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22 エンジェリックハウル

 秩序を司る神ディアナは、心を病んでいた。


 自らの影にすら怯えるほど暗闇を恐れ、瞬きなどで一瞬(まぶた)を閉じるだけでも正気度(SAN値)が削られる。


 当然、睡眠などろくに取れずに、疲労や心労は溜まっていく一方である。

 そうすると、目の下のクマは酷くなり、頬はこけ、肌は荒れ、髪は抜け落ちて――そこには、かつては美の女神と謳われたほどの美貌は見る影もない。


 時折、意識を失うように眠りに落ちるが、暗闇が迫ってくる、若しくは九頭竜に挑んで大ポカをやらかす悪夢に(さいな)まれて、すぐに目を覚ます。



 夢と現実の区別さえ曖昧になってきた彼女は、心身ともに限界だった。


(長い休暇を取ろう。――いや、もう秩序を司る神の座を後任に譲って、辞職しよう)


 彼女は幾度となくそう思い、主神に向けて辞表を提出するのだが、なぜか主神は音信不通で、いつまで経っても受理される気配がない。


 彼女には、なぜ主神が音信不通なのか、なぜ広い神域内で独りぼっちなのか、なぜ自らが加護を与えた勇者たちが消えているのか、なぜネコ科の動物に対して強いアレルギーが出るようになったのか、ほかにも様々な疑問や矛盾について考えるだけの余裕が無かった。




 そんな彼女が、この日は珍しく上機嫌だった。


 なぜなら、とある集団の巫女の祈りが、彼女の許に届いたのだ。

 巫女は彼女の管轄する教義に属する者ではないが、それを超えて届くほどの強い祈りに感動を覚え、ディアナは僅かながらに気力を取り戻していた。



 恐れや信仰とは、神の力の源ともなるものである。

 といっても、能力的なものより心理的なところの占める割合が大きいのだが、神をやっていく上では欠かせないものである。


 しかし、信仰を失ったからといっても、実務には影響しない――人間からの信仰や祈りが届かなくなるだけで、《神託》という報告業務には影響は無い。

 怠惰な神であれば、面倒事がひとつ減った程度のものでしかない。



 しかし、失意のどん底にあったディアナには、それが助けを求める切羽詰まった祈りであったとしても、自らを認めてくれるものだと思うと、逆に勇気づけられたような気がした。

 有体にいえば、久し振りに頼られて嬉しかったのである。


「よし、奮発して浄化の炎をプレゼントしてあげよう! これに感謝して、今後は正義の神などという架空の存在ではなく、この私を――秩序を司る神、ディアナを崇めるように!」


 ディアナは、長い孤独な生活の反動か、誰に聞かせるでもない言葉を発して、また、止める者が誰もいないゆえに、高いテンションのまま、ろくに考えもせずに力を行使した。




 生物とは、出してしまうとすっきりしてしまうものである。


 神とてその例外ではない。


「そういえば、神敵とは何だったのかしら?」


 多少なりとも発散してすっきりしたディアナが、興味本位で現地の様子を覗く。

 そして、自らの心が壊れる音を聞いた。



 彼女が無事に辞職できるのは、この一年後のことである。


◇◇◇


 勝ち(どき)を上げていたキュラス神聖国の兵士のひとりが、ふと違和感を覚えた。

 その彼の不審な様子に、もうひとり、更にひとりと違和感を覚え、徐々にその数を増やしていく。



 船にはまだ触手が巻きついたままだが、キュラス神聖国軍の船や兵士の大半は健在である。

 そして、その触手を駆け上がれなかったアズマ公爵軍の兵士たちも、城壁や港の上で健在である。


 状況的に追い詰められているはずの彼らに、動揺した様子がない――多少は動揺しているのかもしれないが、あれほどの奇跡を目の当たりにした直後にしては、反応が薄い。


 キュラス神聖国の兵士には、湯の川の民の圧力に怖気づいて、船から落ちる者もいたほどに統制を失っていたというのに。

 その脅威を一掃する、それ以上の奇跡を目の当たりにしているのにだ。



 一体どれほどの訓練を積めば、そこまでの統制が取れるのか。



 アズマ公爵領で、少し前にクーデターがあったことは、彼らも知っていた。

 それで鍛えられたのだろうか――などと、見当外れのことを考えている者もいた。




 実際には、完全に置いてけぼりになっていたというのが、正確なところである。


 ただ、アズマ公爵家には、実際にユノを見たことがある者も少なくない。


 そんな彼らから、「解呪不可能といわれていたルークのユニークスキルを事も無げに解除した」とか、「単身で帝国の砦を落とした」、「心臓を貫かれても元気だった」などなど、あることないことを吹き込まれていた者も多い。


 そこに、開戦前の僅かな時間に見せられたユノの写真で、多くの者が奇跡の実在を確信した。



 そんな彼らから見れば、浄化の炎が吹き荒れる様は確かに荘厳なものだったが、それ以上のものを知った後では、綺麗な花火に毛が生えた程度のものでもあった。


 そして、オリアーナたち一部の者は、ユノの能力のひとつである「生物をも取り込める固有空間」のことを知っていた。

 むしろ、それが彼女らの知る《固有空間》とは違うものではないかと、変なところで勘の良さを発揮していたくらいである。

 そして、それは彼女たちの感覚では、たとえ神の威光や地獄の業火であっても侵せるようなところではなかった。

 そんな領主たちの落ち着いた姿を見れば、一般の兵士たちも必要以上に驚くことはない。

 自分たちには理解できなくても、何も問題は無いのだと。



 事実、シャロンたちは十六夜の領域の中で難を逃れていた。


 当然、十六夜も、神の介入に関して、考慮していなかったわけではなかった。


 アザゼルに加担する神がいるとは思えない。

 それでも、一応、グレイ辺境伯領についてはフレイヤが根回ししているし、この辺りを管轄する調和の神とも既に不干渉で話がついている。

 根回ししようのない野良の神や土地神などの介入はどうしようもないが、十六夜で対応するしかない。

 とはいえ、その可能性は極めて低いとされていた。


 それがまさか、《極光》に次ぐ危険性を持った禁呪、浄化の炎《浄炎》を使える神が介入してくるのは想定外だった。

 それでも、十六夜は攻撃能力はさておき、防御能力という点においては、上位の神であっても手を焼くレベルである。


 そのため、《極光》以外の攻撃手段であれば、後れを取ることはないだろうと期待されていた。



 とはいえ、十六夜には効かない攻撃であっても、シャロンたちにとってはそうではない。

 いかに彼女たちが亜神の高みにあったとしても、真なる神の力に敵うものではないのだ。

 飽くまで人間の範疇の神殿騎士たちについては、いうまでもない。


 そして、彼らは、《浄炎》が一切の不浄を焼き尽くすものだと知れば、自らの信仰を証明するために炎に飛び込むタイプの狂信者である。

 領域展開速度もユノほどではない十六夜には気が抜けない。



 十六夜は、ユノの期待に応えるため、彼女の最大の長所である、並列処理能力と処理速度を最大限に活用して、魔法陣の出現から発動までの僅かな時間で、湯の川の民を全員領域内に退避させるという離れ業をやってのけた。



 なお、並列処理能力や処理速度についても、ユノの方が遥かに優れている。

 ただ、彼女はそれを、無駄遣いしていたり、遊ばせていたりと、有効活用できていない。

 そのため、常人以下に見えることもある。


 しかし、もしもユノの頭の中を覗ける能力者がいたとして、実際に覗いたとすれば、彼女が実現し得る可能性の全てに対して、無限ともいえる情報を瞬時に流し込まれることになる。

 よくて廃人か死亡。下手をすると、魂や精神まで汚染されるだろう。


 ただでさえ膨大な情報量を有する領域の制御を行うためには、それに相応しい情報処理能力が必須である。

 さらに、領域を拡大したり分体を出したりすれば、それは青天井で増加する。

 そして、《並列思考》や《思考加速》といったスキルとは異なり、自らの意志でオンオフできない。 つまり、彼女の頭の中は、朔に外部の情報を選別してもらっていてもなお、常に混沌としているのだ。


 もっとも、情報量の多さと、それをどれほど認識しているかは別問題であり、彼女の情報処理能力の大半はそれとは全く関係無いものに使われている。




 さておき、十六夜は、ユノの期待に応えるべく頑張った。


 お節介な神の介入にも、湯の川の民に犠牲者を出さなかったし、キュラス神聖国の兵士たちにも直接的な被害は与えていない。

 キュラス神聖国の兵士の中には、パニックを起こして転倒したり、船から落下したりはあったが、そこまでは管轄外である。


 自己採点では、ほぼ完璧な仕事ぶりであった。


 誤算があったとすれば、やはり「ユノとの差」というほかない。



 十六夜は、先日、ユノに呼び出された先で、天使を大量に喰っていた。


 なお、ユノや十六夜の「喰う」という行為は、他者から見てそう見える――食事的な側面もあるが、本質的にはその存在と可能性を奪う行為であり、栄養補給的な意味合いは薄い。


 そもそも、自らが魔素の源泉であるユノには、食事や睡眠は必要無い。

 それで得られる、若しくは回復するエネルギーなど誤差にもならず、ただ習慣や趣味として行っているにすぎないのだ。


 そして、それはユノが喰らった、百万を超える天使についても同様である。



 本来、天使程度の存在など、何億何兆喰らったところで、ユノの本質に影響を与えることはできない。


 とはいえ、翼が生えたとか、性別が変わったという、本来あり得るはずのない現象も実際に起こっている。

 その原因については、ユノの意識が関係しているとしか推測できないが、実際のところは不明である。

 理由が不明だからこそ、朔はこれ以上の余計な変更が行われないように、現在もユノが喰らった天使の整理を地道に継続している。



 しかし、行っているのは整理だけであり、それをわざわざエネルギーに変換したりはしない。


 それは、天使をエネルギーに変えられないということではない。

 ユノという膨大なエネルギー源の前には、天使の持つエネルギーなど何の足しにもならず、処分する意味すら無いからだ。



 しかし、世界を創造する世界樹を創造できるユノとは違って、その枝葉でしかない十六夜は、容量的にも内包する魔素的にも、目に見える上限が存在している。


 つまり、喰らったものをどうにかして消化しないと、空き容量は目減りする一方である。

 しかし、その手段を、創造主であるユノから引き継いでいないのだ。



 当然、どうにか解決しようとするも、解決策は分からない。

 生物をまねて、エネルギーに変換しようとするも、精製されるのは、ユノはもちろん、自身のものと比べても格段に粗悪な魔素である。

 そして、本当に何の利用価値も思いつかない廃棄物が出る。


 ユノの眷属として、そして、世界樹としての矜持にかけて、間違ってもこんな劣悪な魔素を外の世界に放出するわけにはいかないし、排泄するわけにもいかない。


 精製に精製を繰り返し、同時に廃棄物も圧縮に圧縮を重ねて、どうにか最低限のものに仕上げても、コストを考えると割に合わない。

 これでは、ある程度をまとめて《極光》――存在を消滅させた方が幾分かはマシなくらいなのだが、戦闘用に調整されていない十六夜には《極光》は使えない。


 解体して、素材としてクリスや町に卸すことも考えた。

 しかし、天使の素材は一般的には希少な物であるが、ここ湯の川では、それ以上に希少な素材がわんさか湧いて出るので、誰にも喜ばれない。


 神も多く暮らす現在では、むしろ、忌避される可能性の方が高い。


 そうして、喰らったものの処分方法について、いまだに試行錯誤の段階にあった十六夜が、その必要があったとはいえ、湯の川の民たちを呑み込んだ。

 ついでに、《浄炎》も少しばかり食らった。


 なお、「喰らった」のか「呑み込んだ」のかは、後で解放する意思があるかどうかの気分的なものであり、本質的には同じことである。


 とにかく、以前に限界寸前まで天使を喰らっていて、その処理が進んでいなかった十六夜は、ついに限界を超えてしまった。




 十六夜が、人形の姿を保てず裏返った。


 人間でいうところの嘔吐に該当するものだが、その惨状は、それとは比較できないものだった。



 十六夜の小さな体からは想像もできない量の肉や臓物、更に湯の川の民と、食い散らかされた天使たちが溢れ出し、あっという間に戦場を埋め尽くした。


 その肉や臓物が、十六夜の物なのか、天使たちの物なのかの判別は難しい。

 判別できたところで、何の救いにもならないが。



 (むせ)かえるような血の匂いと、細切れになっているのにまだ生きている――死ねない天使たちの苦悶(くもん)怨嗟(えんさ)咆哮(ほうこう)木霊(こだま)し、更に得もいわれぬ恐ろしい気配が戦場を包んだ。



 身体や精神や魂の一部、若しくは大部分を失った痛みと悲しみは、明確な意志や感情を持っていない、命令に従うだけの汎用天使たちでも耐えられない。


 死んで当然の状態であっても、死なせてもらえない。


 そんな天使たちの呪いが、雷雲を呼んだ。

 そして、落雷と共に、季節外れの冷たい雨を降らせた。



 さらに、呪いに中てられて発狂したサンドワームたちが、地表に飛び出してはのたうち回る。


 戦場は地獄絵図を通り越し、終末の様相を呈していた。



 湯の川の民たちは、当然のように全員生存していた。

 しかし、さすがの彼らでも、突然のこの状況に驚きを隠せない。


 それでも、「ユノ様を怒らせるとこうなるのか」とか、「あれだけ寛容なユノ様を怒らせたのなら、これくらいは当然か」と、納得しているところもある。



 しかし、友軍であるはずのアズマ公爵軍はそうはいかない。

 卒倒する者、腰を抜かして失禁する者、あまりの惨状に耐えられずに嘔吐する者など、それを直視できる者はほとんどいなかった。

 オリアーナやケヴィンあたりの実際のユノを知る者が、辛うじて意識を保っていて、死んだ魚のような目でそれを眺めていたくらいだ。



 そして、敵対関係にあるキュラス神聖国にとっては、目を背けられるような事態ではない。


 浄化の炎で焼かれたはずの湯の川の民は、肉塊に埋もれてはいるが、確かに生きている。

 その肉塊自体も、(おぞ)ましい気配を発しながら、意思を持つかのように(うごめ)いている。


 その中には、彼らの信仰の象徴でもある天使らしき物体が、無残な状態で散乱していて、その苦痛のほどを、聞く者にも共有させるような慟哭(どうこく)をあげている。


 晴れ渡っていた空も、いつの間にか厚い雲で覆われていて、激しい雷雨が降り注いでいる。

 そして、雷に打たれた天使たちが、肉を焦がす匂いと共に、更に呪詛(じゅそ)の声を上げる。



 どうしてこうなったかなど誰にも分からない。

 ただ、浄化の炎では神敵を焼き尽くすことはできず、邪神がその本性を現した。

 それ以外に説明のしようがなかった。


 当然、この状況でも、「まだ自分たちの方が優勢であり、邪神たちは追い詰められている」などと、お花畑な感想を抱く者はいない。


 むしろ、自分たちの神の力はかの邪神には通じず、逆に、かの邪神は神を殺せることを証明している。

 それは、ロメリア王国の声明にあった、真の神話を証明するものでもあった。

 邪神は実在して、それは世界樹を司る最強の女神でもあるのだと。


 そして、それに歯向かった自分たちもあの地獄に落ちるのだろうと、本能的に理解できてしまった。



 当然、十六夜には彼らを害する意思はない。

 そして、この惨状も彼女の意図するところではない。


 役に立たない本能だと、笑うところ――であればよかった。


 しかし、彼らの知るどんな戦場より凄惨(せいさん)で、どんな拷問よりも残酷で、それが自分たちの未来絵図だと宣告されて、更には船上という逃げ場のない状態――そんな状況に陥れば、正常な判断ができる方がおかしい。



 キュラス神聖国軍の兵士たちの心は折れた――というより、壊れた。

 そして、それは兵士だけに止まらない。


「あっちゃん、ふたり一緒なら怖くないよね……」


「しんちゃん、生まれ変わっても一緒にいよう……」


 勇者と賢者はお互いの名を呼び合い、抱き合うような形でお互いの胸に短剣を突き立てた。


 この状況から唯一逃げられる方法を、「捕まるより先に死ぬこと」だと判断したのだ。


 その結論に誰よりも早く辿り着き、そして実行できたのは、さすが勇者と賢者というべきだろうか。



「勇者様!? 賢者様!? ――そんな!? 神よ! 今一度、偉大なる貴方のお力をお貸しください……! えっ、無理って何ですか!? ええ、それに手を出すな? ――って手遅れ、謝られても困るんですけど!? ちょっと待って!? 接続を切られた!?」


 勇者たちの行動が正解だと分かっていても踏み切れなかった巫女は、駄目元で祈ってみた。

 しかし、想像以上にショッキングな返答に、唖然(あぜん)とするしかなかった。


 そして、その僅かな躊躇(ちゅうちょ)が命取りとなった。


 十六夜の触手で、下手なまねができないように拘束されてしまったのだ。



「いやああああ!? はっ、離して! 触手プレイは嫌なのぉ! 助け――んごっ!? んぐーーーっ!」


 十六夜としては、自害されてしまったのは失態としかいいようがない。


 巫女への対処も、命を粗末にさせないための措置のつもりだったが、ユノの漆黒より暗い領域ではなく、肉々しい触手での拘束は、彼女に凌辱(りょうじょく)を連想させるものだった。

 さらに、舌を噛んだりされないようにと、触手を口内に突っ込んだせいで、その勘違いをさらに加速させていた。


 もっとも、得体の知れない触手に手足の自由を奪われて吊り上げられ、口を塞がれている時点で、充分に凌辱といえるかもしれないが。



 粘液でヌメヌメと光る肉の触手に巻きつかれ、涙や鼻水や尿を垂れ流しながら悶える巫女の姿は、ある意味では煽情(せんじょう)的ではあったが、それを気にする余裕のある者はいない。


 十六夜の隙をついて自害できた者は、全体の二割ほど。

 五割は巫女と同様に躊躇(ためら)ったせいで、残りの三割は死に切れなかったところを強制的に回復させられた上で拘束されていた。


 当然、自害に成功した者たちも、強制的に蘇生させられて拘束されていた。


 そうして、死んでも逃げられないのだと悟ったキュラス神聖国軍の兵士たちは、一切の抵抗を諦めた。


◇◇◇


 それから数時間後、湯の川の民やアズマ公爵軍の兵士たちによって、キュラス神聖国軍の兵士たちが、十六夜の触手から救出された。



「国へ帰るんですね。貴方たちにも家族がいるのでしょう?」


 そして、オリアーナの言葉に諾々と従い、玉手箱を手土産に持たされ、来た道を引き返していった。



 なお、玉手箱の中には、いまだに怨嗟の声を上げている天使の残骸が入っている。


 当然、嫌がらせではなく、十年ほど熟成させればエリクサーっぽい物になるはずだと予測されたものである。

 十六夜にとってはゴミでも、人間にとっては貴重な物だったのだ。

 そんな精製ができるのも、彼女の努力の成果である。



 もっとも、そんなことを言われても、今の彼らの心理状態では理解できるはずもない。

 それでも、髪の色が抜け落ちたり、髪そのものが抜け落ちたりしている彼らに、それを拒否する気力は残っていなかった。


◇◇◇


 帰国した彼らは、当然、様々な筋から説明を求められた。


 しかし、彼らは湯の川と聖樹教に手を出してはいけないと繰り返すばかりで、どれほどの尋問にかけられようとも、一切の詳細を語ることはなかったという。


 そうすると、残された手掛かりは、彼らが持ち帰った、正体不明の箱だけ。


 しかし、それを強引に調べようとした何人かが、壮絶な不審死を遂げた。


 それが続くと、キュラス神聖国も、この件にはこれ以上触れてはいけないのだと悟った。


 そして、これまでの調査資料なども全て破棄し、事件そのものを闇に葬ることに決めた。




 アズマ公爵領でも、緘口(かんこう)令を敷くまでもなく、この件を口に出すような勇者や愚者はいなかった。


 というより、後に行われたユノのライブで上書きされた。


 遅まきながら状況に気がついた彼女が、どうにか挽回しようとして行ったことだが、あまり効果的ではなかった――むしろ、狂信者を増やすだけに終わった。




 そして湯の川でも、


「この件はお母様には内密に」


「はい、私たちが我を忘れてしまったこともどうか……」


 大失態を犯してしまった十六夜と、ユノの使徒としてあるまじき振る舞いをしてしまったシャロンたちとの間で、取引が成立していた。

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