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23 第三勢力

 西方諸国連合軍と湯の川が衝突する少し前、湯の川にも不穏な影が迫っていた。


 不浄の大魔王――別名、蠅の大魔王【ダミアン】と黒竜【パイパー】である。




 ダミアンはその二つ名の示すとおり、二足で直立、歩行する――当然飛ぶこともできる、巨大な蠅の姿をした悪魔族である。



 悪魔族とひと言にいっても、多種多様な外見の種族が存在している。

 アナスタシアのように人の姿に近いものから、ダミアンのような異形のものまで、そこに共通性を見出すことは難しい。


 一応、アルフォンスが、「角と翼を有するのは高位の悪魔族である証だ」という説を発表しているが、その出典が不明であり、確認のしようもないために、参考程度の扱いとなっている。



 なお、その説は、アルフォンスが直接魔界で仕入れた情報である。


 それはほとんどの悪魔族に当て嵌まるものなのだが、事情が事情のためそこまでは説明できないし、説明しても信じてもらえる保証もない。

 何より、噂程度でも判断材料にしてもらえるなら、それで充分だったので放置していた。



 さておき、ダミアンは角も翼もある上に、魔王の称号まで持っている、見た目以上に危険な魔王である。


 しかし、彼の最大の特徴は、戦闘能力の高さ以上に、餌さえあれば眷属を量産できる点にある。

 その上、本体が斃されても、近くに眷属が一体でも残っていれば、それが新たな本体となるエクストラスキルを持っている。



 当然、魔法やスキル、それ以前に魂の耐久力には限界があるため、言葉の上ほど万能な力ではない。


 しかし、範囲内にいる、最小で一ミリメートルにも満たない眷属まで、全てを同時に殺すことは難しい。


 当然、最強の魔王アナスタシアくらいの桁外れな力を持っていれば、諸共に吹き飛ばせるだろう。

 とはいえ、眷属の成長は早く、生まれてすぐの眷属でもそれなりに力があるため、ダミアンが本気で逃げの態勢に入れば、よほどの実力差がなければ仕留めきれない。



 そんな特殊な能力を持つダミアンは、他の大魔王たちと比べて配下が少ない。


 彼の配下になるということは、苗床候補になるのと同義であるという理由から、彼に支配されるくらいなら、他の魔王の配下に入る――というのが最大の理由である。


 とはいえ、必要なことのほとんどは自身の眷属で賄えてしまうし、苗床が必要ならその都度集めればいいだけの話である。

 彼の根城がある暗黒大陸が良質な苗床に恵まれていたこともあり、彼自身はそこに思うところはない。


 それに、それは配下が無しでもやれるという自信や、それでどこまで行けるかという、他人には理解しづらい挑戦でもあった。




 彼の唯一のパートナー――とは少し違うが、彼と行動を共にしている黒竜パイパーは、疫病や毒などの災害を象徴する古竜である。


 そして、彼自身も重篤(じゅうとく)な中二病を患っている。



 これはまだパイパーが幼かった頃、彼に戦いを挑んできた勇者の言動がそんな感じであり、その戦いで勇者に敗れた彼は、その強さと、何を言っているのかよく分からなかったが、自信に満ち溢れた姿に憧れてしまった。


 それから、パイパーは、しばらくその勇者と行動を共にすることになり、その中で病気が伝染した。



 なお、その勇者が特別強かったわけではない。


 当時のパイパーが幼かったことと、黒竜の疫病や毒のほとんどに既に対策が存在しており、それさえ怠らなければ、彼は基礎能力が高いだけの竜に成り下がるからだ。

 とはいえ、現代の地球でも疫病や毒物を克服しきれていないことからも分かるように、その真価は進化や変異にあり、黒竜自身の意識の問題といえなくもない。



 そうして、かつては最悪の「分からん殺し」だった黒竜は、現在では古竜の中では戦いやすい相手として認識されている。

 それでも、上位竜とは比べ物にならないくらいの強さなのだが。


 そして、その勇者がパイパーに挑んだ理由は、正義とか使命からではなく、「黒竜に乗る俺、格好いい」がしたかっただけである。



 ともあれ、そんな筋金入りの中二病勇者を手本とした彼は、その勇者の死後、友達ができなくなった。

 友達が欲しいなどと考える古竜も珍しいが、幼い頃から人間と一緒に生活してきた彼は、人間の価値観も理解するようになり、同じ趣味や嗜好の人と、それを共有する喜びを知ってしまったのだ。


 そこに竜的な自己顕示欲の強さも加わった結果、パイパーは少し――かなり面倒臭い構ってちゃんになってしまっていた。


 この世界には、口を開けば妄言や毒しか吐かない彼を受け入れられるような、心に余裕を持った者はそう多くはない。


 それに、人によっては、彼の病気自体が過去の汚点を思い出させる毒である。

 彼が純粋であればあるほど、イタさは増していくのだ。



 そんなパイパーがダミアンと一緒にいる理由は、ダミアンは口は悪いが、それなりに構ってくれるからである。


 ダミアンからすれば、魔王ゆえの煽り耐性の低さや、スルー力の無さからツッコミを入れずにはいられないだけで、力尽くで追い払うにも、能力の相性的に分が悪いために、それが敵わないだけだが。


 間違っても、ダミアンの心に余裕があるとか、面倒見がいいといった理由ではない。


 それに、ダミアンにしても、対策に対する対策さえ用意しておけば――あると匂わせるだけでも、この竜には充分に利用価値があるのだ。




 そんなふたりは、アザゼルから「近いうちに湯の川が手薄になるだろう」との情報の提供を受けた。


 だから様子を見てこい――と、使い走りにされるような言い方にはダミアンも反感を覚えた。


「君も奴らの動向は気になるだろう? それに、君の能力なら容易いことだと思うが――それとも、やはり君も、奴らが怖いのかな?」


 それでも、挑発されるとホイホイ乗ってしまうのが、魔王の悲しい性である。



 それに、アザゼルが言っていたこともまた事実である。

 少なく見積もっても、彼らに匹敵するであろう大魔王がひとりに、古竜が2頭もいる勢力の動向は気になっていたし、潜入や工作では、自身の眷属以上に頼りになるものはいない。


 上手く情報収集ができれば、アザゼルに高く売りつけるのもいいし、隙があれば略奪を働くのもいい。




 パイパーは、湯の川の情報などには興味は無かった。

 しかし、中二病でも、やはり竜である。

 そこにいるはずの古竜や、なぜか彼の心を掴んで離さない漆黒の堕天使と再会したいと――できれば手合わせをしたいと考えて、同行することにした。



 パイパーは、潜入と情報収集が目的のダミアンとは違い、正面から乗り込むつもりだった。


 とはいえ、主従関係でも友人同士でもない彼らの間にあるのは、最低限お互いの邪魔はしない――というより、パイパーがダミアンの邪魔をしないという約束だけだ。


 パイパーを陽動に使うと考えれば、ダミアンが発見される確率は確実に減るだろうし、十全とまではいかなくても、情報収集や工作を行う時間も確保できる。


 それに、パイパーが負けたとしても――古竜以上の存在がいれば十中八九負けるだろうが、ダミアンとの関連を疑われたとしても、それを話すほど莫迦でも薄情でもないだろう。


 そもそも、パイパーとまともに意思疎通できる者など存在しない――とダミアンは考え、特に打ち合わせなどを行うことなく、湯の川へ向けて出発していた。




 アザゼルにとっては、ダミアンなど口先だけで動かせる駒のような感覚しかなく、「使い走り」と感じたダミアンたちの感想は正しい。


 そもそも、「湯の川が動く」というのも、その結論に至る情報を得ていたわけではなく、彼の推測――可能性のひとつを述べただけにすぎない。

 外れたとしても、ダミアンが苦情を言いに来る頃には彼の目的はほぼ完遂されているため、一向に構わなかったのだ。


 しかし、その可能性は現実になった。


 彼の推測――希望とは異なる形で。



 もっとも、それは彼に限ったことではない。

 それを彼らが知るのは、もう少し先である。


◇◇◇


 遠目に湯の川の町を視認できる地点にまで到達したところで、ふたりは一旦足を――翼を止めた。


 両者共にそんなつもりはなかったのだが、その異様な光景を目にして、示し合わせたかのようにピタリと止まってしまったのだ。



 遥か遠くに、拳大の大きさに見える湯の川の町は、周囲の地形や彼らの経験からして、想像よりも遥かに大きな町だった。


 規模的には、あの町に身を寄せた魔王やその眷属の数を考えればおかしなことではないが、集会からまだ一年も経っていない。

 その僅かな期間で、彼らを受け入れられるだけの町を造ったとは――いくら労働力が手に入ったからといっても考えにくい。


 また、以前からこの規模の町が存在していたというのも考えにくい。

 小さな村や集落ならともかく、これだけの町が、今までどの勢力の情報網にも引っ掛からなかったのも不自然すぎる。



 そもそも、この町の成り立ち以前に、おかしなところが山盛りである。


 この町の面積の三割ほどを占める、不自然な白銀の世界――誰がどう見ても、「大雪山」「大雪原」という、常夏の地域には相応しくないものが存在している。


 町の規模からすると小さなもので確証はないが、浮遊島がある。

 有翼人の泡沫魔王ギルバートの領域だったそれが、なぜここにあるのか、それとも似たような何かなのか。


 いくら考えても一向に分からないが、それよりもヤバいものがあるため、それに構っていられない。


 海に面した、恐らく支配者の居城らしき物がある無駄に広大な敷地には、城より大きな木が生えている。

 それが、新手の精神攻撃かと思うくらいに、遠近感を狂わせてくる。


 彼らは魔王や古竜としては若い方ではあるが、それでも人間の寿命より遥かに長い時間を生きてきた強者である。

 その彼らでさえ見たことも聞いたこともない世界が、そこに広がっていた。



「あれはもしや、伝説の世界樹――!? 奴ら、まさかあの禁断の力に手を出したのか……! だが、あの周辺の魔素の乱れ方を見るに間違いない……! やはり組織が!? くっ、もう手遅れだというのか!? ――いや、諦めるのはまだ早い。俺の中に封じられている禁断の力を使えば――あの呪われた力に頼るのは危険だが、それ以外にもう手はない……! やはり宿命からは逃れられんということか……!」


「……そうか、精々頑張れ。ほら、行くぞ」


 パイパーのいつもの病気に、ダミアンもいつものようにやる気のない激励を返した。

 ダミアンの想像どおり、パイパーの反応はいつもの病気である――否、理解不能なものを見て、悪化していた。


 当然、パイパーの言う「謎の組織」だとか「秘められた力」などは設定上のものであり、その設定もその時々でコロコロ変わる。

 いくらスルー力皆無の魔王でも、そんなことにまで律義にツッコむことはない。


 そんなパイパーのいつもの妄言が、ダミアンに目の前に広がる非現実的な光景も、「設定」だと錯覚させてしまった。

 あるいは、片っ端からフラグを立てずにはいられない、魔王の(さが)ゆえの正常性バイアスだったのかもしれないが、とにかく彼は前進することを選択してしまった。



「ああ。だが、俺の想像どおりなら奴らは手強い――油断はするなよ?」


「んなこたぁ最初から分かってんだよ、クソが。だが、この距離まで接近しても赤や銀の出迎えがない――ってこたぁ、アザゼルの野郎の言うとおり、手薄になってんのか。野郎が何でそんなことを知ってるのかはさておき、チャンスには違いねえ」


 日常的なやり取りに、すっかり落ち着きを取り戻したダミアンとパイパーは、ここで二手に分かれることにした。

 パイパーはこのまま空から堂々と、ダミアンはそれに紛れて気づかれにくい地上から、湯の川への潜入を目指す。


 この時の彼らは、これが運命の別れ道になるとは思ってもいなかった。

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