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01 料理バトル

 湯の川とは、人間と亜人、魔物や魔王、竜から神まで、様々な種族が共存している、世界の理から外れた町である。



 町の特徴は、その名が示すとおりに、町中を川のように流れる温泉にある。

 下手なポーションより回復効果の高いそれは、入浴は当然として、農業用水にも飲食にも最適な万能の湯である。


 そこに、精霊の祝福を受けた自然と、名匠の手による人工物が見事に調和した、奇跡としかいえない美しい町並みが広がっている。


 さらに、常夏の地域にありながら、広大な冬の領域も存在していて、更には大小様々な島が空に浮かぶ幻想的な世界は、魔法が存在する世界にあってもファンタジー感が振り切れていた。



 そんな景観以上の特徴が、この町に住む者は最低限の衣食住には困らないという、それこそ世界の理から外れている「豊かさ」である。


 それは、「衣食足りて礼節を知る」という言葉もあるように、それだけで人々の心には他者を思い遣る余裕を生む。


 たとえ、本来は捕食者と被捕食者の関係であっても、前者にとって、後者以上の質や量の食糧が得られるなら、後者を捕食する理由はどこにもない。

 狩猟本能や習慣などといった問題も、この環境を用意しているのが絶対的な捕食者であることを知っていれば、改善可能なものでしかない。




 食糧問題は、どの時代のどの国にもついてまわる最重要事項である。


 しかし、湯の川においては、その特殊な事情により、飢えの心配をする必要が無い。



 その特殊な事情というのが、この町の象徴でもある「世界樹」である。


 この町の実質的支配者である、ユノという名の最も新しい邪神の居城。

 その広大な敷地の中心に、天をも貫かんとばかりに(そび)え立つ巨木は、常に良質で濃密な魔素を放出しており、様々な恵みを町全体にまで(もたら)している。



 それに最も影響を受けるのが、各種精霊である。


 精霊たちは、その身に良質な魔素をたっぷりと取り込むと、水の精霊なら水へ、土の精霊なら土へと、自らの属性に対応するものに恵みを還元する。

 すると、その地で栽培される作物は、栽培期間は短く済む上に、それらの恵みを凝縮した極めて良質な物となる。

 当然、それを餌とする家畜も極上のものとなる。

 そして、それらを口にする住人たちがどうなるかは言葉にするまでもない。



 しかし、奇跡はそれだけに止まらない。


 この町では、特異個体の誕生や特殊な現象の発生など、とにかく特殊なことが多い。


 植生では、甘味や肉や魚の生る木。

 漁業では、餌も手間もなく養殖される新鮮な魚介類の加工品。

 分類不能な自律二足歩行する自動販売機など、数え上げればきりがない。


 また、アラクネーのような一部の種族が、ユノが昆虫などを苦手としていることを気に病み、その原因である腹部や足をフサフサした毛で覆うような進化を果たている。

 そして、今ではその毛並みの美しさを誇るようになっているなど、この世界の常識では考えられないことが頻繁に行われている。



 アラクネーの例でも分かるように、ユノはこの町では非常に尊敬され、愛され、親しまれている。


 価値観の壁など容易に飛び越える美貌もさることながら、世界樹を創るような規格外の力を持っている。

 であるにもかかわらず、大した力を持たない彼らを側に置き、それでいて特別な何かを要求することはない。


 それどころか、住人たちの様子を直接感じようとしているのか、頻繁に町に出現しては、交流しようとする気の懸けようである。


 更には、慣れない環境での生活に苦労しているであろう住人たちを労わるためにと、様々な催しを開いてくれる。

 当然、湯の川の環境に慣れない――慣れていいのかが分からない者は少なくないが、彼らのそれ以前の暮らしからすれば、苦労など無いに等しい。

 だというのに、事あるごとに酒宴を開いたり、果てには神自身が歌って踊って彼らを楽しませてくれるのだ。

 それは、彼らの想像を遥かに超えた、それこそ包容力と慈愛に満ちた母親と、厳しくも頼もしい父親と、無償の愛を与えるという神とが合わさって、それらを超えた何かの完全体である。

 それに感動した住人たちが、少しでもその愛に応えたいと思うのは無理もないことだ。


 なお、それはそれとして、アイドルとしてのユノもある種の神の望んだ姿なので、全力で「ユノ様可愛い」する。


 ユノを心の底から崇めながら、全力で愛でる。

 それが湯の川という町である。




 そんな彼らに人気の職業のひとつが、「神殿騎士」である。


 神殿騎士は、職業選択が基本的に自由である湯の川において、巫女などの神殿に勤める職員や城内に勤める事務職員と同じく、選ばれた者しか就けない例外的な職業である。


 人気の理由は、直接ではないが、「ユノの(しもべ)」という立場になれることである。

 しかし、ユノとしては単なる雇用契約のつもりで、彼女を信仰する町の住人たちとの間に見解の相違があったが、ユノがそれに気づいた時には、それを指摘できるような状況ではなくなっていた。


 そして、そんな憧れの職業に就いた者たちは、個人の能力もさることながら、選考に人格や将来性などを評価されていたこともあって、住人たちの尊敬の対象となっていた。



 とはいえ、そこには当然、不満や嫉妬などの負の感情もある。


 しかし、この町では、他人の足を引っ張って得られるものは何もない。


 この町では、成果も重要だが、それ以上に過程――努力などの目に見えないものが重要な評価の対象になる。


 成果の対価として得られる物は、金銭などの暮らしを豊かにできる物であるのに対し、努力などを評価されて得られるのは、彼らの崇める神からの賞賛であり、またその神の姿絵や彫像である。


 前者はその人の暮らしを豊かにするが、後者はその人の心を豊かにするものである。

 金銭では後者の、特に神からの賞賛が得られない以上、それを理解している住人たちは、その感情を「次こそは」というエネルギーに変えるのだ。



 当然、選ばれた者たちも、選ばれて終わりではない。

 ようやく神の愛に報いるスタート地点に立っただけで、そこで何をなすかが重要なのだ。




 そんな中で、神殿関係者の間では、ただユノを崇めるとか、その場を提供するだけではなく、ユノの言葉や奇跡の数々を後世に残すべく編纂(へんさん)するプロジェクトが発足していた。


 ちなみに、その叙事詩は、文字だけではなく映像化も企画されており、完成の暁には無料で一般公開される予定である。


 彼らは、ユノの信徒の鑑らしく、「汝のなしたいようになすがいい」を全力で実行していた。



 また、シャロンをはじめとした最初の巫女たちは、人手不足が改善されたことで雑務から解放されたことで、巫女としての本来の業務や、後進の育成などに注力できるようになった。

 その傍らで、湯の川の幸福度を更に上げるために、「ユノかわ教会」を発足させた。



 この「ユノかわ」の意味するところは、当然「ユノ様可愛い」である。

 これは、本家であるユノを崇める教会とはまた別で――ユノが神なので、「教会」と銘打ってはいるが、湯の川の住人は例外なく信徒であるため、教義を説いたり広めたりすることが主目的ではない。

 ただ、信徒たちが、ユノの素晴らしさについて語り合うための憩いの場を提供するだけの、真に必要とされていた組織である。


 有体にいえば「公式ファンクラブ」だが、ユノ自身は公認していない。




 さておき、城内で働いている職員たちも、日々の仕事をこなす傍らで、町の発展などに繋がる提案を常に出し合い、今日よりも明日が少しでも素晴らしいものになるようにとの意識を忘れない。


 しかし、彼らの意識の高さは、ユノの僕になったという気負いや、教会の方は既に結果を出しているという焦りからくるところも大きかった。


 もっとも、教会の功績に関しては、シャロンたちがこれまでの活動の中で考えていたことが、人手が増えたことで実現できるようになっただけであり、彼らが焦りを感じる必要など無いことである。



 そもそも、ユノやアイリスたちも、彼らにそこまでのことを求めて採用したわけではない。


「私のためとか、町の人たちのためとかじゃなくて、まずは貴方たち自身が幸せになるように努力してほしい。それができてから、周りの人にも幸せのお裾分けをするとか、とにかく、もう少し肩の力を抜いて、楽しくやれる職場作りから始めればいいんじゃないかな」


 結果、それを見兼ねたユノから直接諭されるに至り、表向きは沈静化した。


 しかし、ここは風が吹いたら信仰心が上がる湯の川である。


 彼らの信仰に終わりはない。

 彼らはようやく落ち始めたばかりなのだ。

 この果てしなく深い深淵を。




 神殿騎士とは、その名のとおり、神殿――教会に属する戦闘集団である。

 といっても、町の内外の見回りは自警団や冒険者が行っており、そこは基本的に管轄外である。


 そもそも、町周辺に出没する魔物のレベルは低く(※湯の川の平均的な価値観。一般的には、熟練(マスターレベル)の冒険者程度では自殺レベル)、危険は少ない。


 町の西に広がる、大森林の中央付近は、極めて危険な地域(※湯の川の町の発展に伴って、そこから逃げる魔物たちの大移動が発生し、地理的な要因などもあって、危険で高密度な魔物の生息域になった)ではあるが、距離や地理的な要因もあって、滅多に遭遇することはない。


 したがって、彼らの業務は、神殿や城内及び庭園の警備や、そのために必要な各種訓練が主な業務となる。

 栄誉こそはあるものの、他の部署での採用者に比べると、特別なことはない――ようにも思えるが、実はそうではない。


 彼らには、極めて特殊な任務が存在していた。


◇◇◇


「見つけたぞ、こっちだ! ――と、奴さんもこっちに気づいてるようだ、注意しろ!」


「ひゅぅ、こいつはまたかなりの大物だな。むしゃぶりつきたくなるぜ!」


「無駄口は慎め! 遊びではないのだぞ! 二班と三班は側面へ回り込め。四班は周辺の確認、特に、繁殖していないか念入りに確認しろ。一班は私に続け。タイミングを合わせて奴に攻撃を仕掛ける。では、行動開始!」


「「「了解!」」」


 神殿騎士団団長【ベアトリーチェ】の号令で、隊員たちが一斉に行動を開始した。



 ベアトリーチェたちが戦っている場所は、広大な庭園の片隅。

 敵は、ちょっとした小屋ほどの大きさもある、スライムのような不定形生物――黒褐色の粘体に色取り取りの具材(豚肉・玉ねぎ・人参・ピーマン・パイナップル)が入ったもの――いわゆる「酢豚」である。


 彼女たちは、六人一組が3部隊――合計18人で、それに反撃の的を絞らせないように、波状攻撃を仕掛けていた。


 なぜそんなものと戦っているのかというと、この町ならではの理由が存在する。



 マザーや十六夜や世界樹の例を見れば分かるように、ユノは既存の枠に囚われていない生命を創造することができる。

 それは神の御業とでもいうべき奇跡だが、ユノにとっては、少し気合を入れればできてしまう程度のことでしかない。


 そして、それは装飾品や料理などにも適用されてしまう。



 魂や精神を直接認識することのできるユノであれば、意図せず創った生命は、その場で適切に処分できるので、それほど問題になることはない。


 しかし、マザーや十六夜――ユノの眷属は、ユノの生命創造能力も受け継いでいるのだが、ユノほどの強度や精度はなく、それを見抜く力も著しく劣っている。


 それゆえに、ふたりが母を真似て「美味しくな〜れ」とやると、稀に生命を持った料理が生まれてしまうのだ。

 さらに、このふたりだけではなく、利用頻度が少なく、魔素をたっぷり蓄えた自動販売機からも、生命入りの料理が出ることがある。



 それでも、その場で完食されてしまえば、大きな問題にはならない。

 しかし、食べられずに放置された物は「美味しく食べられたい」という本能に目覚め、美味しくなるために活動を始める。


 そして、魔素をたっぷり吸収して美味しくなった暁には、美味しく食べてもらおうと、人を襲うようになるのだ。


 幸いにも、美味しく食べてもらうことが目的なので、襲われても命を落とすようなことはない。

 むしろ、ある意味では美味しい思いをするのだが、腐ってもそれは邪神の眷属である。

 ただ「美味しかった」では済まされないこともある。




「まずい! ――美味っ!? しゅごいのおおぉ!」


 ガラハッドの回避行動がほんの一瞬遅れて、酢豚の甘酢ブレスを言葉どおりに食らってしまった。


 殺傷能力は無いとはいえ、酢豚の能力は上位の竜に匹敵するレベルであり、ガラハッドのミスも、彼の能力不足によるものだけではない。

 誰もがそうなる可能性があり、この時は運悪く彼がそうなっただけである。



「ガラハッドがパイナップルのブレスにやられた! ――くっ、柔らかい! 完全に骨抜き――肉が柔らかくされてやがる!」


 ブレスの直撃を受けたガラハッドは、全身の骨が消失して、肉袋とでもいうような状態になっていた。

 とはいえ、それは食事による状態異常であり、直ちに命に別状はない。


 ただ、生ける料理が引き起こす状態異常は、それがどのような症状のものなのか、更に治す手段が分からない。

 おまけに、ほぼ例外なく絶頂状態にされて、痴態を晒してしまうところに問題がある。 


 ガラハッドは、軟体生物のようになっているだけではなく、少年誌では見せられないようなアヘ顔を晒していた。



「三班は四班と交代! ガラハッドを連れて下がれ!」


「ガラハッドのお肉が柔らかくなりすぎていて、無理には掴めません! エリクサーRの使用許可を!」


 酢豚のブレスにやられたガラハッドは、正しく心身ともに骨抜きにされていた。


 それだけでなく、彼の自慢の鋼のような筋肉は、お箸で切れるほどに柔らかくなっていて、とても運べるような状態ではなかった。


 ちなみに、パイナップルには【ブロメリン】という蛋白質分解酵素が含まれており、お肉を柔らかくする効果がある。

 ガラハッドの状態異常は、それによるものだった(※実際には、ブロメリンは熱に弱く、60℃以上の熱を加えると、その効果を失います)。


 当然、美味しくなることが目的の生ける酢豚が冷めることなどあるはずがなく、ブロメリンはその効果を失っていてしかるべきである。


 しかし、ここは神の住まう地であり、人の常識など通用しない神域である。


 ユノがそうなると思えば、そうなる世界なのである。



「許可する!」


 こんな未知の状態異常にすら効果を発揮するのが、新薬であり神薬でもあるエリクサーRである。


 騎士団に支給されているそれは、まだ量産体制が整っていないために非情に希少な物だったが、ベアトリーチェは迷うことなく使用許可を出した。

 確かに神薬は貴重な物だが、仲間の安全には代えられないし、彼女が敬愛するユノなら、間違いなく同じ判断をするはずだと信じていた。




 ベアトリーチェの放った矢が、酢豚に突き刺さった。

 ただし、その(やじり)は金属ではなく、秋刀魚の塩焼きである。


 またある者が、酢豚の身に突き立てた槍の穂先も、焼きトウモロコシである。

 そして、投擲武器の代わりにたこ焼きが投げられ、聖水の代わりに炭酸水が掛けられている。


 湯の川では、ミスリルやオリハルコンといった、一般には希少な金属も豊富に採れるが、魔法と相性がいいとか硬度に優れているだけの武器では、神の創った生物を斃すことはできない。

 人にそれだけの力がない以上、聖魔の武器か、同じく神の創ったものでなければ対抗できないのだ。



 生ける料理の目的は、美味しくなって食べられることである。


 しかし、ユノの眷属である以上、「食事とは楽しく摂るものである」という方針に縛られている。

 いかに料理の活きがよかろうが、被害者の意志を無視して無理矢理口内を、胃を、心を犯すような食事では、真の喜びを与えることなどできない。

 生ける料理もそれを充分に理解しており、厳に慎んでいる。


 もっとも、ユノの眷属である以上、矛盾は充分に孕んでいるが。



 この酢豚がガラハッドを攻撃したのは、彼を食材として誤認したことと、結果的に美味しいと言わせればいい――「結果を出せばよかろう」という、ユノの考えそうなことに引っ張られたからである。



 そんな哀れな生物を解放するのは「死」だけではなく、ただの料理に戻す――更に調理を行い、新たな料理にしてやればよいのだ。

 彼らが行っているのは正にそれであり、これはある種の概念による戦闘だった。



 とはいえ、酢豚に秋刀魚の塩焼きやたこ焼きをトッピングするなど、料理初心者が、聞きかじった知識を基に、隠し味をこれでもかと投入する以上の暴挙であり、料理に対する冒涜である。


 しかし、ユノとその眷属の創った料理に限って、「美味しいものに美味しいものを加えると、もっと美味しくなる」という莫迦げた法則が成立する。



 こうして激戦の末に出来上がった、「豚肉と焼き秋刀魚の炭酸甘酢餡かけお祭り風〜たこ焼きとりんご飴を添えて〜」は教会に持ち帰られ、町の人々にも振舞われる。



 当初は、これらの処分について、ユノにお伺いを立てていた。


「……迷惑掛けて悪かったね。それは貴方たちの仕留めた獲物だから、貴方たちの好きにしていいよ」


 しかし、いつもそうして下賜され続け、最近では事後報告だけになってしまっている。


 ユノとしては事後報告も要らないのだが、神殿騎士や巫女、その見習いたちが、神としてのユノに謁見するのはこの上ない喜びであるため、それだけは(がん)として受け容れられなかったという顛末(てんまつ)がある。



 なお、当然のことだが、神殿騎士たちは、誰ひとりとしてこれを迷惑などと思っていない。

 むしろ、ユノが直々に訓練の相手と、ご褒美を用意してくれている――神の愛だと思っている。



 神殿騎士団の仕留めた料理が、神殿前の広場に運ばれると、匂いに釣られて町の人たちがやってきて、その順で振舞われる。

 百人や二百人では食べきれないほどの料理の山だが、人口的に全ての人に行き渡るほどではない――が、そこはやはり神の料理である。

 バージョンアップした生ける料理は、最後の力を振り絞って、全ての人を満足させるまでは増殖を続ける。

 よほどの事情がなければ、食べ損ねることはない。



 真っ先に駆けつけるのは、嗅覚に優れている獣人や亜人である。

 続々と神殿を目指す彼らの様子に、それ以外の町の人々も「お裾分け」があることを知り、マイ箸とマイ皿を持って彼らに続く。

 そして、神への感謝の祈りを済ませると、料理を手に思い思いの場所へ移動し、宴会が始まる。



「今日はまた一段と前衛的だな!」


「この無秩序な感じは、人間も亜人も魔物も何でも受け容れちまう、湯の川にはぴったりだけどな」


「食性に関係無く食べることができて、しかも、どれもこれも美味しいだなんて、ユノ様は料理上手でいいねえ。アタシもまねして作ってみたことはあるけど、とてもじゃないが食えたもんじゃなかったねえ……」


「湯の川の食材で、まずい料理作るって、相当だけどな……。まあ、ユノ様の料理は、それこそ神の御業ってやつだからな」


 美味しい料理と飲み物、そして共通する話題があれば、種族や老若男女の差は関係無い。


「ユノ様は、ご自身のことを邪神だって言ってるけど、本当は酒と料理の神様なんじゃねえかと最近思うんだ」


「最近ってニワカかよ。アイドルの神様も追加な。あの歌と踊りは本物だぜ!」


「お前が何の本物を知ってるのかは知らねえけど、ユノ様の一番っつったら、やっぱ可愛さだろ」


「んなこと言われなくても分かってんだよ。その上でって話だろ」


 ただし、ユノの話題になると、ついつい興奮しすぎてしまう者も出てくる。


「喧嘩するなら余所でやってくださいね。せっかくのユノ様からのお裾分けなんですから、楽しくいただかないと罰が当たりますよ?」


「おっと、巫女様。すんませんねえ」


「「「すんません……」」」


 そうして、教会関係者に怒られたりすることもあるが、暴力沙汰になるようなことはない。

 彼らには、お裾分け――ユノの愛を取り上げられてまで争う理由などないのだ。


「つまり、ユノ様はお可愛くて、お優しくて、料理がお上手で、アイドルな神様ってこったろ。それって最強じゃね?」


「そんなユノ様が常に私たちを見守ってくださっているのですから、余計な心配をお掛けしないように気をつけなければなりません」


「ユノ様って母ちゃんみたいだな」


「まだまだガキだな。それをいうなら、こっ、ここっ、恋人……だろ」


「いい年して何を照れてんだ、気持ちわりぃ」


「まあまあ、喧嘩しないでくださいね。ユノ様はみんなの神様であり、お母様であり、恋人なのです。どれかではありません。全てユノ様なのです」


 その巫女――まだ見習いではあったが、彼女の言葉は人々の胸にすとんと落ちるものだった。


「なるほど……納得だ。だけど、この気持ちはどう表現すればいいんだ……!」


「その感情は『尊い』と呼ぶそうです」


 それは偶然か、それとも必然なのか。

 遠く離れたヤマトの地にいるアルフォンスと、湯の川にいるシャロンたちは同じ結論に至っていた。


「尊い……。ああ、確かに……!」


「ありふれた言葉のはずなのに、ユノ様ほどその言葉がぴったりなお方はいねえ!」


「『尊い』って感情だったのか……。ヤベえ、ユノ様が尊すぎて変な汁が出てきた」


 それは当然のように、町の人々の間でも共有されることになった。

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