29 チョロイン
――ユノ視点―
「砦とか、ただ破壊するだけなら、俺にだってできるんだよ。まあ、運が絡むことだから確実とはいえないし、俺以外にもできることだし、それで世の中がどう変わるのかって考えると、実行できないけど」
「当然、儂もじゃ。もっとも、儂の場合はやっても得るものがないからじゃが」
「むしろ、失うものの方が大きいかも。名声とか、信用とか」
「後は、人間どもの心の平穏じゃろうかのう。世界が一変するじゃろうな」
自慢なのか何なのか、よく分からないことを言うアルとミーティアに連れられて、帝都近くの、戦艦や空母が集結している海域へとやってきた。
オルデアの飛行機部隊は、瘴気兵器が効かないと判断すると、撤退しようと空母を目指して逃走を始めた。
しかし、何かが漲っていた竜の速度を振り切れるはずもなく、あえなく全滅してしまった。
飛行機部隊の不利を察したオルデア海軍は、外洋に向けて撤退を開始していたのだけれど、もちろん竜の速度を振りきれるものではない。
そして、私たちがここにいる理由。
それは、さきの戦闘で少々やりすぎたので、その後始末である。
オルデアの地上部隊も、当初の想定を大きく超えて被害を出している。
いっそ、皆殺しにしてしまった方がさっぱりしていいかと思うくらいにやりすぎたそうだけれど、それをすると、オルデア本国がどう出るかが分からない。
報復として、大陸間弾道弾とか、さきの瘴気兵器のような、よく分からないものを使うおそれもある。
もちろん、私が無力化してしまえばそれまでだけれど、何でもかんでも世界を改竄していると、想定外のところに皺寄せがくるかもしれない。
なので、オルデアがそういう軽挙に及ばないように、彼らには人間の盾として残ってもらって、最終的には帰ってもらわなければならない。
そこで、アーサー、シロ、カンナには消火活動や人命救助などをしてもらって、被害の軽減に努めてもらっている。
ただ、そうやって甘いところを見せて調子に乗らせても駄目だし、少しばかりやりすぎたことで、恨みなんかも買っていると思われるので、反抗心を折る程度に、もう少しやりすぎようということになったのだ。
具体的には、ヤマト近海にいる艦隊を無力化する。
ヤマトにいる、オルデア軍の生き残りの心の支えにならないように。
オルデア本国の方は、ほぼノープラン。
この後の会談の内容次第になるけれど、やりすぎたことがどう影響するかは誰にも分からない。
一応、勇者さんは生かしているので、作戦は失敗したとしても、彼を回収したいと思ってくれれば交渉のしようもある。
万一、見捨てられたりすると、こっちも困る。
とにかく、手早く交渉に持ち込むために、艦隊を無力化して、小細工ができない状況にする。
それが正解かどうかは分からない。
きっと、私たちは、雰囲気で戦争をしている。
それでも勝てそうなのが性質が悪い。
さておき、船も戦車と同様に、人数は極端に少ないものの、人間が運用しているように見える。
少なくとも、人間擬きの存在は確認できない。
また、空母の甲板上にあった飛行機も、人間が操縦するタイプのものだった。
なので、これらは禁忌には触れていないと思ってよさそうだ。
空飛ぶ生贄タイプの飛行機は、空母上空に投射されている召喚魔法陣から出現していたらしい。
魔法陣を壊したら出現しなくなったので、「らしい」としかいえないけれど。
なお、あれが何なのかは一般の兵士には知らされていないのだと思われる。
さすがに、あんなものが公然と運用されているとは思えないし。
あんなものを使っておいて、正義だとか秩序だとか何の冗談なのだか。
さて、私たちの目的は殺戮ではないので、まずは降伏勧告を行った。
もちろん、私がではなくアルが。
無駄だと思うけれど、諦めたらそこで試合終了なのだ。
「オルデア軍人魂を舐めるな!」
「オルデア軍は永久に不滅です!」
「この世界に遍く秩序を!」
全く聞く耳を持たれることなく、砲撃された。
まあ、先に問答無用で魔法陣を壊しちゃったしね。
やったのはアルではなく私なのだけれど、バケツを被った亜人っぽい何かが神で、それがやったと言われても、「それなら仕方ない」となるわけがない。
なので、仕方なく砲撃の届かない高度まで退避している。
そこでしばらく様子を窺っていたのだけれど、彼らは外洋へ針路を向けたまま、届きもしない砲撃を繰り返すだけで、やはり白旗が上がる気配はない。
「根性があるのは認めるけど、それだけじゃどうにもならないことってあるんだよな」
「海竜なんかを撃退して、調子に乗っておるところもあるのじゃろうな」
それを眺めるふたりの頭上には、巨大な魔法陣が出現している。
アルとミーティアの共同作品である。
もちろん、そこから海面までは、彼らの能力でも魔法が届く距離ではない。
それに、既に私からの魔素の供給も終了している。
というか、供給を止めているのに、古竜たちの能力がそれ以前の何割増しかになったままで、カンナに至っては、若干ではあるものの若返っていたので、もうしない。
まあ、さすがに永続することはないとは思うけれど、下手をすると十数年――人間なら寿命で死ぬまで続くかもしれない。
もちろん、彼らが飛行機を撃墜してレベルアップしたとも考えられる――いや、やはり無理があるか。
そんなに簡単にレベルアップするのなら、帝国の河童さんはもっと強かったはずだろうし。
「やっぱり降伏はしないみたいですし、撃っちゃいますか」
「そうじゃのう。しかしお主、中々見所があるとは思っておったが、まさかここまでやるものじゃとはのう。ユノに向けて撃った時は、かなり手加減をしておったのじゃな」
「まあ、そうですけど……。手加減でもキャッチされるとは思いませんでしたし、本気でも通用しなかったと思いますし……。神剣で心臓貫いてもピンピンしてましたしね……」
「そもそも、ユノに効く魔法など存在せんのじゃろう。儂のブレスさえ受け止めるのじゃから、ユノのでたらめ具合は、気にするだけ無駄じゃろう」
軽くディスられた気がするけれど、ふたりが何をやろうとしているのかが分かった。
隕石を落とすつもりなのだ。
今日の私は冴えているかもしれない。
「しかし、ここから見ると的が小さいですね」
「大まかにしか狙いがつけられんからのう。その分、数を落とすしかないじゃろう」
「そうですね。まあ、なかなか使える機会のない魔法ですし、今日は派手に行きましょうか!」
「うむ!」
ふたりが頷きあった直後、上空の魔法陣がガラス細工のように砕けて、そこから隕石――いや、流れ星が顔を覗かせる。
「この世界に妹たちを召喚できますように! できれば一年以内に、できるだけ波風を立てないように! 召喚した妹たちが私を見ても驚きませんように! というか、私だと気づいてもらえますように! それと怒られませんように!」
せっかくの機会なので、思いつく限りの願いを流れ星に託した。
本当に叶うかどうかは別として、目標を口に出して再確認するという意味合いもある。
なので、3回ではなく、1回で止めた。
決して、噛みそうだからではない。
「ユノは一体何を言っておるのじゃ?」
「ああ、俺たちの世界では、流れ星に向かって願いごとを3回唱えると、その願いが叶うって迷信がありまして――ってか必死だな」
私にとっては大事なことだし、願いを口にするだけならタダだ。
タダより高いものはないのだけれど、願いが叶うなら金銭なんて惜しくはない。
「神が迷信に頼るのか? まあ、よい。ならば儂も倣って――今晩は肉がよいの。ユノの一番搾りが飲みたい。ユノと《トランザム》したい」
残念。
3つではなく3回なのだ。
とはいえ、しょせんはただのお遊びなので、好きにすればいいことである。
なお、《トランザム》とは、私が古竜たちに乗って魔素を供給していた時のことを、レオンの総括していたことから名付けられた。
「タンデムしていたはずがトランザムしていた。何を言っているのか分からないと思うが、ユノのダブルオー、マジ対話したい」
本当に何を言っているのか分からなかったけれど。
とにかく、夕飯には肉を出してあげよう。
他は知らない。
「自分の落とした隕石に願いをってのも変な気がしますけど……、そういうことなら俺も――」
言うだけならタダなので、アルも言っておけばいいと思う。
流れ星はいまだに、それこそ雨のように降り続いている。
ひとつひとつはそう大きな物ではないけれど、とにかく数が多い。
海上では、運悪く直撃を受けた艦は轟沈していて、至近弾でも海面での爆発やその衝撃波などで大破している。
そして、それらで引き起こされた高波が船体を大きく揺らして、対空砲での迎撃を難しいものにしているようだ。
もっとも、迎撃に成功したとしても、小さくなった破片が散弾のように降り注ぐだけだろう。
それでも、元々命中精度など無いに等しい魔法を、更に運用を想定されていない距離から使用しているせいか、まだ三割近い艦が健在――かどうかは異論の余地があるけれど、沈んでいない。
おかげで、私も今回は無事に願いを言い終えることができたのだけれど。
1回だけだけれど、その分内容は濃い。
それがただの気休めだとしても、やり遂げるのは気分が良いものだ。
「ユノの願いが叶いますように。ユノの願いが叶いますように。ユノの願いが叶いますように」
アルの願い――ふぁ?
え、と、何?
アルは、良い笑顔で、何を言っているの?
「ほう、珍しい光景じゃの。ユノが動揺しておる――む、まずい。クリティカルが出おったわ」
「うわぁ……。あの隕石、ちょっとした山くらいあるじゃないですか……。これ、どうするんですか?」
「どうもこうもないじゃろう。少し削らんと、大惨事じゃ」
「って言われても、ユノがいると《時間停止》も使えませんし……」
「これはもう《トランザム》するしかないようじゃ。――が、ユノが呆けてしまっておってはのう。アルフォンスよ、お主がどうにかせい」
『ユノは、サプライズとかアドリブに弱いなあ……』
「俺に言われても困るんですけど? 俺にどうしろと!?」
『他の場所でも突然固まったユノを不審がられてるけど、事情を説明しづらいし、アルフォンスがやるのが一番いいと思うよ? それに、今回は緊急時だし、多少のセクハラにも目を瞑るよ?』
「よし、任せろ!」
気がついたら、なぜかアルに抱きしめられていた。
何だか分からないけれど、アルの温もりが心地いい気がする。
「ユノ、トランザムしてくれないか?」
「あっはい」
アルに耳元でそう囁かれると、理由を訊くこともなく、無条件で受け容れてしまった。
「お、おい! なぜアルフォンスなのじゃ!? 流れ的に儂とじゃろう!?」
何かを叫んでいるミーティアを残して、トランザムしたアルに抱えられて空を駆ける。
今更だけれど、トランザムって何?
大気を震わせながら落下する超巨大な流れ星と、同じ高度まで降りる。
流れ星は結構な熱を発しているように見えるけれど、アルに堪えた様子は見えない。
私も、アルと接触している面から伝わってくる熱の方が気になるので、隕石の熱はどうでもいい。
アルが、その手に持った聖剣を一閃する。
直後、刀身が触れてもいないのに、流れ星が綺麗に上下に両断されていた。
よく見ると、刀身の延長線上に薄い光の刃が生成されていて、それが触れた部分を、《極光》のように消滅させたのだろう。
それを差し引いても綺麗な太刀筋だった。
ファンタジー要素も満載だったとしても、直径で一キロメートル近い流れ星を両断したことは、賞賛に値するのではないだろうか。
その後、流れ星を細切れにしたアルは、眼下にいるいまだ生存している艦に向けて剣を振るう。
それは鋼鉄の戦艦のみならず海までをも切り裂いて、そこに無事だった艦や、その周辺にあった一切合切が呑み込まれていく。
「ユノのおかげで大惨事にならずに済んだ。助かったよ」
何だか分からないけれど助かったらしい。
「ありがとう」
「あ、はい」
そう言って微笑むアルに、何のことだか分からないまま返事をした。
そして、アルが私の顎に手を掛けて上を向かせると、そのまま顔を重ねてきた。
「!?」
「隙だらけだよ」
何?
どういうこと?
◇◇◇
――第三者視点――
ヤマトから遥か西。
大陸の西端から、海を挟んで北の島にある小さな町。
強大な魔物も多く存在する地域だが、少しでも知性があるものは、決してこの町を襲わない。
それどころか、近づきもしない。
なぜなら、ここは魔王バッカスが治める町だからである。
迂闊に近づけば、屈強な男たちに取り囲まれて、いろいろなものを失うことになるのだ。
しかし、何事にも例外が存在する。
ひとつは、町の住人たちと志を同じくする者がやってきたとき。
住人と来訪者は、お互いの肉体を認め合って仲間になる。
もうひとつは、住人たちの筋肉が悪影響を受けそうなとき。
「遅いっ! 一体どこに行ってたのよ!」
今回のように、不機嫌を隠そうともしない魔王アナスタシアがやって来た時などである。
アナスタシアとバッカスは友好関係にあるが、決して馴れ合っているわけではない。
だからというわけではないが、アナスタシアには彼の領域の住人に配慮する義理など無いし、バッカスにも助ける義務など無い。
バッカスが治めているといっても、元は同好の士が集まってできた町であり、そこに明確な支配関係は存在しないのだ。
「お主が連絡を無視するから、あちこち捜し回るはめになるわ、アナスタシアの機嫌は悪くなるわと――む、貴様、湯の川に行っておったな!? 湯の川の匂いがするぞ! 俺には行くなと言っておいて、自分だけ行くなど、そんな理不尽が許されると思っているのか!」
一方では、求めるものこそ違えど、同じ求道者として尊敬し、共感を覚えて友となった者もいる。
特に、このふたりにおいては、「女には分からない浪漫がある」とアナスタシアに対抗していた関係でもあったが、この瞬間に亀裂が入った。
「落ち着け! お前さんたちがなぜここに来たのか分からん――いや、何となく想像はできるが、こちらにも事情があったのだ」
アナスタシアたちの事情を知っていれば、彼女たちが不機嫌――というより、焦っている理由ももっともなものだと理解できるだろう。
しかし、バッカスにも彼なりに動く理由があり、今の今まで、いろいろと奔走していたのだ。
そんな中で、少しばかり空いた時間で自身のホームの様子を見に戻った途端、「アナスタシアたちが来ている」と聞かされた。
さらに、「機嫌が悪いと」聞かされて、一時は避難することも考えた。
しかし、そんなことをすれば、アナスタシアは不機嫌どころか激怒するだろう。
それに、彼の抱えている問題は、彼女たちにもいずれかの段階で相談して、協力を求めなければならないことだ。
「まあ、いろいろと変な状況になっていることは認めるけど……。応答くらいしなさいよ」
アナスタシアたちも、ここに来るまでにいろいろな情報や噂を耳にしている。
彼女たちの抱えている問題と比べれば緊急性は劣るが、いずれも真偽の確認や対策を考えなければならないものだ。
「事情は――いや、先にお前さんたちの事情を先に聞こうか。お前さんがそこまで余裕を無くすことであれば、相当のことなのだろう」
◇◇◇
バッカスに促され、アナスタシアたちはここに来た目的を説明した。
「なるほど。彼女に釘を刺しに、か。確かにここ最近、何かを企んでいるような様子ではあったがな」
「私に負けたことを、いまだに根に持ってるのかしら? 何にしても、戦力の増強を行っていたのは間違いないわ。一番の心配は、それで勝てると勘違いした彼女が、ユノちゃんに手を出して返り討ちに遭う――いえ、殺されることよ。好き嫌いは別として、さすがに死なれると、問題が大きくなりすぎる」
「負けたというレベルの話ではないと思うが……。とにかく、彼女もあれの封印の一端を担っているからな。次代に引き継いだ後であればともかく、不慮の事故では、その間の封印の弱体は避けられん」
「確かにな。だが、ユノが負けるということもあるのではないか? ならば――いや、それほどの戦力を有しているとなると、それはそれで問題か……」
「ないわね」
「ないな」
バッカスの当然の疑問を、アナスタシアとクライヴは即座に否定する。
「私から見ても、ユノちゃんは全く底が見えないのよ。――少々数を集めたから勝てるとは思えないわ。あの娘なら、10万の天使とでも互角以上に戦えるんじゃないかしら」
「実際に手を合わせた感覚では、それくらいのポテンシャルはあると思うが――実際に複数相手に戦うのは勝手が違うからな」
「そこまでなのか。――であれば、奴と会わせるわけには――それ以上にあれと遭遇させてはならんな。どれほどの被害が出るか分からん。もしも喰われでもすれば……」
天使の軍勢を相手に勝算があるのは、アナスタシアでも4、5万、クライヴやバッカスでは1万が精々といったところ。
当然、上位天使が混じったりすれば、それよりも遥かに限界は下がるし、勝ったからといって無事であるとは限らない。
そもそも、神族同士で殺し合いはできない以上、そんな状況になれば逃げることを考えるだろう。
バッカスも、ユノとクライヴとの戦闘を間近で見ていたし、ユノの力についてはそれなりに把握しているつもりだった。
しかし、彼は、ユノの力の源泉が、湯の川にある世界樹だと勘違いしていた――今もまだそう思っている。
しかし、彼より上位者であるアナスタシアが判断した部分については、それなりの理由があるのだと、認識を改める必要があると感じていた。
「とにかく、話は後よ。ヤマトでは既に一戦交えたって報告があったし、その際に、飛行機を禁忌として扱ったとも聞いてるわ。ユノちゃんたちがオルデアに乗り込む前に行かないと――急ぐわよ!」
「承知した。だが、先にユノに釘を刺しておいた方が良いのではないか?」
「ユノちゃんの能力を考えると、下手に意識させること自体が危険だと思うわ」
「世界がユノ殿の意識に引き摺られる可能性がある」
「なるほど、厄介だな」
システムにも、アルフォンスのユニークスキルのように因果を操作する能力があるのだから、世界樹にそれができない道理がない。
そう考えると、ここ最近のバッカスの行動は初っ端から失敗していることになる。
それでも、対処が必要なことではあったし、ユノのように複数の地点で同時に活動できない以上、ひとつずつ片付けていくしかない。
バッカスだけでなく、アナスタシアたちにとっても、ユノは過去に例のない存在であり、その対処は手探り状態だ。
そんな彼らが「考えるだけ無駄」だと悟るのは、もう少し先のことである。




