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02 小人閑居して不善をなす 1

――ユノ視点――

 科学全盛の現代日本から、ファンタジーな異世界に来て、はや半年が過ぎた。

 当初は、そのファンタジーさに困惑してばかりで、理不尽さに怒りも感じたりしたものだけれど、まさか、私自身が一番ファンタジーだとは思いもしなかった。




 それでも、困難は人を成長させる切っ掛けにもなる。

 朔は私が成長しないと言うけれど、そんなことはないのだ。

 実例も挙げられるよ?



 まず、念願だった料理ができるようになった。


 ただし、魔法で。


 腕前は言葉どおりの神レベルだけれど、気合を入れすぎると、生命が宿ったりする。


 とはいえ、食事とは他者の生命を奪うことであると考えると、特に問題無い気もする。


 ただし、

「私を食べて」

 そんなふうに話しかけてくる料理を食べるのは、いろいろな意味でハードルが高い。


 ア〇パ〇マンとかは、アニメ調だから許されるのであって、実写というか現実では超ヤバい奴になるのだと思い知らされた。



 次に、友人もできた。


 といっても、日本では作れなかったわけではなく、作らなかっただけだけれど。


 それに、こちらでの友人は、半分以上は人ではない。

 比喩ではなく物理的に。


 もっとも、大事なのは中身であって、それぞれの価値観も違う中で結構上手くやれているのではないかと思う。


 なお、それ以上に信者がいっぱいできた。

 愛されているといえば聞こえはいいのだけれど、各家庭にひとつは私の肖像画や立像が置かれていると思うと、さすがに戸惑いを隠せない。


 アイドル活動を通じてそのイメージを払拭しようとしているものの、肖像画がポスターに、立像がフィギュアになっただけの気がする。

 騙されたか……いや、もっと有名になってから、スキャンダルでも起こすか?


 とにかく、対人関係を構築する難しさを再確認させられた。



 さらに、子供ができた。


 ただし、血縁はないし、生物かどうかも怪しい。

 一般的には、「眷属」というのが妥当らしい。


 素直で良い子たちなのだけれど、私に比べて能力は弱く、そして未熟だ。


 もっとも、未熟さに関しては、私も他人のことを批判できるような立場ではないし、同じ失敗にしても、彼女たちの失敗は人間でも挽回可能であると考えれば、些細なことだともいえる。


 それに、普通の自動販売機のように、他から動力を取っていないのであれば、「自動販売機を固定しておく必要が無いのでは」と、固定観念に囚われない発想をするのも面白い。

 だからといって足を生やすのはどうかと思うけれど、それで問題が起きているわけでもない。


 それに、本当の意味で「自動」販売機になったわけだ。

 むしろ、「自走」販売機に改名するのもありかもしれない。



 他にもいろいろとあったけれど、当時の私が、今の私を見ればどう思うだろうか。


 などと無意味なことを考えてしまうのは、やはり退屈だからだろう。

 正確には、ヤマトや魔界で活動している私もいるので、何もしていないわけではない。

 それでも、湯の川にいる私が退屈していることには変わりはない。


 忙しさと暇を同時に味わうという器用なまねができることを喜ぶべきか。



 当然、暇だからといって、四六時中リリーや雪風と遊んでいるわけにもいかない。

 学園があるリリーは当然として、雪風にだって一般的な訓練や休息は必要だし、世話役に任命したアンネリースの仕事を奪うわけにもいかない。


 禁止されているわけではないので、町へ遊びに行ってもいいのだけれど、リリーは学校、ソフィアもグレゴリーの手伝いに行っている中、私ひとりが遊び惚けるのもどうかと思う。

 それに、視察という名目にしても、連日では町の人にも迷惑だろう。


 欲をいえば、気を遣われすぎるのも面倒なので、誰も私のことを知らない町に遊びに行きたいのだけれど、問題が起きたときのことを考えると、誰かと一緒に行くべきなのだろう。

 以前の私なら、「思い立ったが吉日!」と、独りで出かけていたであろうことを思うと、これもひとつの成長ではないかと思う。



 さておき、だったら妹たちを召喚するための行動をしろとか、仕事をしろという話だ。

 しかし、前者の方は、召喚儀式の解析と私の能力の活用の仕方をソフィアたちが研究中だし、妹たちのいる世界の特定も、アナスタシアさんの「異世界を観測する魔法」や、それ以外の手段について模索中である。


 そこでの私のすべきことは、魔界でのミッションを通じて、アナスタシアさんからの情報を得ることであって、湯の川にいる私には何もできることはない。

 湯の川での仕事についても、私の仕事は行儀よく神座に座っていることである。

 ……一般企業でこんな仕事を任されると、病んでしまうのではないだろうか。


 なお、基本的に町のことに口出しをするつもりはないので、裁可を行うようなこともない。

 ただ、報告を聞いて、労を労ってあげるだけだ。

 それも、シャロンたちを疑似眷属として、私がどこにいても彼女たちと朔との間で連絡が可能になったので、ずっと城内にいる必要も無いのだけれど。



 ちなみに、疑似眷属化とは、単純に彼女たちの存在の一部を創り替えて、私との繋がりを確立しただけである。

 もちろん、人格などに影響はないはずだし、後遺症の心配も無い。

 人間の枠――というか、この世界の枠から少しはみ出しただけで、表面的には健康になっているくらいだと思う。


 倫理的な問題は、本人たちが満足なら、外野がとやかく言うことではないのではないだろうか。




 さておき、私には娯楽が必要である。


 しかし、困ったことに、私にはこれといった趣味はなく、新たに始めるにしても、制約が多い。



 まず、ボールなどの道具を使う遊びは絶望的だ。

 システムに正常に認識されない私が、システムの管理下にある道具を使うとエラーが起きるらしく、その道具が塵になってしまうのだ。

 回避する手段もなくはないけれど、細心の注意が必要な遊びというのは、何かが違うような気がする。

 私はもっと気楽に遊びたいのだ。



 また、精密機械や自動車のように、緻密で繊細な操作することも望みが薄い。

 こちらは単純に機械が苦手なだけだ。

 ビデオの録画も、スマホの操作もできない。

 パソコンなんかはただの鈍器である。


 そうなると、自ずとこの身ひとつでできることに限定せざるを得ない。



 真っ先に思いついたのは音楽だ。


 以前から音楽を聴くことは好きだったし、最近は歌うことも楽しくなってきた。

 私が歌うことでみんなが喜んでくれるなら、私も少し嬉しい。


 多少恥ずかしい程度の衣装くらいは我慢しようと思うくらいには。


 私は思いのほかサービス精神が旺盛なのかもしれない。


 とはいえ、歌や踊りの練習は、訓練担当の私がずっとやっているし、更に趣味としてやるというのもどうかと思う。


 それに、私の歌の影響力を考えれば、いつでもどこでも歌うのは不適切だろう。

 ちょっと歌っただけで、花は咲き乱れ、精霊は寄ってきて、死者が蘇るのだ。

 TPOくらいはわきまえなければならないと思う。


 音楽を聴く方も、アルが連れてきた楽器演奏者たちが、湯の川学園で音楽を教えてくれている。

 楽団を結成できるようになるには、まだまだ時間が必要だと思うけれど。



 次に読書。


 ただし、小難しいことは朔の担当なので、私向きの娯楽要素の強いものがあればいいのだけれど、この世界での本――というか紙は希少品なので、存在する物の大半は実用書である。

 クリスとセイラが所有している、内容がちょっとあれな薄い本も実用書に分類されるらしい。


 もっとも、そうでない本にも、過激な描写は少なからずあるらしい。

 多少興味はあるものの、リリーに悪影響を与えないためにも、彼女に見えるところでは読むわけにはいかない。


 なお、湯の川に出回っている私の写真集などが実用書であるかどうかは知らない。

 知りたくない。



 後は、映画鑑賞――は無理にしても、舞台鑑賞とかは――いや、アルやアイリスに知られれば、私が演じる方になるかもしれないので、止めておいた方がいいかもしれない。

 彼らにも近づけさせないようにしておきたいところだけれど、完全にブロックすることはできないだろうし、意識しすぎると逆効果になることもあり得る。

 私にマルチタレントはまだ早い。




 とにかく、まずはやりたいことを見つけるためにも、いろいろと経験してみるしかない。


 時間だけはたっぷりあるのだ。

 一見くだらないことでも、思わぬところで役に立ったりすることもあるのだから、何もしないというのはもったいない。


 なので、以前にアルやクリスから聞いた、この世界にやってきた日本人がやりたがることを試してみることにした。




 まずは、美味しいお米造り。


 私たちの口に合う品種の開発と、それを育てるための土壌等の調整といった方がいいだろうか。


 私が魔法で出すご飯は非常に美味しいけれど、自動販売機が出す物は若干質が落ちるし、毎度毎度私が出すのも面倒くさい。


 それに、自動販売機は一部を除いて有料になっているし、せめて、町の人が食べる分くらいは、自分たちで栽培・収穫できるようにしてあげたい。



 アルとクリスの話では、魔法による品種や土壌の改良をしようとすると、膨大な量の魔力が持続的に必要になるらしい。

 ついでに、かけた魔力分を回収できるかを考えてはいけないそうだ。

 そして、その部分を人力以外で解決しようとすると、少なくとも、賢者の石クラスのレアアイテムの力を借りる必要があるのだとか。


 ちなみに、賢者の石というのは、長く生きた竜などの強大な魔物から採れたり、他にも錬金術の大がかりな儀式で生成できるそうだけれど、どちらにしても入手難度を考えると、お米造りに利用するなど論外なのだとか。

 それで挫折する勇者が多いらしい


 そこでなぜ、この世界の農家の人の力を借りるという発想に至らないのかは謎だけれど、私には自前の石があるので、似たようなことはできると思う。




 こっそりとお城を抜け出して、人目を避けて町の郊外へ。

 瞬間移動を使えばこんなことをする必要は無いのだけれど、単にやってみたい気分だったのでそうしただけだ。


 そうして辿り着いたのは、町の外れにある、邪魔な木を抜いて草を刈っただけの農園予定地。

 どこかで捕り物でもあったのか、幸いにも人の姿はない。

 後で聞いた話では、海の方でクラーケンという大型のイカのような魔物が出ていたそうで、それの対処に当たっていたそうだ。


 とにかく、やるなら今しかない。



 稲作といえば、まず思いつくのが水田だ。

 しかし、水田とは、カエルとかアメンボとかエイリアンチックな気持ちの悪い虫の(ひし)めく魔境である。


 私の能力を使えば、水田ではなくても栽培が可能かもしれないものの、どこかに皺寄せがくるかもしれないと考えると、あまり現実から乖離(かいり)させるわけにはいかない。


 そもそも、やはりこういうことは、素人だけでどうにかしようとするものではない。

 素直に専門家に頼るべきだろう。


 私は、過去の勇者たちと同じ(てつ)を踏んだりしないのだ。



 稲作は、王国や帝国辺りではほとんど行われていないけれど、極東の方ではそれなりに行われている。

 しかし、品質的にはそれほど良い物ではなく、私のご飯を食べ慣れていると、雑味だらけで口当たりも悪く感じてしまう。

 残念ながら、質より量を優先しなければならない環境では、これが限界なのかもしれない。



 そんな中、量は当然として質にも拘ろうとしている人たちを発見した。


 意外なことに、以前に魔族領で出会った狩人だか何だかの一族の人、ミゲルさんとその仲間たちである。



 彼らには、一族の長と面会できるようにと頼んでいたものの、一向に進展がなくて、忘れ――どうしようかと思っていたところだった。


 とにかく、それほど重要なことでもないので後回しにしていたのだけれど、帝国と骨の魔王との小競り合いの後始末をしていた時に、ふと思い出したので寄ってみたのだ。

 すると、彼らは私のお願いも、狩人であることも忘れたかのように、楽しそうに田植えをしていた――という次第である。



「いやあ、僕らも何回も頭領に申入れてるんですけどね、頭領もライアンも、ユノさんたちを味方に引き入れろと、そればっかりで……」


 私の顔を見るなり弁明を始めたあたり、自覚はあったのだろう。


「無謀な復讐も止めようって言ってるんすけどね、全然聞いてもらえないっすね。俺たちと同じように思ってる人も結構いるはずなんすけど、同調圧力っていうんすかね。こっちが日和ってるとか裏切り者とか言われるんすよ」


「それで、僕らみたいなのは士気に影響するからって前線から外されて、農業とかやらされてるんです。まあ、僕らとしては剣を握るより鍬を握る方が合ってるんですけど」


「吸血鬼に捕まっている人を助け出しても、食べる物がなければ結局は死んでしまいます。ここで育てている作物の種も、命懸けで集めた物ばかりで、大切に育てなければいけません。それは分かっていても、前線で若い命が失われていることを想うと、胸が痛いですね」



『そういえば、君たちもうひとりいなかった?』


「「「……」」」


 朔のひとことで、微妙な沈黙が訪れた。


「ごめん、無神経だった」


「あ、いえ……」


 彼らの置かれている環境と現況を照らし合わせれば、自ずと答えは出るというのに、朔の空気の読まなさときたら、魔王と同レベルである。



「貴方たちは復讐しようとは思わないの?」


 ただ、そこは気になるので訊いてみた。

 私的には、復讐にはあまり興味がないのだけれど、そうすることでしか区切りをつけられない人もいるのかもしれない。

 それを否定する気はないし、その結果どうなろうともどうでもいいのだけれど、それを他人にまで強要するのはいかがなものかと思うのだ。



「そういう気持ちがないっていうと嘘になりますけど……。どれだけ頑張ってもひとりでは無理ですし、それで誰かが犠牲になるんはもっと嫌なんです」


「今、村でそんなこと言ったら殺されかねないんすけどね。もうひとりの人が言ってたライアンの魔王化、ヤバいかもしんないっす」


「この村も、もう終わりなのかな……」


「私たちがそんな暗い顔していては、まだ希望を持ってるみんなも困ってしまうでしょう。私たちは最後までしっかり日常を演じましょう。それが私たちの戦いよ!」


 ヴァイオレットさん、見た目はあれなのに格好いい。

 他の三人も、自分たちにできる精一杯で頑張っているように見えるし、いいグループだと思う。

 こういう人たちを見ると、どうも好感を覚えてしまう。



「さっきのお詫びというわけでもないけれど、貴方たちが望むならうちに来る? もちろん、貴方たちと同じ考えの人たちもいいよ」


 もう彼らに村長との取次ぎは期待できず、だからといって、直接乗り込んでも話にならないだろう。

 というか、頑張っている彼らに、そんなどうでもいいことを頼むのが申し訳なくなってきた。


 そもそも、この村の人たちや、魔族領でのあれこれについては、その重要度自体は大したものではないので、ソフィアには悪いけれど、もう省いてしまっても問題は無いような気がする。


 決して面倒くさいとかではなく――いや、もう割と面倒だけれど、優先順位的には最下位だろう。

 ソフィアも、久々の手掛かりに神経質になっているのは理解できるけれど、湯の川で研究でもしていた方がいいと思う。



 ただ、吸血鬼の魔王だけは、完全に無視するわけにもいかない。

 情報もそうだけれど、世界の平穏――ひいては私の平穏を乱しかねないという意味で。


 生贄を使っての種子――邪神の召喚とか、それだけで私に対する風評被害にもなる可能性もあるのだ。

 迂闊な言動は控えてもらいたい。



 しかし、重要な情報のほとんどは不死の魔王ヴィクターさんに押さえられているのか、サムソンからの報告も芳しくない。

 そうなると、吸血鬼の魔王を直接押さえるしかないのだけれど、ヴィクターさんの動向も気になるし、魔族の人たちに掻き回されるのも面倒くさい。


 それでも、このままこの辺りで活動していれば、ヴィクターさんとの衝突は避けられないだろうし、精々タイミングを計るとか、衝突の規模が小さくなるような努力くらいしかできないだろう。



 そう考えると、魔族の人たちは、ただただ邪魔でしかない。

 彼らに配慮しながら、吸血鬼の魔王やヴィクターさんを相手に立ち回るのは面倒すぎる。


 サムソンからの報告でも、彼らが無駄に――攫われた仲間を助けるでもなく、嫌がらせ程度のゲリラ戦を仕掛けてくるせいで、吸血鬼たちの警戒度が無駄に上がっていて困っているのだとか。


 報告を受けた際には、どういうことなのか理解できなかったけれど、ミゲルさんたちの話を聞いた限りでは、彼らのトップが壊れているらしい。

 本当は、吸血鬼を滅ぼしたいのだけれど、戦力的には不可能に近くて、それでも諦められない――といった感じか。

 付き合わされる方は堪ったものではない。

 それではアンデッドと変わらない。


 しかし、そこでふと思ったのだ。

 戦い人は戦わせて、死にたい人は死なせてあげて、生きたい人には機会をあげればいいのではと。



「え、ええんですか? いや、でも、残された頭領たちがどうなるのかとか、まだ捕まってる人もおるって考えると、僕らだけ助かるんは……」


 また面倒くさいことを言い出した。

 人がよすぎるのも問題である。


「でもリーダー、このままだとみんな死んじゃわない? 捕まってる人を助けないのだって、備蓄とかの問題があるからだし、ってか、もう次の冬は越せないと思うよ?」


「そうだよなー。まあ、食料があれば助けられるかっていうと、そうでもないんだけど」


「リーダー、今は何人を見殺しにするかではなく、何人を救えるかを考えるべきではないでしょうか? 頭領には数え切れないほどのご恩がありますが、それはそれ、これはこれでございます。そもそも、心を壊される以前の頭領なら、そうしろと仰ったでしょう。私はユノさん――いえ、ユノ様のご提案に賛成です」


 さすがはヴァイオレットさん、いいこと言うなあ。

 この人、私が直に雇おうかな。

 怒られるかな?


「ただ、このようなことをお願いできる立場にないことは重々承知しておりますが、一度で構いません。捕らわれている同胞を助け出すのにお力をお貸しいただくことはできないでしょうか?」


 かと思ったら、ヴァイオレットさんも面倒なことを……。


『気持ちは分かるけど、それはできない。当事者以外から見た吸血鬼と君たちの関係は、捕食者と被捕食者であって、善悪で判断するようなことじゃないからね。ボクたちがそれに手を出すのはアンフェアだと思う』


 恐らく吸血鬼から見た人間は、人間から見た家畜のようなものなのだろう。

 とはいえ、吸血鬼も元は人間だったことを考えると、征服欲やら何やら他にもいろいろとあるのだろう。


 しかし、それでも牛や豚のように殺されて食べられることもなく、ストレスを与えると血の味が悪くなるとの理由で丁重に扱われているとか、家畜の扱いとしてはかなり上等なものらしい。


 そもそも、ソフィアのように、血液を摂取しなくても生きている吸血鬼もいるのだし、吸血するにしてもごく僅かでいいそうなので、上手くやれば共生できそうにも思えるけれど、そこまでは私の考えることではない。



「私は直接手出ししないけれど、助けたいなら自分たちの力でやればいい。それができそうなくらいに鍛えるくらいならしてあげる」


 とはいえ、どこかで区切りをつけて、自分を納得させることも必要だろう。

 それに、彼らには希望を与えつつ、私も彼らの行動を多少はコントロールできるようになる。

 これがWIN-WINというものか。

 今日の私は冴えている。




 結局、ミゲルさんたちは、私の提案を受けることに決めた。

 詳細とか何も決まっていないのに。

 もっとも、他に頼れるものがない状況では、私の提案でなくても受けざるを得なかったのだろう。


 とはいえ、私から譲歩を引き出したのは彼らの努力が窺えたからで、更なる努力次第では、より良い結果にすることもできる。

 実に私好みの展開である。


 湯の川で保護する対象は、ミゲルさんたち4人と、彼らと同じ考えを持つ人――復讐なり救出作戦の先に未来を見ている人に限る。

 この作戦での目的は、囚われている人たちの救出であって、吸血鬼の殲滅ではない。

 この作戦後も吸血鬼への復讐を考えているような人は、そのまま残って好きなだけ続けてもらおう。

 それで問題が出るようなら、そのときはそのときで別のアプローチを考えることにする。



 訓練期間としては、ひとまず2か月として、仕上がり具合を見て、延長か決行を判断する。

 湯の川での訓練なら2か月もあれば充分だと思うけれど、場所は魔族領で、対象は一般人。

 教官は私――というわけにもいかないので、当面はマリアベルが担当する。


 さらに、訓練だけに専念できる環境ではない。


 育成途中の人が徴兵されたり――は、今現在前線に出ていない人は、ミゲルさんたちと同様に足手纏いと判断されているので、恐らくはないらしい。

 彼らの役割は、戦っている人たちの支援であって、ミゲルさんたちのように農業だったり採取だったりと、訓練や吸血鬼と戦う以上に、生きていくために重要なもの。


 なので、優先すべきは生活を維持することで、訓練はそれに支障をきたさないように余裕をもって行う。

 甘いようにも思えるけれど、その余裕をどれだけ作れるかも本気度を測る目安になるだろう。


 また、外で戦っている人たちが戻ってくるのは、月に2回ほどで、補給や連絡のためだけで長居はしないらしい。

 そして、吸血鬼との戦闘で人員が減っても、基本的に補充はしないらしい。

 実力不足や、やる気のない人は、かえって邪魔だ――と、変なところで理性的である。


 とはいえ、実に好都合だ。



 実力不足といっても、彼らの中での強弱なんて誤差の範囲でしかない。

 初期能力が劣っていても、変な癖がついていなかったり、精神が壊れていない分だけ育てやすい。


 やる気は当人次第。

 やりたいならやればいいし、やりたくないなら止めればいい。

 強制しているわけでも、止めたからといってペナルティを課すわけでもない。



 もっとも、今はやる気満々なので、訓練内容はマリアベルに一任する。

 くれぐれも追い詰めすぎないようにだけ念を押して、彼女を残して私は一旦引き上げさせてもらう。


 ひとまず、ミゲルさんから分けてもらった苗や種を湯の川に植えてみて、育ち具合を見るためである。


 田植えとか作付けには適切な時期というものがある。

 そして、ミゲルさんは「田植え? 時期的にはもう遅い――いや、ギリギリかなあ?」と仰っていた。

 この機を逃せば、次はかなり先になってしまう。

 陸稲も頂いたけれど、彼らのメインは水稲だ。

 当然、水田も作らなくてはいけない。

 急がなければ



「あ、ユノさ――」


 去り際にマリアベルの声が聞こえたような気がしたけれど、今は一刻を争うから後でね。

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