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31 九頭竜

 ユノたちから逃げ果せたヒロユキは、総督府には戻らず、途中で出会った兵士にいくつかの伝言を命じて、クイダオレの南にある「竜の墓場」とよばれる場所へ向かっていた。


 そこは、理由は定かではないが、余命幾ばくもない竜が集まり、そして最期を迎えるという、謎に満ちた場所である。

 そのせいで、魔力や瘴気の濃度も高く、竜以外にも危険な魔物も多い危険な地域になっていた。


 当然、地元の人は近づかない――中には竜の素材で一獲千金を目論むような者もいるが、素材を持ち帰るどころか、帰ってきた者がほとんどいない魔境だった。


 もっとも、現在では、オルデア軍の空爆によりほとんどの魔物は駆逐されていて、悪霊が徘徊するだけの、荒れ果てた大地が広がっている。




 その中心部には、ひと際大きな魔物の骨が存在していた。


 それは、背骨と肋骨の一部しかないにもかかわらず、現存するどんな竜よりも巨大な物だった。

 そして、大きいだけではなく、地形すら変えるほどのオルデアの空爆でも、傷ひとつ付いていない頑丈さだった。



 それは、先史文明の後期に、世界中で暴れていた――先史文明に終焉を齎した竜神の物である。



 当時、多くの神々や竜、そして、悪魔に人間までもが協力して竜神と戦った。

 そして、多大な犠牲を払った末に、討伐に成功した。


 これは、その成れの果てである。


 とはいえ、これでもまだ完全に死んではいない。

 そのまま放置していれば、その過剰なまでの再生能力で、三日とかからずに復活してしまうだろう。



 神同士では命を奪うことができないというルールもあったが、それは竜の性質が強い竜神には適用されない。

 ただ、竜神との力の差が大きすぎただけで、生き残った者たちだけでは止めを刺しきれなかったのだ。

 もっとも、止めを刺せたとしても、古竜のようにどこかで自然発生する可能性を考えると、封印という選択は必然だったのかもしれない。



 しかし、竜神の規格外の能力を考えると、封印も完璧なものは望めない。


 それでも、諦めるという選択肢はあり得ず、当時の彼らにできる最大限の封印を施して、竜神の復活を阻止することに成功した。


 それから数千年の間、ずっと竜神を封じ込め続けていて、この先の数千年もそうなるはずだった。


◇◇◇


 そこに到着したヒロユキは、真っ直ぐに竜神の封印解除作業をしている部隊の責任者の所へ向かった。


「手順4から6を省略だ。魔力の充填量を上げろ!」


「し、しかしそれでは――」

「命令だ! やれ!」


 責任者は、突然現れて好き勝手を言うヒロユキに反論しようとしたが、ヒロユキの《威圧》の前に沈黙させられた。


「分かりました――ですが」

「責任は俺が取る。急げ!」


 ここで作業する彼らは、まだオルデア軍の敗北を知らない。

 都市部にいれば、ヤマトの民の反応や噂で知れたかもしれないが、彼らは人里離れた場所で、連戦連勝の順風満帆な毎日に慣れきっていて、それがこれからも続くのだと思い込んでいた。


 そうして、何も知らず、ヒロユキの言葉に安堵した彼は、ヒロユキの言葉のとおりの指示を部隊に通達した。



 彼らの計画は、竜神を復活させて、彼らの――オルデアの支配下に置くことである。


 それほど珍しくない能力とはいえ、属人的な能力である《異世界ネットショッピング》で得られる飛行機などの兵器を、この先も恒常的に運用するのは難しい。


 技術的にも資金的にも維持管理は絶望的で、新規調達も、特定のスキル持ちがいなければ不可能である。

 ならば、その能力があるうちに恒常的な戦力を調達しようという、正に「言うは易く行うは難し」そのものの計画であった。



 とはいえ、勝算がないわけではない。

 オルデアにそれを示唆したのが、彼らの信仰する神であり、それを可能にするであろう神器も与えられたのだ。

 そもそも、それらが無ければ《異世界ネットショッピング》など大して役に立たずに、このような大それた野望を抱くこともなかっただろう。


 様々な奇跡を可能にする「神の秘石」は、《異世界ネットショッピング》のスキルを、この上なく価値あるものに変えた。

 そして、貫かれた者の精神を支配する効果を持つ神槍――神矢クピドの矢は、真の力を解放すれば古竜や竜神にも効くはずである。

 真の力を解放する際に必要な代償も、神の秘石で賄うことができるはずだった。



 残念ながら、神器の能力解放は連発できるものではないので、4頭の古竜を同時に相手にするのは難しかったが、竜神を従えてしまえば、邪神共々どうにでもなる。

 そう考えたヒロユキの頭には、一刻も早く竜神を支配することしかなかった。

 ロジックが破綻していることにも気づかずに。




 高度な文明を築き、栄華を極めていた先史文明が滅びたのは、より一層の繁栄を求めた人間が、神の手からシステムを奪おうとして起こした戦いが原因である。


 その戦いで、当初優勢にあったのは神族だった。

 しかし、人間も、秘かに開発していた、神の軍勢に対抗するべく造られた対神兵器の数々で、徐々に戦況を覆し、神を追い詰めていった。


 そして、一年ほど経った頃に転機が訪れた。


 人間たちが求めていたシステム――種子に最も近い存在に手が届くかと思われたその時、世界の終わりまで眠り続けるはずだった竜神を起こしてしまったのだ。



 竜神とは、システム管理者が動けない状況等を考慮して地上に配備されていた、世界を護る最後の砦である。


 あらゆるもの――物質に限らず、魔法すらも捕食して自身のエネルギーに変える特性を持つ竜神に、人間たちの神対策のほとんどが通用しなかった。



 竜神の唯一の欠点は、侵攻速度の遅さだった。


 時速で二キロメートルほど。

 しかし、その僅かな速度を、どんな兵器を用い、どう足掻いても、止める――どころか、遅らせることすらできなかった。


 そうして、竜神は己が役割に従い、人間の築いてきた都市や文明を破壊していった。

 人間の根絶が目的ではないので、徹底的にというほどではないが、従前の文明の再建は不可能である。


 そして、最後には神・魔・人の連合に、半ばわざと斃された。



 竜神からしてみれば、騒動の原因である先史文明が、復興できないレベルで破壊できた時点で役目は終わっていた。

 その役割上、死んでも消滅するようなことはなく、自身が死ぬことにも抵抗はなかった。


 二度と起こされることなく、静かに眠り続ける――それが竜神の望みだった。




 しかし、それから数千年が経った今、彼の眠りは再び妨げられようとしていた。


 最初に抱いた感情は、眠りを邪魔された怒り。

 とはいえ、竜神にしてみれば、取るに足らない羽虫が飛び回っている程度のこと。

 当初は無視して眠り続けるつもりだった。


 それでも、状況が理解できてくるにしたがって、そうもいかなくなってきた。


 彼らの狙いは、竜神の力を我が物とすることだった。

 それは、規模も質も劣るものの、前回と同じ状況である。



 神の力を奪おうとする不遜(ふそん)な輩は、役割に従って、この世界から排除しなければならない。


 しかも、それを神が主導している節があり、それは愚かな人間以上に看過できないものであった。



 現状、ステータス上では竜神は死んではいることになっていたが、彼にとっての死とは、人間にとっての眠りと大差ない。

 また、彼の再生を阻止する封印も、眠りを守る布団程度にしか思っていない。


 つまり、彼は、その気になればいつでもこの状態から脱することができたのだ。


◇◇◇


 突き刺さりさえすれば――。


 ヒロユキは、その一心で、竜神の骨に神槍を突きたてようと、何度も何度もアタックしていた。


 しかし、オリハルコンの穂先を持つ神槍でも、使い手が未熟で、真の力を解放していない状態では、神体には傷のひとつも付けることができない。


 ヒロユキも、その程度のことは理解していた。


 神の秘石を使って神槍の真の力を解放して、上手くいけばそれでいい。

 しかし、もしも刺さらなかった場合、2度目を試すための魔力の再充填には、少なく見積もっても十数時間が必要になる。


 それは、精神的に追い詰められていたヒロユキに耐えられる時間ではなかった。


 本当のチャンスは一度だけ。

 それでも、万にひとつの可能性に賭けて、試してみずにはいられなかっただけである。


 可能性はゼロではないのだが、万にひとつなどという高い確率のものではない。



 なお、この作戦の概要は「竜神の封印を解除した後、復活途中の竜神を拘束して、心臓が剥き出しになっている僅かな時間に、真の力を解放した神槍を撃ち込む」というものである。


 これは、一見すると無難に思えるものだが、微妙に本質からずれている。


 オルデアに能力の高い巫女がいないことが最大の原因で、そもそも、神託の意図すら曲解されているのだが、事ここに至っては、そこを責めたり悔いても意味が無い。



 本当に重要なのは、神槍を突き刺すことではない。

 神槍の持つ真の力――概念を竜神に撃ち込んで、本質を変化させることだ。


 それは、ユノの言う「アンカーを打ち込む」ことと同義のことであり、物理的に刺さるかどうかに意味は無い。

 きちんと意味を理解していれば必ず刺さるし、心臓という物質に刺す必要も無い。



 神の秘石は、只人がそれをなすために必要な触媒である。


 現在ヒロユキが振り回している、真の力を発揮していない神槍は、竜神にとってはその辺りに落ちている木の枝と何ら変わりがない。


 また、「心臓に刺す」というのも、物質的なそれではなく、中心とか本質にといった意味である。

 そこを履き違えてしまうと、せっかくの概念兵器も価値が無い。


 結局、ヒロユキの無駄ばかりの行動は、竜神を攻略するどころか、苛立たせるだけだった。


◇◇◇


 それは一瞬の出来事だった。


 竜神の骨が大きく揺れ動き、腹の底まで響くような大きな地響きがしたのとほぼ同時に、ひとつの胴に9つの首を持つ巨竜――竜神が復活していた。


 その直後、突然の出来事に動揺して、神器の能力を発動させることもできずにいたヒロユキが、その首のひとつに呑み込まれた。



 竜神は神格を持ってはいるが、飽くまで竜としての特性が強い。

 それゆえに戦いを好み、強者に対しては敬意を払う。


 残念ながら、神器を持っているだけのヒロユキでは強者として認められず、むしろ、空腹を満たすために、神の秘石を捕食した――そのおまけでしかなかった。


 しかし、恐怖も苦痛もなく死ねたヒロユキは、まだ幸せだったのかもしれない。

 計画は破綻し、頼みの綱も失われ、後に残されたオルデア兵士たちの恐怖と絶望は計り知れない。




 胴体部分だけでも古竜の全長の数倍、首や尻尾を合わせると三百メートル近い巨体は、ただ歩くだけでも全てを破壊していく。


 兵士たちは、ヘビに睨まれたカエルのごとく、ただ戦車や仲間が踏み潰される様を眺め、そして、自身も同様の道を辿ることしかできない。


 遅れてやってきた飛行機部隊の有効射程ぎりぎりからの攻撃も、それ以上の射程を持つ竜神のブレスで、ミサイル諸共薙ぎ払われた。

 運良く竜神の後方にいて踏み潰されることを免れた兵士たちも、竜神の影から出現した、竜によく似た異形の魔物に、抵抗らしい抵抗もできぬまま食い散らかされる。


◇◇◇


 竜神――九頭竜の復活を察知した高天原は、すぐに近隣の神々や、力のある者に向けて協力の要請を出した。


 当然、現地集合ではなく、一旦集まってもらう形でだ。


 全てを喰らって己の力に変える九頭竜に対して、戦力の逐次投入など悪手でしかない。



 ただし、九頭竜が喰らえるのは、その九つの口からのみであり、そこに攻略の糸口が存在する。


 つまり、種子と同じような性質はあるが、種子とは少し異なる――無論、種子を上回るものではないので、能力次第では抵抗もできる。


 九頭竜の吸収能力にも抵抗できる防御能力や攻撃能力、九頭竜が吸収できない位置やタイミングでの攻撃など、個や数の力が重要になる。

 当然、九頭竜も当然に神域を纏っているので、それに対抗できる能力やレベルは必要になるが。




 真っ先に駆けつけたのは、ヤマトの祭神の一柱であるオオクニヌシだった。

 武神である彼の攻撃であれば、九頭竜にもダメージを与えることができる。


 もっとも、ダメージといっても微々たるもの。

 そもそも、彼の間合いまで接近することが至難なのだが、九頭竜の防御力を僅かでも突破できるという点だけでも貴重な神材(じんざい)である。



 次いで現れたのは、同じく近くにいた、銀、白、青の古竜。


「なぜに儂らが竜神退治などに協力せねばならん?」


「せっかく竜生ゲームで盛り上がっていたのに……」


「そんなものはユノにやらせればいいだろう。私はカムイが心配なので帰らせてもらいたのだが」


 彼女たちは現れたというより、(さら)われたと表現した方が近い。

 種族として好戦的なはずの竜が、強者との戦いをこれほど渋るのは珍しいことだが、すぐ近くに絶対者がいることを考えると致し方ないともいえる。



 それとほぼ同時に、チェストにいた、アナスタシア、クライヴ、バッカスの三魔神が合流した。


「やっぱりこうなるのね……」


「ユノ殿はオルデアだと? 遅かったか――」


「運命の悪戯――いや、悪意すら感じるな……」


 こちらの三柱は九頭竜復活を予期していたようで、それでも止められなかったことに落胆していた。



「崑崙やガンダーラにも協力を依頼しているところですが、ひとまず即応に必要な戦力は集まっているそうです。ただ、問題は、封印が全く役に立っていなかったことですが――」


「戦いながら考えるしかないでしょう。何にしても、力が回復しきっていない今がチャンスよ」


「弱っておる者を皆で寄って集ってというのは好きではないが、ヤマトが滅ぼされるのを指を咥えて見ているわけにもいかん」


「うむ、ユノが来る前に何とかせねば――」


 高天原でも、他の支部と足並みを揃えてそろそろ出撃しようかというとき、現場で動きがあった。



「何だ? あの女、ひとりで――!?」


 現場の様子をモニターしていたクライヴが、驚きの声を上げた。


「いや、ひとりではないぞ! 天使の大群――何だこれは!? 数万――いや、数十万はいる!」


「なぜあんなに天使が――いえ、あの莫迦女、何を考えてるの!?」


「あやつはなぜ足並みを揃えない!? 何を企んでいる!?」


 現場に現れたのは、秩序を司る女神ディアナと、彼女の率いる五十万を超える天使の軍勢であった。


 それを目にしたアナスタシアたちは、皆を代表するように疑問や不満を口にした。



「奴とユノ殿と接触させぬよう、我らが立ち回っていたというのに……」


「知っておるぞ。こういうのをフラグというのじゃろう?」


 頭を抱えるクライヴに、ドヤ顔のミーティアがツッコんだ。


「のんびり話している場合じゃないわ。私たちも行きましょう! 他の支部にもそう連絡を!」


「「「はっ!」」」


 アナスタシアが皆を促し、出撃の準備を急速に整えさせる。

 せめてユノが出てくる前に終わらせることができれば――と、アナスタシアらしくもない希望的観測を胸に。

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