11 ユノとアルフォンスと勘違い
――ユノ視点―
ヤマトでの問題がひとまず片付いた。
後は、王国内で起きている問題を、いつどのタイミングで、どういう形でアルに話すかが次の課題になった。
恐らく、その中にはアルが火種を作ったこともあるはずなのだけれど、決定的な証拠が無い。
お仕置きするとか、そういう目的なら言いがかりでもやってしまえばいいのだけれど、それで解決するものでもない。
そもそも、アルが火種だから、アルが解決しなければいけないというわけではない。
その意志がある人がやるべきであって、アルが自発的に解決してくれると嬉しいというだけ。
それでも、無理矢理させるのは論外だけれど、そうしたくなるように外堀を埋めるくらいは構わないはずだ。
もっとも、証拠が無くてもやってくれるかもしれないということは、その逆もあるということで、「そんなの知らねえ!」となる可能性だってある。
というか、現状では逆に、言い掛かりに近いものとはいえ、私が火種になっているようなのだ。
だから「お前のせいだ」とはならないと思うけれど、話が拗れるのは勘弁してほしい。
道理とか論理で攻めるのは危険かもしれない。
つまり、何が言いたいかというと、私は今、アルに問題解決を促すだけでいいのか、依頼という形になるかの分岐点にいるのだ。
問題を放置することはできないけれど、私が解決できる問題ではない。
朔も『問題が大きくなるだけだから、止めといた方がいいよ』と言っている。
誰かが解決しなければいけないのだけれど、ロメリア王国内は神を含めて打つ手無し。
私が思いつく範囲で残る候補は、アルかアイリスかレオンかトシヤくらい。
まさか、アナスタシアさんたちには頼めないし。
そうすると、アイリスはまだ魔界に出向中なので除外するとして、レオンは魔王だし、トシヤは挑戦者だし、アル以外にまともな候補がいないのだ。
もちろん、アルにはいろいろと貸しもあるし、それを清算してもらうという形にすることもできるだろう。
しかし、今回の件のように私に落ち度がないことに貸しを使うのは釈然としない。
何より、嫌々やられるくらいなら、私自身の手で全て台無しにした方が清々する。
それに、朔も、貸し――白地手形は、もっと有効に使うべきだと言っている。
むしろ、盛ったままの状態が最善だとか。
朔も今回ばかりは有効な解決策を見いだせずにいる。
アルの説得も、今後の関係を考えると強引なこともできないようで、交渉の糸口を見つけられていない。
◇◇◇
そうこうしているうちに、ヤマトを去る時がやってきた。
もう時間が無い。
シェンメイをはじめとしたヤマト首脳陣が名残惜しそうにしていたけれど、頑張っているか様子は見に来るとか、やることをきちんとやり遂げた後なら、湯の川に来てもいいと適当なことを言ってあしらっておいたけれど、とにかく時間が無いのだ。
アルが領地へ帰ってしまえば――グレイ辺境伯領ではまだ大きな混乱にはなっていないけれど、間違いなく王国の現状を知ることになる。
そうなると、またいろいろと策を講じてから私のところへやってくるだろう。
それではまずいのだ。
アルとの交渉を有利に進めるためには、彼に情報や時間を与えてはいけないのだ――と、朔が言っていた。
なので、不審にならないように突いて、朔が切り込めるような言質を取るか、流れを作ろうと思う。
◇◇◇
ヤマト遠征組の帰還に合わせて、大々的な慰労会を行うことにした。
湯の川では特に理由がなくても、毎日のように宴会やらお茶会が開かれているので、突然の思いつきでも特別な準備は必要無い。
もし必要であっても、誰かが言い出せばすぐに準備ができる。
彼らの宴会に懸ける情熱は本物なのだ。
ただし、これはただの宴会ではないので、いろいろと仕込みは必要になる。
まずはシャロンを呼び出して、ヤマト遠征組が帰ってくるので慰労会を開くことと、その場にアルの家族も呼ぶように伝えた。
当然、アルの家族たちは王国の現状を知っているはずだけれど、そういう面倒なことを伝えるのはこちらで引き受けるので、それらはひとまず忘れて、大役を果たして帰ってきた彼を労うだけにしてほしいと言い包めておく。
返答は全員出席。
というか、情勢が情勢なので、小さな子供たちだけでも、しばらく湯の川に滞在させてほしいとの申出を受けた。
アルの屋敷にまで戦火が及ぶようなことはないと思うけれど、それでもピリピリした雰囲気の中に子供たちを置いておきたくないらしい。
その気持ちはよく分かるし、当然、そのくらいはお安い御用だ。
というか、望むところだ。
ついでに、子供たちだけでなく、関係者にも自由に出入りできるようにしておくと、シャロンを通じて返事をしておいた。
もっとも、どこまでを関係者とするのかは曖昧なのだけれど、そのあたりはシャロンが上手くやっておいてくれるだろう。
とにかく、これでアルがホームシックになったり、ここにいない家族以外の人と魔法で連絡を取るようなことはないはずだ。
当然、慰労会の最中に、王国に報告するようなこともないだろう。
アルも割とノリと勢いで生きているところがあるので、1日くらい遅れても問題無い報告より、今しかできない宴会を選ぶはずだ。
計画は完璧。
そして、これがラストチャンスだ。
◇◇◇
「ただいま」
「おかえり」
自分自身に対してそんな挨拶をする人が、一体世界に何人いるだろう。
いたとしても、その大半は心を病んでいる人ではないだろうか。
もっとも、私としては私に向けて言っているつもりはなく、残っていたリリーたちや帰ってきたミーティアに向けて言っているのだけれど、傍目にそう理解されているかどうかは別の話である。
「おい、何でふたりいるんだ?」
「あの娘、もしかして、分裂してる状態で九頭竜を圧倒したの……?」
なぜかレオンとシロが驚いていた。
そういえば、ヤマト組の増員には、分体の話はしていなかったか?
「ああ、いえ――あいつのは分裂とか《並列存在》とかじゃなくて、遍在と偏在? らしいです。ええと、つまり――俺たちには複数いるように見えてるけど、本質的にはひとつだとか何とか――」
「つまり、我らの目に映る一体一体が全ての可能性を宿しているということか? 更に性質が悪いではないか……」
「ヤク〇ト、飲み放題!」
私の能力を知らない人からは異様な光景に見えたらしく、挨拶を交わしてから分体を消した後も、ヒソヒソとやっている。
もちろん、私の耳なら会話の内容もばっちりと聞こえているけれど、聞こえているから理解できるということではない。
小難しい理屈的なことは分からないものの、呆れている感じだけはしっかり伝わった。
それと、カムイが私のことをヤク〇トレディだと思っていることも。
まあ、それは可愛いからいいのだけれど。
しかし、私ひとりにつき1本ではないのだ。
そういう勘違いも可愛いけれど。
「でも、そんなすごい能力使って、打ち上げ兼歓迎会を準備しててくれたなんて嬉しいですよね! ははは、俺、歓迎されたのなんて何年振りだろ? はははっ」
「お、お兄ちゃん、ごめんなさい! 本当はそんなつもりじゃ――でも、私、お兄ちゃんが許してくれるなら何でもするから……! だから、元気出して!」
「まあ、ここでの酒盛りはいつものことじゃが、やはり勝利の後は美酒に酔わねばのう」
「かように盛大な宴がいつものことじゃと!? 娘よ、それは真か!?」
「は、はい。お城の中や前でやるのはたまにですけど、大体いつもどこかで……」
クズノハが詰め寄ったのは、彼女と同じ元土地神シヴァではなく、私の横にいたリリーだった。
神格よりも、狐要素の方に親近感を抱いたのだろうか。
そんなことより、見知らぬ人――神――獣に対しても物怖じしなくなったリリーの成長が、とても喜ばしい。
やはり、子供たちが――子供たちに限らず、人が日々成長していく姿を見るのは楽しいものだ。
後でいっぱい甘えさせてあげよう。
さておき、舞台は整った。
後はアルがひとりきりになるタイミングを待つだけだ。
全てが私の計画どおりに事が運んでいた。
しかし、どんなに完璧な計画でも不測の事態はつきものである。
(で、ふたりきりになってからどうするの?)
考えていなかった――とは、今更言えない。
いや、ふたりきりになるところまでは考えていたし、後のことは後で考えようと、優先順位に従って行動していた。
ただ、それをすっかり忘れていただけである。
まあ、間違いは誰にでもあることだし、大事なのはそこからどうカバーするかなのだ。
そのためには、まず間違いを認めることが必要だ。
まず、忘れていたことはどうしようもない。
今後、重要なことはメモでも取ることにしよう。
それ以前に、アルとは落ち着いて話ができる環境を作ればよかっただけで、ふたりきりになる必要はなかったのではないだろうか?
それ以上に、大事な話をするのに、お酒が入っているのはまずいのではないだろうか?
私はお酒に呑まれることはないけれど、普通は個人差はあっても、飲めば酔うものなのだ。
日本にいた時には、身近にはいなかったけれど、酔っ払って路上で寝ている人や、痴態を晒している人を何人も見てきた。
そして、私のお酒は悪酔いしないというだけで、酔わないということではないのだ。
現に、アルの顔が赤い。
脈も若干早い気がする。
突然「いい夜だな」とか、素面では決して言えないようなことを吐いたりと、客観的に見て、言い逃れできないレベルで酔っている。
(自信満々で進めてたから何か策があるのかと思ってたけど、もしかして無策?)
……。
(一応言っとくけど、ボクも情報が足りなさすぎて、まともな交渉はできないよ?)
……どうしよう?
とにかく、このままお見合いしていても、何も始まらないことは分かる。
それと、酔っ払いと真面目に向き合っても仕方がないことも。
それでも、前後不覚というほど酔ってはいないようだし、真面目な話は明日の朝にでもするとして、今は何かの言質を取るか、お酒の勢いで口でも滑らせることを期待しようか。
「責任、取ってね」
(何の?)
分からない。
適当に揺さぶってみれば、何か吐くかな――と思ったのだけれど。
(揺さぶり? あれが揺さぶりなの?)
さあ?
でも、効いているみたい?
責任という単語を聞いた途端にアルの目が泳ぎ始めて、脈拍も早くなった。
何か後ろめたいことでもあるのだろう。
「いきなり何の話だよ? ってか、そんなはっきりしない感じはらしくないな」
くっ、酔っ払っていても、さすがに英雄か。
簡単には口を滑らせないどころか、反撃してきやがった。
(……あんなので口を滑らせるって相当ヤバいよ? というか、これで本気でどうにかできるって考えてるユノの方がヤバいよ?)
「う……。心当たりはないの?」
(まだ諦めないんだ……)
私だって、もう諦めて仕切り直した方がいいと思う。
ただ、ここからどう切り上げればいいのか分からない。
困ったことになった。
(合理性とか論理性の欠片もない状況では、ボクにできることなんてないからね?)
朔にも見捨てられた。
もう、頼れるのはアルだけ――嵌めるつもりだった相手に頼ることになるのは不本意だけれど、この際贅沢はいえない。
お酒の力でどうにかしてほしい。
「分かった」
私の願いが届いたのだろうか。
とにかく、さすが英雄。
ここぞという時には素敵だよ!
何がかは分からないけれど、分かってしまったアルが私の腰に手を回してきて、そのまま抱き寄せられた。
あれ?
さらに、もう片方の手で顔の向きを固定されて、そのままアルの顔がゆっくりと近づいてくる。
酔った勢いで私に手を出した――というのを取引材料にすることも一瞬考えたけれど、そういうやり方は好きではない。
何より、アルから言い訳がましい気配をヒシヒシと感じるのが気に食わない。
恋愛感情とか性欲はいまだによく分からないけれど、私が欲しいなら、せめて真正面から私を納得させるだけの想いをぶつけてほしい。
唇が重なる寸前に手を割り込ませて、そのままアイアンクローで少し締め上げる。
「あだだだ!?」
少しばかり力加減を間違えたのか、「ミシリ」という嫌な音がした。
まあ、すぐに手を離したし、破裂してもいないのでギリギリセーフ。
地面に転がってのたうち回っているけれど、アルは強い子なのできっと大丈夫――いや、これを切っ掛けに、トシヤのように何かに目覚めたりするとまずいかも?
「あ」
『どうしたの?』
――思い出した。
そういえば、妹が言っていたことがある。
「私はやっぱり暴力系ヒロインって好きになれないなあ。好意の裏返しとか、照れ隠しで大事な人を傷付けるとか論外だし、そうじゃなくても、相手が反撃しないって前提なのが気に食わないわー。それって甘えてるだけじゃない? 相手の男もガツンと言ってやればいいのに……。っていうか、相手のためっていうなら諭してあげるのが本当の優しさよね。何でもかんでも受け止めるとか、寛容じゃなくて無関心なんじゃない? お兄ちゃんはそんな男になっちゃ駄目だよ?」
そんな感じで、テレビを見てえらく憤慨しておられた。
何が彼女をそこまで駆り立てていたのかは分からないけれど、言っていることは一理ある。
ような気がする。
本当に相手のことを思いやれる良い子に育ってくれたのは、嬉しく思う――のだけれど、暴力とは腕力だけではないのだ。
「お兄ちゃん、邪魔」
「手間が増えるから、余計なことしないで」
「マジ? こんなこともできないの?」
などなど、家事とか一切できない私が悪いのだけれど、それでもこう、もう少し言い方とかあると思う。
そんなことよりも、今現在問題なのは、私が「そんな男」になるどころか、暴力系ヒロインになってしまっていることだ。
いや、正確には今回はアルの暴走に対する防衛である。
さらに、暴力系ヒロインはアウトだけれど、戦うヒロインはセーフという謎の線引きがあるため、私がどちらに属するのかは議論の余地がある。
しかし、現状では、何でもありの戦闘で私に勝てる人がほとんどいないことを考えると、端から勝負なんて成立しない。
ただの茶番である。
いや、戦闘だけが戦いということでもないけれど、本質的には、他者との関係はエゴのぶつけ合い? いやいや、相手のいない――自分との戦いなんてものもあるし?
つまり、私は何と戦えばいいの?
うーん?
何を考えていたのか分からなくなってきたのだけれど、いまだにのたうち回っているアルを見ると、過剰防衛だったのかな――と思わなくもない。
とにかく、細かいことは置いておいて、やりすぎたのなら、やりすぎた分を何らかの形で返せばいいだけだ。
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
全面的にではなく「ちょっと」と付けて、限定的に謝罪しながら、のたうち回っているアルを捕まえて、その頭を優しく胸に抱く。
私と接触していれば痛みは引くだろうし、骨折していてもすぐに治る。
もちろん、掌で触れるだけでも充分なのだけれど、胸で挟んでいるのは、表面積的な理由と、謝罪の気持ちと、思考力を鈍らせるためだ。
人によっては、「破廉恥だ」とか「不埒な行為だ」と思うかもしれないけれど、別に性器に触れさせているわけではないし、誰かが何かを失うようなこともない。
そもそも、これが問題行動だとするなら、子供や小動物を胸に抱くこともまた問題行動であるはずだ。
幼い子供だから、種の違う動物だからという詭弁は、歳も取らず、人間でもない私には通用しない。
それに、誰も損なんてしていないのだからいいじゃないか。
これは神的親愛――そう、神愛表現なのだよ! ――と強弁できればいいのだけれど、アイリスとかがちょっと怖いので、相手やTPOはわきまえようと思う。
何にしても、つい先ほどまでのたうち回っていたアルも、私の胸に埋まって恍惚の表情を浮かべている。
痛みなどどこかに吹き飛んでいて、それ以上の安寧の中にいるのは一目瞭然である。
というか、イヌネコ子供と同じと考えると、胸の中で恍惚の表情を浮かべているアルが微妙に可愛く見えてくるから不思議なものだ。
とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかない。
今できることを済ませて、明日の本番に備えよう。
「ねえ、アル」
「ふぁい」
いい感じに思考能力が落ちているようだ。
これなら小細工無しでも正直に答えてくれるかもしれない。
「私って暴力――何系ヒロイン?」
質問を間違えた。
というか、私はヒロインなのか?
もちろん、暴力系であるか否かは私にとっては重要なことだけれど、本当はこんなことを訊きたかったわけではない。
それに、そんな質問をされてもアルも困るだろう――と思ってアルを見ると、「うーん……」と唸りながら、思いのほか真剣に考えていた。
「暴力というよりは勘違い? 不思議ちゃん……。小悪魔……。ラスボス……。歩く理不尽……。意思を持った厄災……。うーん……、やっぱり邪神系?」
うむ、ろくな感想がないな。
というか、邪神系ヒロインって何?
全然イメージができないのだけれど。
「ユノをひと言で表すなんて無理だけど――あえて言うなら『美形』かな」
それは知っている。
そんな答えが聞きたかったわけではない――というか、何そのドヤ顔。
「超美形!」
酔って――いや、変なクスリでもやっているのか?
何だろう、この居た堪れなさは。
もしかして、連日の激務で心身に異常をきたしていたのが一気に噴出したか、それともさっきのアイアンクローが脳にまでダメージを与えていたのだろうか?
――いや、ここはおっぱいが思考能力を奪っているだけだと思いたい。
「超美形! 好き!」
ヤバい。
意味も意図も分からない。
幼児退行でもないみたいだし……。
何にしても、こんなアルは見たくない。
「アル、貴方疲れているのよ。今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張ろう?」
最後まで言い切る前に、アルは電池が切れたかのように眠りに落ちて、穏やかな寝息を立て始めた。
……やはり疲れていたのかもしれない。
魂や精神に異常は無かったはずで、更にさらに思考能力が奪われていたとしても、彼の様子は異常だった。
もっとも、魂や精神の在り方は十人十色、千差万別なので、正常かどうかの判断は難しい。
そもそも、私にもその全てが見えているかどうかも分からない。
よく分からないのだけれど、ひと晩眠ればとか、可愛いものを愛でたりすればリフレッシュできる私は珍しいタイプらしい。
つまり、そういうのが蓄積すると、アルでもこうなってしまうのかもしれない。
これは、他人に見えないものが見えるからと、慢心していては駄目だという教訓にしなければならない。
それはそうとして、どうしたものかな。




