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30 拉致

――ユノ視点――

 オルデアとの戦闘から10日が経過した。


 その間、元々の約束の日に総督府――帝城を訪ねたのだけれど、担当者が死亡と行方不明とのことで、無期限の延期を申込まれた。


 せめてもの償いに、その間の世話は任せてほしいというので、今は彼らが手配した旅館に宿泊している。



 そこは帝都では一番の老舗(しにせ)旅館で、料理やお風呂からサービスまで、全てにおいて高いレベルだった。

 もちろん、「帝都では」という条件だけれど、お値段は相応なもの。

 それが全てオルデア持ちということが、彼らの精一杯の誠意のつもりらしい。


 当初は、私たちを監視するためかと警戒していたけれど、オルデアの兵力が大きく下がっている現状、監視されるだけなら大した問題ではない。

 というか、人員不足が深刻で、それどころではないようだ。


 もちろん、本国で何かやっていて、時間稼ぎという線は残っているけれど、今のところは、どう対応するかがまとまらないのが正確なところだろうか。


 やりすぎた影響が存分に出ているのだ。

 一部の人は、山が降ってくるところまで見ているわけだしね。

 地球で恐竜が絶滅する原因になったのも隕石らしいし、節度はしっかり守ってほしい。


 それに、今になって思うと、海を斬ったのも大問題だと思う。

 アルが「大事(おおごと)にならなくてよかった」と言っていたけれど、充分に大事(おおごと)だよね?

 結構な津波が発生したと聞いているし。

 その責任もオルデアに押しつけたみたいだけれど。


 そういうところだぞ、と指摘してあげるべきか。




 さておき、この期に及んで、オルデアの罠や暗殺を警戒する必要は無いらしい。


 面倒臭い理屈は聞き流したけれど、オルデアが真っ向勝負を挑んで負けたことは、既にヤマト中に知れ渡っている。

 オワリ領主などは、今頃顔を青くしていることだろう。


 オルデアにしてみれば、今更ユーフェミア姫やアルを暗殺したところで、失った兵力が戻るわけでもない。

 やるなら同時に古竜たちも暗殺しないと、報復を受けると太刀打ちできず、最悪は本国もまとめて報復される可能性もある。

 ヤマトに派兵された人の中には、本国に大事な人がいたりもするだろうし、「事実上不可能だよね」とアルが言っていた。



 そんな理由で、オルデア軍の人たちはお通夜ムード。

 町の雰囲気は、一転して祝勝ムードに包まれていた。


 プロ野球で優勝が決まったチームの地元や、サッカーの国際試合で母国が勝利した時のような光景があちこちで繰り広げられていて、その熱狂は今でも続いている。


 過激な思想の人や、それまでオルデア兵士に虐げられていた人々の中には、今までの鬱憤(うっぷん)を晴らすべく、傷付き弱ったオルデア兵に暴力を振るう人もいた。


 何だかなあ――とは思うけれど、それらの対処を含めた見回りを、アルたち人族組が行っているので、私たち人外組は大人しくそれを見守るだけだ。



 なお、オルデアの言い分としては、

「古竜は人類の敵であり、それらを従えているロメリア王国辺境伯アルフォンス・B・グレイは偽物であると判断せざるを得なかった。その上で、『人類の存亡の危機であり、断固として戦うべきだ』と主張する軍部の暴走によって起きた、悲劇的な事故だった。当然、そちらが被った被害等について賠償する予定ではあるが、さきの軍部の暴走による損失は、我が国としても非常に大きいものであり、人類の発展のため、未来志向の観点から猶予を頂きたい」

 とのことである。


 言い訳が長すぎる。

 それに、後半は敗者が口にする言葉ではない――そもそも、嘘ばかりだと、古竜たちが猛っていた。


 もちろん、古竜たちを抜きにしても、そんな言い訳を鵜呑みにする人などひとりもいない。


 しかし、責任者を処罰しましたと言って、知らないおじさんの生首を差し出されては、アルもそれ以上踏み込めなかったようだ。


 次の生首候補が、オルデアの美人総督だったからかもしれない。

 それが、交渉役がいなくなることを嫌ったからか、下心かは分からない。

 シズクさんが、「またフラグを立てた」と呆れていたけれど。



 とにかく、責任を押しつけられた将軍? は処刑された。

 一般の兵士たちは、公表されている以上の事情を知らない。

 勇者さんは行方不明で、こちらが見つけても首を切られそうな雰囲気で――というか、何かあれば、そのたびに生首のコレクションが増えそうな雰囲気がある。


 それで、意趣返しのつもりか、自棄になって無敵気分なのか、「大幅にオルデアの兵士や兵器が減ったために、統治に支障をきたしていて、会談はそれらが一段落してからにしていただきたい」と言われては、アルもそれ以上の無理は通せない。


 下手に首を突っ込むと、アルが戦後処理をしなければならなくなる可能性もあるのだ。


 ユーフェミアさんたちとしても、自力で得た勝利ではないので、口を挟むことはできない。

 それ以前に、今の彼女たちだけでは、再びヤマトを統治できる求心力がない。


 私としては面白くはないけれど、アルは、今しばらく、オルデアの時間稼ぎに付き合うつもりらしい。




 もっとも、人質となっていた人々の一部を解放したり、残った人たちの身の安全の保障を取りつけただけでも成果ではある。

 それに、飛行機が禁忌だと伝えて、早急に廃棄するよう迫っているのも、手札のひとつになっている。

 オルデアとしては素直には従えないところを、交渉のカードとして利用するのだとか。



 それでも、あまりに動きがないようなら、会談より先にオルデア本国に乗り込むのもひとつの手である。


 以前に、そういった機会があれば相談しろと言っていたアナスタシアさんは、私を残して出ていったまま連絡が取れていない。

 彼女の執事さんに尋ねても、「もうしばらくお待ちください」と返されるばかり。

 状況くらい教えてくれてもいいと思うのだけれど。


 どうしたものか。

 私が主体じゃなければいけるか……?


◇◇◇


――第三者視点――

 オルデア共和国の首脳陣は、上を下への大騒ぎになっていた。


 当然、理由はヤマトでの想定外の古竜群との交戦と、完敗という結果である。


 試算では古竜1頭に対して、飛行機が五十機程度――命中率やその他の要素を踏まえて、百機もいれば十分完封できるはずだった。

 更には、瘴気兵器という切り札もあった。


 しかし、遭遇、交戦した古竜は4匹で、しかも個々の能力が想定の5倍以上であったという。

 計算違いも甚だしい――とはいえ、この試算は神託によって(もたら)されたものであり、表立って批判することなどできない。



 また、ヤマトが侵略先に選ばれたのも神託によるもので、その理由も大義に基づいたものである。

 新たな神託がない以上、想定外のことが起きたからと、易々と退却するわけにもいかない。


 しかし、相手側の、ロメリア王国辺境伯アルフォンス・B・グレイ――なぜ彼がヤマトにやって来たのかは分からないが、彼の側にも神がついている節がある。

 それが、この侵略の要である飛行機が、禁忌に触れていると警告してきたのだ。


 真偽を確かめる術はないが、従えば兵器の優位性は失われ、従わなければ神の意志に従っているという正当性が薄れる。


 この状況にも、彼らの神は呼びかけに応えない。



 残された希望は、オルデア共和国軍大将軍――先代勇者【タクミ】の手にある「神の秘石」と、《異世界ネットショッピング》のユニークスキル。

 そして、ヤマトの地に眠る、ヤマト侵略の真の目的だけであった。


 それさえ手に入れれば、形勢を逆転できる。

 幸いにも、当代勇者ヒロユキが生き延びているようで、その獲得に向けて動いているという報告もあった。



 首の皮一枚ではあるが繋がっている――そう考えた首脳陣は「どうにかなるはずだ」という根拠のない自信に従い、作戦の続行を決めた。

 それが正常性バイアスであることは、客観視できる立場の者からすると明らかだったが、自らの姿が見えていない当事者は、それに気づけない。


 それでも、中には慎重論を唱えた正常な者もいた。

 しかし、タクミの持つ目に見える奇跡と、建前だとしても、議会での決議の結果として黙殺された。


◇◇◇


 方針が決まってからのタクミは、ほぼ不眠不休でネットショッピングに勤しんでいた。


 彼のユニークスキルは、食料や日用品などの身の回りの物から、家具や家電、奴隷に傭兵、臓器から兵器まで、幅広い品揃えが自慢の、どこかで見たような通信販売サイトで買い物ができるものだ。

 さらに、特別会員になれば送料が無料になり、かつ即時発送されるという優れものである。



 当然、これだけの規格外のスキルが易々と使えるほど世界は甘くない。


 決済には、通貨ではなく魔力――MPが必要であり、物価は現代日本に近い。


 そして、レートはMP1で日本円の1円相当――そこにMAGや魔力の質による補正がかかるのだが、飛行機などの億単位の商品はもちろん、ちょっとした家電などの万単位の商品でも、おいそれとは手が出せるものではない。


 勇者クラスであっても、MPの最大値が1,000もあれば上出来で、スキルや装備などにも影響されるが、基本的に、8時間の睡眠で最大MP分が回復する程度である。

 また、魔力を全く使わずに生活することも難しいため、非常に扱いが難しい、あるいは役に立たないスキルである。



 このスキルを有効利用するには、MPに余裕のある時にチャージしておき、必要額が貯まったタイミングで購入するのが一般的である。

 当然、一度チャージした魔力の払い戻しはできない。


 上を見ればきりがないほど破格のスキルだが、爪に火を点すような生活を強いられる。

 このスキルの所有者は、そのギャップに耐えきれずに心を壊すことも珍しくない。


 なお、外法として、リボ払いに対応していたりする。

 ただし、金利が実質年率で666%とかなり法外で、迂闊な利用者を苦しめるものとなっている。


 それほどレアなスキルではないが、全く脚光を浴びないのには、こういった理由があるのだ。



 しかし、タクミの持つ秘宝「神の秘石」が、スキルの使い勝手を大きく変えた。


 まず、装備しただけで、彼の最大MPが百倍以上に増えた。

 しかも、その増加率は、タクミのレベルが上昇するごとに加速度的に上昇し、今では八百倍近く――数値にして四十万を超えている。

 更にMPの回復力も増幅されており、どれだけ大量に消費しても、直後にほぼ一瞬で全快する。

 神の秘石は、異世界ネットショッピング系のスキルを持つ者にとって――それ以外の者にとっても夢のようなアイテムだった。



 タクミは、ひたすらショッピングサイトに魔力をチャージし続ける。

 残念ながら、彼は魔力の質が良くないらしく、交換レートはかなり低めだが、そればかりは宝珠でもどうにもならない。


 目標は、飛行機を二千機。


 恐らく、古竜4頭に対抗するにはそれでも最低限だが、極論すると、ヤマトでの真の目的を達成するまでの時間を稼げればいいのだ。


 しかし、飛行機本体に付属のパイロット、兵装などを合わせると、一機につき百億ポイント以上かかる。

 いくら魔力の回復が早いといっても、加減を誤ってしまうと一時的にではあっても魔力が枯渇してしまう。

 それで昏倒してしまうと、時間のロスに繋がる。


 《思考加速》を使い、昏倒しないギリギリを攻めても一時間で一億が精々だった。

 このペースで二千機を調達するのは、不眠不休で20年以上。

 それでは間に合わない。



 タクミは、神の秘石から供給される魔力によって、食事や睡眠を摂らずとも死ぬことはない。

 それでも、空腹感はあるし、眠気にも襲われる。

 数値などには表れなくても、疲労は確実に蓄積されていたし、その状態では魔力の質は劣化し続ける。


◇◇◇


 新たに購入した飛行機と、それ以前からあった物と合わせて百を超えた頃、彼らはやって来た。


「アポなしで申し訳ない。――ってか、何度も申入れてたんですけど、なかなか時間が取れないとのことでしたので、お手伝いできることがあればと思い、来ちゃいました」


 小国とはいえ、一国の重鎮であるタクミに気安く話しかけたのは、ロメリア王国辺境伯アルフォンス・B・グレイだった。


 タクミは彼とは初対面であったが、ここに訪ねてくる人物には、数えるほどしか心当たりがない。

 そして、目の前の男は、ひと目でそうであることが理解できる空気をまとっていた。


 当然、これは国際儀礼的には大問題である。

 それを抜きにしても、初対面かつ年配の相手に対してとる態度ではない。



 しかし、タクミは、怒りよりも焦りを強く覚えていた。


 ついにこの時が来てしまった。

 間に合わなかった。



 何よりも、どうやってこの場所を知り、どうやって来たのか。

 《転移》魔法はおろか、一般的な魔法もほとんど使えないタクミだが――使えなかったからこそどうしても使いたくて調べ尽くして――それでも使えなかったが、知識だけは蓄積された。


 その知識の中には《転移》魔法も含まれており、当然、その制限くらいは知っている。

 《転移》の種類には、ポイント記憶型や相対座標指定型など様々なタイプがあるが、どれもピンポイントにタクミの秘密工廠(こうしょう)に《転移》できるようなものではない。



「……せっかく来ていただいたところ申し訳ないが、突然すぎて茶も出せん。それに見てのとおり、立て込んでいてな。心遣いは有り難いが、貴殿らに手伝ってもらうようなこともないし、また日を改めて来てもらおう」


 タクミは、慎重に言葉を選びながら、同時にアルフォンスたちを《鑑定》していく。


(アルフォンス・B・グレイ――確かに、英雄といわれるに相応しい能力だ。ヤマトの勇者――元勇者か? 彼も魔力関係のパラメータが異常に高い。赤竜に至っては桁が違う――が、想定していたほどではない。いや、竜型になれば更に上がるのか? バケツを被った変なのは鑑定不能――まさか、あのバケツが魔道具なのか? 強そうには見えない――が)


 本人の許可を得ずに《鑑定》を掛けるのは、喧嘩を売っているのと同義だが、《異世界ネットショッピング》のスキルと、神の秘石によるブースト以外に取り立てて優れた点がない彼にとって、情報は生命線である。


 もっとも、即座に戦闘に発展してしまうと、さすがにリスクが高すぎる。

 最低限の準備が整うまで、時間は稼ぐ必要があった。


 そのための出力が低い《鑑定》では、最も危険な存在の情報を覗き見ることはできなかった。



 アルフォンスたちも、ひとりを除いて《鑑定》を受けていることには気がついている。


 同様に、アルフォンスとトシヤも、タクミに《鑑定》を仕掛けていたが、こちらは神の秘石を持つ彼との魔力差で、大した成果は得られていない。

 しかし、それが理由で、彼もまた神の秘石を持っているのだろうという推測に辿り着いていた。


(参ったな……。予想はしてたけど、こいつも神の秘石持ちかよ。《時間停止》対策にユノを連れて来ててよかった――とはいっても、危険なことには変わりはないし、決め手もない)


(切り札が他にないとも限らないんだよなあ。てか、何でついてきたんだろう、俺?)


(このような小物、さっさと始末してしまえばよいものを……。もっとも、その優しさもユノ様の魅力にひとつなのだがな)


 それぞれに思うところはあったが、問題と向き合っていたのはアルフォンスだけだった。



「確かに、あれだけ数があると、処分も大変でしょう。我々に任せていただければすぐにでも処分して御覧にいれますが」


「いやいや、それには及ばん。我が国のことは我が国で――」


 今後の交渉をスムーズに進めるためにも飛行機を処分したいアルフォンスと、飛行機を守り、時間を稼ぎたいタクミ。

 ふたりの中で共通していることは、今この場で戦いたくないことだ。


 アルフォンスは、ここがタクミのホームであることを警戒して、また、あまり派手な国際問題になることを避けたくて。

 タクミは、施設や国土に対して損害が出ることを恐れて。



(俺、ホントに何でついてきたんだろ?)


 緊張感に包まれているふたりとは違って、トシヤはここについてきたことを後悔し始めていた。


(ユノ様の執事たる俺に任せてもらえれば、さっさと殺して壊して終わりにするものを……)


 賑やかしのトシヤと違い、古竜がいることの証明として連れてこられたアーサーだが、暴れられるわけでも、ユノとイチャイチャできるわけでもないことに苛立っていた。


(何でもいいから早く終わらないかな……)


 同じく、瞬間移動と各種保険目的で連れてこられたユノも、早くも飽きていた。



 それ以上に、ユノは先日のアルフォンスの行動の意図が分からず、ずっとモヤモヤしていた。


 貞操観念がズレている彼女でも、それが一般的には特別な行為だということは理解している。


 行為自体に思うところはない――あったとしても、彼の言葉のとおりに、油断していた自分が悪いと割り切れる。

 ただ、その後の何かが変わるわけではなく、日常に戻った。

 彼の妻の耳目のある所で尋ねるわけにもいかない。


 さらに、朔も男女間の感情に疎いため、この手のことでは役に立たない。


 そうして、答えが出ないまま、モヤモヤとした日々を送っていたのだ。



 これは、ひと眠りすると、どんな悩もすっかり忘れてしまう彼女にしては珍しいことだった。


 彼女が、湯の川や魔界などでも同時に行動していて、そこでの問題が積み重なっていたことも影響していたのかもしれない。




「そもそも、これが禁忌だという主張も、そちらの一方的なものだろう? 我々の神からは、何のお咎めもないのだが。処分しろと言うのは簡単だが、それは我々に自衛の手段を放棄しろと、死ねと言うのも同じではないかね? その後、ヤマトや貴国が我が国に攻めてこないとも限らないではないか」


 本題に踏み込まれても、タクミは言葉巧みにアルフォンスの要求を躱し続けていた。

 アルフォンスも一筋縄でいくとは思っていなかったが、ヤマトで結果が出ていることもあって、ここまで抵抗されるとは思っていなかった。



 先の会戦から十数日。

 アルフォンスたちも何もしていなかったわけではない。


 オルデア本国の偵察に赴いたミーティアの《遠視》の竜眼で、そこではいまだに飛行機や兵器が増え続けていることと、それを行っているであろう者を特定することができていた。


 その男は、彼らの予想どおり、異世界産の品物を召喚、又は創造する能力を持っていた。


 兵器類が全て同一の規格の物であることと、バリエーションに乏しいことを考えると、恐らく前者の能力で、その能力の秘匿のためか何なのかは分からないが、彼の作業中、その周りに人がいないことなども判明した。



 強硬手段も考えていたアルフォンスにとっては、望ましい状況が揃っていた。


 国家ではなく、能力者個人と対話できる状況があること――上手くいけば、大幅に時間や工程を短縮することができる。

 失敗しても、大きなデメリットは思い浮かばない。

 遺憾の意くらいなら、受けても痛くも痒くもない。



 問題は、さきの勇者のように、神槍や神の秘石を持っていた場合だが、それはユノを連れて行けば多少なりとも対策になる。



 アルフォンスはそう考えていたのだが、タクミにとっては、もうしばらく時間を稼ぐだけで、逆転の目が出てくるのだ。

 若造(ヒロユキ)に期待するのは癪だが、《異世界ネットショッピング》では状況は大きく変えられないし、切り札を持っているのは彼である。


 ここで変に同意したりして、これ以上戦力を殺がれることは避けなければならなかった。



 それに、ヤマトでは彼の飛行機部隊は敗れたが、今の彼には、たとえアルフォンスたちから攻撃されても、防御に徹すれば凌げる自信があったことも大きい。


 魔力の差は、そのまま基礎能力の差にもなる。

 当然、例外や限界は存在するが、タクミの魔力系のパラメータ――ヒロユキの物より上質な神の秘石には、充分にそのポテンシャルがある。


 もっとも、さすがに古竜が乗り込んでくるのは想定外で、万全を期すために多少時間を稼ぐ必要があったのも事実だが、それももう終わったことである。

 少なくとも、彼が《鑑定》した3人に限っては。




「何を勘違いしているのかな?」


 鈴を転がすような、しかし抑揚のない声が、アルフォンスとタクミの会話を遮った。

 同時に、彼らの《危険察知》スキルが猛烈に反応して、アルフォンスたちは顔を(しか)め、アーサーは恍惚(こうこつ)とした表情になった。


「私たちは、貴方の御託(ごたく)を聞きに来ているわけではないし、議論をしに来たわけでもないの」


 普段のユノなら、こんなことは言わない――過程や結果はどうあれ、アルフォンスに任せて口を出すことはなかっただろう。


 しかし、この日のユノは、少しばかり機嫌が悪かった。

 その理由が、彼女を手玉に取ったアルフォンスが攻めあぐねている姿に、妙な苛立ちを覚えていた――というものだったが、彼女はそれを自覚していない。



「今死ぬか、後で死ぬか、選んで」


 タクミには、現状が認識できていなかった。

 頭の中で鳴り響く警報と、得体の知れないプレッシャーに曝されて、言葉は聞こえているのに、意味が理解できない。


 彼の手の中にある、彼の力の象徴である宝珠も危険を訴えるように震えいる。

 タクミは、言い知れぬ不安に心が塗り潰されていた。



「貴方たちの神が何を考えているのかもどうでもいい。文句があるなら、出てきて直接言えばいい」


 ユノがそう言った直後だった。


 工廠の高い天井が眩く輝き、そこからゆっくりと、2柱の男神が姿を現した。



 それ見上げるアルフォンスたちは、状況の急展開についていけない。


 さらに、彼らが放つ神気に圧倒されて固まってしまうが、ユノはひとりバケツの下で口角を上げる。


 ここ最近いろいろとあったせいで、主神以外の神には特に隔意は抱いていない。

 それでも、この状況で何を話してくれるのか、それとも溜まりに溜まったフラストレーションの捌け口になってくれるのか、とにかく、呼べば出てくる神は良いものだと思い始めていた。



「ユノ様、お初にお目にかかります。我々は【カムイコタン】に所属する者であります」


「ろくなご挨拶もできずに申し訳ありませんが、緊急事態につき、ユノ様のお力をお借りしたく存じます」


 しかし、ユノの予想とは裏腹に、彼女の前に膝を折った男神たちは、一方的に彼女に助力を求めた。


 そして、彼らが飛行機――禁忌の件でやってきた、敵だとばかり思っていたユノの思考は停止した。



「ユノ様もご存知の、高天原より緊急の救援要請がありまして、ヤマトにて【九頭竜】の復活が確認されたとのこと」


「現在、近隣の者や、一部の魔王の力も借りて対処に当たっておりますが、手がつけられないとのことです」


 首を傾げていたユノに、男神たちが簡単な説明を行った。

 しかし、思考を放棄しているユノに反応はない。



「「緊急時につき、失礼します」」


 そして、男神たちは、首を傾げたままのユノの両脇を抱えると、彼女を連れて、再び天井に出現した光の中へと飛び去って行った。


 後に残されたアルフォンスたちは、呆然とその様子を見守るしかなかった。



 真っ先に放心状態から回復したのはアーサーだった。


 《神域》や神気に対して耐性があったことと、それ以上にユノと出会ってから竜の誇りを忘れ、駄犬――豚と化していた彼は、ユノの姿を見失ったことに動揺してしまった。


「ユノ様ああぁぁ!」


 彼は、側にいたアルフォンスたちを吹き飛ばしながら竜型に戻ると、天井を突き破って、ユノの気配のする方へと飛び去って行った。

 その衝撃で、残りの3人も我に返ったが、誰ひとりすぐには動けなかった。



 その原因の大半は、直前にユノが言った言葉である。


「今死ぬか、後で死ぬか、選んで」


 アルフォンスは、スマートに事を運ぼうとしすぎて、逆にグダグダになったことを反省しながらも、どこかユノらしくないとも感じていた。

 感情的な様子もさることながら、「今死ぬか」はともかく、「後で死ぬか」というのは彼女が言いそうにない言葉である。


 しかし、アルフォンスは、それを誤用か言葉が足りないと判断した。



 なお、アルフォンスの推測は正解である。


 ユノの考えを正確に表現すると、

「力とは、目的を達成するための手段のひとつでしかない。一見すると手っ取り早い解決法に思えるけれど、実際には後に残る問題も大きい。禁忌であるかどうかはさして重要なことではないけれど、それは私たちの利害と対立する。それでも続けるというのなら、私たちは貴方を殺してでも止めるつもり。ただ、可能ならば違う方法を模索して、寿命を全うしてほしいと思う」

 である。

 言葉が足りないどころの話ではない。


 ユノとしては、いろいろと考えすぎて、思考に言葉が追いつかずに、思い切って省略したらそうなっただけで、おかしいとは思いつつも、訂正の機会を失っただけである。



 そして、タクミは彼がどんな選択をしても、アルフォンスたちは最後には自分を殺すつもりなのだと判断した。

 当然、死にたくはないし、ただで死ぬつもりもない。


(理解できないことばかりだが、赤竜も消えた。ここで奴らを殺せれば――いや、人質にした方が時間稼ぎになるか? いや、先ほど現れた神は九頭竜と言っていた。あのガキがやり遂げたのか? とにかく、今は戦ってでも時間を稼ぐしかない!)



 タクミは、会話中もずっとチャージしていたポイントを、アルフォンスとトシヤを制圧するための商品に注ぎ込む。

 《転移》を阻害するための装置、使い捨ての傭兵と、魔力に左右されない銃火器――勇者を殺すためのセオリーともいえるもの。

 本来は、ここに魔法を阻害する装置も追加されるのだが、タクミの宝珠の力も弱まってしまうため、万一を考えて除外されている。


「《サモン》、《ベイ兵》!」


 タクミが、購入した傭兵を召喚するための発動句を叫ぶと、どこからともなく現代兵器で武装した兵士がわらわらと出現して、アルフォンスたちを取り囲んだ。

 アルフォンスたちが状況に気づいた時には、《転移》は妨害され、退路もすっかり断たれていた。

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