08 向き不向き
――ユノ視点――
バッカスさんとグエンドリンさんが、移住に関する調整や作業などのために、一旦帰国してから数日。
何ができるでもなく、時間だけが過ぎていって、編物の腕ばかりが上達している。
私自身でもある領域を編むことを、編物といっていいのかという疑問は残るものの、朔の協力によって不思議な物質に変換することも可能になったので、最終的にはそうなるのだから問題はないはずである。
ただし、物質化した私の作品は、普通にシステムの干渉を受けてしまう。
一応、非常に高性能な物ではあるらしいのだけれど、残念ながら、私の本来の目的には合致しない。
それでも、アイリスの誕生日プレゼントという新たな目的ができたので、こうやって努力を続けている次第である。
そんな感じで、私はグエンドリンさんたちが、彼女の領地の人たちに説明やら何やらを済ませるまで待機である。
湯の川にいるほとんどの人は、着の身着のままとか、取る物も取りあえずといった形でここに来ているので、ひとまず連れてきてから説明をしてもいいはずだけれど、アザゼルさんに捕まっている人たちのことなど、いろいろとあるのかもしれない。
私としては非常に面倒くさいけれど、彼らにはまだ心の整理とか区切りを必要とできるだけ余裕があるのだろう。
もちろん、ただ待っているだけなのもどうかと思ったので、元大魔王のレオに、アザゼルさんのことを訊いてみた。
「集会でもそれ以外でも、アザゼルの野郎が話してるのはほとんど聞いたことがねえんだよ。野郎が初めて集会に呼ばれた時は結構暴れたって聞いたが、俺が魔王になったのはその後だから分からん。そもそも、あの野郎に全然興味無かったからなあ……。役に立てなくて悪いな。ってことで、そろそろ散――見回りに行ってくる。たまには一緒にどうだ? ――そうか、残念だな。じゃあ、また時間のあるときにでも、デ、デ、デ、デー散歩しようぜ! じゃあな!」
役に立たなかった。
デデデデーって何だ?
運命でも感じているのか?
いや、どちらかというと、それは「ジャジャジャジャーン」か。
……何の話だったか?
まあ、レオがまめに情報収集するような性格ではないと思っていたので、落胆したりはしない。
うちに間諜を送り込んだのだって、他の魔王たちがそうしていたので、何となく対抗意識を燃やしてのことだったらしいし。
政策なんかについては、優秀なブレーンとかがいたのだろう。
もっとも、私も町のことはシャロンに丸投げしているので、偉そうなことは言えないけれど。
それならギルバートはどうだろうと、声をかけてみた。
「俺が魔王の集会に参加するようになったのは、レオナルド殿よりさらに後、ごく最近のことですからねえ……。俺みたいな弱い魔王にとって情報は生命線ですけど、後ろ盾も無しに大魔王相手に探りを入れるのは危険すぎるので……。もちろん、ユノ様の頼みとあらば命懸けで――必要無い? でしたら、俺と空の散歩でも――残念です」
予想はしていた。
そんな情報通なら、他の魔王が放っておかないよね。
「申し訳ありません……。基本的に、集会では気配を消して、目立たないようにしていたもので……。木を隠すには森、魔王を隠すなら大魔王――と、おかげで気配を消すのがすごく上手くなったんですけどね。ということで、私とお忍びのお散歩でも――そうですか……。は、はい! そのときは是非に! 楽しみにしてます!」
「アザゼル――ゴブリンはオークと並んで女性の敵といわれている種族でして、私たちシルキー族のような妖精種や、アンデッドでもその対象になるとの噂で……。ご期待に沿えず申し訳ありません。それよりも、とても良い茶葉が手に入ったのですが、ご一緒に――やったぁ! ――と、失礼いたしました。すぐにご用意しますね!」
ほかにも、エルフの魔王エミールとか、シルキーの魔王テレーゼといった人たちにも訊いて回ったのだけれど、誰ひとりとして、アザゼルさんの情報を持っている人はいなかった。
というか、散歩にお茶会に、湯の川は平和でいいなあ。
私が思うに、進化とは、文明とかステータス、魔法やスキル的なことではなく、他者と共存する能力――精神性を指すのではないだろうか。
何の根拠もないし、そもそも私が言うことではないと思うのだけれど、湯の川を見ているとそんなふうに思う。
神扱いされるのは好きではないけれど、歌って踊るくらいのことで特に義務も無いし、統治する必要も無い。
私にとっては、放っておいても勝手にいろいろとやってくれる、素晴らしい町だ。
とはいえ、戦争を起こしてまで欲しいかと訊かれると、そうでもない。
その後始末や統治などで大変な思いをしてまで欲しいものとか、私には想像できない。
だからといって、譲る気も無いけれど。
隣の芝生にどうこう思うのも同様だ。
恐らく、その手の人たちは、本当に欲しいものが何なのか分かっていないのではないだろうか。
だからきっと、隣の芝生を奪っても満足できない。
本当に欲しかったものが、隣の芝生ではなかったなら、「思っていたのと違う」となるのも当然だ。
そうして、本当に欲しかったものに至らないまま、いつか奪えるものが無くなって、失くしていたことに気づいて行き詰まる。
本当に必要なものは、いつだってその手にあるのに。
いや、適当に言ってみただけだけれど。
というようなことを、アザゼルさんの話を訊くために、魔王たちの勤めている学園に行ったついでに愚痴のつもりで話したのだけれど、その場にいた魔王たちだけではなく、盗み聞きしていた子供たちにまで絶賛されてしまった。
というか、本当に思いつきで言っただけなのに――何やらよさげというか、意味ありげな話に聞こえたかもしれないけれど、最初に「私は面倒臭いからやらない」と言ったはずである。
自分で言うのもどうかと思うけれど、私の言うことを真に受けては駄目だと思う。
割とその場の勢いだけでやっちゃうこともあるし、後のことはなるようにしかならないと思っているし。
切り替えが速いとか、後悔しないように生きていると言えば聞こえは良いものの、反省することは多々ある――というか、反省しっ放しなのだ。
しかし、リリーや子供たちから、憧れとか何やらの籠った目で見られると、さすがに良心が痛む。
何とか軌道修正をしたいところだけれど、その場では何も思い浮かばないし、朔も『特に害があるわけでもないし』と助けてくれない。
ぐっすり眠ってすっきり忘れてくれればいいのだけれど、恐らく、明日になって忘れているのは、私の問題解決意識だけだろう。
――まあ、いい。
どうせなるようにしかならないのだ。
そうのんびり構えていたところ、西方諸国連合が、ロメリア王国に対して、懲りずに宣戦布告してきた。
ついでに、キュラス神聖国も、西方諸国連合を支持する声明を出した。
彼らの大義名分を要約すると、「ユノなる邪神を奉り、世界を混乱に貶めるロメリア王国は人類の敵となった」ということらしい。
ところどころ合っているだけに、ツッコみづらい。
もっとも、実際のところは、ロメリア王国の英雄アルフォンス・B・グレイが不在であることを嗅ぎつけて、謎の勢力から兵器等の支援を受けたことが影響しているのだろう。
恐らく――というか、ほぼ間違いなく、謎の勢力とはアザゼルさんのことで、何らかの目的のための時間稼ぎのつもりなのだろう。
なお、こういうことには一番食いつきそうなイメージのあるゴクドー帝国は、帝国東部で、不死の魔王ヴィクターさんの領域への更なる大規模な侵攻作戦が進行中らしく、全方位に対する軽めの非難を出すに止まっている。
理由はどうあれ、ロメリア王国包囲網ができつつある現実は動かない。
王国も、私が真っ当な神であることや、国内の混乱は自身の手で解決する旨の主張をしているものの、そもそも、西方諸国連合や神聖国の言い分は切っ掛け作りにすぎない。
もちろん、王国も時間稼ぎ程度の認識でしかないはずだ。
つまり、どこかで衝突が起きるのは既定路線で、どこまで攻め込むか、どこで収めるかが問題なのだ。
アルがここにいれば、「がんばれ」と激励して終わりにできたかもしれない。
しかし、連合や神聖国は、アルの不在を狙って仕掛けてきているのだ。
後になってアルが戻ってきたとしても、それまでに王国内部にまで浸透されていて、拠点を制圧されていたり、人質を取られたりしていれば、それだけ不利になる。
相手側からしてみれば、そうでなくても、略奪などで経費以上の利益が出せればいいのだ。
しかも、経費のうちのいくらかはアザゼルさんから出ていて、勝算まであるとなれば、やらない理由がない。
彼らのフットワークの軽さを見ると、アザゼルさんは、いつでもすぐに行動を起こせるように、ずっと準備してきていたのだろう。
若しくは、彼を「たかがゴブリン」だと舐めていた人が多かったのか。
問題は、この報告を、私以外も聞いていた人がいたこと。
これは迂闊だったとしかいえない。
そして、話はあっという間に町中に広がって、なぜかみんなやる気満々になっている。
私がダシに使われているのは確かだけれど、矛先は王国に向いていて、湯の川は関係無いのに。
王国がボロ負けすれば、調子に乗って湯の川にまで攻め込んでくることもあるかもしれないけれど、そのときは相手をしてあげればいいだけである。
とはいえ、補給線の問題もあるし、現地調達にも限界がある。
《転移》も《飛行》もできない一般的な兵士が、こんな僻地にまで行軍するなど現実的ではない。
一応、アルスの冒険者たちが、一般人と一緒にここに辿り着いているけれど、熟練冒険者である彼らが、それまで蓄えてきた知識や技術、財産などを全て注ぎ込んで、更に天文学的な確率の幸運にも恵まれて、ギリギリだったと本人たちも認めている。
少なくとも、軍隊が侵略目的で来れるような場所ではないし、中継拠点を構築して補給線を確立しながらだと、何百年先になるかくらいの話である。
放置しておけばいいことなのだ。
しかし、湯の川の狂信者たちにとっては、私の名前がダシに使われていることだけでも許せないようで、ほぼ例外なく憤慨していた。
そして、彼らの怒りは、彼らの大切なものや譲れないものを、貶され穢されたことによるものであって、私自身がどう感じているかは関係無い。
彼らが、彼ら自身のためにやろうとすることなら、私に止める権利は無いし、そのつもりもない。
自身の決断や行動の結果は、全て自己責任というか自身に帰結するものであって、誰かのためにとか、他人を言い訳に使うべきではないということは、シャロンに言ったことがある。
それが多少大袈裟に伝わっていたとしても、取り消すつもりはない。
望まれてもいないのに、誰かのために勝手に行動して、その結果、その誰かに迷惑を掛けるなど、有り難迷惑でしかない。
望まれてもいない試練を人間に課して「人間のため」と寝言を垂れ流すなど、私の大嫌いな存在と何ら変わりがない。
相手のために良かれと思って行動すること自体は咎めないけれど、相手から「迷惑だ」と言われるとか、思ったような結果にならなかったからといって、責任転嫁するのは筋違いだろう。
そういうのは「相手のため」ではなくて、「相手に感謝されるため」とかそういうことで、それが自身の望みを正しく理解していないということなのだ。
ひとりで完結することならともかく、相手があることなら、相互理解を深めるところから始めた方がいいと思う。
さておき、それは連合や神聖国にしても同じことである。
私や王国に原因があるとして、自らを正当化しようとしているつもりでも、その正当性自体に意味が無い。
もしかすると、世論の形成とか兵士の動員や士気なんかに影響するのかもしれないけれど、負ければ消えるような正当性に、何の意味があるのかは訊いてみたい。
別に、他人のものが欲しいという気持ちや、争い自体を否定するわけではない。
適度な欲望は生きる上で必要なものだし、争いも、その先に至るためには必要な過程なのかもしれないし。
しかし、無理に理由を求めたり付けたりしていては本質から遠ざかるし、理由があれば何でも許されると勘違いする人も出てくる。
何より、面倒くさい。
ただでさえ面倒くさい問題なのに、分体を使っていろいろやっているせいもあって、いつも以上に思考がまとまらない。
善悪はどうでもいいので、シンプルにしてほしい。
対話する気が無いなら最初からそう言ってくれれば、私も余計な苦労をしなくて済むのだ。
とにかく、町の人たちが、自分の意志でやるというなら、止めるつもりはない。
面倒事は嫌いだけれど、自分たちで決めたことをやり遂げようとする人には、善悪も敵味方も関係無く好感を覚えるし、面倒でも受け止めようかという気にもなる。
連合や神聖国の相手をする気にならないのは、自らを正当化しなければ行動できない程度の覚悟でやっているからで、その点だけでいえば、開き直っているだけ帝国の方がいくらかマシだ。
もちろん、好き嫌いは別として。
さておき、止めないといっても、協力もしない。
私が協力しなくても、有翼人やケンタウロスのような機動力があれば、自力で戦場に行くことも不可能ではないだろう。
それ以外の人でも、グリフォンやペガサスなどに騎乗すれば同様だろう。
それでも、希望者全員というのは不可能だろうし、疲労が残る状態で戦場に立っても万全の状態では戦えない。
もちろん、個々人での参加となると、充分な補給も望めない。
何より、湯の川では最も重要らしい「貢献ポイント」が貯まらない。
行く必要のない戦争に行って、湯の川にどう貢献するのかという話である。
いつの間にか定着してしまったその名称はどうかと思うけれど、地味に良い仕事をする制度である。
私のちょっとエッチな写真集や、人形などの売買に利用されていることには、目を瞑ろうと思うくらいには。
とりあえず、ヤマト方面の問題は解決の道筋が見えてきた。
アルにはそっちに集中してほしいので、こちらの事情はまだ伝えていないけれど、終わり次第働いてもらうしかない。
そもそも、アルが原因の一端なのだろうし。




