14 カバーストーリー「儂が育てた」
アルがまた妙なことを思いついてから、侃侃諤諤の議論が始まった。
そこに、学園帰りのリリーや、仕事上がりのシャロンも巻き込んでさらにヒートアップして、丸一日が経過した。
そうして出来上がった私の設定はこうだ。
◇◇◇
私は最も古い神の一柱である。
司っている属性は「可能性」で、その象徴は世界樹である。
そして、この世界を創造した際にも大きく貢献している。
私は、ほかのどの神よりも大きな力を持っていたけれど、大きすぎるその力は思わぬところにまで影響を及ぼすこともあった。
さらに、その力だけではなく、頭の中までもが余人の理解できる範囲になかったため、人類が未熟な現状では、私の存在は悪影響にしかならないとほかの神々に判断された。
しかし、私を殺してしまうのは損失が大きすぎる。
世界樹は、正しく扱えば世界の益となるものだからだ。
なので、人類の階梯が上がるまでは、私を封印しておこうということになった。
ただ、その封印も私を封じるには充分なものではなかった。
それは、大きな力を持つ者であれば、人間であっても綻びを生じさせることが可能なくらいのものだったため、神々は、私のことを「全てを滅ぼす邪神」だということにして、人を遠ざけた。
それから、真実が人間や神々の記憶からも消えるほどの長い年月が過ぎた頃、ロメリア王国貴族、グレイ辺境伯家の三男アルフォンス・B・グレイが、辺境にて未知の地下迷宮を発見した。
そして、好奇心に負けて足を踏み入れた。
そこは、お察しのとおり、私を封印していた場所――という設定の、今では湯の川の町ができている場所だった。
残念ながら、まだ幼かった当時のアルでは迷宮を踏破することはできなかったものの、偶然に偶然が重なって、封印に綻びを生じさせてしまった。
アルも微妙な違和感を覚えたものの世界に異変はなく、その後は彼にもいろいろとあったために、このことを気にしたり思い出したりする余裕は無くなってしまった。
異変が起こっていたのは、こことは違う世界――異世界だった。
記憶も力も失った私が、異世界で人間としての生を得ていたのだ。
それからの十数年をただの人間として過ごしていた私は、運命に導かれるように生まれ故郷に引き寄せられた。
それに先立ち、ホーリー教――愛と豊穣を司る女神が、とある神託を下していた。
その神託を受けた巫女アイリスは、それを「ゴクドー帝国が、世界の危機を招いている」と解釈した。
しかし、神託の真に意味するところは、「神としての力を取り戻しつつある私が、帝国の非道な行いの数々を目にして、人間の敵となる」というものだった。
そうとは知らないアイリスだけれど、結果として、その清廉な精神と直向きな想いで、そして、かつての私の眷属であった金毛九尾の狐の血を受け継ぐ少女や、私と初代銀竜との盟約を受け継いでいた当代銀竜の尽力もあって、私をこの世界に繋ぎ止めることに成功した。
しかし、私の戻りつつある力に対して、失くした記憶と中途半端に残る封印のせいで、溢れた力がいつ暴走するとも限らない――いい替えれば、いつ世界が消滅するともしれぬ危機に曝されていたのだ。
そこに再び登場するのがアルである。
不安定な私を手に入れようと襲ってきた悪魔の大軍を、アルはアイリスたちと協力して退けた。
そして、問題を解決する力を借りるために、愛と豊穣の女神フレイヤさんまでの道を切り開いたのだ。
しかし、そこでフレイヤさんが示した解決策は、私を再び封印することだった。
アイリスたちをこれ以上の危険に曝すくらいならと、封印されることを望んだ私は――大人しく諦めるのは私っぽくないけれど、しょせんは作り話なのでスルーしておく。
それはさておき、フレイヤさんの判断――決定を不服としたアイリスたちは、フレイヤさんと袂を分かってでも、私を救う方法を探すことを決意した。
しかし、フレイヤさんの高圧的で取りつく島もなかった態度は、アイリスたちの覚悟を試すための演技だった。
彼女たちの強い覚悟と純粋な想いに触れて、心を打たれたフレイヤさんは、もうひとつの解決策を提示した。
それは、私の記憶と力を完全に取り戻すこと。
そのためには、始まりの地にある地下迷宮を攻略して、その最深部で封印の核を破壊すること。
ただし、迷宮には幼い頃のアルでは太刀打ちできなかった魔物が数多く徘徊していて、封印を守る番人も当然のごとく存在する。
特にその番人は、当時の神々が、その力を合わせて造った最高の防衛装置である。
長い年月の中でその能力の大半を失っていたとはいえ、それでも人間の手に負えるようなものではなかった。
もちろん、フレイヤさんは番人の存在や、アイリスたちだけでは迷宮の攻略は難しいことを理解していた。
そこでフレイヤさんは、迷宮攻略前にとあるところを訪ね、そこにいる者たちに協力を求めるようにとアイリスたちに道を示した。
そこは、神々の住まう地――しかし、私の復活を待ち望む、神族としては異端な人たちが集まってできた集落だった。
ただし、こちらも長い年月で、当時の私を知る人が死に絶えているのは当然として、今の平和な世界を脅かしてまで私を復活させることを疑問視する人も少なからず存在した。
そこで、アイリスたちは様々な試練に挑むことになった。
私ではなく、なぜアイリスたちなのかは理解が及ばないけれど、とにかくそいういうことになったので、様々な苦難を乗り越えて彼らを味方につけることができた。
更にいろいろとあって迷宮を攻略して、私と世界を救うことができた。
めでたし、めでたし。
そんな感じの、みんなの要望や欲望を盛り込んだお話になっていた。
要するに、私は正当な神の一柱で、フレイヤさんもそれを認めている。
そして、私とアイリスたちとフレイヤさんの関係は良好であるという話で、正直、話が大きく長くなりすぎて、細部まで覚えられる気がしない。
もちろん、存在しない記憶を取り戻すことなどできないので、力と力の使い方は取り戻したものの、それ以外の記憶は戻っていないという設定で、時折わけの分からない言動をするのは、その後遺症だということになっている。
おかげで、私の言動が多少ブレても問題はないのだけれど、それはそれでどうなのかと思わなくもない。
◇◇◇
「神様もいるし、大丈夫だろうと思って仕事に行って、久し振りに帰ってきてこれはきついわ。私やお爺ちゃんたちが、レティを召喚するために一生懸命研究してるっていうのに、何であんたは問題ばっかり起こすわけ? 私の名前が使われてないのは助かったけど……」
その日の夜、仕事帰りのソフィアに、開口一番お説教された。
「まあ、百歩譲って私が仕事してる間に遊んでたのはいいわ。いえ、もしかしたら、ほかの誰よりも仕事をしてるのかもしれないしね。成果は別として」
分体で活動していることなのか、余計な仕事という意味なのか――恐らくは後者だと思うけれど、いつにも増してソフィアの目が冷たい。
もしかして、素直ではないところがある性格の彼女のこと、仲間外れにされたのがご不満だったのか――などと考えていたら睨まれた。
エスパーか。
「でも、アイリスにはちゃんと説明しときなさいよ? 自分の知らない間に、壮大な物語の登場人物にされてたりしたら、私なら悶絶するわよ?」
……アイリスは魔界のことでいっぱいいっぱいだろうから、それが落ち着いてからすることにしよう。
うん、それがいい。
◇◇◇
ソフィアの言うとおり、遊んでいただけならどんなによかったことか。
筋書きができあがったところで、巫女たちやその見習いに、これをロメリア王国内で広める手伝いをしてもらおうと打診したのだけれど、どこをどう間違えたのか、作り話を本気で信じ込まれてしまったのだ。
そして、それはあっという間に町中に広がった。
「あんたは自分の持ってる影響力を、もっとちゃんと考えなきゃ駄目よ。普通なら『何言ってんのコイツ?』で終わる話でも、あんたの場合は否定しきれる要素が無いのよ。私でもこの話を否定しきれない――っていうか、むしろアリなんじゃないかと思うわ。そもそも、あんたみたいなのが、元は普通の人間だったなんていう方が説得力に欠けるわ」
ソフィアはそうは言うけれど、「この話は作り話だからね?」と、私自身が釈明しているにもかかわらず、
「なるほど。では、そういうことにしておきましょう」
「ははは、分かっております。分かっておりますとも!」
「ユノ様が偉い神様だってことになったら、ぼくたちに気軽に会いに来れなくなるからなんでしょ? やっぱりユノ様はお優しいです!」
などと、どう考えても全然分かっていない返事ばかりを頂いた。
肝心なところで影響力が仕事していない。
まあ、小さい子供は可愛くらしくて賢かったので癒されたのだけれど。
もうそれでいいや。
ただ、事はそれだけに止まらず――というか、彼らがその作り話を信じた当然の帰結というか、私のことを侵略のダシにした神聖国と連合国に対する怒りが爆発した。
その結果、湯の川は、ロメリア王国の援軍として――むしろ、自分たちの戦争だとして介入することが決定した。
私の名誉のためではなく、自分たちの意志で――というか、私への信仰によって心の平穏を得ている彼らの防衛行動として参加するらしい。
その信仰に、多少の不適切さや誤解があったとしても、「これは私たち俺たちの戦いなのです!」と断言されてしまっては、私がそれを咎める道理はない。
ただし、さすがに未成年の参加は禁止させてもらった。
巻きこまれてやむを得ずといった場合もあるけれど、そうでなければ、自身で判断できるだけの知識や経験を積んでからが望ましい。
また、その間も町の運営や、業務に支障をきたさないことも同様である。
そして、万一戦死してしまっても、蘇生はしないことを参加の条件にした。
意志は尊重するといっても、全てを許容するわけではない。
子供たちを必要の無い危険に曝すことは許容できないし、子供たちの世話を放棄してまで戦争に行くことも論外。
戦死についても、自らの意志で行った行為に対する結果は、どのようなものであっても自身が負うべきものだ。
子供を戦場に立たせたくないのはこれが理由だ。
きちんと自身で判断できる年齢になるまで――もちろん、年齢で単純に線引きするものではないけれど、一定の判断力を養えるまでは、大人の責任で庇護するべきだと思う。
なので、戦場でもそれができる大人がいるならその限りではないけれど、そこまでして参加しようとする子供はいなかった。
物分かりのいい子ばかりで結構なことである。
そして、大人も物分かりがよかった。
「当然のことです。私たちは私たちの平穏のために戦うのであって、子供たちや同胞に心配や苦労を掛けることなど本末転倒です」
「死者の蘇生をしないっていうのも、だから絶対に死ぬなっていうユノ様なりの優しさですよね」
「それくらい俺たちならできるっていう信頼かもしんねえぜ?」
「「「やっぱりユノ様は最高だな!」」」
いや、これは物分かりがいいといっていいものだろうか?
どう考えても誤解されている。
いや、一部は誤解ではないけれど、変なところで都合の良い解釈をして、株が勝手に上がっていくのはどうにかならないものか。
恐らく、このあたりのことが、ソフィアのお説教の原因なのだろう。
しかし、果たして今回の件は私が悪いのだろうか?
もっとも、誰が悪いのかが分かったとしても、今更無かったことになるはずもない。
どうしたものか……。
◇◇◇
志願者たちに、希少金属でできた、コスト度外視で性能を追求した武器や防具を供与した、ドワーフの職人たちはこう語った。
「いつか必要になる日が来るかもしれない。叶うなら、いつまでもそんな日が来ないでほしい――そう思って、こつこつと造っておりました。さすがに、その日がこんなに早くに来るとは思ってもいませんでしたが、この聖戦に間に合ったことは儂らの誇りです。職人のほとんどが、皆と共に戦場に立てぬのは無念の極みだと思っておりますが、彼らなら、儂らの分までやり遂げてくれるでしょう」
それを受け取った戦士はこう返した。
「貴方たちの魂は、私たちの剣となり盾となって、常に私たちと共にあります。むしろ、貴方たちのおかげで、私たちは戦場に立つことができるのです」
とある大魔法使いはこう語った。
「その装備には、アルフォンス君と共同開発した様々な特殊効果が付加されているわ。――これ、マニュアルね。覚えるのは大変かもしれないけれど、きっと役に立つわ」
そして、とある賢者はこう語った。
「こんなこともあろうかと、大容量組み立て式ポータルを開発しておいてよかったのだよ。携帯するには少々嵩張る点と、消費魔力量には問題は残るが、運搬には竜を使えば、そして片側がこの町なら魔力の問題は無いも同然。もちろん、敵味方の識別機能は標準装備なので、安心して使ってほしいのだよ!」
戦争の準備が一日で――いや、ほんの数時間で完了していた。
これにはアルもドン引きしていた。
しかし、グレイ辺境伯家やアズマ公爵家はともかく、ロメリア王国全体としては出遅れていることもあって、「ロメリア王国からの援軍が到着するまで、遅滞戦闘に務めてほしい」と、頭を下げることしかできなかった。
「だが、倒してしまっても構わんのだろう?」
レオはやる気満々だった。
むしろ、玩具を独り占めできると喜んでいる子供のようだった。
「飛行機とやらもおらん。九頭竜もおらん。今度こそ儂らが大活躍じゃな」
「だが、ユノ様とのトランザムができないのでは、つまらん遊びになりそうだがな」
「でも、特別ボーナスくらいは出るんでしょう?」
「カムイのヤク〇ト代くらいは稼がんとな」
ヤマトから帰ったばかりの古竜たちも、やる気満々だった。
なお、カムイは私よりも実年齢は上なのだけれど、どう見ても成人はしていないので、参戦は許可しなかった。
不満を隠そうともせず、ほっぺを膨らませて抗議する姿もまた可愛い。
いろいろなやり取りの末、最終的に動員される数は九千人ほどになった。
町の人口の三割弱ほどの大人数だけれど、数だけを見れば、話にならないレベルで負けているらしい。
もっとも、質的には古竜、大魔王、魔王を筆頭に、その配下だった人が多数を占めるので、戦力的には充分以上というか、明らかにオーバーキルだそうだ。
そして、兵站というか補給に関しては、一部隊につき一台の自動販売機を持たせることで解決する。
私としては、自動販売機を派遣するつもりはなかったのだけれど、なぜか自動販売機が行く気満々になっていたので諦めた。
いつの間に自我を獲得していたのかは分からないけれど、眷属だからと意志を踏み躙ることもできない。
それに、「あたたか~い」と「つめた~い」で意思表示をして、私が折れるとスキップして喜んでいる姿は、健気というか愉快というか、頭に血の上っている人たちの心にも潤いを与えてくれるかもしれない。
もっとも、それで賄えるのは食料だけなのだけれど、それ以外の物資が必要になった場合には、グレイ辺境伯領ではアルの支援を受けることになっていて、アズマ公爵領には十六夜が同行して、その場で対処する予定になっている。
十六夜も行く気になっているのか……。
というか、十六夜を参加させて本当にいいの?
私は知らないよ?
◇◇◇
「宣誓! 私たちは! 湯の川の民としての誇りを胸に! 正々堂々と! 完膚なきまでに! ユノ様の威光を世に知らしめると同時に、二度と舐めた口が利けぬよう躾てやることを、ここに誓います!」
だからというわけではないと思うけれど、宣誓が体育祭風だった。
内容はあれだけれど。
というか、そもそも宣誓が必要なのか?
「私たちもユノ様の忠実な僕として、ユノ様の教えを正しく伝えなければなりません」
「帰ってくるまでが布教です。来た時よりも美しくの精神を胸に、最後までユノ様の巫女として、相応しい行動を心がけましょう」
その一方では、情報戦部隊――教会関係者も一か所に集まって、何やら気合を入れ直していた。
というか、巫女はともかく僕にした覚えなんてないのだけれど、それは自己申告でなれるものだったのだろうか?
いや、それより、布教しに行くつもりだったの?
「ユノ様の存在が全国に知れ渡る――とても素晴らしいことのはずなのに、なぜか少し寂しいような気もしてしまいます」
「その気持ち、分かります。湯の川がまだ小さな村だった頃からの信者としては、何だかユノ様が遠くに、手が届かないところに行ってしまうような、そんな感じでしょうか」
「娘が嫁ぐ父親の心境とでもいうのだろうか……」
「心配しなくても大丈夫です。当時から見ていたなら分かるでしょう? それに、もしもユノ様が変わってしまったと感じたならば、それは私たちが変わったことに他なりません」
「うむ。そもそも最初は数百人程度だった信者が、今では数万だ。もちろん、ユノ様にそれだけの魅力があったことは間違いないが、言葉足らずなユノ様に代わって、そのお気持ちやお考えを代弁してきた我々の活動も、少なからず貢献していると思う。そう考えれば、ユノ様の出世は我々の努力の成果ともいえる。そうだな――先ほどの例で例えるなら、娘を立派に育てあげたことを誇るべきではないか?」
かと思えば、メジャーデビューが決まったアイドルのような扱いだったりもする。
私にどんな感情を抱くかは個々の好きにすればいい話なのだけれど、育てられた覚えはないので、さすがに娘はどうかと――いや、近所のおじさんおばさん的な気分なのか?
それなら神扱いよりは遥かにマシなのだけれど、結局は布教するのでしょう?
それとも、うちの娘自慢が布教ということ?
もう何が何だか分からない。
何が――かは正確には分からないけれど、とにかく不安でいっぱいである。
止めた方がよさそうな気はするものの、代案も思いつかない。
もっとも、それもいつものことといえばいつものこと。
結局はいつものように収まるところに収まるのかもしれない。
そう信じよう。




