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27 ファイアボール

――第三者視点――

「何だこれは!? 話が違うではないか!?」


 最後方の指揮車両では、チェンロン将軍が怒り狂っていた。


 竜に対する切り札のはずの飛行機が、所定の成果を出せていない。

 それどころか、まともに機能していないのだ。



 オルデアは、古竜との戦闘になることも想定して部隊を編成していた。

 ヤマト近海に青竜の棲み処があることは知られていたので、当然のことだが。


 しかし、同時に4頭も出現するというのは、完全に想定外である。

 1頭だけなら飽和攻撃を仕掛ければ落とせる計算でも、4頭もいると弾薬が足りないどころか、狙いをつけるのも難しい。


 そもそも、そんな臨機応変な対応ができるような部隊ではないのだ。



 その結果、彼の直属の部隊である戦車隊が甚大な被害を受けていた。


 飛行部隊のマークが薄い古竜が、飛行部隊を狙うことで陣形が崩れる。

 最高速度では古竜を上回る飛行機だが、旋回能力と加速力においては劣る。

 何より、耐久力と火力が違いすぎるので、強引な接近はできない。


 そうして更にマークが薄くなった古竜が、地上部隊を襲撃する。

 当然、戦車隊も必死に弾幕を張るが、戦車砲では高速で複雑に飛び回る古竜に狙いをつけるのも難しく、少しでも弾幕が薄くなれば、古竜は障壁を展開して強引に突っ込んでくる。

 そして、一度古竜の間合いに入ってしまうと、圧倒的な力で蹂躙される。



 オルデアにとって、戦闘力的には飛行機が圧倒的とはいえ、作戦の主体は地上部隊である。


 どのような理由であれ、作戦の遂行に支障をきたすレベルで地上部隊を損耗すれば、間違いなく彼の責任問題に発展する。


 飛行隊が成果を出していなかったのが事実だとしても、情報収集不足を指摘されれば反論の余地は無い。


 前提が違っていたとしても、それを修正するのが現場の人間の役割である。

 当然、それを束ねる立場のチェンロン将軍にかかる責任の割合は大きい。



 ユーフェミアを捕らえてどうこうという段階はとうに過ぎた。

 チェンロン将軍の保身だけでなく、ヤマト侵攻の目的を考えれば、どんな状況であろうと負けは許されない。



 逆に、ヤマトでの真の目的を達成すれば、過程や対外的な評価など気にする必要も無くなる。

 それが可能かどうかはさておいて、そうして都合の良い妄想で現実逃避するくらいに状況は悪い。


「――地上部隊を散開しつつ後退させろ。同時に飛行機を全て出させろ」


 切れる手札がまだ残っていたことも、現実逃避できる要因だった。


 残念ながら、想定の4倍の数の古竜に、4倍の数の飛行機を用意できるわけではないことや、古竜それぞれの戦力評価も異なっていることにも考えが及んでいない。



「勇者様の援護ができなくなりますが――」


「構わん。今もろくに援護できておらん。それに、このままでは全滅するだけだ。奴とて勇者、自分の身を護るくらいのことはできるだろうよ」


「――了解」


 チェンロン将軍は明らかに冷静さを失っているが、将校もそれ以上の抗弁はしない。


 彼らも後々責任を問われる可能性もあるが、命令違反をすれば、ここでチェンロン将軍に裁かれる可能性もあるのだ。




 ヒロユキとしては、先手を取って、覆しようのない有利を取るつもりだったのが、まさかのファンブル――必殺の《時間停止》魔法が、見たこともないエラーコードを出して強制終了してしまった。


 彼の《時間停止》はアイテムに頼るところが大きいもので、彼自身の時空魔法の適性が低かったとしても、こんなことは想定外だった。



 ヒロユキにとって、将軍の部隊と分断されたことは、痛手というほどでもない。

 しかし、エラーの余波か、女神から授かっていた宝珠が、先ほどの強制終了からの再起動を始めたことが致命的だった。


 再起動が完了するまで、宝珠の恩恵が受けられなくなる。

 つまり、その数十秒間は彼自身の能力で凌がなければならない。



 それでも、ヒロユキにとって幸運なことに、アルフォンスと見知らぬオッサンには彼を殺すつもりはないようで、《火弾》という下級魔法で彼を炙ってくるだけだった。


 とはいえ、魔法の区分では初級とはいえ、高レベルの者が使えば、威力はそれに応じて上昇する。

 防御側も同じように高レベルで、大半の魔法には対抗策があるとしても、魔法での攻防においては、基本的に攻撃側のリスクが低い。


 魔法戦においては、先制攻撃で決めてしまうのが理想で、ずっと俺のターンを継続して決めてしまうことが次点となる。

 一旦受けに回ると、よほどの実力差か、相手がミスでもしない限りはなかなか抜け出せないのだから当然の考え方である。

 手札が多い高レベル者同士になると様相も変わってくるが、低中レベルでは決定打が無くて泥仕合になることも多い。



 アルフォンスたちの《火弾》が、ヒロユキを投降させるための威嚇であることは、彼にも当然理解できていた。


 もしも、殺傷力の高い魔法を使用されていれば、勝負がついていた可能性もある。

 ヒロユキには宝珠などのチートがあるとはいえ、相手は極めて高レベルなアルフォンスと、勇者として平均レベルのトシヤのふたり。

 手数で負けるというのは、かなり不利である。

 さらに、後方に控えている女たちが参戦してこないとも限らない。



 しかし、ヒロユキの生来のプライドの高さと、彼の手の中にある一発逆転の可能性が、彼に逃げることを許さない。


 ヒロユキは、彼を攻撃しているふたりは当然として、後方で高みの見物をしているユーフェミア姫や、よく分からないバケツを被った女にも、きっちり思い知らせてやる――と、その時が訪れるのを、牙を研いで待っていた。




「いつまでも、調子に、乗るなあ!」


 効果のほどはともかく、アルフォンスたちから一方的に攻撃を受けていたヒロユキが、ついにキレた。


 彼は、宝珠が再起動を果たしたのと同時に、アルフォンスとトシヤ、そして後方にいる集団に向かって、特大の《火弾》をばらまいた。


 その《火弾》が、アルフォンスたちの放っていたものとは一線を画す熱量を有していることは、離れていても伝わってくる熱波で分かる。


 ただ、弾速に関しては、アルフォンスたちのものとは大差がない。

 時速にして150キロメートル前後。

 単発であれば避けることは難しくないし、熟練者であればそれ以外の対処も間に合うものだ。



 アルフォンスは対抗策として、魔力遮断用の《障壁》と、熱波を遮断するために表面を鏡面加工して、内部を真空状態した《石壁》を組合わせてて出現させる。


 要は真空断熱の原理である。


 単純な原理とはいえ、これほどの精度の加工を施した《石壁》が一瞬で出せるのは、彼の能力の高さゆえに他ならない。



 アルフォンスがこんな面倒なまねをしているのには、当然理由がある。


 魔法を魔法によって打ち消す、若しくは防ぐことは、ヒロユキがそうしていたように、必要最低限の魔力があれば可能なことだ。


 《障壁》などはそれを効率的に行う手段にすぎないし、レジスト能力もその延長線上にある。


 ただし、《火弾》で例えると、《火弾》自体は魔力で生成された魔法の炎である――実際には、生成された直後から急速に現象へと変化していくのだが、それから発生した熱は、純然たる物理現象である。


 つまり、《火弾》そのものは魔法で打ち消せる余地があるのだが、それから発生した熱までは、熱源がなくなればいずれは拡散するとしても、すぐには消せない。


 そして、魔法で物理現象に干渉するためには、専用の魔法が必要になるのだが、ただ熱を遮断や緩和する《障壁》といった魔法は難度が高く、アルフォンスにも使いこなせない。

 一応、火属性に対して相克(そうこく)関係にある水属性を《障壁》に付与するくらいなら彼にも可能だが、込められた魔力量の違いや熟練度の低さから相侮(そうぶ)になる可能性もある。

 そうなると、かえって大きなダメージを受けてしまうので、熱波を防ぐために特殊な《石壁》を使った。


 当然、《障壁》だけで全てを防げるなら魔力の無駄遣いでしかない。

 また、レベル上昇によるシステムの補正で、気休め程度ではあるが、熱波で肺を焼かれたり、酸欠になったりといったことに対する耐性も獲得する。


 しかし、できることを怠って死んだり負けたりなど特に珍しい話ではなく、アルフォンスは数多くの実戦経験から、それをよく理解していた。

 だからこそ、ヒロユキの規格外の《火弾》を防ぐために、それだけのコストを支払ったのだ。



 一方のトシヤは、実戦経験が少なく、能力もかなり偏っていた。


 それを危惧していたアルフォンスは、彼の前にも同様の《障壁》を設置していた。

 しかし、トシヤは突然出現したその壁に驚いて飛び退いてしまい、運悪く別の《火弾》の前に躍り出てしまった。


 ユノが護ると宣言した以上、そこは考慮する必要は無いと判断していたアルフォンスは、当然のようにそこには《障壁》を展開していなかった。

 


「ぶひぃ!?」


 ユーフェミアを狙って撃ち出された《火弾》に直撃したトシヤから、短い悲鳴が上がった。


 《火弾》は着弾の衝撃ですぐに消失したが、その膨大な熱量は、一瞬にしてトシヤの表面を炭化させた。


 幸い、トシヤの異様に高い魔法防御力と耐性のおかげで即死は免れた。

 ただし、その対価として、常人であればショック死してもおかしくない苦痛に耐えなければならなかった。



 肺や気管を焼かれて、悲鳴すらろくに出せないトシヤがのたうち回る。



 その《火弾》ではあり得ない威力に、さすがのアルフォンスも驚きの色を隠せなかった。


 それから一拍遅れて、肉や毛の焼ける独特の匂いが彼らにまで届き、それによって状況を認識したユーフェミアが大きな悲鳴を上げた。



「見たか! これが本場の《火弾》だ!」


 その様子に若干溜飲が下がったヒロユキが、トシヤを指差し得意気に吠えた。



 しかし、それも束の間のこと。


 斃したと思い込んでいたトシヤが、見る見るうちに再生していく。

 これにはヒロユキも驚きを隠せない。



「中々良い火加減だったぶひぃ。さすが本場、ムダ毛が焼けてお肌ツルツルぶひぃ」


 そうして、一部を除いてすっかり再生したトシヤは、驚きに目を丸くしているヒロユキを挑発した。



 トシヤが生き残ったのは、決して偶然ではない。


 トシヤはこの十年、孤独を埋め、欲望を満たすために、様々な苦行や奇行に挑戦してきた。


 その中には、かなりの苦痛を伴うものもあり、時にはやりすぎることも多々あった。

 そのたびに、彼のユニークスキル《挑戦者》は、次こそは、いつかは成功するようにと、彼の耐性を上げていったのだ。


 そうして、回復魔法に特化していた彼は、その末に、即死状態でも魔力さえ残っていれば復活する――と、生身の人間にして吸血鬼のような特性を持つ存在へと至っていた。


 そんな彼にとって、こんがり焼かれる程度のことは、最高の快感を得るためのスパイス程度でしかないのだ。


 とはいえ、トシヤも「火責め」だけは何度も食らいたいとは思っていない。


 その理由は、苦痛に耐えられないからではなく、再生しない一部にあった。



 その一部とは、「髪」である。


 生きるために必要な器官ではないが、本人の最も近くにいる長い友である。

 失くして初めて気づく、かけがえのない存在なのだ。



 回復魔法には新陳代謝を活性化させる効果はあるが、飽くまで外傷などに対してのみであり、特殊な組織である髪を伸ばす効果はない。


 再生魔法で千切れた髪を繋げることはできるが、永続する魔法は存在しないという原則に基づき、魔法が切れた瞬間にまた分離する。


 そして、蘇生魔法では死んだ毛根を蘇らせることはできない。

 蘇生魔法の負荷に毛根が耐えられない――というより、そもそも、毛根に明確な魂が無いのだ。



 つまり、格好よく振舞っているトシヤの体毛は、彼が口にした通り、綺麗に焼き払われている。


 当然、焼き払われたのは体毛だけではなく、睫毛や眉毛も無くなっているし、頭髪も前面と頭頂部は焼け野原で、見るも無残な落ち武者スタイルとなっていた。


 ついでに、衣服も焼け落ちてしまったので、またもや全裸である。

 落ち武者というより、ピンクのオークといった方が近い有様だった。



「豚の癖に生意気な……。だが、もうお前らに勝ち目は無い」


 忌々し気にアルフォンスとトシヤを睨むヒロユキの有様も、当然に酷いものだ。

 トシヤのように全裸でこそなかったが、局部は隠れているものの、身に付けていた衣服はボロボロで、眉こそ無事なものの、髪はかなり残念なことになっている。



 しかし、アルフォンスは、そんなことよりも、新たにヒロユキの手に握られた神域を纏う十字槍と、もう片方の手にずっとあった、内部に七色の光が揺蕩(たゆた)う掌サイズの宝珠に目を奪われていた。


「そ、それは神槍と、まさか賢者の石――いや、神の秘石か!?」


 それの正体に思い至ったアルフォンスが、殊更に大袈裟に驚いた。



 アルフォンスは、そんな危険な物になぜ気づかなかったのか――と考え、すぐに《危険察知》のスキルをオフにしていたことを思い出した。


 ユノと一緒にいると何かにつけて鳴るので、この一か月ほどは切りっぱなしで、その存在すら忘れかけていたのだ。



 とにかく、神槍――神器の桁外れの威力と残酷な代償は、アルフォンスにも覚えがある。

 同じく「神」を冠する秘石を見たのは初めてだったが、様々な奇跡を起こせるといった伝説の数々は耳にしている。



「ほう、これが《鑑定》できたのか。大したものだと褒めてやろう」


 ヒロユキは、アルフォンスが勝手に見抜いて勝手に驚愕している様子に、説明の手間が省けたと思う反面、自慢する機会が減ったことにも気づいた。

 とはいえ、後者はこれからでも遅くないと思い直す。あるいは、実力で語ってもいいのだ。



「さて、今度は防げるかな?」


 ヒロユキはふたりにそう告げると、宝珠を頭上に掲げ、今度は上空十数メートルに、先ほどの倍以上の巨大な《火弾》をいくつも出現させた。


 なお、彼が《火弾》に拘っているのは幼稚な対抗心であり、相手の土俵で圧倒するのが、彼の大好きなシチュエーションだからである。



「あれは俺が防ぎます! トシヤさんは俺を信じて攻撃を!」


「わ、分かった!」


 アルフォンスの咄嗟の判断で役割が決められた。


 トシヤの回復能力と耐性には目を見張るものがあるが、次も無事だという保証はどこにもない。


 そして、本人やユノは気づいていないようだが、ユーフェミアのトシヤを見る目に特別な感情が籠っていることに、アルフォンスはきちんと気がついていた。


 面倒だとは思うが、この先の展開を考えれば、両者を失うわけにはいかない。



 真空断熱だけでは不安を感じたアルフォンスは、今度はその前方に、指向性の爆発魔法を障壁で挟んだものを追加した。


 これもアルフォンスのオリジナルの魔法で、戦車などに取り付けられる爆発反応装甲をイメージして作られたものである。


 彼は、日本のゲームや小説で、日本では役に立たない多種多様な知識を貯め込んでいた。

 本来は役に立つことはなく、役に立たない方がいい知識だが、実戦に投入された機会の少なかったそれは、アルフォンスの期待どおりの効果を上げる。



 アルフォンスのそれは、強い閃光と爆発音を発して、ヒロユキの放った《火弾》と、それが伴う熱波を、ほぼ完全に遮断することに成功した。



「うおっ、眩しっ!」


「耳が! 耳がキーンって!」


「目が、目があ!」


 後方ではユーフェミアたちが被害を訴えていたが、その程度は仕方がないと諦めてもらうしかない。


 二重の障壁、指向性の爆発、真空断熱壁を、ヒロユキの《火弾》の数に合わせて同時に複数展開できたのは、アルフォンスだからこそである。

 とはいえ、アルフォンスであっても相当な魔力を消費しているし、見た目ほどの余裕は無い。



「くっ、結構な魔力を込めたのに、全く届いてない!?」


 一方で、アルフォンスの障壁とヒロユキの《火弾》の間を縫うように放たれた、トシヤの《火矢》――《火弾》に貫通力を持たせて殺傷能力を向上させたものは、ヒロユキに触れるとともに消失してしまい、その熱波で彼の表面の毛を焦がしただけだった。


 決してトシヤの《火矢》の威力が弱かったわけではない。

 初級魔法ではあるが、そこに込められた魔力は上級魔法以上で、その威力は戦車の装甲すらも貫くものだった。

 ただ、宝珠により各種パラメータが向上しているヒロユキには届かなかっただけである。



 このままでは分が悪いと感じたのは、アルフォンスだけではなかった。


 トシヤにはアルフォンス以上の《障壁》の適性があるが、現状では経験不足は否めず、ヒロユキの《火弾》を防ぎきるのは難しい。

 アルフォンスにしても、彼の魔力の消耗度と比較して、ヒロユキの魔力の消耗は微々たるもの。

 勝っているのは、消毛度くらいのものだ。


 このまま同じことを続ければ、先に力尽きるのは確実にアルフォンスの方である。

 アルフォンスがユノから貰った酒を飲めば張り合えるだろうが、それではユノを敵に回す可能性がある。


 そもそも、《火弾》ではなく《火矢》や《火槍》を撃ち込まれれば、若しくは神槍の力を開放されれば、その時点でアウトという可能性もある。


 最悪は、アルフォンスも神器とユノの酒で応戦するしかないが、総合的に判断すると、あまり良い展開ではない。



「くくく、見たか! これが女神様より授かった力! 正義の証なのだ!」


「ユノ、禁忌じゃ!」


 ヒロユキが勝ち誇ったように笑ったのと同時に、上空からミーティアの叫びが届いた。


◇◇◇


――ユノ視点――

 戦いが始まった――けれど、何というか、地味な戦いである。

 勇者を殺すと、勝ってもいろいろと面倒らしいので、殺さないように戦っていることは理解できる。


 しかし、目の前で行われているのは、雪玉の代わりに火の玉をぶつけるだけの、雪合戦のようなもの。


 上空で行われている、古竜と飛行機の戦いも消極的なもので、どちらも見ていても面白いものではない。


 いや、頑張っているのは伝わってくるのだけれど、どうにも動機が弱いというか、強い意志が感じられない。



 せめてアルたちが空でも飛んでいればミュージカルっぽくなるだろうかとも思ったけれど、人間のように本来は飛べない存在が空を飛ぶと、能力にマイナス補正がかかると聞いた覚えがある。

 それに、飛び上がるところを狙われると危険だとも聞いたような気がするので、期待はできない。



 そうこうしているうちに、オルデアの勇者さんの反撃で、トシヤさんが燃えた。


 魂を見れば、死んでいないことは分かる――というか、かなりの苦しみと若干の喜びを感じているようだけれど、そんなことには気づけないユーフェミアさんの悲鳴がうるさい。

 ダメージを受けたりはしないものの、聴覚が良すぎるのと、耳が4つもあるせいで、大きな音は苦手なのだ。

 バケツに防音処理を施すべきか。



 さて、私の見立てのとおり、トシヤさんはすぐに回復した。


 真っ黒に焦げた表面が剥がれ落ちて、中からピンクの肉が盛り上がる様子は中々にグロいものだったけれど、回復が完全に終わった姿も、違う意味で終わっていた。


 というか、この人は露出せずにはいられないのか。

 モザイクでもかけようかと思ったけれど、はしたない姫が、指の隙間から息を荒くしてガン見しているので止めておいた。

 こういうのも、「今泣いた(からす)がもう笑う」とでもいうのだろうか?


 全く、妙なところで需要と供給が成り立つものだ。



「そ、それは神槍と、まさか賢者の石――いや、神の秘石か!?」


 私が姫の様子に、姫がトシヤさんの神槍と宝珠に目を奪われていた頃、アルもまたオルデアの河童さんの持つ神槍と宝珠に目を奪われていた。


 というか、神の秘石?


 オルデアの河童さんが手にしている物と、私から採れる物は随分違う。


 私から採れるのは、石というには柔らかくてぷにぷにしていて触り心地がよくて、収穫するまでの時間で色が変わる。

 早めに収穫すれば綺麗な虹のような色なのだけれど、一日長く放置しただけで、形容する言葉がない色が混じる――というか、私の本来の領域と同じようなものになる。


 ちなみに、自動販売機などに使っているのは前者の方で、十六夜や世界樹の素となっているのは後者である。



 アルは大袈裟に驚いているけれど、私にとっては、食後に歯を磨くついでに取り除いている程度のものである。

 いや、アルが《鑑定》で確認したということは、あれこそが本物であって、大して役に立たない私の結石よりは良いものなのかもしれない。


 全然そんなふうには見えないけれど、私にそれを感じることができないだけの可能性もある。


 だったら奪っちゃおうかな――などと考えていると大爆発が起こって、閃光はともかく轟音にびくっと反応してしまった。


 目が耳がと喚いている姫たちをどうしたものかと考えたけれど、恐らく一時的なものだろうと判断して放っておく。



 さておき、オルデアの河童さんが秘石を見せつけて、その力を誇っているものの、やはり誇る要素がどこにあるのかがいまいち分からない。

 まだ真の力を見せていないのだと思いたいけれど、アルの《鑑定》ミスか、あの秘石も私のもの同様大した力はない可能性もある。



「ユノ、禁忌じゃ!」


 それでもとりあえず奪おうかな――と、またしても考えていたところに、タイミング良く届いたミーティアの声にかなりドキッとした。


「こいつら、瘴気兵器を使うわ!」


「撒き散らされる瘴気は微々たるものですが、数が多い! このままでは――」


 シロとアーサーの言葉で、神の秘石が禁忌ではないことは分かったけれど、この程度の瘴気で禁忌とはどういうことなのか。


 魔界とか、もっとヤバいよ?


 とにかく、上空に意識を向けると、飛行機に備え付けられた人擬き――いや、贄が呪いを振り撒きながら古竜たちへと特攻していて、その命と引き換えに、多少の瘴気を撒き散らしていた。


 さすがにそれは褒められた行動ではないけれど、人間であれば――というか、生物であれば、程度の差はあれ瘴気やその素となる澱んだ魔力を出すもので、それは神や古竜とて例外ではない。


 今のところ、例外は私の眷属と湯の川だけだ。



 もちろん、こんな死に方では世界――還るべきところに還った魂が、世界に与える影響は良いものではないだろう。

 それに、やり方が多少悪質ではあるけれど、大元を断てば断ち切れると思えば、魔界ほど神経質になる必要も無い。



 そもそも、生物が生きていくためには何かしらを消費しているし、同時に世界を汚していくものなので、何処で線引きすればいいのかという話になる。


 これを禁忌だとすると、魔界も滅ぼさなければならなくなる?

 それはアナスタシアさんの判断とは異なる。


 しかし、アナスタシアさんに配慮して判断するのもあれだし、こういうことはケースバイケースで判断するもので、きっと線引きするようなものではないのだろう。


 つまり……?



 何だかよく分からなくなったけれど、とりあえず、当事者に何のつもりなのかを訊いてみるのが一番か。


「オルデアの河童さんに訊きたい。あれは何のつもり?」


 うっかり「河童」と言ってしまったことに、尋ね終わってから気がついたけれど、時すでに遅し。


「ぶふっ!?」


「言われてみれば沙悟浄っぽいっすね!」


 まあ、アルたちには受けたようなので良しとしよう。

 しかし、彼を沙悟浄だとすると、トシヤは猪八戒でアルが孫悟空か。

 当の沙悟浄さんは自身の有様に気がついていない様子だけれど、質問の意図は理解しているようだ。



「俺ごと瘴気の海に沈めるつもりか……」


 などと、私に答えたわけではないようだけれど、舌打ちしながら小さく呟いていた。

 できれば、質問にも答えてもらいたい。


「悪いが遊んでいる時間は無くなった。決着をつけさせてもらう」


 どうやら私と問答するつもりはないらしい。



 どうしてくれようか――と考えていると、半竜型になったカムイが顔色を悪くして、弱々しく降りてきた。


「ユノ、カムイを頼む!」


 恐らく、幼いカムイは、瘴気に対する耐性も低いので、少し瘴気に中てられてしまったのだろう。

 それに逸早く気づいたカンナが、カムイを瘴気の届かない私のところへ送ったのか。



「不覚……」


 私の胸に飛び込んで、ギュッとしがみついて、涙目で悔しそうに呟くカムイを見て理解した。


 あれは紛うことなき禁忌である。


 速やかに世界から抹消しなくてはならない。


 了解! 領域展開!




「何っ!?」


 その前に、沙悟浄さんが、アルや私たちに向けて放とうとしていた《火弾》を消し去る。


『君たちには君たちの都合があることは理解している。でも、君たちの都合がどんなものであれ、あれは今の君たちと世界にとって禁忌でしかない。そういうことだから、あれとあれに関わった人たちを処分するつもりなんだけど、自主的にやるつもりはある?』


 そして、ひとまず対話による説得を試みる。

 朔が。

 無理だとは思うけれど、だからといって諦めるわけにはいかない。


「……瘴気でも浴びて気でも狂ったのか? いや、バケツなんか被ってるし、最初から狂ってんのか。とりあえず死んどけ」


 想像以上に失礼なことを言われた気がするけれど、恐らく、彼にはものを見る目がないのだろう。


 今私が被っているバケツは、湯の川の職人が技術の粋を込めて造ったミスリル製のバケツだというのに。

 いくらすると思っているのだろう。



「聞く耳なし、か」


「まあ、バケツ被った、どこの誰かも分からない人に説教されてもな」


「でも、この手の人って、説教自体に反発しがちっすよね」


 アルとトシヤさんが若干気が抜けているようだけれど、私が相手をするのは、飽くまで禁忌のみだということを忘れないでほしい。


 とはいえ、沙悟浄さんが聞く耳を持たないのは、自分の力に酔っているところが大きいのだろう。

 少しばかり「身の程」というものを教えてあげれば、素直になるかもしれない。




 しかし、残念ながら、私には《火弾》の魔法は使えない。

 朔がいろいろとシステム上の魔法の再現を頑張ってくれているので、光や風や花やモザイクを出せるようになったなど、徐々にレパートリーは増えているものの、火や雷といったものは一向に出る様子がない。



『論理的には間違っていないはずなんだけど、ユノが心のどこかで「そんなものを出してどうするの?」って否定してるんじゃないかな』


 朔の推測では、そういうことらしい。


 確かにそう思っているところはある。

 私の魔法で出せる料理や飲み物の温度は自由自在で、更に外気温で冷めたり温くなることもない。


 今更火に頼る必要がどこにあるのか、電気を出して何に使うというのか――そう思ってしまっても仕方がないだろう。

 それでも、「使えれば格好いいかも」と思っていることもまた事実なのだ。



 それに今回は、沙悟浄さん以上に、カムイに格好いいところを見せたいという思いが強い。

 懐かれているのは嬉しいし、他人の評価など基本的に気にしないものの、それでもやはり高評価な方が嬉しい。


 それに、ここ最近、駄目なところばかりを見られている気がするので、私が本当はただのヤク〇トレディではなく、デキる女だというところを見せたい――いや、ヤク〇トレディがデキる女ではないという意味ではないけれど。



 ということで、《火弾》は使えないけれど、もっと派手なそれっぽいものをお見せしたいと思う。


 まず、朔に協力してもらって、太陽の複製を創ります。

 私だけの能力でもできなくはないと思うのだけれど、加減を間違えると太陽が魂とか意志を持つ危険性があるので、専門家にお任せした方がいいと思う。


 それを掴んで投げつけます。

 煙や魂だって掴める私なら可能だと思う。

 禁忌は消滅して、オルデアは考えを改めて、カムイも私を尊敬するようになる。


 完璧だ。

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