03 小人閑居して不善をなす 2
土と水の精霊の協力を得て水田を造った。
お米作りに適した土と水がどんなものかは分からないけれど、この先のことは、ミゲル先生――いや、師匠たちの言葉に従っておけば間違いはない。
彼らの――いや、彼らが先人から受継いで、そして発展させてきたものを、一時的とはいえ私が継承しようというのだから、きちんと敬意を払うのは当然だろう。
とにかく、師たちのお米作りの知識と情熱は本物だった。
いや、知識の方は、素人の私には分からないけれど。
専門的なことは分からなくても、お米作り――農業に向き合う姿勢を通じて、師たちの為人というか、生き様は理解できたように思う。
厳しい環境の中で、自分や仲間たちのために、最大限の努力をしようとしている師たちの姿勢は尊敬するに値するし、私も見習わなければならないと感じた。
まあ、訓練では手心を加えないようマリアベルに言ってあるけれど。
それはそれ、これはこれである。
さておき、師たちからは、土作りには石灰とか魚粉とか骨粉を混ぜるといいと聞いていたのだけれど、どれをどのくらい混ぜればいいかは土を見なければ分からないそうなので、今回は余計なことはしないことにする。
代わりに、細かく砕いて粉末状にした秘石を、肥料代わりに撒いておく。
もちろん、「美味しくな〜れ」と念じておくのも忘れない。
精霊たちが大喜びしているので、多分大丈夫だろう。
次に、師たちから分けてもらった稲の苗を取り出して、これにも秘石の粉末を振りかけて、「美味しいお米になりますように。チャーハンやオムライスにしても美味しいお米になりますように」と祈りを込めて丁寧に植えた。
当然、やりすぎると魂が宿るので、加減も忘れてはならない。
最終的には、町の人たちの手で美味しい農作物を作ってもらうという目的なのだ。
私は暇潰し程度で止めておかなければならない。
そして、害虫や雑草対策には、ミゲル師たちからのアドバイスに従って、合鴨を使用することに決めた。
師たちの農業に対する情熱と、飽くなき向上心は、感動すら覚えるレベルである。
当然、その知識も深く、それは農業以外の様々な分野にまで及んでいた。
師たちは、戦闘のようなくだらないことをさせるのはもったいないレベルの逸材で、それゆえにガテン系の仲間を失ったことは大きな損失である。
私としては戻ってきてほしいところだけれど、彼の遺志はみんなの中に生きているのだと思うと、それを踏み躙るようなまねはできない。
ちなみに、合鴨農法とは、畜産と稲作を同時に行えるとか、合鴨が泳ぐことで土が攪拌されてどうとか、他にもいろいろとメリットがあるらしいのだけれど、成鳥は使用できないとか、逃がさない工夫が必要といった制約も存在する。
要するに、さほど手間が軽減されるわけでもなく、コスト的な問題も残るといったことらしい。
しかし、基本的に手間は分体で解決できるし、採算についても考慮する必要は無い。
ただし、害鳥や害獣から作物を護るため、何より、寄ってきたり湧いて来たりする変な虫から、私を護るためのものは必要になる。
こればかりは、分体でも、町の人に二十四時間見張らせるわけにもいかないので、私が用意するべきだろう。
そこで用意したのが、この案山子である。
もちろん、ただの案山子ではない。
自動販売機たちと同程度に魂を与えて、ついでに対地対空装備も与えた。
その名も、【ライス穀務長官】だ。
名前は駄洒落だけれど、兵装はオルデアの兵器を朔の能力で複製したものなので、攻撃力は割と洒落にならない。
動けないので拠点防衛くらいにしか使えないけれど、農地を守るだけなら充分だろう。
問題は、稲作の経験などないであろう町の人たちに、どう説明するかである。
師たちに指導してもらうわけにはいかないし、私が直接指導することもできない。
知識が無いことも問題だけれど、困るのは影響的なものだ。
私が「お米を作ってみよう」などと言えば、町の人たちが張り切りすぎてしまうことは目に見えている。
とにかく、少なくとも師たちがこれからなそうとしていることに比べれば、お米作りの方が容易いはずだ。
もちろん、美味しいお米を作ろうとするなら、私たちには想像もできないような苦労もあるのだろう。
それでも、少なくとも命を取られることはない。
町の人たちにとっては無茶振りかもしれないけれど、師たちが生き残ると信じて、それまで大事に育ててもらおう。
◇◇◇
ひと仕事終えた気持ちになって寛いでいたところ、よくよく考えてみると、お米作りは私の暇潰しにはなっていない。
というか、私の暇潰しのために始めたはずなのに、途中から町の人に任せる方針で考えていた。
どこで間違った?
これなら、庭園の片隅に私用の家庭菜園でも造れば――とも思ったものの、ケーキやお菓子の生る木などは既に創っているし、特に世話をする必要も無い。
そして、城内ではご飯はお代わり自由なので、お米を作る意味が無い。
どうやら、私は選択の段階から間違えていたらしい。
しかし、間違えていたのなら、正せばいいだけのことである。
この世界に来た日本人たちが目指すものは、他にもいろいろとあるのだ。
当然、ハーレムを作りたいとか、最強を目指すなど、私の好みではないものは除外する。
日本人たちに人気なものは、ほかにも、異世界の料理の再現や、アイテムに魔法の開発などがある。
元は文化や文明が熟成した世界で暮らしていたのだから、故郷の味が恋しいとか、以前のような便利な生活を取り戻したいとか、そう考えるのも無理はない。
もっとも、私ほどの後発になると、一般人が思いつきそうなものはほぼ再現されていて、異世界感が薄れて馴染みやすくなっているものの、残された余地は少ない。
なお、最初期ではマヨネーズを作っただけでも賞賛されたという。
アルに最初に聞いた時は、それだけで賞賛されるなんて思いもしなかったので、魔物も人もヨネーズを掛けて食べたのだと勘違いした。
賞賛というか、賞味だね。
そういえば、創味シャン〇ンとかはあるのだろうか?
あれが作れれば、料理界に革命が起きるのでは?
しかし、よくよく考えると、私はマヨネーズの作り方さえ覚束ないので、「だけ」なんて言い方は失礼だった。
確か、卵と油と、後は何だったか――塩胡椒? そもそも、卵も黄身だけだったか? 白身はどうすれば?
……とにかく、その時代に居合わせたなら、私も現地の人と一緒に賞賛していただろう。
確か、家庭科の授業で作らされた記憶はあるけれど、ほとんど覚えていない。
というか、普通はマヨネーズは買う物だと思う。
いや、マヨネーズに限らず、ドレッシングや調味料は全て買う物だ。
特別な事情があって自作するにしても、今はインターネットとかですぐに調べられる時代だ。
私には難しいけれど。
つまり、異世界に飛ばされることを考慮してかは知らないけれど、レシピを覚えている方がおかしい。
とにかく、何もない時代に飛ばされなくてよかった。
今でこそ、料理に関しては神レベルを自負できるまでになっているけれど、時代が時代なら、ご飯しか出せなかった頃――それ以前の火すら熾せなかった頃に、心が折れていたかもしれない。
というわけで、過去の勇者たちには感謝しかない。
ありがとう。
貴方たちのおかげで、豊かな生活を送ることができています。
とにかく、現在の主流は、今ある物の品質を上げることだそうだ。
今現在存在しない物を造ろうとしても、大抵の物は過去の勇者が既に通ってきた道で、同時に挫折した道でもあるらしい。
しかし、品質を上げることに関しては、「美味しくな〜れ」と念じれば、大抵の物は美味しくなる。
冗談のような話だけれど、この世界にも同様の魔法が存在するとか、とにかく魔素や魔力をたっぷり含んだ料理を食べることで、身体が活性化してどうとかという仕組みらしい。
そもそも、極端な話、ポーションだって魔力を含んだ水なのだ。
若干の薬効成分は入っているらしいけれど、魔力が入っていなければJAR〇に連絡するレベルである。
さておき、普通に料理をしてみたいという想いもあるけれど、道具を使えない身である以上、普通というところからして望めない。
それでも、食べ物には不自由していないので、ひとまず「いつかは」程度の目標にしておくことにする。
ところで、「不自由」という言葉で思いついたのだけれど、道具が使えないことともうひとつ、自分の意思で服を選べないことがそれだ。
露出が高いことはまだいい。
いや、あまりよくはないけれど。
そこに目が行く気持ちも理解できるし、見られることにも随分と慣れた。
そもそも、視線を集めるのはいつものことだ。
それが、特定の部位に集中するようになっただけ。
それに、見られて恥ずかしい身体をしているわけでもないし、気にしても仕方がない。
いっそ、ただの薄着だと割り切ってしまえば、動きやすくていいような気もするし、視線誘導効果のおかげで、細かい動作や失敗がバレにくいという利点もある。
ただ、TPOをわきまえずに周囲から浮いてしまったりすると、恥ずかしいというか、居た堪れない気持ちになる。
例えるなら、町中で裸だったり、お風呂場で着衣のまま入浴したりとか。
TPOというか、頭がおかしい的な意味で。
他人の視線や評価はどうでもいいとは思っているけれど、それは飽くまで信念に従った結果の話であって、意図していないことで受ける被害は別なのだ。
朔も、私に不利益を与えようとは思っていないのだろう。
なので、社会的信用を失うようなことにはなっていないけれど、最近、どうにも魔法少女のような漫画やアニメ的なものに寄せてきている気がする。
朔とは持ちつ持たれつの関係で、いろいろと助けられていることも多いとはいえ、これ以上設定をややこしくされても困る。
そんなわけで、私でも自由に着られて、壊れない服を自作してみようと思う。
もちろん、鋏や針などの道具は使えないので不可能なようにも思えるけれど、ヒントは身近なところに存在した。
半人半クモの魔物アラクネーの出した糸や、その糸で織った布はとても美しく、しかも軽くて丈夫である。
ちなみに、普通のクモの糸は蛋白質でできているらしいのだけれど、彼女たちの出す糸はたっぷりと魔力を帯びていて、それこそが品質の高さや装着者の能力までをも上げる秘密なのだとか。
もちろん、永続する魔法は存在しないという原則からは逃れられないので、いずれは魔力も抜けてしまう。
それでも、魔力が込められていない物よりは長持ちするし、魔力が抜けた後でも通常の物よりは品質が高い。
とにかく、大事なのは魔力である。
ちなみに、魔力とは、魔素が何ものかに取り込まれて、その何ものかの性質によって変化したものである。
アラクネーを例にとると、糸を強化することに長けた性質になっているそうだ。
それはそれでよく分からないけれど。
つまり、魔素とは純粋なエネルギー源のようなもので、魔力とはそれに方向性とか属性をつけて――というか限定して、その行使に適したものに変換されたものなのだ。
多分。
それで、アラクネーたちのように種族として方向性が定まっているタイプや、古竜たちのような特定の属性に特化したタイプ、アルのように万能タイプとか器用貧乏とか、種族や個人によって様々なタイプが存在する。
つまるところ、魔力でできることは、魔素でもできるということである。
魔素を魔素のまま操るのは一般的には難しいようだけれど、私にとっては問題無い。
というか、逆に魔力の方が扱いにくいまである。
さておき、糸を創るための魔素に関しては問題は無い。
魔素を扱うことにかけて、私以上の人はなかなかいないと思う。
問題は、蛋白質をどうやって出すかである。
当然、そのためにアラクネーを喰うのは論外である。
そこで思いついたのが、「お肉」である。
間違いなく蛋白質で、しかも繊維とかもあるらしいので、糸にできそうな気がする。
青椒肉絲という料理もあるし。
ということで、早速チャレンジ。
出てきたのは、糸――状のお肉。
見れば分かる、美味しいやつである。
ただ、これで編んだ物を着たいとは思わない。
まあ、挑戦には失敗がつきものだ。
『……今度はまた何やってるの?』
もちろん、こんな莫迦なことをやっていては、朔にツッコミを入れられることになる。
「いや、その、糸とか出ないかなと思って。ほら、あの、暇だから編物でもやって、女子力を上げようかと」
しかし、その真意だけは、朔に悟られるわけにはいかない。
『……糸を出そうとして、肉が出るってどういうこと? というか、何で肉が出せるのに糸が出せないの? 相変わらずどういう経緯でこうなったのかは分からないけど……、編物は精神の安定や脳を活性化させる効果もあるらしいし、発想は良いと思うんだけど……』
バレてはいないようだけれど、なぜか失礼な心配をされてしまった。
いや、糸状の肉を出してニッチャニッチャやっている人がいれば、私だって心配するか。
というか、通報か。
今日のお昼はハンバーガーにでもするか。
◇◇◇
糸を創ることは今後の課題として、糸状に放出した魔素を使って、織物や編物を作る練習を始めた。
まずは、アラクネーたちに教わったとおりに、最も基本となる平織りと平編みで布を作ることから始める。
ちなみに、織物とは、基本的に縦と横の糸を交錯させて織る物で、編物とは、糸で作ったループを連結させて編んでいく物である。
それぞれに様々な手法や特徴があるそうだけれど、一度に聞いても覚えられないので、ひとつずつマスターしていくつもりだ。
とにかく、練習あるのみ。
縦の魔素は私。
横の魔素も私。
いっそ、布状に魔素を出せばいいのではないかと思うのだけれど、織ることに意味があるかもしれないので、ひとまずは続けてみる。
それに、何かに巡り合っているかもしれないし。
いざ始めてみると、魔素を操ることにかけては一家言ある私にとって、練習など必要無いのではないかと思うほどに適性が高かった。
物理的な制約がなく、思いのままに操れる――イメージを明確にするために、手を動かすことはまだ必要だけれど、おかげで、素人目にも初めてとは思えない素晴らしいものが出来上がった。
この調子なら、他の技術やレースなどの装飾技術を習得できるのも、そう遠くはないかもしれない。
なお、一般的には魔素は肉眼では見えないそうだ。
見えないのに存在しているというのは非合理的に思えるけれど、魔素が濃い地域では、体力や魔力が活性化したり、回復速度が上昇する――見えなくても、違いがある事実をもって存在するとされているそうだ。
もちろん、表現からも分かるように、魔素そのものの観測はできないらしい。
何が何だか私にはさっぱり分からないけれど、ひとつはっきりしているのは、今の私の行動は、傍目にはエア織物、若しくはヤバい薬をやっている人に見えるのだ。
もちろん、見ることもできない物を触ることができるはずもなく、他人に説明することはどう頑張ってもできない。
一番の問題は、これで服を作ったとしても、私以外には誰にも見えず、触れないことだろう。
「普通の人には見えない服でございます」
などと言われて着るのは、本物の莫迦だけだ。
つまり、私の目的を達成するためには、最低限万人に見えるものにしなければならない。
同時に、システムに干渉されない物でなければならない。
システムに干渉されると壊れちゃうからね。
一応、魔力であれば見える人――というか、見えるようになるスキルもあるらしいけれど、万人が持っているわけではないので、基準にはできない。
朔ならこれを物質に変換することもできるようだけれど、そうすると、普通にシステムに干渉される物になってしまう。
そもそも、システムに干渉されない物というのは、システムに定義されていないような高次の、若しくは異なる理で構成されたものである。
同時に、システム以下の認識能力しかない人たちに見える物というのは、矛盾でしかない気がする。
『こういうことだけは本当に器用だよね。で、それをアイリスの誕生日プレゼントにするつもりなの?』
褒められているのか莫迦にされているのかは微妙なところだけれど、アイリスの誕生日プレゼントにするという案は悪くない。
もちろん、アイリスの誕生日を忘れていたわけではない。
ただ、魔界での状況を考えると、そう派手なこともできそうにないので、細やかではあるけれど、魔界にある物でお祝いしようと思っていたのだ。
しかし、そこに手作りの物を添えるというアイデアは悪くない。
時間はそれほど残されていないけれど、ハンカチとか簡単な物なら、それなりのクオリティに仕上がるのではないだろうか。
そうと決まれば、練習あるのみ。
心を込めて、しかしギリギリ魂は宿らないレベルの物を贈れるように頑張ろう。




