまた事実だ。


 しかし、判断ミスを悔やんだり、不運を嘆いても仕方がない。

 全てに正解を出し続けることなどできないのだから、限られた状況の中で、最善を尽くすしかないのだ。



 などと取り繕ったところで、程度の差はあれ、要は「出たとこ勝負」である。

 そんな傲慢な考え方が許されるのは強者の特権だが、彼は名立たる魔王の中でも上位に位置する大魔王である。


 力があったからこそ、強大な魔物が多く、瘴気も濃い暗黒大陸に、単独でも広大な支配領域を持つことができたのだ。


 当然、彼以外にも、そして彼以上に強く傲慢な者も存在しているが、少なくともこんな所で、明らかな格下相手に思い知らされるとは思ってもいなかった。


◇◇◇


 遡ること一時間前。


 パイパーと別れたダミアンは、町の外で調達したばかりの数百匹の眷属を町へ放った。



 ダミアンの眷属は、姿形はダミアンによく似ていて、大きさは可変。

 大きいもので2メートルを超え、最小では1ミリメートルほどと幅があり、戦闘や諜報などの用途に応じて使い分けられる。



 しかし、その一番の特徴は、本体から最大で半径五十メートルほどの距離にいる眷属と感覚を同調できることにある。

 つまり、その範囲内にいる眷属は、彼の手足であり目となるのだ。


 また、範囲外にいた眷属が改めて範囲内に入ることで、眷属が得てきた情報を共有することもできた。


 つまり、彼は戦場を多角的に認識できるということであり、その範囲内において彼に死角はない。

 無論、情報処理能力に上限はあるが、圧倒的に有利であることは変わらない。



 そうして、ダミアンはいつものように、本体は安全なところで待機して、眷属を先行させて地理的な情報、敵の数や装備などの情報を探っていた。


 しかし、結果はいつもとは違って芳しくない。

 いつもより情報収集のペースが著しく遅く、有益な情報も上がってこない。



 アザゼルからは、湯の川の守りが手薄になると聞いていた。


 確かに、パイパーの飛来にも、縄張り意識の強い古竜が出てくることはなかった。


 しかし、この町には、伝説級の装備に身を包んだ兵士や冒険者らしき者たちが多数いる。

 それがなぜか、1ミリメートルのサイズしかない眷属を目敏く見つけては、まるで親の仇かのように、仕留めるまで追い回すのだ。



 本体には及ばないとはいえ、それなりの力を持ったはずの眷属が、数の暴力とはいえ、逃げることも敵わずに殺されるなど想定外である。


 そんな状況のせいで、眷属を斃すことが可能な強者が多数存在していると警戒レベルを上げて、慎重な行動をとることをを余儀なくされた。



 そうして、眷属が物陰へ隠れるようにコソコソと行動するようになってからは、死亡率は大きく下がった。

 それでも、発見されれば問答無用で追い回され、例外なく殺される。


 それも、兵士や冒険者にだけではない。

 職人や農夫、時には主婦までもが、フライパンなどを手に、狂戦士のごとく迫ってくる。

 異様な豊かさとは裏腹に、その住人は狂気に侵されていた。


 何よりも危険なのは、二足歩行する箱とでもいえばいいのだろうか。

 恐らくゴーレムの一種なのだろうとダミアンは考えたが、それに近づいた眷属は、攻撃されたわけでもないのに――正確には、彼の知らない正体不明の攻撃手段によって謎の死――いや、消失する。


 そのゴーレムだけは、ダミアン本体でも明確な勝ち筋を見いだせない。

 いつもは傲慢なダミアンだが、未知の脅威を軽視するほど莫迦ではない。

 いつも黒竜と一緒にいる――付きまとわれている彼は、「分からん殺し」の怖さをよく理解していた。



 したがって、ゴーレムの詳細が分かるまでは、不用意に手を出せない。

 とはいえ、こちらは積極的に追ってこないので、近づかなければいいだけなのだが、無生物ゆえに生命反応はなく、なぜか魔力探知にも引っ掛からない。

 さらに、巡回コースに規則性を見出せないために、事故を完全に無くすことは難しい。


 そのゴーレムは別として、冒険者などであれば、戦えば勝てる戦いもあった。

 しかし、下手に騒ぎを起こしてしまっては、情報収集はそこで終わりになる。


 それに、僅かではあるが、本体の許に情報を持ち帰る眷属もいたこともあり、ダミアンは作戦変更の機会を逸していた。



 とはいえ、眷属の持ち帰ってきた情報は、彼にとって面白くないものばかりだった。


 この町は、世界の常識では考えられないレベルで清潔で、道端に汚物はおろか、ゴミのひとつも落ちていない。

 また、これだけの集団が生活していれば、発生しない方が不自然な瘴気や――自然界でも当然に存在する、魔力の淀みすら見つからない。


 それどころか、町のどこに行っても清廉な魔素で満たされており、魔界出身のダミアンには、息苦しさを感じるほどの環境だった。



 当然、彼も魔力や体力の回復速度向上などの恩恵を受けている。


 しかし、彼の最大の武器が、瘴気を使った様々なスキルである。


 基本的に、瘴気に汚染された場所は時間経過でしか回復せず、生物の場合も自然治癒に任せるしかない。

 《浄化》の魔法で汚染を遅らせることはできても、本当の浄化はシステムによる魔素での中和だけだ。


 つまり、瘴気汚染環境下でも変わらず活動できるダミアンは、眷属を使った戦術も合わせて、戦闘が混戦になるほど、長期化するほどに有利になる。


 しかし、どれだけ瘴気を出そうと一瞬で浄化される湯の川では、その本領を発揮できない。



 そして、普通なら「小蠅の一匹くらい」とスルーされるようなところを、湯の川の民には、一度発見されると死ぬまで追い回される。


 これは、湯の川では「ユノは虫が苦手」ということが当然のように周知されていて、そんなユノがいつでも安心して町に降りてきてもらえるようにと、害虫及びその発生源は徹底的に排除されていることが原因である。


 当然、そんなことは知らないダミアンは、湯の川の民の病的なまでの潔癖さに、「ヤベー所に来たな」と、恐怖すら感じていた。



 ダミアンにとって、ここまでのアウェーは初めてだった。


 それでも、その分、汚し甲斐が、攻略し甲斐があるともいえる。

 もう、そう考えるしかない。

 ただ、なぜ攻略することが前提になっているのか、その違和感に気づいていなかった。



 他の魔王ならいざ知らず、ダミアンにとっては、ここを積極的に攻略するメリットは薄い。

 魔素の濃さは魅力だが、瘴気がなければ彼の長所のひとつを捨てることにもなり、ここでの戦闘は、彼にとって不利になるだけだ。


 それでも彼の方針が攻略に傾いているのは、このまま何もせずに帰れば、アザゼルに何を言われるか分からないという、面子の問題だけである。

 煽り耐性の低い魔王にとって、そんな屈辱は受け入れ難いものである。


 当然、この町の異常性、そして危険性も充分に理解していたが、ここで「退く」という選択ができるのが勇者であり、どうあっても「退けない」のが魔王である。



 もっとも、それはどちらが正しくて、どちらが間違っているかという類のものではない。

 世界には、人の力ではどうにもならないことが存在していて、本当の「正解」など神にも分からないのだ。




 ダミアンは、大魔王としても面目を保てる落としどころを探った。


 町の主の暗殺は難しいとして、せめて、まるで伝説の世界樹かとでもいうような大樹を調べるくらいはしておきたかった。


 あれの情報を入手し、それを他の魔王に流したときは面白い反応を得られるかもしれない。

 改めて見ても異様すぎる。

 それこそ、本当に世界樹かと思ってしまうほどに。



 そのためには、町を抜けて城壁を突破しなければならなかったが、眷属はまだそこまで至っていない。

 正門からではなく、海側の壁を越えれば容易かに思えたが、どうやらこれも未知の結界が張られている。

 町を迂回してそこを目指した眷属は、ことごとくが消失していた。



 なお、これは世界樹が大吟城やその敷地に展開している領域によるもので、外部からの害虫の侵入を遮断している。

 とはいえ、世界樹もユノの眷属である以上うっかりもあるし、湯の川にも昆虫的な特性を持った住人もいるので例外もある。


 その例外のひとつが、正規の手段で通行することである。


 ダミアンが世界樹の許に行くためには、町の人たちが行き来しているのと同様に、橋を渡って正門をくぐらなければならず、彼もそう当たりをつけていた。



 ダミアンも、ここまでの情報収集で、ある程度の攻略法に目処がついていた。


 箱型ゴーレムには近づかなければいいだけで、見通しの悪い場所での出会い頭に気をつければ問題は無い。

 兵士や冒険者、それ以外の住人たちには、ただのゴミに対しても過剰な反応を見せるため、ある程度の誘導が可能である。

 最悪の場合、弱い眷属を囮に使うという手もある。


 問題は、橋を渡る際に隠れられる遮蔽物がほとんどないことだが、人通りは少ないので、上手くタイミングを計れば通過できるかもしれない。


 その先は完全に未知数だが、何をするにしても、もしものときのことを考えて、眷属を増やしておきたかった。



 ダミアンは、勇者ですらない兵士や冒険者程度であれば、何百何千集まろうとも勝つ自信はあった。


 しかし、集会で顔を合わせた吸血鬼の魔王との戦闘では勝率は八割、瘴気に弱い銀竜や赤竜では勝率は四割――瘴気で暴走させるのは簡単だが、それに勝てるかというと中々難しい。

 瘴気攻撃は強力だが、射程が短いという欠点もある。

 古竜に対してその間合いに飛び込むのは、ダミアンの能力でも容易ではない。


 さらに、この町の特殊性を考えれば、勝率はそれ以下で、それらの複数が同時なら勝ち目はほぼ無い。


 とはいえ、さきの予想は一対一で戦ったときのものである。

 彼の得意の戦法――大量の眷属と共に、増殖しながら圧し潰すものであれば、やり方次第でいくらでも勝率を上げられるし、最悪の状況を回避もできる。

 それでも、正体不明のゴーレムのように評価不能な相手も存在する以上、希望的観測によって強硬策に出るような冒険はできない。



 ダミアンが眷属を増やすのに必要なものは生餌である。

 餌となった者の生命力や魔力が強いほど、強い眷属が生まれる。


 当然、能力が高い者は抵抗力も高い。

 状態異常の一種である「苗床」は、同格以上の相手や、黒竜のように煮ても焼いても食えない毒の塊には通用しない。


 とはいえ、魔王の中でも強い力を持つ彼と同格の存在など、そう多くはない。

 また、苗床にされた者を救うためには、回復魔法では効果がない。

 苗床諸共に攻撃して眷属を殺すか、外科的な治療が必要になるため、仕込んでおけば攪乱(かくらん)にもなる。



 ダミアンの経験上、苗床にするために狙うべきは子供である。

 子供では事態を正確に把握することができず、論理的な説明もできない。

 一旦パニックに陥ると、理性的とは程遠い行動を取り、事態を複雑化してくれる。



 方針を定めたダミアンは、眷属に紛れるため同サイズまで身体を縮める。

 さらに、《認識阻害》の魔法を何重にも重ね掛けして、見張りや巡回の兵士の目を盗んで、町へ侵入を果たした。




 そこまではよかったのだが、不思議なことに、まだ日も高く、天気も良いにもかかわらず、仕事を手伝っていたり、遊んでいる子供を、ひとりも見かけなかった。


 この規模の町で子供がいない、若しくは少ないということは、普通に考えればあり得ない。


(普通じゃねえ場合――吸血鬼の魔王やその眷属の餌か、この町の主とかいう怪しい堕天使の生贄にでもされてんのか。――ってか、あれは一体何なんだ? 堕天使っつーにはアルマロスの野郎とは全然違う。違和感の塊のくせして、言われなきゃ見落としちまいそうなくれえ気配がねえ。アルマロスの奴は見ててもムカつくだけだが、あれは見てるとどうにも落ち着かねえ。バケツの下で何を考えてやがるのか――まあ、吸血鬼や竜を飼うような物好きだ。ガキを食っててもおかしくねえな)


 ダミアンは、本人が聞けば激怒しそうなことを考えながら、苗床にするための子供の姿を探した。



 しかし、余計なことを考えていられるような状況ではなかった。


 侵入前は数百匹いた眷属が、ここに来るまでの間も数を減らし続けた。

 今では、生き残っているのは8匹だけ。

 騒ぎを起こさず引き返せる帰還不能点はとっくに過ぎていた。



 それでも、彼は生粋の魔王であった。


 魔界でも魔王をやっていた彼が、召喚事故で地上に召喚された時も、術者を惨殺した後、魔界に帰ることではなく地上でも魔王をやることを選んだように、彼の道は前にしか存在しないのだ。


(こうなったら大人でも襲うか。――いや、瘴気汚染できそうにねえ場所で、長期戦は分が悪い。いざとなったら、パイパーに合図でも送って暴れさせるか――ってか、あいつ大人しいな。そろそろ暴れてもいい頃なんじゃねえか? まさか、やられたわけじゃないだろうが――莫迦だから言い包められてんのか?)


 パイパーが騒ぎを起こせば、ダミアンにとっても絶好のチャンスになる。

 パイパーに期待するなど、普段の彼ではあり得ないことだが、それくらいに進退窮まっていたのだ。


 しかし、そんな気配は一向になく、あまりの静けさに、柄にもなく黒竜の身を心配してしまう。

 まさか、中二病と禁忌が奇跡的に噛み合っていたなどとは思いもしない。



 ダミアンは、パイパーは当てにできないと腹を括り、なおも前進する。


 そうして、そこを発見したのは、眷属の数が残り1匹になったときだった。

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