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18 新兵器vs神兵器

 西方諸国連合軍の戦力は、空には大型飛行戦艦2隻と高速飛行戦艦10隻。

 地上には256台の戦闘車両。

 人員は5万を超える。

 兵站には15隻の大型飛行輸送船を使う。


 これは、過去に例を見ない規模での軍事行動である。



 十年前の戦争でも初動で三千人ほど、後続の部隊や補給部隊を合わせても一万そこそこであり、それでも大規模といわれるのだから、西方諸国連合がこの戦争にかける本気度が窺える。




 この世界での侵略戦争は、魔物の跋扈(ばっこ)する地域を自力で開拓するよりも楽な手段として行われるものである。


 本国の守りを疎かにしてまで派兵して、その隙を魔物に襲撃されたりしては本末転倒なのは当然として、大規模な補給部隊なども魔物たち格好の標的となるため、戦争はその規模が大きくなるほど、魔物のいない世界以上に戦線の維持が難しくなる。


 しかし、さきのヤマトとオルデア共和国との戦争では、「神の秘石」というチートアイテムが、今回の西方諸国連合とキュラス神聖国は、アザゼルの提供した膨大な量の兵器と物資で、それを制限付きではあるが可能とした。




 対する湯の川の民は約八千。


 彼らの後方の砦内には、グレイ辺境伯領の各地から集まってきた兵士が三万ほどいる。

 しかし、武装こそしているものの戦いに参加するという雰囲気ではなく、砦に備えつけてある兵器を稼働させる様子もない。


 この世界の戦争は、基本的に防衛側が圧倒的に有利となる。

 当然、それは砦などに備えつけられている兵器や、充分な物資などがある前提のことで、攻撃側にも同等以上の兵器や物資がある場合はその限りではない。




「いまだ砦に動きはなしか……。結果は変わらんが、少しは抵抗してくれなくては面白くないではないか……」


 指揮官が、地上にいる湯の川の民を眼中に入れていないのも無理はない。

 スキルも魔法も届かない地上から、空を飛ぶ戦艦を相手に何をしようというのか。

 魔物や亜人の存在が報告されているが、空を飛べるそれらがいたとしても、古竜でも斃せる火力の前では脅威足り得ない。



「部隊の配置、完了しました。――これ以上待っても無駄でしょう。まずは地上にいる虫けらどもを蹴散らし、奴を誘き出す餌にでもなってもらいましょう」


「ははは。むしろ、怯えて隠れてしまうのではないですかな?」


「――お喋りはそこまでだ。全軍、進攻を開始せよ」


 指揮官は、勝った気でいる高官たちに形だけの叱責(しっせき)をすると、全軍に行動開始の合図を送った。


 彼とてこの瞬間を待ち侘びていたのだ。

 部下の前でなければ、若しくはアルフォンスの吠え面でも拝んでいれば、彼もはめを外していただろう。


 勝った気でいたのは、彼も同様なのだ。



<ほ、報告します! ぜ、前方に突然巨大な竜が――何だあの大きさは――この魔力反応、まさか、古竜!?>


 突然の報告に、船内や、同じくそれを確認した他の艦や地上部隊にも緊張が走った。

 そして、それはすぐに艦橋にいる彼らも確認するに至った。


 艦橋から見える巨大な竜の姿とそれが放つ威圧感は、上位以下の竜とは一線を画すもの。


「古竜――まさか本当に遭遇するとはな」


 それでも、多少の動揺は見られたものの、西方諸国連合軍全体に大きな混乱はなかった。


 あれと通常戦闘距離で戦うとなれば「脅威」などというレベルの話ではないことは、離れていても分かる。

 訓練を積んだ兵士たちでも、ヘビに睨まれたカエルのように、何もできぬままに殺されるだろう。


 しかし、今回は状況が違う。

 いくら強大な力をもっていたとしても、攻撃を受ける距離まで近づけさせなければいい。


 そして、この戦艦の火力であれば、古竜を斃せる。


 竜殺しの英雄となるその瞬間を期待して、西方諸国連合軍の士気に衰えは見えない。



「古竜との交戦も想定内ではありますし、勝利する結果には変わりはないでしょうが、初戦での消耗は、今後の計画に影響することは避けられませんな」


「ですが、ここで竜殺しの箔でも付ければ、最終的な交渉の場では役に立つやもしれません」


「そのあたりのことは、死んだ身である我々には関係の無いことですが――ですが、なぜ『青』なのでしょう? まさか、奴らの与太話が本当だったとか――」


「莫迦なことを言うな。奴らの神が、竜どもに恩恵を与える代わりに、竜どもがその神の剣や盾となる? 気位の高い竜が、いかに神であろうと諾々と従うはずがない。そもそも、色の見間違いなどよくあること――光の加減や周囲の状況で見間違えたのだろう。とにかく、迎撃用意だ。充分に引きつけて撃て!」



<つ、つ、つ、続けて赤、白、銀出現! これは、まさか――でも――>


「お、落ち、落ちち、つけ! こ、古竜が群れで出現するなど、聞いたことがない! まやかしだ! どこかに術者がいるはず――地上の虫けらどもに爆撃をお見舞いしてやれ!」


 観測手の報告を聞くまでもなく、艦橋からもそれが見えていた。


 彼らに古竜を斃す自信があったとはいえ、4頭同時というのは想定外である。


 そんな想定外に混乱した指揮官の命令を受け、同じく混乱していた砲手たちは、すぐに地上にいる湯の川の民へと向けて砲撃を開始した。


 高速で飛行する竜に当てるために、堅牢な砦を効率よく破壊するためにはもう少し接近する必要があったが、地上にいる人間や魔物が標的であれば充分な威力である。

 当然、避けることも防ぐことも不可能――なはずだった。



<――――ちゃ、着弾確認。ですが、敵部隊に被害無し。全て正体不明の戦車によって防がれた――いや、弾かれた模様――>


 彼らが想像していたような蹂躙(じゅうりん)劇は起こらなかった。




 西方諸国連合軍の飛行戦艦や戦車からの攻撃を防いだのは、ユノの誕生日に、ユノに贈られたメガユノの試作機――習作を捨てられずに保管していた物に、急遽(きゅうきょ)、車輪付き台車を付けただけの物だった。


 それでも、湯の川で採れた新鮮で上質なオリハルコンと、とても質の高い魔石――水準としては賢者の石に匹敵するレベルの動力源でコーティングされたそれの防御力は、艦砲射撃程度では傷ひとつ付けられない。



「大した射程距離だ。だが、このプロトタイプメガユノ様を傷付けるには、威力が全然足りねえな」


 この結果に、戦闘員としてではなく操縦士として帯同していたドワーフの職人グスマンは、満足そうな笑みを浮かべていた。


「しかし、ユノ様が言ってた『努力が報われると限らない。でも、全くの無駄にはならない』ってこういうことだったのかな?」


「おう。満足いくメガユノ様が造れなくて、でも捨てるに捨てられなくて困ってたこれが、こんな所でこんな形で役に立つとはな」


「やっぱ、ユノ様はすごいお方だな。その上、強くて可愛くて優しくて、なのに(おご)った感じもなくて――そんな素晴らしいお方のお顔なんだから、いくら習作だっていっても、ちゃんと色くらいつけとくべきだったな」


 メガユノ製作に携わったほかの職人たちも、プロトタイプの性能には満足していた。

 しかし、だからこそ、仕上げまで至っていないことは無念に感じていた。

 当然、この場合の仕上げとは着色のことであり、武装はそれに含まれていない。


 そもそも、彼らは、ユノの最大の武器はその可愛さ美しさであると考えている。

 当然、そのフォルムを損なうような武装を取りつけることなど、彼らの矜持(きょうじ)が許すものではない。


 車輪にしても、台座というか、台車に乗せただけという形で、どうにか心の平穏を保っているのだ。



 そのせいで、巨大なのっぺらぼうの生首が巨大な台車に乗せられて、それがずらりと並べられているという不気味な光景になっている。


 そのモチーフがユノだと理解している者たちにとっては思わず拝みたくなるような光景だが、知らない者たちにとっては、ひたすら狂気と恐怖を覚えるものでしかなく、違う意味で拝みたくなるのは間違いなかった。




<こ、古竜が散開――はっ、速い!?>


<いくら何でも速すぎる! しょ、照準が追いつかない!>


<何だこの複雑な戦闘機動は!? ――こんなものに当てられる気がしない!>


<よし、当た――届いてない!? これが《氷結地獄(コキュートス)》――時間さえも凍らせるという噂は本当だったのか!?>


<赤にも青にも銀にも届かねえ! 誰だよ、この戦艦の火力なら古竜でも斃せるって言った奴は! 絶対に許さないからな!>


<ああ! サン・ルイがやられた!>


 西方諸国連合艦隊は、正体不明の戦車の防御力に驚く暇もなく、《オーバードライブ》した古竜たちの猛威に曝されていた。


 古竜たちの飛行速度と旋回性能は、当初の想定を大きく上回る。

 攻撃を当てるどころか、照準をつけることすら難しい有様だった。


 そして、当たったかのように見えた砲弾も、古竜の展開した領域の中で、消滅し、焼滅し、停滞し、圧潰されて届いていない。

 彼らがユノとの模擬戦で習得した、ユノからの攻撃を気持ち弱める程度の範囲の狭い領域だが、砲撃を無効化するには充分すぎるものだ。

 また、《オーバードライブ》時には瘴気も遮断するため、人間が彼らを斃すことは事実上不可能となった。



 西方諸国連合軍にとって、それが幻影などではないのは、高速飛行戦艦の一隻が、なす術もなく落とされたことからも明らかだった。


「――っ! な、何をやっている!? 陣形を整えろ! 弾幕を張れ!」


 指揮官は、想定とは全く違っていた古竜の戦闘力に、パニック状態に陥りながらも、とにかく有効だと思われる指示を出し続けていた。



 そもそも、彼らの想定していた古竜の戦闘能力とは、一定の撃退報告がある黒竜を参考にしたものなのだが、特殊能力特化型の黒竜は、他の古竜に比べて基礎能力が低い。

 しかし、それを知るのは当の古竜たちくらいのもので、実際に複数の古竜と戦った者がいないどころか、遭遇して生還すること自体が稀なため、その差が明らかになることがなかったのだ。


 後は、古竜が砦や城塞都市を襲撃したことが無いという事実が、知性の高い上位竜や古竜の能力でも砦を攻略できないか、若しくは割に合わないと思っているものだと判断していた。



 その判断は、あながち間違いではない。


 古竜が砦や城塞都市を攻略できるかどうかは、ロケーションや兵器の質と量によるとしかいえないが、割合的には大半が攻略可能である。


 無論、無傷でとはいかないが、そもそも、竜――空を飛べる大型生物が砦や城塞都市を攻略するなら、兵器の射程外の上空から、岩でも何でも落とすだけでも充分なのだ。


 当然、最初の何回かは対空砲火や結界などで被害を軽減できるだろうが、その消耗はただ飛んで物を落とすだけの竜とは比べ物にならない。


 竜がそれをしないのは、その必要が無いから――砦や都市の攻略などに興味が無いからである。


 基本的には暇を持て余していて、戦いを好むのが竜の(さが)なのだが、それは強者との戦い――その緊張感や高揚感が好きなのであって、兵器と戦いたいわけではない。


 そして、攻略法の存在している砦との戦いなど、ただの作業でしかないのだ。

 当然、それが彼らの領域を侵すものであれば話は別だが、現在の彼らであれば、領域を纏って通過するだけで事足りる、災害として相応しい存在になっていた。


 何より、今回の彼らはそれ以上の下心を抱いていて、やる気に満ち溢れていた。




<四番艦、六番艦轟沈――消滅! 古竜の勢い、止められません!>


「だ、弾幕薄いぞ! 何をやっているんだ!?」


<こ、これで精一杯で――ぎゃああぁ!>


<くそっ! 九番艦も――誰だよ、竜なんか敵じゃないとか言ってた奴は! 責任とって食われてこいよ!>


「き、貴様、誰に向かって口を利いて!? 後で覚えておけ――」


<はっ! 笑わせんな! 俺にもあんたにも後なんてねえよ! くそっ、くそっ! 当たらねえ!>


<母ちゃんごめん。母ちゃんの言うとおり、軍になんか――>


<こちら第一戦車部隊。上空からの援護はどうなっている!? こちらの主砲では奴らの戦車に傷ひとつ付けられん! いや、歩兵にすら弾かれている――>


<敵戦車――接近止められません! え、戦車? ――生首!? 目も口もない――何だこれは!?>


<戦車が生首に撥ねられた! 削り取られ――食われた!? 俺は一体何を見ているんだ!?>


<生首の中から人が! ――え、魔王!? う、うわあああ! 来るなあ!>


<報告します! 敵生く――戦車により我が軍の戦車隊は半壊! 壊滅も時間の問題! 敵軍の中に多数の魔王の存在を確認――その中に、あの獣王レオナルドもいたとの報告が――>


<ああ……。あの噂は本当だったんだ……>


<俺たちは、手を出しちゃいけないものに手を出してしまったんだ……>


<神よ、愚かな我らを赦し給え……>


「お、落ち着け! こ、後退しつつ陣形を整えろ! 落ち着いて行動せよ!」


 戦闘開始からずっと、目に見える脅威や、聞こえてくる味方の悲鳴で、西方諸国連合軍は大混乱に陥っていていた。

 そんな状況にあって、既に戦犯扱いの指揮官の声など届かない。

 そして、すぐに指示を出すことさえできなくなった。



 地上では、我先にと逃走を図る者、戦車の陰に隠れようとする者、ただ神に赦しを請う者など、行動は様々だが、この世の地獄と化した戦場で戦意が残っている者はほとんどいなかった。




 オリハルコンで造られたプロトタイプメガユノは、その硬度もさることながら、そのモチーフとなった少女の持つ神の奇跡のような曲線で、敵の攻撃を受け流していた。


 また、心臓部には、ドワーフ族の技術の粋を集めて造られた、水精対向エンジンが搭載されている。


 水精対抗エンジンとは、複数の水の精霊が交互に水を生成し、火の精霊がそれを瞬間的に気化させることによって生じたエネルギーを利用した、環境に優しいクリーンな動力である。

 それを搭載した台車は、賢者の石という動力源を得て、賢者の名前に相応しくない、力強い――暴力的なまでの運動性を誇っていた。


 そのパワーは、敵側の鈍重な戦車もキビキビと弾き飛ばし、更に地の精霊の加護によるグリップ力の向上で、車両とは思えない機動力を発揮して、軽快――というか、奇怪な走りを実現していた。


 無論、いくら伝説級の素材を使い、神の姿を模した物であっても、真に神が造り給うたものや、神そのものに敵うものではない。

 それでも、後世でそれが発掘されることがあれば、間違いなくオーパーツと呼ばれる類の物である。



 当然、湯の川の民が身につけている装備も、それに類するものである。

 神器とまではいかなくても、名だたる聖剣や魔剣にも匹敵するような武器や防具で、敵の砲火を受け止め、分厚い鋼鉄の装甲を飴細工のように破壊していく。


 ごく普通の湯の川の民――彼らが一般常識に照らし合わせて普通かどうかはさておき、そこでは特別な存在ではない彼らでもそうなのだから、魔王やその配下だった者たちの振るう猛威は災害レベルである。



 射程と威力に優れた兵器の数々も、懐にまで潜り込まれては、その取り回しの悪さゆえに狙いをつけることもできない。

 それ以前に、防御など考えてもいなかった密集陣形では、同士討ちの危険がある。

 そのため、無暗に攻撃することもできず、回避行動もとれない。


 もっとも、動こうにも、アラクネーの魔王グロリアの出した糸によって絡めとられている車両も多かったのだが、とにかく、湯の川の民にとって、そこにあるのは多少頑丈なだけのただの箱である。

 無論、油断や慢心をしなければという条件は付くが、湯の川の民にとっての聖戦で、そのようなふざけた者はいない。


 ゆえに、西方諸国連合軍が、同士討ちを覚悟の上で攻撃したとしても、傷付くのは西方諸国連合の兵のみ。

 当然、個人の用いる剣や魔法では、それ以上の効果を望むべくもない。




 湯の川の民は、脳筋が多かった。


 グロリアのように支援行動ができる者は稀である。

 しかし、「できることより、やりたいことをやれ」が湯の川の民の行動方針である。


 航空支援が役割であったはずのギルバートたち飛行部隊も、地上部隊が気持ち良さそうに暴れ回っているのを見ると我慢できなくなり、気がつけば彼らと一緒に、棍棒片手に大地を走り回ってヒャッハーしていた。



 聖樹教信者――ユノに侵された患者は、多幸感と引き換えに――圧倒的多幸感ゆえに、バーサーカーになりやすいという症状が出る。


 もっとも、症状は精神状態に左右されるので戦闘時以外は温和になるのだが、今現在攻められている西方諸国連合軍からすれば、目に狂気を宿した集団に襲いかかられる恐怖は筆舌に尽くし難く、何の慰めにもならない。




 その中でも、獣王レオナルドは、久々の大量の玩具を前に大いに興奮していた。


 ユノとの集団模擬戦で、更なる高みを目指すのは、確かに充実した時間である。

 しかし、相手がユノでは分かりづらい、己の強さや成長具合を確認できる機会も欲していたのだ。 

 戦闘相手としては物足りない鉄の塊でも、殴ったときの手応えと吹き飛び具合、爪の研げ具合など、確認できることは多い。


 そうして、彼の周囲には、湯の川の民でも近寄れないほどの暴威が吹き荒れていた。


 味方でさえそうであるものが、敵対者にはどう見えるか――。




 既に、大半の西方諸国連合の兵士たちは、見た目の衝撃だけでなく、魔王たちの放つ覇気で戦意を――中には意識を失っていたり錯乱している者までいた。


 特に、後者の状態異常に陥った者たちの末路は悲惨なものだった。



 失神してしまった者は、後退する仲間や戦車に踏まれ、錯乱してしまった者は、闇雲に攻撃を始めて、味方だった者に殺される。


 湯の川の民は、自分たちの身の安全を第一にしながらも、できるだけ一般兵士を殺さないようにと気をつけていた。

 しかし、基礎能力が違いすぎることと、敬愛するユノを侮辱された怒りと、バーサク状態で手加減が上手くいかないことも多く、運の悪い何百人かは、モザイクが必要な状態になっている。


 それでも、「済んでしまったことは仕方がない」と、どこかの誰かのような前向きさを発揮して、再びその手を返り血で染めていく。


◇◇◇


 砦の城壁から両者の戦いを見守っていたグレイ辺境伯軍の、十年前の戦争を知る者たちや、彼らから当時のことを聞かされた者たちは、その記憶や想像からかけ離れた異様な光景に唖然とするしかなかった。


 彼らもまた、砦が万全の状態であれば、古竜の襲撃をも凌げると思い込んでいたのだ。


 それが甘い考えであることは、すぐに理解させられた。



 古竜たちは、高速で飛行する船より速く飛び、驟雨(しゅうう)のように降り注ぐ砲撃を掻い潜り、多少の弾幕などものともせずに突っ込んで、自身の倍以上の大きさの船を叩き落していた。


 それどころか、余力を残しているのは明らかである。


 彼らくらいの存在が《無詠唱》で魔法が使えないなどということはなく、また、竜の代名詞ともいえるブレスも使っていないのだ。

 実際には、もっと高次の攻撃を行っているのだが、それこそそこに至っていない者には分からない。


 とにかく、古竜が4頭もいるとはいえ、移動要塞といっても過言ではない飛行戦艦があの様では、地上で動かない砦など、彼らの敵にはなり得ない。



 驚かされたのはそれだけではない。


 この世界にも、近代的な車両や、兵装の充実したの戦車も存在はする。

 当然、燃料や資材には限界があるので、配備できる数には限界があるし、大量配備ができたとしても、維持し続けることは難しい。


 アザゼルが西方諸国連合に提供した物も、最低限の性能だけは確保しているが、使い捨てにされることが前提のモンキーモデルであり、大幅な資源の節約が図られている。


 それでも、今回の物量は、この世界の人の感覚では使い捨てにできるようなものではない。

 ただ、アザゼルからすれば、コストは必要なところで支払うべきものであり、これは彼の目的を達成するための必要経費だった。



 ただ、それ以上に、湯の川の民の装備が信じられない物ばかりだった。


 彼らの装備には、ミスリルやオリハルコンなどの希少金属がふんだんに使われている――というより、鉄や木材などの一般的な素材が見当たらない。

 糸や布にしてもクモ系の魔物から採れるという高級素材であったり、精霊の恵みがたっぷりと込められた、お伽噺の中にしか存在しないような素材である。

 領主から、「新たな神話の目撃者となれ」と命じられて、覚悟を決めていた彼らの想像を遥かに超えるものだった。



 そして、湯の川ではありふれた素材であるらしいオリハルコンでできた巨大な頭像も、いろいろな意味で彼らの想像を超えるものだった。


 オリハルコンを見たこともない者が多い中で、ひと目で分かる輝きの違い。

 それで湯の川の民の信仰の対象を造ろうとしたことは理解できるが、それを戦車にするという感覚は理解できない。

 しかも、未完成なので、どう見てもデスマスク。


 それが、西方諸国連合の戦車からの砲撃や戦車そのものを弾き飛ばしながら、敵陣の真っ只中を縦横無尽に爆走していた。



 グレイ辺境伯軍の多くの者は、伝え聞いていた話や写真で見た可憐なユノの姿に、神話とはもっと厳粛で感動的なものだと勝手に思い込んで期待していたのだが、このあまりの惨劇には言葉を失ってしまった。


 しかし、「騙された」とか「期待外れだ」などと文句を口にする勇気はない。


 もしそれに機嫌を損ねた湯の川の民が、あの頭像で突撃してくるようなことがあれば、砦にはそれを食い止める能力がないのだ。


 西方諸国連合軍の攻撃のうち、頭像戦車に命中せずに地面を抉ったものや、流れ弾や跳弾で損傷した城壁を見れば、その威力が決して弱いものではないことが分かる。

 そして、広範囲に整然と布陣していた西方諸国連合軍の中を、湯の川の民が通りすぎた後に綺麗な道ができている様子は、まるで収穫期を迎えた麦畑でも見ているようだった。




 戦争というにはあまりに一方的な展開だったが、侵略してきた側であるはずの西方諸国連合軍が、抵抗の意志を示せていたのは、開戦前だけだった。


 彼らの知る限りで、最高の性能――それまでの物とは威力・射程・精度の全てにおいて一線を画していたはずの最新兵器が、神の恩恵をたっぷり受けた神兵器には全く歯が立たなかったのだ。


 後方に位置していて戦況を目視できない者たちも、前線での衝撃音や悲鳴と、意味不明の通信、そして巻き上がる砂塵や血煙や戦車を見聞きすれば、尋常ではないことが起きているのは想像できる。



 それよりも、頼みの綱の戦艦には、古竜に対抗できる能力がないことが露呈してしまった。


 既に大型戦艦のうちの一隻は、青竜の能力らしき巨大な水の玉の中に捕らえられて沈黙している。

 もう一隻も、甲板上に降りたっている白竜によって氷漬けにされていて、抵抗どころか航行すらもできる状態ではない。


 高速戦艦も、既に半数は落とされていた。

 残りの半数も、銀竜と赤竜に、ネコに追い回される鼠のように逃げ惑っているだけで、健在とはいい難い状態だった。



 なお、最初に落とされた船はお飾り提督たちが乗っていた船であり、実質上の指揮官も、青竜の作った水の檻の中で溺死している。


 当然、指揮系統は崩壊している。

 地上部隊の中には逃走や投降を始める者もいて、西方諸国連合軍と湯の川の民だけでは収拾がつかなくなっていた。

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