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00 大魔王

 ゴブリンとは、この世界の生態系では中の下、若しくは下の上に位置し、魔物としては下の下に位置する存在である。


 生息域は広く、ほぼ世界中で存在が確認されている。


 劣悪な環境でも生存できる適応性の高さは驚異的だが、個体としての戦闘能力は、同レベルの人族以下。

 知性は人族に遠く及ばないが、人間の道具を奪ったり、簡単な道具を作ったりして使うくらいの知能はあり、レベルの高い個体は、毒や罠を用いることもある。


 また、レベルが非常に上がりやすく、進化に至る条件も緩い。

 ただし、進化しても、体躯が大きくなり、それに比例して身体能力が上がるとか、魔法を使えるようになる程度であるが。


 そして、寿命は短く、全うしたとしても三十年ほどで、戦死や餓死などを勘定に入れた平均寿命だと五年前後だと推測される。



 そんな種族が今日まで絶滅していないのは、(ひとえ)に並外れた繁殖力と成長速度にあった。


 ゴブリンはオーク等と同様、他種族との交配でも混血にはならず、一度に生まれる数も多い。

 また、生まれた子供は、半年もすれば自分で狩りを行えるほどに成長し、一年も経てば成体になる。



 群れとしては、社会性とよべる最低限のものは有しているものの、上下関係に敏感で、その在り方は人間より獣に近い。

 あまりの弱さで縄張りらしい縄張りがないことも珍しくなく、時として同族食いも行うため、氏族間を超えて協力するようなことは滅多にない。


 ロードやキングといった、進化した、若しくは特異個体が発生すれば、群れの規模は大きくなるが、一時的かつ局所的に危険度が上がるだけで、生態系の中での立ち位置に大きな変化はない。


 そんな状況からか、文明や文化が発展することはほぼなく、発展したとしても、継承していく下地がない。




 本来、そういった過酷な環境や、追い詰められた状況では、魔王が発生しやすい。


 しかし、この世界の歴史の中で、ゴブリンが魔王に進化した例は1件のみである。


 魔王になるためには、状況を理解するだけの知性と、責任感や覚悟といった強い意志の力が必要である。

 その瞬間を生きることしかできないゴブリンでは、決してなり得ぬものだった。




 今では「ゴブリンの大魔王」とよばれるまでになった【アザゼル】も、生まれたばかりの頃はごく普通の、名も無いゴブリンだった。


 しかし、彼は生後半年ほどで、氏族をまとめる王となった。

 そして、そのゴブリンとしては圧倒的な力で他部族までまとめると同時に、眷属に言語や農耕などの知識や社会性の教育を施した。

 そこには――特に教育は、言葉でいうほど簡単なものではなく、それ以外にも様々な苦難があったが、彼はそれを様々な手段をもって乗り越えた。



 そうして台頭してきたアザゼルを、「転生者」だと考える者も少なくはなかった。

 人間がゴブリンへ転生した例などないが、剣などの無機物に魂や人格が宿るといった例もある。

 後者については、大半が人工的な疑似人格であることが多いが、疑似でも宿るのであれば、本物が宿ってもおかしくない。



 なお、魂の存在については確実視されてはいるものの、完全に――どころか、ろくに解明されてはいない。

 そのため、他種族に転生するといったケースが絶対に無いとは断言できない。


 そう考えればいろいろと辻褄も合う。

 それ以上に、何らかのイレギュラーで、ゴブリンから知性を持ちえた魔王が生まれたとすれば、そちらの方が都合が悪かった。



 当然、アザゼルも、自身の秘密がバレないように、充分に警戒していた。


 彼が転生者であるという大方の予想は、あながち外れてはいないが正解ともいえない。

 むしろ、その予想では重要な部分が抜けており、それ以上が露見しなければ、「転生者」というレッテルは、アザゼルにとって都合が良かった。




 ロメリア王国より北西には、王国と同レベルで広大なキュラス神聖国がある。

 そこが大陸における人類の最西端となる。


 キュラス神聖国の北と南側は海であり、海を挟んで南東に西方諸国とよばれる人間の小国家群が、その西には邪眼の大魔王【エスリン・フォン・ローゼンベルグ】の支配領域がある。


 アザゼルの支配領域はそこから更に西にあり、その北西には、海を挟んで力の大魔王バッカスの支配する島がある。




 アザゼルの領域は、古くから大魔王としての存在感を示していたバッカスと、同じく古くから続く魔王の家系であるローゼンベルグ家との間にある空白地帯にあった。

 その二者は魔王の中でも穏健派であり、迂闊に手を出さなければさほど危険な存在ではない。


 それでも、その二者から逃げるように距離をとった魔物はその空白地帯にも多くいて、彼らを脅かすような新たな勢力の誕生を望んでいない。

 そうでなくても、ゴブリンは彼らの餌である。


 そんな中でアザゼルが生き残るためには、防衛力の獲得や防衛網の構築が最優先課題であった。

 そのため、アザゼルは他の魔物は当然として、大魔王にも察知されないよう、秘密裏に戦力を拡充させていった。



 アザゼルは、一般的なゴブリンの文明レベルからは考えられない――この世界の人間が造る砦と比較しても遜色のない砦を、短期間にいくつも建造した。

 そして、ただのゴブリンを様々な兵器を操る兵士に、まとまりのなかった部族を規律のある軍隊に変えた。


 そうして、世間が彼に気づいた時には、充分とはいえないまでも、大国並の体制を整えていた。



 元はただのゴブリンを、そうなる前に対処できなかったのかという議論は、現在でも度々される。

 しかし、当時の――現在の情報収集、伝達能力であっても、「街道も何も整備されていない、一千キロメートル以上も離れた地で起きていることを、つぶさに把握することなど不可能である」と結論づけられている。


 そして、唯一それを把握していた神族も、介入するほどの問題では無いと放置していた。



 結果として、「アザゼルは防衛戦でこそ強いだろうが、自分たちから仕掛けなければ、むしろ、他の勢力からの防波堤になる」と判断されることになった。


 人間並みの知性を持ったゴブリンを危険視する者も多いが、たかがゴブリンと侮る者も多い。


 それでも、兵器の質はドワーフ以下で、運用するのがゴブリンでは、身体的・能力的な制約も多い。

 そうして、脅威は認識されつつも、長く放置されることとなった。




 それから二百年ほどは、バッカスとエスリンが好んで争いを起こす性格ではなかったこともあって、アザゼルは魔王とよばれるに値する事件など起こさないままに、その特異性のみを背景に、大魔王の仲間入りを果たした。



 しかし、決して彼に野心が無いわけではなかった。

 むしろ、不死の魔王ヴィクター以上に明確で大きな野心を抱いていたのだが、今日に至るまで、それを一切表に出さず隠し通してきたのだ。


 たかがゴブリンと侮られることや、醜悪で表情が分かりにくいその顔も、それに一役買っていたのだろう。


 彼の野望を達成するための時間稼ぎという意味では、彼がゴブリンだったことは非常に都合が良かった。



 とはいえ、当然良いことばかりではない。


 いくら中身が違うとはいえ、様々な手段をもって延命していても、ゴブリンの身では寿命に限界があり、圧倒的に時間が足りない。

 彼の計算上では、全てにおいて最善の結果を出し続ければ、ギリギリ間に合うかもしれない――が、そんな希望的観測で事を進めるほど、彼は楽天家ではなかった。


 だからこそ、どこかで博打に出る必要があった。


◇◇◇


 アザゼルからの突然の宣戦布告に、邪眼の大魔王エスリンは驚きを隠せなかった。

 とはいえ、そういった事態も想定していたこともあって、慌てるようなことはない。


 エスリンとしては、無用な争いは望むところではない。

 それでも、挑まれて逃げるという選択肢は持ち合わせていないし、戦わずして負けを認めるようなこともあり得ない。


 長く平和な時代が続いていたが、彼女もまた、力を蓄えることは怠っていないのだ。


 アザゼルの狙いが何なのかまではさすがに分からなかったが、ようやくかという感想の方が強かった。


 むしろ、アザゼルが正々堂々と宣戦布告をしてきたことの方に驚いたくらいだ。



 エスリンとしては、決してアザゼルを見縊っていたつもりはなかった。


 アザゼルには、砦――要塞に籠っての防衛戦か、攻めてきたとしても奇襲くらいしかできないと考えていたし、自身のふたつ名でもある、生物以外にも効果を発揮する特殊な邪眼に絶対の自信を持っていたが、彼女にしてみれば、それは油断ではなく事実である。


 そのせいで、彼女の領域の西端に浸透されてしまったが、それでも戦の準備が多少慌ただしくなるだけで、始まってしまえば何の問題無い。


◇◇◇


 それから間もなく、両者は、ローゼンベルグの西にある平野で、軍勢を率いて対峙していた。


 エスリンからしてみれば、いずれはローゼンベルグを潤す穀倉地帯になると期待していた場所で、腹立たしい想いはあるが、ローゼンベルグに戦火が及ばないことで納得するしかない。



 彼らは、この世界の人族の国家間での戦争のように、事ここに至って大義名分を掲げたり、戦闘前の口上や会話などは行わない。

 それ以前に、宣戦布告に対してすら抗議もしない。

 そもそも、宣戦布告する魔王の方が少数派で、人族も、魔王に対しては行わないことが多いのだ。


 その根底には、「魔王とは話し合うだけ無駄」という考えがあり、過程はどうあれ、最終的には勝者だけが発言権を得るのだ。



 アザゼルが率いるのは、銃器を主とした現代兵器を装備した、ファイターやメイジにライダーなど、様々なクラスのおよそ八千のゴブリンの軍勢。


 対するエスリンが率いるのは、統一された装備に身を包み、規律正しく整列している、一万二千の魔族の精鋭たちだ。


 ゴブリンたちも、ゴブリンにしてはかなり訓練されているが、ローゼンベルグ軍のそれと比べると、烏合の衆に見えてしまうのは仕方がない。


 それでも、これだけの数のゴブリンの統制がとれているのは、例のないことである。

 アザゼル以外の魔王の支配下、若しくは影響下にあるゴブリンは、例外なく完全な烏合の衆である。

 命令を聞かない――知性も忠誠心も無いので、そもそも命令系統に組み込んではいけないものなのだ。

 それだけでも、アザゼルの支配力や統率能力の高さが窺える。



 それでも、アザゼルの軍勢を見るエスリンは、不快感を覚えていた。


 両軍の距離はおよそ五百メートル。

 長射程の大型兵器であれば、充分に有効射程圏内である。

 また、個人で携行できる兵器の中にも、射程も威力も高い物もある。

 その威力は、彼女の精鋭をもってしても脅威である。


 エスリンは、邪眼の力には絶対の自信を持っていたが、現代兵器の優位性を軽視してはいない。

 これから始まる戦争は、「用意どん」で始まる競技ではないため、用意していたなら使っていてしかるべきものである。


 それがないということは、持ってきていないか、配備が間に合っていないということ。

 だとすれば、たかが銃で、そしてたったこれだけの数で、彼女たちに挑もうというのだ。


 伏兵を潜ませているとしても、この3倍――いや、4倍はいなければ話にならない。

 彼我の戦力差を埋めるために、システムの妨害や周辺の魔力を撹乱して、弱体化させてから兵器による攻撃――というのは、人間が防衛戦でよく使う手だが、彼女の誇る精鋭たちは、そんな状況下でも充分に戦えるように訓練されているのだ。



(舐められているのか、それとも何か策があるのか。どちらにしても、最後は私と奴の一騎打ちになるのだろうし、叩き伏せるだけだが……)


 人間の国家と魔王の戦争の最大の違いは、王自らが最前線にいるかどうかである。

 不死の魔王ヴィクターのように、人前に姿を現さない例外もいるが、そのヴィクターを含めて、基本的には、魔王の勢力の最大戦力は魔王自身である。

 よほどの数の力や不運に見舞われない限り、最終的にはそういう形に収まることになるのだ。



「前進せよ! 奴らの愚かさの代償を、その血で償わせてやれ!」


 エスリンの戦場全体に響き渡るような号令により、ローゼンベルグ軍が前進を始めた。


 そして、それに合わせてアザゼルの軍もゆっくりと動き出した。


◇◇◇


 最初の一時間ほどは、エスリンの想定どおりに事が進んだ。


 やはり射程距離という点においては、現代兵器が圧倒的に優位にあった。

 しかし、それだけではローゼンベルグの精強な兵士の前進を止めることはできない。


 アザゼル軍に迫るローゼンベルグ軍に、砲弾や榴弾が撃ち込まれるが、水平射撃された砲弾は複数の《土壁》や《水壁》の魔法で遮断、若しくは減衰されて、ローゼンベルクの最前線にいる重装歩兵に届く頃には、彼らを斃すほどの威力は失われている。

 そして、山なりに撃ち込まれた榴弾などは、風魔法によって逸らされ、跳ね返される。


 これは、砦などに据えつけられている大型兵器の攻略で、初期の頃に考案された戦術で、「無理」と判断されて廃れたものだ。

 しかし、ローゼンベルグ軍の精鋭が行うと、携行できるサイズの兵器を相手に、高々五百メートルを進むなど造作もないことである。



 両軍の距離が近くなり、いよいよ魔法の射程に入ってくると、アザゼル軍は、ローゼンベルグ軍の前進を止めるべく、砲撃一辺倒な戦術から、機関銃などでの制圧射撃に魔法妨害を併用しての遅滞戦術を開始した。



 しかし、やはり多少の弾幕や魔法妨害では、ローゼンベルグ軍の前進を止めることはできない。


 そして、アザゼル軍の魔法が届くということは、ローゼンベルグの魔法も届くということである。



 ローゼンベルグの魔法使い部隊は、定石通り後方に配置されていたが、ゴブリンと魔族では、魔法の適正と性能がまるで違う。

 その差は、多少の小細工で埋められるようなものではない。

 だからこそ、アザゼルは眷属を現代兵器で武装させているのだ――と、エスリンは考えていた。


 実際に、アザゼルがもっと高威力な兵器を多数用意していて、飽和攻撃を仕掛けてくるようなら、ローゼンベルグ軍も立ち回りを変えなくてはならなかっただろう。

 そして、この距離になる前に、かなりの犠牲者も出ていただろう。



 しかし、魔法の届く範囲まで肉薄されても、アザゼル軍に大きな動きはなかった。

 魔法妨害と重機関銃による制圧射撃のコンビネーションも、ローゼンベルグの重装歩兵の持つ鉄塊のような大盾を貫くことはできない。

 前線が膠着(こうちゃく)している間にも、後方部隊の能力差によって、アザゼル軍のみに損害が出る。


 そして、プレッシャーが弱くなると、ローゼンベルグ軍の重装歩兵が前進を始める。



 唯一不気味に思えたのは、誰の目にも不利なはずのアザゼル軍が――ゴブリンが、この状況でも一匹も逃げないことだ。


 ゴブリンの習性からすれば、これはあり得ないことであった。


 目の前の脅威よりも、アザゼルが怖いのか。

 しかし、本来ゴブリンはそんな後先すら考えられない生物である。


 エスリンは違和感を感じながらも、罠があっても踏み倒してやればいいと、軍を前進させ続けた。



 そして、完全に肉薄してしまうと、戦況は更に一方的な物になる。

 各ゴブリンの能力やクラス、ホブゴブリンなどの進化種であっても関係無い。

 ローゼンベルグ軍の前進に巻き込まれるようにして破壊されて、物言わぬ躯と変わっていく。


 ローゼンベルク軍の精鋭にとって、アザゼル以外のゴブリンの個体差など見分けがつかないレベルのものであり、等しくゴミでしかなかった。



 この期に及んでも、ゴブリンたちは最後まで制圧射撃に終始している。


 ここまでアザゼルが一切動かなかった理由に、ローゼンベルグ軍の誰かが思い至っていれば、結果は違ったのかもしれない。


◇◇◇


 ほどなくして、戦場にいたほとんどのゴブリンを殲滅したエスリンたちは、戦を終わらせるべく、アザゼルと、彼を取り巻いている、ローブを目深に被った百体ほどの集団を包囲した。


「チェックメイトだ、アザゼル。大人しく降伏するなら楽に殺してやろう」


 そして、一応の降伏勧告――実質的には挑発を行う。


 同時に、伏兵も隠し玉すらもなく、被害らしい被害もないままに終わった戦闘に感じていた違和感が、ここに来てようやく形になり始めた。



 卑怯で臆病なゴブリンたちが、圧倒的な能力差を持つ敵を前に逃げるどころか怯えた様子すらもなく、淡々と殺されていたこと。

 恐らく、洗脳されていたのだ。


 そして、この期に及んでアザゼルに全く焦った様子がなく、むしろこうなることを待っていたとでもいうかのような余裕。

 極めつけは、彼の周囲を固めている取り巻きから、生物特有の気配を感じないこと。


 これが罠であることは明らかだったが、それがどのような罠なのか、エスリンの知識に該当するものはなかった。



 それに対し、アザゼルは(あお)るでも(あざけ)るでもなく、何の感情も感じさせない声音で、逆に投降を呼び呼びかける。


「生憎だがそれはできん。むしろ、ここまでお膳立てしてくれたことに感謝して、君にこそ投降の機会を与えてやろう。どうかね、大人しく投降すれば痛い目を見ずに済むが」


 そして、アザゼルの言葉に合わせるかのように、彼の周囲のそれらが、小さな駆動音を立てて動き出した。



 エスリンたちは、動き始めたそれを目にして、ようやく理解した。

 彼女たちがゴブリンだと思い込んでいたそれは、ゴブリンの皮を被った機械だった。


 それと同時に、経験したことも表現のしようもない不快な感覚に襲われた。


 システムの妨害や魔力の攪乱(かくらん)以上に――比較にならないレベルで身体が重くなり、感覚も鈍くなる。


 天使や神との交戦経験がある者であれば、それが《神域》に近いものだと理解できただろう。

 そして、それに対抗するためには、それ以上の出力で応戦するか、自らも《神域》を展開するしかないことも。



「くっ……、貴様、何をした……!」


 しかし、エスリンには――彼女だけではなく、この世界のほとんどの人にはそんな経験は無い。

 あるのは、在って当然だったものを奪われたことによる混乱。

 この初めての事態に、ろくに足掻くこともできない。



「ただの神――いや、神を騙る者の力だよ。奴らから奪った、奴らを殺すためのな。なので、ただの魔王でしかない君が、敗れたことを恥じる必要は無い」


 アザゼルの淡々とした受け答えに、エスリンはこれから自分が敗れるであろうことと、彼の眼中に彼女の存在など最初から無かったことを思い知らされた。

 認めたくはなかったが、アザゼルの隠し玉は、彼女が想像していたよりも遥かに危険な物だった。


 もっとも、神々まで欺いていたアザゼルの手腕が優れていただけである。



「何を莫迦な……」


 ここで誰が悪いかを論じても、エスリンとローゼンベルグ軍の運命は変わらない。


 エスリンや眷属たちも、ここまでの流れが彼女たちをこの理不尽な結界の有効範囲に誘い込むためのものだったと理解できた。

 理解できたからといっても、システムのサポートを九割以上喪失した状態では、有効な対策は何もなく、それまでは脅威として認識していなかった小銃ですら、彼らの命を奪える物になっていた。


 それでも、エスリンには神だ何だという莫迦げた話は認められず、そうであってほしいという気持ちも含めて、否定せずにはいられなかった。



「悪いが君と議論をするつもりはない。――捕らえよ」


 アザゼルの命令を受けて、機械人形――先史文明の対神兵器が一斉に動き出した。



 アナスタシアのような生まれついての強者や、エスリンのように、魔王であることが当然のものだった者、又は上り詰めた者は、その能力の高さの反面、《危険察知》のような弱者のためのスキルの獲得や向上は望めない。


 エスリン自身もそれは理解していたし、油断しなければ済むだけのことだと、大して不満もなかった。


 そんな彼女の頭の中に、予期せず獲得してしまった《危険察知》の警報が鳴り響いた。


 自身が弱者であると突きつけられたショックや、油断していた自分に対する苛立ちなど、様々な感情がこみ上げてくる。


 それでも、彼女はそれらを全て押し殺すと、眼帯を外し、禁忌ともよばれる力を解放した。

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